電子制御された金属製の扉がシュンと微かな駆動音を上げて、来客を告げる。
「セレンさん」
「遅くまで、精がでるな」
 通路から差し込む逆光に照らし出された自分の姿を認めながらも、コンソールに指を走らせ続ける
 青年にセレンは短い労いの言葉を掛けた。
「余り根を詰めすぎるなよ。身体を壊しては元も子もない」
 その言葉に「え?」と漏らして青年は机の上に置かれた小さな時計へと目を動かす。
「あれ・・・・・・もうこんな時間ですか。もう少しでいい感じに組み上がりそうだったんで、つい」
 予想通りの答えに、セレンは小さく苦笑しながら青年の傍へと近づいた。
「気持ちは、わかるがな。・・・・・・で、見せてみろ」
「わ、ちょっとタンマです!まだ心の準備が―――ぅわっ」
 慌てふためく青年を突然の急接近でもって軽く押しのけて、彼女はディスプレイを覗き込んだ。
「――――――ほぅ」
 小さめの画面に所狭しと表示された無数のデータの中のその一つ。
 それを目にしたセレン切れ長の瞳が、すぅと細まっていった。
「ネクストパーツのカタログスペックと余所の独立傭兵から入手した実戦闘データの比較か。
 それも単一の相手からだけではなく、複数」
 ちら、と緊張で固まる青年の横顔を見やってからセレンは淡々と言葉を続けた。
「・・・・・・駄目、でしたかね」
「関心はせんな。どんな取引をしたかにもよるが、大方の見当は付く。以後控えろ」
「・・・・・・了解です」
 恐る恐る尋ね、躊躇い無く返ってきた厳しい言葉に青年は思わずしゅんと肩を落としつつも頷く。
「本体の変更はヘッドとボディ。TELLUSか。ブレードもインテリオル。BFF製アサルトライフルに
 近接信管型ミサイルと垂直式フレア。レーダーはオーメル。内装はFCSとOB機関以外、変更なし」
 普段とは全く違う、何かに憑かれたかの様な早口でもってセレンは一気に言葉を並べ立てる。
「なるほど、な」
 一通りの情報とアセンブルの内容に目を通し終えると、彼女は画面から身を離して踵を返した。
「情報自体の選別と検証の取り方は悪くない。次からは私を通せ」 
「え・・・・・・あ!はっ、はい!了解です!」
 唐突に背後から投げ掛けられたその言葉に、ばっと顔を上げて青年は返答する。
「わかったなら、今日はもう休め。実戦の前にシミュレーターでのテストもあるのだからな」
 私も甘いな。そう独白しつつ、セレンは礼の言葉を述べる愛弟子の部屋を後にした。

事の発端は、セレンが発した場違いな一言からだった。
「新型、ですか?」
 インスタントコーヒーの注がれた紙コップを口元から離し、意外そのものといった表情で青年は
 白を基調としたノースリーブのワンピース姿に身を包んだ彼女を見つめ返した。
「今のうちの経済状況で、そんな事して平気なんですか」
「いきなり全てを換装するのは無理だが、製造元によってはなんとかなる」
 周囲の視線が気になるのか、チラチラと辺りに目をやりながらセレンは小声で青年の問いに答えた。
「なるほど。・・・・・・ところで、さっきから何をそんなに気にしているんですか」
「い、いや。何でもない。それよりも場所を変えんか。ここはどうにも人目が多い」
 珍しく挙動不審な態度の彼女に、青年は首を傾げてぐるりと周りを見渡した。
 辺りには自分達と同じく露店先で椅子やベンチに腰掛け、くつろぐ男女のペアが複数いるばかり。
 もっとも、彼のお相手である女性はいささかくつろぎきってはいない感じではあったが。
 ―――長引く企業間での争いと、その副産物であるコジマ粒子に汚染された地上。
 そこに残された数少ない人間の生活圏である都市の中にある、小さな歓楽街の一角に二人はいた。
「人目、ですか。そうでもないと思いますけど、セレンさんがそう言うのなら移動しましょうか」
「助かる」
 青年の了承を得て、思わずほっと安堵の息をセレンは漏らした。
「じゃあ、取り敢えず一通り巡ってみて落ち着く場所を見つけたら話の続き、という事で」
「ああ、それでいい。・・・・・・折角の誘いに、任せっきりで済まない」
 気落ち気味に表情を曇らせるセレンに対し、青年はにやりと人の悪い笑みを浮かべてみせた。
「仕事一筋なセレンさんらしくていいじゃないですか。偶にはリードさせて下さいよ」
 さらりと言って、彼は椅子から腰を上げてやや気取った仕草でセレンに右手を差し出した。
「な、何を」
「いいからいいから。こういうのは素直に受けて下さい」
 狼狽の色を隠せないセレンに、飽くまでもしれっとした態度を青年は貫く。
「―――済まない」
 暫しの逡巡の後に、遠慮がちに伸ばし返されたセレンの手をとって青年は深々と一礼をして見せた。
「・・・・・・ふふっ」
「そうそう。その調子その調子」
 大仰なその仕草にセレンが小さく吹き出すと、青年も満足気な笑みを浮かべて彼女を引き寄せる。
 そのまま互いに距離を詰めると、クスクスと声を潜めて笑い合う。
「じゃあ、行きましょうか。・・・・・・あれ?」
 そのまま連れ立って店先から去ろうとしたと青年が、はたと笑いを止めて周りを見回す。
「どうした?」
 言いながらも釣られる様にして辺りに目をやり、セレンは遅ればせながら状況を理解した。
 周囲の人々からの、自分達に向けられた様々な面持ちと視線。


