ある若いマウサネシア人の一日��
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kosyoubaru 2022年05月14日(土) 15:32:07履歴
マウサネシア連邦共和国
前作:ある若いマウサネシア人の一日から3ヶ月後。太陽教歴2022年11月下旬第4日。
主人公のハルネー・レセット(前作より続投、種族はマウサネシア人(マウサナ人))はいろいろあって同僚のセアノを連れて故郷に帰ることになった。
なお、ハルネー・レセットの外見は黄緑色(萌黄色。マウサネシアン・グリーンとも呼ばれる)の髪に赤っぽい茶色の目をしている。
※1 ちなみにマウサネシア人の名前は、名→姓の順です。
※2 マウサネシアで用いられる太陽教の暦は、週の代わりに10日からなる旬が使われる。月は一律30日であるため、6年ごとに閏月として13月が置かれる。なお聖歴は全く通用しないので注意。
※3 黄緑色の髪と茶色の目は、マウサナ人の中では最も数の多い組み合わせである。
特殊な流線型のフォルムをした高速鉄道の車両が静かにホームへと入線して来る。これからこれに乗って故郷へと帰るのだ。
指定席に座った頃にはすでに周りの景色は加速を始めた。この路線の運転最高速度は時速320kmに達するが、高規格な線路は揺れが少なく静かだ。
この高速鉄道に3時間弱乗れば故郷のある県の県都まで行くことが出来る。
最初の3駅は首都近郊のベッドタウンが続き、団地が広がっているが、3駅目を過ぎたあたりから田畑の混在する住宅街となり4駅目を過ぎると完全な田園地帯に突入した。
もはや遠くの山脈の山々まで、その麓が1面の田畑になっているのが見渡せる。
県都は人口18万人ほどの中規模な都市でそれなりに栄えている。高速鉄道から降りると今度はローカル線に乗る。
ゴォォォォという音を立てて重連の古い鋼鉄製の急行型ディーゼルカーが、短いホームに入線してくる。
今度はこれに乗って1時間ほど田園地帯の中を移動する。実家の最寄り駅に着いたが、まだ到着では無い。
今度は駅前の舗装されていない道でバスを待つ。すると古そうなバスが土の道を揺れながら走ってくる。
今度はこれに乗って30分。バス停で降りてからさらに5分ほど歩いて、ようやく実家の門をくぐることが出来た。
▲ハルネー・レセットの実家(イメージ)
実家は十数件ほどからなる小規模な集落に位置している。スーパーマーケットなどがある、そこそこの集落はここから車で20分弱かかる。
「あ、ハルネーお姉ちゃんだ」
「セーモ？少し見ない間にまた背が伸びたね」
「みんな〜、ハルネーお姉ちゃんが帰ってきたよぉ」
最初は普段の帰郷と同じように両親と抱擁したのだが、私が見ない顔を連れて来たので両親も状況を察して、居間に通された。
「セアノ・リウリノさん、遠路はるばるご苦労さまです。来た理由は、やはり……」
「はい。単刀直入に言いますと、ハルネー・レセットさんを私にください。」
顛末は極めて単純だ。3ヶ月前にラピタ行きを命じられた翌日、夕食に行った時に結婚を前提で同棲生活を始めないか、とセアノからプロポーズがあった。
そして先日、結婚することを決定し、どうせなら帰郷する時に親の了解を得ようと考えたのである。
なお、セアノ側の親の了解は既に取っている。
最初、両親は難色を示す素振りを見せたが、二人で説得したことで両親は関係を承認。晴れて結婚が認められたのである。
「じゃあ、今日はお祝いだねぇ」
「みんなにも知らせてくる。今回の帰郷はセアノさんも交えて楽しもう！」
マウサネシアの伝統住宅はカーリスト諸国のものに比べると特徴的である。
カーリスト家屋は床＝地面だが、マウサナ家屋の場合は床が高さ1〜2mの位置にある。
カーリスト家屋はレンガを積み上げて頑強な、空気すら通らない壁を作るが、マウサナ家屋は竹で視線を通さないが空気を通す壁を作る。
窓も、マウサネシアではガラスを使わない。その代わりに柵のような格子を窓にはめることで、家の中にも風が通る。
「そういえばあんた、ラピタ王国での家はどうするの？」
「確かあの国って、『雨宿り小屋』に住んでるらしいけど……」
「壁すら無いんだっけ？よくあんな家に耐えられると思う。ラピタ人の精神力は、多分すごいんだよ」
「私はあんな家には住みたくないよ、耐えられないかも」
「ラピタ王国の人は可哀想な生活をしてて不憫だね。もっと良い家があるのに。」
私を含めマウサナ人たちは口々にそう言って、ラピタ王国で伝統的で粗悪な生活を営む民に同情し不憫に思った。
ラピタ王国では『壁すら無い家』が主流らしいが、そんな『野蛮な雨宿り小屋』は我々マウサナ人には到底受け入れ難いものである。
最近、マウサナを訪れたラピタ人がメディアの前でマウサナの伝統家屋を「窮屈な空間で自分を孤立させている(要約)」と酷評したことが炎上した。
しかし炎上とは言っても怒りの炎上ではなく、あまりに粗悪で、可哀想な生活をしているラピタ人への同情の声が大きかった。
