「今まで知らんかったが、こういうの良いな。ゆっくりしてて」
脚も動かないので、ネルに車椅子を押してもらって屋上に出た。今日は風も少
なく、暖かな日差しが幸福感を呼んだ。
聞こうか、聞くまいか。切り出そうとするがどうも躊躇われて仕方がない。
結局、お互いにそれとない会話をしながら花を見て回っていた。
「お花、好きなんですね」
「特別好きって訳でもないんだけど、名前分からんし。けど、なんか今はこう
いうの見てたくて…」
「それを聞いて、安心しました」
「何が?」
「貴方が、花に目を向けられる人で…。多分、クラインは花を愛でることなん
て出来なかった。いえ、愛でることを忘れた…そういう人だったのではと…」
「まぁ、クラインとはもっと違った形で会いたかったかな…」
「すいません!こんなこと言い出してしまって…ゆっくり休む時なのに…」
レオス・クラインと似ている。それは自分が一番強く感じていた。共感することが
あったのは、偽りようのない事実だった。
「良いって。それよりネルって案外詩人なんだな」
「そ、そうですか?……恥ずかしいです」
「俺は良いと思うよ。そういうの…」
(今言ったら、俺多分本気で好きになるな…)
「そういうの…何でしょうか?」
「あ、あぁいや。そういうの…何て言うかなぁ…好きだな。俺は可愛いと思う」
ちょっとだけ恥ずかしそうに頬を掻いた。車椅子が静かに止まる。
「一つ…お伺いしたいことがあります」
そういうネルの声は震えていた。男はただ一言良いよとだけ返す。風が止んだ
気がした。
「昨日の事ですけど…正直に言ってください。覚えていますか?」
「……帰り際の事、だよな」
それで既に応えになっていた。ネルの心音が聞こえて来るような錯覚に襲われ
たのは、この静寂のせいだろう。
「貴方が、フライトナーズと関わり始めた頃から…オペレーターとしての範を
越えた感情を抱いてしまっていました…生きて帰って来てほしい。言葉にすれ
ば同じですが、違うんです…」
「分かるよ…」
「えっ?」
「俺もそうだから。このミッションが終わったら、クラインとの戦いに生き延
びたら、ネルに言おう…そう、思って来たから。まぁ、まだ言えてないんだけ
どな」

「ネル、立たしてくれないか?少しだけ自分の目線に戻りたい」
「あまり無理は…」
「大したことじゃないさ。自力で立つから、やばくなったら支えてくれ」
「…分かりました」
歯を食いしばって車椅子から立ち上がった。筋や骨、その他もろもろ全身から
痛みを感じたが、一思いに体を動かす。うめき声が口から漏れた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ…。ネル、怒るなら後で怒ってくれ」
「?…わっ!?」
傷だらけの腕でネルを抱きしめる。言葉を拒むように、体だけで伝えるように、
精一杯の力を込めた。ネルの鼓動を聞き、自分の鼓動を聞かせたかった。
「…」
「……」
一緒の物を見ていきたい…−
口にしたか、体温と一緒に伝えたかはよく覚えていない。ただネルは一度首を
縦に振ってから男の背に手を回した。
「私で良ければ。貴方の側で」


木でありたい。高く高く、誰もなしえぬ高みへと飛ぶ鴉の止まり木でありたい。
そう願っていたネルにとって、鴉の方から止まりたいと言ってくれたのは、夢
のようなことであった。
おかしな止まり木だ。鴉の方に寄り掛かっている。いつもより少し距離を縮め、
肩が触れる程度の近さで町を見下ろす。見慣れた景色であるはずなのに、街路
樹しか緑のない町並みであるはずなのに、今日は輝いて見えた。
「クラインの事を根本的には間違ってない、もっと言えば、目指したものは限
りなく正論だった…そう言ってたよな?」
「はい…」
「俺もさ、嫌いじゃないんだ。むしろ引かれてるとこもあったぐらいだし。だ
からネルがクラインのことを理解してるときは嬉しかったんだ。なんとなく」
男はネルの肩に手を回してぐっと身を引き寄せた。
「まぁ、俺は革命とかクーデターとかそんなの起こす器じゃないから。手の届
く範囲の自由とネルが居ればそれで良い」
(あ…多分)
ネルは固く目をつむり、唇を出してその時を待った。少しして、自分のものよ
り硬い男の唇が触れた。

