《―――AMS・接続開始―――》
 物言わぬ鋼鉄の歩兵。

 《―――メインシステム・起動―――》
 明けの寵児にして宵の忌み子。

 《―――VOB・スタンバイ―――》
 獣達に仕える背信の騎士。

 《―――ファイア》
 アーマード・コア・ネクスト。


耐Gスーツの特殊機構が作動して尚、恐ろしいまでの重圧が青年へと叩き付けられる。
 震える左手で以て残る右手と操縦桿を押さえ込み、意識をメイン・サイドのブースターの制御に
 絶えず集中し続け、無限にも感じられる荒涼たる砂漠と時を往く。
『Gメーター、耐圧機構、VOB制御システム。オールグリーン』
 愛機との限定的且つ内面的な同化を果した彼は、その通信内容を知覚するのと同時に機体各部の
 状況とその変化を明確に感じ取っていた。
 ―――いける。
 眼底から頭蓋に掛けて奔る、薄氷の上を滑走するかの様な緊迫感。
 首の根を経て全身を瞬く間に支配する、燃え盛る炎の如き万能感。 
 その二つの感覚にも心を委ねきる事なく、青年は次々と現われる熱砂の光景に別れを告げていく。

『スピリット・オブ・マザーウィルを確認。まずは奴の懐に飛び込む。超高速戦だ。目を回すなよ』
 音速の壁を突き破り、砂塵を切って駆け続けるストレイドの遥か遠方に灰色の牙城が姿を現す。
 声音に僅かに愉悦の響きを含ませて、セレン・ヘイズはその光景を心に焼き付けていた。

 灼熱の空を切り裂いて響き渡る飛来音。
 地を揺るがし砂塵を巻き上げて荒れ狂う轟音。
 廃墟が、かつての繁栄と引き換えに手に入れたその静寂を失う。

 お決まりの砲撃からその戦いは始まった。

 火線が三つ、閃いて迫り―――何事も無く過ぎ去っていく。
 VOBでの予定進路を変える事無く、ストレイドはマザーウィルとの距離を詰め続ける。
『主砲の精度はお粗末な物だな』
 リズミカルなテンポでコンソールを弾く音がコックピットルームにまで届いてくる。
「BFF社の名前が泣いていますね」 
 両の目は動かさず、両の腕は細かく躍らせて青年は機体を巧みに操る。
 軽口混じりのやり取りとは裏腹に、取り巻く状況の変化を見逃すまいと気を張り続ける二人。
 砲撃の終わり際を確認して、青年がメインブースターのスロットルを一杯に握りこむ。
 コジマ粒子の煌きを放ち、ぐんっと大きく弾けてストレイドが前方へと更に加速する。
「セレンさん、マザーウィルの近接砲撃パターンの拾い出し、頼みます!」
 声を上げて、出撃前に幾度と無く確認した各種兵装の起動トリガーへと一瞬だけ意識を移す。
 続けてVOBの使用限界を示すアラームを確認し、分離作業と分離直後の姿勢制御の両方の
 ガイドプランをAMSを介して瞬時に統制し、流れる様な動きでそれを終えていく。
『任せろ。だが接敵までは油断するなよ。旧型とはいえ、敵主砲の威力は馬鹿げて―――』
「うぅおぉぉぉぉぉりゃぁぁぁっ!!!」
 怒号。
 とうに主を失ったビルの隙間を縫い、オーバードブーストの轟炎を従えて影が躍り出る。
「ネクスト!?」
 叫び、考えるよりも速くパージを完了させたストレイドを操り、青年は闖入者へと身構えていた。
 瞬時にして交錯する二体のネクストの軌道。
 ドゴン、と鈍い打撃音を上げ、役目を終えたVOBユニットがひしゃげて弾け飛ぶ。
『キルドーザー・・・・・・弁えない解体屋か』
 馬鹿げている。続きを心の中だけで呟いてセレンはそのネクストの素性を誰にとも無く告げる。
「護衛なら、落す!」
 相も変わらず降り注ぐ砲弾を避け、青年は機体を砂の足場へと降り立たせて一声吼えた。
 一目で見てもGA製のパーツが目立つ機体構成にミサイルとグレネード―――そして鉄の塊。
「威勢がいいな、兄ちゃん!どすこぉぉぉぉぉぉおい!」
 ダミ声を張り上げて、キルドーザーがその腕に握られた武装を繰り出す。

 対ネクスト戦での使用を全く想定していない、正しく廃棄目的の施設を解体する事を本懐とした
 超短射程物理ブレード、GAN01−SS−WD。
 それがカラード登録No.30「チャンピオン・チャンプス」の愛用する得物だった。