 エスコート役の青年を引き摺る様にして、セレンはその場を後にした。

「お、あそこは結構良さそう」
 喧騒を避ける様にして歩き続ける事十数分。
 裏寂れた雑居ビルの合間に作られた、小さな公園に二人は辿り着いていた。
「先客は無し、ですね」
「その様だな」
 呟いて、セレンは公園内に植えられた手近な観葉植物へと手を伸ばした。
 鮮やかな深緑色をしたその葉の一つに触れて、彼女は関心顔になる。
「良く、手入れされている。最近では珍しいな」
「本当だ。近所に世話してくれる人がいるんですね、きっと」
 その木は、汚染が進む大地であってもある程度の成長が期待できる様に品種改良されたものだが
 地上での厳しい生活の日々を送る人々からは余り人気があるとは言えない代物だった。
「水代も、馬鹿にはならないだろうに」
「それに拍車をかけているわけですね、俺達は」
 深くは考えず半ば反射的に漏らした彼女の言葉に青年は一瞬、自嘲的な笑みを浮かべて言った。
 そんな彼の横顔をセレンは変わったものを見るような眼差しで見詰める。
「何か、俺の顔についていますか?」
「いや。仮にもリンクスとは思えない事を言ったりするものだな、お前は」
 答え、苦笑を覗かせる彼女に青年は小首を傾げる。
「そうですかね・・・・・・あ、そう言えばさっきの話。続きしましょうか」
「そうだな。少し、歩き疲れたかもしれん」
 歩みを止めた青年が合成樹脂で作られたベンチに腰を下ろし、セレンもそれに倣って隣に収まった。

