最終更新: naminagares 2016年12月31日(土) 21:07:19履歴
2016年、大変お世話になりました。
これからも、皆さまがお楽しみ頂けますよう物語をお届けして参りますので、
どうか2017年も引き続きよろしくお願い申し上げます。
皆さまに良い年でありますよう、ご多幸とご健康をお祈りしております。
12月31日、時間を見つけて新年に向けて書いた一作になります。
未編集、見直しなしと見づらい部分もあると思いますが、
過去の作品を知っている方がおりましたら"にやり"とする作品になっておりますので、ご一読頂ければと思います。
……………………………………………………
竜騎士「―――久々じゃないか?」
女武道家「えぇ、かなり久々な気がします……」
この日、無事に新年を迎えることが出来た二人は"彼女"を驚かせるべく、中央都市へと足を運んでいた。
竜騎士「感覚的には分かるが、こっちで間違いはないな?」
女武道家「そうですね、近くに"青空珈琲店"の看板がありますから」
目の光を失った竜騎士は、冒険者としての経験から研ぎ澄まされた感覚で不自由はしていないはずだが、
それでも不安はあるのか、しきりに嫁である女武道家にそれを尋ねた。
女武道家「竜騎士さん、どうしてそんなに不安なんですか?」
竜騎士「ん、んむ…。いや、うーむ……」
咳き込みながら話を逸らそうとするが、女武道家は旦那がどうしてそんなに不安を募らせているのかは分かっていて、クスリと笑った。
竜騎士「……どうして笑ったんだ」
女武道家「あっ、いえっ!」
耳の良い彼は、女武道家のふとした笑い声をしっかりと聞いていた。
竜騎士「分かってるって反応だな。そうだよ、久々に娘に会うのにこんな緊張するとはな……」
彼が緊張していた理由は、中央都市の青空珈琲店へ勤めている"女剣士"へ会いに来たからだった。
ただ、それだけならそこまでの緊張は無い筈なのだが、彼女に会うことにもう1つ、本当に緊張する理由があった。
女武道家「結婚のお話、ですからね」
竜騎士「……言わないでくれ、い…胃が痛くなる…」
以前、竜騎士の自宅に訪れた青空喫茶店の"マスター"と女剣士の交際を聞かされて1年、籍を入れると手紙で受け取って……と、いうことで中央都市に訪れていた。
女武道家「結構な年上ですけど、女剣士は大丈夫ですかねぇ」
竜騎士「初めてマスターと会った時、そうなるかもとは思っていたが……」
女武道家「私に似てるってことですね」
竜騎士「……俺も年上だが、いや…し、しかしなぁ…」
頭を掻きながら、未だ信じられないといった様子で唸り続ける。
マスターは、元は腕の立つ冒険者であって、今は自営業で充分に生活できる喫茶店を経営している信頼にたる人物で、女剣士を任せる事を拒否する理由はない。
竜騎士(いや、そもそも女剣士が決めた道なら決して否定しないと決めていた。元軍人、冒険者の女武道家と俺の子供なんだから……)
覚悟は決めていた、筈なのに。
竜騎士「世の親父たちが娘を送り出す時に、どうしても否定したくなるのはこういう気持ちなんだよなぁ……」
歩いていた足を止め、ガクっと膝を崩した。
女武道家は彼が倒れたと思って慌てて手を貸そうとする。
女武道家「だ、大丈夫ですか…!」
竜騎士「大丈夫、大丈夫なんだが……」
大きな溜め息を吐きながら、また頭をボリボリと掻いた。
―――…すると、その時。
前方に居た男の子が此方に気づいたらしく、急いで崩れた竜騎士に駆け寄り、「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。
竜騎士「だ、大丈夫だ…。心配かけてすまないな……」
他人に心配されてどうする。
竜騎士は頭をブンブンと振り、気合を入れて腰を上げると、手を貸そうとした少年に目を向ける。
竜騎士「ふぅ…。君、有難うね」
声をかけてくれたのは若干6,7才くらいの少年で、長い黒髪と顔立ちは女の子らしいものがあった。
竜騎士(随分とキレイな顔立ちの子だ。えぇと、名前は……)
彼は真っ白な服装に名札を着けており、そこには"scholar(研究者)"の刺繍がされていた。
竜騎士「……スカラー?」
スカラー「はい!」
彼はスカラーという名に反応し、元気よく返事をした。
竜騎士「スカラーって、君は研究者なのか?」
スカラー「まだ半人前ですけど、お父さんの手伝いをする為にPhD(博士号)を取ったんです」
