『まあ、ありじゃないか、貴様』


「―――畜生!」
 耐G衝撃防御を施されたフルフェイス・ヘルメットと正面衝突を果した安物のロッカーが
 派手な衝撃音を立て、見事に拉げる。
 銜え煙草で壁面に寄りかかっていたセレン・ヘイズは腕組みを解いて苛立つ青年に向き直った。
「ステイシスとは、よく言ったものだな」
「馬鹿げてますよ。どこにどう目が付いていればあんな真似ができるって言うんですか・・・・・・!」
 ぎりっ、と歯噛みをする音が今にも聞こえて来るかの様な形相で彼は一気に吐き捨てた。
「ギガベースがあそこまで傍若無人な砲撃を行ってくるなど、想像はできん。気にするな」
「あの人だって、想像はしてなかったはずですよ。そんな問題じゃないって、セレンさんにだって
 わかっているはず・・・・・・くそっ!シュミレーター、まだ空いてますよね!?失礼します!」
 一礼は忘れずに、弾け飛ぶかの様にして青年はロッカールームを後にしていた。


「オッツダルヴァめ、大人気ない真似をする」
 根元まで迫っていた光源を灰皿で捻り潰し、セレンは独り言ちる。
 ―――旧チャイニーズ・上海海域掃討作戦―――
 オーメル・サイエンスとGA・BFF社の混成部隊の勢力圏争いの一つに関わったその依頼。
 僚機との連携作戦を前面に押し出して、今回の話を勧めてきたオーメルからのミッションガイドに
 記されたとあるネクスト機体に興味を示し、青年は二つ返事で彼女に依頼の受諾を伝えてきた。

『味方機をうまく利用しろよ、そのために連れてきたんだ』
 今思えば、余計な一言だったとセレンは思う。
 しかしリンクス同士の「共同作戦」は文字通りの意味以上の物を持ちはしないのが常だ。
 メインブースターのスロットルを全開に吹かしてそれに答えた青年は、作戦領域前面に配された
 半固定射撃型ノーマルへと狙いを定めると、半円を交互に描く軌道でそれに迫りだした。
「目標の前面部にシールドを確―――っ!?」
 逐次入手される敵戦力の解析データを元に、青年が攻撃を開始しようとしたその矢先。
 見覚えのある閃光と熱量反応がその視界を掠め、反射的にサイドブースターが急速点火された。
 後を引いて耳に到達する飛来音、轟音を立て崩れ去る先ほどまでの標的の足場であった施設群。
 GA・BFF陣は自らの喉元への迫り来るオーメルの刺客に対し、同僚を巻き添えにしようとも
 AFギガベースの主砲による砲撃で撃墜する事を既に決定していたのだ。
「味方ごと―――正気ですか!」
『取り乱すな。あちらもそれを計算に入れているとは、思えんが・・・・・・む?』
 呆然と海面でバーニアを吹かし、思わず銃口を下げたストレイドの脇をすり抜けるかの如くして
 ダークブルーの尖影が海面を滑る様に疾走し始めた。
 未だ跳ね上がる水柱を衝き抜け、その先に位置していたノーマルの元へと駆け込む様にして
 接近を完了すると、次の瞬間には機体を施設すれすれに緩やかな上昇を開始する。
 ―――無茶だ。
 遅れてスロットルを握り突進を開始しつつも声には出せず、心中で青年は唸る。
 再度迫り来る狂気の熱塊、お門違いに弾け飛ぶ哀れな犠牲者達。
 悠然と空を舞い、粉塵と水飛沫を突き抜けて二条の光がレーダー上の光点をかき消していく。
 さして速いペースではなく、しかし正確無比にその「作戦」は進行していった。

