多人数で神話を創る試み『ゆらぎの神話』の、徹底した用語解説を主眼に置いて作成します。蒐集に於いて一番えげつないサイトです。

物語

概要


荒 定彰(あら さだあき)によるエッセイ。月刊「今日の哲学研究」新史暦1988年13月号(通算672号)に掲載された後、文庫化された。

記述

 最初の話は、みんな知っている。いろいろバリエーションはあるが、だいたいこうだ。

 昔々、アルセスキュトスがいて、アルセスがパンゲオンという怪物を紀元槍で突き刺して、世界が生まれた。もしくはパンゲオンというのは槍の名前で、アルセスが突き刺したのはキュトスだという話もある。
 変わったところでは、南方の民族は罵蟲(ばむし)=パンゲオンは虫で、蟻背(ありせ)=アルセスはその虫から生えてきたキノコの名前で、世界は冬虫夏草のようにパンゲオンから生えてきたアルセスの「カサ」の裏側の部分だ、と考えている。キュトスに当たるのは原初の甘露の海、海糖酢(かいとうず)だ。

 でも、結局のところみんな考えていることの核は同じ。最初にアルセスとキュトスとパンゲオンが登場する。アルセスが紀元槍で誰かを殺した。キュトスはいなくなった。誰かの死体から世界が出来た。そして紀元槍はその名残としてこの世界にブッ刺さってる。その紀元槍に人間が触れると神になれる。今日は晴れてるからその紀元槍が窓からよく見えてますねぇ、だ。

 無論、パンゲオン以前のヌーナやロディニオの神話は知ってる。だが、これらの神話が語られるようになったのは、かなり後世になってからの話だ。つまり、これは権力者が自分の作った神を偉いものにするために、パンゲオンの前に無理矢理押し込んだと推測できる。ほら、今だって新興宗教の教組サマ達が自分らが霊感を得たカミサマを、ヌーナよりも前の根源神だって言って元祖と本家で争うラーメン屋みたいに古さを競っているだろう? これは、「加上説」といって、新しい神様ほど居場所がないから時代をさかのぼる、という最近話題の学説さ。

 というわけで、我々人類が持つもっとも古い神話はパンゲオン神話、と言うことになる。しかし、それもちょっと考えると不自然だ。幾らどこからでも見える存在であるからと言って、それが世界の成り立ちと直接結びつけなくて成らない理屈はないんだから。実際、太陽や4つの月、星はどこからでも見えるけれども、これらを世界の成り立ちと結びつける考え方はきわめて少数派で、しかも考古学的研究の成果から、その多くはかなり新しい時代になってから唱えられるようになったと考えられている。
 じゃあ、どうして紀元槍だけが世界中で特別視され続けているのか。私の考えはこうだ。文明以前の時代には、太陽や月を世界の成り立ちと関連づける神話を持つ部族とパンゲオン神話を持つ部族――おそらくは紀元槍が見えやすい地域に居住していたであろう――が共生していた。ところが、文明を手に入れたのはパンゲオン部族だけだった。そして、パンゲオン部族が非パンゲオン部族をみなごろしにしてしまった。そして、我々現生人類は皆、どんなに文明の程度の差があっても、この血塗られたパンゲオン部族の子孫なんだ。

 ところで、我々人類が持つ古い神話はもう一つある。それは「」だ。古今東西すべての民族が、存在しない動物である猫を知っている。考えてみると、これもとても不思議なことだ。そして、猫とパンゲオン神話が同じように世界中に拡散した神話であることから、私は猫とパンゲオン神話には非常に密接な繋がりがあるんじゃないかと思う。

 このことから論理的に導き出される答えは一つ。「猫」はかつて実在した。そして、非パンゲオン部族とともに消滅した。
 無論、現在の考古学でも生物学的な「猫」がかつて存在したとは考えられていないし、また、生物学的にも猫の実在はきわめて否定的なのは私も知っているさ。今後、考古学調査がどれだけ進展しても、「猫」の化石は発掘されることはないだろう。では、「猫」とは何なのか……それは、この幻獣をトーテムとする、あるグループだ。

 ここまで読んで、読者のみんなは「ははあ、つまり猫というのは、絶滅した非パンゲオン民族のことなんだな」と思ったかもしれない。これは、非常に惜しいがちょっと違う。よく考えてみて欲しい。今、パンゲオン神話優性の世界に私たちが生きているから、「非パンゲオン民族」と一語でくくっちゃっているけれど、本当はこんな一語でくくれるほど単純な話じゃなく、太陽の民族、月の民族、星の民族、風の民族……などなどたくさんの民族がいたはずなのだ。それら全部が「猫」でまとめられるほど単純なはずはないよね。

