最終更新: naminagares 2016年06月24日(金) 09:38:49履歴
作品の注意
1、プロットの面もあるので描写が適当になっている部分があります
2、誤字脱字があります
3、実際の作品として異なる部分があります。基本ストーリーのみお楽しみいただければと思います
4、、Wiki用に最適化されておりません。読みづらい点があるのをご了承下さいませ
money fantasy
『魔界の金貸しに弟子入りすることになった』読みきり版
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魔界と人間界の戦争が終結してから10年の月日が流れた。
これはどちらが悪いとか、何がきっかけとかという話じゃなく、自然と戦争になった事だったから仕方がない。
とにかく、今の情勢から話をしよう。
元々知性が高かった魔界の住民たちは、よくある物語にあるように好戦的ではなく、仲間が失われることに悲しみを持っていたんだ。
もちろん俺ら人間も戦争は好きじゃなかったし、意外にも話が通じ合えた魔族との交流も盛んになっていったわけ。
だから、いつも俺が魔界にある酒場で夜を明かすのは普通なわけ。
そして今日もタコみてぇな顔した人型の店主と語りながら、魔界花"マフレシア"が入った美味な酒を浴びるように飲みまくってた。
それでまぁ…その時だったわけだ。
俺がその界隈で有名な「魔界の金貸し」と出会ったのは。
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―――魔界にある小さな街「ゼーゲンヴォール」の酒場にて。
フェルト「聞いてくれよ、オヤジぃ……」
ロイド「飲み過ぎだぞフェルト。いつも有りがたい話だが、身体は大事にしろ」
フェルト「ハッハッハ、タコの化け物が人間の身体の心配かよぉ……」
ロイド「魔族も人間族も客は客だ。心配はするさ」
フェルト「い〜いオヤジだなアンタ!涙が出てくるぜぇ〜……」
ロイド「お前も人間の歳で21っつったら良い歳じゃねぇのか。フラフラしてていいのか?」
フェルト「魔界との扉が開いて早10年!魔界を旅することが俺のトレンドなのさぁ〜♪」
ロイド「そういう人間は多いが、結局のところ魔界はお前らの世界と変わらんよ」
フェルト「こっちには夢がある!ここは良い街だ!」
ロイド「……ハハハ、お前はいつもその台詞ばかりだな」
―――魔族と人間。
お互い相容れぬ存在だと思っていた。
しかし、平和条約が結ばれてから交流を始めるとこれが意外にも友好的だった。問題は山積みではあるものの、未来は明るく見える。中には魔界と人間界を往復し、商売で一儲けする奴も出てきやがったくらいだ。
因みにこの俺"フェルト20歳"は、家が少々い辛いが故に人間界から魔界の田舎町へと引っ越して来た。仕事はこの町にある"ギルド"と呼ばれる何でも屋のバイトで食いつないでいるのは秘密にしてほしい。
ロイド「マフレシアの酒は美味いが、悪酔いしねぇわけじゃないんだ。しっかりしろよ」
現在進行形で俺に遠慮のない説教を落としてるタコの顔を持つオッサンは、この酒場の店主ロイドさんだ。最初は驚いたものの、誰にでも優しく頼りになるオッサンである。
フェルト「最近、仕事も辛くてさぁ……」
ロイド「お前はギルドのバイトだろう?雑務なんだから難しいことはないだろう」
フェルト「ギルド・マスターのクローネさんは良い方だけど、バイトに厳しいんだよ〜……」
ロイド「仕事があるだけマシだと思うこったな。うちで働くよりはよっぽど楽だぜ?」
フェルト「酒場のほうがよっぽど楽な気がすんだけどなぁ〜」
ロイド「お前は酔っぱらった自分を相手にした時、平気でいられるか?」
フェルト「……無理!」
ロイド「ハッハッハ!」
適格な言葉だ。こんな自分を相手にするなんて考えたくもない。
フェルト「はぁ〜、魔界に出たら楽に生きてけると思ったんだけどなぁ」
ロイド「人間界も変わらないだろう」
フェルト「こっちも金。あっちも金。ファンタジーに夢を見たっつーのに、人間界と何も変わらなかったよ……」
ロイド「生きると言うことは働くということだ。俺らもお前らと一緒で金の為に働くさ」
フェルト「……あぁぁ、金!かね!カネって!!」
フェルト「もうそんな言葉聞き飽きた!何をするにも金かねカネ!」
ロイド「ちなみに、今日のお前の支払いは3,800ゴールドだからな」
フェルト「店主までカネーッ!!?」
ロイド「これが俺の生きる道だ!」
フェルト「く、くっ…!くそ〜〜〜っ!!」
酔っぱらった勢いもあり、他の客がいると言うのにフェルトは大声でカウンターで叫んだのだが――…その時だった。フェルトと店主の会話に苛立ちを覚えたのか、たまたま気分が良かっただけなのか。普段、他人へ興味を持つことが少ない"その男"が口を開き、「金は嫌いか?」、と尋ねたのは。
フェルト「んあ?」
「面白い話をしていると思っただけだ。気にしないでくれ」
その男はフェルトが最初の言葉で話を聞いていなかったと分かると、そう口にしてまた一人で酒を飲み始めた。しかし、酔ったフェルトは何かにカチンと来たのか、質問をしてきたクセにと怒鳴ろうと男に向かって立ち上がった。
フェルト「おいっ…!」
だが、寸でのところで店主ロイドは慌ててそれを制止した。
フェルト「な、何だよオヤジ!コイツが悪いんだよ!」
ロイド「アホかお前は!止めとけ、この男はヤベェーんだよ!」
フェルト「何がだよッ!」
ロイド「何もかもだ!面倒を起こされちゃ困るんだ!流石に庇護できねェぞ!?」
フェルト「んだとォ…!この男が一体なんだっつーんだよ……!」
その男は全身を深い黒の服装に、何種類かの知らない文様が刻まれた腕輪に銀のロザリオ、指輪もいくつか、装飾品が良く目立つ。中折れのハットを被り、そこからボサっと伸びた茶色の入った髪の毛に痩せ型の長身、鋭い目つきが恐怖を煽るようなそこそこな顔立ちだった。その風貌は黒のファッションに目立つアクセ、一見すれば近寄りがたい雰囲気に魔界では尚更の存在感を出していた……が。
フェルト「顔を見りゃ人間だって分かるぞ!何が怖い奴だオラァー!」
この魔界に住む以上、圧倒的な魔族を数多く見てきたフェルトにとって、よっぽどな魔族以外、つまり同じ種族である人間にはどんな相手だろうが恐怖をすることは少なくなっていた。
フェルト「喧嘩なら買うぞこのやろォー!」
ロイド「バッカ野郎!お前がマジでやめろこの野郎ォだ!本当に不味いんだよ!」
フェルト「同じ人間だろが!」
ロイド「こいつは確かに人間だが、ただの男じゃ……!」
フェルト「あん…!?」
ロイド「この男はな……!」
彼がそれを言いかけた時、酒場の扉が壊れんばかりの勢いで開いたことに思わず驚き店主は口を閉じてフェルトとともにそちらを向いた。すると、緑の皮膚に隆々とした筋骨が浮き出た人型魔族"オーク族"が立っていた。
フェルト(げ、げげげっ!!?)
―――オーク族。
人型であり、知性はそれなりに高く、非常に気性が荒いことで知られている。種族柄、恵まれた肉体は見たままの筋肉に包まれたパワー型。欲求に対し抑制力がなく、力なき者が犠牲になる事故が後を絶たない。
フェルト「オーク族って…ちょっ、危険種じゃねぇの!?」
ロイド「げっ、ロタ兄弟じゃねぇか……」
フェルト「誰だよ!」
ロイド「周辺で荒し回ってる面倒なオーク兄弟だよ…。町に顔出すことは滅多にないんだが……」
フェルト「普通に出してますけど!」
ロイド「うちの酒場を荒らしに来たんじゃねェだろうな……」
フェルト「可能性はあんのか?」
ロイド「そりゃお前、オークが酒場に荒らしに来る可能性なんざ……」
ザワつく店内の中、その二匹は一目散にドシドシと店主のいるカウンター側へと近づいてきたのである。
ロイド「可能性しかねぇじゃねぇかぁぁっ!!?」
フェルト「こ、殺されるーーーっ!!?」
二人は驚き、思わずフェルトはカウンター・テーブルを飛び越えて厨房側へと身を隠した。だが次の瞬間、二人はカウンターから顔だけをのぞかせた時、更なる驚愕な光景に「えぇ!?」と驚くことになった。
ロタ(オーク兄)「……すまぬ」
ルタ(オーク弟)「すまなかった」
その二匹は何と、その"黒い男"の前で立ち止まると、頭を下げたのだった。
フェルト「な、なんじゃそりゃ!?」
ロイド「あ…あぁ!そうか…!」
フェルト「何だオヤジ!知ってるのか!?」
ロイド「だからよ、俺に用事じゃなくて…その男"ベーゼ"に用事があったんだよ……」
フェルト「ベーゼっつーのか…あの男」
ロイド「まぁ…。この時間にいることが珍しいんだが、オークが頭を下げる相手だというなら納得するぜ……」
オヤジはふぅぅと大きくため息をついたかと思うと、安心したのかズリズリと腰を落とした。
フェルト「オヤジ、一体アイツはなんなんだ?」
フェルトはロイドに合わせてカウンターに隠れたまま、小声で質問をした。
