多人数で神話を創る試み『ゆらぎの神話』の、徹底した用語解説を主眼に置いて作成します。蒐集に於いて一番えげつないサイトです。

物語り

記述

【トミュニ】   VSミブレル (1)

吼えろ、雷――――。

そしてまた今回も。わたしは愚直に、真正面から打って出た。
勝負を持ちかけるとミブレルは心底嫌そうな表情を浮かべたのだが、彼女が慕う悪魔の九姉No.3【腹話術師】カタルマリーナの鶴の一声で戦闘が許可された。
名目は戦闘訓練。けれどこちらとしては真剣勝負の腹積もり。
思えば、わたし達の因縁は深い。
と、私なんかが言うのもおこがましいけれど。
なにしろ私は彼女の百分の一も生きていない小娘で、同じ雷使いとはいえその性質・スタンスは百八十度異なる。
けど。
「だからこそ」、私は勝ちたい。

私が誕生したのは、とある魔術師の庭先だった。
姉妹の中には空間から湧き出たり母親の胎から出てくるようなコもいるけど、私は多くの一般的な姉妹たちと同様に大地から這い出した。
その時、私の育ての親、号を【二時に鳴く虫】といった彼は、私を見た途端飛び上がったそうだ。
魔術師として、神秘に巡り会えた嬉しさからではなく――――ただ単に、びっくりして。
肝の据わってない魔術師もいたものである。実際私の父親は魔術師らしからぬ魔術師で、【扉の発生原理についての基礎理論】とか、【召喚円の視覚誘導により併発され得る魔力因率の3パターンの不規則変動】だとか全く日の目のでそうにない研究ばかりしている窓際の貧乏魔術師だった。
彼は、私がキュトスの魔女だということを承知で私を育てていた。私のことが市の連盟に露見し、かつての同僚達に全身を雷撃魔術で焼き尽くされるまで、ずっと。
父はやさしかった。 不器用だけれどぎこちない笑みを浮かべて、反抗期に入った私の気を引くために私が唯一興味を示した視線干渉による魔術効果理論を延々と説明したり、好物の干し葡萄を買ってきてくれたりした。
私がダメになったのはこのどうしようもなく優しい父の甘やかしにあったのかもしれない、とか言い出すと格好が悪いので言わないけれど、私はそんな父を愛していたと思う。
父が死に、怒りに震えた私はその場にいた全ての人間を雷撃で焼き尽くした。
【視】ることしか能が無い私が何故わざわざ雷の魔術を使うことを選んだのか―――幾つもある基本的な魔術属性のなかでもとりわけ扱いの難しい【雷】。
威力は高いものの、失敗すれば反動で自身が焼けてしまう高位魔術。
私は、父が死んだ瞬間の光景が、今もまだ目を閉じれば先刻のことのように思い出せる。
瞼の裏に焼きついたその光景は、あるいは私という存在が魔女として新生する原風景になったのかもしれない。
私共々焼き尽くさんとする雷を自分に引寄せる為に、彼の努力の結晶である研究成果を媒介にして【避雷針】の魔術を行使した父。
四方八方から襲い来る、自分よりも圧倒的に強力な魔術師の悪意に曝されて、咄嗟に父が出た行動がそれだった。
娘の為に迷いもせず命を投げ出した、どうしようもないほどに馬鹿で優しい親。
気がついた時、私はその瞳で雷を引寄せていた。
【招雷】―――後にそう呼ばれることになる私の得意魔術は私の両の掌を焼き焦がしながら父の仇達を一撃で薙ぎ払い、私はそこからたった一人で生きることになる。
旅をして数年目、ふとした偶然で出会ったヘリステラと名乗る私の「種族としての」姉は私を見るなり奇妙な顔をしてこう言った。
―――君は、能力を妙な形で使うのだな。
よければもっと上手い使い方を教えようか、自分は教えるのに向いていないから、私の一つ下の妹に教えを請うといい。彼女は星見の塔というところに住んでいて、場所は――――
ヘリステラの申し出を、私は素気無く断った。ヘリステラは私の態度を気にした様子も無く、何か思うところでもあったのか、含んだように微笑んで去っていった。
私が雷を使うことを選んだのは、そういう、魔女としてはわりとありふれた過去があるからだ。
私が風を使うのは、雷の魔術を最も生かせるのがその属性だから。
だから、私は。
雷だけは、負けられない。

