気がついたら、ずいぶんといい思いをしていた。
グローバルコーテックス内でも中堅といった位置にまで昇った。同棲中のレイヴ
ンの彼女もいる。互いに常時生死の境に居るようなものだが、生まれつき性分か
ささくれた関係にはなっていない。
勘癪が多いのも彼女の性分だが、可愛いものだ。この日も男―アップルボーイの
耳に怒鳴り声が響いていた。
「もう勝手にすれば!!」
ただ今日のは少し話が違った。彼女―レジーナの怒声は涙を帯び、アップルボー
イがいつになく落ち着いていた。

事件は二人で向かった任務で起きた。
市街地を占領した武装集団の排除。良いことではないが、『管理者』が破壊され、
秩序が根底まで引っくり返りそうな現在では、なんら珍しくない話だ。
ただ、今回の誤算はテロリスト達もレイヴンを雇っていた。
『…死ねるか!!』
二人で追い詰め、もう敵の機体から火花が散り始めていた。
『卑怯とは言うまい…?』
敵ACは逃げ遅れた民間の自動車に銃口を向けた。
「なっ!?」
『こちらが離脱するまでに戦うようならすぐに撃つぞ』
劣性での人質。相手のバズーカなら一撃で粉微塵になるだろう。
『…アップルボーイ。救出は無理だここで叩こう』
二機だけの回線でレジーナが追撃を促す。確かに依頼の支障となる犠牲にしては
小さすぎる。ここで一気にACを撃破してしまうのが上策、と言うよりも当然の選
択だった。
しかし、アップルボーイのレイヴンらしからぬ善性がそれを許さなかった。
「…民間機の安全を最優先しろ」
『分かっている…』
敵は銃口を車に向けたまま、引き下がる。アップルボーイのエスペランザが急加
速して、民間機の盾に回った。
「レジーナ!!」
バズーカに被弾して右腕部がえぐられる。それでもアップルボーイはかばい続け
た。
レジーナの火力重視機体が一気に畳み掛けるように弾幕を張る。
『貴様らッッ……!!』
ノイズと共に敵ACが爆散する。
依頼は果たした。人も救った。しかし、レジーナはアップルボーイが許せなかっ
た。

「なんであんな事したッ!?」
敵勢力の消滅を確認して降り立つと、レジーナは一番最初にアップルボーイの胸
ぐらを掴んだ。
「…あんたのことだから大体分かるけど…それでもね!!」
アップルボーイの事を理解しているが故に、正当性も分かっている。
「ごめん。けどやっぱり…」
「〜〜〜ッッ!!もう勝手にすれば!!」
アップルボーイは死んでいたかもしれない。そう思うとレジーナはどうしようも
ないほど怖くなって涙が出た。
「この馬鹿ッ!!報酬も勝手に使えば!!」
その日から、レジーナは二人の家に戻らなかった。

それから十日。アップルボーイは憔悴していた。レジーナが本当に帰って来ない
のではないか。考えると、身体中が苦しくなる。
「もう帰ってきてくれないのかな…」
二人で過ごした時間が長いこの部屋は、今のアップルボーイにしてみれば監獄の
ようだった。家具から食器まで、全てがレジーナと関わってきた物だ。
作ってみたものの、まったく手をつけられないスープ。すっかり冷めて湯気も何
も立っていない。
やはりあの時二人で倒せば良かったのか。結果全てが丸く収まったが、アップル
ボーイにとって一番大切なところが壊れてしまったではないか。
喧嘩(と言ってもレジーナの一方的な叱咤)が多い二人でも、こんなに離れたの
は初めてだった。
結局少しも口にせずに、ソファーに体を沈めた。

「…よっ」
目覚めた時、まず目に入ったのは見慣れた姿。寝起きの脳が一瞬でフル活動した。
「レジーナ!?」
「合鍵で入らせてもらったから」
「…えっ、あの。あぁ…」
何から話せば良いのか見当がつかない。言葉にならないもどかしさがアップルボ
ーイの口から漏れた。
「こないだの、助けた人がコーテックスの施設来てて。どうしてもお礼がしたい
って言ってて。で、メロン貰ってきたの。助けたのは私じゃないし…」
レジーナは言葉を探して黙りこくる。待つだけでいい。待つだけがいい。アップ
ルボーイはソファーに沈んだまま、後ろ姿を見守った。
「悪かった…考えてみりゃ、私の方が酷いことしようとしてたのにさ…ごめん」
アップルボーイはようやく立ち上がって、背後からレジーナを抱き締めた。
「ありがとう。レジーナが僕のこと大切に思っててくれたんだって…すごく嬉し
かった」
「アンタってそういう恥ずかしいセリフ結構さらっと言うよね…」
もういつもの二人だった。
振り向いた時に、レジーナのショートヘアが鼻の頭をかすって少しくすぐったい。
「嫌いじゃないでしょ?」
「…本当馬鹿」
キスをした。
仲直り?謝罪?復縁?きっとどれでもない。ただ単純に好きなのだ。

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