竜騎士「……博士号って、まだ君は6歳…7歳くらいだろう?研究連合の実績もなければならないのに、冗談だろう?」
中央都市部における博士号の称号は、最高研究所で助手を経て研究結果の実績を選らなければならない。
元軍人である竜騎士は、特に"錬金術研究連合"との合同演習を行うことが多々あったため、その内容を知っていた。
スカラー「よくご存知ですね!一応、色々勉強はお父さんにさせられていて……」
竜騎士「……君は」
目が見えない竜騎士は、"感知"の能力をもって全てが分かっている。
また、魔力だけじゃない、話をしている反応や気配からそれが嘘じゃないと見抜くことが出来た。
竜騎士「君は、うちの嫁より頭がよさそうだな…ハハッ」
女武道家「えっ」
ククッと笑いながら、女武道家の肩を叩く。彼女はブスっとした表情をするが、あながち反論できないようで「竜騎士さん…」と不満そうにしていた。
スカラー「そ、そんなことは!」
竜騎士「人助けを出来る君は素晴らしいと思うよ。未来が素晴らしいものであるよう、願っているよ」
スカラー「……あ、ありがとうございます」
竜騎士「それじゃ俺達は用事があるからそろそろ行くよ。また、どこかで会えたらね」
スカラー「……はいっ!またどこかでお会いしましょう」
スカラーは丁寧に頭を下げると、竜騎士と女武道家は笑顔で彼を見送ったのだった。
竜騎士(天才とは本当にいるのかもしれないな。彼から出ているオーラは凄いものだった……。もしかすると、近い将来…大きい事をやる子かもしれん)
この時、竜騎士もスカラーも知ることはなかった。
そう遠くない未来、少年は"店長"と呼ばれながらも誰も知ることなく、名の無い英雄錬金術師となることを。
竜騎士「さて、女武道家……青空喫茶店へ向かおうか」
女武道家「はいっ」
緊張していた竜騎士も、この頃未だ優しい彼と出会って気持ちが和らいだのか、ようやく覚悟を決めたらしい。
竜騎士(とはいえ、緊張するんだがね……)
こうして二人は、女剣士とマスターの待つ青空喫茶店へと向かったのだった。
…………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――それから。
少年との出会いから十数分後、いよいよ二人は"青空喫茶店"へと到着していた。
古き良き造りをしているそれは、木造の2階建てで、色の着いた曇り硝子はレトロな雰囲気を出している。
竜騎士(相変わらず、センスはいい建物だな)
喫茶店という、男性の心に打つ造りで、訪れる度に男心ながら"カッケェな"と感嘆してしまう。
女武道家「じゃ、入りましょうか」
竜騎士「うむ、入るか……」
既に時刻は朝10時を過ぎていて、看板には"OPEN"の文字があった。
女武道家は先にドアに手をかけると、「失礼します」と言いながらドアを押し込んだ。
女武道家「こんにちわ!」
竜騎士「ん、んむ……女剣士、いるのか……?」
女武道家は堂々と、竜騎士はこっそりと女武道家の後ろから中を覗き込む。
すると、店の中には"マスター"が一人、カウンター奥で掃除をしながら驚いたように此方を見ていた。
マスター「り、竜騎士さん!?」
竜騎士「う、うむ……」
マスター「ちょっ…、こんな早く来るとは思って……お、お待ち下さい!」
彼は慌てて掃除用具を仕舞うと、入り口で立つ二人のもとに駆け寄った。
マスター「手紙で連絡を頂ければ、迎えに行ったのですが……!」
竜騎士「そこまでの気遣いは不要だ」
マスター「そ、そうですか。それじゃ、そこに座ってください…、今コーヒーを入れますので!」
竜騎士「そうか、それでは言葉に甘えさせてもらおうか」
女武道家と竜騎士は、カウンターではなくテーブル椅子に腰を下ろし、一旦休息を貰った。
一方、マスターは慌てて点てていたコーヒーを淹れる準備を進めながら、簡単な軽食を準備し始めると、辺りにはコーヒーと小麦の焼ける良い香りが漂い始める。
竜騎士「……パンか。良い香りだな」
マスター「あっ、恐縮です。畑を持っていて、自家製なのでお口に合えば嬉しいのですが」
竜騎士「小麦の栽培か…。結局、田舎町で借金生活の時には作っていなかったな」
マスター「えっ…、田舎で借金……ですか?」
竜騎士「ゴホッ、ゴホンッ!こっちの話だ、気にしないでくれ」
咳払いをして昔の話を誤魔化す。
とてもじゃないが、上官に逆らい田舎に飛ばされ、女武道家と共に借金返済に追われた話など恥じ以外の何ものでもない―――…の、だが。