【トミュニ】   VSミブレル (2)

「白き焔にかけて・・・・・・一閃ッ!!」

絶世大円斬剣最終奥義・『白焔』――――雷の剣が火花を散らし、『追い風』が『火』を増幅。【炎】となり燃え上がった魔力を剣に纏わせた私は、もてる限りの最高の一撃を見舞った。
―――私の戦闘スタンスは単純明快。 雷を攻撃に使い、風を補助に使う。 それらに関わる簡単な魔術も必要に応じてたまに使う。
落雷によって発生し、風によって煽られる「火」の魔術は実は私の得意とするところなのだ。
そして雲―――即ち「冷却された水あるいは氷」である雲霞ミブレルにとって炎は最も苦手とする属性の筈。
無論物理的には炎が直撃した位では雲粒は消えたりしないのだけれど―――【水】の属性を本質とする彼女にとって、【火】の属性の魔術で攻められる事は概念的不利を意味する。
果たして読みどおりミブレルはその曖昧な全身を後退させて回避。
雷撃をその両手に発生させ射出するも、私の放った暴風がその身体を揺らがせて狙いを外させる。
これもまた一つ、私の有利な点。
雲である以上、風には逆らえない。彼女には気体という性質を利用して相手の体内に入り込み液化、赤血球の溶血を引き起こし殺害するという恐るべき必殺技があるのだが、私が常時風の結界を張っている限りそれは不可能だ。
となれば、後は純粋な雷撃勝負。
実の所、雷を操る姉妹は私たちだけじゃない。
電磁力を操る姉妹、静電気が尋常じゃない姉妹、電子そのもので構成される姉妹の他、複数の属性魔術を使いこなす姉妹の多くは雷の魔術を使う。
けれど、その中で雷使い、として名を馳せるのは雲霞ミブレルと雷風神トミュニ
その理由は一つ。実力云々ではなく、単なる印象の問題。
かつて私たちはぶつかり合ったことがあるのだ。それも、二度に渡って。
実は私の雷は自前ではない。一種の召喚魔術であり、【別の所】から雷を持ってきているのだ。
まあだからどうということはない。九姉の一人ビークレットだって他所から炎を持ってきている点では変わりない。
だが、雲霞ミブレルは違う。彼女の雷は、自前の雷だ。
自分の中で電位差を発生させ、霊的魔術的に指向性を与えて放電する。
それは私のやり方とは正反対であり――――いきさつは省くが、とある一件で知り合った私たちはささいなことから言い合いになり、最終的に魔術のセンスやスタンスについての議論となり、果ては相手の魔女としての力量を罵倒し合うだけのケンカに発展。
二度激突したものの二度とも決着は着かず―――(私が負ける)直前で邪魔が入って決着はお預けになったのである。
当時は私も未熟だったとはいえ、自由自在に雷を操るミブレルに私は手も足も出なかった。
その後悔しさをバネにして特訓に特訓を重ね、超一流とまで呼ばれる魔術師に成長。多分ミブレルと戦う事が無ければ今の私はありえなかったのだと思えば、彼女に感謝してもいいかもしれない、と最近は思い始めていた。
と、感傷に浸っている場合ではなかった。
ミブレルの体が離散し、数人のミブレルとなって分散する。
雲分身――――ミブレルの得意とする戦法だ。上空に浮き上がった彼女たちは同時に雷撃を発射する。

【トミュニ】   VSミブレル (3)