「―――っ」
 反撃代わりに勇んで吼えてはみたものの。
 カメラの端に映し出されたVOBユニットの成れの果てと、眼前のネクストの動向。
 それに加えて、自機の保持している火器とその絶対数の頼りなさに青年は思わず舌打ちする。
『オーメル社の連中め・・・・・・ふざけた情報を与えてくれる』
 その様子を見守っていたセレンの声にも軽い苛立ちの色が滲み出る。
『元より、ネクストへの対処は想定外なのだ。まともに相手をする必要はないぞ!』
 どうする。
 通信の声を耳に入れながら青年は一つ自問をし、次の瞬間には操縦桿を大きく前へと傾けていた。
 素早い手つきでコンソールを叩き、敵機への集中を持続したままブーストによる移動を開始する。
 追撃のグレネードを放つキルドーザーを睨み付けながら、逐次入手される周囲の地形のデータから
 目的のものを逸早く見つけ出すべく、彼はAMSへと精神を集中させていった。
 ―――あそこだ。
 なだらか続く砂地の一角を崩す、巨大な起伏。
「来いっ!相手をしてやる!」
 吼えて機体を反転させ、バックブースターを吹かしながらアサルトライフルで数回、牽制を行う。
「だっしゃあぁぁぁぁっ!」
 三度繰り出される鉄拳を青年はのらりくらりと左右に機体を揺らして避け、尚も後退を続けた。
『主砲、直撃コースに来るぞ!』 
 その通信を追いかけるかの様にして、ストレイドへと襲い掛かるマザーウィルからの火線。
「っくぅ!」
 ビリビリと大気を振るわせる振動に青年は思わずその息を止める。
 熱砂が弾け爆音が響き渡り、辺り一面が一瞬大きく影に包まれる。
「・・・・・・ここなら、邪魔は入らないな」
 二機のネクストを覆い隠す程に巨大な砂丘は、マザーウィルからの砲撃を完全に遮断していた。
『―――しくじるなよ』
「了解」
 状況を見守るセレンの声に、短く答えて青年は右の人差し指をトリガーに掛ける。
「あんた相手に、無駄弾はここまでだ」
 水平に右の腕を構え、重心を僅かに低くシフトさせて眼前へと迫り来る標的を見据える。
 慣れ親しんだアリーヤのアームバイパスから、使い始めてまだ日も浅いインテリオルのそれへと
 高密度のエネルギーが流れ込み、次の瞬間に武器としての在るべき形が与えられる。
 空を震わせる解放音。青く分厚い、雷の如きその刀身。
 
 
 吹き荒れる砂埃を音も無く焼き切り、ストレイドは突進を開始した。

「やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 四度目になるレーザーブレードの直撃を真っ向から受けて、騒々しい解体屋は砂漠の彫像と化した。
『お前―――意外にムキになる性格なのだな』
「・・・・・・VTFは余計でしたね」
 目眩ましを兼ねて使用したミサイルを一瞬惜しんで、青年は本来の標的へと向き直った。
『グレネードの爆風以外、貰ってはおらんだろう』
 砂丘を背にして回避行動を取った際に爆発に巻き込まれた一幕を思い返し、青年は頷いた。
「グレもいい武器ですね。ああいう使い方もありか」
『・・・・・・作戦に集中しろよ』
 甲高い駆動音を立てて、ストレイドの背面部へと急速にコジマ粒子が収束し始める。
 息を呑み、耐Gスーツの作動を認識して視界の変化に青年は身構える。続けて襲い来る、圧迫感。
 
 呆れ気味の声を上げるオペレーターに返事代わりの急発進でストレイドは応え、疾走を再開した。

『副砲とミサイルが主な近接火器だ。中型砲と機銃も馬鹿にできん―――ノーマルの発進を確認!』
「流石に、懐に迫られれば焦りますか」
 怒涛の勢いと圧倒的な数で上空より迫り来るマザーウィルのミサイルを、青年は直進的な加速を
 繰り返してやり過ごしていく。
 通常兵器への有効武器として搭載されたそれは、音速に迫る速度で機動を行うネクストに対して
 その力を十分に発揮する事はできなかった。
 しかしそれは、逆に言えばネクストとて迂闊に足は止められないという事でもある。
「目標を射程内に捕捉。・・・・・・流石に多いな」
 彼我の距離が詰まるに従い、ストレイドのレーダーに映し出され始めた尋常ではない数の熱源反応を
 認めると、青年は息を一つ吐いて握り締めていたスロットルを緩めた。
『奴の本体下部は想定していたよりも火器の類が少ない。機銃を潰せば、当面の足がかりになるな』
「了解。ノーマルは無視して、そのプランでいきます」
 弾雨の直撃を避けて尚、コックピットを揺らす振動が次第に強まり始める。
 灰色の巨体を緩慢な動作で以て揺すり、鋼鉄の四肢を踏み鳴らす超弩級の移動要塞。
 
 
 数ある陸上型アームズフォートの中に在って、一際強い存在感を放ち続けるBFFの切り札。
 スピリット・オブ・マザーウィル―――その全貌が彼の視界の全てを覆い始めていた。

 ―――敵アームズフォートには、構造上の致命的欠点があります。
 事前のブリーフィングで、何故だか自信満々の口振りでそう告げてきた仲介人の声を思い出しながら
 青年は愛機の左腕に構えられたアサルトライフルの照準を定めて、トリガーを引き絞った。
 連続掃射でマザーウィルの下腹から顔を覗かせる機銃の一つを潰し、次の目標へと照準を巡らせる。
 曰く、仲介人。「構造上の欠点から、主要な砲撃機関を全て破壊する事により相手は崩壊する」と。
「それって逆にいえば、機関部の一点狙いで沈められない相手・・・・・って事だよな」
『何をブツクサと言っている。ぼうっとしていると、そいつに踏み潰されるぞ』
 機体を前後左右に無軌道に振りながら独り言ちた青年の声を、セレンが耳聡く聞きつける。
「そいつは御免ですね。ストレイド、これよりマザーウィルの目標機関を叩きに移ります!」
 手近な機銃の機能を停止させると、青年は標的の主要な砲撃機関に目星を付けて加速を再開する。 
 優先するのは甲板の各所に設けられたミサイルタレット、そして前面に配された二門の主砲。
 それで足りなければ他を叩いて回るまで。
 心の中でそう呟き、弾雨が降り止むと同時に青年はメインブースターを吹かしマザーウィルの影から
 飛び出すと、素早くVTFミサイルを起動させた。
 懐を取った以上、有効範囲内に措いては驚異的な破壊力を誇る大型主砲も単なる飾りへと成り下がる。
 ならば一番に優先して警戒するべきはミサイルタレットだ。
 そう判断した青年は最初の一基へのロックを完了し、迷う事無くミサイルを放った。
 白い噴煙の尾を引いて電子制御された炎の担い手がタレットに突き刺さり、甲板を赤く照らし上げる。
「流石に、一度の直撃じゃ潰れてくれないか」
『それも承知の上だろう。何度でも繰り返せ』
 次の瞬間、セレンのその言葉がまるで合図であったかの様に、ストレイドに向けて反撃が開始された。
 マザーウィルの至る箇所に備えられた近接迎撃兵装が火を吹き、ミサイルが上空へと放たれる。
 VTFの再装填を確認した青年は、操縦桿を巧みに操って迫り来るミサイルを地面へと置き去りにし
 大小無数の機銃が放つ火線の過半数を避ける。
 僅かに機体を掠めた銃弾をプライマルアーマーで弾き散らし、再びVTFを放つと今度はその着弾を
 待たずしてアサルトライフルを叩き込む。
 爆音。同時に頭上より降り注ぎ始める大量の金属片。
 再度、爆音。今度は間近で小さく。

