ここからは、
アルディア著の
蜉蝣戦記をなるべく忠実に再現する。
レイディックに呼ばれた
ラディアは、城内の廊下で鞠を拾う、それは
サリーアの子のものであった。
内政官であると同時に、一人の母となっていた
サリーアに鞠を手渡した後、
ラディアは
キルレイツの名を呼んで廊下で涙を流していたという。
その後、涙を拭いて何事もなかったかのように
レイディックの元へ現れた
ラディアだが、
ロッド国への随員の件を聞かされ、一応
ヴェリアか
アレスに相談してはと提案する。
だが、この様なことにいちいち国境の軍師に問い合わせることもないと
レイディックに言われ、
ラディアも承知して旅支度を始めた。
僅かな共を連れて二人が出発したのはその数日後であり、
ロッド国に到着したのは3月23日とされている。
この旅は、乱世を忘れさせるほどのどかで、二人は各地で寄り道をしながら自然を楽しんでいたという。
ロッド国と
ロードレア国の国境に位置する城へと到着した
レイディックを出迎えたのは、
ロッド国きっての智将
ギザイアだった。
リヴァイルシア本人は付近で新造の城を見廻っているため不在であった為、数日間の滞在を促した。
しかし
ラディアは、自分たちが招かれた部屋が城の中心部にあり、その部屋は本来の客室ではなく内装を急いで作り変えさせた部屋であったことに違和感を感じる。
わざわざ客室を作り直してまで城の中心部の部屋に招かれた理由は、「逃げ道を塞ぐため」ではないか?このことに気づいた
ラディアは、
ニーグロスの戦い以後眠り続けていた細心の意識を覚醒させ、
ギザイアの策略に気付き始めた。
乱世の時代にも最低限の決まりがあった。
それは神が定めたものではなく、絶対の束縛力をもたないにしても、同じ時代を生きる者として敵、味方関係なく守られるべきものであった。
たとえば、この時代は交戦国同士でも、季節の変わり目には使者を送りあうという風習があり、使者を斬ることは「八つ当たり」であり、行わないこととなっていた(ただし、その使者が謀略の実行犯だった場合は例外であった)
そして、「暗殺」もまた、暗黙の了解で禁止されていたものの一つである。
暗殺そのものは乱世という時代の性もあり、それほど下策と思われてはいなかったが、危険な敵陣に忍び込んで実行される暗殺は「技量を見せた結果」とみられたが、ただ闇雲に相手を誘き出して数に物を言わせて討つという行為は「知略なき者」として扱われ暗黙の了解として下策中の下策となり、これを実行した者は敵はもちろん、味方からも蔑まれる時代であった。
これは、智将を名乗る
ギザイアにとっては、自身の存在意義すら失わせる行為であり、到底実行できぬものであった。
となれば、彼は「事故」として周囲の国に説得力のある形で
レイディックを討たねばならなかった。
この時の
ロッド国の情勢は、南の
アル国の衰退が大きく関わっていた。
ギザイアとしては、
アル国となら戦うことができるが、
ベルザフィリス国がこのまま
アル国を飲み込んで
ロッド国と対陣することとなれば、勝ち目はないと見ていた。
ロードレア国と共同で当たるとしても、彼らの気持ちは既に
ベルザフィリス国に傾き、両国から同時に救援の声がかかれば、
ロードレア国が
ベルザフィリス国と結んで
ロッド国を攻め込むという未来が
ギザイアには見えていた。
すなわち、今が時間的に
ロッド国に残された最後にチャンスであり、
レイディックを暗殺すれば、子のいない
ロードレア国は内乱となる。
そこを横から攻め込み、
アル国が滅亡するまでに、
ロードレア国の領土を大きく削って、
ロッド国を大国にする必要があった。
だが、事故に見せかけるにしても、生け捕りにしても、無造作にただ兵士を送り込んで暗殺という手は使えなかった。
そこに、
ラディアにも付け入る隙が生じた。
こうして、
ギザイアと
ラディアの見えない戦いがはじまろうとしていた。
まず
ギザイアは、
ラディアに歓迎会の前に土地の名産を食していただきたい、と果実を差し入れた。
一瞬毒を警戒する
ラディアだが、城を見廻った時に歓迎会の準備をしていたことは察知している、この時点で毒殺するなら宴の用意等するはずがない。
