晴天。工業によるスモッグがどの都市にも影響する中、この都市は数少ない青空を見せる、活気に溢れた街である。
人々が交錯する中で、時計の柱に体を預け、腕組みしている女性が一人。俯いた横顔は美しいのだが、その服装はどことなく近寄り難さを醸し出していた。
赤紫の髪は流れるようで美しいのだが、深紅のサングラスはその目元を隠し瞳を見せない。茶色のジャケット、ジーンズは彼女の長い手足によく似合う。
落ち着いた雰囲気の大人の女性が第三者から見た印象だろうが、それとは裏腹に彼女は焦っていた。
しきりに左手の時計を気にしている。
「む…少し早く来すぎたか…」
当たり前である。約束は11時であるにも関わらず、時計が指しているのは9時30分。

きっかけは彼の言葉。

たまにはプライベートで出掛けないか?

「お前と二人でか?」

嫌か?

「いいが…どれ位付き合えばいいんだ?」

どれ位がいい?

「……一晩」

!!


「流石に奴も体力が必要か…」
色々問題がある発言だがスルーしよう。彼女の名誉の為。
柄にもない苛立ち。何故か一分一秒が待ち遠しかった。
「最近私はおかしいな…」
額に指を充てる。

通常であれば彼女程の女性は待たせる方なのだろうが、いかんせんプライベートでの外出など買い出しやACパーツの下見しかしていない。また一人で出る事が多かった。他人との待ち合わせなど慣れていないのだ。
仕事の契約は殆ど斡旋か通信の直接依頼。
少々彼女はコミュニケーション不足かも知れない。特に、男として接してきた男性とのコミュニケーション。

心許した相手が死闘の相手とは。

つい考えてしまう。それと同時に考えたのは最初の、彼の機体の中での自分の振る舞い。

「仕方ないだろ…」

誰と話す訳でもなく呟く。今考えると少々恥ずかしい、あの時の自分の狂乱。
実はあれ以来、奴とはあの行為に及んでいなかった。やることが多すぎたのだ。
抗争を生き延びたレイヴン。

そのデータをできる限り抹消するのに必死だった。

今日は久しぶり、いや、二回目のチャンス。大胆にも「一晩」と宣言したのはその為である。

「今日はしっかり相手してもらう…」

強い意志(使いどころが問題)を胸に秘め、気合いをいれればこのザマだ。自然体が彼女には一番良い。
「少し…時間をつぶすか」
漸く時間つぶしと言う選択肢が頭に浮かんだ。そう言えばまだコーヒーも口にしていない。
適当に周辺の歩道を歩き、何か適当な店を探してみる事に。

「ふむ…ここにするか」
ドアを開ければベルの音。中は空調が良く効いてるらしく、カントリーな雰囲気の店内は心地よかった。まだ開店したてだろうか。客の入りも見あたらずで壁紙なども新しい。

カウンターにはマスターだろうか、大柄な男が構えていた。普通の野郎よりも遥かに大柄で、顔の傷は小さな子供を泣かせてしまいそうな程の凄みを持たせている。
半袖のカッターから見える腕は実戦で培った筋肉だろう。無駄がない。

人間観察は辞めた筈だったが…

自分を軽く叱ると、カウンター前に腰掛ける。

「マスター。アイスコーヒー」
「相解った」
無愛想で、しかもこの店に合わないその返事に、笑みがこぼれそうになった。こちらを向きもせず、せっせと準備している。

今なら外しても良いだろう。

サングラスを外し、ポケットにしまった。窓に目をやると街路樹と日差しのコントラストが美しい。今日も暑くなりそうだ。

汗臭くはならないだろうか?

少しだけ気にして、ジャケットをはだけさせた。
マスターは未だに後ろを向いている。

こんなモノを持ち歩くなんて…

ショルダーバックから取り出したのは手鏡。少しだけ気にしてしまう。
端から見れば美人の嗜み。
その本心は初デートの背伸び。
レイヴンが全てだった頃には無い心。
自分で腕枕をして伏せる。甘い木の匂い鼻をくすぐった。

