「どうしたんだ」
男が低い声で言った。いつも通りの不機嫌そうな声だ。
この男の方から私に話しかけるのは珍しいな、と思いつつ、「何がだ」と聞き返した。
男は自分の右の頬をポンポンと叩いた。なんだ、そのことか。私は思わず吹き出しそうになってしまった。
「フィオナにやられたんだ」
私がそう答えると、男は眉間にしわを寄せた。
「彼女に何かしたのか」
男が真剣な面持ちで聞いたので、私はまた吹き出しそうになってしまった。
「いやいや、違うよ、それは誤解だ。ただ、あの子に言ってやっただけさ」
私はちらと男の顔を見た。相変わらず、真剣そのものの表情だ。全く、あの子の事となるとなりふり構わないな。
「君の苦痛を和らげられないかと聞いてきたのでね、キスの一つでもしてやればいいんじゃないかとアドバイスしたのさ」
言い終え、私はとうとう吹き出してしまった。男も無表情を保とうと努力しているが、口の端が微かに上を向いているのがわかった。
「大きなお世話だ」
男が低い声で言った。いつも通りの不機嫌そうな声だが、いくらか明るさが差しているようにも聞こえた。
「まあ、お嬢様だからな、あの子は。君の方から何かしないと、死ぬまでに何も拝めないかもしれないぞ」
私が悪戯っぽく言うと、男はまた、「大きなお世話だ」を繰り返し、部屋から出て行った。

「どうしたんだ」
私はそう言って、自分の右の頬をポンポンと叩いた。
「彼女にキスをされた」
男がぶすっと言った。
「ほう、羨ましいな」
そう茶化すと、男は「ふん」と鼻を鳴らした。
「だから、ブラウスに手をかけたんだ」
私は自分の口がにやけるのを抑えられなかった。
「彼女いわく、驚いたそうだ」
男は低い声で言った。いつも通りの、不機嫌そうな声だ。

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