鼻をつく硝煙の臭いが、コクピット内に充満する。
「畜生が」
 いくら整備不足であろうともそれまで経験したことのなかった事態に、彼は短く吐き捨てていた。
 夢だ。これは夢なのだ。
 首筋と眼底に重い感触を受け、彼の思考が淀む。
 狙いを定めて放った銃弾は、彼の眼前に迫る白銀の巨人に対して一切の痛撃を与えることなく飲
み込まれてゆく。
「ぐ、う――がっ」
 白銀の巨人の放つ紅い閃光が、男の操る機体を貫き、全身に激痛が疾る。
 やはり夢なのだ。この紛い物の痛みこそがその証なのだ。
 ばらばらになりそうになる四肢を無理矢理に押さえ込み、男が指先に力を込める。
 ブレードの一撃が振るわれようとした瞬間、光が全てを覆い尽くした。

 眩しい日の光が、寝台の上に横たわっていた男の瞳へと差し込む。
「おはようございます、と言うのには少し遅かったですね」
 続く若い女性の声が男の意識を覚醒させる。
「……また、あんたか」
 頭重の残る頭へと手をあてがって、男は身を起した。
「はい。ご迷惑とは思いましたが、お邪魔させて頂いています」 
 コンテナを改装して作り上げた変り種の病室の窓――正確にはハッチを開放して、リリウムは部
屋の中へと春の暖かなぬくもりを招き入れていた。
「たまにはこうして、外の空気もお吸いにならないと身体に毒ですよ」
 そう言って少女が気持ち良さそうに伸びをするが、男の視界にその姿は映っていなかった。
(そんなことを考えるのは、保護区画で育った連中だな)
 如何にもな苦労知らずに見える目の前の少女に、男が思わず舌打ちを漏らしそうになる。
「あの、やっぱりお邪魔でしたでしょうか」
「あーあー、もうなんだって好きにしろ」
 押し黙った男の態度を不服の返事として受け止めたのか、顔を曇らせて俯く少女の姿を見た男は
投げやりになって承服の返事を返した。
「あ、ありがとうございます」
 それを聞いてリリウムは顔を明るく輝かせると、紺色のフレアースカートの端を指先で持ち上げ
ながら、寝台の脇に据えられた鉄パイプ製の椅子へと腰を下ろす。
「それでは、今日もよろしくお願いいたしますね」
 一々丁寧にお辞儀をしてくる少女に、今度は溜息でもって返事を返し、男は今更ながらに半病人
の自分へと禁煙を言い渡してきた院長のことを恨み始めていた。


「今日こそ、貴方のお名前をお聞かせ下さい」
 その言葉を口にし、耳にすることから二人の会話は始まる。
 王小龍の留守の期を利用すること、既に三回。
 リリウム・ウォルコットはこうして自らの撃墜したネクストのパイロットである男の病室へと、
その脚を運び続けていた。
「……わかった。教えてやる」
 先の見えぬその押し問答の繰り返しに、形の上で折れたのは男の方からであった。
「本当ですか!」
 その言葉に、男が前回見た時よりも心なしかしょげているように見えていた少女の表情が明るく
なる。
「ただし、だ。条件は出させてもらう」
「わかりました」
 唇の端を意地悪く吊り上げて付け加えた男の言葉に、少女は即答する。
「おいおい。まだ俺はどんな条件か言っていないだろうが。安請け合いは、やめとけ」
「いえ、リーリエには重要なことです。なので、可能な限りそちらの提案には沿えるよう、努力さ
せて頂きます」
 脅しのつもりで口にしたその台詞を真っ向から受け返され、思わず男が鼻白む。
(たかが名前一つ、俺の口から聞き出すのにこれか)
 男からしてみれば、リーリエという――恐らくは偽の――名前以外、他の一切を語ろうとしない
この少女の存在は、鬱陶しいことこの上ないものであった。
 彼女のそれが、物珍しさからくる行動であればちょっと怖いところを見せてやってそれでお終い
にしてしまおう。
 そう考えてわざと粗野な振る舞いを続けてみても、この少女はいつまで経ってもこの調子なのだ。
(食わせ者か、それともただの馬鹿なのか)
 恐らくはその後者であろうとは思ったが、どちらにせよ何時までもこんな茶番を繰り返す気も男
にはなかった。
「そうか。じゃあ先に俺の出す条件を飲んでもらうぜ。それが出来ないなら、この話はなしだ」
 そう言って、男は下品に顔を歪めて見せる。
 ここですんなりと名前を教えるようでは、この先どんなことで付き纏われるか知れたものではな
い。そして彼女の正体を考える限り、男にとってそれは絶対に避けておきたいことでもあった。
「それも了承いたします。ですので、ご条件をお聞かせになって下さい」
 そんな男の内心を知ってか知らずか、彼女の態度に変わりはない。 
「……面倒だぜ、全く」
 男から見た感じでは、引っ込みがつかなくなって意地を張っている風にも見えなかった。
「よし。じゃあ条件を言う。一度しか言わないから、聞き逃すなよ」
 むしろ自分の方が意地になってきていることには気付かずに、男は言葉を続けた。

