【特別なパスタ】//ヒルシャー、トリエラ
        //【】//Humor,//2009//11/02


   【特別なパスタ】


「おはようございます、ヒルシャーさん」
 レポート用紙とテキストを手にした少女が担当官の元を訪れた。
おはよう、と挨拶を返した男は少女と同じテキストを手にして自分のデスクから立ち上がる。
テキストに添付された付箋に細かな字で書き込みがなされているのが、座学を担当する生真面目なドイツ人らしい。
 先に借り出し手続きを済ませておいた会議室の鍵を手にし、男は少女を伴ってオフィスを出る。
「世の中は万聖節でお休みだというのに、変わらず課員の方たちは出勤しているんですね」
「……そういえば今日は11月1日だったんだな」
 今日がイタリア全土が対象となる祝日であることを失念していた担当官は、
一般社会とは離された生活を送っている義体の少女からそれを指摘されて苦笑する。
「仕方がない、公社にいる以上定期的な休日など望むべくもないよ」
「因果な仕事ですね」
 そうだなと応え、男は少女に問いかける。
「そういえば、昨日のハロウィンはまた寮でパーティーをしたのか」
「ええ。今年もプリシッラさんが色々と用意してくださって」
「そうなのか」
 2課の創設当時から所属している情報解析担当の女性職員は、
以前に比べて格段に忙しくなった今でも、なにくれとなく季節の行事を少女たちに提供してくれている。
「今年はかぼちゃのトルタ(ケーキ)だけじゃなくて、“ハロウィンの特別なパスタ” も出ましたよ」
「かぼちゃのソースでもかかっていたのか?」
 担当官の平凡な発想に少女は笑って答えた。
「いいえ。パスタの形自体が色々なキャラクターになっているんです。
カボチャのジャックとかお化けとかコウモリだとか。
――イカ墨を練りこんだ黒いクモのパスタはちょっと不気味でしたけど」
 少女の言葉につられて担当官も微笑みを浮かべる。
「誕生日の恐竜パスタみたいなものだな」
「? なんですか、それ」
「ああ、ドイツにもそういう変わった形のパスタがあるんだ。僕も子供の頃、
特別なお祝いの日だけ食卓に上っていた覚えがあるよ。
ステゴサウルスとトリケラトプスとTレックスの3種類が入っていてね」
 翼竜や首長竜の形も入れて欲しいところだが、
例えば翼竜だったらランフォリンクスとプテラノドンのどちらを代表格と見るか意見が分かれるところだろうし、
首長竜の場合はあの大きさでは個別の種の特徴など出せないだろうから、まあそれは仕方のないことなんだろうな―――。
 少女があまり耳にしたことのない古代生物の名前を挙げてそう説明する担当官は、
普段少女たちに古典や外国語の講義をする時よりも何やら生き生きとしている。
 まじまじと自分の顔を見上げる少女の表情に気付き、
朴念仁のドイツ人はまたいつものピントのずれた気遣いをする。
「ああ、ええと…そうだな、説明するよりも現物を見た方が早いから、今度探してくるよ。
クラエスは料理もするんだろう? 寮で皆で食べるといい」
 担当官の言葉に苦笑しながら少女は言う。
「クラエスはお菓子は作りますけど、パスタはどうでしょうかね。
それに彼女に丸投げで頼んでしまうのも気が引けますし……。
あ、どうせだったら調理実習でヒルシャーさんが茹でてくださいませんか」
「え? 僕がか?」
 パートナーから思ってもみなかった提案をされて男は目を見開いた。
 ええ、ぜひ。と楽しそうな表情でかさねて希望する少女の言葉に、
次の休みには大鍋を買ってきてパスタの試作をしなければならないだろうかと、
眉間にしわを寄せ真剣に思案するヒルシャーであった。


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2009,11,01,
BGM『ピカデリー』E.サティ




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