多人数で神話を創る試み『ゆらぎの神話』の、徹底した用語解説を主眼に置いて作成します。蒐集に於いて一番えげつないサイトです。

物語り

記述

メクセトと魔女 3章(1)

 栄華も権力も、それが例え絶対に見えても崩れ去るのは一瞬のことだ。
 全ては砂上の楼閣にしかすぎぬ。
 例外などない。
 千年続いた帝国とて、滅ぶ時は一瞬なのだ。
 そして終わりという観念がある以上、遍くそれ瞬間は訪れる。
 天を自由に羽ばたく鳥とて、何時の日か力尽きて地に落ちるのだ。
 全ては移ろい、変わり、そして終わりを告げる。
 地上の民族全てを統べ、空前の人類国家を作り上げたメクセトにとってもそれは例外ではなかった。
 
 
 「随分と外が騒がしいわね」
 少女は、後宮女官にその唇に紅を差させ、髪を梳かせながら言った。
「はい、メクセト陛下が諸国から兵を集めてらっしゃるのです、寵妃様」
 「寵妃様」というのは、彼女が名前を何時まで経っても名乗らないので、何時しか誰かが彼女に対して呼び始めた名前だ。
 最初はその名前で呼ばれることに抵抗を感じていた彼女だったが、何時の間にかその抵抗は消え失せていた。
「そう……でも、もう陛下に戦争を挑む民などないでしょうに」
「『神』に戦争を挑むのだそうです」
 「『神』に……」と少女は窓の外へちらりと視線を走らせる。
 窓の外のはるか地平に、地から天へと消える「天の階段」の白い軌跡が見えた。
 メクセトが作り上げた、神の世界への侵攻のための天へと繋がる階段だ。
「『被創造物が、創造主から独立する時が来たのだ』とメクセト陛下はおっしゃっておりまして、それに賛同する英雄の皆様が世界の各地より集まっているようですよ。メクセト陛下はその中から1032人の英雄?を選抜していると、街ではもっぱらの話題ですわ」
 興奮したような口調で女官は言う。
 彼女がこのようなのだから、後宮の外の民衆はどれだけこの「『神』を倒す」という行為に熱狂していることだろう。
「何時でも強い敵を求めて、無茶ばかり。あの人は、幾つになっても代わらないのね」
 ふ、と彼女は自ら意識しないうちに笑みをこぼしていた。
 あれから3年、世の中は変わった。
 彼女に「全てを統べる者」と宣言した通り、彼は地上の全てを短期間で掌握した。その支配の下に、多少の諍いこそあるものの、民族同士の大規模な争いは消え、今ではハイダル・マリクのような都市が世界の各地に作られているという。
 後宮のある王宮のまわりにも大きな街が広がり、聞きなれない様々な異国の言葉による喧騒が彼女の耳元にも聞こえてくる。その喧騒に眠りから覚まされる朝も珍しいことではない。
 そして自分もすっかり変わってしまった、と彼女は思う。
 永遠に歳をとらないというキュトスの姉妹だったというのに、魔法の効かないこの後宮の中ではその理すら無効化されたらしく、彼女はその過ごした時間にふさわしく歳をとっていた。もう、少女と呼ばれる時代もせいぜいあと1年ぐらいだろう。
 その間に後宮は、彼女が知っているものより遥かに大きいものになり、そこに住む女達も増えた。それに比例して、メクセトが彼女の元を訪れる機会も減った。
 ……そして、あの人の気を引くためにあれだけ嫌がっていた化粧をする私がいる。目的のための手段とはいえ、全ては時間とともに変わっていく
 今更、永遠などありえない、という何処かで誰かが言った言葉を彼女は思い出す。
 全ては季節と共に移ろい変わるのだ。
「それじゃ、またあの人は後宮には寄り付かないわね」
「そうですね。寂しい事ですね」
 「そうね」と自らがふとこぼした溜息に彼女は気づいた。
 ……私は、いつの間にかこんな溜息をこぼすようになってしまった
 今更ながら彼女は愕然とした。

メクセトと魔女 3章(2)