 その言葉を口にした直後の少女の反応は、男にとって非常に痛快なものであった。
 真面目ぶっていたその表情は一変して狼狽にとって代わり、白亜の磁器のような白さを保ってい
た肌は、羞恥に朱く染まっている。
 愉快だ。
 こんな子供相手になにを大人げないと、どこの誰から笑われようとも、愉快でならない。
「ちゃんと聞こえたようだな。意味がわかっているのなら、さっさとここから帰れよ。でないと、
あんたが条件を飲んだと受け取るからな」
 自分が、先ほどまでとは違う意味合いで笑みを浮かべていることに気付いてはいたが、そんな些
細なことは、いまの彼にとってはどうでもよいことであった。
「――わかりました。その条件を受け入れます」
 馬鹿笑いを堪えるのに必死になっていた男が、その言葉で固まる。
「……は?」
「受け入れます、と言ったのです!」
 リリウムがその顔を赤く紅潮させたままで、呆然として口を開いていた男へと向け、食ってかか
るように言い放つ。
「あー……確認するがな」
「なんですか」
 語気を荒くして言葉を返す少女に、我に帰った男が優しい口調になって問いかける。
「その、あんたな……初めてか?」
「え、あ――だっ、男性の方とそのような行為をするのは、初めてです」 
「そうか。わかった」
 ふーっ、と自分を落ち着かせるように深く溜息を吐いて、男がリリウムの肩の上に両手を置いた。
「あ、あのっ。リリ……リーリエも、まだ心の準備の方が」
 突然のその行為に、少女が身を硬くして声を上擦らせるが、男はその腕をしっかと離さぬように
して真剣な眼差しを彼女へと向けた。
「お互い、冗談はここまでにしておこう。悪いが俺も男だ、お嬢ちゃんみたいな美人に抱いてもい
いと言われたら、本気にしちまうことだってあるんだ」
 男の目からも、目の前にいる少女は美しく見えた。
 一見して子供のように小柄で華奢に見える身体も、体型的には既に女性としての性的な魅力を備
えだしている。
 完全な成熟を果した肉体ではなかったが、むしろそれが、その身体を自由にしてもよいという彼
女の言葉に、一種背徳感のようなものすらも漂わせる、絶妙のラインであるとも言えるだろう。
 深入りは避けたい。
 だが、正常な男性であれば、自ら深入りをしたくなる気持ちを皆一様に抱いてたとしても、なん
ら不思議ではない。
 それが男が少女に対して抱いた、男性としての率直な感想であった。
「あんたにどんな考えがあるかは知らねえが」
「じょ、冗談のつもりなどありません」
「ああそうかい。それなら、もっと気の利いた色男にでも事を頼め。俺は面倒が嫌いなんだよ」
 言葉の途中に割り込んでくる少女に、男は鷹揚に頷いてみせると、彼女の肩を掴んでいた両腕の
力を抜き、軽く突き放した。 
「じゃあな。悪いが窓だけは閉めて帰って――」
「帰りません!」
 どん、という衝撃が厚い胸板に走り、男が思わず咽返りそうになった。
「こ、の――」
 分からず屋が。
 そう口にしかけた男の鼻先に、甘い果実の香りが漂ってきた。


 気が付くとリリウムの身体は男の逞しい腕に引き寄せられ、寝台の上へと倒れこんでいた。
「あ、ぅ」
 少女が、苦鳴の声にも似た吐息を漏らす。
 背中に廻された腕の力はそれほどでもなかったが、肩口から触れた男の肌がとにかく熱く感じら
れて、彼女は引き攣るようにしてその身を強張らせた。
(え――?)
 下腹の、丁度へその脇辺りに新たな熱さを感じて、リリウムは喘ぐ意識の中で首を傾げる。
 それが男の掌の感触だと気付いた時には、もう遅かった。
「や、ぁ――」
「大声出すな。じいさんに聞こえちまうだろうが」
 男が息を荒げて、少女の上半身を覆っていた薄手のカーディガンをその下にあるアンダーごと、
一気に捲くり上げた。
「あんたの肌、本当に白いな」
 目の前に露になった彼女のへそから胸元へかけての肌の透き通るような白さに、男は思わず手の
動きを止めて生唾を飲み込みそうになるのを堪えた。
「あっ、くっ――いやぁっ!」
「こ、こら。暴れんなって。服が裂けちまうだろうが」
「はなして、離して下さいっ」
 まだ幼さを残すが故の、一種倒錯した美しさを見せるその身体に男が見惚れた隙を縫い、リリウ
ムは手足を必死にばたつかせて抵抗を試みる。
 だが、大人と子供と例えても大袈裟ではない体格差の前に、その行動はあまりにも無力であった。
 細い両腕は男の左手一つで頭の上へといとも容易く押し上げられ、暴れる両の脚はその付け根の
部分に膝をきつく当てられて動きを止めていた。
「今頃怖くなってくるなんて、虫が良すぎる話だぜ。それとも、最初ぐらいはやさしく、ってか」
「な、なにを――こんな乱暴をされるなんて、約束が違い過ぎます!」
「はあ? この身体とその顔で誘うだけ誘っておいて、その言い草かよ。あんたも大概だな」
「やあっ、やめて――ひっ!?」
 いやいやをするようにブロンドの髪を振り乱し、拒絶の意志を現すリリウムの下腹へと再びあの
熱さが触れてきた。
「こちとら、仕事の前から溜まりに溜まっているんだ。そこまでして煽らなくても、思いっきり可
愛がってやるから、安心しな」
 ついっ、と人差し指を少女のへその上へと立て、そこから円を描くようにして肌の感触と反応を
確かめると、男は軽く口笛を鳴らしていた。
 肌理の細かさと柔らかさは、当然見た目の通りに素晴らしいものだったが、男を一番に驚かせた
のは、その視覚的な反応であった。
 指先を這わせていくと、その白い肌の上に、うすい桜色の軌跡が描かれていくのだ。
 しかもそれは、暫くの時を置くと、雪解けするかのように掻き消えてゆき、元の白さを取り戻す。
「いいね。初めてを頂くなんざ、今までは面倒なだけと思っていたんだが」
 ここまので極上となれば話は別だとばかりに、男が少女へと覆いかぶさる。
 その指先を下腹から外側へと逸らし、撫で上げるように脇の方へと走らせていった時点で、男は
少女からの抵抗が途絶えていたことに気付き、眉を顰めた。