女武道家「あっ、それはですねぇ。竜騎士さんが偉い人に逆らって、私のいた田舎町に飛ばされたんですよ。それで、借金もあって罠に嵌められて……」
いけしゃあしゃあと、何故か得意げに、彼女は全てを語ってしまったのだった。
竜騎士「ちょちょ、お前、待て、女武道家!」
女武道家「だ、ダメでしたか…?」
まさかの話に、マスターは「そ、そうなんですかぁ……」苦笑いをした。
竜騎士「……はて、それよりも女剣士はどこへ行ったんだ?」
辺りを見渡すと、肝心要の女剣士の姿が見当たらなかった。
マスター「彼女は買い物に出ています。今日の到着は夜だと思っていたので、ご馳走を作るんだって張り切ってました」
竜騎士「ふむ、なるほどな。もうすぐ戻るのか?」
マスター「もう少しだと思います。……よし、出来ました」
しゃべりながらも、マスターは手を動かし続け、いつの間にか美味しそうなサンドイッチが出来上がっていた。
それをコーヒーと合わせてお盆に乗せると、竜騎士たちが座っている席に素早く並べる。
マスター「ごゆっくりお待ち頂ければと思います」
二人の前に出されたのは、ハムとレタスのシンプルなサンドイッチだったが、
焼きたてのパンに挟まれたそれは食欲をそそる香りをたて、二人はコーヒーとサンドイッチそれぞれを口に入れて「美味いな」と笑った。
二人の様子を見たマスターは、とりあえず満足してくれたようだと彼らにわからないようカウンター裏に隠れてほっと胸を撫で下ろした。
竜騎士「……しかし」
すると竜騎士は、コーヒーを飲みなが店内を見渡し、マスターにとっては余計な"親心"を見せた。
竜騎士「朝から客が少ないようだが、生計は大丈夫なのか?」
勿論、この店がそれなりに繁盛していることは知っているのだが、それでも心配は尽きないらしい。
マスター「昼頃から混み始めますね…。今日ももう直ぐお客さんも来てくれると思います」
竜騎士「そうか、それなら何よりだ……」
コーヒーを全部飲み干すと、空になったコップをトンとテーブルに置く。
竜騎士「……ふぅ」
相変わらず、彼のコーヒーは旨かった。
余韻に浸れる味わいは、そうそう出会うことはない。
マスター「お代わりは如何でしょうか」
それに、気の利くマスターだ。この店が流行る理由も分かる。
竜騎士「貰おうか」
マスター「承知致しました」
熱いポットからお代わりのコーヒーを注ぐと、淡い湯気に香りが一気に拡がった。
竜騎士「…」
マスター「…」
二人の戦士は、もう剣も槍も握る機会は少なくなっていくだろう。
一人は包丁を持ち人を喜ばせ、一人は鍬を持ち畑を耕す。
それで、良いじゃないか。
竜騎士「……幸せにしてくれるか?」
ふいに、彼を前に言葉が出た。
マスター「……誰よりも」
その答えは簡単だった。
竜騎士「頼んだぞ」
マスター「頼まれました」
彼は小さく会釈し、にこりと微笑んだ。それだけで充分だった。
竜騎士「……おや」
マスター「ん……」
すると、その時。
店の入り口が"がらんがらん"と開き、彼女が現れた。
女剣士「こっちですー……って、お父さんとお母さん!?」
竜騎士「……来たか、バカ娘め」
女武道家「久しぶり、女剣士」
女剣士は口を大きく開け、二人を見て驚きを隠せないようだった。
女剣士「ちょっ、お父さんもお母さんも待って、今…道案内に……マスターさん、道に迷った人がいて……!」
慌てた様子で、女剣士は誰かを店の中に案内する。
どうやら中央都市で道に迷ったらしく、それを放っておけないのは女武道家の血が強く入っているなと思わず竜騎士は笑う。
マスター「どれどれ、どの人だ?」
女剣士「この方ですー。どうぞ、お店に入ってください」
彼女の言葉に、道に迷った男性は「失礼しますね」と店の中に入る。
だが、その瞬間、歴戦の経験を持つマスターと竜騎士は"ゾワリ"としたとてつもない魔力を彼から感じ取った。
竜騎士「なっ…にっ……!!?」
マスター「うっ…!!?」
余りの威圧に、竜騎士とマスターは彼の方向を向いた。
彼は"巨大な太刀のような剣"を背負い、"真っ赤な髪の毛"をした至って普通の青年だったが、
彼から感じる力は二人がこれまで出会った事の無い、言うならば"存在してはいけない"ような力を感じていた。
竜騎士(とはいえ、敵意は一切ない。純粋に、この男…強い……!何者だ、ここまでの男がこの世にいたのか…!?)
