保守ついでに携帯から投下

彼が浅い眠りから覚めると同時に、それは再びやってきた。
絶望、後悔、そして頭痛。
彼は二日酔いの頭をゆっくりと持ち上げると、辺りを見回した。そして、シンクの横の戸棚に入ったアスピリンに目を向けたが、それを飲む気にはならなかった。
「なに、どうせすぐに痛みは無くなる。」
だれもいない部屋でそう呟くと、彼はソファーから立ち上がり、自分の目の前に広がっている、テーブルの上の惨状に目をやった。
そこには、役目を終えてただのゴミとなったビールの空き缶が散乱していた。
彼の娘が居たときには決して見られなかった光景だ。
彼は手を伸ばしリモコンを掴むと、正面にある小さなテレビの電源を入れた。
すぐにいつも通り冷静な、ニュースキャスターの声が聞こえてくる。
「昨日の午前10時頃、第3市街地で小規模な戦闘が行われました。レイブンがミラージュ社の輸送部隊を襲撃したことが原因だと思われます。
この戦闘でミラージュ社の護衛部隊は全滅、輸送車は破壊されました。また、付近の病院に流れ弾が着弾し、民間人に被害が出た模様です。
それでは次のニュースです…」
そのレイブンとは彼の事だった。
彼はいつも通り依頼を受け、それを達成した。
民間の建物に被害は出したが、彼自身それは初めてではなく、今の情勢では珍しい事ではなかった。
彼はその時、その建物が病院であるとは気がつかなかった。
気がついたところで何も変わらなかっただろう。
だがその病院に彼の別れた妻が入院していると知っていたら、少しは注意していたかもしれない。
そして、その妻を、彼と別れた妻の一人娘が見舞いに行っていると知っていたら、腫れ物を触るような慎重さで戦闘を行ったに違いない。
彼がようやくその事を知ったのは、娘へのみやげを買って―出撃した日はいつもそうしている―家に帰り着き、テーブルの上の書き置きを読んだ時だった。
そこには小学生らしい下手な字で、
「お母さんを第3市街地病院までお見舞いに行きます」
とだけ書かれていた。
彼と別れた妻との不仲を知っていた彼の娘は、このことを彼に伝えたら反対されると思ったのだろう。
だが、この判断が、最悪の結果を生むことになってしまった。
彼は今、銃を握ってソファーに座っている。
「今まで多くの人間を殺してきたが…」再び、だれもいない部屋で呟く。
「たった一人の人間を殺しただけでこんなに辛いなんて、思いもしなかった。」
彼は今まで、敵を人として見ていなかった。敵はただの標的だった。それこそ屋台の射的の的のような。
だが彼は、大切な娘を殺してしまった後、今まで標的だったものにも、家族も恋人もいたということを思い知らされた。
「こんなことを考えるなんて、今の仕事は向いていないのかもしれないな。」
そう言った後、彼はそれを自分で聞いて静かに笑った。今にも死のうとしている男が転職の心配をしているのだから。
しかしそれは、自分への哀れみの笑いだったのかもしれない。
彼はソファーに座り直すと、もう十分だというように首を軽く振り、銃口を口にくわえた。
そして、絶望と後悔からの解放を願いながら引き金を引いた

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