(乱暴が過ぎたか?)
 飽くまで楽しみとしての行為のつもりで、リリウムの自由を奪っていた男ではあったが、ふと心
配になって掴み上げた彼女の手首へと視線を移すと、そこにはうっすらと赤く腫れあがった後が残
されていた。
「っと、悪い。手荒にしすぎ――」
「ぅ、っく……ひっ、う、うぅ……」
 想像していた以上に華奢な少女の体に対する、扱いの不味さを反省しようとした男の耳へと、微
かな嗚咽の声が響いてきた。
 男が反射的に固まる。
 それに対して、リリウムの喉から漏れる嗚咽の声は、その大きさを増していくばかりであった。
「ひっ、ひっ、ひぅ、う、あ……あぁ、ああぁぁっ!」
「ちょ、ちょっと待て! 泣くとか、ありかよ!?」
 解放された両の手で顔を覆い隠し、まだなんとか着衣に守られていた胸元を、ひきつけを起した
かのように激しく震わせて、彼女は盛大な泣き声を上げ始めた。
「おい、泣くな。泣くなって。俺が悪かったから、な?」
 小鳥が、ぴぃぴぃと親を呼び求めるように、細く高い音色を無遠慮に撒き散らし始めた少女を前
に、男は完全に毒気を抜かれていた。
(なんだって、俺がこんな役回りをしなきゃなんねぇんだよ)
 彼女の着衣の乱れと姿勢を直し、先ほどまでとは一変して壊れ物を扱うかの如く、不器用な手つ
きであやそうとするが、当然それは巧くなどいかない。
「おい、じーさん! 聞こえているだろ、あんた! なんとかしてくれ!」
「あぁっ! ぅあああっ! うー、ぅ、ぁああああっ!」
 お手上げになって恥も外聞もなく助けを呼ぶが、それは少女の怯えに火を注ぐだけの、余計な行
為に過ぎなかった。
 この騒ぎを聞きつけているはずの院長も、他の病室の住人も、端から無視を決め込んでいたのか、
一向に姿を見せる気配もない。男は完全に途方にくれた。
 一向に泣き止まない少女を見ていると、思わず口に綿でも詰め込んでやりたくなるが、それでは
行き着くとこまでいった馬鹿のやることだろうと、流石に思い止まる。
(なんかこう、ねぇのかよ。起死回生の巧い手ってのは)
 そんなものを簡単に思いついて実行できるような人間であれば、彼はこんな場所に厄介になどな
っていないのはずなのだが、それでも必死になって対策を考えようとする。
 しかし、それも巧くいかない。
 元々こういった事態に慣れていない上に、すぐ傍に幼い子供のように泣き喚くリリウムがいるの
だ。むしろ、これでまともに考え事に集中できる方がおかしいくらいだろう。
「と、取り敢えず窓だ。いっ、つぅ……くそ、半病人になんてことさせやがるんだ、こいつは」
 この調子で外に延々と泣き声を垂れ流しにして、本当に手に縄が回っては洒落にならない。
 そう考えた男が寝台の上から脚を下ろそうとして、足全体に鈍い痛みを覚えた。
 戦闘、しかも完膚なきまでの敗戦で機体のみならず、彼自身の肉体にも多大なダメージが残され
ていた為だが、いままではそんな状態であっても、そっちのこととなれば痛みも吹き飛んでいただ
けの話なのだ。
「ぐ、いててててっ――こ、のぉ」
 引き摺るようにして病室の窓を閉めてまわり、男は精根尽き果てた状態で、再び少女の泣き続け
る寝台の上へと倒れこんだ。
「まぁだ泣いてやがるのか、お前は」
 ――疲れた。
 最早なにを考えることもできず、男は両腕を広げて、重くなってきた目蓋に全てを任せていた。


 ふにふにとした感触が、男の意識をまどろみから引き戻そうとする。
(なんだよ、おい) 
 やわらかいと感じていたのは、遠慮がちに引っ張られる己の頬の肉ではなく、むしろその心地良
い刺激を与えてくる、別のなにかの方であった。 
「んん……」
 くすぐったいような、もどかしいようなその感触に男が声を漏らすと、その刺激がぴたりと止む。
 暫く空白の意識に己を任せていると、またふにふにとした感触がやってきた。
「ん、あ――」
 ――ふにふにふにふに。
「く、んくく」
 ――ふにふに、ぐに、ぐにっ。
「んお? う、む、む……」
 ――ぐぐぐぐぐっ。
「む、い、いでっ! いででででっ!?」
「きゃっ」
 頬を強く引っ張られた鈍い痛みと、甲高い驚きの声で男の意識は覚醒した。
「――ああ、あんたか」
「あ、はい。おはよう……ですか?」
「んんっ。ちょっと待ってくれ。いま、思い出す」
「はい」
 腕の中に収まるリーリエと名乗った少女の姿を認めて、男は判然としない記憶の扉をこじ開けよ
うと眉間に皺を寄せた。
「……ああ、そうか。寝ちまったか。悪かったな、お嬢ちゃん」
「いえ、リリウムこそ、突然のこととはいえ、取り乱してしまいました。すみません」
 ガリガリと後頭部を掻きむしりながら、男が謝罪の台詞を述べ、少女がそれに対して横になった
ままで器用にお辞儀を返す。
「あんたが謝ることは――ちょっと待て、いまあんた、なんて言った」
「あ」
「リリウム……リリウム・ウォルコットか! って、あだだだだだだっ!?」
「あ、だ、大丈夫ですか!?」
 反射的に体を跳ね上げた男が、その動きの反動としてやってきた激痛に、顔を歪めて仰け反る。
 しかしその痛みも、いまの彼にとっては優先して対処していくことではなかった。
「くそっ、あんたか。あんたが、あの銀色のネクストの」
「む、無理をなさらないで下さいっ」
「無理? 無理だと? 手前の手でこうしておいて、よくも、そんな、ぐっ、ツッ――」
 仕事で出くわした敵に恨み言をいうなど、負け犬の遠吠え以下だと頭ではわかっていても、いざ
その相手を目の前にして平静でいられるほどに、男は出来た人間ではなかった。
「なんなんだ、あんた。負けた俺を、わざわざ笑いにでも来たってのか、天下のBFFの女王が」
「――っ!」
 怨嗟の声で叫ぶ男に、彼の身体を支えていたリリウムの体が、びくりと震えた。
「あいつは、フェイトシェアはどうした! 俺の相棒はっ! 鉄屑にでもしたのかっ」
 男が、血を吐くように叫び続ける。
 拳が苛立ち紛れに寝台へと叩き付けられ、重く響いた衝撃にリリウムは瞳をきつく閉じて耐えた。
 耐える以外の術を、知らなかった。