汗がドッと流れ出し、思わず手にかけた槍に気づくまで数十秒を要した。
一方、尋常ではない竜騎士とマスターの勢いに、女剣士は「ど、どうしたんです?」と尋ねた。
マスター「い、いや…!こ、此方の方はどこへ…案内を…………?」
口角が歪み、どうしたものかと女剣士は不思議そうに思うが、マスターの質問に彼女は小さく口を開いて名前を言った。
女剣士「"青年剣士さん"だそうですよ」
名前を呼ばれた彼は、はにかみながら前に出て「道を聞きたいんです」と言った。
マスター「み、道……どこへ……?」
青年剣士「えぇ、中央都市は300年ぶり……じゃない、3年ぶりで色々変わっちゃってまして」
マスター「は、はは…都市部はすぐに色々と変わりますからね……」
普通にしゃべろうとしても、彼の前ではどうも上手くしゃべることが出来なかった。
青年剣士「それで、道なのですが…この辺に"英雄僧侶"を奉った教会があると思うのですが、どちらに移転しましたか?」
マスター「あ、あぁ……それじゃ外に出てください。英雄教会なら、あの道をまっすぐ行きまして……」
マスターは青年剣士を連れて外に出ると、その場にあった重い空気が一気に解放される。
とはいっても、それに気づいていたのは竜騎士だけで、彼が消えた後で「ぷはっ…!」と肩で息をしていた。
女剣士「お父さん、どうしたの?」
竜騎士「……何でもない。この世は…広いもんだな…女剣士」
女剣士「えぇ…?」
竜騎士「はぁ、はぁ……」
流れた汗を拭くと、まるで長い戦いを終えたように背もたれに深く座り、首をがっくりと落とした。
女剣士「変なお父さん。ねーっ、お母さん」
女武道家「私たちには分からないことがあるってことだね」
女性陣は我関せずといった感じで、マスターが戻ってくるまで変に疲労した竜騎士を見て笑っていた。
マスター「お待たせしました。お帰り、女剣士」
女剣士「あっ、ただいまです!」
女武道家「これで皆そろいましたね」
竜騎士「やれやれ……」
この時、他愛ない会話をしていたマスターと竜騎士だが、
実際はアイ・コンタクトを取って「問題ないか」、「問題ありません」と会話をしていた。
それだけ、青年剣士という存在は彼らに強烈な一発を残したようだった。
女剣士「それで、お父さん…手紙のことなんだけどね……」
そんな緊張状態が続いていた事も露知らず、女剣士は本題に入ろうとした。
しかし、マスターは「待ってくれ」とそれを遮り、女剣士の前に立って竜騎士の眼前に改めて立った。
マスター「…」
そして、彼は彼女が居る前で、改めて深く頭を下げ、それを言った。
「私たちは結婚致します」と。
竜騎士「……二度目だな」
先ほどのコーヒーでの一件で一度答えは聞いている。
だが、重要なのは彼女を前にしてそれをハッキリと聞くこと。
竜騎士は軽く首を横に振りながら、「もう変な悪戯はせんよ」と、惜しげもなくそれを言った。
竜騎士「娘をよろしく頼む」
マスター「―――…はいっ」
もう、これ以上の言葉は要らなかった。
答えを聞いた女剣士は、「お父さん!」と喜び、竜騎士に抱きつく。
母親の女武道家も、笑顔だった。
これから、女剣士にも子供が出来るだろう。
竜騎士は祖父となるのだ。
竜騎士(長いこと生きてきて、辛いことも沢山あった。だが、こんなに嬉しいこともないだろう――…)
嫁が出来ることも、子が出来ることも、考えもしなかった。
軍人であった自分が、彼女と出会って好きになるなんて、愛するなんて思いもしなかった。
女武道家「竜騎士さん」
マスター「竜騎士さん」
女剣士「……お父さん」
昔の俺なら、恥ずかしくて言えないだろうし、考えもしなかっただろう。
家族が幸せになることが、今の俺の幸せだって。
竜騎士「……おう、お前ら全員幸せになれよ」
全員が幸せになってくれれば、俺も嬉しい。
竜騎士「笑って過ごせるのが一番の幸せだからな」
俺の知るみんなが、幸せであることを願って―――。
……………
……
…
【 E N D 】
これからも、皆さまがお楽しみ頂けますよう物語をお届けして参りますので、
どうか2017年も引き続きよろしくお願い申し上げます。
皆さまに良い年でありますよう、ご多幸とご健康をお祈りしております。
12月31日、時間を見つけて新年に向けて書いた一作になります。