ロイド「……アイツはな、"金貸し"なんだよ」
フェルト「金貸しだって?」
ロイド「そうだ。つーかお前、長いこと魔界に住んでるのに知らないのか?」
フェルト「見たことすらねぇぞ」
ロイド「あー…まぁ、ベーゼがうちに飲むのも旅途中でだからな」
フェルト「だから、どういうことだよ」
ロイド「……だから。ベーゼは魔界の金貸し。誰もが恐れる魔界の金貸しなんだよ」
フェルト「金融屋ってことか?」
ロイド「ちょっと変わった金貸しらしいが、そこの理由は知らねぇ」
フェルト「つか、人間のくせに魔界の誰もが恐れるって信じられない話だな」
ロイド「実際に借りてみたら分かるんじゃねぇか?」
フェルト「そこまで困ってねぇよ」
ロイド「そうか?」
フェルト「……だけど、ちょっと興味あるな」
ロイド「関わるなっつーの。イイ話はきかねぇぞ」
フェルト「ふむ…」
すっかり酔いの冷めたフェルトが小声でとロイドと話していると、カウンター・バーの上からチャリンと景気の良い音が響き、「店主」と呼ぶ声に二人は立ち上がった。
ベーゼ「騒がしくして悪かった。これは騒がせた分だ、とっててくれ」
ロイド「んお……」
いつの間にかオーク兄弟は姿を消し、先ほどまでと同じ明るい店内に戻っていた。そして、彼が"騒がせた分"と言った代金に目を向けると――…。
ロイド「……ぐ、グランツ金貨じゃねぇか!?」
フェルト「な、何ィッ!?」
グランツ金貨は魔界における共通の流通貨幣としては最高価値を誇る一枚である。基本的に"1ゴールド"単位の小さい硬貨の他、纏まった価値がある硬貨をそれぞれ銅貨、銀貨、金貨と呼ぶ。
一般的には、
・シュフティ銅貨"1百ゴールド"
・エーベル銀貨"1千ゴールド"
・トラウテ金貨"1万ゴールド"
各銅銀金にはその価値がある。そしてその中でも、1桁が異なるのが"高濃度純魔力"が圧縮された永遠に欠ける事のない黄金によって造られた、大都市グランツェーレでのみ生産されるグランツ金貨"1枚10万ゴールド"であった。
ロイド「アンタが飲んだのは2杯のビールだ!こんなお代は貰えねぇよ!」
ベーゼ「この酒場の主人は、客の気持ちも受け取れないのか?」
ロイド「い、いやそういうことではないが……」
ベーゼ「俺の勝ちだ。とっとけ」
ロイド「……そこまで言うなら、有りがたく貰うぜ?」
ベーゼ「また来る」
ロイド「はいよっ!またいつでも!」
彼は颯爽とクールな一言で済ませると、黒コートをバサリとなびかせ、酒場から外へと出て行ったようだった。また、ロイドも満更でなさそうに金貨をニヤニヤと眺めていたが、フェルトも同じように目を輝かせて金貨を見つめていた。
ロイド「な、なんだやらねぇぞ!?」
フェルト「オヤジ……」
ロイド「なんだよ」
フェルト「……のか?」
ロイド「何…?聞こえねぇぞ!」
フェルト「儲かるのか!?」
ロイド「は、はぁ?」
フェルト「もしかして、金貸しって儲かるのか!?」
ロイド「そりゃ、当たればデカいだろうが……」
フェルト「だよな!だよな!?だってこんなグランツ金貨をポーンと余裕で……!」
ロイド「待て、変な興味は持つんじゃない。アイツは裏の金貸しだぞ!」
フェルト「だってよ、ちょっと気になるじゃねぇか!金持ちの秘訣とか!」
ロイド「お前ちょっと待て、まさか」
フェルト「まだ遠くには行ってねぇはずだろ!ちょっと話聞いてくらぁ!!」
ロイド「やっぱりか、おい!ちょっと待てっつってるだろ!」
その声は届かず、フェルトはカウンターを身軽に乗り越えると、そのまま彼を追って出て行ってしまったのだった。
ロイド「お、俺はどうなっても知らねぇからな!」
ロイド「……って、あの野郎!3,800ゴールド支払わねぇで出て行きやがったくっそー!」
…………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
魔界の夜。それは意外にも、人間界と大差はない。
空には月が浮かぶし、薄らと雲が流れ、星が輝き、雰囲気はどことなく暗い。魔族には夜に生きるという闇に潜む者が多くいるが、そういう話なら夜を忘れて生きる人間だっているし、実は人も魔族も本当の意味で大差はないのではないかと思ったりもする。
そんな夜の町でフェルトは金貸しのベーゼを追って走り回り、ようやく彼に追いつくことが出来たところであった。
フェルト「待ってくれベーゼさん!」
ベーゼ「…」
返事はない。
フェルト「ちょっとだけ話をしませんか〜?」
ベーゼ「…」
変わらず、返事はない。フェルトの呼びかけは応じず、その歩みを止める様子はない。
フェルト(む、無視かよコノ野郎……!)
フェルト(…)
フェルト(……こうなったら!)
秘策、彼の興味のありそうな言葉を放つ。
フェルト「"お金"について、話をしたいんスけど!!」
すると、彼はピクリと反応して足を止めた。
ベーゼ「……金だと?」
フェルト「あ…!は、はい!」
ベーゼ「いくら欲しい」
フェルト「え、あ…はい?」
ベーゼ「いくら欲しいんだ」
フェルト「ち、違いますよ!そうじゃなくて!」
ベーゼ「客じゃないのなら話などない」
再び彼はクルリと振り返り、その足を動かし始めた。フェルトは「あぁっ!待ってください」と言いながら、仕方なく彼に合わせて歩き、話を聞くことに切り替えた。
フェルト「べ、ベーゼさん!そうじゃなくて、金儲けの秘訣について教えてほしいんスよ!!」
ベーゼ「秘訣などない。存在しているなら俺が教えてほしいくらいだ」
フェルト「ですけど、ベーゼさんはお金持ちじゃないですか!」
ベーゼ「…」
フェルト「人間が魔界で成功するのは数限りないし、俺も成功してみたいんスよ!」
ベーゼ「…」
フェルト「金貸しをしてるんですよね!ベーゼさん!」
ベーゼ「…」
フェルト「ベーゼさん、少しだけでも!」
ベーゼ「……しつこい奴だ」
無視を続けていたが、いい加減にしろと思ったのか彼はその足を止めた。
フェルト「お…♪」
ベーゼ「俺はお前と話すことはない。着いてくるな」
フェルト「そんな、話くらい良いじゃないスか!」
ベーゼ「金儲けの秘訣など存在しない。それ以上の言葉はない」
フェルト「ですけど、ベーゼさんは魔界で成功してるんスよね?」
ベーゼ「成功をしていると思ったことはない」
フェルト「でも充分に成功してるように思えるんですけど……」
ベーゼ「これ以上、話す義理はない」
フェルト「えぇ〜……」
ベーゼ「着いてくるな。仕事に差し支える」
フェルト「えっ、これから仕事なんすか!」
ピョンと飛び跳ね、これはチャンスと思ったフェルトは「着いて行ってもいいですか!」と尋ねた。
ベーゼ「……ふざけているのか?」
フェルト「ふ、ふざけてなんかないですよ!?」
ベーゼ「どこの世界に知らない奴を仕事に連れて行くバカがいる。お前は人間界出身の癖に、そのマナーすら習っていないのか」
フェルト「……こ、ここは魔界ですよ!」
ベーゼ「…む」
フェルト「に、人間界ならまだしも、幻想郷とも言える魔界ですよね!」
フェルト「なら、こういうことも有りなんじゃないですか……とか?」
そうだ、"人間界"の社会的な話ならばまずあり得ない行動だが、ここはあくまでも"魔界"であり、そのマナーが通じるような場所ではない。何をしようが、強き者が正義ともなれる世界である。実際、ベーゼは自身が強くあってこそ活動してきたこともあり、フェルトの放った言葉は意外にも好感触であった。
ベーゼ「……確かに、な」
フェルト「おや…」
ベーゼ「面白いことを言う。お前の言う通り、ここは人間界のマナーなんざ関係がなかったな」
フェルト「な、なら!?」
ベーゼ「答えはノーだ」
フェルト「ちょっと!?」
ベーゼ「それで俺がお前を連れて行く通りにはならん」
フェルト「う、うぐぐ……」
ベーゼ「分かったら帰れ」
彼は黒マントをバサリとなびかせると、そのまま闇夜へと消えて行った。残されたフェルトとは「うぎぎ」と唸った後、「この野郎〜!」と呟きながら地団太を踏んだ。
フェルト(く、くっそー!)
フェルト(何だアイツ、何だアイツ!もうちょっと同じ人間同士、あったかく接する心を持ってもいいんじゃねぇの!?)
フェルト(……そういや仕事とか言ってたな。ちょっと覗くくらいなら怒りもしないだろうし…)
フェルトは薄ら笑いを浮かべると、彼の後を追い、自身も闇の中へと消えて行ったのだった。
…………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――10分後。
ベーゼを追い、共に町外れの小さな洞窟へと辿り着いた所で、前を歩いていたベーゼはフェルトに気づいており、「命知らずというべきか」と此方を振り向いた。
フェルト「お……」
ベーゼ「……まさか、ココまで着いてくるとは思わなかったぞ、ガキ」
フェルト「お、おうよ当然よ!?」
フェルト(バレてたのかー!?)