 静寂の後、寝台の上にうつ伏せになっていた男が、緩慢な動きでリリウムへと向き直った。
 少女の肩がきつく、乱暴に掴まれる。
「っ、う……」
「お前は、なんの目的で此処に来た」
 静かに問いかけてくる、男の目と身体に宿るのは殺意そのものであった。
「言え」
「く、ぁっ、り、リリウムは、ぁ」
 肩を手に、心の臓をその気に鷲掴みにされた少女が、息も絶え絶えに喘ぐ。 
「リリウムは、し……っ、知りたいのです」
「なにをだ」
 苦鳴に喘ぐ姿にも一切の動揺を見せずに、冷えきった声音で男が後を促す。
「り、リリウム以外の、全ての人たちが闘う……闘う理由を、知りたいのです!」
 それは叫びだった。
 有形無力の、意味を成さない言葉でしかない、ただの叫びを彼女は繰り返す。
「知りたいのです! リリウムが殺した、奪っていった人たちの闘うわけが! 私が、私がただ言
われるままに閉ざしていった、その価値が、知りたいのですっ!」
 絶叫に等しい言葉を口に、リリウムが眼前の男へ訴え続ける。
「……餓鬼かよ」
 舌打ちを鳴らして忌々しげにそう吐き捨てた男からは、既に先刻までの冷たさは消え失せていた。
「ラーム、だ」
「え……?」
「意気地無しのラーム。それが俺の名前だ。苗字か名前かは知らねぇがな」
 悪かったな、と付け加えて、男は少女を解放した。
「で? その理由とやらが知りたくて、偶然殺し損ねた相手に、わざわざ聞きに来たわけか? 流
石、トップランカーはぶっ飛んでいらっしゃるな」
 付き合いきれないといった風に、男が大袈裟に肩を竦めてみせる。
「……リリウムは、ラーム様とお話してみたかったのです」
「あん?」
「なぜ、死を前に闘えるのか。なぜ、逃げ出さずに闘いを選ぶのか。私には、理解できません」
 項垂れ、消え入りそうな声になりながらも、リリウムは己が抱いていた疑問を初めて口に昇らせ、
男へとぶつけていた。
「なんだそりゃ。戦場に、ネクストに乗っていりゃあ、誰だって死ぬんだよ」
 理解できないといった口振りで男が受け返す。
「リリウムに、死は許されていません。死は、育ててくれた方への裏切りに他なりません」
「……カウンセリングかなにか受けた方がいいぜ、お前さん。俺はそっちの方で食っているわけじ
ゃないんだ」
 なんだかんだで返答を続けつつも、俺はこんな子供相手に撃墜されたのかと、男は無性に悲しい
ような、虚しいような気分になり始めていた。
(BFFの女王、か。騙りにしちゃあ大袈裟すぎるが、本当なら、あそこも先が危ういな)
 それとも、と男は考える。
 あの噂は本当なのか――
 傭兵たちの間でまことしやかに囁かれる噂話の、そのうちの一つを、男は思い出していた。


 BFFという企業は、ある一人のリンクスの手に因って操られている。
 いまの世の中を牛耳る企業と、その駒であるリンクスとの、関係の逆転を意味するその噂話は、
男にとってなんの価値もないものだった。
 だが、彼の目の前にいる少女が、本当にあのリリウム・ウォルコットだというのならば、その話
も完全に無価値なものではなくなってくる。
「リーリエ、だったな」
 リスクだけが恐ろしく大きい、賭けにもならない計画が、男の頭の中で立ち上がり始めていた。
「え、それは、あの……」
「一つ、答えてくれ」
 突然偽りの名前で呼ばれて、リリウムはたじろぎながら男の言葉を待った。
「あんたは、俺のネクストがどうなったかは、知っていないのか」
「――廃棄されました」
 男の搭乗していたネクストの廃棄を「客人」の前で命じたのは王小龍だったが、そのことは口に
はせずに、リリウムは意図して簡潔な答えを返した。
「そうか。ありがとよ」
「大事なもの、だったのですか」
 表面上では、さっぱりとした口調で礼の言葉を述べる男に、少女は真剣な眼差しで問いかける。
「そこそこには、な」
 そう、そこそこに。自分の手足程度には、大事だったと言えたのだろうと、男は思い返していた。
「……やはり、こんなお話をされてもご迷惑なだけですね」
 暫し無言の時が過ぎた後に、自虐の響きのある口振りでリリウムが呟いた。
「ボランティアでやれってのなら、そうだな。だが、取引って形でなら、考えるぜ」
 多少勿体を付けてその独白に返事をした男へと、少女が不信の眼差しを向ける。 
「先ほどのようなことを、お望みですか」
「あ? ……ああ、そういやあんた、男が女を抱くって意味も、わからないんだな」
「いまは、なんとなくわかるつもりです」
 つい、とそっぽを向くリリウムの頬は赤い。
「なるほど。まあ、それも魅力的ではあるんだがな。俺が欲しいのは、情報だ」
 なんとなくそこから離れがたいのか、寝台の上で着衣を押さえたまま、恥じらいの仕種を見せる
少女の姿は、確かに男の劣情を煽るものではあった。
「情報、ですか」
「そうだ。あんたはリーリエとして、俺にBFFのちょっとした情報を売ればいい。無論、俺と話
してあんたが得るものがなくなったと判断すれば、取引はそこで終了だ」
 それは、稚拙な引っ掛けであった。
 男の狙いは、BFFという企業を相手にした、個人的な仕返しを兼ねた弔い合戦であり、それが
目の前の少女が持つ欲求にも似た、感傷の産物であることも十分に理解していた。
「別に、あんたやその周りの人間しか持たない、重要な情報でなくたっていいんだ。ネクストに関
わらない、些細なことだっていい。俺も、無料で付き合うんじゃあ、話にも張り合いがないだけだ
からな」
 できる限り少女の警戒心を刺激せぬように、男は柔らかい口調で囁き続けた。
 そう、情報の価値自体に意味はない。
 ――大事なのは、あんたが、リリウム・ウォルコットが、情報を売ってくれたっていう、事実だ。
 殊更、リーリエという少女と自分の個人的な取引なのだということを強調して、男は言葉を重ね
た。
 リリウムの美しいブロンドの髪が、その心の動揺を示すかのように、揺れている。
 ――もう一押しだ。
 男がそう判断して、破談の素振りを見せつけようとしたその時、彼女は俯かせていた顔を上げて
口を開いてきた。


