注意点は4つ

・fa主人公メイン
・>>265からの続き物
・エロ無し
・戦闘も無し

以上の点に留意して下さい。








 白いモノトーン調のタイルの上を、古めかしい鋲打ちブーツの靴底が闊歩していく。

 他のそれとは違う、自分に向けて一直線に迫ってくるその足音を気取った青年が、背後を振り返る。
「よぉ。暫くぶりだな」
 深緑色のレーシングスーツの上から革のジャンパーを羽織った長身の男が、ひょいと手を上げる。
「あれ……」
 見覚えのある容姿に、聞き覚えるある声。
 青年よりも頭一つは背が高く、赤と黒のメッシュを入れたミディアムカットの髪の合間から覗く接続
 ジャックが同業者である事を雄弁に語り、青い切れ長の双眸には闊達な光が見て取れた。

「こんな場所で何しているんですか、ロイさん」
 一つの協働ミッションと複数回に渡る情報交換で顔馴染みとなっていたその男に、青年が答える。
「おいおい……こっちの台詞だぜ、それはよ。日頃の骨休めにしても、ここは俺らみたいな野郎共にはちょいとばかし退屈すぎる場所、だしな」
 コキッと肩を鳴らしてから、ロイ・ザーランドは大袈裟な溜息を漏らして見せていた。

「ごもっともですね。まあ、ショッピングモールって言ってもここはマシな方ですけど」
「意見が合うな。俺も自分で選んだとはいえ、ファンシーショップやらには正直参っていたところだ」
 げんなりとした表情で肩を竦めて首を振る手練のネクスト乗りに、青年が苦笑を浮かべて頷く。
 恐らくは、ロイも自分と同じく異性の連れを伴っての来店だったのだろう。
 余りといえば余りの異世界振りにそこからの退避を決め込んだ青年も、ロイと同属だったのだ。
「生身とは言え、リンクス同士が向かい合うには雰囲気って物に欠けるてるもんなぁ」
 周囲に立ち並ぶ洒落た外観のインテリアショップや雑貨店を一瞥し、青年はそう呟いていた。

「しかしまあ……随分と派手にやられたみたいだな。―――ま、観光名物を一つ増やしちまったんだ。その程度の傷は当然っちゃあ、当然か」
 ジャンパーの胸ポケットからシガレットの煙草を取り出したロイが、青年の顔をまじまじと見詰めて関心半分、呆れ半分といった感じの声を漏らした。
「そうですね。正しく、当然の結果でした。あははは……」
 頬の下に薄っすらと青痣を作り、首筋には湿布を貼り付けた青年が乾いた笑い声を上げ、頭の後ろをぽりぽりと手で掻いてその言葉に答える。

 引っ掻き傷や平手の後を残してない辺りが、実に巧妙だ。
 被害を与えてきた主に対して、青年はそう思わざるを得ない。

「お前さん、変わっているな。普通は自慢話の一つでもするか、無視を決め込むところだぜ」
 青年の反応を謙遜として受け取ったロイがそう評し、手にした煙草に火を付けてそれを味わう。
「自慢……ですか」
「ああ。何だかんだで、あのマザーウィルを沈めたんだ。欠陥や形式の古さに陰口を叩かれはしても割に合わない獲物だとリンクスの連中にも避けられ続けていたんだぜ、アレは」
 合点の行かない表情で自分を見上げてくる青年に、ロイが皮肉の笑みを浮かべて煙を吹かす。
「それは別段、可笑しい事じゃないでしょう。俺だって、理由も無く依頼を受けたりはしませんし」
「理由、か。やっぱり、お前さんは変わってるぜ」
 ―――イカれてるとも言うがな。
 まるでどこかの誰かさんの言葉を聞いているようだと思いながら、ロイはその笑みは崩さずにいた。

 
 変わり者。
 幾度と無くそう呼ばれ続けてロイにこそ、その言葉の本当の意味がわかっていたのかもしれない。
 彼がこれまで相対した人間からは感じなかった、例えようの無い違和感を青年は持っていた。