ベーゼ「そんな足音がダダ漏れ、気配も隠さない、バレないわけがないだろうが」
フェルト「そ、そこまで!?」
ベーゼ「ここまで着いてきやがって…。客の前だというのに」
フェルト「な、何?」
ベーゼ「……仕事の邪魔をされても困る。俺の後を着いてくるなといっても、お前は洞窟に入ってくるだろう?」
フェルト「お、おうよ!」
ベーゼ「いいか、邪魔はするな。この仕事の間、静かにしていろ。素直に俺に従え」
フェルト「お?」
ベーゼ「分かったか」
フェルト「つ、着いてって良いのか!?」
ベーゼ「イエスかノーかで答えろと言っている」
ベーゼはフェルトの服を掴んで引き寄せると、どこから出したのか真っ黒な"ブツ"を額へと押し付けた。
フェルト「じ、銃ッ!!?」
ベーゼ「魔銃だ。魔力の込められた弾丸なら、魔界において実体の持たない相手ですら吹き飛ばす」
フェルト「そんな大層なもんを……!」
ベーゼ「俺の仕事がそれほど生ぬるい物だと思ってるのか。相手は魔族だぞ」
フェルト「いっ……」
ベーゼ「邪魔をするなら殺すことは問わない」
フェルト「わ、わわ…分かった!分かりました!静かにしてます、静かに聞いてますから!!」
ベーゼ「よろしい」
手を離すと、彼は内側へと銃を仕舞った。
ベーゼ「約束は取引、契約だ。破った場合は如何なる事情ともその眉間を打ち抜く」
フェルト「分かりましたよ……!」
ベーゼ「……余計な荷物をしょい込むことになるとは」
フェルト(こ、こえぇ……)
好奇心だけで着いてきたフェルトにとって、銃を突きつけられるとは思ってもおらず、銃が仕舞われた後も"ドクンドクン"と高鳴った心臓は収まることはなく、汗がドっと流れ出て止まらなくなってしまった
ベーゼ「では向かう。静かにしていろ」
フェルト「あ……は、はい。と、ところでこの洞窟は一体……?」
ベーゼ「ロタ兄弟の巣だ」
フェルト「……はい?」
…………
……
…
2G:ベーゼという男
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"カツン…カツン……"
洞窟の中は暗く、湿気が高く、最悪の居心地だった。入口と比べると内部はやや広めで、巨体を有するオークにとっても生活スペースというなら不自由はしないだろうという印象のまま進み、やがて5分程歩いたところだろうか、向こう側に僅かな"明かり"が煌々としているのを確認することが出来た。
フェルト「あれ、明かりが見える……」
ベーゼ「あの明かりのすぐ奥にロタ兄弟がいるはずだ」
フェルト「俺もずっと住んでるのに、この辺にオークがいるなんて聞いたことなかったんだけどな……」
ベーゼ「昼間は狩り、夜に活動をする連中だ。普通に生活している奴なら会うことはないだろうよ」
フェルト「なるほどですね。でも、ベーゼさんはまたあのオーク兄弟に用事があるんスか?」
先ほど酒場で要件は済んだように見えていたのだが。
ベーゼ「さっきは酒場ということで問題を起こしたくないが為に納得したが、支払いをする分がないと言ってきたんだよ」
フェルト「あぁ、そういうことですか……」
ベーゼ「今日がアイツらの支払い期限という以上、それを破るならばそれ相応の傷は受けて貰う」
フェルト「どういうことですか?」
ベーゼ「君と同じ、額を吹き飛ばすことも辞さないということだ」
フェルト「えっ」
ぶっ飛んだ会話に、いつの間にか二人はロタ兄弟のいる最深部へと辿り着いていた。すると僅かな明かりの中、うんうんと唸る声が聞こえたかと思うと、モゾリと岩肌に寝転がる二匹の兄弟が「なんだぁ」と立ち上がったのだった。
フェルト「ひぇっ!?」
相変わらず隆々とした肉体に、二人の倍はあるであろう長身、一振りで全身が吹き飛ぶような二の腕に目がいってしまう。だが、ベーゼは何を気にするわけでもなく、淡々とした口調で二匹に話かけた。
ベーゼ「ロタ、ルタ。要件は分かっているな」
ロタ「う…。さっき、納得、してくれたんじゃ、ないのか……」
ベーゼ「公共の場で騒げると思うか。あの場面で問題は起こせないだろうが」
ルタ「でも、納得、してた……」
ベーゼ「話を理解しているのか?腐った脳みそでは会話が成り立たないな」
ロタ「う……!」
ルタ「うぅ……!?」
フェルト(ち、ちょっとちょっとちょっとぉぉぉっ!!?)
ベーゼは好戦的、喧嘩を売るような口調でグングンと行く。フェルトは(命が惜しくないのか、このバカ!お前の脳みそが腐ってるじゃねぇか!)と内心バクバクでベーゼの後ろに突っ立っていたが、これが意外、ロタ兄弟は弱気な反応を見せたことに驚いた。
ロタ「す、すまない…。だけど、お金、ない……」
ルタ「俺らの飯、これで……」
兄弟な奥から白い袋を取り出すと、ズン!とベーゼの前に差し出した。
ベーゼ「こりゃ動物の肉か。売ってもせいぜい銅貨3枚にもならん」
ロタ「で、でもこれしか……」
ルタ「ない……」
ベーゼ「今日が期限だ。町で買い物をしみてみたいと、俺に金を借りたのは銀貨10枚。それを返せないのなら…分かっているだろうな」
ロタ「う…あぐ……!」
ベーゼ「既に1回の引き伸ばしをしている。次は2倍、銀20枚の用意をしろと言っていたはずだ」
ロタ「ご、ごめん……!すまない……!」
フェルト(ん…?聞いてたよりオークってかなり臆病なのか?すげぇ野蛮だとか聞いてたのに、随分と弱気な感じで……)
まるで見かけ倒しのように思えた。この程度なら、俺にもオークに対して強気でいけるんじゃないかと錯覚してしまうほどにビクついていた二匹だったが、その理由はすぐに分かった。この男が改めてどんな世界を生きていたかを分かる、残酷な理由を。
ベーゼ「期限は期限だ」
"チャキッ"
彼がフェルトに突き付けたあの銃を取り出した瞬間、二匹の顔色が変わった。
ロタ「や、やめて、くれ…!頼む……!」
ルタ「必ず支払う…!頼む、お願いだ、お金、少し待って……!」
ベーゼ「"リタ"の時に何も学んでいなかったようで残念だ」
ロタ「う、うぐっ…!リタ、兄さん……!」
ルタ「リタ、兄さんは…!」
フェルト(――…まさか!)
その口調から察することは容易。ロタ兄弟は元々"三兄弟"だったということだ。そして、彼の言葉の意味。
ロタ「……う、うぉぉぉおっ!!」
ルタ「う、うあぁぁぁあっ!!」
状況を悟ったのか、ロタ兄弟なその屈強な肉体を振りかざし、洞窟内の岩場を削りながら太い腕を振り下ろして来たのだ。思わずフェルトは悲鳴をあげて身を掲げたが、その腕が最後まで降り下ろされることはなかった。その寸前、耳を突き破る勢いの轟音が"ガオンガオン!"と二度鳴り響き、彼らはグラリと身体を揺らしたあと、地面へと倒れ込んだのである。
フェルト「う…ぇ……?」
ベーゼ「終わった。手伝え」
フェルト「何が…です……?」
突然の出来事に、頭が追い付かないフェルト。しかし、目の前で痙攣する巨体を目の当たりにした時、それが現実であると理解する。
フェルト「こ、殺し…た……?」
ベーゼ「オークの皮、骨は実に高く売れる。自らの身体で払うことに納得したうえでの契約だ」
フェルト「た、たかが銀貨10枚で殺したんですか!?」
ベーゼ「契約内容は守る、守られるべきだ」
フェルト「危険種の魔族といっても、こんな簡単に!」
ベーゼ「契約上、問題はないと言っている」
フェルト「だ、だけど……!」
ベーゼ「そんなことより、ここまで来たら手伝え。これを貸してやる」
フェルト「……げっ」
ベーゼは懐から折り畳み式の大刀を取出すと、それをフェルトに渡した。
フェルト「こ、これは……」
ベーゼ「折り畳み式の大刀だ。胴体と手足を関節毎に適当に切り分けろ」
フェルト「え…?」
フェルト「……い、いやいやいや!!無理無理無理無理、絶対無理ですから!!」
ベーゼ「…」
フェルト「オークっつっても人型っすよ!!それを切り分けるなんて!!」
ベーゼ「そうか、契約を守らないか?」
フェルト「……へっ」
……
フェルト「着いてくるのなら、素直に俺に従え」
……
ベーゼ「人間の肉は人気ないが、人ひとり消えたところで」
"カチャリ"
彼は静かに銃を取り出す。その眼は本気だとすぐに分かった。
フェルト「……ま、待ってくださいいぃっ!」
ベーゼ「ん?」
フェルト「わ、分かりました…!思い出しました!分かりました!だ、だから殺さないでください……!」
ベーゼ「最初から素直に言えばいいものを」
銃を仕舞うのを見て、ヘナヘナと力が抜ける。とはいえ、これからこの巨体を"解体"しなければならないことに相違はなく、顔が引きつってしまう。正気ではない状況に、フェルトは気を紛らわせようと(これは魚だ、これは巨大な魚だ、魚だ)と念じながら、他の会話をしながらそれを始めることにした。
フェルト「べ、ベーゼさん」
ベーゼ「何だ」
フェルト「も、元々このロタ兄弟はもう一匹いたのですが?」
ベーゼ「ネタだかヘタだか忘れたが、もう一匹いたな。真っ白な肌の、最も大きい輩だったのは覚えている」
フェルト「それも、こ…殺したんですか」
ベーゼ「最初の返金に間に合わない以上、自らで支払うという契約だったからな」
フェルト「……そのオークも売ったんですか」
ベーゼ「あぁ、トラウテ金貨4枚分にしかならなかったがね」
フェルト「4万…ゴールドも。それでも、今回のことは許さなかったんですか…?」
ベーゼ「一回目の引き伸ばしでの契約だ。次にこうなれば、二匹分の身体で支払うことは決まっていた」
フェルト「……ッ!」
ベーゼ「別に殺したところで、俺が儲ければそれでいい」
"ぞくり"と背筋が凍るような、冷たい口調。これが…金貸しなのだろうか。いや、少なくとも人間界なら殺しを問わず、非道とも呼ぶべき行為をできる人間は限られている。魔界という場所で、この男もどこかのネジが吹き飛んでしまったに違いない。
フェルト「ふ、普通の金貸しじゃあ…ないですね……」
ベーゼ「よく言われるがね。これが俺のやり方だ」
フェルト「こ、殺すことがですか?」
ベーゼ「そうじゃない」
フェルト「どういうことでしょうか…」
ベーゼ「つまりだ、俺はな……」