そのためこの騒ぎでマウサネシアでは、『ラピタ人を我々の手で粗悪な生活から救済してあげよう』という世論が、ますます大きくなったという。
「なんでも、あの人たちに言わせると窮屈らしいけど、なんでそんなこと思うんだろう？」
「もしかしたら閉所が怖いんじゃない？ほら、野生の生き物も狭いところに閉じ込めると怯えるのがいるし……」
そもそも家というのが何のためにあるのか、ラピタ人は理解しているのだろうか。
マウサナ人の家が狭いというのは世界共通の認識であるので、それに対して文句を言うのは、いい。マウサナ人だから狭い家に耐えれるのだ、白人なら耐えられないだろう。
与えられた狭い家で家具を何とかやりくりして自分好みに改造し『俺たちの城』にしてこそ、都会のマウサナ人なのだから。
ラピタ人の家屋には塀どころか壁すら無いと聞くが、あんなものは家ではないと思う。あれはただの雨宿りスペースであって、『尻尾を投げ出してくつろぐ場所』ではない。
強風が吹けば家具は飛ばされる。横風が吹けば雨が家に入る。危険な獣が家に入り放題。夫婦の夜の営みはガン見される。
そして何より、暑い夜にパンツ丸出しで寝ることができないのが我慢ならないし、それに人間の女性にとっては危険だと思う！！
ひょっとしてラピタ人はよほど自分の振る舞いに興味がないのだろうか？外では自分の魅力を維持しなくてはならないがそれは大変だ、家ではくつろいだほうが良いのではないだろうか。
「あれじゃラピタ人は、家でくつろぐことすら許されないよ」
「これは人権の侵害じゃないの？ここはハルネーお姉さんが行った時に文明を教えなければ……」
確かに窮屈な家かもしれない。しかし窮屈に思ったらベランダか、伝統家屋なら縁側に座って風に当たればよい。マウサネシアの家はそれが出来るのに、窮屈とは可哀想に。
問題のラピタ人は「家は1人の独占物ではない」と言ったそうだ。いつでも誰でも、雨を凌ぐことができるのが家だと。
だがそれは大きな間違いだ。壁すらない家に誰かを泊めるのは悪いことだ。誰かを泊めてあげるときはそれなりの待遇が必須だと太陽教も言っている。
そこに塀や門の有無など関係ない。あんなものは物理的な障壁であって精神的な障壁ではない。困ってる人が居たら助けるというだけだ。
様々なものを共同体で共有しつつ助け合うが、プライバシーは守る。これがマウサネシア人と太陽教の『常識』なのだ。
『困ったら迷わず門を叩いて回れ。必ず誰かが助けてくれるから。そして自分も、誰かに門を叩かれたら助けなさい』という格言が、全てを物語っている。
わざわざ自分を孤立させて、窮屈に生きている？違う、我々マウサネシア人は家族の安寧を守っているだけだ。
それに、閉鎖空間のほうが落ち着くしよく眠れると思うのだ。窮屈に思ったならベランダか縁側に行けばいいだけの話。
何事にも限度があるし、ラピタ人は融通が効かないのだろうか。いいとこ取りをしたマウサネシアの家屋こそが究極だと私は思う。
「家は、現地に外国人地区があって、そこにマウサネシア様式の家を建設するらしいよ」
「そうか、なら安心だね」
おやつにはココナッツミルクと一緒に煮た、パンノキの実を食べる。味は焼きたての小麦粉のパンに似ている。
「やっぱりおやつはこれが一番良いよね」
「でもスライスして素揚げして、塩を振ったパンノキの実も私は好きかな」
そろそろ夕方なので夕飯の手伝いを久しぶりにやることにした。
家族のうち2人は車で最寄りのスーパーマーケットまで買い出しに行ったので、それまでは各自出来ることをやる。
農村の自給自足というのも今となっては遠い昔の話であり、もう両親の前の代からは、スーパーマーケットで買うのが普通になった。
雨季なら夕方はスコールで毎日大雨が降るのだが、今は乾季に突入したため降らず、屋外で広々と作業できる。
日が影っても庭の一角にあるLED式の電灯を点ければ、夜でも昼のように作業することができるからだ。
『社会主義とは全土の電化である』とカーリストの偉人が言ったように、マウサネシアでは全土の電化が進められた。そのため小規模集落はもちろん、山奥の一軒家まで電化された。
一方で上水道は、この家が属する集落には引かれているが、ポツンとあるような一軒家までは至らず、いまだに井戸水に頼っている。
そして下水道やガスに至っては鉄道の沿線のみであり、この集落では共同で浄化槽を設置し、各戸にプロパンガスを設置している。
タロイモを蒸してから臼で粘りが出るまで潰して、少し甘い『芋餅 』を作ったりしているうちに、日が暮れて夜になった。
最も大きい建物は家族団欒のためのスペースとなっていて、室内に大型の蚊帳を張ってその中で夕食を取る。
マウサネシアでは全ての家にこうした蚊帳があり、寝る時もこの内側で寝る。要するに家の中にある第二の家なのだ。
「よし、できたね」
「じゃあみんなで食べよう」
