その日、パートナーは英雄になって帰ってきた。だが、一億人の命を守り抜い
た男の帰還は決して華々しいものではなかった。
実力派リンクス同士の、それも文字通り人類を守るための戦いなど、そのスト
レスはセレン・ヘイズですら想像が付かない。転がるようにネクストから降りると
格納庫の端で頭を抱えて座り込んだ。
「良くやった。本当に」
「セレンさん…」
男が普段から使っているカップに、コーヒーを入れて隣に置いてやる。
どう声をかけてやれば良いのか、全く分からなかった。ステイシスを沈めた時
も落ち着きを保っていたパートナーが、明らかに動揺して震えている。
「…ありがとうございます」
そう言いながらも、カップを手に取ることもない。このような態度、普段であ
ったら説教モノであるが、今日に限っては心配させる要因でしかない。
「終わったんだ」
「分かってます…」
「今回はどっちが正しいかなんて、考える必要もないだろう?」
「…」
「私は、お前を誇りに思うよ」
「……セレンさん」
上げた顔を見てセレンは驚愕した。目は赤くなり、頬まで濡れているではない
か。今や人類でも指折りの力を持つ男が自分の目の前で泣いている。
「どっか、食べに連れてってくれませんか?」


自分も情けないもの。弟子の泣き顔に、僅かに鼓動が早くなったなど。そんな
思いがセレンにアクセルを強く踏ませていた。
「は、80キロオーバーですよ…」
「なんだ?連れていけと言ったのはお前の方だろ」
助手席に座る弟子は先程とは別の原因で震えていた。顔面蒼白だが気にしない。
「たかだか80キロなど、ネクストならば誤差の範囲だ」
言うなりセレンは140キロで走りながら携帯電話を取り出し、知り合いに発信し
始めた。
「予約を入れる。少し黙ってろ」

「『邪魔だ』か…。言うようになったものだな、お前も」
グラスを揺らしながら囁くセレンは、むせ返るような妖艶さがあった。いつも
の恐ろしい顔と、深みのある女性としての魅力が混じり、その姿自体が妖しく
光る宝石のようである。
そんなセレンが指しているのはミッションでのこと。男はセレンからの通信に
対して初めて反発した。怒鳴り、機体損傷の警告を無視してリザに立ち向かった。
「腕も上がってきたしな。そろそろ独立も考えるか?」
「あっ、いや…あれはその勢いっていうか…もうなんか訳分からなくって…」
セレンはあたふたとする弟子を見て、可愛いと思っている自分に気がついた。
自然に笑みが零れてすらいる。酒のせいだ。そっと自分に言い聞かせる。
「冗談だ。今日のは仕方ないさ。だが、次はないと思えよ」
「…はい」
−お前が死んでは…−
(何を言おうとしているのだ、私は…)
グラスに入った酒を呷る。かなりの度数の筈だ。隣で男は信じられないと言っ
た顔で見ていたが、しばらくして急いでグラスを傾けた。
「無理に呑まなくていいさ」
「いや、今日は飲みたいんです。忘れようって訳じゃないんですけど…」
「そうか…ただ潰れても知らんぞ」


「良い風だ」
火照った顔に風が当たって心地よい。街の光が少しだけ視野が定まりづらくな
った目にはちりばめられた宝石のように映った。
「さて、帰るか」
「…」
自動運転でガレージにまで手を動かす事なく戻れる。セレンは設定変更をし、
目的地を入力しようとした。が、男がその手を止めた。
「なんだ?」
「ちょっとだけ…遠回りして帰りません?」
また、胸が高鳴る。ぶっきらぼうにパネルから手をどけると、宙ぶらりんにな
らぬようにと胸ポケットの煙草へ回した。
「好きにしろ…!」

