高架が白から淡い赤へと塗り替えられ、大小無数の鉄塊が飛散する。

 −集中−

 初陣に逸り、否が応にも汗ばむ両の手の指先でトリガーを引き絞ると
 既に照準を定められていたMTは間断なく降り注いだ銃弾の雨の前に沈黙した。
 一応の抵抗を示す散発的な砲撃を彼は意に介せず次の目標へと距離を詰める。
「600。PA、グリーン」
 乱れ飛ぶ通信の中で応援の要請を繰り返していた一機がプラズマ弾の直撃を受けて崩れ落ちる。
 ストレイドのお世辞にも良好とは言えないカメラアイが瞬き、更なる犠牲者を求めて鈍く輝く。
「マニュアルなんてって言うけどさ」
 呟きと同時にコンソールパネルを貪欲に指先が駆け回る。
 トンネルの中にごった返す足並みの揃わない標的の懐へ迫り、プラズマキャノンを格納する。

 紫炎が閃き、眼前のがらくたをプライマルアーマーで無造作に弾いて交差を繰り返す。
『雑になっているぞ』
 雑音が占拠していたコクピットにクリアーな音が冷たく響いた。
 つい舌打ちしそうになるのを堪えながら、彼はPAの残量表示を確認してから大きく息を吐いた。
「そんな風に仕上げられてないでしょう、コイツは」
 極端に短い刀身を壁面に突き立て、次の瞬間にはその灼光を消去して一気にトンネルを突き抜ける。


 ノーマルとて末路は同じだった。
「調子に乗るな、か」
 薄暗い室内にはカタ、カタタ、とテンポ良く繰り返されるタイピング音と微かに残る煙草の煙。
 ラインアーク襲撃というシンプルなタイトルの打たれた報告書を彼は肩肘をつきながら眺めていた。
 依頼は企業への反抗勢力をスマートな形で撤退させたと評価された。
 相応の報酬が大きく書き記されたその紙切れをピンと、指先で弾いてデスク上からから退出させ
 ギシギシと古臭く軋む椅子へと弓なりに身を預けて視線を上へと向ける。
「その態度が調子に乗っている、って感じですね。セレン先生」
「自意識過剰だ。言葉の意味通りに受け取れ」
 黒一色のタイトな2ボトムスーツを年齢に不相応なスタイルで着こなす女性、セレン・ヘイズは
 彼の呼びかけに対して、キーボードを走る良指の動きを止めて抑揚の少ない低いトーンの声で返す。
「一緒みたいなモンじゃないですか」
 不出来な生徒の放言にも苛立つ様子を微塵も見せぬ彼女を視界に捕らえ、彼は呆れ顔でぼやいた。
「俺、セレンさんってもっとビシビシとした人かと思ってました」
 はぁ、とわざとらしく溜息を吐いて目蓋を落としながら続ける。
「ほぼ完璧とか、有り得ないじゃないですか。素人同然ですよ、俺。適正とかで褒められたりは
 しましたけど、肝心のネクストの操作自体は・・・・・・」
 セレンさんから見れば良くわかるでしょう、と言葉にはせずに彼は首を軽く横に振る。
「内容に対して、そう評価しただけだ。何を愚図るのかは知らんが、自分の技量に疑いがあれば
 戦場で磨き上げろ。私がしてやれるのはブリーフィングとシュミレーターでの相手だけだ」
やはり変わらぬ口調でセレンはそう言うと、整然と片付けられたデスクの上へと音もなく手を伸ばし
 まだ新品同然な革張りの手帳をパララ、と乾燥した音を立てながら開いた。
「アセンブルについてはすぐにでも言及したい所だが、独立傭兵の辛い所だな。無い袖は触れない」
「良いじゃないですか。モノが手に入ってもストレイドに振り回されてる俺には活かせませんよ」
「口が減らんな。お前は」
 書き記された愛弟子の減点項目に、また一つ書き加えてセレンはワークチェアから身を離した。
「企業連からは鼻つまみ者にされるのは解りきってはいたが・・・・・・全く、何を考えているのだかな」
「付き合う上司も上司ですよね、この場合」
 