未編集、見直しなしと見づらい部分もあると思いますが、
過去の作品を知っている方がおりましたら"にやり"とする作品になっておりますので、ご一読頂ければと思います。
……………………………………………………
竜騎士「―――久々じゃないか?」
女武道家「えぇ、かなり久々な気がします……」
この日、無事に新年を迎えることが出来た二人は"彼女"を驚かせるべく、中央都市へと足を運んでいた。
竜騎士「感覚的には分かるが、こっちで間違いはないな?」
女武道家「そうですね、近くに"青空珈琲店"の看板がありますから」
目の光を失った竜騎士は、冒険者としての経験から研ぎ澄まされた感覚で不自由はしていないはずだが、
それでも不安はあるのか、しきりに嫁である女武道家にそれを尋ねた。
女武道家「竜騎士さん、どうしてそんなに不安なんですか?」
竜騎士「ん、んむ…。いや、うーむ……」
咳き込みながら話を逸らそうとするが、女武道家は旦那がどうしてそんなに不安を募らせているのかは分かっていて、クスリと笑った。
竜騎士「……どうして笑ったんだ」
女武道家「あっ、いえっ!」
耳の良い彼は、女武道家のふとした笑い声をしっかりと聞いていた。
竜騎士「分かってるって反応だな。そうだよ、久々に娘に会うのにこんな緊張するとはな……」
彼が緊張していた理由は、中央都市の青空珈琲店へ勤めている"女剣士"へ会いに来たからだった。
ただ、それだけならそこまでの緊張は無い筈なのだが、彼女に会うことにもう1つ、本当に緊張する理由があった。
女武道家「結婚のお話、ですからね」
竜騎士「……言わないでくれ、い…胃が痛くなる…」
以前、竜騎士の自宅に訪れた青空喫茶店の"マスター"と女剣士の交際を聞かされて1年、籍を入れると手紙で受け取って……と、いうことで中央都市に訪れていた。
女武道家「結構な年上ですけど、女剣士は大丈夫ですかねぇ」
竜騎士「初めてマスターと会った時、そうなるかもとは思っていたが……」
女武道家「私に似てるってことですね」
竜騎士「……俺も年上だが、いや…し、しかしなぁ…」
頭を掻きながら、未だ信じられないといった様子で唸り続ける。
マスターは、元は腕の立つ冒険者であって、今は自営業で充分に生活できる喫茶店を経営している信頼にたる人物で、女剣士を任せる事を拒否する理由はない。
竜騎士(いや、そもそも女剣士が決めた道なら決して否定しないと決めていた。元軍人、冒険者の女武道家と俺の子供なんだから……)
覚悟は決めていた、筈なのに。
竜騎士「世の親父たちが娘を送り出す時に、どうしても否定したくなるのはこういう気持ちなんだよなぁ……」
歩いていた足を止め、ガクっと膝を崩した。
女武道家は彼が倒れたと思って慌てて手を貸そうとする。
女武道家「だ、大丈夫ですか…!」
竜騎士「大丈夫、大丈夫なんだが……」
大きな溜め息を吐きながら、また頭をボリボリと掻いた。
―――…すると、その時。
前方に居た男の子が此方に気づいたらしく、急いで崩れた竜騎士に駆け寄り、「大丈夫ですか?」と声をかけてきた。
竜騎士「だ、大丈夫だ…。心配かけてすまないな……」
他人に心配されてどうする。
竜騎士は頭をブンブンと振り、気合を入れて腰を上げると、手を貸そうとした少年に目を向ける。
竜騎士「ふぅ…。君、有難うね」
声をかけてくれたのは若干6,7才くらいの少年で、長い黒髪と顔立ちは女の子らしいものがあった。
竜騎士(随分とキレイな顔立ちの子だ。えぇと、名前は……)
彼は真っ白な服装に名札を着けており、そこには"scholar(研究者)"の刺繍がされていた。
竜騎士「……スカラー?」
スカラー「はい!」
彼はスカラーという名に反応し、元気よく返事をした。
竜騎士「スカラーって、君は研究者なのか?」
スカラー「まだ半人前ですけど、お父さんの手伝いをする為にPhD(博士号)を取ったんです」
竜騎士「……博士号って、まだ君は6歳…7歳くらいだろう?研究連合の実績もなければならないのに、冗談だろう?」
中央都市部における博士号の称号は、最高研究所で助手を経て研究結果の実績を選らなければならない。
元軍人である竜騎士は、特に"錬金術研究連合"との合同演習を行うことが多々あったため、その内容を知っていた。