マウサナ人には性別が無いので、全員が家事をするし、全員が食事の手伝いをする。
低いテーブルを囲んで座布団を敷き、10人は超える家族に囲まれて夕飯を食べる。今日は姉とその子供たちも来ている。
電気のおかげで夜でも明るいし、天井の扇風機は風を送ることで身体を冷やしてくれる。
ナシケムと呼ばれる、茹でた春雨にイカやエビ、玉ねぎ、セロリなどのたっぷりの具材を加え、魚醤で味付けしてハーブをのせたサラダ。
ハイゴニアンと呼ばれる、海老、ふくろ茸、レモングラス、唐辛子、ガランガル、こぶみかんの葉、エシャロット、ライム果汁、魚醤を大胆に混ぜ合わせた、煮込みスープ。
魚醤やにんにくなどの甘辛い特製つけ汁にじっくり漬けてから焼き上げた、カノムというプイ肉(齧歯類の家畜)の串焼き。
海老をすり身にしパン粉をつけて揚げ、チリソースをかけたテンナという揚げ物。
そして主食となる、インディカ米のご飯(ハイゴニアンに入れて食べるもの)と、ローイと呼ばれる甘い芋餅と、果物。
海老は毎日のように食べるが、調理法も多岐に及ぶため飽きることはない。『エビ料理』という言葉が『ありふれたものでも、良いものは良い』という意味のことわざになるほどなのだ。
マウサネシアの料理は「甘味」「酸味」「辛味」の3つのハーモニーを大切にしている。
だから食卓には砂糖、魚醤、唐辛子、お酢が必ず置かれ、各自が供された料理を好みの味付けに整えてから食べる。
こうゆう大人数での食事の際には大皿にまとめて盛り付け、取り箸で自分の皿に取り分けて好きな分だけ食べる。
食事の際は箸とスプーンを使う。スプーンを左手に、箸を右手に持ち、箸でスプーンの上に食品を載せて食べる。
最初にサラダを食べ、スープの中にご飯を入れてしまうと、スプーンでご飯を食べ始める。
その後は色んな食品を少しづつ食べるのを繰り返し、最後にデザートとしてローイ少しと果物1つを食べて、夕食は終わった。
夕食が終わるとみんなで食器を洗い、それが終わるとそれぞれの寝屋に向かう。
マウサネシアにおいては近代に至るまでは大きい建物を建てる技術が未熟であったため、伝統家屋では寝る建物も数人ごとに別れているのだ。
寝る時は当然蚊帳の内側で寝ることになっている。床には布団が敷かれているので普通に寝ることができる。
子供たちを無事に寝かしつけると、今度は大人が酒を飲む時間がやってくる。
マウサネシアでは3種類の酒が主流である。ラクリ(米から作った醸造酒)、リトーパ(芋類から作る蒸留酒)、ヤシ酒(名前の通りの醸造酒)である。
リトーパやヤシ酒は比較的安価なため普段はこれを飲むのだが、こうゆう特別な日には少々割高なラクリが1番だ。
みんなでラクリを飲んで酔い、夜が更けてから我々も寝ることにしよう。
帰郷は2泊3日であり、2日目は家族とイスコロ(伝統的なボードゲームの一緒で、カラハのこと。)をやったりして過ごす。
▲イスコロで使用されるもの
3日目の朝食は卵や魚介と一緒に炒めたマウサネシアの焼きそば。米粉を使った麺は小麦粉の麺とはまた違った感触で、もっちり感が強い。
この焼きそばは上にライムを絞って、橋を使って食べるもので、麺類は朝食になることが多い。
ライムは食事の仕上げによく使われるため、『ライムを絞る』ということわざは『仕上げをする』という意味で使われる。
例えばマウサネシア人が唐揚げを食べる時はレモンをかけるタイプが多いだろう。レモンがライムに変わっただけなのだ。
午前中は蚊が少ないとはいえ、やはり蚊帳は欠かせない。おそらくラピタに蚊帳はないだろうから、マウサネシアから持ってこさせよう。
朝食を食べたら、もう帰らなくてはならない。
「じゃあみんな、また会う日まで……」
「何湿気たこと言ってるの、いくらラピタとはいえ現代なんだから……」
「まあそうだね、死にはしねぇと思う。」
「でもいいじゃん、一時的でもお別れはちゃんとしなきゃ。」
「じゃあハルネー、そしてセアノさん。あなた方に太陽神の加護がありますように。健闘を祈る。」
「こちらこそ、あなた方に太陽神の加護がありますように。健闘を祈る。」
「それとセアノさん、うちのハルネーを頼みましたよ。」
「はい。お任せ下さい。」
こうして楽しくも短い帰郷は終わり、2人は再び帰路に着くのだった。
──5週間後、オケオ中央港。太陽教歴2022年13月上旬
首都ジャヤカラタの外港として、マウサネシア最大の港として知られるオケオの桟橋に、ラピタに派遣する船がある。
現状、ラピタには太陽教の神殿が存在しないので、港の太陽教神殿で礼拝を済ませた後、神殿内の店でお守りを買うことにした。
「なんか見かけないタイプのお守りがあるね」
「これは、太陽教の祭司たちが開発した新型のお守りらしいよ」
新型のお守りは手のひらサイズのスチール缶の外側に銅線がぐるぐる巻きになっており、伝統的な布製のお守りとは一線を画している。
このお守りの内部には日輪石(太陽教において、お守りに使用される石)と護符(守護精霊の依代)が入っている。