 「遂に、あの男は『神』に宣戦を布告したよ」
 それ、ヘリステラの影は、夜陰の中で溜息混じりに言った。
「これで晴れて人は神の脅威へと、そして敵対者になることを選んだわけだ」
「そうなりますね」
 少女は、それの言葉にそう頷いたが、それは首を傾げながら「君、他人事のようだな」と聞いた。
「いえ、そんなことはありませんわ、お姉さま」少女は慌てて首を振る。「私は一日だって自分がキュトスの魔女だということを忘れたことはありませんし、あの男を倒すことを忘れたことはありません」
 その言葉に少なくとも嘘はなかった。
 確かに、彼女はこの3年、メクセトからあらゆる魔術を引き出した。その為にはかつての自分の嫌がった行為を行うことも厭わなかった。熱心だったとも言える。
「その割にはこの3年、何の行動もおこさなかったようだが?」
 だが、それの言葉に、思わず視線を背けてしまうのも本当だ。
 だというのに、彼女は彼を倒そうという行動も策謀を施すことも何もしてはいないからだった。
「今の君だったら、この後宮を覆う結界だって破れるのではないかと私は思うのだがね?」
「それは……」
 確かにそれの言う通りだった。
 『檻より解き放った鳥が大空に羽ばたいて逃げるのみと考えるのは愚者の考えだ。余にはお前が逃げない自信がある』と言って、この後宮に仕掛けられた結界について教えてくれたのは既に2年前の話だ。3年前の彼女ならまだしも、魔力も、覚えた魔法の数も段違いの今の彼女にはこの後宮を抜けることなど決して難しいことではない。
 なのに、自分でも理由は分からないが、この後宮を抜けることが彼女には何故か出来なかった。
 何故、ここから逃げ出さないのだろう?、この男の腕に抱かれて眠ることに、ぬくもりに安心を感じる時があるのだろう?、と彼女は偶に自問するが、何かが彼女の中で揺らいでしまったのだろうか?、どうしてもその答えが分からない。
「いえ、まだその方法は分かっておりません」
 そして、いつしか彼女は姉に対して嘘を言うようになっていた。
 妹の嘘を見抜いているのかいないのか、「まぁ、良い」とヘリステラは腕を組んだまま言った。
「結論だけ言う。我々『キュトスの姉妹』はこの戦いにおいて神々にも人間にも組しない。結末まで看過する」
「看過ですか……」
 そうだ、と影は頷き、「何故だか分かるか?」と聞いた。
「いいえ……」
「怖いからだよ、あの男がね」
 それは彼女にとって姉から聞くとは思ってもいなかった言葉だった。
「人間など、取るに足らぬ存在。かつての我々はそう思っていた。だが、あの男が、メクセトがその認識を変えてしまった。今では、主神アルセスに勝つことすら絵空事ではないのではないかと思うときがある」
「そんな……」
 大袈裟なとは言えないのも事実だ。
 今の飛ぶ鳥を落とす勢いのメクセトならば、それすら可能なのかもしれない。
「ともかく、元は一の神たる我々は、自らに不利益にならない限り不干渉を貫く。最悪の場合、最後の神になるためだ」
「……」
 無言のままの妹を見て、「結局君は私のいらぬ忠告は聞いてくれなかったようだな」とそれは言った。
「そんな、私は……」
「違うというのならば、それは君が気づいていないだけだ」
 それの言葉を完全に否定することが出来ず、彼女は俯く。そんな彼女の姿を見て、「随分と可愛くなったものだ、君は……」と皮肉混じりにそれは言った。
「あの男を暗殺する方法を、実際幾つも考えたのだよ。だが、今の君を見ているとそれすら実行しなくて正解だったと思う時がある。可愛い妹の涙はみたくないからね」
「お姉さま、私は……」
「だが、一つだけ覚えておきたまえ。どんなに強い力と魔力を持とうとも、あれは結局の所は人だ。いずれ終わりは来る」

メクセトと魔女 3章(3)

「喜べ、魔女、お前が解放される日が来るぞ」
 ある晩、前触れもなく彼女の部屋を訪れたメクセトが開口一番に言った言葉がそれだった。
 その言葉の意味する所が判らず、唖然とする彼女を横目に、メクセトは彼女の部屋の寝台に体を投げ出すように横たえた。
「どういうことなの?」
 そう聞く彼女に、天井を見つめたまま「次の戦で余は出陣するからだ」メクセトは答えた。
「そして二度とここには戻って来るまい」
「……?。言っていることが分からないわ」
 メクセトはフンと自嘲気味に鼻を鳴らすと、「余が負けるからだ」と半ば投げやりな口調で彼女に言った。
「全く……余もとんでもない過ちを犯したものだ。神の数を誤るとはな」
「そんな……」
 そう呟く彼女の脳裏に「いずれ終わりは来る」という姉の言葉が思い出される。
 その言葉の意味は分かっていたし、それは望んでいたことのはずだった。
 なのに、いざ、その日を前にしてみると、彼女に出来ることは困惑することだけだ。
「だったら……そんな戦い、止めちゃえば良いじゃない」
 半ば答えは分かっているというのに、彼女はメクセトに言うと、「無理だ」と案の定、にべもなくメクセトは答えた。
「どうして?宣戦布告をしちゃったから?『神』が今更戦いの終わりを認めないから?」
「どれも違う」不機嫌そうにメクセトは答えた。「余は王だからだ。余が宣言し、民がそれを渇望し、それを余が行う以上、余は王としての責務を果たさねばならぬ。今更取り消しはできぬ」
「そんなの……そんなのおかしいじゃない!」
 彼女は叫ぶようにして言った。
 何故、そんなことをしたのか彼女にも分からない。あれだけ憎んでいた相手が自滅しようというのに……終わりを迎えようというのに……なのに彼女には叫ばずにはいれらなかった。
「貴方、王なんでしょ!。地上の全てを統べているんでしょ!。好きに出来ないものはないんでしょ!。だったら……」
 彼女が言わんとしていることを察したのか、「それをやったら、余は王ではなくなる」とメクセトは彼女の言葉を遮るようにして言う。
「全てを統べるということは、全ての責務を受け止めるということだ。それが出来て、初めて、全てを恣にできるのだ。それが余の選んだ生き方だ」
「そんなの嫌!」
 気付けば、両の瞳から涙がとめどなく溢れていた。
 ……この人がいなくなる……私の目の前からいなくなる……私は、それを望んでいた……でも、嫌だ!……それは嫌だ!
 そして彼女は上半身を起こしたメクセトの胸に飛び込み、その胸を力一杯叩く。
「勝手すぎるわ。そんなの勝手すぎる!」
「お前は魔女だ」メクセトは、そんな彼女の体を優しく抱きとめながら言った。「いかなる傷とて癒すことが可能であろう?。ならば乙女に戻ることも可能なはずだ。余がいなくなり、無事にその身が解放されたのならば、余がお前に刻んだ全ての傷を癒して乙女に戻り、余のことは忘れることだ」
「勝手なこと言わないでよ」
 精一杯大声で言ったはずの彼女のその声は、涙で掠れていて、自分でも聞き取れないほどの小声になっていた。
 その体を震わせながら、彼女は今まで真っ直ぐに見ることの出来なかったメクセトの目を見て叫ぶ。
「私、乙女になんて戻らない!。貴方に会う前の自分になんて戻らない!絶対、貴方のことを忘れない!」

