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34.【 ラ・カンパネラ - 10/08/27 01:57:06 - ID:tivX4/xNCg
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「―――さん」
黒髪の少女が振り返り、男をまっすぐに見上げる。
少女が呼ぶ名前は男の名ではない。
男の本来の名前は別にあり、それは彼女に呼ばせるために名乗る偽りの名だ。
義体は『仕事』のための道具。そう割り切るため、距離を置くために採った手法だ。
少女に対して語る言葉は、全て自分ではない『担当官』という男が話している言葉。
その言葉によって彼女がどうなろうが、自分が良心の呵責など感じる必要はない
。
今までがそうであったように、男は少女に作戦内容を淡々と説明し装備の指示をする。
条件付けによって恐怖心を取り払われた少女は、いつものように従順に命令に従う。
これが最後の会話になるとしても、だからといって特別な言葉をかけてやるつもりは
なかった。
銃火器を手にした少女がふと視線を上げる。
「―――鐘の音が聞けたら良かった」
ヴェネツィアの象徴である大鐘楼を見やり、言う。
「教会の鐘の音を聞くとほっとするって、―――さん、おっしゃってましたよね」
無邪気な言葉に男は虚を突かれた。
「覚えていたのか…そんなことを……」
それは確かに男が口にしたことのある言葉だった。
生まれ故郷にほど近い街で、仕事を終え、遠く聞こえた鐘の音にふと郷愁を覚えた。
あの町を離れることなく生きていたならば。地味だが堅実な職に就き、妻を得て、
――もしかしたら、この少女くらいの娘がいたかもしれない。
そんな思いにとらわれたのは後にも先にもその一度きりだった。
ただあの時自分は、確かにこの少女に対して『担当官』としてではない
何がしかの感情を持ったのだ。
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