最終更新:ID:WPVyUA8VHA 2013年04月25日(木) 08:35:32履歴
◇ ◇ ◇
村役場に音が響き続けている/されど種類は少ない/せいぜい三種。
足音/銃声/甲高い金属音/足音/残響を裂く銃声/甲高い金属音/残響を裂く銃声/甲高い金属音。
無表情で近寄ってくるムラクモから距離を取りつつ、エリは眉をひそめる/なにかが脳裏に引っかかる/気味が悪い。
違和感の正体=三度続いた同じ展開――走るエリ/振り返って指に力を籠める/撃鉄が雷管を叩く/銃口が弾丸を吐き出す/ムラクモが刀で弾く。
明らかにおかしい――ムラクモ/旧帝国陸軍武官/自称現人神/アカツキ零號=旧人狩りに紛れていた殺人鬼/単独にて完全教団を思わせる被害を出す強者。
その手際は鮮やかにして苛烈。
極めて手際よく迅速に、かつ確実に命を奪う。
そのムラクモが、この戦闘において後手後手に回っている。
一度は袋小路に追い詰められたものの、頭を庇って強引に滑り込むことで潜り抜けられた。
そうしていま現在は持久戦の様相を呈し始めているが、エリはどうにも素直に喜ぶことができない。
彼女は軍人だ。
安易な弱点に疑問を抱いてしまう。
相手の意図を図ろうとしてしまう。
相手の思惑を読み取ろうとしてしまう。
だから、ムラクモの緩慢な動作を突くことはしない/できない。
それが悪手であることなど知る由もなく、彼女のなかの最善を突き進んでしまう。
足音/銃声/金属音。
足音/銃声/金属音。
足音/銃声/金属音。
足音/銃声/金属音。
足音/銃声/金属音。
そんな三種の音だけの繰り返しは、唐突に終わる。
「――はっ」
新たな四種目の音=ムラクモの短い笑い。
エリが眉間にしわを寄せる/ムラクモを見据える/銃を持つ力が強くなる/なにも持たぬ左手を腰に伸ばす。
腰にくくりつけてあるのは二つの武器=いきなりの接近にも対処できるソードブレイカー/持ち得る最大火力を誇る手榴弾。
「ようやく、か。
ふん。彼奴の『眼』ほど疎ましいものも、そうそう他にない」
エリの眉間に刻まれたしわが深くなる/思考が巡る/発言の意図を読む。
(『彼奴』……誰だ?
結蘭ではない、だろう。おそらく。
たしかにあの子の目は疎ましかったが違う。
私が疎ましく思う視線でも、このキチガイにはそうじゃねえ。
こいつにしてみれば、どんな人間の目だって変わらねえはずだ。
だったら、いったい――)
思考する間も視線はムラクモから決して外さない/まばたきも抑える/神経を尖らせる/一挙手一投足に集中。
たとえ思惑が窺えなくとも、適切な対処は取らねばならない。
引き金にかけた指を固定/どちらの武器も取り出せるよう左手は浮かせたまま。
そんなエリの警戒は、まったく意味をなさない。
これまでの緩慢さとは打って変わった俊敏な動作で、ムラクモは――ただ、思い切り踏み込んだ。
ひび割れるリノリウム/床全体に走る亀裂/響く粉砕音/露になる床下のコンクリート/飛び散る破片。
踏み込んだ勢いのまま高く上がる右足/遅れて左足で床を蹴る/今度は左足が高く上がる/上げていた右足を凄まじい勢いで下ろす/また左足を下ろす――その繰り返し=独特な走法。
「な……ッ!」
予期せぬ動作と速度に、エリは思わず声を張り上げてしまう。
それでも、彼女が生きてきたのは戦場=想定外の事態がいくらでも生じる場所。
ゆえにたとえ驚愕していようとも、対処法を間違えることはない。
肉薄してくるムラクモに銃口を向ける/引き金に力を籠める=銃弾が放たれる/ムラクモが刀を抜く/金属音=防がれる/エリが手榴弾を掴む/安全ピンを抜く。
「ンだとォッ!?」
そうして手榴弾を投擲して、エリは再び声を荒げた。
迫って来ていたはずのムラクモが、いつの間にか姿を消していたのだ。
焦りを露にしながらも、エリは手榴弾の爆発から身を守るべくしゃがみ込む。
炸裂する手榴弾/爆発音/溢れ出す爆炎/立ち込める黒煙/崩れる壁/割れるガラス。
身を守りながらも気を配るエリ/その手には銃とソードブレイカー/迫る気配を見過ごす気はない。
「――――華と散れ」
唐突な低い声/目を見張るエリ/声がしたのは無警戒な方向=背後/完全に不意を突かれた/反射的に動く暇さえ与えられない。
◇ ◇ ◇
結蘭の脳内は、絶望で埋め尽くされている。
エリに逃がされた時点では、たしかな目的を持っていた。
それまではこの場でなにをしたらいいのか分からなかったが、とにもかくにも逃げようと思えたのだ。
トリガーと名乗る赤服の大男に掴まったのは、その矢先のことであった。
(なにが間違っていたんだろう)
これまでのことを思い返す。
動転していると、レザージャケットの少年に説教をされた。
ダダこねてはにもしないつもりなら、もう話は終わりだな――と。
正直に自分の思いを話したら、エリは激昂した。
この期に及んでなにもしないで文句を言っているだけなら、そのまま死んじまえ――と。
(そのほうがよかったのか……?)