三ヶ月の入院生活で失った時間感覚は膨大な量のメールが強制的に取り戻させ
た。
地球政府は勿論のこと規模を問わず各業界の企業、果ては同業者からも便りが
届いている。まだ全てには目を通していないが、内容は大同小異だろう。
「そういえば俺のACは?」
「幸い、各社が進呈してきたパーツで完全に復元出来ました」
偶然のように言っているが、恐らくはネルが手回ししてくれたのだろう。一部
は通常の市場では手に入らぬパーツも組み込まれている。その苦労は想像以上
だろう。
「何から何まで、世話になりっぱなしだな。ありがとう」
「いえ、そんな…。それより………さ、先入ってきますね…」
「大丈夫だって、信じろ」
今日からネルと同棲することになった。仕事仲間が居れば対応が早い、まだ退
院したばかりでサポートが必要など様々な理由を付けられたが、一番の理由は
男と女の関係になったからだ。そして、この我が儘を通せるのは地球政府から
の報酬があるからだ。
ネルは今から風呂に入る。今夜、二人で夜を共にしようという男の提案に乗っ
たネルであったが、既に緊張しきっている。
「何度も言いますけど、初めてですから…リードしてくださいね?」
「分かってるって。なら一緒に入ろうか?」
「何言ってるんですか!?」
「冗談冗談、ほら入ってこいって」


今夜初めて性交渉をする。その男のベットに座りながらネルは様々なことに思
いを巡らせた。同棲を決心したときから、こうなることは分かっていた。心の
どこかではこうなることを望んでいた節もある。しかしそれでも未知への恐怖
は拭いきれない。
「はぁ…」
「ため息すると幸せ逃げるらしいぞ」
「〜!?」
「いや風呂上がっただけだろ…まだ心の準備は出来てなさそうだな」
「脱いでるほうが自然なお風呂の方が気が楽だったかも知れません…」
怖ず怖ずと男に近寄る。初めての男。自分を女にしてくれる男。額をくっつけ
て大丈夫だと囁いてくれる。そういう優しさが好きだ。

「とりあえず横になって。基本的に俺がするから」
男は丁寧にネルを寝かせた。寝かせてからキスをして、手をネルの胸へ当てる。
「どう?」
「くすぐったい…けど、なんか…」
「ジンジンする?」
「…はい。あの、脱ぎますから…明かり消してください…」
勿体ない、と思ったが、明かりが着いたままの状態はネルには厳しすぎる。不
満は残るがランプの明かりを極限まで絞った。ぼんやりと顔が見える。
「これくらいでオッケー?」
「あっ、はい…見えちゃってます…?」
「見えちゃうというか…」
「そ、そうですよね!これからもっと凄いことするのに…」
乾いた音がする。ネルが寝巻をたくしあげ、その肌を外気に曝す。男は思わず
抱きすくめて首筋に顔を埋めた。
「!?ちょ、ちょっと…服…ん!…畳ませて下さい」
「ごめん…止まんないと思う…」


初めてのことに身が竦んだ。こういうときに何をするのかなど、映画のベット
シーンと中高大学での保健体育の授業の話しか知らないのだ。
今まで見た映画の中では首筋にキスなどしていなかったし、乳房に吸い付くな
ど習わなかった。
男のしてくる何から何までが未知のもので、ひどく恐怖した。ただ時折こちら
の顔を見ては、大丈夫だと言ってキスをしてくれるのは嬉しかった。
「気持ち良くはない……?」
「わかりません…でもさっきよりジンジンしてます…」
「ん〜?こういうのは?」
「ひっ!?」
一瞬、何をされたのか分からなかった。どうやら乳首を指で摘まれたようだ。
全く意識していなかった事もあるが、声が出てしまうほどの快感が走ったのも
事実だ。
「あぁ、やっぱネルってちょっとそういうのあるんだ…」
「?……そういうのとは?」
「何て言おう、ちょっと強引にされるのが好きと言うか、少し痛いくらいがち
ょうど良いっていうのか…そんな感じの傾向?が若干あるなって思って」
「そんな…い、異常なんでしょうか?」
「いやいやいや、ごく普通な範疇…と思うよ」
どこか不穏な響きがあったが、考えてみれば、引率するより誰かに振り回され
ているほうが性に合うのは確かだった。