諦めがついた。
 結局は、そう表現するのが一番相応しいのだと彼女は思い返す。
 何の代わり映えもしない見慣れたはずの二次検査結果に雑務と化した関連データの洗い出し。
 −アレゴリーマニュピレイトシステム−
 複雑極まる操作系統で知られる新鋭兵器・ネクストを自在に扱う為、必須とされる機構。
 AMSと呼ばれるそれのお気に入りを見つける為の退屈な時間だったはずのその日。
 苦悶の表情どころか、汗一つ浮かべずにテストを終えて立ち上がる青年を目の前にしてから
 彼女はインテリオル・ユニオンと袂を分かつ決意を固めた。
 躊躇いも無く二次検査のデータを改竄するというリスクを犯し、引き留めるかつての同僚を
 振り切るかの様に名を捨てた自分を、浅はかとは思わなかった。

『答えが、欲しい』

 幾度と無く重なる声を信じ、彼女は踏み出した。

『―――っ・・・・・・!』
 FA・ギガベース。
 グローバル・アーマメンツ社−通称GA−が保有する。
 リンクス戦争以降、企業による地上資源の管理する為の中核を担う戦力である
 アームズフォートの中にあって、随一の精密射撃による重砲撃を誇り戦艦特有の
 近接防衛射撃機構関連の貧弱さをクリアさせる事に成功した、巡航する海上拠点。
『警戒しろと言っただろう』
 叱責など、作戦の実行中にはパイロットの負担を増やすだけの無用な横槍だ。
 そうは頭で理解していても、セレンはそう口にせずはいられなかった。
 現役の頃は理解できなかった、知る由もなかったオペレーターとしての重圧。
 そして一人の人間としての苦悩。

 −崩れる−

 想像して背筋が凍りつくが、指先は作戦対象とその周囲の変動戦力の解析に疾る。
 俊敏と評するに相応しい機動を以てギガベースの馬鹿げた連続主砲の弾幕を掻い潜り
 VOBの轟炎を引き下げて、己の標的への肉薄していたストレイドを再度衝撃が襲う。
「PA、ゴッソリもっていかれました!」
『喋るな、舌を噛むぞ』
 明らかにプライマルアーマー以外の物も削り取られておいて、青年が早口に報告する。
 まるでお遊戯だ、と独白しながらセレンは彼の元へと弾き出されたデータを届け終え
 次に来るであろう状況と事態に備えて全神経を再び作戦エリアへと収束させた。
『VOB、使用限界だ』
 ストレイドを抑え込み、巧みに体勢を立て直したと同時のダブルコール。
『「パージ!」』
吼え、悪寒が消え去り、そこには確かな到達点のみが残る。
 海面へと消え行くヴァンガードパーツに押しやられていたストレイドの両腕が
 歓喜するかの如く空へと投げ出され、携えられた灼熱の牙が姿を現す。


 如何に近接防衛をカバーしようとも、如何に主砲でのダメージを蓄積させていようとも。
 天敵たるネクストへ己の懐を晒しては、『企業の象徴』に勝ちの目の振り様は無かった。

 カッ、カッ、カッ、カッ、と性急なリズムが格納庫のタラップへと向かう。
 息は切らさず肩は上下させ、艶やかな黒髪はその苛立ちを隠さずに左右へとたなびく。
 硝煙の臭いと熱の残滓を纏ったままの漆黒のネクスト、ストレイドのコックピットハッチが
 アリーヤコア独特の汽笛の様な耳障りな空気音を上げながら彼女の眼前で解放された。
「―――お前は何を考えている!早々にそいつを唯の棺桶にでもしたいのか!」
 近くで作業に従事していたメカマンが、思わず身を竦めてそちら側から目を逸らす。
「帰投、完了しました」
 臆す様子も見せずに青年は真剣な表情で報告を行ってパイロットシートから立ち上がった。
「・・・・・・良く、戻った」 
 苦虫を噛み潰した様な表情で何とかそう返し、彼に向けて手を差し伸べるとニカッ、と
 悪戯っぽい笑みを浮かべながら青年はセレンの手を取って勢いを付けて外へと駆け出した。
「―――む?」
 一瞬漂った汗の臭いに混じった鉄臭い香りに首を傾げるセレン。
「どこか怪我をしたのか」
「軽微です。こいつの確認テストまで見届けてから医務室に寄らせてもらいます」
 キビキビとしたの返答を聞いて、チッと舌打ち一つしてセレンは青年の腕を掴んで歩き出した。
「自分の身体の一部を、部品の様に言うな」
「すいません」
 抵抗する様子もなく後に従う青年に苦々しい感情を覚えながら、彼女は歩調を速めた。