 パイロットルームにアラーム音がけたたましく鳴り響く。
 おぞましい感触を伴って、青年の頭蓋の内へと流れ込む物言わぬ戦友の痛み。

『―――っ!』
 戦場より遥か遠くに位置する仮設のオペレート室に、セレンの鋭く息を飲む音が響く。
 彼女の視線の先にある、ストレイドの機体状況を事細かに表した小型ディスプレイ。


 そこには、機体背面部に備えられた特殊ブースターの異常を指し示す真紅の明滅が現われていた。

 落ち着け。
 そう自分を叱咤して、チリチリと身体中を走り回る不快感に耐えながら青年は自らが陥った状況を
 把握しようとコクピットの中で必死に両の眼を動かし続けていた。
『聞こえるか』
 青年のパニックが頂点に達する寸前に、緊迫感を帯びたセレンの声がそれを阻む。
「・・・・・・聞こえます」
 息を吐き、やっとの事でそれだけを答えて青年は操縦桿をゆっくりと押し込んだ。
『オーバードブースト機関の粒子収束変換回路と循環装置に許容を超える過負荷を確認した』
「ということは、通常の挙動には、影響無しってところですか・・・・・・へへっ」
 淀みなく機体の異常を告げていく彼女の声に、場違いな安堵感を覚えて青年は思わず苦笑を洩らす。
『呑気な事を言うものだ。帰投するまで、オーバードブーストの使用は絶望的なのだぞ』
「すみません。恐らく、空気を読めないおっさんに貰った爆風が原因ってとこ―――」
 軽口を叩きながらスロットルを握りこんだ直後、身体全体で感じた違和感に青年は口を閉ざした。
 重い―――。
 先刻まで感じられていた若々しい駿馬を駆る様な躍動感が消えうせ、代わりにあるのは泥の中で
 己の両足を捕られたかの様な疲労感にも似た重圧だった。
『どうした。機体の挙動が鈍っているぞ』
「メインブースターが、一緒に持って行かれたかもしれません―――っく!」
 またも迫り来るマザーウィルの重爆撃の余波に、ストレイドの全身が揺れる。
 何とか生きていたサイドとバックのブースターを噴射して凌ぐが、全ては避け切れていない。
『こちらでも確認した。メインブースターのチェックバルブ周りが誤動作を起こしている。垂直出力は
 正常な数値を示しているが、水平出力は予定の3割前後までしか推力を維持する事はできん』
「直撃を避けるだけならまだしも、走り抜けながらタレットを叩いて回るのは、絶望的って事ですか」
 当初のプランを捨て次善の案を練る必要がある。
 そう判断し、再び青年は機体をマザーウィルの本体下部にできた比較的安全な空間へと後退させるが
 その余りの挙動の鈍さに、思わず舌打ちを鳴らしていた。
「くそっ・・・・・・前方ブースト抜きじゃあ、やりにくすぎる!」
『敵ノーマルが接近し始めたぞ。警戒しろ!』
 思うように行かぬ機体操作に苛立つ青年の声を遮って、通信と衝撃が届いてくる。
 首を回し、自動的に報告される簡易損傷報告とレーダーに彼が目をやれば、迫る光点が3つ。
「こいつら、調子に・・・・・・乗ってぇ!」
 明らかな不調を見せるストレイドへと、二方から遠慮の無い銃撃が叩き付けられる。
『焦るなっ、奴らの狙いはお前を―――』
「これ以上、後手に回るのは無しだっ!」
 セレンが上げた指摘の声を振り切り、青年はクイックブーストを乱発し砂上に荒々しい軌道を描くと
 マザーウィルの前面に突き出た巨大なノーマル発射口へと機体を差し向けていた。
「元を潰してやる!」
『止めろ、罠だ!』
 プライマルアーマーの残存警告に続くセレンの制止の声を無視し、青年は機体を砂の大地から一気に
 上昇させて右腕に取り付けられたレーザーブレードを抜き放つ。