 落とした数は、ノーマル・艦隊共にほぼ同数。
 オーメル側の通常戦力の損害は軽微。
 ギガベースに至っては猛進するストレイドの攻勢の前に一方的に轟沈。


 それが今回の作戦の結果だった。

「早すぎた―――いや、遅すぎたのか。この場合は」
 溝を明確に感じる事ができたのなら、以前の自分に向けた様な尊敬の念を以てあの名役者を
 青年は駆け出しのリンクスとして冷静に捉える事ができたのだろう。
 だが、周囲の予想を―――そしてセレンの推測をも超える速度で成長を遂げていった彼には
 ステイシスの取った行動と、常人のそれとは明らかに掛け離れた乗り手の技量の凄まじさを
 はや理解しうるだけの域に達し始めていた。
 不運だったとは、セレンは思わない。むしろ僥倖であったのだろうとすら感じていた。
 だが、それが今現在の結果として青年の中で育ち始めた矜持を薙ぎ倒していった事に変わりはない。
「やはり一線を退いた者とは訳が違うな。礼の一つもしてやりたいところだ」
 どこかで嫉妬している自分を感じながらも、本心でそう思う。
 彼女の愛弟子の戦闘スタイルは正に戦闘の為の物であり、単純な押し合い・物量戦においては
 既に並みのリンクス達の技量の域からはみ出しかけていた。
 こと、中距離射撃戦から格闘戦への相互の移行タイミングの選択に関しては彼の古くからの
 ネクスト操縦の指導者であるセレンですらも舌を巻く瞬間が多々見受けられた。
 自分には無かった資質だ、と感じすらもする。
 だがそれも正面からの押し合いのみにおいての話であり、戦況全体を見渡し結果を獲得するという
 ネクスト乗りとして一番に期待され、畏怖された能力については青年本人の性格・嗜好もあって
 オペレーターとしての立場から言うならば、及第点にも達してはいない。
 それがセレンの青年への偽らざる評価であった。
「暫くはスケジュールをオフにするか」
 青年の目覚しい成長の影に、在るべき行為の積み重ねが裏打ちされていた事を彼女は知っている。
 越えるべき、壊すべき壁を見つける事ができたのならば、それは常に危険と共にある青年にとって
 受け入れるべき事であり、同時にセレンにとっても大いに喜ぶべき事であった。

 
 煙草は、一本では終わりそうになかった。

猛攻とは例えがたい、しかし散発的とは言えぬ閃光の雨が機体に降り注ぐ。

 お決まりの振動。
 メインカメラの損傷報告に続いて、機体全体の負荷チェック報告―――エラー音。
 周囲全てが赤に染まり、そして闇に変わる。
 本日5回目システムダウンを確認すると、彼は操縦桿を手放して深く息を吐いた。
 暫くそのままの姿勢でゆったりと目を瞑っていると、傍に近づいてくる気配が一つ。
「何回死にましたか、俺」
「シュミレーターは所詮シュミレーターだ。今日のところは、ここまでにしておけ」
 即答。
「今日はやけに優しいんですね、セレン先生」
「単にこちらの身がもたないだけだ。これ以上汗を掻かされてはたまらん」
 ここ最近、彼女なりの気の使い方が青年にもわかる様になってきた気がする。
 以前はその事に気付かずに、無駄に反発して―――正確には格好の良い所を見せようとして
 結局は、無駄な空回りを繰り返して彼女に尻拭いをさせるばかりだった。
 そう思うと恥ずかしさで顔から火が出そうになるが、それを笑ったりする人ではないので
 そこはいつかも言われた「自意識過剰」と言うヤツなのだろう。きっとそうだ。
 勝手にそう納得すると、彼はヘルメットを脱ぎ去りドアの開放スイッチに手を掛けた。
「セレンさん。俺、思ったんです」
「・・・・・・」
 ベッドに突っ伏して、頭を深く枕に沈めながら溜息を吐く。
「あの人にはあの人のやり方が、俺には俺のやり方があるんじゃないかな、って」
「・・・・・・っ、こんな時にっ・・・・・・他の人間の話などっ、す―――ぁ、く、ぅ―――」
「やっと反応してくれましたね」
 やかましい。そう言って頬を張り倒してやりたいが、四肢に力が入らない。
 シュミレーターは擬似AMS接続を介したネクストの基本動作プログラムの延長に過ぎない。
 とは言え、連続起動の負担もあり長時間の稼動は心身共に大きな疲労を伴って然りだ。
 ―――油断していた。
 そう思わざるを得ない。
 油断のならぬ相手と、擬似的にではあれ緊張の連続に身を置いた後の空隙。
 つまり、彼女が自室で―――今日は流石に無いだろう―――思い、目を閉じ一息吐いたその直後。
 青年の若さが彼女の予測を大きく領域離脱した。
「おまえっ・・・・・・実は、性格わるくな―――ぅ、あっ、こらっ・・・・・・も、ぁあっ!」
「っく!―――セレンさん程じゃあ・・・・・・ないです、よっ!」
 言葉尻に合わせて、ぐっと力強く青年の熱がセレンの奥へと侵入を開始する。
「ぃ、や―――はぁっ、はっ・・・・・・っん」
「やっぱり、まだ痛みますか?」
 突き伏す彼女に覆いかぶさりながら、横顔を心配げに覗き込む青年。
 その表情に二心は無く、その情熱的な律動にも淀みは無い。 
 彼もセレンと同じく長時間に渡るシュミレーターでの負荷を受け続けていたはずである。
 化け物め、と心の中で毒突きながら。
 その問い掛けには首を横に振って答え、セレンはシーツを握る両の掌に力を込めた。
「っ・・・・・・ぁ、あ、は―――っ!?」
 じわじわと侵食するかの様にして押し寄せる得体の知れない感覚から、無意識で逃れようと
 身体の緊張を維持するセレンに、突如として予想外の位置からのベクトルが加わった。
「やっぱり、セレンさんの顔見ながらの方がいいです」
「ちょ、まてっ、おまっ――――――っひ!」
「暴れないで下さいね。俺も慣れてないんで」
 結合を解かぬまま、青年は素早い手つきでもって右腕でセレンの汗で濡れた右足を180反転させ
 残る左腕で宙に浮く形になった彼女の括れたウエストに手を伸ばし、支えた。
「こ、こらっ」
「へへっ、この方が何か安心しますね」
「誰が安心を―――あっ、ばっ、やめ・・・・・・くっ、あ、う―――っ!」
 彼女が台詞を言い終えるよりも早く。
 青年は手にしていた艶やかな括れを自らの内に引き入れる様にして、前後へのを再開し始めた。
「こういう・・・・・・セレンさんもっ、新鮮で・・・・・・いいです」
 最早泣き声に近くなり始めた彼女の吐息に呼応するかの如く、青年の息も大きく弾み始める。
 