スカラー「よくご存知ですね!一応、色々勉強はお父さんにさせられていて……」
竜騎士「……君は」
目が見えない竜騎士は、"感知"の能力をもって全てが分かっている。
また、魔力だけじゃない、話をしている反応や気配からそれが嘘じゃないと見抜くことが出来た。
竜騎士「君は、うちの嫁より頭がよさそうだな…ハハッ」
女武道家「えっ」
ククッと笑いながら、女武道家の肩を叩く。彼女はブスっとした表情をするが、あながち反論できないようで「竜騎士さん…」と不満そうにしていた。
スカラー「そ、そんなことは!」
竜騎士「人助けを出来る君は素晴らしいと思うよ。未来が素晴らしいものであるよう、願っているよ」
スカラー「……あ、ありがとうございます」
竜騎士「それじゃ俺達は用事があるからそろそろ行くよ。また、どこかで会えたらね」
スカラー「……はいっ!またどこかでお会いしましょう」
スカラーは丁寧に頭を下げると、竜騎士と女武道家は笑顔で彼を見送ったのだった。
竜騎士(天才とは本当にいるのかもしれないな。彼から出ているオーラは凄いものだった……。もしかすると、近い将来…大きい事をやる子かもしれん)
この時、竜騎士もスカラーも知ることはなかった。
そう遠くない未来、少年は"店長"と呼ばれながらも誰も知ることなく、名の無い英雄錬金術師となることを。
竜騎士「さて、女武道家……青空喫茶店へ向かおうか」
女武道家「はいっ」
緊張していた竜騎士も、この頃未だ優しい彼と出会って気持ちが和らいだのか、ようやく覚悟を決めたらしい。
竜騎士(とはいえ、緊張するんだがね……)
こうして二人は、女剣士とマスターの待つ青空喫茶店へと向かったのだった。
…………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――それから。
少年との出会いから十数分後、いよいよ二人は"青空喫茶店"へと到着していた。
古き良き造りをしているそれは、木造の2階建てで、色の着いた曇り硝子はレトロな雰囲気を出している。
竜騎士(相変わらず、センスはいい建物だな)
喫茶店という、男性の心に打つ造りで、訪れる度に男心ながら"カッケェな"と感嘆してしまう。
女武道家「じゃ、入りましょうか」
竜騎士「うむ、入るか……」
既に時刻は朝10時を過ぎていて、看板には"OPEN"の文字があった。
女武道家は先にドアに手をかけると、「失礼します」と言いながらドアを押し込んだ。
女武道家「こんにちわ!」
竜騎士「ん、んむ……女剣士、いるのか……?」
女武道家は堂々と、竜騎士はこっそりと女武道家の後ろから中を覗き込む。
すると、店の中には"マスター"が一人、カウンター奥で掃除をしながら驚いたように此方を見ていた。
マスター「り、竜騎士さん!?」
竜騎士「う、うむ……」
マスター「ちょっ…、こんな早く来るとは思って……お、お待ち下さい!」
彼は慌てて掃除用具を仕舞うと、入り口で立つ二人のもとに駆け寄った。
マスター「手紙で連絡を頂ければ、迎えに行ったのですが……!」
竜騎士「そこまでの気遣いは不要だ」
マスター「そ、そうですか。それじゃ、そこに座ってください…、今コーヒーを入れますので!」
竜騎士「そうか、それでは言葉に甘えさせてもらおうか」
女武道家と竜騎士は、カウンターではなくテーブル椅子に腰を下ろし、一旦休息を貰った。
一方、マスターは慌てて点てていたコーヒーを淹れる準備を進めながら、簡単な軽食を準備し始めると、辺りにはコーヒーと小麦の焼ける良い香りが漂い始める。
竜騎士「……パンか。良い香りだな」
マスター「あっ、恐縮です。畑を持っていて、自家製なのでお口に合えば嬉しいのですが」
竜騎士「小麦の栽培か…。結局、田舎町で借金生活の時には作っていなかったな」
マスター「えっ…、田舎で借金……ですか?」
竜騎士「ゴホッ、ゴホンッ!こっちの話だ、気にしないでくれ」
咳払いをして昔の話を誤魔化す。
とてもじゃないが、上官に逆らい田舎に飛ばされ、女武道家と共に借金返済に追われた話など恥じ以外の何ものでもない―――…の、だが。
女武道家「あっ、それはですねぇ。竜騎士さんが偉い人に逆らって、私のいた田舎町に飛ばされたんですよ。それで、借金もあって罠に嵌められて……」