 ここで、パンゲオン神話に戻るけれど、パンゲオン神話で不可欠な三つの固有名詞は「アルセス」「キュトス」「パンゲオン」だ。このうち、名詞に性がある言語では必ずと言って良いほど、「アルセス」が男性で「キュトス」が女性で、「パンゲオン」は中性名詞だ。アルセスとキュトスの性はそのままだから問題ない。南方民族においても「蟻背」はキノコだし、「海糖酢」は蜜の海だから、各々の性をイメージしやすいよね。
 でも、パンゲオンは多くの場合、獣のイメージで語られる。ところが、多くの言語では(性を特定していない)「獣」は男性名詞だ。これはちょっと変だ。ここで思い出して欲しいのは、「猫」が多くの言語で女性名詞または中性名詞として扱われると言うことだ。「猫」が女性名詞とされる言語は中性名詞が少ない言語が多いから、もともとたくさんあった中性名詞がいつの時代からかどちらかの性に振り分けられた中で、おそらくは「猫」の性格が女性を想起させることから女性名詞に振り分けられたんだろうね。まとめると、「パンゲオン」も「猫」も本来中性、ということだ。

 けれども、よくよく考えるとこの「中性のパンゲオン」ってパンゲオン神話の中で邪魔だよね。だって、アルセスとキュトスが仲良くラブラブな状態なのに、子供みたいな「猫」ならまだしも、わざわざ怪物のパンゲオンが出てくる必然性はないんだから。今からパンゲオン神話を作り直すとしたら、こうなるはずだ。
――昔々、アルセスとキュトスの夫婦がいました。アルセスは天で、キュトスは地でした。アルセスとキュトスは紀元槍で結ばれ、キュトスは可愛い猫やその他のたくさんの子供を生んで、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
 ところが、実際の神話では、パンゲオンが世界の成立に必要なばかりか、キュトスに至っては死んでしまう。これはどこかオカシイ。お父さんとお母さんが結婚して、お父さんがペットのジョンと子供を作ってお母さんはいなくなってしまいました、そこには何故か死体がありました、というくらいオカシイ。

 こんなオカシな神話を合理的に説明する方法はただ一つだけだ。実際に、こんなおかしなことが昔々おこってしまった。それをなんとか誤魔化そうとして、ますますおかしな話になってしまったのだろう。そして、昔の人々が隠したがった真実の物語はおそらくこうだ。
――昔々、アルセスとキュトスとパンゲオンがいました。パンゲオンは「猫」でした。キュトスはアルセスもパンゲオンも好きでした。パンゲオンもアルセスもキュトスも愛していました。しかしアルセスはキュトスを愛する一方、パンゲオンを若干疎んでいました。アルセスはあるとき、キュトスとパンゲオンを犯してしまいました。その結果、たくさんの子供達が生まれましたが、そのせいでキュトスは死んでしまいました。アルセスはキュトスの死をパンゲオンのせいにして、パンゲオンを紀元槍で突き殺して、土の下に埋めてしまいました。その上にパンゲオンが生き返らないように紀元槍を突き刺しました。

 そう、元々私たち人類には男性と女性の他にもう一つ性別があった。そしてその性別は「猫」をトーテムとしていた。この性別を、「猫性」と呼ぼう。猫性は夢物語じゃない。今まで出土しても奇型として片付けられてきた、男性とも女性ともつかない化石人類が、まさにそれだ。
 猫性は「しっぽ」のような疑似男性器と、女性器、そしてたくさんの乳房を持っていた。猫性自身には生殖能力はないけれども、男性と女性がエッチして赤ちゃんがたくさん出来ると、ある程度大きくなるまで猫性が育てていたようだ。猫性は常に赤ちゃん達をいっぱい抱えて、遠くから見るとまるで頭がたくさんあるように見えただろうね
 そしてここが重要なんだけれど、猫性は自分自身で子供を産むことも出来ないし、女性を妊娠させることも出来なかったけれども、フェロモンで全体の発情期を調節して、男性とも女性とも積極的にエッチして間を取り持つことで、生まれてくる子供の数を調節する働きを司っていたと考えられるんだ。
 これは、決して当て推量じゃない。この世界に存在する動物のうち、発情期がないのはきわめて下等な種をのぞいては人間と他には片手で数えられるくらいしかいない。最近の遺伝子解析でも、人間の遺伝子では他の動物が持っていたはずの余剰な情報が、何故かちょうど3分の1だけきれいさっぱりどこかに行ってしまっていることがわかっている。これは、我々が本来持っていたはずの性を一つ失ったことによる名残だ。

 ここからは完全に私の想像だが、パンゲオン部族は紀元槍から発生した波長が原因で猫性が生まれなくなってしまった。猫性がいないせいで、発情期のコントロールのたがが外れたため、男性のもつ攻撃性がさらに増強し、他部族から強奪してきた女性を積極的に妊娠させることで、パンゲオン部族は急激に人口を増やした。人口爆発の結果、パンゲオン部族は飢餓状態となり、自らの生存のため世界中に散らばり、猫性の遺伝子を持っていた他部族を滅ぼしていった。その結果、ついに人類からは猫性が絶滅した。

 今こそ、言おう。パンゲオン神話が「神話」である時代は終わった。パンゲオン神話とは、神話でも歴史でもなく、私たち男性が自らの罪の意識を薄めるために生み出された、まやかしの物語である。(了)

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