 ロイの浮かべていた笑みは、自身へと向けられていたものでもある。
 BFFの擁していた角の磨り減った鬼札相手に、理由を付けて無関心を装っていたのは事実なのだ。
 だが、そのマザーウィルの最後を見届けたはずの青年を前にしている自分は、どうか。

「この間教えてもらったライフグローブ。早速使ってみたんですけど、凄く良かったですよ」
「そうか。あそこのは、いい意味で使い捨て前提だからな。気に入ったならスペアは確保しておけよ」
 ―――悪くない気分でいやがる。
 他愛の無い会話に興じながら、ロイはつい首を傾げたくなる様な衝動を静かに堪えていた。

「―――さん。ロイさん」
「ん……聞いてるぜ」
 心配げな様子で自分に呼びかけてきていた青年に、生返事をロイが生返事を返す。
「いや、火です。火。煙草の」
「あー、わかって―――っ、あっちぃ!」
 口元にまで迫ってきていた紅点に唇を焦がされ、慌ててロイが手でそれを払いのけた。
 何時の間にと、慌てて床の上に目をやってみれば、白い燃えカスが散らばっている。
 ―――とんだ間抜けさだ。ロクに味わった覚えすらないと来ている。

「だ、大丈夫ですか」
 見当違いの後悔をしているロイへと、青年が心配げな声をかけて来た。
「うおー、あっつぅ……いや、驚いたぜ」
「それこそ、こっちの台詞ですよ。あー、びっくりでした」
 真剣な面持ちで呟くロイに対し、青年が呆れ声になりながら大きく息を吐いた。
「女の人の事でも考えていたんですか。さっきから、仕事絡みの話ばかりでしたし」
「人をまるで遊び人のように言うな。大体、今日の連れだって仕事絡みと言えば仕事絡みだ」
 顔をしかめて下唇の辺りを指で擦りながら、青年の指摘に対してロイが弁明の声を上げる。
 相手にしていても迂闊に気の抜けない辺りは、仕事と同じようなものだとロイは思っていた。
 ―――そんでもって、こいつの前ではこの腑抜け振りか。
 そうは思ってみても、これが戦場であったならば、とはロイは考えない。

 何故この邂逅が戦場ではなかったのだろう。それだけを、薄ぼんやりと考えてみるだけだった。

「また、話聞いていませんね」
 笑う。生身で向かい合い、実際に話すのはこれは初めてであったが、それでも青年は笑っていた。
 捉え所といったものを持たない、目の前のこのネクスト乗りの男の事が青年は大好きだった。
 恩もある。
 初の対ネクスト戦では、緊張の極限に達していた自分の肩の力が抜ける様な、余裕の口振りとそれを裏切らぬ熟練の立ち回りには随分と助けられた。
 独立傭兵達とその取引相手達が、秘密裏に情報とその対価の交換を行う仮想空間へと、素人丸出しの取引を行いに来ていた時にも、先輩面の一つも皮肉の一言も無しに、真剣な態度で応じてくれた。

『また誘ってくれよ こういう仕事なら大歓迎だ』
 別段有益な取引相手とも言えないだろう自分を相手に、ロイは決まってそんな言葉を告げてきた。
 ―――物好きな人だな。
 最初にそう思って、今でもやはりそう思っている。
 無論相手にとって無益な取引を行うつもりは青年にはなかったが、それでもやはり無い袖は触れずロイの引き出した情報に対して、明らかに不釣合いな内容を提示した事もあった。
 美味い話には裏がある。その裏を見せないのが一流であり、見せるのは三流。間はない。
 その事如くに、ロイという男は当てはまる気もしたし、逆にそうでもない気がしてならなかった。

 ―――貴方にとって、一体、何の得があるんですか。
『ま、本当に後ろ盾無しでやっていけるなんて思っちゃいねえさ。繋がりは大事だろ、繋がりは』
 何度目かの交渉の後に思い切って青年が尋ねてみると、ロイは迷うでもなくそう答えてきた。
 繋がりとやらの選択基準までは聞かなかった。