いけしゃあしゃあと、何故か得意げに、彼女は全てを語ってしまったのだった。
竜騎士「ちょちょ、お前、待て、女武道家!」
女武道家「だ、ダメでしたか…?」
まさかの話に、マスターは「そ、そうなんですかぁ……」苦笑いをした。
竜騎士「……はて、それよりも女剣士はどこへ行ったんだ?」
辺りを見渡すと、肝心要の女剣士の姿が見当たらなかった。
マスター「彼女は買い物に出ています。今日の到着は夜だと思っていたので、ご馳走を作るんだって張り切ってました」
竜騎士「ふむ、なるほどな。もうすぐ戻るのか?」
マスター「もう少しだと思います。……よし、出来ました」
しゃべりながらも、マスターは手を動かし続け、いつの間にか美味しそうなサンドイッチが出来上がっていた。
それをコーヒーと合わせてお盆に乗せると、竜騎士たちが座っている席に素早く並べる。
マスター「ごゆっくりお待ち頂ければと思います」
二人の前に出されたのは、ハムとレタスのシンプルなサンドイッチだったが、
焼きたてのパンに挟まれたそれは食欲をそそる香りをたて、二人はコーヒーとサンドイッチそれぞれを口に入れて「美味いな」と笑った。
二人の様子を見たマスターは、とりあえず満足してくれたようだと彼らにわからないようカウンター裏に隠れてほっと胸を撫で下ろした。
竜騎士「……しかし」
すると竜騎士は、コーヒーを飲みなが店内を見渡し、マスターにとっては余計な"親心"を見せた。
竜騎士「朝から客が少ないようだが、生計は大丈夫なのか?」
勿論、この店がそれなりに繁盛していることは知っているのだが、それでも心配は尽きないらしい。
マスター「昼頃から混み始めますね…。今日ももう直ぐお客さんも来てくれると思います」
竜騎士「そうか、それなら何よりだ……」
コーヒーを全部飲み干すと、空になったコップをトンとテーブルに置く。
竜騎士「……ふぅ」
相変わらず、彼のコーヒーは旨かった。
余韻に浸れる味わいは、そうそう出会うことはない。
マスター「お代わりは如何でしょうか」
それに、気の利くマスターだ。この店が流行る理由も分かる。
竜騎士「貰おうか」
マスター「承知致しました」
熱いポットからお代わりのコーヒーを注ぐと、淡い湯気に香りが一気に拡がった。
竜騎士「…」
マスター「…」
二人の戦士は、もう剣も槍も握る機会は少なくなっていくだろう。
一人は包丁を持ち人を喜ばせ、一人は鍬を持ち畑を耕す。
それで、良いじゃないか。
竜騎士「……幸せにしてくれるか?」
ふいに、彼を前に言葉が出た。
マスター「……誰よりも」
その答えは簡単だった。
竜騎士「頼んだぞ」
マスター「頼まれました」
彼は小さく会釈し、にこりと微笑んだ。それだけで充分だった。
竜騎士「……おや」
マスター「ん……」
すると、その時。
店の入り口が"がらんがらん"と開き、彼女が現れた。
女剣士「こっちですー……って、お父さんとお母さん!?」
竜騎士「……来たか、バカ娘め」
女武道家「久しぶり、女剣士」
女剣士は口を大きく開け、二人を見て驚きを隠せないようだった。
女剣士「ちょっ、お父さんもお母さんも待って、今…道案内に……マスターさん、道に迷った人がいて……!」
慌てた様子で、女剣士は誰かを店の中に案内する。
どうやら中央都市で道に迷ったらしく、それを放っておけないのは女武道家の血が強く入っているなと思わず竜騎士は笑う。
マスター「どれどれ、どの人だ?」
女剣士「この方ですー。どうぞ、お店に入ってください」
彼女の言葉に、道に迷った男性は「失礼しますね」と店の中に入る。
だが、その瞬間、歴戦の経験を持つマスターと竜騎士は"ゾワリ"としたとてつもない魔力を彼から感じ取った。
竜騎士「なっ…にっ……!!?」
マスター「うっ…!!?」
余りの威圧に、竜騎士とマスターは彼の方向を向いた。
彼は"巨大な太刀のような剣"を背負い、"真っ赤な髪の毛"をした至って普通の青年だったが、
彼から感じる力は二人がこれまで出会った事の無い、言うならば"存在してはいけない"ような力を感じていた。
竜騎士(とはいえ、敵意は一切ない。純粋に、この男…強い……!何者だ、ここまでの男がこの世にいたのか…!?)
