気がつけば俺の体は床に倒れていた。
周囲は暗く、何があるのか…ここはどこなのか、それさえもわからない。
とりあえず立ち上がろうとすると、今度は激しい吐き気と頭痛を覚えた。

所謂「最悪」な状況だ。長時間ネクストに乗った後などよりもずっと酷い。
おまけに周囲には噎せ返るような臭いばかりが漂っているときた。
「……早くここから出よう…。」
少しずつ強まっていく頭痛に、俺は耐え切れなくなっていく。
ぼんやりと光っている扉の開閉装置に向かって一歩足を踏み出した。
「ぐほぁっ!?」
何かを踏みつけたような感覚と足元から響く悲鳴に俺はたじろいだ。
闇に少しずつ慣れていく視界――そして最初に見えてきたのは顎髭が特徴のチンピラ風の男。
――確か…カニス?だっただろうか。ビール瓶を抱きながら白目を剥いている。
白目の理由は――恐らくは踏みつけてしまったせいなのだろう。
ただただ、俺は苦い顔をするしかなかった。
だが、よく見れば倒れているのはこの男だけではない。

GAのローディーに王小龍。新人のダン…。
挙句の果てには、セレンさんまで倒れていた。

それと一緒に床やらテーブルやらに無造作に散らばる大量の酒瓶。
どうやら、この「臭い」の元凶はこれのようだ。
ここでようやく思い出した。俺の身に何が起こったのか…。



「えー…という訳で、初AF撃破記念のパーティーをここに開催するッ!」
セレンさんは、ビールがなみなみと注がれたジョッキを掲げながら叫ぶ。
それと同時にテーブルを囲みながら歓声を上げて同じようにジョッキを掲げる男たち。
俺は俺で、何が起こっているのかよくわからない状態でテーブルを囲まされていた。
「あのランドクラブを難なく撃破とは…この新人君にも期待が持てそうじゃないか。」
笑いながらジョッキを傾けるローディー先生。
立志伝中の英雄とも言われる彼に褒められるとなんだか嬉しくて笑みが漏れた。
「そうね。この子、才能あると思うわ。」
そう言いながら微笑み、俺の頭を優しく撫でるメイ。
何となく子供扱いされてはいる気がしたが、不思議と嫌な感覚はしない。
その掌の心地よさに、俺はついつい目を閉じてしまうくらいだった。
それが気に入らなかったのだろうか、セレンさんは一人だけ不機嫌な顔でビールを煽る。
「ふっ、こいつもまだまだ甘いガキなのだがな。」
セレンさんはそう言うと、顎をくいと動かしメイ都は反対の隣にいるカニスに何かを指示した。
俺は一瞬戸惑った。しかし、その一瞬の間にカニスは俺の体を羽交い絞めにした。
「…ふふ…私がお前を男にしてやろう…。」
セレンさんは黒い笑みを浮かべたまま、ビール瓶を一本口をあけて俺のそばに歩み寄ってくる。
俺は必死にもがいたが、背後のこいつには力が敵わない。
「へへ……マッハで泥酔状態にしてやんよ!」
奴がそう言った瞬間、セレンさんの手に握られていたビール瓶の口が俺の口に押し付けられた。
息をする間もなく流れ込む苦い味――流れに逆らうこともできない。
体がゆっくりと火照っていく。喉にも焼かれるような感覚が走る。
その熱が頭の中へと達した瞬間、俺の意識はゆっくりと闇の中へと沈んでいった。



部屋を出て、無機質な廊下の壁にそっと凭れかかった。
どこまでも続いているような錯覚さえ感じさせる真っ白な廊下。
いつもはウンザリするような光景が、今この時だけは天国にさえ思える。

そっと後ろを振り向けば、ルームプレートに刻まれた自分の名前――よくよく考えれば、
この部屋は自分が企業連に宛てられた部屋だ。

なぜ、何の遠慮もなしに人の部屋で泥酔して眠っているのだろうか。
そう考えると妙に腹立たしくなり、痛みがひどい頭が余計に熱を帯びる。


「あら……貴方は…。」
突然に聞こえてきた声の方向に向かってそっと顔を向けてみる。
「……え…メイ…さん?」

そこには緑色の長い髪が目立つ、少女のようなあどけなさを感じさせる女性が立っていた。
服装はパイロットスーツではなく、寝間着のような前留式の衣服。
そう言えば――先ほど自分の部屋に彼女一人だけ居なかったことを思い出す。
「顔色悪いわ。大丈夫?」
くすくすと笑いながら彼女は尋ねる。姉のような優しさを感じさせる笑顔に俺は返答に困った。
「……大したことじゃない。」
俺はただ、平静を装いながら答える。
この世界にいるのならば…出来る限りは――誰かと深くは関わらないほうがいい。
だから、無駄に心配をかけさせることはしないほうがいいし、心配する必要もない。
――そう思っていた。少なくとも、俺は。

「それなら私の部屋に来るといいわ。少しは落ち着くかも。」

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