そして鉄製の容器で太陽神の磁場をキャッチし、コイルで太陽神の磁場を増幅することで3000ヘルツの神聖周波数が発現し、これにより防衛領域が展開され悪しき存在を寄せ付けないという強力な効果があるのだ。
(やってることは大和缶レベルの眉唾物なのだが、信仰に厚いマウサナ人は太陽教のお墨付きがあると信じてしまう。)
「なるほど、布製のよりも強いんだね。せっかくだし、持ち運ぶ用と自室に置く用に二つ買ってみたら？そんな高くないし」
「よし、ラピタ王国では色々不安だから、買ってみよう」
強力なお守りを2つも手に入れたことでラピタ王国に向かう準備は完全に整った。そろそろお別れの時間だ。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「気を付けて。くれぐれも無理はしないでね」
「私はマウサナ人よ。自分のペースでやるから大丈夫。」
「そうしてね。心配だから。」
「子が産まれるときは休暇取って必ず向かう。それまでは頑張ってね。」
「私は頑張って可愛い子産むから期待しててちょうだい？」
「うん。それと、これを。」
セアノは自分の髪をひとふさ取って束ねたものを手渡した。私も同じように、束ねた自分の髪をひとふさ、手渡す。
マウサナ人の夫婦はしばらく離れる時に、こうやって髪の毛の一部を交換する文化があるのだ。
その後、二人は幸せなキスをして終了。ではなく、別れを告げた。
レセットは船に乗り込み、そしてラピタ行きの船は出航した。ラピタに派遣される者たちは皆、内容は違えどドラマを持っている。
船はそれぞれの思いを乗せて、ラピタ王国へと向かった。
ラピタ王国 タアロアの港
「ここがラピタの地か」
「ここがこの国最大の港なの？随分と辺鄙な雰囲気の場所だなぁ」
「まるで故郷の漁村にある湊みたいだね」
ゼネコンの代表達は当初こそ互いにピリピリしていたが、一緒に酒を飲んで同じ皿の食事をしたことで打ち解け、今ではこうやって話している。
「まあまぁ、いくらマウサネシア語でも、現地民に聞かれるとまずいから、その辺で。」
異国の地とは言っても気候はさほど変わらないので、慣れる必要すらない。
しかしながら、同時期に到着したソビエト連邦の関係者は暑さにうなだれて日陰で休んでいるようだ。
「あれが正装なのは分かるけど、暑そうな格好してるなぁ」
ソビエト連邦の関係者は黒い長ズボンに黒い長袖のスーツであり見るからに暑そうである。風通しが良い我々マウサナ人の服装とは対照的だ。
航空庁から派遣された副プロジェクトリーダーで、黒人男性のンヮツネ氏ですら、半ズボンに半袖のワイシャツ姿なのだから、流石にあれは脱ぐべきだと思う。
「うぉおおお急げ！！」
「誰かがこっちに向かって走ってくるね」
マウサネシア人だ。服装もマウサネシア人だし、髪色は薄い赤色で目は水色、耳と尻尾もある。
そのマウサナ人は汗だくで息切れを起こしながら我々一行の前で止まると、急に落ち着いた態度で自己紹介をした。
「私はバラーヤ・ケルチット。あなた達一行の通訳と案内係に任ぜられたわ。」
「よろしく。ハルネー・レセットっていうわ。」
「ンヮツネ・厶ルジバ。よろしく。」
その後はゼネコンの代表者4名がそれぞれ自己紹介を済ませる。
「じゃあ、これからみんなの住居を案内するね。」
港から出ると、そこはもう首都の市街地となっている。港に近い部分は小規模ながら、ちゃんと首都の形をしている。
しかし、外国人地区の周縁は完全なる『道路村』であり、田舎者が見ても粗悪な『雨宿り小屋』と『木箱屋台』が畑の中に散らばっているのだ。
「ラピタの道路村には雨宿り小屋と木箱屋台しかない、というのは本当なんだ……この島の住民は、もっと良い家に住めないのかなぁ……」
「やめた方がいいよ。十数人程度とはいえ、マウサネシア語を解するラピタ人も居るから。」
バラーヤが発言を制止して、忠告した。
「どうして？別に馬鹿にしている訳じゃないし、優しくされて嫌な気持ちになる人なんて居るの？」
「ここはマウサネシアじゃないんだ。優しさをそのまま受け取れず、馬鹿にされたと感じる者も居る。」
この忠告を受けて一行は、これ以降ラピタ人への同情を口に出すことは控えた。
「なんか、視線を感じる……」
「あれは、子供たちが見てるね。やっぱりマウサネシア人は珍しいだろうから。」
開国から10年たったことで以前ほどではないが、やはり人間が圧倒的に多い中、派手なマウサネシア人は目立つので好奇の目に晒されることが多い。
「ついたよ。家は狭いけど1人で1つだから大丈夫。」
幹部たちには狭いながらも、1人あたり1つの家が与えられる。トイレと風呂と炊事場がある小さなプレハブと、寝食兼用のマウサナ式伝統家屋が1つあるだけのシンプルなもので、ちゃんとラテライトの塀で囲まれている。
伝統家屋の屋根はスレート、壁も竹でしっかり作られており、室内には家具に布団と蚊帳、コンセント、天井の扇風機や電灯が完備されている。