 それ待ち受けていたかの如く。
 否、明らかに待ち構えていた十数の砲門がストレイドを撃ち抜くべく、一斉に攻撃を開始した。

 異なる二対の閃光と衝撃。
 腕に残る強い手応えと、刻み込まれた息の詰まる圧迫感。
『AP、40%減少―――この・・・・・・馬鹿野郎が!』
 機内を振るわせる怒声に、青年の左手が微かに反応を示す。
「ぅっ、く・・・・・・すんま・・・・・・せん、セレン、さん―――」
『気をしっかりと持て!次が来るぞ!』
 機体の至る箇所から小さな火花と黒煙を上げてストレイドがゆっくりと落下し始める。 
 朦朧とする意識の只中に「回避しろ」という叫びが割り込んできて、青年は無意識の内に操縦桿を
 切りながら眼下に見える砂の大地との激突を避ける為のイメージをAMSへと送り込んでいた。
『くそっ、何て様だ』
 ぎっ、と歯噛みをしてセレンはこの劣悪を極める状況下から愛弟子を救い出す術を必死で巡らせる。
「めん・・・・・・ない、です―――」
『諦めるなよ。まだ打つ手はあるはずなのだ。それを見つけるまでは、何が何でも耐え凌げ!』
 途切れ途切れの返事を返す青年に、セレンは強い口調で言って聞かせる。
 彼女が腹を立てたのは青年に対してではなく、他でもない自分自身に対してであった。
 突然のアクシデントに正確な判断力を欠いたとしても、責められぬ程度の経験しか積ませていない
 新米リンクスを安心させ、敵方の思惑から守りきれなかった己にこそセレンは怒りを禁じえない。
『下は先刻のノーマル共が手薬煉を引いて待ち構えている。マザーウィルの胴体部側面に張り付いて
 ミサイルの直撃をやり過ごせ!攻撃は落ち着いてからでいい!』
 嫌でも自分が取り乱しているのが判る通信内容。
 それに対する返事はなく、代わりにモニター上に映るストレイドが覚束無い動きで機体のバランスを
 制御しながらゆっくりと移動を開始し始める。
 入りっぱなしになったストレイドの通信装置を通して、セレンの元へと響く断続的な爆発音と砲声。
 思わず身震いしそうになるのを必死で堪えて彼女は青年からの通信を待ち続けた。
「―――ごめん、な・・・・・・い、セレンさん―――もう・・・・・・」
『その程度なのか。お前は』
 衝いて出た、その言葉に思わずはらわたが煮えくり返りそうになる。
 静寂の後、聞こえてきた弱弱しい男の言葉を遮って彼女は通信を続けた。
『傭兵の仕事は諦める事ではない。生き抜く事だ。生きて次の戦場へと赴く事だ!諦めるな、立て!』
 どこまで、自分は身勝手なのだろう。
 己の行為に心底嫌気が差す。何様なのだと唾を吐きかけたくなる。
 それでも、セレンは叫び続けていた。
 
 
 ―――その問いは、どちらから投げ掛けられたのだろう。
 二人が出会って間もないある日の夕暮れ時に、全ては始まった。
「答えが、欲しい」
 大地も、空も、人々の心さえも荒廃したこの世界で、唯それを掴む為に。
 
 幾度と無く青年は立ち上がり、彼女はその手を差し伸べ続ける。

「―――こちらストレイド。作戦目標、スピリット・オブ・マザーウィルの攻略を再開します!」
 まだ、物言わぬ戦友は生きて自分に応えてくれている。
 主演役と飛ばし屋専門の靴が少しばかりイカレただけだ。まだ踊れる。
 弾に至ってはまだロクにブチ込んでもいない。これでは一体、何をしに来たのかわかりはしない。
 何より自分と戦友には、頼もしくも恐ろしい先輩が付いてくれている。
 きっと幸運の女神様なのだ。だから、負けの目は振れない。
 うん、と一度だけ大きく頷いて青年は奮い立たせたその意識を、内と外の両方に素早く疾らせた。
「セレンさん、脚で足りない部分は五月蝿いくらいにフォロー頼みます」
『っ・・・・・・了解した。任せろ』
 極短いその返事に感謝して、青年は周囲の状況に全ての感覚を傾け、手は細かすぎるほどに動かし
 マザーウィルの甲板と本体の隙間に潜ませたストレイドを移動させ、砲撃の網から何とか逃れる。
『完璧にとは言えないが、ミサイルの大部分はそこなら防げる。だがノーマルと機銃はそこかしこ、だ』
「オーライ。何とか上手く上に飛び出してタレットを破壊できないものですかね・・・・・・ぅおっと!」
 移動を続ける内にマザーウィルの巨大な脚部に張り付いたストレイドへと、熱砂の大地を揺るがす
 重厚な歩みの余波が直に伝わってきていた。
「くぅっ・・・・・・あらゆる点で目茶苦茶なスケールだな、こいつは」
 自発的に確認せずとも否が応でも耳と計器に飛び込んでくる衝撃と轟音に、辟易とした面持ちで
 青年は顔をしかめ―――そして首筋から伝わってきた感触から、ある不審な点に気付く。
「あれ・・・・・・」
『どうした。先程の被弾で別の障害が発生していたか』
 セレンからの通信にも、まるで上の空といった調子で青年は首を傾げる。
「いえ、何だかこいつ・・・・・・っ!セレンさん、分子浸透ソナーでここらを探って下さい!」
『ソナーだと?』
 いきなり突拍子も無い要請を繰り出してきた青年に怪訝な面持ちになりながらも、セレンはその指を
 コンソールの上に素早く走らせて作業を開始する。
「説明は後です!早く!」
『やっている。―――良し、ディザリングは掛けずにそちらに送るぞ。』
 その声からほんの僅かな時間を置いて、青年の手元へとマザーウィル周辺の探知データが届けられる。
「よし・・・・・・AMS・サブシステム・リンク、オフ。ソナーパターン・リンク開始」
 それを確認した青年の右の人差し指が、コックピット上部に取り付けられた青いスイッチを弾く。
 頭のどこかで、カチリと音を立てて戦友と彼の繋がりの一つが断ち切られ、代わりにセレンの元から
 送られてきたデータとの擬似的な一体化が開始される。
『システムを切る、だと。お前、戦闘中に一体何をしている!自殺行為だぞ!』
「・・・・・・・っ、メインはまだ切っていません。それに・・・・・・俺の勘が正しければ―――」
 青年の頭の中で、強引な手法でもって投射された大小様々な曲線が踊り狂う。
 何度目になるかも知れぬマザーウィルからの攻撃と、AMSを介しているとはいえノイズの除去も
 行わずに直接自身の身体に取り込んだ、荒々しい音波データに集中を乱されそうになりながら。