これは
ギザイアが今の段階でどこまで自分たちが警戒しているかを試している罠と察知して、進んでその果実を食した。
この「宣戦布告」から、
ギザイアは3度暗殺計画をたてたが、
ラディアはその全てに先手をうって封じ込めた。
やがて城へと帰還した
リヴァイルシアは、
レイディックか尋ねていると知り、
ギザイアを呼び出した。
レイディックを招いた書状そのものが
ギザイアが作り出した偽書状であった為、
リヴァイルシアには初耳の事であった。
レイディック暗殺計画を聞かされ、最初は激怒した
リヴァイルシアだが、
ギザイアに「国同士の同盟などいつかは消える、いずれ我が国を滅ぼす存在となる
レイディックを今討たねばならない」と迫られると、考えた末にただひとこと「宴の準備は
ギザイアに全て任せる」と告げたという。
こうしてはじまった歓迎の宴。
ここでも
ラディアは、宴会の席を一通り見回すと、文官が後方、武官が前方に固まっていること、文官の笑顔に反して武官の緊張した笑いに注目する。
ラディアが出した結論は「暗殺隊は前方の武官数名、それ以外の者には暗殺のことすら聞かされていない」というものであった。
相手の出鼻を挫くため、
ラディアは宴の最中、自ら席を立つと宴の余興に剣舞を披露すると、愛剣
エルライザーを抜いた。
ラディアの剣舞は美しく優雅であったが、その華麗な舞の節々に強烈な殺気を込めていた。
この事に気づいたのは
ギザイアと暗殺隊の
ロミ、
レア、そして武官達である。
ラディアの武勇は嫌というほど聞かされているが、その彼女がいま愛剣をもって、いつでも自分たちを斬れると言わんばかりに殺気を向けて目の前で舞っている。
ひとたびその剣先をこちらに向ければ、席に座っている自分たちは、剣を抜くより前に撫で斬りにされるという緊張感から、彼らは滴り落ちる汗を拭うことしかできなかった。
この舞を見せられた時、
ギザイアは自分の敗北を悟った。
だが、それは計画の断念を意味するものではなく、智謀の戦いに完敗した彼は、ついに自らを外道に落としてまで計画を実行する事を決意する。
宴が終わり、酔いを醒ますために城のバルコニーに出ていた
ラディア。
全ての終わりを確信し、安堵の笑みを浮かべたその瞬間、一本の矢が彼女の胸を貫く。
策も智もなく、狩りの如くただ獲物を追い立てる
ギザイアの暗殺部隊が送り込まれるが、
レイディック自身も剣の腕には覚えがあり、最初の攻撃をかわすと、僅かな供が時間を稼いでいる間に
ラディアを抱え、馬を奪って脱出する。
ここにきて、かつて
アレスが何度も
ロッド国への警戒を忠告したことを無視し続けた事に後悔の念を持つが、もはや全ては遅かった。
ラディアを洞窟へと置き、自らは剣を抜いて追っ手と戦う
レイディック。
やがて雪が降り始め、あたりを白く染めていく。
護衛としてつれてきた僅かな供も皆討たれ、
レイディック自身にも限界がきたそのとき、国境を越えた
ロードレア側から軍勢が駆けつけ、追っ手を打ち払う。
レイディックすら知らない迎えに来た将の名は
グロライドであった。
アレスの依頼で、国の誰にも悟られずに密かに
ロッド国との国境を守り続けていた将である。
アレスは、国主に内密で軍を動かすという危険を冒してまで手を打っていた。
それに対して自分の不甲斐なさに怒る
レイディックだが、追っ手を打ち払った以上
ラディアを回収して急いで帰国しなければならない。
だが、
レイディックの問いかけに、
ラディアが答える事はなかった。
胸に受けた矢には毒が塗られ、既に
ラディアは醒めなき夢の中へと旅立っていた。
時に694年3月27日。
この一件を知った
レイディックの妹にして
リヴァイルシアの妻
シルフィーナは、兄と夫が争う戦乱の時代に絶望して、自害して果てた。
ラディアは
英霊名舞風として、故郷の元
アゾル国領土の丘に埋葬されたが、後年
キルレイツの眠るニーグロス古戦場にその墓は移された。
乱世の荒波に飲まれ、その生涯のほとんどを戦場で過ごし、才あるが故に女としての幸せな一生を送れなかった少女。
あまりにも早く散った乱世の華であった。