最終更新:ID:OAZhdX/9tw 2013年03月13日(水) 17:27:16履歴
――抱きしめていたのは、滅びの記憶であった。
◆◆
かつてアノマロカリスらには敵はいなかった。カンブリア紀と呼ばれる時代の海で、アノマロカリスらに叶う相手は存在しなかった。
海に生息するあらゆる生命は餌であり糧であり養分であった。
偽りなく、そうであったはずなのだ。
なのに。
だというのに、アノマロカリス類は、滅亡の時を迎えた。
多くの仲間が命を落とした。
肉親も親友も愛する相手も、無慈悲に酷薄に完膚なきまでに、滅びの運命を迎えさせられた。動かなくなった同胞の間を、絶望に暮れながら泳いでいた。
忘れられないその記憶を、海の中、鰭に水流を受けてたゆたいながら。
最後の生き残りとなった、たった一匹のアノマロカリスは、思い出していた。
それは忘れられるはずがない、悲しみの記憶だった。
その記憶は激痛と辛苦と悲哀に溢れていた。けれどそれでも、アノマロカリスはそれを探っていく。
そうやって奥の底までその記憶に塗れることで、見つかると思った。
敵などいなかったはずのアノマロカリス類が、何故滅んでしまったのか。
その滅びに、どのような意味があったのか。
見つかると、思ったのだ。
けれどどれだけ掘り返しても、どのように辿っても、見つけられるのは死の想い出だけでしかなくて、求める答えはどうしても見つからないままだった。
――解せぬ。
一個体の死であるならば理解はできる。
アノマロカリスは捕食者なのだ。生命を維持するために狩りをし、命を奪うことは日常だった。
故に命の脆さは十分に知っていたし、捕食者であるからといって永遠に生きられるなどとは思っていない。
だが、絶滅となれば話は別だ。
全ての同胞が生きることを許されない様は、簡単に受け入れられるものではなかった。
滅びを定めとして受け入れるには、このアノマロカリスはまだ若かった。
滅亡にも意味があると信じなければ、連綿と受け継げられてきたこの生命が、無価値なもののように感じてしまう。
そしてそれは、即ち。
――我らの糧となった者どもの生命すら、無碍であったということに他ならぬ。
そう思うと、意識が喰われ身が裂かれるようだった。
それは強者の傲慢であり、捕食者の思い上がりであり、そして。
王者の、慈悲だった。
それでも、アノマロカリスは知っている。知ってしまっている。
――されど、同胞は死に絶え残されたのは我が身のみ。もはや子を成すことも叶わぬ。故にもはや、滅びは避けられまい。
潮流に乗って遊泳しながらアノマロカリスが思うのは、痛く悲しく虚しい確信だった。認められずとも訪れてしまう、約束された運命だった。
アノマロカリスは独りぼっちだ。この殺し合いで生き延びることに、意味は感じられなかった。
もう、子孫は残せない。
もう、アノマロカリス類は完全に行き詰ってしまっていた。
理由なき滅びに押し潰され踏み荒らされることはもはや、必定だった。
ならば。
ならば、せめて。
――証が欲しい。我らアノマロカリスが、確かに在ったという、証が欲しい。
この場には、数多くの生命が存在している。
殺し合いというからには、その全てが生き延びることは叶わないのであろう。
だからこそ伝えたかった。見せつけたかった。
アノマロカリスという存在を、少しでも多くの生命体の意識に、記憶に、想い出に、遺伝子に。
刻み込んでやることが、最後に残されたアノマロカリスが、たった独りで願うことだった。
――我らが命の証を立てるその時を。どうか、見守っていて欲しい。
記憶の中にある同胞に祈りを捧げ、アノマロカリスはひたすらに遊泳する。
泳ぎ慣れているはずの海が、やけに広く感じられた。
【一日目・黎明】
【インド洋・アフリカ大陸東】
【アノマロカリス】
【状態】健康
【思考】多くの生命体に出会い、アノマロカリスという存在を記憶に刻み込ませる。
【備考】メス・若者 北太平洋出身 アノマロカリス最後の生き残り