「――――――やっぱり、か」
 彼はマザーウィルが放ち続けていた轟音を、その目で視認する事に成功していた。

 予想外の要求に困惑しながらも、セレンは仄かな期待で持って愛弟子の行動を見守っていた。
 オペレーターは如何に優秀であれ、飽くまでオペレーターである。
 現実に戦場にあるリンクスのみが知りうる知覚、というモノが存在する事を知っていた彼女は
 不安に駆り立てられながらも、青年の集中を妨げぬ様に言葉を発さずにいられる。
 何であれ、私は私の仕事をするだけだ。
 独白し、セレンは必要・不必要に関わらず戦場のあらゆるデータを取り込み続け、彼を待つ。
 機体コンディションとAMSリンク係数と実反応の誤差修正値。
 不調の原因であるオーバードブースト機関と密なる関係にあるプライマルアーマーの出力状況。
 標的が備えた各種火器の最短・最長攻撃間隔と想定火力。作戦開始時との装甲損傷率の比較。
『―――む』
 膨大な数に及ぶそれらのデータの中の一つ。それに対して彼女の中の何かが反応を示した。
 次々に新たな情報を展開していた指の動きを止め、今度は細かな詳細を洗い出しに懸かる。
 マザーウィルの持つ全火器群の個別展開速度がサブディスプレイへと写し出され、セレンは更に
 その内の一つを大きくピックアップしていった。
 臭うな―――。
 己の直感に付き従いセレンの指先が加速的にその速さを増していく。
 《―――answer》
 早や演算の終了が画面に告げられ、そこにマザーウィルの誇る二門の大型主砲が映し出される。
『・・・・・・これは―――』
 その二つの砲座展開速度に、攻略開始前にはなかった明らかな時間差が表れているのを確認して
 セレンは低く唸る様な声を洩らしていた。
 建造から長い歳月が過ぎ去り、既に老朽化が始まって久しいとも噂されるマザーウィルならば
 この手の機関不調は珍しくはないのだろう。セレンはそう考える。
 しかし展開速度が落ちている片側の主砲は、つい先程血気に逸った青年がブレードによる猛攻で
 破壊したノーマル発射口が備えられた前部左側に鎮座しているものであった。
 
 暫しの時、彼女のその闇色の瞳が閉じられる。

「セレンさん、聞こえますか!こいつ、左胴体部に異常が・・・・・・軋みが見えます!」
『聞こえているぞ。こちらもマザーウィルの可動遅延を確認した。左側の主砲が明らかに鈍い』
 青年の見つけ出したものと、自分が感じたものがどこかで交差している。
 そんなあやふやな、確信とも云えぬ何かにセレンは一筋の光明を見出していた。
『恐らくは、お前が発射口を破壊した事が直接の原因だ。確信はないがな』
 この状況下で、いい加減な事を言うものだ。だが、青年も何かを掴みかけたのなら言うしかない。
 雑念を切り捨てて、セレンは尚も通信を続行した。
『オーメル社の仲介人が言っていた様に、マザーウィルは構造上の大きな欠点を抱えているはずだ。
 それもミッションガイドにあったモノだけとは限らずにな』
 響き止まぬ爆音の最中、青年は無言でストレイドを操りながら彼女の言葉を待ち続けた。
『これは、お前の言葉と手元のデータを元に考えた推測に過ぎんが・・・・・・マザーウィルはその巨体と
 全周囲に備えた膨大な量の火器を維持する為、その胴体部に常に負担をかけ続けている可能性がある』
 推測の後は検証だ。言葉を発しながらも彼女の手と視線は、既に次なる作業へと移り始めていた。
「―――そう考えれば、俺が感じた『音』の違和感も納得がいくな」
 呟いて、青年はソナーデータとのリンクを解除して再度AMSとの完全接続を果す。
「つまり・・・・・・外側の重しはそのままに、支えになっていそうな中心部を潰してまわれば―――」
『マザーウィルの駆動機関に痛手を与え、動きを抑制できるかもしれん』
 その答えを聞きながら、青年は左手で操縦桿のグリップを捻って機体を旋回させると、残る右手で
 コンソールを弾いて機体のエラーチェックを開始し始めた。
「推測に予測、期待の三重奏ですね」
『二流の指揮者のリードで良ければ、やってみるか』
 ふ、と微かにセレンが口元に笑みを浮かべたのが、機械越しに青年へと伝わってくる。
「靴が脱げたままで鬼ごっこをするよりかは、随分とマシそうだ。―――そのプランでやってみます」
『ならば、まずはもう片方の発射口をやれ。マザーウィルの反応はこちらから逐次報告する』
 こく、と頷いて青年はストレイドのバックブースターを軽く吹かしながら灰色の足場から飛び降りる。
 飛来するミサイル群、銃口を差し向ける無数の機銃。唸りを上げて旋回する砲塔。
 黒煙の空を抜け、青年は新たな標的へと駆け出した。  