 ぎしり、と軋む音を立てる飾り気とは無縁に作られた簡素な寝台の上で彼女は息を荒げる。
「・・・・・・ぅ、あ―――」
「まだ痛みますか。セレンさん」
 それはお前の方だろう、と言ってやりたいところだったが、今の彼女にはそんな余裕はなく
 唯々慣れぬ痛みと、押し寄せる高揚感から逃れようとするのに精一杯だった。

 ―――大体、痛みの心配をするのなら抵抗もできない自分の両の手を抑え付ける必要もないはずだ。

 心配げに自分の顔を覗き込みながらも、そのリズムを刻み込むを止めない相手に心の中で毒づく。
 幾度かの正規外の依頼をこなし、企業から正式な作戦依頼を見事遂行してみせリンクスとして
 恐ろしい速度での成長を見せ始めた彼は、上司であるセレンとの距離を急速に縮め始めた。
 以前からプライベートでの交友は僅かにはあったが、ここ最近での愛弟子の積極的な攻勢は
 それまでの軽いジョーク混じりの誘いの比ではなく、セレンは正しく音を上げる羽目になっていた。

「ただいまです。セレンさん」
 彼女の個室での二度目になるその台詞が行為の合図である事にセレンは気付く。
 普段は汗も流さぬまま客人を迎え入れる事などなかった彼女が、今はこうして為すがままに
 求められ、それに応えている事に未だ現実味を感じられずにいる自分。
「俺、セレンさんってもっとリードしてくれる人かと思ってましたよ」
 口ぶりとは裏腹に、満足気な穏やかな笑みを浮かべて青年は彼女の自由を少しずつ奪い取っていく。
 流されまい、と憎まれ口を叩くがそれも無駄な抵抗―――もとい、燃料へと変わるだけだった。
 《こんな女のどこがいいのだ》
 《そういうところですよ》
 臆面も無く返されて動揺するよりも早く、唇と指を這わされてセレンは閉口する。
「ここも、こんなに素敵ですよ」
「っ、くっ・・・・・・ぁ―――っ!」 
 操縦桿以外の物を、自分はこんなにも強く握り締めた事があっただろうか。
 そんな滑稽な事を考えながら絡ませあった互いの指の感触を拠り所にして、只管に耐える。
 《俺、セレンさんの様なネクスト乗りになりたいです!》
 あどけない笑顔でそう言ってシュミレーターから降りてきた、まだ幼さの残る青年のイメージと
 表情だけは同じに目の前に存在する青年の姿が重なり、己の声に紛れ、消える。


 引き裂かれる様な痛みを受け入れながら、耐え続けるセレンを彼は逃しはしなかった。


「―――もう、朝か」
 スケジュールとは管理するものではなく、管理されたものこそをスケジュールと呼ぶのだ。
 そう信じて疑わなかった自分の固定観念を微塵に粉砕されて彼女は身を起こした。
「くっ―――好きにしてくれるものだ」
 傍らで安らかな寝息を立て続ける青年を見下ろし、口調だけは普段通りに。
 人工的に作られた朝日をやけに眩しいと感じながら、セレンはゆっくりと寝台から降り立つと
 早めの昼食に取り掛かるべく行動を開始した。
「軽めの物を作るとするか。次のミッションは機動力を要求されるしな」


 寝返りを打った青年がその利き手をぐっ、と握り締めたのを見てセレンは思わず苦笑いを洩らしていた。


                                                              <完>    

このページへのコメント

dJSFsU Appreciate you sharing, great article post.Really looking forward to read more. Awesome.

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Posted by check it out 2014年01月20日(月) 15:08:09 返信

MuZawQ Enjoyed every bit of your blog article. Cool.

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Posted by check this out 2013年12月20日(金) 12:29:44 返信

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