気がつけばコーヒーの香り。
水滴が手に触れ、顔を上げた。既にコースターの上に乗っている。
軽く口に含めば、冷静さが蘇った。

私はこうでないとな…

未だに時計は10時すら指していない。出来るだけ時間を持たすように、少しずつ啜って行く。

「アンタ、傭兵かい?」
マスターが話し掛けてきた。どうやら見かけによらず話が出来そうだ。
「どうしてそう思う?」
「珍しい人間に見えるからだ」
「…何が言いたい」
「さてな…見かけの割にはデート慣れしてないようだし…」
「ほうっておけ…」
顔に血が巡るのが解る。サングラスを取った事を後悔した。
攻められっ放しは性に合わない。返してやる。
「お前も全うな仕事は今までしてないな?」
「…」
「どういう心変わりか知らんが…性に合わん事はやるなよ」
「ほおっておけ…」
苦笑して見せる。見た目以上にはセンスがあるようだ。
「この世界で一番リアルな仕事をしてた」
「意味深だな…」
私は苦笑した。
何故か通ずる物がある。
「なら今は夢なのか?」
「…ああ、夢みてぇだ…」
ちらりとマスターが窓の方を向く。
店の一番日当たりの良い場所に、気づかなかったが車椅子の女性が居た。華奢な体、私とは違う紅い髪。白いワンピース。
ただ無言で外を眺めている。
「リアルな世界に忘れ物をしたのさ。アイツはな」
「記憶喪失か?」
「そういうこった。バーテックスとアライアンスの抗争、いや、災害みたいなもんだ。アンタも知ってるだろ?」
「ああ…」
「強がりでな。権力も群れる奴も嫌いなんて言って…あのザマだ…」
私も同じだ。
そう言ってみたかったが話を聞き続ける。
「俺と似た者同士、俺はこれでも昔無茶苦茶やっててな。カッコ付ければ何の中にいるとか、企業とか大嫌いだった」
無茶苦茶…か。
私も似たような物だ。
心の中でそう呟く。
「世界自体嫌いだった。そんな時だよ。アイツと会ったのは」
「随分運命的だな」
「そうでもない。お互い、物好きなだけさ」
そう言うこの男の瞳には光が灯っている。
きっと、私と「奴」と同じような出会い。そう思った。
「あの女は捨て犬を拾ったようなモンだ。わざわざ保健所(留置場)まで来てな」
「さぞかし愛の溢れた飼い主だったんだな」
「それはどうだろうな。ただ、犬ってのは恩を忘れない」
「捨て犬が忠犬か?いい話だ」
「言ってくれるな」
彼女の方を再び覗く。下腹部をさすっているようだが…
「あれはお前の子か?」
「ああ」
また苦笑い。顔に似合わず照れている。
「犬が種付けとは、とんでもない犬だ」
「犬の子を犬にする気はない」
「なら何になるんだ?」
「虎か…白鳥だな」
「クククッ!」
「ハハハッ!」
コーヒーを啜る。
まだ氷で冷えていて冷たい。
「アンタもいい子をつくるんだぜ!」
「!ッ…ゴホゴホッ」

馬鹿な事を言うな。私が母親なんて…

タオルに包まれた子供。それを幸せそうに抱く自分。

「なぁ…名前は何がいいだろう?」

アンタの好きにしろよ

「お前のそう言う所が嫌いだ!」

どうせアンタの事だからこれでLASTじゃ…

「……そうだな」
納得…………


「おい?姉ちゃん?」「お前のせいで下らない事を考えたじゃないか…」
語尾は消えていくが顔は真っ赤になっている。
「あ、ああそりゃ悪かった」
「んで、あの娘の足は?」
話題の切り替えと口調の変化は天才的である。
「俺が本業にもどればあっという間の額なんだが…」
「金があれば治るのか?」
「ああ。ただ商売道具があってもコイツを連れて行くのも心配だし、置いていくのも心配なんだよ」
ふ…ん。
本業…か。
悟られないように胸元から紙を取り出し、ペンで適当な数字を書いていく。
どうせ宝の持ち腐れ。
時計を見れば10時を回ったばかりだ。だが、一時間位なら裕に待てるだろう。
そっとコースターの下に紙を置き、適当に小銭を出す。

ジャケットを羽織り、サングラスをかけ直し、ドアへ向かう。
また会うだろう。
そんな予感がして。
「おお、そうだ!」
「何だ?」
感づかれたか?
「カラスは鳴く事しか出来ないぜ」

そっちか…。
「…そうだな」
意味を理解して店を後にした。


「まだ一時間前だぞ!」
なら何でアンタは今ここにいるんだよ?
「む…」
どうせ一晩付き合うんだから一時間位…
「…そうだな」
こいつのこれ位ハッキリした所が好きだ。
街へと向かう。


気づかれていた。最後の言葉の意味で解った。

「カラス(レイヴン)は鳴く(泣く)ことしか出来ない」

こちらも気づいていたがな…
マスターはそっと後ろから彼女の首へ手を回した。サラサラとといた赤髪が心地よく腕を撫でる。
その手に重ねた手は、華奢な白い手。しかし、よくみれば傷だらけの手だ。同じ傷を負い、同じ夢を今、彼と彼女は見ている。
彼女はそっと彼の方を見つめていた。その目は虚ろであっても、心を許す瞳。

「レイヴンになって良いこと何て無かったさ…お前に会った以外にな…」
「……」
「あの時の事なんて、忘れたままでいいんだ…」
「……ガ…」
「俺と、お腹の命の事だけ考えてりゃいい…後は俺が守るから…」

やっと幸せを掴んだ男が。一人。

このページへのコメント

幸せになガルム(;_;)/

0
Posted by ライウンにすら勝てないレイヴン 2015年01月24日(土) 23:58:07 返信

やっぱりガルムなのか

0
Posted by ISTD! 2013年02月02日(土) 17:34:26 返信

よかったなガルム…

0
Posted by 蒼パルが怖い下手レイヴン 2012年01月11日(水) 04:14:30 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Wiki内検索

編集にはIDが必要です