 ―――まだ垂直は死んでないんだ。飛び跳ねて、十分に凌げる。
 雑念を捨て去り、青年は瞬く火線を掻い潜って踊りだす。
 サイドブースターとジャンプブーストを織り交ぜた動きでストレイドが砂上を走りぬける。
 狙うはマザーウィル胴体部と発射口との付け根。
 その一点に青年は照準を合わせ、引き金を引く。
 軽快な発射音を立ててアサルトライフルが火を吹き、マザーウィルの装甲に火花が飛び散る。
『8時方向、来るぞ!』
「了解!」 
 押し寄せる無数の砲弾を左右への動きとバックブーストで以て何とか捌ききると、青年は機体の
 上半身の姿勢を素早く動かして狙撃点を見上げる姿勢を取り、右指のトリガーを強く引き絞った。
 途端、青年の視界の全てが白く霞む。
「っ、くぅっ!?」
 突如発生した急激なGに、青年の息は詰まらせかけた。
 予想を遥かに超える勢いでストレイドが上昇し、次の瞬間には青白く煌くエネルギーの刃を装甲と
 装甲の間にある継ぎ目へと閃かせる。
 焼け付く光の残滓を残して、マザーウィルの重合金製の外皮に深々と描かれる灼熱の軌跡。
「―――こりゃあ、使えるぞ」
 眼前に映る結果よりも、そこに至るまでの過程に対して青年は驚きの声を上げていた。
『今の突進力を見るに、どうやらブレードからのチェックバルブは正常に作動している様だな』
「ちょいとばかし、腹が減りすぎますけどね。ヴァーチェ辺りだと思ってやってみますよ」
 不幸中の幸い。その言葉は口にせずに、青年は再度左手の引き金を引く。
 ぎぃ、と耳障りな音を立てて根元から折れ曲がり始めた発射口にまたも火花が散り、続けて大きな
 破砕音が辺りに鳴り響く。
 それを確認し青年はライフルの照準を一旦納めて、自動照準補正をオフへと切り替える。
『マザーウィルの各部駆動反応に遅延を確認。その調子だ』
「読み通り・・・・・・ビンゴ、ってヤツですね」
 普段通りの声音へと戻ったセレンの報告をヒュウと口笛を一つ吹いて返すと、襲い来るミサイルを
 バックブーストの連続でいなし、青年はブレードのトリガーを引き絞った。

 自らを光の矢に変えてストレイドはマザーウィルの前部甲板へとその身を躍らせていた。

 甲板の上で抵抗を繰り広げていたノーマルがまた一機、爆炎に包まれて崩れ落ちる。
 優れた射撃精度と弾速でリンクス達から高い評価を受けるBFF製のアサルトライフルから放たれた
 銃弾が甲板の上を無軌道に叩いて回ると、残る数機のノーマル達もその足場を失い滑落していった。
『前部甲板破壊。周囲の砲座の駆動遅延、及びに誤作動を確認した。―――ヘリポートも潰しておけ』
「そのつもりです!」
 馬鹿の一つ覚えといった感じで執拗に繰り返されるミサイルの集中攻撃を、ストレイドが円を描いて
 滑空する形で鮮やかに煙に巻き、ブレードを振りかざして次なる標的へと突進していく。
 空と鋼を裂いて疾る閃光と衝撃。今度は一揃いのみ。
『・・・・・・やれるものだな』
「インテリオルの近接兵装も、捨てたもんじゃありませんね」
『まあ、な。たった今、マザーウィルの通信を傍受した。内容については、お前の想像に任せておく』
 我が意を得たりといった口振りのセレンに、青年がニヤリと笑みを浮かべて頷く。
「お次は後ろを貰いたい所ですけど・・・・・・下はまだノーマルがうろついてるか」
『今現在の結果があるのは、地上戦を捨てて立ち回っているからだ。自ら調子を損ねる事もあるまい』
マザーウィル本体の射線に晒されるリスクを犯してでも、今は上を行け。
 言外に含まれたそのメッセージを了承して、青年は機体を宙へと飛び上がらせた。
『中型砲の火力も馬鹿にならん。奴らに簡単に狙いを定めさせるなよ』 
「留意します」
 青白い噴射炎を上げ、マザーウィルの上空を飛翔するストレイドにすぐさま幾重もの火線が追い縋る。
「っ!流石に、数が多いっ」
 放たれた砲撃の内の一つがストレイドの右胴部を捕らえ、機体全体がぐらりと揺れる。
 バランスを崩した所に、続けて大きな振動と炸裂音が青年へと襲い掛かってくる。
「ぐっ!こ、のぉっ!」
 プライマルアーマーの防護の上からであっても尚、ビリビリと激しく揺れる機体を強引に押さえ込み
 青年はマザーウィルの頭上を強引に越え、その後ろを取った。
「お返しだ!」
 マザーウィル自体を盾にする形で、定められた射線から青年は逃れるとそのままブーストを吹かして
 空中で素早く旋回し、銃撃とミサイルの発射煙とを一気に放った。
 成す術も無くその直撃を受け、後部に配されていたヘリポートが轟音を立てて崩れ去る。 
『マザーウィルの胴体部に大規模な駆動異常を検出!あと少しだ。気を抜くな!』
「はい!」
 ―――ガチンッ。
 セレンからの通信に勢い良く答え、ライフルの引き金を引き絞った青年の表情が凍りつく。
「た、弾切れ!?」
 焦り、ガチガチと遮二無二トリガーを引き続けるが、当然期待する様な反応は起きえない。
『馬鹿野郎っ、気を取られるな!』
 こんな初歩的なミスを。

 その言葉を口にするよりも速く、マザーウィルの機銃掃射がストレイドの背を捕らえていた。

 よりによって、プライマルアーマーをごっそりと持っていかれた直後の被弾。
 中型砲からの直撃から大した間も経たぬストレイドにとって、その一撃は手痛いものだった。
 サブディスプレイに次々と並びたてられる被害報告。
『―――なんだとっ!?』
 その内容の深刻さに、セレンは自分の全身から血の気が音を立てて引いていくのを実感していた。
『聞こえるか!VTFミサイルユニットに被弾を確認した!パージしろ!今すぐだ!』
 だん、と右の拳でコンソールを叩いてセレンが吼える。
 祈る、等という行為をしたのは一体、何時以来の事だっただろうか。