【枝分かれするもの(ライクハーメン)】
一般に、私、トミュニの能力はそう呼ばれている。
別に間違いではない。私は枝分かれするもの―――即ち雷を操ることを自身の能力として定義している。
間断無く襲い来る雷は多数。しかし私が放つ雷は一つ。
その本質が【枝分かれするもの】、つまり【幹】として機能している以上、私の魔術は一撃ずつしか放てない。多数の雷を放つ事もできるが、それは【枝】であり、一撃に絞った時よりも威力が落ちる。
そして、ミブレルの強力な雷に対抗しようと思った場合、それでは足りない。
「ッくっ!!  Mj・・lnirより招く!  汝が名は【剣】! 我が名、我が意に従いて示せ、雷の威!!」
虚空から掴んで抜き放った剣を媒介に電撃を放つ。ミブレルから落ちた雷の一つが相殺され、残りの雷撃が私の足下を焼き焦がし、全身に張り巡らせた魔力障壁を直撃して激痛を走らせる。
戦場は――――「星見の塔」の演習場はボロボロだった。生命石の床が剥離し、罅割れ、砕けている。 時間を置けば自動的に修復されるだろうが、それにしても大した壊れようだ。
天から降り注ぐ雷撃は私の防御を突き破り、私の雷撃と火炎は数人のミブレルを消滅させたがそれは彼女の一部に過ぎない。
キュトスの姉妹屈指の【体積】を誇る彼女は、そもそもが滅ぼすこと自体が困難極まりない。
恐らく、例え九姉であっても彼女を完全に滅ぼせと言われたら方法を考え出すのに丸一日くらいはかかるんじゃないだろうか。
膨大な体積のミブレルは自在に拡散し、相手の破壊をするりとかわす。
姉妹としての不死性だけでなく、外的要因による一時的死亡が一度も無い姉妹と言うのは、彼女を含めてかなり少ないらしい。
とはいえ、彼女にも弱点はある。彼女の魔術行使は文字通り身を削る行為なのだ。
彼女はその能力を使うたびに体の雲を消耗する。故に戦い続ければいずれ肉体を使い果たし敗北する筈なのである。
要するにマラソンマッチである。彼女が疲弊して倒れるのが先か。私が彼女の雷の前に倒れるのが先か。
彼女が消耗していけばその力も減退する。時間が立てば経つほど私に有利になっていく。
【電瞳】で少し見てみたが、ミブレルの「雲」の消耗ペースは速い。このままのペースで私が持てばあるいは―――
そう思った矢先に、それは起こった。
彼女の攻撃パターンに、変化が生じたのだ。
雷撃の嵐が止み、降り注ぐものが水滴に変化した。
「雨・・・?」
上空のミブレルは無言。彼女の口数は元々多くない。物静かな少女は、しかし戦闘時には冷酷な殺人マシーンと化す―――。
その彼女が、今更、威力の乏しい雨?
私の炎を打ち消す事が目的なのか、それとも感電を狙っているのか。私は風の魔術を展開し、雨を吹き散らす。
無駄だ。彼女はあくまで【雲】。故に、水滴を高速で射出して弾丸と為す、というような例の【姫君】みたいなことは出来ない。
精々が嵐のような集中豪雨を再現することができるだけで、破壊するだけの能力は雨には無い。
と、その雨の様子が一変する。一転して硬く大きい氷の粒が降り注ぐ。
雹だ。
だがそれも同じ。雨霰と氷が降り注ごうと、私の風の防御がある限りそれは届かない。
・・・・・・不可解だった。彼女はこの奇妙な攻撃と並列して雷を撃って来ることをしない。できるはずだろうに、なぜかこんな視界を防ぐ位にしか役に立たない無意味な攻撃で時間を浪費している。これでは彼女も消耗するだけだろうに――――そこまで考えて、私は自分の頭を殴りつけたくなる衝動に襲われた。
視界が、塞がれている。
私がこの雨や雹を防いでいる間、ミブレル自身が何をやっているか、全く見えていないのだ。となれば、これはまさか・・・・・・。
唐突に、雹の嵐が止んだ。 晴れた視界、私の目の前に現れたのは・・・・・・。

【トミュニ】   VSミブレル (4)

声は静かに。しかし苛烈に響き渡った。
「―――廻れ。・・・・・・廻れ。廻れ廻れ廻れ廻れ廻れ廻れ廻れ廻れ廻れ廻れ廻り狂い秩序を乱せ」
光り輝く円盤が浮かんでいる――――それを見た私は、悲しい事に言語的なセンスや修辞の知識に乏しかった為にそんな言葉しか思い浮かばなかった。
後でケルネーに話したらこんな表現が返ってきた。
それはさながら、天使(フェーリム)の光輪(ハイロゥ)――――と。
私は【視】た。 その円盤全体を高速で移動する【雷】そのものを。
アレは円盤、というよりも、二つの性質を異にする半円形の魔力塊・・・・・・? 組成が複雑すぎて魔術の性質が把握しきれない。 対極の磁場が渦巻き、信じがたい程の莫大なエネルギーが蓄積されている。
馬鹿な。あんなもの、あんなものが、魔術・・・・・・?
それの理屈は良くわからない。 けれど、【視】てしまったその魔術の本質が私を戦慄させた。
あれは拙い。 アレは恐らく、九姉でさえまともに喰らえば無事では済まない。
「灼えろ」