フェルト「は、はいっ……」
ベーゼ"「返せない奴にしか、貸さないんだ」"
フェルト「……え?」
ベーゼ「魔界じゃ、それが何よりも金になるからな」
フェルト「……どういうことですか?」
ベーゼ「ククク、お前はこのオークらが銀貨10枚を得られる程の知識を持っていると思うか?」
フェルト「……い、いやそれは」
ベーゼ「だからそういうことだ。分かるだろう?」
フェルト「いや、そういうことだって言われても……」
フェルト「…」
フェルト「……って、ま、まさか!」
ベーゼ「俺が"見出した"魔界での生きる術。人間界じゃ決して出来ない、罪の術だよ」
フェルト「貴方は、元々この身体が目的だった……!そういうことですか!」
ベーゼ「正確にいえば、金にない別の代償を金にするやり方を見つけたということだ」
魔界は人間界と比べ、特にルールが定められているわけではない。
行動の大半において"自己責任"が主な社会的認識である。だから、契約としているものを破った者を殺したところで咎められることは少ない。ベーゼはそのルールに乗っ取り、"返せない相手"を選んだうえで金を貸し、返せないことを前提に身体やそれ以外を見返りとして求め、それは時に命すら奪うことを容赦しない、まさに"魔界の金貸し"ということだった。
フェルト「し、正気の沙汰じゃない!」
ベーゼ「何がだ」
フェルト「返せない奴に金を貸して、その見返りで簡単に殺すなんて!普通、やれることじゃない!!」
ベーゼ「だから魔界なんだろう。君も似たようなことは言ったはずだ」
フェルト「た、確かに幻想郷だとか言ったけど!こんなこと…!」
ベーゼ「何を怒っている?」
フェルト「危険種だとか、そういうのを狩る冒険者っていうなら分かるけど、これはていの良い殺戮だ!」
ベーゼ「だからどうした」
フェルト「だ、だからって……!」
ベーゼは、フェルトが刻んだオークの巨大な腕の一本に腰を降ろすと、脚を組んで此方を睨みながら話を続けた。
ベーゼ「君の言いたいことはさっぱり分からないな」
フェルト「倫理ってのがあるんじゃねぇのかってことだよ!」
ベーゼ「殺しが悪いと?」
フェルト「こ、コイツらだって生きてたんだぞ!なのに……」
ベーゼ「君は魔界で生きるには温すぎる」
"カチャリ…"
不穏な音が、耳に聞こえた。
フェルト「ち、ちょっ!?」
ベーゼが構えた銃は、フェルトを捉えていた。
フェルト「な、なんで銃を向け……!」
ベーゼ「何も知らないうちに死んだ方が幸せだろう」
フェルト「意味分かねぇよ!?」
ベーゼ「どの道、煩い存在だと思っていた。静かになるのなら丁度いい」
フェルト「どうしてそんな簡単に殺そうと思えるんだよ!?」
ベーゼ「ここが魔界だからじゃないか?」
フェルト「……それだけで!」
ベーゼ「煩い」
フェルト「ぐっ……!」
ベーゼ「改めて言うが、君との契約内容はこうだったはずだ。君は"静かに、素直に、俺に従え"…じゃなかったか?」
フェルト「そ、そりゃそうかもしれないけど……!」
ベーゼ「あとは綺麗に片付けておく。心配するな」
フェルト「ちょっと待て、ちょっと待ってくれ、おいっ……!」
ベーゼは聞く耳も持たず、その引き金を引いた。しかし、弾丸は射出されることなく、"カチリ"と不発を告げる音だけが小さく響いた。
ベーゼ「ありゃ?」
フェルト「……へっ」
ベーゼ「あぁそうか。リロードの件、君と構ったせいで忘れてたのか……」
フェルト「よ、よかった…。助かった……」
ベーゼ「……仕方ないな」
助かった!そう思うのは早すぎた。ベーゼは素早く腰の袋から"弾丸"を取り出すと、それを装填し、再び此方へ銃を構えようとしていた。
フェルト「助かってねぇぇっ!!」
ベーゼ「煩い」
フェルト「……し、死ねるかよぉぉっ!!」
フェルトは"死にたくねぇ!"の一心で、自身が驚くほどの行動を見せた。まず、持っていた大刀を彼に目掛けてぶん投げると、それに反応したベーゼの隙を突いて一気に距離を詰めた。勿論ベーゼは幾度の修羅場を潜り抜けてきているわけで、この程度は読んでおり、走ってくるフェルトに対して平常心を保ったまま狙いを定め、弾丸は確実に彼の頭を打ち抜く筈だった。しかし、ここでイレギュラーな事態が発生したことで、"フェルトは九死に一生を得る"ことになる。
ベーゼ「……ぬっ!」
銃を構えた彼がいた場所は、ロタ兄弟が腕を振るった場所の真下であり、その巨大な二の腕を振り上げた時に洞窟上部を大きく削っていたのだ。それがきっかけとなり、小規模な落盤が発生してベーゼはそこから移動をせざる得なくなった。そして、彼が体勢を整えた時、目の前にはナイフを向けるフェルトの姿があった。
ベーゼ「……ほう、君も武器を隠していたのか」
フェルト「俺のバイト先で使ってる果物ナイフだよ…。まさかこんな使い方をするとは思わなかったけどよ……」
ベーゼ「俺も岩が崩れるのは予想してなかったよ」
フェルト「動くんじゃねぇ!動くとその首を切るぞ!」
ベーゼ「君にそんな度胸があるというのか?」
フェルト「……お、俺は死にたくねぇ!お前は本気だった!お前が俺を殺すっつーなら、俺がお前を殺すッ!!」
ベーゼ「その言葉…甘いな」
フェルト「な、何がだよ!」
ベーゼ「こういうことだ」
その瞬間、ベーゼは更に姿勢を低くし身体を回転してフェルトの足を引っかけて横転させ、痛みに悶えたところで緩くなったナイフを奪い、押し倒した状態となって逆に首にナイフを突きつけた。
フェルト「あっ…!」
ベーゼ「容赦をしないことが鉄則だ」
フェルト「くっ……!」
ベーゼ「暴れるな。首を落とすぞ」
フェルト「…ど、どうせ殺すんだろ!!」
ベーゼ「……ところが、そうもいかなくなった」
フェルト「な、何……?」
ベーゼは押し付けていた腕を離すと、ナイフを捨て、帽子を深く被り直しながら「やれやれ」と呟いた。
フェルト「お、俺を殺さないのか……?」
ベーゼ「一瞬でも、君のことを面白いと思ってしまった」
フェルト「へ?」
ベーゼ「どんな経過であれ、一度は俺に対して有利に立った」
ベーゼ「銃弾がなく、岩も崩れるという運も絡んだろうが、一瞬でも面白い展開だなと思ったが故のサービスだ」
フェルト「……そ、そんなんで助けてくれるのか?」
ベーゼ「命は保障しよう。ただし契約は契約…さっさとオークをバラしてもらおうか」
フェルト「ま、まだやるのね……」
ベーゼ「やらないのか」
フェルト「や、やりますよ!やらせていただきます!」
ベーゼ「宜しい」
フェルト「……へい」
…………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――1時間後。
慣れない手つきで時間を要したが、ようやくオークを肉塊として切り分け、全身が返り血で真っ赤に染まったところでフェルトは大きく嗚咽をしながら腰を降ろした。
フェルト「おぇぇっ…!」
ベーゼ「初めてにしては上出来だ。見事に四肢バラバラじゃないか」
フェルト「気持ち悪っ…!げほっ……!」
ベーゼ「あとは回収屋に任せてお終いだ」
フェルト「回収…屋……?」
ベーゼはポケットから細かい呪文が記載された札を取り出すと、それぞれの肉塊にペタリと貼り付けた。すると、すぐにそれは輝きだしたかと思うと地面いっぱいに青色の魔法陣が浮かび上がり、一瞬のうちに煌きとともに肉塊が消失したのだった。
フェルト「き、消えた!?」
ベーゼ「こういった類のものを買い取ってくれる回収屋へ送ったんだ。査定のうえ、お金は後日、俺らが受け取りに行くだけで済む」
フェルト「べ、便利なもんッスね……」
ベーゼ「……さて、仕事は終わりだ」
フェルト「ひっ!?」
ベーゼ「別に殺さないと言っただろう。お前は自分の家へ帰れ」
フェルト「よ、よかったぁぁ……」
ベーゼ「思った以上の働きだった。これは報酬だ」
腰の袋から1万ゴールド価値であるトラウテ金貨を3枚程取り出すと、フェルトへと投げつけた。
フェルト「ど、どうも……」
ベーゼ「…」
フェルト「それじゃ……」
ベーゼ「…」
フェルトは一刻も早くこの場を立ち去りたいと、ベーゼに一礼したあと一目散に洞窟から退散しようとしたのだが、まさかのベーゼが「待て」とフェルトを呼びとめた。
フェルト「は、はい…?」
ベーゼ「お前は何故、この土地へ来た」
フェルト「土地って…魔界のことですか?」
ベーゼ「そうだ」
フェルト「そ、それは…その……」
家の居心地が悪かったから。自分の居場所がなかったから。家族も自分がいなくなったことに対し、せいせいしていることが分かっていたから。
フェルト「……自分の居場所を探す為です」
ベーゼ「居場所だと?」
フェルト「い、いえ……。家の居心地が悪くて、どうしても変わりたくて、色々あって……」
ベーゼ「……お前の目は子どものようだ。大人であって、そうではない」
フェルト「うっ……」
ベーゼ「魔界は桃源郷ではない。逃げるべき場所は、人なら人間界だけにしておけ」
フェルト「……え?」
ベーゼ「魔界は甘くはないと覚えておくことだ。お前の生き方では今日ではない…いつか。酷い死に方をするぞ」
フェルト「うぅ……」
フェルトはその通りだと痛感する。やらされた行為は怒りを覚えるが、ベーゼの指摘はあながち間違いではない。
ベーゼ「……では、行くぞ」
フェルト「え?」
ベーゼ「何を呆けている。次の町に行くといっているんだ」
フェルト「ど、どうしてです?」
ベーゼ「君は契約した。俺のために何でもすると。その契約は絶対だと知っているはずだがね」
フェルト「え、ちょ」
ベーゼ「何故なら、契約を破る時、それは……」
今度こそ装填しなおした銃を、頭へと突きつける。
フェルト「ちょぉぉっ!?ウソォ!?」
ベーゼ「どうするんだ?」
フェルト「……い、行きます!行きます行きます!はいいっ!!」
ベーゼ「よろしい」
素直に従ったことを確認すると、ベーゼは銃をしまう。
フェルトはやってしまったと苦い顔をしつつ、さっさと洞窟から出ていこうとするベーゼの後ろをついていく。
フェルト(ど、どうすんだよ!俺マジで、この人についてくのか……!)