あそこで死んでいれば。
逃亡しようなどと思わなければ。
トリガーに掴まることはなかったのだ。
(……そうだ。
早く諦めて、命を絶つべきだったんだ)
そうしていれば、分不相応なことを考えることもなかったではないか。
どうにか逃げようとして、トリガーに全身を執拗に殴られることもなかったではないか。
鼻の骨が折れる軽い音とともに、激痛が顔面中を走り抜けることもなかったではないか。
「…………死にたい」
自分にしか聞こえない程度の小さな声で、そう呟いた直後だった。
彼女自身も気付かぬ鮮やかな早業でもって、彼女の願いは叶えられた。
結蘭の首に一筋の線が走る/首から上と下が分断される/遅れて溢れ出す血飛沫/くずおれる結蘭の身体/遅れて落下する首。
落下音/立ち昇る砂煙/回転音/回転音/回転音/ほどなくして無音/砂煙も鎮まる。
「あ…………?」
トリガーの口から零れ落ちる声=闇の世界に名を轟かす殺し屋とは思えぬ間の抜けたもの。
半開きの口/状況認識できないがゆえの困惑/染み出す動揺。
理由――入手したての『都合のいい道具』の喪失/再び『盾』のない生身/フラッシュバックする先の戦闘=完膚なきまでの敗北。
「……っ!」
どうにか平静を取り戻す/取り戻さねばならないと自覚した。
人が殺される=殺害した輩がいる=呆けてはいられない。
「ア、アンタ!」
傍らに立つムラクモにようやく気付いて、トリガーは声を張り上げる。
いつの間に肉薄していたのか/いかなる理由があって結蘭を殺したのか――そんなものはどうでもいい。
いま現在重要視なのは、自らが生き延びることができるか否かである。
「俺も、他人を殺すつもりだッ! アンタと変わらねえ!」
無反応だったムラクモがその足を止めた/なにも言わない/視線で続きを話すよう訴えかけている。
胸中で安堵の息を吐くトリガー/生存が約束されたワケではない/まだ第一段階/油断は禁物/墓穴を掘らないよう言葉を選ぶ。
「結構な人数がここにいるのは、アンタも分かってんだろォ!?
アンタ一人で殺すには時間がかかるけど、だったら一人じゃなきゃいいじゃねェかッ!」
殺すのが不可能とは言わない――それは実力を見くびっていることになる/逆鱗に触れかねない/あくまで相手を立たせねばならない。
いずれ不意を打って殺すにせよ、正面から殺せるとは思えない。
冷静な戦力分析/殺し屋ゆえ。
殺し屋=正面から戦うだけの輩ではない/いかなる手段を使ってでも対象を始末するスペシャリスト。
「ふむ……なるほどな。
であるならば、お前は私の責務の障害にはならないだろう。だが――」
ムラクモが目を細める/刀をトリガーに伸ばす/切っ先の延長線上にはトリガーの赤い一張羅。
「その服を見るに、生かして成果を出すとは思えんな」
再び歩み寄ってくるムラクモ/トリガーは咄嗟に制する/止まらない/大声でまくしたてる。
「アンタは知らないかもしれねえが、ヤベぇくらい強ェヤツらがいるんだ!
だから……アンタ一人じゃもしかしたらだが、まずいかもしれねぇ! だからこそッ!
この俺と組むことで、そういうヤツら相手に優位に立ち回れるかもしれねえだろ!?
アンタがいくら強かったとしても、状況を分かってねえ愚図どもに徒党を組まれちゃあ、万が一ってこともある!」
啖呵を切るトリガーは気付かない。
自ら、引き金(トリガー)を引いてしまったことに。
「やはり、貴様の『暴力』はたかが知れている」
飛び散る微弱な青白い火花/漂うオゾン臭/掻き消えるムラクモの姿。
◇ ◇ ◇
「人間に神の心は忖度し得ぬ」
デイパックを拾い上げてから短く言い残し、ムラクモはその場を後にした。
未だ三人――果たすべき責務の完遂には程遠い。
【エリ=カサモト@メタルスラッグ 死亡】
【結蘭@堕落天使 死亡】
【トリガー@堕落天使 死亡】
【C-3/鎌石村西部/1日目・午前】
【ムラクモ@エヌアイン完全世界】
[状態]:健康
[装備]:菊御作、六〇式電光被服@エヌアイン完全世界
[道具]:基本支給品×4、ツァスタバ CZ99(8/15、予備弾30)、ソードブレイカー、煙草、手榴弾(9/10)
パイファー・ツェリスカ(?/5、予備?発)@現実、不明支給品2〜8(うち1〜3はトレバーおよびトリガー視点で武器ではないもの)
[思考・状況]:自らに課した責務を果たす。
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