【粒詞】加速器(サイクロトロン)。
その円盤が加速させるのは荷電粒子―――陽電子に他ならず、光速にまで加速された荷電粒子は電子を付加されて指向性を持つ。
狙いは、私。
ミブレルが、ぼそりと呟いた。
「ビ――ム」
閃く。

【トミュニ】   VSミブレル (5)

プラズマ化した大気が空洞化し、ビームが通り抜けた後には真空が残る。
直後、周囲の大気が圧倒的な圧をもって空洞に入り込む。暴風が吹き荒れ、咄嗟に結界を張ろうとして――――激痛に顔を顰めた。
吐血。一瞬の判断で、右半身に風を収束させる。
恐る恐る視線を下にずらすと、そこには完全に消滅した私の肩から胸、そして腹。
腕は手指の先だけが大地に落ちており、背後を見れば穿たれた破壊の爪跡は絶句するしかないという有り様だ。
消滅。 完全な消滅である。
回避不能の光速破壊。 今までの雷撃がお遊戯に思えてくるほどの大威力。
これがビーム。これが荷電粒子砲。
雲霞ミブレルが使う、最強最悪の電荷術式。
「今のはわざと外しました」
淡々とした声が聞こえてくる。天を仰げば、そこには光り輝く円盤を翳す、天上の女王の姿。
「戦いとはいえ、完全に滅ぼしてしまうのは本意ではありません。 私のビームが直撃すればあなたの全身は完全消滅する。 ・・・そうなれば、大地との接続は魔術的にも物理的にも途絶します。貴方が復活する事は叶わないでしょう」
そうなる前に、とミブレルは言う。負けを認め、降伏しなさい。
暗にこう言っていた。
―――次は無い、と。
「ぐ、が、けほっ」
盛大に血を吐く。 肺が半ばでとろけているため、呼吸が上手く出来なくなっている。 こしゅーこしゅーと喉から息を吐きながら、私はつけない悪態を、あらん限りの罵倒の言葉を、せめて頭の中で吐き出した。
全て、自分に向けて。
これで、これで、終わりなのか。
「あっ・・・・・・は・・・」
笑ってしまう。自分の二十数年かそこらの積み重ねが、結界の六十二妹でも指折りの実力者に届くとでも思っていたのだろうか。
思えば私は負けばかりだ。
そりゃあ並みの魔術師に負けたりはしないけど、私の考え無しで猪突猛進な戦術はちょっと頭の回るヤツなら容易く破れてしまう。
戦いの駆け引きだとか、理論理屈で埋め尽くされた特殊能力だとか、そういうのは思いっきり苦手な私だ。ただ力押し――――それが通用しなければ何もできない、無力な小娘。
だから。
だから、そんな身の程知らずが格上の相手に挑んで呆気なく破れたとしても、それはとても当たり前のことだ。皆はまた負けたのかと笑うだろうし、その笑いは失笑であっても嘲笑ではないだろう。
仕方が無い。 相手が悪すぎたのだ。勝てる筈なんて無かったのだ。このまま降参しても、誰も責めたりはしない。
悔しいけど、命には変えられないよね。
雷でだけは負けられないって思ったけど、上には上がいるって事だよね。
人生諦めも大事だし。すぱっと切り替えて新しい事に取り組むのも一つのやり方だし。 元々、私って戦いに向いてる人材じゃないし。
っていうかダメダメ言われまくってる私が、いまさら勝とうだなんて、虫が良すぎるというものだ。それよりも私は、あのミブレルに最強の一撃を放たせたことを誇りに思うべきなのだ。 そうだ。私はよくやった。誇っていいぞ私!!