湖が近く、静かな水の音がする公園だ。
「ここ、好きなんですよ」
植えられた木々によって、道路に囲まれながらも隔絶され、この公園だけ明ら
かに暗い。
「ありがとうございます…落ち着くまで付き合って貰っちゃって……」
「…」
ベンチに並んで腰掛け、何をするでもない時間を過ごす。遠めに見ればカップ
ルであるが、この二人の関係を指す言葉は恋仲よりも主従の方が適切である。
「…あ〜、いや…っ」
「なんだ?何かあるならとっとと言え」
頭を掻いたり、腕を揉んだりと男は何かを躊躇っている。
「良いんですか?」
「怒らせたいのか?」
「えっと、じゃあ…」
次の瞬間、男の顔はセレンの目の前にあった。否、唇と唇は接している。自分
のより硬い唇を押し付けられ、セレンは思わず身を引いた。
「貴様、どういう…」
「好きです。どうしようもないくらい」
怒りは消え、何も返す気になれない。セレン自身、つねに否定しつつも、日々
成長すりのを見ているうちに、師弟の範囲外の感情を抱いていたのは事実であ
った。
肩を掴む弟子の顔を直視出来ない。気がつけば、こんなにも精悍な男になって
いたのか、と弟子ではなく一人の男として見てしまてっている自分に気がつく。
「酒の勢い借りてるのは否定しません。でも、本当です。最初は怖かったけど
段々、気になっていったって言うか…今は一緒に居たいんです」
「御託はいい…帰るぞ」
「えっ…あ…」
立ち上がり、停めた車へと踵を返す。男は失敗したのか、と戸惑から落胆へと
落ち込む様が顔に出ていた。それを見てセレンはくすりと笑う。
「いつまで座っている?一緒に居たいんだろ?」
セレンは右手を出す。男はハッとなってその手を左手で掴む。
「正解だ。だが100点ではないな」
セレンは男の二の腕を両手で掴む。
「一緒に居たい、か。私もだよ」
酒の勢いで本音を語れたなら、酒に感謝せねばならないな。セレンは少しだけ
男に寄り掛かりながら静かに微笑んだ。


「ラインアークの…ホワイント・グリントの人、機体を失ってもう戦えないっ
て言ってましたよね?」
「あぁ」
「なんか、ちょっとその話聞いたとき、羨ましかったんです…。すいません、
こんな事言っちゃって……」
街灯が線になって流れていく。セレンは自動操縦のプログラムも弄っていたら
しい。規制速度をゆうに上回っている。それでも行き道よりは遅いからと、男
は平然を保っていられる自分が少しだけ怖かった。
「力を失っても良い。逃げ出したい、だろ?」
「えっ?えぇ」
「何もおかしな事じゃないさ」
私よりよっぽど強いよ、お前は−
インテリオルの兵であった日々を思い出さずにはいられない。自分は、逃げた
た人間だろう、とセレンは自嘲気味に笑う。
「私はお前のオペレーターであり師であり、パートナーだ。いつでも言え。拳
と罵倒混じりに受け止めてやるさ」
「痛っ……ありがとうございます」
もう一度、今度はしっかりと唇が欲しくなる。男の頭に落とした拳を解き、後
頭部に回して顔を引き寄せる。男も引き寄せられるがままに顔を寄せ、手をセ
レンの肩に伸ばした。
ゆっくりとお互いの口を味わう。リンクスと言う職業柄、機密性が高い。車は
全面防弾マジックミラーであるので周りの眼を気にする事なくキスを続けられ
た。
(いかんな、これは癖になる…)
ふと眼をやれば、何にも気づかず運転する人の顔。異様な背徳感が身を震わせ
る。


(うわぁ…セレンさんキス上手い…っていうかエロい……)
いつもの厳しい眼差しが、情欲に溶かされ女の顔になる。そちらにばかり気を
取られると、巧妙な舌の動きで遊ばれてしまう。流されまいとするのが精一杯。
その時点でもう流されているのかも知れないが、男は必死に抗った。


よくよく考えてみれば、一応は一つ屋根の下で暮らしていたが、セレンの部屋
に入るのは初めての事だ。デスクには揃えられた資料、PCとその周辺機器。唯
一生活感があるのはガラスの灰皿に出来た煙草の山。
だがそんな事、今はどうでも良
かった。半ば襲うように部屋に入った途端セレンに抱き着いてベットに倒れ込
んだ。
技量で劣るだけ、勢いで征そうとしたという訳でもない。ただ身を焼くような
劣情に衝き動かされただけだ。
「セレンさん…!!」
手首を抑え、股に自分の足を割り込ませて無理矢理こじ開ける。
「すいません…!今は冷静になれないです…!!」
「……構わん…んむ…はっ」
舌を摘まれるように吸われ、男の口の中で味わわれる。セレンが自力では動か
せぬ舌を、自分の唾液漬けにするように男は愛撫を続けた。獰猛な蛇のように
舌を動かし、セレンのそれを舐め回す。
「ぢゅる…っう…つ…」