 
 ―――墜ちる―――

 自我は保ったままに、己の身体が限界を超えて撃ち貫かれる寸前である事を彼女は認識した。
「もうっ、限界です・・・・・・!」
 聞き慣れた筈の、未だ慣れぬその声に。
 全く得体の知れぬ、だが愛機シリエジオとの間に感じる一体感にどこか似た感覚に身を任せ
 一瞬の浮遊感の後、彼女はその意識を闇の淵へとゆっくりと降り立たせていった。

「また誘ってくれよ、こういう仕事なら大歓迎だ」

 荒涼たる砂漠の廃墟に佇むストレイド。
 至福の名を冠するネクストからの軽口とも本気ともつかぬ通信が舞い込み、そして飛び去る。
『で、どうだった?』
 オペレーターの意地悪くにやついた口元が容易に想像できる。
「―――俺の知らない世界でした」
 どっと疲れた声を洩らし、彼はようやっと両の掌から汗ばんだ操縦桿を解放してやった。
「ノーマルまで大挙して出張ってくるなんて、聞いてませんよ・・・・・・」
『まあ、そういう不測の事態もならでは、だろう』
「不測っていうより、動きが予想外過ぎてやり辛かったです。罠かと勘ぐりましたよ」
 ぷっ、と通信機の向こうで吹き出す音が青年の耳に入るが、それに反発する気力も出てこない。


『お前が言っていただろう。ヤツにはヤツの、お前にはお前のやり方があると』
「・・・・・・帰投します」
 やはり戦場に在っては、ぐうの音も出ない。
 それでこその自分達だろうと再確認をし、若きリンクスは砂塵の中を疾走し始めていた。
 

                                                          <完>

このページへのコメント

BHMJky Fantastic blog article. Awesome.

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Posted by check it out 2014年01月22日(水) 02:04:55 返信

IuC0Bi I cannot thank you enough for the blog article.Really looking forward to read more. Awesome.

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Posted by tips about seo 2013年12月20日(金) 10:12:44 返信

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