・・・・・・悔しい。
悔しくて・・・・・・・・・泣きそうだ。
最低にかっこ悪い。何が誇っていいぞだ。誇りなんかボロボロだ。吼える事しかできない負け犬よろしく、這いつくばってキャンキャン鳴くのが私の生涯か。
ダメだ。ダメだダメだダメだ。
この勝負は。
この勝負だけは。
負けたくない。 勝ちを譲りたくない。
これは、【雷】は。
今此処にいる私の、【根っこ】だから。

血の混じった唾を勢い良く吐き出したのは、自分なりの宣戦布告。
天に向かって吐いた唾は垂直に落下して私の額にかかる。
うわあ。最高にかっこ悪い。
「・・・・・・馬鹿なの?」
訊かれてしまった。訊かれたからには答えねばなるまい。私は残った肺で息を吸い、震える喉からがらがらの声を絞り出した。
「とーぜん。 馬鹿にきまってるでしょ」
ミブレルの暗色の瞳が、私の瞳とかち合った――――彼女の細い目蓋が心持ち開かれる。
「そう・・・・・・滅ぶ覚悟ができたのですね」
「お生憎様、私はまだ野望を果たしていないから死ねないよ」
「野望?」
良くぞ訊いてくれました、とばかりに残った左腕を持ち上げ、びしりと指先を突きつける。訊いて驚け、私の目的は、
「美少女だらけの楽園を造り、ビシャマルルスクォミーズメクセトも真っ青の空前絶後の私だけのハーレムを完成させることよ!」
ふっふっふ、と不敵に笑う私を絶句して見つめる事三秒。ミブレルは常にも増して無表情になり、冷たく宣言。
「死海に落ちろ」
そして、輝く円盤に魔力が満ちていく。
――――さあ、覚悟はいいか、わたし。
ここからが、勝負の分かれ目だ。

【トミュニ】   VSミブレル (6)

話は変わるが。
私の異名として【雷風神】などいう名を呼び始めたのは他でもない、この私だ。
自称である。 折角異名を付けるのだから、とことん凄いのをつけてやろう、ということで「神」とか名乗ってみた。名前負けだと会う人全てに言われ続け、それでも私は「雷」という一点へのこだわりを貫く為その名を名乗り続けた。
私の能力を【枝分かれするもの】と名付けたのも私だ。魔術を強化する際に何かの概念に関連付けるとバリエーションが増えるので、あえて樹木という概念で定義してみたのである。
私の魔術の展開プロセスは単純だ。 いつか出逢ったセレクティフィレクティという魔女は、まるで、届く筈のないほど遠くにある倉庫に手を伸ばして道具を取り出しているようだ、なんて言って妙に驚いていたっけ。
私はその瞳【電瞳】で異界を【視】る。
【電瞳】なんて「この瞳」を名付けたのも私だが、それはまあいいとして、異界の摂理、法則、論理や概念、果ては言葉の意味まで、様々なものを【視】る―――理解している私は、こちらとあちらの共通項を想定して励起した魔力を意味的に合一させる。
つまりは、多元世界的に相似した事象を引き起こす事によって、世界という論理に対してペテンをかける。
まあなんとも私らしいちんけな魔術理論だが、【扉】や魔方陣を使わずに世界線に干渉可能な姉妹はそうそういないのである。
九姉だってこれができるのはサンズとかアーザノエルくらいのものだろう・・・・・・・・・・・・多分。
その【詐術】を行うに際して、私が決めていることが一つある。
まず、私がこの【視】ることにより行う魔術は【雷】限定とすること。
故に、私が使う風やその他の魔術は、この世界で一般に使われている神や精霊の力を借りたり自然の威を招いたりする種類の魔術なのである。
何故私がこんなことを決めているのかというと、多分、私が【雷】以外のものを【視】始めたら、私は腐るから。
制約のない力の行使は、間違いなく私を堕落させる。
私はダメだから、自制心とかには縁遠い女だから、むやみやたらと力を濫用して、最後には力に溺れて自滅する。
大して強い能力でもない。けど、無力な私にしてみればこの瞳はあまりにもできることが多すぎる。 能力に依存した私は努力を止め心を弱くし―――ああ、末路が見えるようだ。
破滅的な堕落の一途、そんな結末は願い下げだ。私は私が本当に望む未来の為、本当にしたいことを実現する為に力を使う。
不要なモノは削ぎ落とす。 女たる者エッジは鋭くハートは熱く――――なんて。