この男は余程こちらの口を気に入ったらしい。何度も何度も貪るようにキスを
し、唾液を吸い上げては自分のと混ぜ合わせて嚥下させようと流し込んでくる。
「はむっ…っん…げっほ…っはぁ…はぁ」
「…大丈夫ですか?」
「こんな涎まみれにしておいて、よく言う…さてはお前、支配欲が強いな?」
口の周りについた唾液を、手の甲で拭う。少しだけ舐めとる。酒とも混じり気
をやってしまいそうになるほど濃い混合液だ。
「まぁ男はそのくらいがちょうど良い。それより、脱がしてくれないか?暑く
てかなわん」
セレンの言葉に、男は明らかに興奮していた。
「じゃあ…!」
剥ぎ取るかのようにシャツのボタンを外し、露になった胸に釘付けになってい
る男を見て、思わず笑いがこぼれた。
「どうした急に?」
「あっ!?いえ、凄い綺麗で…」
「阿呆が…」
自慢とは思ったことはないが、大きさはそれなりだと自覚している。この男も
一般レベルに胸が好きだとセレンは知っている。前にミッションのブリーフィ
ングでメイ・グリンフィールドと顔を合わせた時に、この男が動揺を隠しきれず
にいたのをセレンははっきりと覚えている。あの時はからかうような、もしく
は呆れるような気持ちだったが、今になってあのぱっちりとした目の女に嫉妬
している。

「犬かお前…は…ん!!」
男の息が荒い。浅い呼吸を繰り返しながら夢中で乳首を舐める様は、まさしく
犬のようであった。
カラードのリンクスの中でも、とくにこの男が『首輪付き』と呼ばれるのは、
こういった獣性が見え隠れするからなのかも知れない。たった一度戦った相手
の性が手に取るように分かることがある。セレンも現役時代にそんな感覚を感
じたことがあった。
「じゅ…ずずず…ちゅ…」
「んっ!中々上手いじゃないか…〜!?」
一瞬、弾けるような快感が走り、セレンはビクリと背を反らした。少しだけ歯
を立てて、右の乳首が擦られる。
絶妙な力加減でのそれは、痛みと快感の黄金比を生み、セレンの体を痺れさせ
る。
(いかん…!!これは、蓄…積…する)
「うぁ…ひっ、ひぁ…ひぃ!!」
「セレンさん…声、可愛い…」
(まさか…私が…!?)
内なる被虐趣味を認めまいとするほど、体は快感を受け入れる。
「ひ!…イき……そ…」
「っは……嬉しいです…」
「イっ…くか!」
渾身の力を振り絞り、セレンが男を払いのける。呆気に取られている間に素早
く動き、男が気づいた時には上下が逆転していた。
「せ…セレンさん…?…は、派手なオーガズムで…」
「随分とやってくれたな、可愛がってやるぞ貴様」


笑っている。先程まで愛撫に鳴いていた女が、一変して猟奇的な笑みを浮かべ
ながらこちらを見下ろしている。これこそがセレン・ヘイズだ。
「どれ…」
「いきなりっ…ですか」
「悪くないだろ?乱暴なのも」
セレンの右手が、布越しに男のモノを鷲掴みにする。圧力が加わり、痛みが走
る寸前で緩んだ。
「うあ…!」
「ふふふ、固くなってるぞ?正直なものだな。どうする直に触って欲しいか?」
「…直で…お願いします」
チャックがゆっくりと下ろされ、熱に満ちた愚息が解放される。
「!!………中々のものじゃないか」
細く、しなやかな指が、屹立したそれを掴む。その昨日まででは信じられない
光景に男は息を荒げた。

(しかしこれは…)
−デカい…−
のだ。力強く脈打ち、ジンジンと熱を放っているソレは、セレンすらも少しだ
け臆させた。
当然この後するであろう連結の際、自分は良いように鳴かされてしまうのでは
ないか。この期に及んでもセレンは師としての顔を捨てきれずにいた。
「セレンさん…ヤバいです…ぉくっ!!」
「っ!?ひゃ!」
堪えきれなくなった男は、宣言もままならずに射精した。セレンは咄嗟のこと
に対処出来ず、手と顔に熱い子種を浴びてしまった。
「す、すいません!すいません!!本当に悪気は…」
まるで道で極道者にぶつかった一般人のように、男は泣きそうになりながら謝
っている。
「大した量だ…が、まだヤれるな?」
「えっ?は、はい…あの、怒ってないんですか?」
「なんだ?怒って欲しいのか?」
「い、いや…」
何故だか怒る気にはなれなかった。それどころか、顔についたのを少しだけ舐
めてみる。
「ふむ…いや、やはりそんなに良い味でもないのだな。ウィン・Dなどは…」
「ウィン・Dさん?」
「いや、なんでもない。それよりそこのタオルを取ってくれ」
後輩の性生活など、あまり言ってやるものでもないだろう。たとえそれが、普
段の顔と余りに違う、自分の男の為に全身で尽くす姿であってもだ。
「もう勃ってきたのか…」
「セレンさんが」
「ん?」
「セレンさんが…あんまりにエロいんで…」
また、年甲斐もなくときめいた。
セレンはシャツを脱ぎ捨てると、上体を倒してキスをする。離れると、顔を男
かの耳元に寄せた。直前で一拍躊躇ったものの、意を決してそっと囁く。
「まだまだ、こんなもんじゃあないぞ」


