年が明けた。
悲しいというか、味気ないというべきなのか、近年の年明けは実につまらない。
只でさえ母国始め僅かであった年賀状文化もいまや誰一人としてやっている人は
居ないだろう。おせちの味も忘れかけている。「故郷は遠くにありて思ふもの」
かび臭いと思っていた先人の詩は、レイヴンとしての仕事が減った今、ようやく
その味を理解した気がする。
入ってるわけがないと、分かっていながらポストを覗き少し自嘲。
「ほう。手紙を書かなくてはいかんのか。日本人の考えは分からんな」
「・・・・まぁ、いまはやってる奴いないけどな」
ジナイーダ、こいつの気配も無く近寄ってくるのにはもう慣れたものだ。
「面倒そうだが、こういものは嫌いでない。親しむべき人はいた方がいい」
「へぇ、意外だな」
「そう思えるように、なっただけさ」
寒いとぼやいてジナイーダは、ぱたぱたと足早に家に入った。骨董品店で見つけ
た電気ゴタツがお気に入りらしく、最近はその華奢な体をよく潜らせている。
大抵、中で寝て、少しすると気持ち悪そうに起きてくるのだが懲りる気配は無い。
今日も愛読書のO・ヘンリの短編集も途中に静かに寝息を立て始めた。
こうなったときやっていけないのは、下手に起こして機嫌を悪くさせてしまうこ
と。結果は見えているが、選択肢は見守る以外ない。
「無い、な」
シーラからの相変わらず以外、当時の関係者からはメールは来なくなった。依頼
も最後に出撃したのは随分と前の話。
何かすべき事があるわけでもない。テレビをつければ無駄に騒ぐ特別番組ばかり
で見る気も起きない。
「・・・」
無防備に寝返りをうつジナイーダの隣はそそられるが、後が怖いし起しかねない。
ジナイーダの向かい席にあたる面に脚を忍ばせる。出来るだけそっと奥に入ると、
楽な体勢を見つけそのまま横になる。本でも読めば時間も過ぎるだろうか。
考えるのが、鬱陶しく思えてならなかった。そのうち、考えているのか分からな
くなった。
「・・・・分かってたはずなんだけどな」
気だるい。時間にして一時間に満たない筈だが気持ち悪くてしょうがない。
「シャワーでも浴びて来い」
いつのまにか隣に座る彼女は、何処吹く風でみかんに手をかける。
「上がったら着替えろ。少し出かけるぞ」
特に用事も無い。何処に行くかは知らないが、構わないだろう。

「誰も居ないな・・・」
「誰にも知られたくない」
ジナイーダの言っていることは良く分からない。最近見せなくなった複雑な面持
ちで隣に座っているだけ。
車で走ること三十分弱。古びた企画都市に入る。窓に映る廃墟には覚えがあった。
「・・・・!」
「そうだ」
ベイロードシティ。奇しくもかつて「三人」が死んだ場所。
「着いて来い」
一瞬、有無を言わせない気迫がジナイーダから溢れた。元職業のクセは互いに健
在と確認する。
「!・・・これって」
「アーク制定ランキング第一位。・・・・デュアルフェイスだ」
黒一色に染め抜かれた全身の外装。この場で力尽きたように方膝をつきうなだれ
ている。壊れた巨人の足元は焼け焦げ、爆発の大きさを物語っているようだが、
必要は無い。全ては目の前で起こったことであり、焼きついたように鮮明に覚え
ている。ジナイーダがこちらを見つめる。殺されるなら、それでもいい。不思議
とそう思えた。潤んだ瞳は静かに外される。
「冥福を。一緒に祈ってくれ。お前なら、この人も報われる」
ジナイーダは両手をあわせると、静かに目を閉じた。あわせるように手を作ると
ジナイーダの数歩後ろで黙祷した。いままで生きてきた中で、最も静かな時。
「戦いきったか?」
「?」
「この人は、最期まで戦いきれていたか?」
そもそもが、クレストに思い入れがあったとは思えない。どういう巡り合せか知
る術はないが、利益だけでない気がする。企業の人間とはかけ離れた、高尚なも
のを確かに持っていた。だからこそ、一度荷担したものは最期まで助ける。
どうであれここに眠る男は最期まで道筋を貫き通した。倒した時の虚無感に似た
感覚は、そんな男だった故か。
「戦い抜いた。誰より」
「そうか。それならいい」
瞳に涙を湛えてジナイーダは改めてデュアルフェイスに向きあう。
「ジノーヴィー。アグラーヤは確かに死んだ。もう来ない。最後に紹介するよ。
私の素晴らしい人だ」
大切にしよう。私の宝だ。誇るべき男に誓った。

「知り合っていたら、友になっていたかな?」
一台だけトンネルの中を駆ける。響くエンジン音が逆に車内に静寂をもたらす。
「潔白な人だ。私が近づけない時があるほど、孤独を見せるときもあった。孤独
を好んでいる節もあった。近づけなかったのが一番哀しかった」
「ふぅん」
「真逆だな。貴方は人を好む。貴方なら親友になっていただろう」
ようやくトンネルを抜けた。ここを抜ければ二人の家は近い。

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