汗がドッと流れ出し、思わず手にかけた槍に気づくまで数十秒を要した。
一方、尋常ではない竜騎士とマスターの勢いに、女剣士は「ど、どうしたんです?」と尋ねた。
マスター「い、いや…!こ、此方の方はどこへ…案内を…………?」
口角が歪み、どうしたものかと女剣士は不思議そうに思うが、マスターの質問に彼女は小さく口を開いて名前を言った。
女剣士「"青年剣士さん"だそうですよ」
名前を呼ばれた彼は、はにかみながら前に出て「道を聞きたいんです」と言った。
マスター「み、道……どこへ……?」
青年剣士「えぇ、中央都市は300年ぶり……じゃない、3年ぶりで色々変わっちゃってまして」
マスター「は、はは…都市部はすぐに色々と変わりますからね……」
普通にしゃべろうとしても、彼の前ではどうも上手くしゃべることが出来なかった。
青年剣士「それで、道なのですが…この辺に"英雄僧侶"を奉った教会があると思うのですが、どちらに移転しましたか?」
マスター「あ、あぁ……それじゃ外に出てください。英雄教会なら、あの道をまっすぐ行きまして……」
マスターは青年剣士を連れて外に出ると、その場にあった重い空気が一気に解放される。
とはいっても、それに気づいていたのは竜騎士だけで、彼が消えた後で「ぷはっ…!」と肩で息をしていた。
女剣士「お父さん、どうしたの?」
竜騎士「……何でもない。この世は…広いもんだな…女剣士」
女剣士「えぇ…?」
竜騎士「はぁ、はぁ……」
流れた汗を拭くと、まるで長い戦いを終えたように背もたれに深く座り、首をがっくりと落とした。
女剣士「変なお父さん。ねーっ、お母さん」
女武道家「私たちには分からないことがあるってことだね」
女性陣は我関せずといった感じで、マスターが戻ってくるまで変に疲労した竜騎士を見て笑っていた。
マスター「お待たせしました。お帰り、女剣士」
女剣士「あっ、ただいまです!」
女武道家「これで皆そろいましたね」
竜騎士「やれやれ……」
この時、他愛ない会話をしていたマスターと竜騎士だが、
実際はアイ・コンタクトを取って「問題ないか」、「問題ありません」と会話をしていた。
それだけ、青年剣士という存在は彼らに強烈な一発を残したようだった。
女剣士「それで、お父さん…手紙のことなんだけどね……」
そんな緊張状態が続いていた事も露知らず、女剣士は本題に入ろうとした。
しかし、マスターは「待ってくれ」とそれを遮り、女剣士の前に立って竜騎士の眼前に改めて立った。
マスター「…」
そして、彼は彼女が居る前で、改めて深く頭を下げ、それを言った。
「私たちは結婚致します」と。
竜騎士「……二度目だな」
先ほどのコーヒーでの一件で一度答えは聞いている。
だが、重要なのは彼女を前にしてそれをハッキリと聞くこと。
竜騎士は軽く首を横に振りながら、「もう変な悪戯はせんよ」と、惜しげもなくそれを言った。
竜騎士「娘をよろしく頼む」
マスター「―――…はいっ」
もう、これ以上の言葉は要らなかった。
答えを聞いた女剣士は、「お父さん!」と喜び、竜騎士に抱きつく。
母親の女武道家も、笑顔だった。
これから、女剣士にも子供が出来るだろう。
竜騎士は祖父となるのだ。
竜騎士(長いこと生きてきて、辛いことも沢山あった。だが、こんなに嬉しいこともないだろう――…)
嫁が出来ることも、子が出来ることも、考えもしなかった。
軍人であった自分が、彼女と出会って好きになるなんて、愛するなんて思いもしなかった。
女武道家「竜騎士さん」
マスター「竜騎士さん」
女剣士「……お父さん」
昔の俺なら、恥ずかしくて言えないだろうし、考えもしなかっただろう。
家族が幸せになることが、今の俺の幸せだって。
竜騎士「……おう、お前ら全員幸せになれよ」
全員が幸せになってくれれば、俺も嬉しい。
竜騎士「笑って過ごせるのが一番の幸せだからな」
俺の知るみんなが、幸せであることを願って―――。
……………
……
…
【 E N D 】
このページへのコメント
当Wikiに記載されているように青年剣士時代から700年後が王政時代、そこから歴史間を挟んで直ぐに竜騎士だからそこまで何百万年もたっていませんね。
ん?青年剣士の時代から何百万年先が竜騎士だっけ?
そうなったら魔界は通常世界よりもゆっくり時間が流れるから魔界にいた青年剣士は
数億年経ってるということになる、どういうことなの?
いくら竜の血が混ざってるとはいえ長生きしすぎだし、それとも
初代と同じように魔界の気が合ったとか?にしても300年とは言わないし
なんだかよくわからなくなってきたぞ頭悪い俺では中々わからん