◆◆
かつてアノマロカリスらには敵はいなかった。カンブリア紀と呼ばれる時代の海で、アノマロカリスらに叶う相手は存在しなかった。
海に生息するあらゆる生命は餌であり糧であり養分であった。
偽りなく、そうであったはずなのだ。
なのに。
だというのに、アノマロカリス類は、滅亡の時を迎えた。
多くの仲間が命を落とした。
肉親も親友も愛する相手も、無慈悲に酷薄に完膚なきまでに、滅びの運命を迎えさせられた。動かなくなった同胞の間を、絶望に暮れながら泳いでいた。
忘れられないその記憶を、海の中、鰭に水流を受けてたゆたいながら。
最後の生き残りとなった、たった一匹のアノマロカリスは、思い出していた。
それは忘れられるはずがない、悲しみの記憶だった。
その記憶は激痛と辛苦と悲哀に溢れていた。けれどそれでも、アノマロカリスはそれを探っていく。
そうやって奥の底までその記憶に塗れることで、見つかると思った。
敵などいなかったはずのアノマロカリス類が、何故滅んでしまったのか。
その滅びに、どのような意味があったのか。
見つかると、思ったのだ。
けれどどれだけ掘り返しても、どのように辿っても、見つけられるのは死の想い出だけでしかなくて、求める答えはどうしても見つからないままだった。
――解せぬ。
一個体の死であるならば理解はできる。
アノマロカリスは捕食者なのだ。生命を維持するために狩りをし、命を奪うことは日常だった。
故に命の脆さは十分に知っていたし、捕食者であるからといって永遠に生きられるなどとは思っていない。
だが、絶滅となれば話は別だ。
全ての同胞が生きることを許されない様は、簡単に受け入れられるものではなかった。
滅びを定めとして受け入れるには、このアノマロカリスはまだ若かった。
滅亡にも意味があると信じなければ、連綿と受け継げられてきたこの生命が、無価値なもののように感じてしまう。
そしてそれは、即ち。
――我らの糧となった者どもの生命すら、無碍であったということに他ならぬ。
そう思うと、意識が喰われ身が裂かれるようだった。
それは強者の傲慢であり、捕食者の思い上がりであり、そして。
王者の、慈悲だった。
それでも、アノマロカリスは知っている。知ってしまっている。
――されど、同胞は死に絶え残されたのは我が身のみ。もはや子を成すことも叶わぬ。故にもはや、滅びは避けられまい。
潮流に乗って遊泳しながらアノマロカリスが思うのは、痛く悲しく虚しい確信だった。認められずとも訪れてしまう、約束された運命だった。
アノマロカリスは独りぼっちだ。この殺し合いで生き延びることに、意味は感じられなかった。
もう、子孫は残せない。
もう、アノマロカリス類は完全に行き詰ってしまっていた。
理由なき滅びに押し潰され踏み荒らされることはもはや、必定だった。
ならば。
ならば、せめて。
――証が欲しい。我らアノマロカリスが、確かに在ったという、証が欲しい。
この場には、数多くの生命が存在している。
殺し合いというからには、その全てが生き延びることは叶わないのであろう。
だからこそ伝えたかった。見せつけたかった。
アノマロカリスという存在を、少しでも多くの生命体の意識に、記憶に、想い出に、遺伝子に。
刻み込んでやることが、最後に残されたアノマロカリスが、たった独りで願うことだった。
――我らが命の証を立てるその時を。どうか、見守っていて欲しい。
記憶の中にある同胞に祈りを捧げ、アノマロカリスはひたすらに遊泳する。
泳ぎ慣れているはずの海が、やけに広く感じられた。
【一日目・黎明】
【インド洋・アフリカ大陸東】
【アノマロカリス】
【状態】健康
【思考】多くの生命体に出会い、アノマロカリスという存在を記憶に刻み込ませる。
【備考】メス・若者 北太平洋出身 アノマロカリス最後の生き残り
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