「実は今、オーメルから大口の依頼が舞い込んで来ているのだ」
「オーメルから、ですか」 
 独特のイントネーションと言い回しを持つオーメル社専属の仲介人の声を思い出しながら
 青年は真剣な面持ちで彼女の次の言葉を待った。
「目標はその巨大さで知られるBFF社所属のアームズフォート、スピリット・オブ・マザーウィル」
 その名に、ぴくりと青年の眉が跳ね上がり表情にもにわかに緊迫感が帯び始める。
「大物、ですね。お釈迦にしろってことですか」
「そうだ」
 青年とは対照的に、セレンの顔色は普段と変わらない。
「あちらのお偉方に気に入られたのか、逆なのかはわからん。だが今のままのストレイドの装備と
 お前の技量では到底太刀打ちできん相手なのは確かだ」
「その為の新型ですか」
 使いこなしてみせろ。
 無謀な筈の話を振ってきたという事は、つまりはそういう事だ。
「無論、受けるかどうかは帰ってから正式なミッションガイドに目を通してからで―――」
「やります。やらせて下さい」
 決意に満ちた声が、セレンの言葉を遮った。
「思いつきと勢いだけで事の進退を決めると言うのなら、許可はできんな」
 目を伏せ、平静な態度を保ったままで今度はセレンが青年の言葉を待つ。
「期待されているなら、応えたいです。それに、俺自身がマザーウィルに挑みたいんです」
「―――言い出したら、聞かんか。誰に似たのだかな」
 呆れ気味でその台詞を洩らしたセレンに、青年は不敵な笑みでもって答えて見せる。
「ふん・・・・・・生意気な顔ができる様になってきたじゃないか」
 セレンも小さく笑みを浮かべてそれに返すが、ふと表情を曇らせると大きく溜息を吐いた。
「どうしたんですか先生。やっぱりまだ早いと思ったとか?」
 突然の変わりように青年が心配そうにして俯いた彼女の顔を覗きこむ。
「済まんな。せめて今日くらいは仕事の話など止せば良い物を」
 罰が悪そうに、セレンは青年の視線から目を逸らして言った。
「ああー・・・・・・そういう事か。妙な事を気にするんですね、セレンさんも」
 やっと納得がいったとばかりに青年はしきりに頷きながら続ける。
「仕事一筋なセレンさんも格好良くて好きですよ、俺は」
「―――っ!そ、外ではそういう事を口にするな!」
 さらっと言い放った青年の言葉にセレンは一瞬硬直し、直後に周囲を素早く見渡した。
 先程までと変わらず公園の中に人影が見受けられないのを確認するとセレンは安堵の息を洩らす。
「ついでに言えば、そういうところはもっと好きです」
「・・・・・・次のシミュレーター戦、覚えておけよ」
 悪びれた様子も見せずにそう続ける青年に、セレンはぐったりとしながら呻く様に声を絞り出した。

『様になってきたじゃないか』
 幾度と無く相まみえた、薄桃色のペイントが施された流線型のボディを持つネクストからの通信。
 どこまで本気なんだか。心の中だけでそう答えて彼はシミュレーターの操縦桿を手放した。
「確かに以前のコイツより、動ける様にはなりました。想像していたよりはオーバードブーストの
 推力も持続力も上を行っています」
 ストレイドの基本改修プランを上げ、テスト作業に移って早三日が過ぎ去ろうとしていた。
『そういう主旨で組み上げたのだからな。フルアリーヤと比較するのなら、当然だろう』
 青年の機体に合わせて、彼女の操るシリエジオも移動を停止する。
「触れば触る程、こいつの兵装であのデカブツを落とせるのか、あの砲弾の雨をこいつの装甲で 
 耐える事ができるのか。疑問に思えて来るんですよ・・・・・・」
『ならば、重火器を積み込むがいい。機体もGA製のパーツを主軸に選ぶがいい』
 迷いを見せる青年の言葉に、セレンは冷ややかな声音で即答した。
「―――っ」
 その言葉に。動きを止めたはずのシリエジオに。
 思わず青年は、手放していた操縦桿を反射的に握りしめそうになっていた。
『作戦目的に合わせた機体構築は、当然必要だろう。自機の欠点を認識し、調整を施す事も然りだ』
 淡々と。圧倒的な威圧感を声に滲ませて、彼女は通信を続ける。
『だが、お前がリンクスであるのならば。自らの秀でた点を活かす構成を行え。それによって劣った
 機体の欠点を克服する技量を手に入れて見せろ。それが出来ねば、末路は見えているのだと知れ』
「・・・・・・了解です」
 眼前のネクストから発される言い知れぬ威圧感に気圧されながらも、青年は首を縦に振った。
『アセンブルに関して素人の域を出ないお前が、やれると言ったのだ。結果を出してみせろ』
「―――はい!」
 今度は明確な意思を持って操縦桿を再度握り締め、青年は力強く頷く。
『来い。決行の日まで、いくらでも相手をしてやる』
 その言葉を合図に、仮初の戦場に再び鋼鉄の咆哮が鳴り響き始めた。


 旧ピースシティにてその出来事は起こる。
 たかが傭兵一人。
 ストレイドの強襲を受けたスピリット・オブ・マザーウィルの乗組員のほぼ全てが鼻で哂う。
 誰もが、その末路を想像する事などできなかった。

このページへのコメント

XNXnTH Very good blog post.Really looking forward to read more. Much obliged.

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Posted by stunning seo guys 2014年01月21日(火) 09:25:46 返信

Ipll2q Very neat post.Thanks Again. Much obliged.

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Posted by watch for this 2013年12月19日(木) 14:35:28 返信

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