「じゃあ触るぞ?」
脇の下から背中に回されていた右腕が、下半身に向かった。目標は未開の秘処。
「ひっ…!!」
「力抜いて、大丈夫…ん」
キスで気持ちを緩ませながら、徐々に指を奥に進める。若干ながら湿り気はあ
る。それでも挿入、処女というならなおさらにまだ早い。
(……もしかしたら)
いくばかりか乱暴に舌でネルの唇を割り、口腔を余すことなく舐め回した。歯
をこじ開けてから、ゆっくりと唾液を流し込んでみる。一瞬、体を震わせて明
らかに動揺したが、男の思惑通り飲み下し始めた。
(あ、濡れてきた…)
唾液を嚥下するたび、舌を甘噛みされるたびにネルの秘処は潤った。
「やっぱネル凄い可愛いな」
「そんな……ありがとうございます」
その大きな目のせいか、ネルは実際の年齢よりも幼く見えた。その手の趣味は
ないが、今のネルは幼さと女らしいが混在し、とてつもなく魅力的だった。
(それもそうか)
今夜ネルは女になる。今はちょうどその過渡期に当たるのだ。
「んじゃ、挿入するけどなんかまずかったら遠慮せずにすぐ言えな。無理する
るようなことじゃないんだから」
「はい」


「っつぅあ…!!」
「ご、ゴメン!今抜くからっ…」
「待って…!!」
痛みは想像以上だった。たいしたことはない、好きな人のだから気持ちいい。
そんな話を同窓生から聞かされていたが、思わず涙が出るほどの痛みが走った。
「すいません、ちょっと驚いちゃって…私、大丈夫ですから」
「ネル…」
「だから、気にせず続けて下さい。ただ、キスして下さると、嬉しいです…」
心配はかけさせたくなかった。野暮であるし、今この時は心から安らげるとき
であって欲しい。それがネルの願いでもあった。
「じゃあ、キツかったらホントに言えうんだぞ…うんっ…ちゅ…」
「ぐ…んむ…はっ!んぃ…!!」
(やっぱりだ…この人とキスしてるときって本当に幸せで気持ちいい……)
やがてその感覚はネルの全身に回り、男性器が激しく動く膣に、劇的な変化を
もたらした。

「っあ!!」
「!?」
「今、凄い気持ち良かったです…!」
もう一度その快感が欲しくて、ネルは自ら身をよじった。
「これか?」
「!?…ふぁ!あぁん!!」
「ネルすっごいやらしい顔になってんな…」
「そんなぁ…い、いや…んん!!うんん!!!」
どうしたことか声が抑えられない。さっきまであんなに痛かった結合部から今
まで知らなかった甘美な快感が、突き上げられるたびに脳にまで走る。
「焼け…ちゃう…熱い…!!あひぃぃ!!ひっ!ひっ!!」
もうどうしたら良いのか分からず、快感が走る背を反らせ、ベットの上で揚が
った魚のようにじたばたと動いた。
「ネル…!ネル!!」
この男が自分の名前を呼んでくれる。それが嬉しくて仕方がない。
(もう…わかんない…気持ちいい……!)


「どっから記憶ない?」
「えと…体勢変えて四つん這いになって…あれ?そのあとにも体勢変えました
っけ?」
翌朝、妙に重たい体で何とかリビングまで出てきたネルは、男から渡されたコ
ーヒーを口にしながら昨夜の情事を思い返していた。というのも、男が言うこ
とには、『とても普段のネルとは思えない様相』とのことらしいのだ。ネルも
途中から酔ったような感覚になり、詳しく覚えていなかったから、何かあった
かもしれぬと起きた時から不安だった。
「自分が何て言ってたか覚えてる?」
「わ、私何か変な事言ってました!?」
「いや、覚えてないならいいや」
「ちょっと、本当に…!!」
−『ネル、今犬みたい』『犬でも良い!!私を飼って下さい!一生尽くします
から!!貴方だけを一生、一生愛します!!だから愛して下さい!はひ!ひゅ
ぃい!!』−
何故だかは分からぬ。が、その前後を急に思い出した。涙が出そうになるほど
恥ずかしく、コーヒーカップを持ち上げる力すら入らない。
「……思い出した?」
「………はい」
「あんま気にすることもないさ…俺もあの時はちょっとハイだったというか、
そんなんだったし。まぁ、事の最中は普通にあれくらい言ってくれた方が嬉し
いしな」
向かいに座っていた男が立ち上がり、またネルの頭を撫でた。不意に唇が重な
り、ネルのより少し甘いコーヒーの味が伝わる。
「甘いの、お好きなんですね」
「あぁ、少しキツいくらいのがちょうど良い。あ、ネルシャワーまだだよな」
どちらが言うでもなくネルの手を取り、二人はバスルームに姿を消した。

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