【トミュニ】   VSミブレル (7)

閑話休題。
つまり打開策は、其処にしかない。
ミブレルの荷電粒子砲、あれは「属性」という魔術的概念の縛りを脱した、より極小の世界の理で動いている。
そもそも【ビーム】なんて概念、さっきあの円盤を【視】て初めて知ったくらいだ。対応のしようがない。
けれど、射出する一瞬、私は確かにその反応を捉えた。
あれは基本的に大気中で使える術ではない。
先ほど大気をごっそりと抉り取り、真空状態を作り出していたが、そもそも普通に大気中で射出すれば粒子が著しく減衰し射程と威力が低下する筈なのだ。
だけど、ミブレルが放ったビームはあくまで魔術。
電気的に中性な粒子を用いた中性ビーム。あれを撃つ直前、ミブレルは自らの電撃放出能力を応用してビームに指向性を持たせていた。
次にビームを喰らえば私は跡形もなく消滅する。
しかし、仮に回避できたとしたらどうか。
これだけの大技だ。莫大なエネルギーを要するだろうし、相手の魔力だって底なしじゃあない。 連発すれば彼女にとって過負荷となるであろうことは想像に難くない。
つまり、それ以前に消耗していた彼女は、二発のビームを発射したことによって激しく消耗する筈。
そう。たった今、彼女に宣戦布告した時に【視】て分かった。
悠然と浮遊するミブレルは、実の所ベストコンディションには程遠い。
ビームを撃つ前と後で決定的なまでに【雲】の量が違っていた。 【雷】に関連するからこそ見えやすい【雲】は、膨張させて誤魔化してはいたけれど絶対量は確実に減っている。
私の見立てでは、同じものをもう一発撃てば、彼女はもうまともな戦闘を行えない。
勿論凡百の魔術師くらいなら蹴散らせるだけの余力は残るだろうが、そこはこのトミュニ様、弱ったミブレルを捻じ伏せるくらい半身が削れてても朝飯前。
だから私は、なんとしてでもあのビームを回避しなくてはならない。
とはいえ、私自身が移動して避けるのは無理。光より速く動けるならともかく、ビームが放たれた後に回避っていうのは現実的じゃない。
私がすべき事、それはビームの偏向。或いは拡散。
相手の魔術組成に干渉し電子を剥離させるか、或いは別方向に指向性を与えるか、強烈な磁場を発生させてビームを捻じ曲げるか――――
どう考えても、相手の魔術式に干渉する必要があるものばかりだ。
相手のサイクロトロンは遥か天に。空間呪法によって理論上無限の高度をもつ天井だが、私とミブレルの直線距離はおよそ数十フィーテ。
届かない。
今の私の魔術の技量では、相手の簡易術式のジャミング程度ならともかく、魔術組成そのものに干渉したり遠隔型の阻害式を送り込んだりはできない。
ならばどうする。
良く視るんだ私。 あれは異なる摂理の魔術だけれど、紛れもない【雷】に纏わる術式。
あのミブレルがそれを扱えているという事実がそれを裏付けているじゃないか。  なら。それならば。
その点において、私の理解が及ばないなんて事はあってはならない。
だから【視】ろ。 いいかトミュニ、お前にできる事なんてそれだけしか無いんだ。ならばその「唯一」を命を削ってでもやってみせろ!
【視】ろ。【視】ろ。【視】ろ。【視】ろ。【視】ろ。【視】ろ。
あの馬鹿でかい円盤を、その節穴でしかと【視】ろ!!!
そして―――ミブレルの円盤が輝いた。

【トミュニ】   VSミブレル (8)