「お断りします」
 やわらかな、しかし決然とした口調で、リリウムが拒絶の意志を告げる。
「リリウムの願いは、飽くまで個人的なものです。それを成す為に、大恩ある方に背くようなこと
は、できません」
 少女のその眼差しに意外なほどの強い意志の光を見せ付けられ、男が一瞬怯みかける。  
(女王としての一面って奴か)
 だが、それまでとは打って変わって強気になった彼女の態度に、男の中で疑問が生じた。
 苦々しく感じられたリリウムの言葉の一端が、どこかで引っ掛かって感じたのだ。
 大恩ある方。そしてその前には、育ててくれた方。少女が確かにそう口にしていたのを、男は思
い返していた。
 BFFの女王としてよりも、その誰かへと向けられた、信義めいたものが彼女を支えている。
 そんな風にも感じられたのだ。
 そしてそういった少女の有り方に、心のどこかで嫉妬を感じている、つまらない自分がいること
にも、気付いていた。
「あの、ラーム様」
「なんだよ」
 苛立ちが表情に出ていたのか、男へと話しかけてきたリリウムの声は、遠慮がちなものであった。
「リリウムの方から、取引の条件をお出ししてもいいでしょうか」
「聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」
 男の理解の外にはあったが、少女にとって、自分と話をするということは、やはり大事なことで
あるらしく、それだけは会話の内に彼にも伝わってきていた。
「その、リリウムが納得いくまで、お話にお付き合いして貰えるのでしたら、なのですが」
 途切れ途切れに確認の台詞を口にする少女の頬が、また再び朱色に染まり始めたことに気付き、
男は押し黙ってその後に続く言葉を待ち受けた。
「約束を、頂けるのなら……ラーム様が最初に提示された条件では、不足でしょうか?」
 男の顔が露骨に歪み、それにいつもの舌打ちが加わる。
「まず、返事をする前に、だ。その様付けで人の名を呼ぶのは止めろ。調子が狂う」
「え、あ、はい」
 それなりの決心で口にしたであろう台詞をはぐらかされ、リリウムは戸惑いの表情で男の言葉に
頷いた。
「それとな。あんた、BFFの連中に自分の身体は大事にしろとか、言われてないのか。世間知ら
ずにもほどがあるぜ」
「言われます。言われますが、私自身が貴方に供せるものは、他になにもありません」
「金とか、そういうのだって自由にはなるだろ」
 我ながらどうでもいい話だとは思いつつも、徐々に増してゆく苛立ちが、男を饒舌にさせていた。
「それで引き受けてくれますか?」
「御免だね。食っていく分には、困ってないんだ」
「なんとなく、そう言われる気がしました」
 力のない、困り顔になって少女が笑ってみせた。
 それが出来損ないの苦笑であることが、男にはわかってしまう。


「いいぜ。それで契約してやる」
 不機嫌な表情はそのままで、野放図に伸び始めていたその髪を、がしがしと音を立てて掻き毟り
ながら、男が了承の言葉を告げた。
「ラーム様」
「だから、様は止めろ。でないと、この話はなしだ」
「そうでした。――では、ラームさん、ですね」
 あらためて男の名を呼びなおして、そこで少女は安心したように息をついた。
「嫌われているかと思いました」
「鋭いな。俺はあんたのことは嫌いだぜ」
 内心を顕わにしてまた俯き加減になる少女の言葉を、男がすんなりと認める。
「お嫌い、ですか」
 面と向かってそう言われ、傷付く部分があるのだろう。
 リリウムが悲しげな顔でその言葉を繰り返す。
「ああ、嫌いだ。だから俺があんたの身体に満足するかは、あんたの頑張り次第だ」
「……どうしていいのか、わかりません」
 こうもあからさまに言われてしまうと、気恥ずかしさよりも先に、申し訳なさの方が先に立って
しまい、リリウムは助けを求めるように男の顔を見上げた。
「今回はサービスだ。俺の方からしてやる。いいな?」
「……はい」
「次回からは、これからすることを参考に俺を満足させろ。そうしたら約束通りに話でもなんでも
してやる」
「はい。覚えます。覚えて、貴方を満足させるようにします」
 蚊の鳴くようなか細い声で、リリウムが肩を震わせ、男の言葉に従う意志を見せた。
 それを確認した男が、ほんの少しだけ表情を和らげる。
「といっても、俺は半病人で、あんたは生娘だ。互いに無理はあるからな。さっきみたいな手荒な
真似は控えるから、そこのところは安心しろ」
 そう言った男が、身に着けていた上着をリリウムの目の前で無造作に脱ぎ捨てる。
「あっ――ありがとう、ございます」
 男の気遣いと無遠慮さを同時に目の当たりにして、少女が伏目がちになりながら礼の言葉を述べ
た。
 その言葉を男が意識的に無視していると、彼女はそのうちに落ち着かない様子で、自らの上着の
胸元とへその間の辺りで、細い指先を行ったり来たりさせ始めた。
「なにしてる」
「い、いえ。その、リリウムもラームさんのように……した方が良いでしょうか」
 その動きを不信に思った男の問いかけに、少女は躊躇いがちな様子でそう答えた。
「脱ぐのは、恥ずかしいか」
 男が単刀直入にその心情を言い当て、少女が申し訳なさそうな表情を浮かべて、それに頷き返す。
「じゃあ、着たままだな」
「え?」
 事も無げにそう告げてきた男の顔を、思わずリリウムが覗き込みかける。
 その次の瞬間、ふわりとした浮遊感が、彼女の全身を包み込んでいた。


