無題(ホットミルク)'' //トリエラ、クラエス、ペトラ、ヒルシャー、プリシッラ
        // 蘇芳◆Ecz190JxdQ // Serious,Dark //2010/01/31



朝目が覚めたら、風邪をひいていた。
喉が痛いし、熱っぽい。
免疫抑制剤を使っているのだから、気を付けなくてはいけないのに。
薬をもらいに行くにも体が重い。
「トリエラ、まだ起きないの」
クラエスはもう起きているらしい。
「風邪ひいたみたい」
「そう。朝食は?
少しでも食べた方がいいわよ」
「食欲ない」
「まあいいわ、軽いものを持ってくるから」
「強いて言うならホットミルクがいいんだけど」
「わかったわ」
クラエスがドアを閉めて出て行く音がした。
1人になって、ふと不安になる。
発熱に使う抗生物質や解熱剤、これも寿命を縮めるのだろうか?
肝臓は交換すればいい、問題は脳だけ。
だったら体の治療は大丈夫だろうか。
ヒルシャーが私にスカートを与えない理由。
前は単にセンスがないのかと思っていた、でも女物のスーツならスカートの方が探すのは容易い。
本当の理由は、露出を減らし、ケガをした時に傷口から感染するのを防ぐため。
それを知ってヒルシャーらしい不器用な配慮だと思った。
任務でブーツを履くためにスカートを買ってくれた時にあまりに仏頂面だったから問い詰めた。
それで白状したのがこれとは…私は抗生物質を使う判断ぐらい自分でできる。
だからあの時はずいぶんヒルシャーが過保護だと思ったけれど。
味覚障害が出て以来つい過敏になってしまう今の私にはヒルシャーの心配は正直ありがたい。
「トリエラ、戻ったわよ」
クラエスの声を聞いて起き上がる。
「トリエラ〜大丈夫?」
「なんでペトラがいるの?」
「実はウィッグの手入れでさ、三つ編みのウィッグ作ってるんだけど上手くいかなくて。
リコがトリエラが上手いよ、って言うから。
あ、でも風邪治ってからお願いするから!
ゴメン」
三つ編み…その言葉にチクリと胸が痛む。
「そのウィッグ、何色?」
クラエスも同じらしい。
「ブルネットだよ、クラエスみたいな」
それを聞いてなんとなく安心する。
「風邪なんてすぐ治るけど、私を待ってて仕事には差し支えないの?」
「うん、大丈夫。
今回はさ、いいとこのお嬢さんに化けるんだ。
今までにないレパートリーだから今日サンドロと服を一式買いに行くの」
「そう、いいわね。
トリエラ、ミルクが冷めるわ。」
クラエスの声が少し冷たい。
「あ、ゴメン。
また来るね」
察しのいいペトラが慌てて部屋を出て行った。
「ありがとう、クラエス」
カップを受け取り口に含む。
ほんのりとした甘さが心地よい。
「あなたはまだヘンリエッタ程じゃないでしょ?」
クラエスに言われてビクッとする。