こうしてフェルトは、ひょんなことからベーゼの、魔界の金貸しの弟子となったのだった。
これから待ち受ける運命は過酷。だが、フェルトにとっては耐え難くも魔界で「金貸し」として名をはせるための第一歩となったことを、まだ知らない。
フェルト「ま、待ってくださいよベーゼさんんっ!!」
ベーゼ「置いていくぞ、早く来い」
【END】
・・・・・・読みきり版として、ここまでになります。いかがでしたでしょうか。
こちらの作品は、近々更新予定になります。
こちらの作品はR15としての描写が多くなる予定ですので、恐れ入りますがご了承いただければと思います。
それでは失礼致します。ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
2016 06 24
1、プロットの面もあるので描写が適当になっている部分があります
2、誤字脱字があります
3、実際の作品として異なる部分があります。基本ストーリーのみお楽しみいただければと思います
4、、Wiki用に最適化されておりません。読みづらい点があるのをご了承下さいませ
money fantasy
『魔界の金貸しに弟子入りすることになった』読みきり版
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魔界と人間界の戦争が終結してから10年の月日が流れた。
これはどちらが悪いとか、何がきっかけとかという話じゃなく、自然と戦争になった事だったから仕方がない。
とにかく、今の情勢から話をしよう。
元々知性が高かった魔界の住民たちは、よくある物語にあるように好戦的ではなく、仲間が失われることに悲しみを持っていたんだ。
もちろん俺ら人間も戦争は好きじゃなかったし、意外にも話が通じ合えた魔族との交流も盛んになっていったわけ。
だから、いつも俺が魔界にある酒場で夜を明かすのは普通なわけ。
そして今日もタコみてぇな顔した人型の店主と語りながら、魔界花"マフレシア"が入った美味な酒を浴びるように飲みまくってた。
それでまぁ…その時だったわけだ。
俺がその界隈で有名な「魔界の金貸し」と出会ったのは。
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―――魔界にある小さな街「ゼーゲンヴォール」の酒場にて。
フェルト「聞いてくれよ、オヤジぃ……」
ロイド「飲み過ぎだぞフェルト。いつも有りがたい話だが、身体は大事にしろ」
フェルト「ハッハッハ、タコの化け物が人間の身体の心配かよぉ……」
ロイド「魔族も人間族も客は客だ。心配はするさ」
フェルト「い〜いオヤジだなアンタ!涙が出てくるぜぇ〜……」
ロイド「お前も人間の歳で21っつったら良い歳じゃねぇのか。フラフラしてていいのか?」
フェルト「魔界との扉が開いて早10年!魔界を旅することが俺のトレンドなのさぁ〜♪」
ロイド「そういう人間は多いが、結局のところ魔界はお前らの世界と変わらんよ」
フェルト「こっちには夢がある!ここは良い街だ!」
ロイド「……ハハハ、お前はいつもその台詞ばかりだな」
―――魔族と人間。
お互い相容れぬ存在だと思っていた。
しかし、平和条約が結ばれてから交流を始めるとこれが意外にも友好的だった。問題は山積みではあるものの、未来は明るく見える。中には魔界と人間界を往復し、商売で一儲けする奴も出てきやがったくらいだ。
因みにこの俺"フェルト20歳"は、家が少々い辛いが故に人間界から魔界の田舎町へと引っ越して来た。仕事はこの町にある"ギルド"と呼ばれる何でも屋のバイトで食いつないでいるのは秘密にしてほしい。
ロイド「マフレシアの酒は美味いが、悪酔いしねぇわけじゃないんだ。しっかりしろよ」
現在進行形で俺に遠慮のない説教を落としてるタコの顔を持つオッサンは、この酒場の店主ロイドさんだ。最初は驚いたものの、誰にでも優しく頼りになるオッサンである。
フェルト「最近、仕事も辛くてさぁ……」
ロイド「お前はギルドのバイトだろう?雑務なんだから難しいことはないだろう」
フェルト「ギルド・マスターのクローネさんは良い方だけど、バイトに厳しいんだよ〜……」
ロイド「仕事があるだけマシだと思うこったな。うちで働くよりはよっぽど楽だぜ?」
フェルト「酒場のほうがよっぽど楽な気がすんだけどなぁ〜」
ロイド「お前は酔っぱらった自分を相手にした時、平気でいられるか?」
フェルト「……無理!」
ロイド「ハッハッハ!」
適格な言葉だ。こんな自分を相手にするなんて考えたくもない。
フェルト「はぁ〜、魔界に出たら楽に生きてけると思ったんだけどなぁ」
ロイド「人間界も変わらないだろう」
フェルト「こっちも金。あっちも金。ファンタジーに夢を見たっつーのに、人間界と何も変わらなかったよ……」
ロイド「生きると言うことは働くということだ。俺らもお前らと一緒で金の為に働くさ」
フェルト「……あぁぁ、金!かね!カネって!!」
フェルト「もうそんな言葉聞き飽きた!何をするにも金かねカネ!」
ロイド「ちなみに、今日のお前の支払いは3,800ゴールドだからな」
フェルト「店主までカネーッ!!?」
ロイド「これが俺の生きる道だ!」
フェルト「く、くっ…!くそ〜〜〜っ!!」
酔っぱらった勢いもあり、他の客がいると言うのにフェルトは大声でカウンターで叫んだのだが――…その時だった。フェルトと店主の会話に苛立ちを覚えたのか、たまたま気分が良かっただけなのか。普段、他人へ興味を持つことが少ない"その男"が口を開き、「金は嫌いか?」、と尋ねたのは。
フェルト「んあ?」
「面白い話をしていると思っただけだ。気にしないでくれ」
その男はフェルトが最初の言葉で話を聞いていなかったと分かると、そう口にしてまた一人で酒を飲み始めた。しかし、酔ったフェルトは何かにカチンと来たのか、質問をしてきたクセにと怒鳴ろうと男に向かって立ち上がった。
フェルト「おいっ…!」
だが、寸でのところで店主ロイドは慌ててそれを制止した。
フェルト「な、何だよオヤジ!コイツが悪いんだよ!」
ロイド「アホかお前は!止めとけ、この男はヤベェーんだよ!」
フェルト「何がだよッ!」
ロイド「何もかもだ!面倒を起こされちゃ困るんだ!流石に庇護できねェぞ!?」
フェルト「んだとォ…!この男が一体なんだっつーんだよ……!」
その男は全身を深い黒の服装に、何種類かの知らない文様が刻まれた腕輪に銀のロザリオ、指輪もいくつか、装飾品が良く目立つ。中折れのハットを被り、そこからボサっと伸びた茶色の入った髪の毛に痩せ型の長身、鋭い目つきが恐怖を煽るようなそこそこな顔立ちだった。その風貌は黒のファッションに目立つアクセ、一見すれば近寄りがたい雰囲気に魔界では尚更の存在感を出していた……が。
フェルト「顔を見りゃ人間だって分かるぞ!何が怖い奴だオラァー!」
この魔界に住む以上、圧倒的な魔族を数多く見てきたフェルトにとって、よっぽどな魔族以外、つまり同じ種族である人間にはどんな相手だろうが恐怖をすることは少なくなっていた。
フェルト「喧嘩なら買うぞこのやろォー!」
ロイド「バッカ野郎!お前がマジでやめろこの野郎ォだ!本当に不味いんだよ!」
フェルト「同じ人間だろが!」
ロイド「こいつは確かに人間だが、ただの男じゃ……!」
フェルト「あん…!?」
ロイド「この男はな……!」
彼がそれを言いかけた時、酒場の扉が壊れんばかりの勢いで開いたことに思わず驚き店主は口を閉じてフェルトとともにそちらを向いた。すると、緑の皮膚に隆々とした筋骨が浮き出た人型魔族"オーク族"が立っていた。
フェルト(げ、げげげっ!!?)
―――オーク族。
人型であり、知性はそれなりに高く、非常に気性が荒いことで知られている。種族柄、恵まれた肉体は見たままの筋肉に包まれたパワー型。欲求に対し抑制力がなく、力なき者が犠牲になる事故が後を絶たない。
フェルト「オーク族って…ちょっ、危険種じゃねぇの!?」
ロイド「げっ、ロタ兄弟じゃねぇか……」
フェルト「誰だよ!」
ロイド「周辺で荒し回ってる面倒なオーク兄弟だよ…。町に顔出すことは滅多にないんだが……」
フェルト「普通に出してますけど!」
ロイド「うちの酒場を荒らしに来たんじゃねェだろうな……」
フェルト「可能性はあんのか?」
ロイド「そりゃお前、オークが酒場に荒らしに来る可能性なんざ……」
ザワつく店内の中、その二匹は一目散にドシドシと店主のいるカウンター側へと近づいてきたのである。
ロイド「可能性しかねぇじゃねぇかぁぁっ!!?」
フェルト「こ、殺されるーーーっ!!?」
二人は驚き、思わずフェルトはカウンター・テーブルを飛び越えて厨房側へと身を隠した。だが次の瞬間、二人はカウンターから顔だけをのぞかせた時、更なる驚愕な光景に「えぇ!?」と驚くことになった。
ロタ(オーク兄)「……すまぬ」
ルタ(オーク弟)「すまなかった」
その二匹は何と、その"黒い男"の前で立ち止まると、頭を下げたのだった。
フェルト「な、なんじゃそりゃ!?」
ロイド「あ…あぁ!そうか…!」
フェルト「何だオヤジ!知ってるのか!?」
ロイド「だからよ、俺に用事じゃなくて…その男"ベーゼ"に用事があったんだよ……」