 単に吹き出してしまったので、聞けなかっただけかもしれない。
 だがそれは青年にとっては些末な事柄に過ぎなかった。



「やばっ、こんなもう時間ですか」
 あれやこれやと話し込む内に時は進み、それに気付いた青年が焦りの声を上げる。
「ん……げ、マジか。さっきまではブッ壊れたかっていうくらいに進んでなかったのによ」
 青年のその反応に釣られて、ロイも身に着けた腕時計を覗き込んでボヤく。
 スケジュール性のある行動というものから掛け離れた二人が揃ってしまえば、そんなものだ。

「ちょっと名残惜しいですけど。続きはまた縁があれば、って事で。時間取らせてすいませんでした」
 相手の方にもごめんなさい、と付け加えて青年がペコリと頭を下げる。
「気にすんな。こっちこそ退屈せずに済んだ」
 頭の中では既に適当な言い訳を考え始めながら、ロイは青年に向けて唇の端を吊り上げて見せた。
「そっちも仲良くな。結構有名なんだぜ、お前さん達のコンビぶりは」
 そしてそのまま、にやりと悪戯小僧の笑みを浮かべながら続ける。
 独立傭兵達を中心に、新星の如く現われた青年と素性のきな臭さに溢れたその相方の噂話は膨らむ一方で、かく言うロイもその吹聴に一役買っている側だった。
「ギガベースを一撃で沈めたとか、マザーウィルを無傷で破壊したとか、そんな無茶な話ですか」
「そいつはまた、大袈裟が過ぎるな。俺が受けたのなら兎も角よ」
 げんなり、といった感じで肩を落して溜息を吐く青年に、ロイは同情の色を滲ませて首を横に振る。
 
 酷いヤツもいたもんだな。
 主に色恋の方向で与太話を広げていた彼は、本心から青年の事を案じて心の中でそう呟いていた。

「……っと、そろそろ本気でマズイな」
 連れの性格を考えずとも、経過しすぎた時間にロイが口元に手を当ててその表情を引き締めた。
「ですね。ロイさん、またの機会があれば」
「じゃーな。お互い、精々後ろだけには気を掛けてやっていこうや」
 挨拶だけで、ロイは青年からゆっくりとした動きで背中を向け、言う。
「……その後ろが、一番怖いんだけどなぁ」
 ぽりぽりと指先で頬を掻きながら、青年はロイには聞き取れぬ様に呟いた。
 

 突然、ロイの歩みが止る。
「―――あぁ、そういえば」
 地獄耳。自分の迂闊さを呪いながらそう思った青年の耳に届いた声は、想定していたものとは違うどこか他人に話しかける様な、ざらついた声音だった。
「最近、カラードが仕切っているオーダーマッチが、糞つまらねぇ」
 シュボッ。火が付けられる音がするが、青年の立ち位置からはその光を窺う事もできない。
「奴らの番付に興味は無いんだがな。まぁ、暇していたらどれだけ腐ってるか笑いにでも来てくれ」
「……わかりました」
 暫しの躊躇いを見せてから、青年が短く答える。 


 嫌味なやり方だ。
 自身に呆れはせずとも、少しばかり苛立ちながら、ロイは足早にその場を去っていった。
「No.7から、No.1……いや、全部か」
 男の背中を見詰めながら、誰にともなく青年が呟く。
 それが唯の数字の羅列か、権威の象徴なのかを知るすらも、別段悪くは無い事だと思えていた。
 認められたと思うのは、いつも悪い気分ではない。
 だが何より、そこから更に踏み込む機会が巡ってくる事が彼にとっての一番の楽しみだった。

「オーダーマッチの事、セレンさんに詳しく教えてもらおっと」

 時計は更に進んでいた。
 それでも彼女との待ち合わせの場所へと向かう青年の足取りは、とても軽やかなものだった。



                                                           <続く>

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