 ―――パージする?一体、何を?
 一瞬、彼女の言っている事の内容が理解できず、青年はあまりの息苦しさに目を閉じそうになる。
『自爆するぞ!頼む、反応しろ!』
 必死の声。戦闘中にはこんな声は聞いた事がない。自分は何か大きなドジでも踏んだのだろうか。
 淀んだ意識の中で、青年は身体全体に異常なまでの億劫さを感じながら片方の目蓋に力を込めた。
「・・・・・・ユニット、本体に多重ショート―――ミサイルユニット!?」
 激しく鳴り響く警告音と報告に、ようやく事の重大さを認識して、急激に意識を覚醒させた青年は
 慌てて背部兵装の切り離しにかかった。
 ストレイドの背部アタッチメントが音を立てて可動するのを背中越しに感じて青年はスロットルを
 一気に全開へと握りこんだ。
『ぼさっとするな!上昇しろ!』
 機内に鳴り響く怒声。
 半瞬遅れて、マザーウィルとストレイドとの間に紅蓮の炎が吹き荒れた。
 巻き起こり続ける炎と炸裂音、そして爆風。
 その脅威からストレイドは辛くも逃れて砂塵の空を漂っていた。
『生きているか!?返答しろ!』
「―――俺は平気です。唯、今ので飛び道具が尽きました」
 問いかけ、返ってきた言葉に安堵はするが、未だ予断を許さない戦況に変わりは無い。
 セレンはこの状況を打破すべく、思考を巡らせながら通信を続けた。
『もし、ブレードでの後部甲板の破壊が不可能と判断したらすぐに撤退しろ。いいな』
「弱腰じゃ、やれる事もやれませんよ」
『勘違いをするな。不可の判断状況を決めるのはお前自身だ』
 この状況下であっても尚手厳しいその指摘に、青年は思わず苦笑いを浮かべる。
 返しの言葉を思いつく前に収まりを見せた爆風の向こう側から、散発的な砲撃が繰り出されてきた。
 先程までより明らかに撃ち手側の統率に欠けたその攻撃を、余裕を持ってストレイドは回避する。
「後が無いのは、向こうも同じってわけか」
 正念場だ。
 そう判断した青年は標的である後部甲板から一旦距離を置いて、斬撃を見舞うチャンスを得るべく
 マザーウィルの左後方に位置する巨大な脚部の上へと機体を降り立たせた。
『あちら側は既に当たるを幸いに、と言った感じの攻撃だな』
 ピピ、と小さな感知音と同時にレーダーに映し出されるミサイル群の反応。
「各タレットが、バラバラに打ち込んでくればもっと怖いんだけどな」
 身体が覚えてくれた退避行動のタイミングに操縦桿を操る手を合わせながら、青年はストレイドの
 サイドブースターとマザーウィル自身の巨体を障害物として巧みに利用して避け続け、攻撃の手が
 止るのを見計らって目標の甲板目掛け、緩やかに上昇を始めた。
 詰まる距離。薬莢を排出し、再装填に手間取る機銃群。
 ―――いける。
 レーザーブレードを一閃し、後部甲板を溶断するイメージを描いた青年が、その右指に掛けられた
 トリガーを引こうとした正にその時。
 ストレイドが通り過ぎた砲座の内の一つが、重い軋みを上げてその砲身を回頭させていた。

『っ!』
 瞬間、彼女が鋭く息を飲み込んだのが青年の元へと伝わってきていた。
 咄嗟に全モニターに視線を走らせると、ストレイドの左後ろ側でその鎌首をもたげる一門の砲座が
 青年の瞳の中へと飛び込んでくる。
 回避。だが今はマザーウィルの四肢のすぐ傍。左に避ければ巨大な脚部に激突。右は地に待ち構える
 ノーマルの射線の真っ只中。上下に避けるには速度が足りない。バックブーストは直撃を受けるのみ。
 為らば、排除するのみ。
 瞬時に駆け巡る幾多の選択肢の内から、青年は迷わずそれを選び出した。
 機体がぶれぬ様、右の手に握った操縦桿をロックし左の手で旋回制御のグリップを素早く捻りこむと
 間髪入れずに右の中指でブースタースロットルを引き絞る。
 襲い来るGと、移り変わる視界。
 急転。ストレイドへと向けて射軸を合わせた終えた砲座がメインモニターの真正面へと映し出される。
「せいっ!」 
 吼える男と砲身。交錯する鋼鉄と光。
 刹那の時だけそれに遅れて、衝撃が二つ。
 
 マザーウィルの砲座はその姿を鉄の塊へと変え、青年の愛機はその右腕部を完全に失っていた。
 
『AP、70%減少。もう持たんぞ!』
 右腕部全壊。バックブースター排気異常。エネルギー供給率低下。メインカメラ反射板損傷―――。
 マザーウィルに接近しすぎていたストレイドの状況を肉眼では捉えられずに、セレンは機体状況を
 知らせる小型ディスプレイのデータから咄嗟の報告を行っていた。
「セレンさん!」
 撤退しろ。先刻の言葉を撤回してセレンがそう叫ぶよりも早く、青年からの通信が飛び込んできた。


 漸くレッドゾーンからの復帰を開始し始めたプライマルアーマーの残量値を確認しながら、青年は
 電光石火の早業で以てセレンの元へと向けてデータの送信を行っていた。
『―――座標、か』
「ヤツのミサイル発射からの到達までの時間予測を頼みます!」
 青年には既に彼女に対して説明をするだけの時間は残されていなかった。
『任せろ』
 彼女には元より青年の求めを跳ね除ける理由など在り得なかった。
 青年の道標と為るべく、セレンは再び己が使命の為に両の指を走らせていた。