フェルト「ベーゼっつーのか…あの男」
ロイド「まぁ…。この時間にいることが珍しいんだが、オークが頭を下げる相手だというなら納得するぜ……」
オヤジはふぅぅと大きくため息をついたかと思うと、安心したのかズリズリと腰を落とした。
フェルト「オヤジ、一体アイツはなんなんだ?」
フェルトはロイドに合わせてカウンターに隠れたまま、小声で質問をした。
ロイド「……アイツはな、"金貸し"なんだよ」
フェルト「金貸しだって?」
ロイド「そうだ。つーかお前、長いこと魔界に住んでるのに知らないのか?」
フェルト「見たことすらねぇぞ」
ロイド「あー…まぁ、ベーゼがうちに飲むのも旅途中でだからな」
フェルト「だから、どういうことだよ」
ロイド「……だから。ベーゼは魔界の金貸し。誰もが恐れる魔界の金貸しなんだよ」
フェルト「金融屋ってことか?」
ロイド「ちょっと変わった金貸しらしいが、そこの理由は知らねぇ」
フェルト「つか、人間のくせに魔界の誰もが恐れるって信じられない話だな」
ロイド「実際に借りてみたら分かるんじゃねぇか?」
フェルト「そこまで困ってねぇよ」
ロイド「そうか?」
フェルト「……だけど、ちょっと興味あるな」
ロイド「関わるなっつーの。イイ話はきかねぇぞ」
フェルト「ふむ…」
すっかり酔いの冷めたフェルトが小声でとロイドと話していると、カウンター・バーの上からチャリンと景気の良い音が響き、「店主」と呼ぶ声に二人は立ち上がった。
ベーゼ「騒がしくして悪かった。これは騒がせた分だ、とっててくれ」
ロイド「んお……」
いつの間にかオーク兄弟は姿を消し、先ほどまでと同じ明るい店内に戻っていた。そして、彼が"騒がせた分"と言った代金に目を向けると――…。
ロイド「……ぐ、グランツ金貨じゃねぇか!?」
フェルト「な、何ィッ!?」
グランツ金貨は魔界における共通の流通貨幣としては最高価値を誇る一枚である。基本的に"1ゴールド"単位の小さい硬貨の他、纏まった価値がある硬貨をそれぞれ銅貨、銀貨、金貨と呼ぶ。
一般的には、
・シュフティ銅貨"1百ゴールド"
・エーベル銀貨"1千ゴールド"
・トラウテ金貨"1万ゴールド"
各銅銀金にはその価値がある。そしてその中でも、1桁が異なるのが"高濃度純魔力"が圧縮された永遠に欠ける事のない黄金によって造られた、大都市グランツェーレでのみ生産されるグランツ金貨"1枚10万ゴールド"であった。
ロイド「アンタが飲んだのは2杯のビールだ!こんなお代は貰えねぇよ!」
ベーゼ「この酒場の主人は、客の気持ちも受け取れないのか?」
ロイド「い、いやそういうことではないが……」
ベーゼ「俺の勝ちだ。とっとけ」
ロイド「……そこまで言うなら、有りがたく貰うぜ?」
ベーゼ「また来る」
ロイド「はいよっ!またいつでも!」
彼は颯爽とクールな一言で済ませると、黒コートをバサリとなびかせ、酒場から外へと出て行ったようだった。また、ロイドも満更でなさそうに金貨をニヤニヤと眺めていたが、フェルトも同じように目を輝かせて金貨を見つめていた。
ロイド「な、なんだやらねぇぞ!?」
フェルト「オヤジ……」
ロイド「なんだよ」
フェルト「……のか?」
ロイド「何…?聞こえねぇぞ!」
フェルト「儲かるのか!?」
ロイド「は、はぁ?」
フェルト「もしかして、金貸しって儲かるのか!?」
ロイド「そりゃ、当たればデカいだろうが……」
フェルト「だよな!だよな!?だってこんなグランツ金貨をポーンと余裕で……!」
ロイド「待て、変な興味は持つんじゃない。アイツは裏の金貸しだぞ!」
フェルト「だってよ、ちょっと気になるじゃねぇか!金持ちの秘訣とか!」
ロイド「お前ちょっと待て、まさか」
フェルト「まだ遠くには行ってねぇはずだろ!ちょっと話聞いてくらぁ!!」
ロイド「やっぱりか、おい!ちょっと待てっつってるだろ!」
その声は届かず、フェルトはカウンターを身軽に乗り越えると、そのまま彼を追って出て行ってしまったのだった。
ロイド「お、俺はどうなっても知らねぇからな!」
ロイド「……って、あの野郎!3,800ゴールド支払わねぇで出て行きやがったくっそー!」
…………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
魔界の夜。それは意外にも、人間界と大差はない。
空には月が浮かぶし、薄らと雲が流れ、星が輝き、雰囲気はどことなく暗い。魔族には夜に生きるという闇に潜む者が多くいるが、そういう話なら夜を忘れて生きる人間だっているし、実は人も魔族も本当の意味で大差はないのではないかと思ったりもする。
そんな夜の町でフェルトは金貸しのベーゼを追って走り回り、ようやく彼に追いつくことが出来たところであった。
フェルト「待ってくれベーゼさん!」
ベーゼ「…」
返事はない。
フェルト「ちょっとだけ話をしませんか〜?」
ベーゼ「…」
変わらず、返事はない。フェルトの呼びかけは応じず、その歩みを止める様子はない。
フェルト(む、無視かよコノ野郎……!)
フェルト(…)
フェルト(……こうなったら!)
秘策、彼の興味のありそうな言葉を放つ。
フェルト「"お金"について、話をしたいんスけど!!」
すると、彼はピクリと反応して足を止めた。
ベーゼ「……金だと?」
フェルト「あ…!は、はい!」
ベーゼ「いくら欲しい」
フェルト「え、あ…はい?」
ベーゼ「いくら欲しいんだ」
フェルト「ち、違いますよ!そうじゃなくて!」
ベーゼ「客じゃないのなら話などない」
再び彼はクルリと振り返り、その足を動かし始めた。フェルトは「あぁっ!待ってください」と言いながら、仕方なく彼に合わせて歩き、話を聞くことに切り替えた。
フェルト「べ、ベーゼさん!そうじゃなくて、金儲けの秘訣について教えてほしいんスよ!!」
ベーゼ「秘訣などない。存在しているなら俺が教えてほしいくらいだ」
フェルト「ですけど、ベーゼさんはお金持ちじゃないですか!」
ベーゼ「…」
フェルト「人間が魔界で成功するのは数限りないし、俺も成功してみたいんスよ!」
ベーゼ「…」
フェルト「金貸しをしてるんですよね!ベーゼさん!」
ベーゼ「…」
フェルト「ベーゼさん、少しだけでも!」
ベーゼ「……しつこい奴だ」
無視を続けていたが、いい加減にしろと思ったのか彼はその足を止めた。
フェルト「お…♪」
ベーゼ「俺はお前と話すことはない。着いてくるな」
フェルト「そんな、話くらい良いじゃないスか!」
ベーゼ「金儲けの秘訣など存在しない。それ以上の言葉はない」
フェルト「ですけど、ベーゼさんは魔界で成功してるんスよね?」
ベーゼ「成功をしていると思ったことはない」
フェルト「でも充分に成功してるように思えるんですけど……」
ベーゼ「これ以上、話す義理はない」
フェルト「えぇ〜……」
ベーゼ「着いてくるな。仕事に差し支える」
フェルト「えっ、これから仕事なんすか!」
ピョンと飛び跳ね、これはチャンスと思ったフェルトは「着いて行ってもいいですか!」と尋ねた。
ベーゼ「……ふざけているのか?」
フェルト「ふ、ふざけてなんかないですよ!?」
ベーゼ「どこの世界に知らない奴を仕事に連れて行くバカがいる。お前は人間界出身の癖に、そのマナーすら習っていないのか」
フェルト「……こ、ここは魔界ですよ!」
ベーゼ「…む」
フェルト「に、人間界ならまだしも、幻想郷とも言える魔界ですよね!」
フェルト「なら、こういうことも有りなんじゃないですか……とか?」
そうだ、"人間界"の社会的な話ならばまずあり得ない行動だが、ここはあくまでも"魔界"であり、そのマナーが通じるような場所ではない。何をしようが、強き者が正義ともなれる世界である。実際、ベーゼは自身が強くあってこそ活動してきたこともあり、フェルトの放った言葉は意外にも好感触であった。
ベーゼ「……確かに、な」
フェルト「おや…」
ベーゼ「面白いことを言う。お前の言う通り、ここは人間界のマナーなんざ関係がなかったな」
フェルト「な、なら!?」
ベーゼ「答えはノーだ」
フェルト「ちょっと!?」
ベーゼ「それで俺がお前を連れて行く通りにはならん」
フェルト「う、うぐぐ……」
ベーゼ「分かったら帰れ」
彼は黒マントをバサリとなびかせると、そのまま闇夜へと消えて行った。残されたフェルトとは「うぎぎ」と唸った後、「この野郎〜!」と呟きながら地団太を踏んだ。
フェルト(く、くっそー!)
フェルト(何だアイツ、何だアイツ!もうちょっと同じ人間同士、あったかく接する心を持ってもいいんじゃねぇの!?)
フェルト(……そういや仕事とか言ってたな。ちょっと覗くくらいなら怒りもしないだろうし…)
フェルトは薄ら笑いを浮かべると、彼の後を追い、自身も闇の中へと消えて行ったのだった。
…………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――10分後。
ベーゼを追い、共に町外れの小さな洞窟へと辿り着いた所で、前を歩いていたベーゼはフェルトに気づいており、「命知らずというべきか」と此方を振り向いた。
フェルト「お……」
ベーゼ「……まさか、ココまで着いてくるとは思わなかったぞ、ガキ」
フェルト「お、おうよ当然よ!?」
フェルト(バレてたのかー!?)