こうして、ラピタ王国における最初の空港建設工事が、ついに始まろうとしていた。
前作:ある若いマウサネシア人の一日から3ヶ月後。太陽教歴2022年11月下旬第4日。
主人公のハルネー・レセット(前作より続投、種族はマウサネシア人(マウサナ人))はいろいろあって同僚のセアノを連れて故郷に帰ることになった。
なお、ハルネー・レセットの外見は黄緑色(萌黄色。マウサネシアン・グリーンとも呼ばれる)の髪に赤っぽい茶色の目をしている。
※1 ちなみにマウサネシア人の名前は、名→姓の順です。
※2 マウサネシアで用いられる太陽教の暦は、週の代わりに10日からなる旬が使われる。月は一律30日であるため、6年ごとに閏月として13月が置かれる。なお聖歴は全く通用しないので注意。
※3 黄緑色の髪と茶色の目は、マウサナ人の中では最も数の多い組み合わせである。
特殊な流線型のフォルムをした高速鉄道の車両が静かにホームへと入線して来る。これからこれに乗って故郷へと帰るのだ。
指定席に座った頃にはすでに周りの景色は加速を始めた。この路線の運転最高速度は時速320kmに達するが、高規格な線路は揺れが少なく静かだ。
この高速鉄道に3時間弱乗れば故郷のある県の県都まで行くことが出来る。
最初の3駅は首都近郊のベッドタウンが続き、団地が広がっているが、3駅目を過ぎたあたりから田畑の混在する住宅街となり4駅目を過ぎると完全な田園地帯に突入した。
もはや遠くの山脈の山々まで、その麓が1面の田畑になっているのが見渡せる。
県都は人口18万人ほどの中規模な都市でそれなりに栄えている。高速鉄道から降りると今度はローカル線に乗る。
ゴォォォォという音を立てて重連の古い鋼鉄製の急行型ディーゼルカーが、短いホームに入線してくる。
今度はこれに乗って1時間ほど田園地帯の中を移動する。実家の最寄り駅に着いたが、まだ到着では無い。
今度は駅前の舗装されていない道でバスを待つ。すると古そうなバスが土の道を揺れながら走ってくる。
今度はこれに乗って30分。バス停で降りてからさらに5分ほど歩いて、ようやく実家の門をくぐることが出来た。
▲ハルネー・レセットの実家(イメージ)
実家は十数件ほどからなる小規模な集落に位置している。スーパーマーケットなどがある、そこそこの集落はここから車で20分弱かかる。
「あ、ハルネーお姉ちゃんだ」
「セーモ？少し見ない間にまた背が伸びたね」
「みんな〜、ハルネーお姉ちゃんが帰ってきたよぉ」
最初は普段の帰郷と同じように両親と抱擁したのだが、私が見ない顔を連れて来たので両親も状況を察して、居間に通された。
「セアノ・リウリノさん、遠路はるばるご苦労さまです。来た理由は、やはり……」
「はい。単刀直入に言いますと、ハルネー・レセットさんを私にください。」
顛末は極めて単純だ。3ヶ月前にラピタ行きを命じられた翌日、夕食に行った時に結婚を前提で同棲生活を始めないか、とセアノからプロポーズがあった。
そして先日、結婚することを決定し、どうせなら帰郷する時に親の了解を得ようと考えたのである。
なお、セアノ側の親の了解は既に取っている。
最初、両親は難色を示す素振りを見せたが、二人で説得したことで両親は関係を承認。晴れて結婚が認められたのである。
「じゃあ、今日はお祝いだねぇ」
「みんなにも知らせてくる。今回の帰郷はセアノさんも交えて楽しもう！」
マウサネシアの伝統住宅はカーリスト諸国のものに比べると特徴的である。
カーリスト家屋は床＝地面だが、マウサナ家屋の場合は床が高さ1〜2mの位置にある。
カーリスト家屋はレンガを積み上げて頑強な、空気すら通らない壁を作るが、マウサナ家屋は竹で視線を通さないが空気を通す壁を作る。
窓も、マウサネシアではガラスを使わない。その代わりに柵のような格子を窓にはめることで、家の中にも風が通る。
「そういえばあんた、ラピタ王国での家はどうするの？」
「確かあの国って、『雨宿り小屋』に住んでるらしいけど……」
「壁すら無いんだっけ？よくあんな家に耐えられると思う。ラピタ人の精神力は、多分すごいんだよ」
「私はあんな家には住みたくないよ、耐えられないかも」
「ラピタ王国の人は可哀想な生活をしてて不憫だね。もっと良い家があるのに。」
私を含めマウサナ人たちは口々にそう言って、ラピタ王国で伝統的で粗悪な生活を営む民に同情し不憫に思った。
ラピタ王国では『壁すら無い家』が主流らしいが、そんな『野蛮な雨宿り小屋』は我々マウサナ人には到底受け入れ難いものである。
最近、マウサナを訪れたラピタ人がメディアの前でマウサナの伝統家屋を「窮屈な空間で自分を孤立させている(要約)」と酷評したことが炎上した。
しかし炎上とは言っても怒りの炎上ではなく、あまりに粗悪で、可哀想な生活をしているラピタ人への同情の声が大きかった。
そのためこの騒ぎでマウサネシアでは、『ラピタ人を我々の手で粗悪な生活から救済してあげよう』という世論が、ますます大きくなったという。