「わかるわよ。
トリエラ、前なら一匙入れていた砂糖を今は全く入れてないじゃない」
「クラエスが担当官ならよかったよ」
「どういたしまして。
ヒルシャーさんと先生には連絡したの?」
「まだ。
で、これは砂糖何杯なの?」
「三杯よ」
「これなら甘いよ。
でも甘さ控えめって感じ」
「そう。
ヘンリエッタじゃないけど、日記にでもした方がいいわよ」
忘れるから、とは続けないクラエスに少しだけ感謝する。
軽口を聞いている間にマグカップは空になった。
「ヒルシャーさんに電話する」
「じゃ、私はそのカップ片付けてくるわ」
電話するためにベッドから降りると、軽いめまいを感じた。
これは訓練は無理だな。
そう感じながら受話器を取り番号を回す。
呼び出し音が鳴る間に時計を見ると、訓練まで後一時間弱。
ヒルシャーは確実にオフィスにいる。
「はい、二課のオフィスです。
トリエラ、どうしたの?」
「プリシッラさん、おはようございます」
「トリエラ、声が変だよ」
「そうなんです、風邪ひいたみたいで…
訓練はちょっと辛いのでヒルシャーさんに相談したくて」
「気をつけてね…
私も後で時間があいたら行くから。
あ、ヒルシャーさんにかわるね」
電話が保留音に切り替わって数秒、聞き慣れた声に変わる。
「トリエラ?
風邪をひいたそうだな、具合はどうだ?」
「喉が痛くて…熱っぽいです」
「訓練はいいから、ちゃんと先生に見てもらいなさい。
本当は見舞いに行きたいが…」
「はい、そうします。
お見舞いなんて、大げさですよ。
仕事を優先して下さい」
「いや、その…」
わかっている、ヒルシャーが来ないのは「年頃の女の子ばかりが住む寮」に入るのを失礼だと遠慮しているからだと。
だからこれはいつもの私の素直じゃない軽口。
「ヒルシャーさぁん、私が行きますから」
電話の向こうでプリシッラさんの声がする。
「そういう訳ですから、大丈夫ですよ」
「…わかった。
先生に見てもらったらもう一度ここに連絡を入れなさい」
やっぱりヒルシャーは過保護だ。
ヒルシャーとの電話を切って、医者に診てもらうため着替える。
前が開くシャツにいつものパンツ、セーターにコート。
ちょうどそこにクラエスが戻ってきた。
「出かけるの?」
「ヒルシャーさんが診てもらえって言うから」
「じゃあ私も行くわ。
今日は私も検査だから」
クラエスと2人で義体棟から出てから、医者に電話をしていないのに気付いた。
「先生に連絡入れてない」
「私の検査までは先生も多分暇よ」
クラエスの楽観論にとりあえず従っておく。

先生の診察はあっという間で、案の定ただの風邪。
薬をもらって帰る前にクラエスの待機する部屋を覗く。
クラエスはちょうど服を脱ごうとしていたから、声はかけないことにした。
部屋に戻ってまたヒルシャーさんに電話をかける。
「ヒルシャーさん、やっぱりただの風邪でした。
今日1日休めば大丈夫ですよ」
「よかった。
無理するんじゃないぞ」
電話を切ってまたパジャマに着替えてベッドに寝ころぶ。
するとノックの音がした。
「どうぞ」
「プリシッラよ。
トリエラ、具合はどう?」
「ありがとうございます、大したことないです。」
「そっか、安心安心。
じゃ、ちょっと確かめさせてね」
プリシッラさんが近づいてきたかと思うと、おでこをくっつけてきた。
「少し熱あるね〜今日は寝てなきゃね」
「はい、訓練も休ませてもらいましたし」
「じゃ、差し入れのランチだけ置いていくね。
食堂行くのは億劫でしょ」
「ありがとうございます」
さすがはプリシッラさんだ、勘がいい。

再び1人になって、また不安になる。
この薬は寿命を縮めないだろうか…
考えても仕方ない。
プリシッラさんの持ってきてくれたランチを食べて薬を飲まなくては。
ランチは玉ねぎとキノコのクリームパスタで、今でも食べられる優しい味だった。
もしかしたらプリシッラさんが頼んで私用に特別に用意してもらったのかもしれない。
食べ終わって薬を飲むと、急に眠気が襲ってきた。
この手の薬にはよくあることだ。
眠気に任せて眠ることにして、ベッドに横になる。
すぐに私は眠ってしまったらしい。

夢の中で私は2人組の男にさらわれていた。
薄暗い倉庫。
カチャカチャと金属音が聞こえる。
男が振り返ってこっちを見た。
次の瞬間、目が覚めた。
「夢、か…」
おそらくは義体化前の夢。
おぞましい瞬間の前に目が覚めたのは防衛本能か、条件付けか。
ふと気がつくと汗びっしょりで気持ちが悪い。
起き上がるとめまいもなくなっているし、下着も全部着替えることにした。
着替え終わって時計を見ると、もうすぐ夕食の時間。
軽いものなら食べられそうだし、夕食は食堂に顔を出そう。
みんなと話して嫌な夢も忘れよう。

食堂に行くとリコとクラエスがいた。
「トリエラ、もう大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ、ありがとう」
これでもう日常。
抗生物質なんかで寿命を気にしたのは、体調不良で弱気になっただけ。
悪い夢も熱が見せた幻。

だけど、夕食についていたドルチェはやっぱり甘くなかった。

END






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