メクセトと魔女 3章(4)

 そして彼女はメクセトの胸の中で嗚咽した。
 もう崩れ去って跡形もないはずの彼女の世界が再び崩壊を始め、ありったけの感情が痛覚になって彼女の胸を苛んでいた。
 そんな彼女を呆気にとられた表情で見つめていたメクセトは、ふと微笑をその顔に浮かべると、いつものように親指でクイと彼女の顎を上げさせると、その唇に自分の唇を重ねた。
「ようやく覚えたな」しばらくの間を置いて、メクセトが唇を離して言う。「こういう時は自分から唇を開くことを……」
「天駆ける蒼い馬……よ」
 不意に彼女が言った。
 「うん?」と怪訝そうに首を傾げるメクセトに、「……私の名前よ」と恥ずかしそうに顔を背けながら彼女は言う。
「……ムランカ、か」
「そう……それが、私の名前」
 メクセトの言葉に、彼女は答えた。
「私はね、この名前が嫌い。全然、女の子らしくないもの。まるで男の名前みたい。それに、魔女らしくもないし……他のお姉さまのような、もっと女の子らしい綺麗な名前が欲しかった」
「余も自分の名前が嫌いだぞ」
 彼女の耳元に、囁きかけるようにメクセトは言った。
「……軍政官だ」
「?」
「ハイダル・マリクでは軍政官を『メクセス』と呼んだのだ。余の父は軍政官だった。だからようやくできた男子に、自分の後を継ぐようにと『メクセス』をもじってメクセトという名前を付けたのだ。少しも偉そうではない、下僕の名前だ。余も、もっと王に相応しい名前が欲しかった」
 そう言って、メクセトはいつものように高笑いをする。
 かつては癇に障っていた、恐れたこともあったその高笑いが、今は何より愛しく彼女には感じられるようになっていた。
「……で、でも……でもね、わたし、貴方の名前が……」
 続けようとするのに、吃音症でもあるように、彼女はその後の言葉を続けることができない。
 そうしているうちに、「余はお前の名前が気に入ったぞ。とても好きだ」とメクセトの方が先に言ってしまった。
「冥府黄泉に抱えていくのならば、こういう名前が良い」
 また新しい涙が彼女の目から溢れて頬を伝う。
 嬉しかったから……あれだけ嫌っていた、他人に、姉達にですら語ることを疎んでいた名前を口にされることが今は何より誇らしかったから……
「私を御傍に置いて下さい」
 だから彼女は、気付けばその言葉を自然と口にしていた。
 それが何を意味するかは分かっている。今まで味方だった全てに叛くことも分かっている。何もかもを失うことも分かっている。結末、いや末路も分かっている。
 一時の感情に流されてそう言っているのかもしれないことだって分かっている。
 けれど……後悔だけはしたくなかった。
「戦場で貴方の隣にいさせてください。きっと、どのあなたの将兵よりも良い活躍をして見せます」
「それは出来ぬ」
 だが、その申し出をメクセトはあっけなく断った。
 「どうして?」と聞く彼女の瞳を見つめてメクセトは言う。
「余は言ったはずだ。お前を『女』として扱う、と。自分の『女』を戦場に立たせることなど余には出来ぬ」
「馬鹿!」彼女はもう一度彼の胸を叩きながら、そして泣きながら言った。「馬鹿!、馬鹿!、馬鹿!」
「そうだな、余は愚者であるに違いない」
 そう言ってメクセトは彼女の唇を自分の唇で再び塞ぎ、優しく彼女の体を寝台に横たえた。
 ……あぁ、そうか。
 今更彼女は気付いた。
 ……もっと早く自分の心に気付くべきだった……私はずっと前からこの人のことを……ゆっくりと……
 彼の腕に抱かれるぬくもりを感じながら、この刻がいつまでも続けば良いのに、と彼女は思った。
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