 すとん、と軽い着地の音を立て、リリウムが男の厚い胸板に背中を寄せる形で移動した。
「これでいいか?」
 少女の脇の下に手を差し込み、その身体を軽々と持ち上げて場所換えをさせた男が、事後承諾を
求めるかのように彼女の耳元で囁いてきた。
「え――あっ、やぁ、ぅう」
「始めるぜ。最初のうちはくすぐったくても、我慢しろよ」
 事態を把握しきれていなかった少女の返答を待たずして、男がその掌を彼女のアンダーの下側か
ら進入させ、ゆっくりと動かし始める。
「撫で回しているだけで、くるものがあるってのは、俺も初めてだな」
「う、ぅぅ、く、くるも――? あ、うぅ」
 すべすべとした少女の肌の触り心地を十ニ分に堪能しようと、指の腹で下腹部全体をなぞり上げ
るようにして男が愛撫を行うと、全身を戦慄かせてリリウムがそれに反応を示した。
 男が、不意にその動きを止める。
 指先は彼女の胸の頂を捉えていた。
「ブラは外すぜ」
「……はい」
 その宣言に、暫しの逡巡を見せてからリリウムは首を縦に振る。
 背中に男の指が触れた。
 そう感じた時には、既に彼女のふくらみを護る布切れは、その役目を失っていた。
 心細さをおぼえたのか、腕を交差させ、背を丸めて少女が俯く。 
「リーリエ」
「――」
 羞恥の気持ちからか、男の呼びかけにも答えずに、リリウムはきつく瞳を閉じている。
「そういう仕種は、そそるぜ。男の喜ばせ方だって覚えておきな」
「――そ、そんなつもりは、あっ!?」
「動くな。そっとふれてやるから」
 弾けるように顔を上げたリリウムの、細い腕とやわらかな肌の間にできた僅かな隙間を、男の指
先が掻き分けるようにして進んでいった。
 反射的に身をよじって逃れようとする動きを、少女の肩の上に自分の顎をかけて男が封じる。
「ん、うぅ、う、あ」
 自然、それがうなじを責め上げられる形になり、リリウムは己の背筋を這い上がってくる奇妙な
感覚に、声を上げ身体を震わせた。
「はぁ、はぁ、はっ――」
「可愛いな、あんた」
「あ、くぅっ」
 互いの肌に段々と滲み出す汗と、その鼓動に合わせて昂りだした情欲の影を認めて、男は堪らず
目の前の少女の耳たぶに吸い付いていた。
「な、なにを、あぁ、うぅ」
「手、後ろに回してみろよ。あんたにも触らせてやる」
 じりじりと胸のふくらみを刺激しながら、男がリリウムの腕を身体の後ろ側へと引きおろす。
 その手が、なにか硬いものに触れた。

「あっ」
 はっとしたように、リリウムが声を上げる。
「わかるか?」
「はい。熱い、です」
「違う。どこだかわかるかって、聞いているんだ」
 少女の身体が、ぴくんと小さく跳ねて、眉の根がきつく寄せられた。
「男性の方の、その……生殖器官、でしょうか」
 しどろもどろといった口調で答えるその頬の周囲は、火がついたかのように赤い。
「色気のない言い方だが、当たりだ。ご褒美はいるか?」
「……はい」
「いい子だ。じっとしていろよ」
 男の言葉通りに、リリウムがその身をじっと動かさずに次の行為を待ち受ける。
 既に彼女の心の内からは、当初感じていたような不安感は薄れてきており、それに変わるかのよ
うに漠然とした期待感のようなものが芽生え始めていた。
「んぅ、あ、はっ、うぅ……」
 男の指先がやや性急さを増した動きで、少女の胸のふくらみをまさぐるように責め上げ始める。
 自分の肌が、じっとりと汗にまみれ、頭の芯の辺りがぼうっとしてくるのがわかり、リリウムは
瞳をきゅっと閉じてその熱さと得体に知れない感覚に耐えていた。
「意外に、あるな」
「――え? あぅ、ふっ、う、くっ」
「胸だよ。服が子供っぽかったからな、騙されていたぜ」
「う、うぅぅ……」
 自身の肉体の性的な部位を、生まれて初めて異性に愛撫を受けたままで指摘され、気恥ずかしさ
と狂おしさから、リリウムは顔を真赤にして俯かせた。 
「リーリエ」
「うぅ」
「悪かった。だから、こっち向け」
 意地になったかのように顔を背ける少女の瞳を、男が上側から覆いかぶさって追いかけた。
 青色と茶色の、色合いの異なる瞳が向き合う。
「悪かった」
「ぅう、嫌いですっ」
 額と額を合わせて、男はリリウムの目に赤い名残を見つけた。
「泣かせて悪かった」
「大嫌いですっ!」
 うなり声を爆ぜさせて、リリウムが言う。
「キスしてもいいか」
「知りませ――んぅ! ぅんーっ!」
 目元から口元へ舌を這わせて、男は少女を黙らせた。