「なんでも、あの人たちに言わせると窮屈らしいけど、なんでそんなこと思うんだろう？」
「もしかしたら閉所が怖いんじゃない？ほら、野生の生き物も狭いところに閉じ込めると怯えるのがいるし……」
そもそも家というのが何のためにあるのか、ラピタ人は理解しているのだろうか。
マウサナ人の家が狭いというのは世界共通の認識であるので、それに対して文句を言うのは、いい。マウサナ人だから狭い家に耐えれるのだ、白人なら耐えられないだろう。
与えられた狭い家で家具を何とかやりくりして自分好みに改造し『俺たちの城』にしてこそ、都会のマウサナ人なのだから。
ラピタ人の家屋には塀どころか壁すら無いと聞くが、あんなものは家ではないと思う。あれはただの雨宿りスペースであって、『尻尾を投げ出してくつろぐ場所』ではない。
強風が吹けば家具は飛ばされる。横風が吹けば雨が家に入る。危険な獣が家に入り放題。夫婦の夜の営みはガン見される。
そして何より、暑い夜にパンツ丸出しで寝ることができないのが我慢ならないし、それに人間の女性にとっては危険だと思う！！
ひょっとしてラピタ人はよほど自分の振る舞いに興味がないのだろうか？外では自分の魅力を維持しなくてはならないがそれは大変だ、家ではくつろいだほうが良いのではないだろうか。
「あれじゃラピタ人は、家でくつろぐことすら許されないよ」
「これは人権の侵害じゃないの？ここはハルネーお姉さんが行った時に文明を教えなければ……」
確かに窮屈な家かもしれない。しかし窮屈に思ったらベランダか、伝統家屋なら縁側に座って風に当たればよい。マウサネシアの家はそれが出来るのに、窮屈とは可哀想に。
問題のラピタ人は「家は1人の独占物ではない」と言ったそうだ。いつでも誰でも、雨を凌ぐことができるのが家だと。
だがそれは大きな間違いだ。壁すらない家に誰かを泊めるのは悪いことだ。誰かを泊めてあげるときはそれなりの待遇が必須だと太陽教も言っている。
そこに塀や門の有無など関係ない。あんなものは物理的な障壁であって精神的な障壁ではない。困ってる人が居たら助けるというだけだ。
様々なものを共同体で共有しつつ助け合うが、プライバシーは守る。これがマウサネシア人と太陽教の『常識』なのだ。
『困ったら迷わず門を叩いて回れ。必ず誰かが助けてくれるから。そして自分も、誰かに門を叩かれたら助けなさい』という格言が、全てを物語っている。
わざわざ自分を孤立させて、窮屈に生きている？違う、我々マウサネシア人は家族の安寧を守っているだけだ。
それに、閉鎖空間のほうが落ち着くしよく眠れると思うのだ。窮屈に思ったならベランダか縁側に行けばいいだけの話。
何事にも限度があるし、ラピタ人は融通が効かないのだろうか。いいとこ取りをしたマウサネシアの家屋こそが究極だと私は思う。
「家は、現地に外国人地区があって、そこにマウサネシア様式の家を建設するらしいよ」
「そうか、なら安心だね」
おやつにはココナッツミルクと一緒に煮た、パンノキの実を食べる。味は焼きたての小麦粉のパンに似ている。
「やっぱりおやつはこれが一番良いよね」
「でもスライスして素揚げして、塩を振ったパンノキの実も私は好きかな」
そろそろ夕方なので夕飯の手伝いを久しぶりにやることにした。
家族のうち2人は車で最寄りのスーパーマーケットまで買い出しに行ったので、それまでは各自出来ることをやる。
農村の自給自足というのも今となっては遠い昔の話であり、もう両親の前の代からは、スーパーマーケットで買うのが普通になった。
雨季なら夕方はスコールで毎日大雨が降るのだが、今は乾季に突入したため降らず、屋外で広々と作業できる。
日が影っても庭の一角にあるLED式の電灯を点ければ、夜でも昼のように作業することができるからだ。
『社会主義とは全土の電化である』とカーリストの偉人が言ったように、マウサネシアでは全土の電化が進められた。そのため小規模集落はもちろん、山奥の一軒家まで電化された。
一方で上水道は、この家が属する集落には引かれているが、ポツンとあるような一軒家までは至らず、いまだに井戸水に頼っている。
そして下水道やガスに至っては鉄道の沿線のみであり、この集落では共同で浄化槽を設置し、各戸にプロパンガスを設置している。
タロイモを蒸してから臼で粘りが出るまで潰して、少し甘い『
最も大きい建物は家族団欒のためのスペースとなっていて、室内に大型の蚊帳を張ってその中で夕食を取る。
マウサネシアでは全ての家にこうした蚊帳があり、寝る時もこの内側で寝る。要するに家の中にある第二の家なのだ。
「よし、できたね」
「じゃあみんなで食べよう」
マウサナ人には性別が無いので、全員が家事をするし、全員が食事の手伝いをする。
低いテーブルを囲んで座布団を敷き、10人は超える家族に囲まれて夕飯を食べる。今日は姉とその子供たちも来ている。
