学園徒然記

 その日、オールドキングは一人校舎の外をぶらぶらと歩いていた。
 別段、目的があった訳ではない。強いて言うならば、何時もの様につまらない授業をサボったぐらいだ。
 時間は昼前、当然だが授業中だ。遠くのグラウンドから威勢の良い声が届く。サッカーでもしているのだろう。
 しかしながら、こうして彼が外を歩いていても誰一人としてすれ違わない。せめて、サボる前にリンクスでも誘ったら、と後悔する。
「暑いな……」
 夏でもないのに、こうしているだけで額に汗が浮かんだ。
 まだ、夏ではないというのに。カンカンに照りつける太陽を避ける為に、日陰になっている所に足を運ぶ。
 だが、日陰に足を踏み入れようとした瞬間、彼は足を止めた。
 そこには、花が咲いていたのだ。日陰にも関わらず、凛と。
 彼は花の知識は皆無だ。だから、その花が何なのかは知らない。だが、美しい花びら、奇麗に広がる葉が、彼の目には新鮮な「何か」に映っていた。
「……」
 沈黙がおとずれる。
 彼は、オールドキングはこのRN学園では不良として通っている。
 ORCA旅団とかいうグループに誘われ、一員となっている今でも彼らとつるむ事は殆どない。
 そんなレッテルを貼られている彼だが、その足を花の上に向けるのを何故か躊躇った。後一歩進めば、日陰に入れるにもかかわらず。
 花をじっと、見下す。
 やがて、彼は膝を地面につけ周囲の土を掘り返し始めた。花の根を傷つけない様に、丁寧に。
 数分の後、花は、彼の両手に抱かれていた。土で、薄汚れたその手の中に。
 オールドキングは、花を見て満足げに笑みを浮かべる。
「こんな所にいたのか」
 そして、癖になっている鼻歌を歌おうとした直前、背後から男の声がした。
 驚き、振り向く。その声に聞き覚えがあった彼は、声の主の表情を見て眉間にしわを寄せる。
 自身の叔父であり、この学園の数学の教師でもあるサーダナが、そこに立っていた。
 表情からは、別段授業を抜け出した事を咎める様な様子は無い。だが、それがオールドキングの機嫌を良くするものでも無い。
「何だよ。授業サボった事でも叱りに来たのか」
「いや……。お前のような人間が説教されても、授業にすぐに出る筈はない」
 花を背中に回しながら、オールドキングが突き放す様に言葉を発する。一方のサーダナは、少しだけ思案した後に端的に応えた。著名な数学者だからなのだろう。その口ぶりには微塵も疑いの念が無い。
「まあ、身内として心配になってな。……それにしても珍しい事をするな、お前も」
「……っは。偽善者がよ。選んで花を育てるのがそんなに上等か」
 まるで気恥ずかしさを追い払うかの様に、オールドキングはサーダナを睨む。
 しかし、サーダナはひるむ事無く、むしろオールドキングに対して、一歩詰め寄ってみせた。
「やはり……新しい。惹かれるな」
 サーダナがほんの少し、口角を上げる。
「……気味が悪ぃ」
 かえってひるんでしまったオールドキングが、目線をそらす。
 どうも、幼少の頃からサーダナという人間が、オールドキングにとって苦手であった。
 全てを見透かす様な物言い。否定する事も、肯定する事も決してしないその態度。
 何故だか分からなかったが、オールドキングは何時の間にか、サーダナを避ける様になっていた。だから、突然このRN学園に編入する事になって、更にこの学園に彼が先生としている事を知った時は、驚きを通り越し、怒りさえ覚えた。
「花を育てるなら、園芸部に聞いた方が良いだろう。放課後、ビルバオという生徒に会うと良い」
 サーダナはそれだけ言うと、踵を返した。
 その動きは、数年前、彼の元を離れる時のそれと酷似していた事を、オールドキングは思い出す。
 また、先を越された。奇妙な劣等感を覚えただ立ち尽くす。
 何処かで、授業終了を伝えるチャイムが鳴っていた。

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Wiki内検索

編集にはIDが必要です