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26.【ピュア・バニラ】 - 10/08/08 22:13:32 - ID:tivX4/xNCg
コツコツと窓を叩く音に男が振り返れば栗色のおかっぱ髪が目に入る。
「ベルナルドさん、戻りました」
少女は不審車輌の確認を報告した時と変わらぬ口調で言う。助手席の扉を開け
小銭の残りを受け取りながら、男は少女の手にしたやわらかいイタリア風アイスクリームに
軽く眉を上げる。
「なんだ、バニラなんかで良かったのかよ。他にも色々種類があっただろうが」
「これが一番単純な匂いだったんです」
「…そっか」
嗅覚を強化された彼女にとって、それぞれの味をよりはっきりと主張させるための香料は
邪魔なものでしかない。義体の能力は本人が集中しなければフルに発揮されることはないが、
それでも普通の人間よりは敏感だ。
あの移動店舗はバニラが “売り” のようだが、彼女が気に入ったのなら使っている香料も
天然のものなのかもしれない。だとすれば真っ白なジェラートに点々と見える細かな黒い粒は
バニラビーンズなのだろう。
もっとも条件付けによって感情の起伏が抑えられているベアトリーチェには、彼女自身が
言っていたように物事に対する好悪の感情はない。“気に入った” と言うより “一番身体に
悪影響が少ないもの” という判断に基づいいて選択したにすぎない。
無論担当官であるベルナルドはその事を承知しているはずである。しかし気に留めて
いないのか故意なのか、先程の『泣いて帰ってきた』――実際は泣いていたのではなく
臭いを確認していただけなのだが――にしてもそうだが、この男はしばしばそういった
言い回しを用いる。
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