電気のおかげで夜でも明るいし、天井の扇風機は風を送ることで身体を冷やしてくれる。
ナシケムと呼ばれる、茹でた春雨にイカやエビ、玉ねぎ、セロリなどのたっぷりの具材を加え、魚醤で味付けしてハーブをのせたサラダ。
ハイゴニアンと呼ばれる、海老、ふくろ茸、レモングラス、唐辛子、ガランガル、こぶみかんの葉、エシャロット、ライム果汁、魚醤を大胆に混ぜ合わせた、煮込みスープ。
魚醤やにんにくなどの甘辛い特製つけ汁にじっくり漬けてから焼き上げた、カノムというプイ肉(齧歯類の家畜)の串焼き。
海老をすり身にしパン粉をつけて揚げ、チリソースをかけたテンナという揚げ物。
そして主食となる、インディカ米のご飯(ハイゴニアンに入れて食べるもの)と、ローイと呼ばれる甘い芋餅と、果物。
海老は毎日のように食べるが、調理法も多岐に及ぶため飽きることはない。『エビ料理』という言葉が『ありふれたものでも、良いものは良い』という意味のことわざになるほどなのだ。
マウサネシアの料理は「甘味」「酸味」「辛味」の3つのハーモニーを大切にしている。
だから食卓には砂糖、魚醤、唐辛子、お酢が必ず置かれ、各自が供された料理を好みの味付けに整えてから食べる。
こうゆう大人数での食事の際には大皿にまとめて盛り付け、取り箸で自分の皿に取り分けて好きな分だけ食べる。
食事の際は箸とスプーンを使う。スプーンを左手に、箸を右手に持ち、箸でスプーンの上に食品を載せて食べる。
最初にサラダを食べ、スープの中にご飯を入れてしまうと、スプーンでご飯を食べ始める。
その後は色んな食品を少しづつ食べるのを繰り返し、最後にデザートとしてローイ少しと果物1つを食べて、夕食は終わった。
夕食が終わるとみんなで食器を洗い、それが終わるとそれぞれの寝屋に向かう。
マウサネシアにおいては近代に至るまでは大きい建物を建てる技術が未熟であったため、伝統家屋では寝る建物も数人ごとに別れているのだ。
寝る時は当然蚊帳の内側で寝ることになっている。床には布団が敷かれているので普通に寝ることができる。
子供たちを無事に寝かしつけると、今度は大人が酒を飲む時間がやってくる。
マウサネシアでは3種類の酒が主流である。ラクリ(米から作った醸造酒)、リトーパ(芋類から作る蒸留酒)、ヤシ酒(名前の通りの醸造酒)である。
リトーパやヤシ酒は比較的安価なため普段はこれを飲むのだが、こうゆう特別な日には少々割高なラクリが1番だ。
みんなでラクリを飲んで酔い、夜が更けてから我々も寝ることにしよう。
帰郷は2泊3日であり、2日目は家族とイスコロ(伝統的なボードゲームの一緒で、カラハのこと。)をやったりして過ごす。
▲イスコロで使用されるもの
3日目の朝食は卵や魚介と一緒に炒めたマウサネシアの焼きそば。米粉を使った麺は小麦粉の麺とはまた違った感触で、もっちり感が強い。
この焼きそばは上にライムを絞って、橋を使って食べるもので、麺類は朝食になることが多い。
ライムは食事の仕上げによく使われるため、『ライムを絞る』ということわざは『仕上げをする』という意味で使われる。
例えばマウサネシア人が唐揚げを食べる時はレモンをかけるタイプが多いだろう。レモンがライムに変わっただけなのだ。
午前中は蚊が少ないとはいえ、やはり蚊帳は欠かせない。おそらくラピタに蚊帳はないだろうから、マウサネシアから持ってこさせよう。
朝食を食べたら、もう帰らなくてはならない。
「じゃあみんな、また会う日まで……」
「何湿気たこと言ってるの、いくらラピタとはいえ現代なんだから……」
「まあそうだね、死にはしねぇと思う。」
「でもいいじゃん、一時的でもお別れはちゃんとしなきゃ。」
「じゃあハルネー、そしてセアノさん。あなた方に太陽神の加護がありますように。健闘を祈る。」
「こちらこそ、あなた方に太陽神の加護がありますように。健闘を祈る。」
「それとセアノさん、うちのハルネーを頼みましたよ。」
「はい。お任せ下さい。」
こうして楽しくも短い帰郷は終わり、2人は再び帰路に着くのだった。
──5週間後、オケオ中央港。太陽教歴2022年13月上旬
首都ジャヤカラタの外港として、マウサネシア最大の港として知られるオケオの桟橋に、ラピタに派遣する船がある。
現状、ラピタには太陽教の神殿が存在しないので、港の太陽教神殿で礼拝を済ませた後、神殿内の店でお守りを買うことにした。
「なんか見かけないタイプのお守りがあるね」
「これは、太陽教の祭司たちが開発した新型のお守りらしいよ」
新型のお守りは手のひらサイズのスチール缶の外側に銅線がぐるぐる巻きになっており、伝統的な布製のお守りとは一線を画している。
このお守りの内部には日輪石(太陽教において、お守りに使用される石)と護符(守護精霊の依代)が入っている。
そして鉄製の容器で太陽神の磁場をキャッチし、コイルで太陽神の磁場を増幅することで3000ヘルツの神聖周波数が発現し、これにより防衛領域が展開され悪しき存在を寄せ付けないという強力な効果があるのだ。