ノーマルから被弾した数だけ罵倒するセレン・ヘイズが、ミッションで苦戦し
た日には並のネクストより厄介なセレン・ヘイズが、不機嫌な時にはコジマキ
ャノンより恐ろしいセレン・ヘイズが、いま全裸で自分と繋がり、腰を振ってい
る。セックスをしている。
その光景があまりに非現実的なせいか、セレンとの行為があまりに気持ちいい
せいか、男は目眩がした。
今まで七割が説教だった口からは艶やかな嬌声が漏れ、いつも櫛で綺麗に梳か
れた髪は、振り乱され行為の激しさを物語っている。
切なそうに眉を寄せる顔がどうしようもく魅力的で、男は体を起こして深いキ
スをした。
「んっふぅ…っんは…ずず」
好きに使えと言わんばかりに、セレンは積極的に自分の口腔へ男の舌を導く。
無意識のうちに見える本性。男はそのお誘いに乗って勢いよく侵入した。歯茎
を、頬の内側を、舌を、セレンの口の全てを丹念に味わうように動く。セレン
もそうされることに喜びを覚えているのは明らかだった。
「ちゅ…んく…んく」
口と性器、上と下で繋がる喜びが行為を激しくさせる。いつの間にか再び形成
は逆転し、セレンは男の下に敷かれていた。
「あぁ!!っぁあ」
「セレンさん…!」
「良いぞ!あっくぅ!!」
「もう、自分イキます…!!」
引き抜こうと引いた腰を、セレンが脚を絡めて邪魔をする。
「構わん!出せ…!!はぅ、熱…ああん!!」
汗が滲み出る。どっと来た疲れで、覆いかぶさるように倒れると、すぐ近くに
セレンの顔。どちらが言うでもなく優しいキスをしながら眠りについた。



−何をしているのだ…?−
目の前の光景が信じられない。男は見たこともない冷酷な顔でセレンの後輩、
ウィン・Dを犯している。らしくもなく、泣き叫ぶウィン・Dが不意に雲のように
掻き消えたかと思うと、瞬間で自分の服が消えていた。犯される。自分も後輩
のようにただ男の性欲のままにモノとして扱われるのだ。それだけはいやに鮮
明に理解できた…


「っ…!?」
目を開けば、見慣れた自分の部屋。
(今日の今日であんな夢…最低だな、私も…)
自分を唾棄しながらも、夢で良かったと一息ついた。
「ん?」
男がセレンの胸に顔を寄せて震えていた。まるで闇夜に恐怖する幼子のようだ。
「大丈夫か?」
「すいません…止まらなくって」
「良いさ。何かあったら言えと言っただろう」
「引かれてたんです。間違っているはずなのに、狂っているはずなのに、クレ
イドルを鼻歌混じりに襲撃出来る強さに…。もしかしたら、自分が襲撃してた
んじゃないかって…」
男は喋った。包み隠さず、弱さをセレンにさらけ出した。セレンにはそれが嬉
しかった。
「セレンさん…もし、自分がオールド・キングみたいになったら、セレンさんが止
めて下さい…」
「あぁ、その時は山ほど説教してやるさ」
ぎゅっと抱き寄せる。今は、これで良い。震えもようやく収まった。
「もう寝るぞ」
「セレンさん」
「なんだ?」
「…愛してます」
「あぁ、そうだ。弱音はげんこつ付きだとも言ったはずだったな」
男が半ばおどけたように目をつむる。セレンはそっと額に唇を落とす。
「愛しているよ」
それ以上は何も言わず、寝ることにした。

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