 長く後を引く吐息が二人の唇から漏れる。
 再び瞳を合わせた時、リリウムは憮然とした表情を男に向けていた。
「どうした。息が持たなかったか」
「いまのは、契約違反でした」
「そりゃ悪かった。反省している」
 迫力不足の怒りの眼差しでにらみ付けられ、男が首をすくめて謝罪の言葉を口にする。
「反省して下さい。んっ、ぅう、あぅっ」
「した。……嫌だったか?」
 男の腕が再び少女の服の下から差込まれ、やわらかなふくらみを揉みしだく。 
「されるの、ぅ、でしたら、リリウムのことを……好いて、下さる方に、っく、され、たいです」
「リーリエの方なら、嫌いじゃないから安心しろ」
「詭弁、で、ぅあ、はっ、うぅ――あっ!?」
 男が少女の上げた抗議の声を意図的に途絶えさせて、その着衣を乱暴に捲くり上げると、未だ胸
の頂を覆い隠していたブラを一気に引き抜いた。
 それに続くように、少女の体が均衡を崩して寝台の上へと横這いに倒れこむ。
「やっ、駄目ですっ、服っ」
 リリウムが声を上擦らせて、はだけた胸元を手で隠す。
「全部着たままじゃ、出来ねえよ。それとも、照明落とすか?」
 手足をばたつかせて抵抗しようとする少女へと、男が何気なくそう口にした。
「く、暗いのはもっと駄目です」
「あん? 本当に餓鬼なんだな、あんた。ここは、こんなに成長させちまっているのにな」
 腕の隙間から覗かせていた、リリウムのぷっくりと腫れ上がった桜色の乳首を、男が指先でそっ
と撫で、軽く弾いた。
「え、ぁう、あっ!」
 たったそれだけのことで、少女は悲鳴のような声を上げて身を仰け反らせる。
「っと、指じゃ刺激が強すぎたか」
 暗闇への恐怖に後押しされたその反応を、しかし男は別のものとして受け取った。
「それじゃあ、こっちだな」
 男がリリウムの腰へと腕を回し、その身体を胸元の方へと優しく引き寄せる。
「あ、あの、一体なにを」
「指が駄目なら、こっちだろ」
「え、あっ、きゃっ」
 不安げな面持ちで男の顔を見上げたリリウムに、彼はちろりと舌先を見せてから、彼女の身体を
軽々と上へと持ち上げた。


(あ……)
 一瞬の浮遊感が過ぎ去った後、下半身を抱きしめられた反動で、リリウムの視点がまるで振り子
のように上下に揺らされた。
「――あっ、うぁ、あ! あぁっ」
 攪拌された意識の底を、突如として痺れるような甘い感覚が突き抜け、彼女は我知らずあられも
ない嬌声を己の口から発していた。
 男の舌が、自分の胸の中心を舐め上げ、そこに吸い付いてきたのだということには、リリウムは
すぐに気付けたが、それが何故自分にこのような反応をもたらすのかが、わからなかった。
「うぅ、あっ、ひぅっ」
「すげえ乱れ様だな。感覚強化でも受けていたのか? それとも、胸が特別弱いだけか?」
「かん、あっ、うぁ、ぅううっ」
 男が漏らしたその言葉の意味を正確に捉えることもできずに、尚も少女は嗚咽にも似た声を上げ
続けていた。
「ぅ、うう、あっ――は、ぁ、はぅ」
「声もいいな。約束がなけりゃ、すぐにでもぶち込んでるところだ」
 一度濡らしてやった方の胸は、指の腹でゆっくりとこねくり回してやりながら、男はまだ手付か
ずであった、もう片方の胸の頂にも舌先を寄せてやった。
「ぅあっ! うぅっ、ひっ、あぁ……」
 赤く泣き腫らしていた目元と、感極まった叫びを漏らす口元を両の掌で覆い、リリウムがいやい
やをするように頭を左右に強く振る。
「泣き虫だな、あんた。泣くほど気持ちがいいのか?」
「な、ないてなどっ、ぅ、ひぅっ! い、いませんっ!」
 誰がどう見ても強がりにしかすぎないその言葉に、しかし男は安堵の笑いを浮かべてみせた。
「そうか、じゃあ気持ちはいいんだな。安心したぜ」
「うぅーっ!」
 全身を紅潮させて、リリウムが男の肩に拳を叩きつけるが、非力で、しかも大した力を入れるこ
ともできない体勢では、反撃らしい反撃にもなっていない。
「こら、暴れんなって」
「嫌いです、大嫌いですっ」
 それでも少女は男への報復を諦めない。
 仕方なく男が行為を中断して、最初していたように彼女を背後から抱きしめるまで、その抵抗は
止むことなく続けられた。
「機嫌直せよ、リーリエ」
「――」
「キスしてやるからよ」
 内股になって息を整え終えたリリウムが、彼女の髪を撫でてくる男へと不服の眼差しを向ける。
「……なにか、納得いきません」
「じゃあ、あっち向いてろ。こっち向いたままだと、するぞ」
 リリウムが、顔の向きはそのままに視線だけを外す。
「どこを向くのかくらい、リーリエの勝手です」
「そうか。今度は、途中でちゃんと息しろよ」