光速の領域に於ける戦いとは、開始する前に既に勝敗が決まっている。
故に。
打つべき布石をより緻密に、相手の予想外の場所に打った者こそが勝利する。戦術の読み合いなんて高度な事はできないけれど、幸い私には「ずる」スレスレの瞳があった。
だから。
大気がぶつかり合って生まれる暴風の吹き荒れる中。ミブレルのビームが放たれてもなお私が立っていられるのは、私の読み勝ちなんていう大層な事じゃなくて、ただ単に私が気合を入れて【視】る事を成し遂げたというだけの事。
つまりは――――気合と根性の勝利。
嗚呼―――全く。 なんて私らしい。
「う・・・・・・そ・・・?」
呆然―――否、愕然と呟いたミブレルが、目を見開いている。
見ているのは、なんとか無事に立っている私ではなく、
「私の―――ビームが」
見当違いの方向に飛んでいったビームが、演習場の外壁を派手に抉り取っていた。
揺れる瞳が、私を捕らえる。
その希薄な全身が震え、大気を振るわせる声も精彩を欠いている。
「何故・・・・・・どうして、どうやって?!」
見る影も無く縮んでしまったミブレルは、等身大の人体を構成するのに四苦八苦しながらその高度を落としていく。
私はボロボロの身体を引き摺るように、一歩踏み出して厭らしく笑ってやった。
「あんたの猿真似。 目には目を、歯には歯をって別の世界の金言が視えたわ」
「ま、さか・・・?」
驚愕の声。当然である。やってのけた私も自分自身にびっくりだ。
相手の至近に干渉できないならば、自分の周囲に干渉すればいい。
召喚・合成ができるかは分からなかったが、破れかぶれの一発勝負で荷電粒子の束を発生させ、ビームの軌道を私に命中する直前で捻じ曲げた。
当たり前だが直角に曲がってくれたりはしない。
けれど、先の一撃でビームの口径は把握している。
破壊の程度から言って、一定以上の高角度から頭を狙って撃たなければ私を滅ぼすのは不可能だ。 そして、ミブレルはやるといったことは必ず実行するタイプだ。 狙い外して殺し損ねましたなんて彼女のプライドが許さない。
だから、発射の直前に狙い済まして彼女の真下から風を吹き上げさせた。
軽い彼女の身体は容易く浮き上がり、それに伴いビームの照準も一瞬狂う。僅かに狙いを上にずらしたビームは私が頭上を中心とした一帯に集中させた荷電粒子の束と全力で放出した磁気の網によって絡め取られ、私の頭上を走り抜けて背後の壁に直撃したというわけである。
「・・・いやー、成功するとは思わなかったね。 やっぱり魔術は気合と根性、非論理を押し通す不条理さが全てだと実感したよ」
「あ・・・・・・いや・・・・・・ぁ」
ふわふわと後退するミブレル。その力ない声に含まれているのは、怯え。
「こっちもこっちで満身創痍って感じだしさ。 そんな状態で全く未知の異界のルールを召喚するなんて無謀もいいとこなんだけど。 ま、無茶でもしなきゃあんたには勝てそうも無いし。 ――――Mj・・lnirよ」
大気を震わせ、虚空から剣を取り出す。異界の神の鎚・・・・・・対応する「意味」がこの世界ではとある剣だった為にこのような形状をしているが、私が振るうのは紛れも無く雷神トールの神威である。
息を飲む猛威?(ギニッシャルド)】。私の手に最も馴染んだ、相棒とでも言うべき魔術剣。
「さて、それじゃあ」
「あ、・・・あ・・・・・・ゃ」
決着を、つけましょうか。

羽より軽い剣を振り上げ、私は姉を切り裂いた。

「――――え?」
気体の身体をあっさりと通過した剣は、そのまま罅だらけの床に突き刺さる。
なおも怯えたような瞳で此方を見るミブレルは、なんというか、その、ぶっちゃけそそる。
私はまだ余力を残している。だから剣に魔力を込めれば、ミブレルの雲の身体を両断できる筈なのだ。
けれど、私はそれをしていない。何故かって、それは勿論――――。
「さてさて、ミブレルさん。 私は勝った相手には敬愛を込めてこんな問いを放つんだ。 勝利自体が少ないから知ってる人があんましいないんだけどさ」
不思議そうに私を見るミブレル。うんやっぱし結構可愛い。 分からない娘だなあ。さっき言ったじゃないか。私の目的。
だからさ、と私は剣を床に刺して、陽気に笑ってみせる。なるったけ、私が一番魅力的且つ格好良く見える笑い方で。
「ミブレルさ、私の女にならない?」

可愛い娘を見かけたら、とりあえず殴って口説いとけ。
ぜってぇオチる。

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