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 「アンタ何やってんのよ!!」

そんな怒号のような声を意識の端で聞き、非常事態?といった感じで重さを感じる体を無理矢理押し上げてみた。
うつ伏せていた机が吐息で湿っているが、どうやらそれを気にする空気ではないようだ。
教室のなかが一触即発の雰囲気に包まれていた。一瞬で破られそうな沈黙が妙に長く感じる。

 「ソレはアンタの仕事でしょ!! いつも分かった分かったって言ってたじゃない!!」
 「いやまて俺は当日にちゃんと持ってくるつもりだったんだ!! オマエこの前言ってた日にちは明日だったろ!?」
 「そんなの知らないわよ!! というか文化祭の日にちぐらい普通分かるもんでしょうが!!」

予想どおりの喧々囂々が開始された。文化祭準備の最終段階に入っていた回りの面々も動きを止めて見つめている。
言い争ってる男の方、アイツは確か…俺の記憶力がたしかなら、アイツは平永尚人(ひらながなおと)であってる、はずだ。
尚人の実家は少し遠くのケーキ屋で、結構評判の店であるらしいとよく耳にしている。
今回の文化祭にうちが喫茶店をやることにしたのもその辺りが原因だったのだが…
この状況を考えるに、どうやら彼をあてにしたお菓子の仕入れが上手くいかなかったのか。
…なんてこった。
この学校は2日に文化祭を分けたりせず、1日に全てを注ぎ込み全力で盛り上げていくのが方針なのだ。次は、ない。
確かに土日のどちらが文化祭かは悩むかもしれないが、そんなのは周りを見れば分かるもんだろ…
…いや…たしかお菓子担当って名目で文化祭準備からはたびたび外れてたんだったな…。その辺も要因の一つになったのか…クソっ

 「いつもふらふらフラフラしてるの見逃してやってたってのにアンタってヤツは!!」
 「ま、まて。落ち着いてくれ」
 「誰のせいで落ち着けないと思ってんのよ!!」
 「すまん。それは謝る!!本当にスマナかった!!
 …だから、今は出来る限りのことをしよう!!」
 「アンタ今さら何か出来ると思ってるの!?
 ダレカサンを当てにしてたから予算なんてもう全然ないんだよ!?」
 「そ、それは…。 でも…、ここで怒鳴ってたってなにも」
 「ハァっ!?」

よくアンタがそんなこと言えるわね!!とさらに喧騒が加速していく。
周囲の尚人を見る目にも非難が籠もっているのが見て取れる…が、やはりそれ以上に、認めたくないという悲しみがみんなの表情に滲み始めていた。
おそらくみんな分かっているのだろう…。もうこの喫茶店は開けない。何をやっても満足いく形にはならない。
高校最後の文化祭はこんなやるせない、なさけない形で終わってしまうのだ、と。
浮いた予算でみんなで作った飾り付けも、女子達に縫ってもらったウェイトレスやウェイターの衣装も、これまで頑張ってきた色んな努力が何にもならずに無駄になってしまうのか…と。
そして、この中で誰よりもその事実を悲しんでいるのは、あそこで尚人を罵倒している彼女、山西茜(やまにしあかね)なんだろう。
彼女は文化祭実行委員として、誰よりもこの文化祭に力を尽くしてきた。彼女がどれだけ頑張っていたのか、楽しみにしていたのか、おそらくこの教室にいる全員が知っている。
ヒートアップする彼女を止める者がいないのは、尚人に対する怒りからではなく茜に対する同情が大きいからに違いない。
今彼女は、流れそうな涙を必死で罵声に変えているだけで、心はすでに泣いているのだ。

 (見て、いられないな…)

こんなある意味何よりも凄惨な光景の前では、切り札を出すかどうか迷うこと自体がバカらしい。
ポケットの中にある携帯を左手に取り出すと、掴みかかっている茜ともはや謝るだけの尚人のもとに向かって歩みだしていった。

 「そのへんにしとけ」

それ以上やると本当に絞め上げそうな茜の手首を掴み、そう言って止めると、キッとこちらに呪うように睨みつける瞳が向けられた。

 「なによ長里くん!!邪魔しないでくれる!?」

それには応えず、近くの机に軽く腰をかけ、とあるところに電話した。数コールも続かず回線が開く。
電話の向こうの人物は、なんだか驚きぎみにこちらの用件をたずねてきた。突然すみません、と前置きして、言う。

 「借りを返してもらえませんか?」

返ってくる答えは即断の肯定。むしろようやく言ってくれたか、というような雰囲気である。
そのまま会話を続け、ある程度の事情を説明していく。

 「えぇ。それで、ウチの高校にケーキやお菓子の類を200個ほど、あと一時間程度で送ってもらえれば」

その言葉を聞いてようやく事態が飲み込めのか、今まで様子をうかがっていたクラスメイト達が一様に驚く気配を感じる。

 「そんなこと呼ばわりはやめてください…。これで本当に十分ですから。
 高校最後の文化祭がどうなるか、こちらにとってはかなりの一大事なんですよ」

このぐらいではまだ恩を返し足りない、と食い下がる電話の主をなんとか押しとどめようとする。
俺としてはそこまで献身してもらうほうが後ろめたいくらいなのだ。

 「大丈夫ですよ。気にしてません。 えぇ。では、よろしくお願いします」

そういって携帯を切ると、呆然とした顔でこちらを眺める茜と目が会った。なるべく安心させられるように笑みを浮かべる。

 「…もう、大丈夫」

そういってもまだ信じられない様子で目を丸くしたまま、震える声でつぶやいてきた。

 「…本当に……もう…大丈夫なの…?」

ああ、と頷いてやると、張りつめていた気が解けたのか、茜はペタンと床に腰を落としてしまった。

 「……よかったぁ……」

そういうと、茜の顔を先ほどまでこぼれそうだった悲しみの涙ではなく、安堵による涙が、ポロポロとこぼれ落ちていった。

この表情が見れたなら、気の進まなかった貸しを使ったのも良かったと実感できるというものだ。
もともとワラシベ長者のように積み上がってしまった貸しで、元手などそれこそ俺の体力と精神力ぐらいのものしかない。
それをあまりにも大きな形で返そうとしてくるからどうにも受け取りにくかったのだが、それをこんな形で使えるとは…二重の意味で良かったといえる。

見せ物になりそうな彼女を彼女の友人にまかせ、尚人の背をたたいて周りを作業へと促していった。
いまだ狐につままれたようなクラスメイト達であったが、40分後、某高級お菓子メーカーの最高級品が届け込まれると一転して俺への質問ぜめを開始した。

 (頼むから加減をしてくれ…)

そう思わざるをえない状況にため息しかでない。ただ、質問攻めに困る俺をかばうように立ちはだかってくれた、尚人や茜とその友人が印象的だったが…。

ところで、それ以上の懸念事項がまだあるのだ…。俺が先ほど疲労のあまり寝させてもらっていた原因もこれなのだが…


 (…「貸し」また作っちまったんだよなぁ…)


 完




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