ベーゼ「そんな足音がダダ漏れ、気配も隠さない、バレないわけがないだろうが」
フェルト「そ、そこまで!?」
ベーゼ「ここまで着いてきやがって…。客の前だというのに」
フェルト「な、何?」
ベーゼ「……仕事の邪魔をされても困る。俺の後を着いてくるなといっても、お前は洞窟に入ってくるだろう?」
フェルト「お、おうよ!」
ベーゼ「いいか、邪魔はするな。この仕事の間、静かにしていろ。素直に俺に従え」
フェルト「お?」
ベーゼ「分かったか」
フェルト「つ、着いてって良いのか!?」
ベーゼ「イエスかノーかで答えろと言っている」
ベーゼはフェルトの服を掴んで引き寄せると、どこから出したのか真っ黒な"ブツ"を額へと押し付けた。
フェルト「じ、銃ッ!!?」
ベーゼ「魔銃だ。魔力の込められた弾丸なら、魔界において実体の持たない相手ですら吹き飛ばす」
フェルト「そんな大層なもんを……!」
ベーゼ「俺の仕事がそれほど生ぬるい物だと思ってるのか。相手は魔族だぞ」
フェルト「いっ……」
ベーゼ「邪魔をするなら殺すことは問わない」
フェルト「わ、わわ…分かった!分かりました!静かにしてます、静かに聞いてますから!!」
ベーゼ「よろしい」
手を離すと、彼は内側へと銃を仕舞った。
ベーゼ「約束は取引、契約だ。破った場合は如何なる事情ともその眉間を打ち抜く」
フェルト「分かりましたよ……!」
ベーゼ「……余計な荷物をしょい込むことになるとは」
フェルト(こ、こえぇ……)
好奇心だけで着いてきたフェルトにとって、銃を突きつけられるとは思ってもおらず、銃が仕舞われた後も"ドクンドクン"と高鳴った心臓は収まることはなく、汗がドっと流れ出て止まらなくなってしまった
ベーゼ「では向かう。静かにしていろ」
フェルト「あ……は、はい。と、ところでこの洞窟は一体……?」
ベーゼ「ロタ兄弟の巣だ」
フェルト「……はい?」
…………
……
…
2G:ベーゼという男
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
"カツン…カツン……"
洞窟の中は暗く、湿気が高く、最悪の居心地だった。入口と比べると内部はやや広めで、巨体を有するオークにとっても生活スペースというなら不自由はしないだろうという印象のまま進み、やがて5分程歩いたところだろうか、向こう側に僅かな"明かり"が煌々としているのを確認することが出来た。
フェルト「あれ、明かりが見える……」
ベーゼ「あの明かりのすぐ奥にロタ兄弟がいるはずだ」
フェルト「俺もずっと住んでるのに、この辺にオークがいるなんて聞いたことなかったんだけどな……」
ベーゼ「昼間は狩り、夜に活動をする連中だ。普通に生活している奴なら会うことはないだろうよ」
フェルト「なるほどですね。でも、ベーゼさんはまたあのオーク兄弟に用事があるんスか?」
先ほど酒場で要件は済んだように見えていたのだが。
ベーゼ「さっきは酒場ということで問題を起こしたくないが為に納得したが、支払いをする分がないと言ってきたんだよ」
フェルト「あぁ、そういうことですか……」
ベーゼ「今日がアイツらの支払い期限という以上、それを破るならばそれ相応の傷は受けて貰う」
フェルト「どういうことですか?」
ベーゼ「君と同じ、額を吹き飛ばすことも辞さないということだ」
フェルト「えっ」
ぶっ飛んだ会話に、いつの間にか二人はロタ兄弟のいる最深部へと辿り着いていた。すると僅かな明かりの中、うんうんと唸る声が聞こえたかと思うと、モゾリと岩肌に寝転がる二匹の兄弟が「なんだぁ」と立ち上がったのだった。
フェルト「ひぇっ!?」
相変わらず隆々とした肉体に、二人の倍はあるであろう長身、一振りで全身が吹き飛ぶような二の腕に目がいってしまう。だが、ベーゼは何を気にするわけでもなく、淡々とした口調で二匹に話かけた。
ベーゼ「ロタ、ルタ。要件は分かっているな」
ロタ「う…。さっき、納得、してくれたんじゃ、ないのか……」
ベーゼ「公共の場で騒げると思うか。あの場面で問題は起こせないだろうが」
ルタ「でも、納得、してた……」
ベーゼ「話を理解しているのか?腐った脳みそでは会話が成り立たないな」
ロタ「う……!」
ルタ「うぅ……!?」
フェルト(ち、ちょっとちょっとちょっとぉぉぉっ!!?)
ベーゼは好戦的、喧嘩を売るような口調でグングンと行く。フェルトは(命が惜しくないのか、このバカ!お前の脳みそが腐ってるじゃねぇか!)と内心バクバクでベーゼの後ろに突っ立っていたが、これが意外、ロタ兄弟は弱気な反応を見せたことに驚いた。
ロタ「す、すまない…。だけど、お金、ない……」
ルタ「俺らの飯、これで……」
兄弟な奥から白い袋を取り出すと、ズン!とベーゼの前に差し出した。
ベーゼ「こりゃ動物の肉か。売ってもせいぜい銅貨3枚にもならん」
ロタ「で、でもこれしか……」
ルタ「ない……」
ベーゼ「今日が期限だ。町で買い物をしみてみたいと、俺に金を借りたのは銀貨10枚。それを返せないのなら…分かっているだろうな」
ロタ「う…あぐ……!」
ベーゼ「既に1回の引き伸ばしをしている。次は2倍、銀20枚の用意をしろと言っていたはずだ」
ロタ「ご、ごめん……!すまない……!」
フェルト(ん…?聞いてたよりオークってかなり臆病なのか?すげぇ野蛮だとか聞いてたのに、随分と弱気な感じで……)
まるで見かけ倒しのように思えた。この程度なら、俺にもオークに対して強気でいけるんじゃないかと錯覚してしまうほどにビクついていた二匹だったが、その理由はすぐに分かった。この男が改めてどんな世界を生きていたかを分かる、残酷な理由を。
ベーゼ「期限は期限だ」
"チャキッ"
彼がフェルトに突き付けたあの銃を取り出した瞬間、二匹の顔色が変わった。
ロタ「や、やめて、くれ…!頼む……!」
ルタ「必ず支払う…!頼む、お願いだ、お金、少し待って……!」
ベーゼ「"リタ"の時に何も学んでいなかったようで残念だ」
ロタ「う、うぐっ…!リタ、兄さん……!」
ルタ「リタ、兄さんは…!」
フェルト(――…まさか!)
その口調から察することは容易。ロタ兄弟は元々"三兄弟"だったということだ。そして、彼の言葉の意味。
ロタ「……う、うぉぉぉおっ!!」
ルタ「う、うあぁぁぁあっ!!」
状況を悟ったのか、ロタ兄弟なその屈強な肉体を振りかざし、洞窟内の岩場を削りながら太い腕を振り下ろして来たのだ。思わずフェルトは悲鳴をあげて身を掲げたが、その腕が最後まで降り下ろされることはなかった。その寸前、耳を突き破る勢いの轟音が"ガオンガオン!"と二度鳴り響き、彼らはグラリと身体を揺らしたあと、地面へと倒れ込んだのである。
フェルト「う…ぇ……?」
ベーゼ「終わった。手伝え」
フェルト「何が…です……?」
突然の出来事に、頭が追い付かないフェルト。しかし、目の前で痙攣する巨体を目の当たりにした時、それが現実であると理解する。
フェルト「こ、殺し…た……?」
ベーゼ「オークの皮、骨は実に高く売れる。自らの身体で払うことに納得したうえでの契約だ」
フェルト「た、たかが銀貨10枚で殺したんですか!?」
ベーゼ「契約内容は守る、守られるべきだ」
フェルト「危険種の魔族といっても、こんな簡単に!」
ベーゼ「契約上、問題はないと言っている」
フェルト「だ、だけど……!」
ベーゼ「そんなことより、ここまで来たら手伝え。これを貸してやる」
フェルト「……げっ」
ベーゼは懐から折り畳み式の大刀を取出すと、それをフェルトに渡した。
フェルト「こ、これは……」
ベーゼ「折り畳み式の大刀だ。胴体と手足を関節毎に適当に切り分けろ」
フェルト「え…?」
フェルト「……い、いやいやいや!!無理無理無理無理、絶対無理ですから!!」
ベーゼ「…」
フェルト「オークっつっても人型っすよ!!それを切り分けるなんて!!」
ベーゼ「そうか、契約を守らないか?」
フェルト「……へっ」
……
フェルト「着いてくるのなら、素直に俺に従え」
……
ベーゼ「人間の肉は人気ないが、人ひとり消えたところで」
"カチャリ"
彼は静かに銃を取り出す。その眼は本気だとすぐに分かった。
フェルト「……ま、待ってくださいいぃっ!」
ベーゼ「ん?」
フェルト「わ、分かりました…!思い出しました!分かりました!だ、だから殺さないでください……!」
ベーゼ「最初から素直に言えばいいものを」
銃を仕舞うのを見て、ヘナヘナと力が抜ける。とはいえ、これからこの巨体を"解体"しなければならないことに相違はなく、顔が引きつってしまう。正気ではない状況に、フェルトは気を紛らわせようと(これは魚だ、これは巨大な魚だ、魚だ)と念じながら、他の会話をしながらそれを始めることにした。
フェルト「べ、ベーゼさん」
ベーゼ「何だ」
フェルト「も、元々このロタ兄弟はもう一匹いたのですが?」
ベーゼ「ネタだかヘタだか忘れたが、もう一匹いたな。真っ白な肌の、最も大きい輩だったのは覚えている」
フェルト「それも、こ…殺したんですか」
ベーゼ「最初の返金に間に合わない以上、自らで支払うという契約だったからな」
フェルト「……そのオークも売ったんですか」
ベーゼ「あぁ、トラウテ金貨4枚分にしかならなかったがね」
フェルト「4万…ゴールドも。それでも、今回のことは許さなかったんですか…?」
ベーゼ「一回目の引き伸ばしでの契約だ。次にこうなれば、二匹分の身体で支払うことは決まっていた」
フェルト「……ッ!」
ベーゼ「別に殺したところで、俺が儲ければそれでいい」
"ぞくり"と背筋が凍るような、冷たい口調。これが…金貸しなのだろうか。いや、少なくとも人間界なら殺しを問わず、非道とも呼ぶべき行為をできる人間は限られている。魔界という場所で、この男もどこかのネジが吹き飛んでしまったに違いない。
フェルト「ふ、普通の金貸しじゃあ…ないですね……」
ベーゼ「よく言われるがね。これが俺のやり方だ」
フェルト「こ、殺すことがですか?」
ベーゼ「そうじゃない」
フェルト「どういうことでしょうか…」
ベーゼ「つまりだ、俺はな……」
フェルト「は、はいっ……」
ベーゼ"「返せない奴にしか、貸さないんだ」"
フェルト「……え?」
ベーゼ「魔界じゃ、それが何よりも金になるからな」
フェルト「……どういうことですか?」
ベーゼ「ククク、お前はこのオークらが銀貨10枚を得られる程の知識を持っていると思うか?」
フェルト「……い、いやそれは」
ベーゼ「だからそういうことだ。分かるだろう?」
フェルト「いや、そういうことだって言われても……」