(やってることは大和缶レベルの眉唾物なのだが、信仰に厚いマウサナ人は太陽教のお墨付きがあると信じてしまう。)
「なるほど、布製のよりも強いんだね。せっかくだし、持ち運ぶ用と自室に置く用に二つ買ってみたら？そんな高くないし」
「よし、ラピタ王国では色々不安だから、買ってみよう」
強力なお守りを2つも手に入れたことでラピタ王国に向かう準備は完全に整った。そろそろお別れの時間だ。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「気を付けて。くれぐれも無理はしないでね」
「私はマウサナ人よ。自分のペースでやるから大丈夫。」
「そうしてね。心配だから。」
「子が産まれるときは休暇取って必ず向かう。それまでは頑張ってね。」
「私は頑張って可愛い子産むから期待しててちょうだい？」
「うん。それと、これを。」
セアノは自分の髪をひとふさ取って束ねたものを手渡した。私も同じように、束ねた自分の髪をひとふさ、手渡す。
マウサナ人の夫婦はしばらく離れる時に、こうやって髪の毛の一部を交換する文化があるのだ。
その後、二人は幸せなキスをして終了。ではなく、別れを告げた。
レセットは船に乗り込み、そしてラピタ行きの船は出航した。ラピタに派遣される者たちは皆、内容は違えどドラマを持っている。
船はそれぞれの思いを乗せて、ラピタ王国へと向かった。
ラピタ王国 タアロアの港
「ここがラピタの地か」
「ここがこの国最大の港なの？随分と辺鄙な雰囲気の場所だなぁ」
「まるで故郷の漁村にある湊みたいだね」
ゼネコンの代表達は当初こそ互いにピリピリしていたが、一緒に酒を飲んで同じ皿の食事をしたことで打ち解け、今ではこうやって話している。
「まあまぁ、いくらマウサネシア語でも、現地民に聞かれるとまずいから、その辺で。」
異国の地とは言っても気候はさほど変わらないので、慣れる必要すらない。
しかしながら、同時期に到着したソビエト連邦の関係者は暑さにうなだれて日陰で休んでいるようだ。
「あれが正装なのは分かるけど、暑そうな格好してるなぁ」
ソビエト連邦の関係者は黒い長ズボンに黒い長袖のスーツであり見るからに暑そうである。風通しが良い我々マウサナ人の服装とは対照的だ。
航空庁から派遣された副プロジェクトリーダーで、黒人男性のンヮツネ氏ですら、半ズボンに半袖のワイシャツ姿なのだから、流石にあれは脱ぐべきだと思う。
「うぉおおお急げ！！」
「誰かがこっちに向かって走ってくるね」
マウサネシア人だ。服装もマウサネシア人だし、髪色は薄い赤色で目は水色、耳と尻尾もある。
そのマウサナ人は汗だくで息切れを起こしながら我々一行の前で止まると、急に落ち着いた態度で自己紹介をした。
「私はバラーヤ・ケルチット。あなた達一行の通訳と案内係に任ぜられたわ。」
「よろしく。ハルネー・レセットっていうわ。」
「ンヮツネ・厶ルジバ。よろしく。」
その後はゼネコンの代表者4名がそれぞれ自己紹介を済ませる。
「じゃあ、これからみんなの住居を案内するね。」
港から出ると、そこはもう首都の市街地となっている。港に近い部分は小規模ながら、ちゃんと首都の形をしている。
しかし、外国人地区の周縁は完全なる『道路村』であり、田舎者が見ても粗悪な『雨宿り小屋』と『木箱屋台』が畑の中に散らばっているのだ。
「ラピタの道路村には雨宿り小屋と木箱屋台しかない、というのは本当なんだ……この島の住民は、もっと良い家に住めないのかなぁ……」
「やめた方がいいよ。十数人程度とはいえ、マウサネシア語を解するラピタ人も居るから。」
バラーヤが発言を制止して、忠告した。
「どうして？別に馬鹿にしている訳じゃないし、優しくされて嫌な気持ちになる人なんて居るの？」
「ここはマウサネシアじゃないんだ。優しさをそのまま受け取れず、馬鹿にされたと感じる者も居る。」
この忠告を受けて一行は、これ以降ラピタ人への同情を口に出すことは控えた。
「なんか、視線を感じる……」
「あれは、子供たちが見てるね。やっぱりマウサネシア人は珍しいだろうから。」
開国から10年たったことで以前ほどではないが、やはり人間が圧倒的に多い中、派手なマウサネシア人は目立つので好奇の目に晒されることが多い。
「ついたよ。家は狭いけど1人で1つだから大丈夫。」
幹部たちには狭いながらも、1人あたり1つの家が与えられる。トイレと風呂と炊事場がある小さなプレハブと、寝食兼用のマウサナ式伝統家屋が1つあるだけのシンプルなもので、ちゃんとラテライトの塀で囲まれている。
伝統家屋の屋根はスレート、壁も竹でしっかり作られており、室内には家具に布団と蚊帳、コンセント、天井の扇風機や電灯が完備されている。
こうして、ラピタ王国における最初の空港建設工事が、ついに始まろうとしていた。
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