 最早ブレードを振るう腕も無く、無数のノーマルと機銃をやり過ごす機動力も失われた。
 だが、手は尽きていない。
 削り取られていった選択肢の中に残された一つの答えに衝き動かされ、彼は動き始めていた。
『予測時間出たぞ。次の発射まで6.63秒、指定座標までの到達時間は4.78秒だ!』
「了解!」
 セレンが導き出したデータという名の道筋に自らの活路を重ね、青年は機体を推し進めていく。
 移動開始からの誘導誤差で、4.97秒。そんなところだろう。
 そう声には出さず、AMSでのコンマ00の合わせに集中し最後の標的である巨大な甲板へと迫る。
 9、8、7―――。
 各部に大き過ぎるダメージを抱え、正確な制動を欠いたストレイドが勢い良くその上へと降り立つ。
「つうっ―――」
 激しい衝撃が青年の全身を襲い息が詰まりそうになる中、全タレットから一斉に白煙を打ち上げた
 マザーウィルもまた、その巨体を大きく震わせながら激しい軋み声を上げていた。
 4、3、2―――。

『何をしている、回避しろ!』
 0カウントの瞬間でなくてよかった。
 心の中で胸を撫で下ろして、青年はストレイドの肩に取り付けられた特殊兵装を展開させた。
 
 勢い良く飛び出し、砂漠の空目掛けて一心に踊り狂う熱き道化達が電子制御のホークアイを備えた
 ミサイル群を突然のランデブーへと引き連れ、消え去っていく。
 後に残されたのは、満身創痍のネクストが一機のみ。
「PA、必要値までの回復を確認」
 首筋にチリチリとした痺れを感じながら、青年が残された最後の武器へとその手を伸ばす。
 《armor・shift-assault―――》
 マザーウィルの甲板の上で片膝を付いたままのストレイドが全身から淡い燐光を放ち始めた。
「あまり頼りたくはない代物だけどな。―――悪いけど、貰ってくれ」
 収束した高濃度のコジマ粒子の層が、喧騒に満ちた彼の世界に一瞬の静寂をもたらす。


 光が、全てを塗り潰した。

「第五ブロックに火災発生!」
「第三ブロックもです!」
 入り乱れる通信と砂塵の渦。
 至近距離でのアサルトアーマーの一撃はマザーウィルの甲板のみならず、マザーウィルの機関部
 そのものにも致命的な傷跡を残していた。
『・・・・・・えるか!マザーウィ・・・・・・が―――し始めた!撤・・・・・・しろ!』
 ブツブツと途切れ途切れにセレンからの通信がストレイドのコックピットルームへと届く。
 
 飛散する鋼材。次々に巻き起こる爆発。崩れ落ちる硝煙の要塞。全てを覆う熱砂の嵐。
 その只中を、漆黒のネクストが覚束ない足取りで以て進んで行く。 

 
 主の帰る場所と次の戦場。
 その身に冠した名の通りに、その二つを目指し続けて。
  

「締りがつかないですね。我ながら」
 可愛らしい絵柄がプリントされた絆創膏を頬に貼り付けて、青年が大きな溜息を吐く。
「詰まらん事を妙に気にするのだな。お前は」
 意気消沈、と言った面持ちでハンガーの手摺にもたれ掛かる青年とは対照的に、壁に寄りかかった
 姿勢でセレンは「ふぅ」と深く息を吐いた。
「いや、あそこまでやったなら、やっぱ自力で帰投したいですよ。やっぱ」
 修理ドック行きが既に決定された己の愛機を見上げて、青年はまた一つ溜息を吐いた。
「無理を言うな。大体、あの状況下ではアサルトアーマーが発動できない可能性も十分にあったのだぞ」
「そこはその・・・・・・PAがまともに展開できてたし、AMSからの手応えもあったし、いけるかなと」
 しどろもどろといった感じで返答を返す青年に、今度はセレンが溜息を吐いてその瞳を伏せる。
 暫しの間、整備員達の声と作業音だけが二人の間に流れた。
「まあ・・・・・・なんとか、一端の傭兵になってきたな。お前も」
「―――へ?」
 不意に告げられたその言葉に、青年は間の抜けた声を上げて振り向く。
 愛弟子から珍しいものを見るような眼差しでじっと見つめられると、彼女は壁から身を離して満足気な
 面持ちで再びふぅと息を一つ吐いて、青年の傍へと進み出てきた。
「私とて、褒めるべき時は褒める。お前は良くやったよ」 
「・・・・・・そうですか」
 滅多に見せない微笑を浮かべ、賛辞の言葉と眼差しを送ってくるセレンから青年は顔をやや上向きに
 して視線を逸らすと、絆創膏が貼られてない方の頬を指でポリポリと引っ掻きながら答えた。
 気恥ずかしさに溢れるその仕草を見止めて、セレンは思わず口元に手を当てて苦笑を洩らす。
「笑うことないじゃないですか―――はーっ、何か一気に疲れてきた」
「すまん。詫びといっては何だが、明日から暫くの間はゆっくりと休め」
 やや寛大すぎる気もしたが、どうせストレイドもオーバーホールという名の長期休暇を与えるのだ。
 セレンは愛弟子の挙げた戦果を正当に評価したまでの事だと思い、自分を納得させていた。
「本当ですか!」
「嘘などついてどうする。そうだな、明日から5日間、好きにスケジュールを組むといい」
 我ながら太っ腹すぎるな。そう思いつつも目の前で喜色満面の笑顔を浮かべるリンクスに、セレンは
 その顔から部下を労う上司としての余裕の笑みをこぼれさせていた。



 その後の5日間のスケジュール全てに、自分が関与する事になるとも知らずに。


                                                            < 完 >

このページへのコメント

VcuYEi Muchos Gracias for your blog article.Really looking forward to read more. Really Great.

0
Posted by awesome things! 2014年01月21日(火) 05:02:33 返信

ONga9a Major thankies for the blog.Really thank you! Great.

0
Posted by seo thing 2013年12月20日(金) 12:30:40 返信

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