フェルト「…」
フェルト「……って、ま、まさか!」
ベーゼ「俺が"見出した"魔界での生きる術。人間界じゃ決して出来ない、罪の術だよ」
フェルト「貴方は、元々この身体が目的だった……!そういうことですか!」
ベーゼ「正確にいえば、金にない別の代償を金にするやり方を見つけたということだ」
魔界は人間界と比べ、特にルールが定められているわけではない。
行動の大半において"自己責任"が主な社会的認識である。だから、契約としているものを破った者を殺したところで咎められることは少ない。ベーゼはそのルールに乗っ取り、"返せない相手"を選んだうえで金を貸し、返せないことを前提に身体やそれ以外を見返りとして求め、それは時に命すら奪うことを容赦しない、まさに"魔界の金貸し"ということだった。
フェルト「し、正気の沙汰じゃない!」
ベーゼ「何がだ」
フェルト「返せない奴に金を貸して、その見返りで簡単に殺すなんて!普通、やれることじゃない!!」
ベーゼ「だから魔界なんだろう。君も似たようなことは言ったはずだ」
フェルト「た、確かに幻想郷だとか言ったけど!こんなこと…!」
ベーゼ「何を怒っている?」
フェルト「危険種だとか、そういうのを狩る冒険者っていうなら分かるけど、これはていの良い殺戮だ!」
ベーゼ「だからどうした」
フェルト「だ、だからって……!」
ベーゼは、フェルトが刻んだオークの巨大な腕の一本に腰を降ろすと、脚を組んで此方を睨みながら話を続けた。
ベーゼ「君の言いたいことはさっぱり分からないな」
フェルト「倫理ってのがあるんじゃねぇのかってことだよ!」
ベーゼ「殺しが悪いと?」
フェルト「こ、コイツらだって生きてたんだぞ!なのに……」
ベーゼ「君は魔界で生きるには温すぎる」
"カチャリ…"
不穏な音が、耳に聞こえた。
フェルト「ち、ちょっ!?」
ベーゼが構えた銃は、フェルトを捉えていた。
フェルト「な、なんで銃を向け……!」
ベーゼ「何も知らないうちに死んだ方が幸せだろう」
フェルト「意味分かねぇよ!?」
ベーゼ「どの道、煩い存在だと思っていた。静かになるのなら丁度いい」
フェルト「どうしてそんな簡単に殺そうと思えるんだよ!?」
ベーゼ「ここが魔界だからじゃないか?」
フェルト「……それだけで!」
ベーゼ「煩い」
フェルト「ぐっ……!」
ベーゼ「改めて言うが、君との契約内容はこうだったはずだ。君は"静かに、素直に、俺に従え"…じゃなかったか?」
フェルト「そ、そりゃそうかもしれないけど……!」
ベーゼ「あとは綺麗に片付けておく。心配するな」
フェルト「ちょっと待て、ちょっと待ってくれ、おいっ……!」
ベーゼは聞く耳も持たず、その引き金を引いた。しかし、弾丸は射出されることなく、"カチリ"と不発を告げる音だけが小さく響いた。
ベーゼ「ありゃ?」
フェルト「……へっ」
ベーゼ「あぁそうか。リロードの件、君と構ったせいで忘れてたのか……」
フェルト「よ、よかった…。助かった……」
ベーゼ「……仕方ないな」
助かった!そう思うのは早すぎた。ベーゼは素早く腰の袋から"弾丸"を取り出すと、それを装填し、再び此方へ銃を構えようとしていた。
フェルト「助かってねぇぇっ!!」
ベーゼ「煩い」
フェルト「……し、死ねるかよぉぉっ!!」
フェルトは"死にたくねぇ!"の一心で、自身が驚くほどの行動を見せた。まず、持っていた大刀を彼に目掛けてぶん投げると、それに反応したベーゼの隙を突いて一気に距離を詰めた。勿論ベーゼは幾度の修羅場を潜り抜けてきているわけで、この程度は読んでおり、走ってくるフェルトに対して平常心を保ったまま狙いを定め、弾丸は確実に彼の頭を打ち抜く筈だった。しかし、ここでイレギュラーな事態が発生したことで、"フェルトは九死に一生を得る"ことになる。
ベーゼ「……ぬっ!」
銃を構えた彼がいた場所は、ロタ兄弟が腕を振るった場所の真下であり、その巨大な二の腕を振り上げた時に洞窟上部を大きく削っていたのだ。それがきっかけとなり、小規模な落盤が発生してベーゼはそこから移動をせざる得なくなった。そして、彼が体勢を整えた時、目の前にはナイフを向けるフェルトの姿があった。
ベーゼ「……ほう、君も武器を隠していたのか」
フェルト「俺のバイト先で使ってる果物ナイフだよ…。まさかこんな使い方をするとは思わなかったけどよ……」
ベーゼ「俺も岩が崩れるのは予想してなかったよ」
フェルト「動くんじゃねぇ!動くとその首を切るぞ!」
ベーゼ「君にそんな度胸があるというのか?」
フェルト「……お、俺は死にたくねぇ!お前は本気だった!お前が俺を殺すっつーなら、俺がお前を殺すッ!!」
ベーゼ「その言葉…甘いな」
フェルト「な、何がだよ!」
ベーゼ「こういうことだ」
その瞬間、ベーゼは更に姿勢を低くし身体を回転してフェルトの足を引っかけて横転させ、痛みに悶えたところで緩くなったナイフを奪い、押し倒した状態となって逆に首にナイフを突きつけた。
フェルト「あっ…!」
ベーゼ「容赦をしないことが鉄則だ」
フェルト「くっ……!」
ベーゼ「暴れるな。首を落とすぞ」
フェルト「…ど、どうせ殺すんだろ!!」
ベーゼ「……ところが、そうもいかなくなった」
フェルト「な、何……?」
ベーゼは押し付けていた腕を離すと、ナイフを捨て、帽子を深く被り直しながら「やれやれ」と呟いた。
フェルト「お、俺を殺さないのか……?」
ベーゼ「一瞬でも、君のことを面白いと思ってしまった」
フェルト「へ?」
ベーゼ「どんな経過であれ、一度は俺に対して有利に立った」
ベーゼ「銃弾がなく、岩も崩れるという運も絡んだろうが、一瞬でも面白い展開だなと思ったが故のサービスだ」
フェルト「……そ、そんなんで助けてくれるのか?」
ベーゼ「命は保障しよう。ただし契約は契約…さっさとオークをバラしてもらおうか」
フェルト「ま、まだやるのね……」
ベーゼ「やらないのか」
フェルト「や、やりますよ!やらせていただきます!」
ベーゼ「宜しい」
フェルト「……へい」
…………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――1時間後。
慣れない手つきで時間を要したが、ようやくオークを肉塊として切り分け、全身が返り血で真っ赤に染まったところでフェルトは大きく嗚咽をしながら腰を降ろした。
フェルト「おぇぇっ…!」
ベーゼ「初めてにしては上出来だ。見事に四肢バラバラじゃないか」
フェルト「気持ち悪っ…!げほっ……!」
ベーゼ「あとは回収屋に任せてお終いだ」
フェルト「回収…屋……?」
ベーゼはポケットから細かい呪文が記載された札を取り出すと、それぞれの肉塊にペタリと貼り付けた。すると、すぐにそれは輝きだしたかと思うと地面いっぱいに青色の魔法陣が浮かび上がり、一瞬のうちに煌きとともに肉塊が消失したのだった。
フェルト「き、消えた!?」
ベーゼ「こういった類のものを買い取ってくれる回収屋へ送ったんだ。査定のうえ、お金は後日、俺らが受け取りに行くだけで済む」
フェルト「べ、便利なもんッスね……」
ベーゼ「……さて、仕事は終わりだ」
フェルト「ひっ!?」
ベーゼ「別に殺さないと言っただろう。お前は自分の家へ帰れ」
フェルト「よ、よかったぁぁ……」
ベーゼ「思った以上の働きだった。これは報酬だ」
腰の袋から1万ゴールド価値であるトラウテ金貨を3枚程取り出すと、フェルトへと投げつけた。
フェルト「ど、どうも……」
ベーゼ「…」
フェルト「それじゃ……」
ベーゼ「…」
フェルトは一刻も早くこの場を立ち去りたいと、ベーゼに一礼したあと一目散に洞窟から退散しようとしたのだが、まさかのベーゼが「待て」とフェルトを呼びとめた。
フェルト「は、はい…?」
ベーゼ「お前は何故、この土地へ来た」
フェルト「土地って…魔界のことですか?」
ベーゼ「そうだ」
フェルト「そ、それは…その……」
家の居心地が悪かったから。自分の居場所がなかったから。家族も自分がいなくなったことに対し、せいせいしていることが分かっていたから。
フェルト「……自分の居場所を探す為です」
ベーゼ「居場所だと?」
フェルト「い、いえ……。家の居心地が悪くて、どうしても変わりたくて、色々あって……」
ベーゼ「……お前の目は子どものようだ。大人であって、そうではない」
フェルト「うっ……」
ベーゼ「魔界は桃源郷ではない。逃げるべき場所は、人なら人間界だけにしておけ」
フェルト「……え?」
ベーゼ「魔界は甘くはないと覚えておくことだ。お前の生き方では今日ではない…いつか。酷い死に方をするぞ」
フェルト「うぅ……」
フェルトはその通りだと痛感する。やらされた行為は怒りを覚えるが、ベーゼの指摘はあながち間違いではない。
ベーゼ「……では、行くぞ」
フェルト「え?」
ベーゼ「何を呆けている。次の町に行くといっているんだ」
フェルト「ど、どうしてです?」
ベーゼ「君は契約した。俺のために何でもすると。その契約は絶対だと知っているはずだがね」
フェルト「え、ちょ」
ベーゼ「何故なら、契約を破る時、それは……」
今度こそ装填しなおした銃を、頭へと突きつける。
フェルト「ちょぉぉっ!?ウソォ!?」
ベーゼ「どうするんだ?」
フェルト「……い、行きます!行きます行きます!はいいっ!!」
ベーゼ「よろしい」
素直に従ったことを確認すると、ベーゼは銃をしまう。
フェルトはやってしまったと苦い顔をしつつ、さっさと洞窟から出ていこうとするベーゼの後ろをついていく。
フェルト(ど、どうすんだよ!俺マジで、この人についてくのか……!)
こうしてフェルトは、ひょんなことからベーゼの、魔界の金貸しの弟子となったのだった。
これから待ち受ける運命は過酷。だが、フェルトにとっては耐え難くも魔界で「金貸し」として名をはせるための第一歩となったことを、まだ知らない。
フェルト「ま、待ってくださいよベーゼさんんっ!!」
ベーゼ「置いていくぞ、早く来い」
【END】
・・・・・・読みきり版として、ここまでになります。いかがでしたでしょうか。
こちらの作品は、近々更新予定になります。
こちらの作品はR15としての描写が多くなる予定ですので、恐れ入りますがご了承いただければと思います。
それでは失礼致します。ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
2016 06 24
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