【いもむしごろごろ】 //トリエラ、クラエス
        //【】//Humor,//【小さな木の実】 //2009//11/


   【いもむしごろごろ】



 ある朝、トリエラが夢から目覚めると、自分のベッドの下に
一匹のちいさな芋虫が転がっていることを発見した。


「なにこれぇぇぇ!!!」
 静謐な朝の空気をつんざく乙女の悲鳴。
同室の少女は迷惑そうに2段ベッドの上から下界の騒ぎを眺めやる。
「……どうしたの? トリエラ」
「いもむしがいるのよ! どっから入って来たの、これ!?」
 普段テロリストどもをなぎ倒し3ヶ国語を操る彼女が、ただの思春期の小娘のようにうろたえる様と言うのは、
中々目にすることができない貴重な光景だ。
しかし別段それに希少性を感じないルームメイトはやれやれと体を起こし、素通しの眼鏡をかけるとベッドを降りる。
「どこ?」
「ほらそこ! 床の上!!」
 褐色の指が指し示す先をクラエスはしゃがみこんで確認する。
 そこには体長1センチほどのぷりぷりとした小さな幼虫が、じゅうたんの上でじたばたともがいている。
「……ああ、多分栗虫の仲間ね」
 言いながらごく自然な動作で白い指先がそれをつまみ上げた。
「!!! なんでそんなものに平気で触れるの!?」
「別に毒じゃないわよ。釣り餌にすれば喜んで魚が寄ってくるわね」
「つ、釣り餌? …てことはもしかして」
「釣り針をこうひっかけて―――」
「いやぁぁぁぁ!!」
 起き抜けで乱れた髪を更に振り乱し頭を抱えて悶絶する学級委員長を、
やっぱり条件付けが緩いとこんなこと位で動揺したりするのかしらとあきれた視線でクラエスは見やる。
――それだけが問題の要因ではないのだが。
「多分これは小鳥が朝ごはんに摘んで来たのを落っことしていったのよ。きっとそうに違いないわ―――」
 ぶつぶつとつぶやくトリエラにクラエスは冷静な推論を述べる。
「…メルヘンな方向に逃避しようとしてるのはわかるけど、
一番現実的な可能性はあなたが先月担当官と拾ってきた木の実だと思うけど」
「うわぁぁぁ!!」
 考えたくない可能性を指摘されてトリエラが叫ぶ。
「多分寒くなってきたから土にもぐろうとして出てきたんじゃないかしら」
「ヒ、ヒルシャーさんと拾ったのじゃなくて、
その後ヘンリエッタたちと拾ってきた木の実かもしれないじゃない!」
「そう思うなら確認してみれば? 多分、虫が出てきた穴が開いているわよ」
「分かったわよ!」
 半分やけくそのように返事をして、トリエラはテーブルの上に置いてある木の実
――ちなみにおちびさんたちと拾ってきたものだ――をひとつひとつ摘み上げて睨みつける。
 程なくまるまるとしたクヌギの実にぽちりと開いた小さな穴を発見し、少女は歓喜の声を上げた。
「―――ほら、あった! やっぱりみんなで拾った方のどんぐりよ!」
 トリエラが得意げに突き出して見せた証拠物件をちらりと一瞥したルームメイトは、
ああ本当ねと相槌を打つも、眼鏡にすっと指先を当てて一言。
「でも残りの木の実が “虫食いではない” と証明された訳でもないわよね」
「〜〜〜っっ、全部調べるわよッッ」
 負けず嫌いの性格がすっかりクラエスに玩具にされている自覚はあるが、
不安の種は払拭しておかねば平穏な日常生活が送れない。
どすどすとレディにあるまじき乱暴な足音を立ててチェストに近づき、
ぬいぐるみのクマたちの前に飾られたどんぐりを、先ほど以上に入念にチェックする。
 全ての木の実を2回ずつ確認し、ようやくトリエラは重々しく判断を下した。
「―――穴あきのどんぐりはないわ。間違いなくさっきのひとつだけが虫食いの実よ」
「そう? 良かったわね」
 実況検分の報告をさらりと流すルームメイトとは対照的に、
パパと――もとい担当官と拾った大切な木の実をにぎりしめ、
心の底から安堵のため息をつくトリエラであった。


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2009,11,07,





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