 陰影の中に隠されていた少女の首筋に、ブロンドの髪を梳いて通った男の指先が辿り着く。
「んっ……」
 その爪の先端がうなじを通り越し、汗で剥がれ落ちそうになっていた一枚の絆創膏へ触れると、
リリウムはなにかに怯えるように、その身を硬くした。
 男の指先が、そこをきつく撫で上げた。
 それで剥がれ落ちかけた仮初めの皮膜が、彼女の白い肌と再び繋がる。
 知らず安堵の溜息を漏らす少女の下腹部へと、もう片方の男の指先が押し当てられた。
 それで男の意図を察してしまい、脱力しきっていたリリウムの膝が反射的に震える。
「してみるか?」
「……怖いです」
「俺もだ」
 男が器用に片手でスカートの留め金を外すと、リリウムが軽く腰を浮かせて肌と布地の間へと、
男が手を入れ易いよう、自らそのスペースを造り上げた。
 そこへ、まるで壊れ物を扱うような慎重さで、男の指が差し込まれた。
 男のごつごつとした感触の指が、少女のじっとりと汗ばんだ肌の上を滑り落ち、ショーツの上端
に達すると、二人の呼吸が自然重なり合った。
「――あっ!?」
 遠慮がちな動きで以て、男の指先がそのショーツの中へと差し込まれた瞬間、リリウムはそこで
ようやく自分自身の変化に気付かされることとなった。
 ひんやりとした空気が、彼女の大切な場所を撫で上げる。
 それと同時に、むわっとした、大量の熱気が其処から立ち昇るのが、わかってしまったのだ。
 知識の上で、濡れるということをまだ知らない彼女にも、それがはしたないことなのだというこ
とが、本能的には理解できる。
「随分と、薄いな」
「え――」
 いまのは、恥ずべきほどのことではなかったのだろうか。
 耳元で囁かれた男の呟きに、リリウムがそう安堵しかけた。
「いや、ここがな。薄いというか、細いのか」
「あ……うぅ、また、そんなっ」
 彼女が想像した内容とは違う意味で、その言葉が使われたのだと、直に陰毛を触れられてから気
付き、リリウムは声を震わせて男の言い様を非難した。
「褒めたつもりなんだがな」
「そういうのは控えてく、ぁ――え?」
 尚も抗議の声を上げようとする少女の肩が、突如糸が切れたかのようにかくんと垂れ下がった。
「ぇ、やぁ、うぅっ」 
「こっちの方は、まだ可愛らしい感じ方だな」
 ちゅくっ、と水が泡立つような音が寝台の上に響くが、くすぐったさを多分に含む感触に身を捩
じらせて鳴き声を上げるリリウムの耳に、その音は届いてはいなかった。
 まだ男の指先は、少女のきつく閉ざされた肉の蕾の外周を、そっと撫でる程度にしか動かされて
はいなかったが、それだけのことで、既にリリウムは瞳の焦点をぼやけさせながら、その身を震わ
せていた。
「あ、うぁ、うっく……あ、あっ、うぅ」
「気持ちがいいか?」
「んっ、は、はぃ――あっ、ああっ、ひぅっ! い、ひぎっ」
「中はまだ、きつかったか」
 ――ここまでだな。
 それまでとは明らかに異なる、苦痛の声を確かめて、男が指先の動きを止める。
 水音を立てるその中心へと浅く突き立てた指を引き抜き、彼は肩で息をするリリウムの額を撫で
上げていた。


 二人では窮屈すぎる寝台の上で、先ほどまでよりも傍に寄せられた照明の光が輝いていた。
「ぅ、う、いたい、です……痛かったです」
「そういうもんだ。知らなかったか?」
 男の胸に身体の重みを預けながら、少女が首を横にぶんぶんと振ってみせた。
「想像していたよりもです。それに、まだ痛みます」
「そりゃあ――もしかしたら、入りきらねぇかもな」
 涙混じりで瞳を伏せるリリウムの頭の天辺を、男が掌で軽くぽんぽんと撫でてやりながら、独白
するように呟いた。
「いえ、痛いことは事実ですが、リーリエの見立てでは中指くらいまでなら」
「いや、ちげぇよ。こいつの話だ、こいつの」
 今後の健闘を誓うリリウムの宣言を遮り、男は自らの股間に起立する物体を指し示して見せた。
「――」
「見立てだと、どうだ?」
「お腹が裂けてしまいそうです」
「だよな」
 飽くまでも他人事といった風で返した男が、両の掌を頭の後ろで組んで、寝台の上に仰向けに倒
れこんだ。
「非道いですね」
「後悔しているのか……よっと、そら。拭いとけ」
 男が戸棚の引出しから、きちんと洗濯が済まされていたタオルを取り出し、膝を抱えて座り込ん
でいたリリウムへとほうってやる。
「いえ、そうではなく、騙すような真似をしていましたので」
 ぺこりとお辞儀をしてそれを受け取ると、少女はそう言って首筋にそのタオルをあてがった。
「リンクスには向いてなさそうだな、あんた」
「そうですか? ラームさんの方こそ、向いてないように感じられましたが」
「言ってくれるな。ま、Aなんたらの適正とやらは低いらしいから、否定もしねぇがよ」
 灯りに照らされて煌く、リリウムのブロンドの後ろ髪と、自身の光沢のない前髪とに、交互に目
をやりながら、男は深い溜息を吐いた。 
 そんな彼の様子を、リリウムもまた、着衣の下にかいた汗を拭き上げながら見つめる。
「不安なら、別に次からはしなくてもいいぜ」
「いえ、不安がないわけではありませんが、そういう取り決めでしたので。――それに」
「それに……なんだ?」
 困り笑いの顔になって言葉を区切るリリウムに、男が半身を起して問いかけた。
「貴方は、やさしい方のようですから」
 少女に面と向かってそう告げられ、男は呆れ顔になって視線を宙に彷徨わせた。 
「男を見る目もねぇな、あんた」
「すみません」
「謝んな。微妙な気分になるだろうが」


「それでは、今日はこれで失礼いたします」
「ああ。見送りもできなくて悪いな」
「いえ」
 少しばかり話し込んだ後に、男が院長に頼み込んで用意させた、替えの服に着替えたリリウムが
鉄パイプの椅子から立ち上がって、別れの挨拶を口にした。
「気をつけろよ」
「……はい」
 最後にそう声をかけて、男は立ち去ってゆく彼女の後姿を見送った。
 部屋の入り口を折れてその姿が消えうせ、ドアーが閉じられる。   
 暫くそこを眺めていた男が、戸棚の引出しに手をかけ、その裏側に貼り付けておいた煙草とライ
ターを強引に引き剥がすと、素早く箱の封を切った。
「本当に、見る目がないぜ」
 紫煙をたっぷりと口の中に含み、それを部屋の中に垂れ流してから、男は寝台から身を離した。


                                                        < 続く >

このページへのコメント

WushZu Hey, thanks for the article post.Much thanks again. Want more.

0
Posted by stunning seo guys 2014年01月20日(月) 12:03:49 返信

ShfrSc Major thanks for the post.Really looking forward to read more. Awesome.

0
Posted by check this out 2013年12月19日(木) 17:42:17 返信

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

Wiki内検索

編集にはIDが必要です