最終更新: izon_matome 2009年05月11日(月) 19:46:16履歴
作者:◆ou.3Y1vhqc氏
――――――――――――お父さん…―――――――――――――
「ぅ…ん……」
眩しい…頭が…グラグラする…それに独特の嫌な薬の匂い…
――目が覚めると自分の部屋じゃない見知らぬ個室のベッドに寝かされていた…。
夢の余韻が残っていていまいち頭が働かない。
「………(ここどこだろ)」
起きあがるために、手すりに手を伸ばそうとするが身体が重くて思うように動いてくれない…
自分の身体じゃない感覚に襲われ吐き気がする。
(頭がクラクラするのは…なんだろう…視界がぼやけて………)
目だけで周りを見渡すと、少しぼやけてだが人らしき姿が見える。
「……(姉ちゃん?)」
目覚めた俺に気がついたのか、その物体はベッドの側まで近寄ってきた…。
最低限人間だとシルエットでわかるが、なぜか恐怖心はまったくなかった。
「(誰だろ…もう少し近くに寄って来てくれたら…)」
目を凝らすが、やはりぼやけてハッキリと見えない…
仕方がないので声をかけようと息を吸うと、不意に頬を撫でられた。
「勇……目が覚めた?…まだ薬が効いてるからちょっと辛いでしょ?」
声を聞いてやっとわかった。
「………(あぁ…お母さんか…)」
肌を撫でられてる感覚はあまり感じないが、嗅覚で感じる優しい匂い。
…母の匂いがする…
「まだ眠たいでしょ?…お母さん横にいるから寝ていいよ?」
「コクッ……」
少ししか動かない体を無理矢理動かして頷く。
――夢を見ていた時は父のことで頭がいっぱいだったのに意識が現実に戻ると父のことはあまり気にならなかった…
もう夢の内容もほとんど忘れている。
父と一緒に歩いていたこと、あと父に言われた最後の言葉だけ頭に残っている…
「……(甘えろ……か……)」
父や姉に甘えていたのは覚えている…ただ母に甘えた記憶はまったく無い。
なのに母の匂いに包まれると安心するのはなんでだろう…
(もう少し寝よ…)
ぼやけた母の顔を目に焼き付け、目を閉じる。
頭に浮かぶのは父のことではなく、楽しく三人で暮らす未来の家族予想図。
――なぜかわからない………ただ、もう父には会えない気がした…。
――「……よかった…」
勇が寝たのを確認し、病室から出た瞬間安堵からか、足の力が抜けて座り込んでしまった…。
壁の手摺りを両手で掴むが、足がおぼつかない。
手摺りに体を預けて、少しずつだけど、なんとかベンチまで歩いてこれた。
「よ…っと………ふぅ〜…」
ベンチに座ると、本格的に全身の力が抜けていくのが分かった。
「…麻奈ちゃんにも教えてあげなきゃね……ふふっ……また熱ぶり返しそうだけど。」
麻奈美はというと。病院にはこばれてきた時は40℃以上熱があったのだが、点滴の効果で今は微熱程度に下がっている。
顔色も良くなって気分も楽みたいだ。
「あの子の半分は、勇で出来てるような物だから……喜ぶ顔が目に浮かぶわね………。」
――私が出ていった後、麻奈美は本当に頑張ってくれたと思う。
勇の姉として、お母さんとして、家族として、一番の理解者としても…。
私が出来なかったこと、なにが一番勇の幸せかを、探し出せなかった……最終的に麻奈美を追い込んだのは私…。
私の考えの甘さが招いた罪。
あわよくば、昔みたいに母親になれると自分に言い聞かせて勇に会いに行った…。
本心では解ってる。
罪の重さがどれほど重いかを。
私がしたことは、数年前の罪を繰り返しただけ。
愛する子供を傷つけただけ…。
「愛する……か……人の愛し方も知らないくせにっ…ていわれそうね…」
麻奈美の顔が脳裏に浮かんでくる。
あの日の麻奈美の顔は、今でも忘れたことが無い…。
――私が家を出る時、勇はどうしていいか分からずに大泣きしていたが、麻奈美は違った。
玄関先で勇を守るように私の前に立ちはだかり、下唇を噛みしめ、私を睨みつけていた。
あの家を出た時から一度も私は麻奈美の素顔を見ていない気がする…。
母親なのに――
「母……親…?……私が?」
子供を傷つける母親なんて存在していいはずがない。
「本当……なにが母親よ……立派すぎて涙が出るわ……」
自業自得だってことはわかっている――
だけど、悔しさ、寂しさ、後悔が渦巻いてる感情を制御することはできず。
看護士に声をかけられても、溢れ出る声と涙を止めることはできなかった。
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
――「勇、大丈夫かな…」
母には寝てなさいって言われたけど、やっぱり勇が気になって仕方がない…。
熱は下がったのに何故ベッドから出られないのだろう。
母が部屋を出ていってから、ずっとベッドに寝たきり。
「はぁ〜…病院ってほんと窮屈…」
熱が下がったお陰で気分は良好なのだが、どうも病院は嫌いだ…逆に病気になるような気がする。
「…早く点滴終わってくれないかな…。」
吊されている点滴を見上げる…まだ半分以上薬が入っている。
「おとなしく待つしかないか……はぁ」
睡眠は十分とったし喋る相手は誰もいない。
一人になると時々昔からずっと一人っ子だったんじゃないかと思う時がある。
それが嫌で家族の誰かが確実に家に帰っている時間まで、外で友達と遊びほうけていた。
毎日狙って夕方に帰ると、学校から帰ってきてる勇が玄関先まで無邪気な笑顔で出迎えてくれる。
それがたまらなく嬉しかった。
「麻奈ちゃん?身体どう?」
昔の思い出に耽っていると母が病室に入ってきた。
「うん、大丈夫…もう熱も無いし、体もダルくないよ。」
「そう、この点滴が終わればもう帰っていいそうよ。」
「うん……」
「……」
――気まずい…母とはやっぱりギクシャクする。
勇は母のことを本当に許したのだろうか…。
私は……わからない。
勇が昨日雪の中で私に言ったあの言葉。
憧れだって言ってくれた…それも嬉しかったけど、もっと違う心の叫びを聞いた気がする。
なにかわからない。
ただ大切な何かを勇は私に伝えてた。
「…わからない……」
「え?なにが?」
「え…?あっ!!いや、えっと…べつに…」
つい言葉に出てしまった。
「そう…あっそうだ!勇が目を覚ましたわよ。」
「え!!?本当!?」
病院だというのに大声で叫んでしまった。
「えぇ、また寝たけど夕方には起きるんじゃない?それまでには点滴もはずれてるわよ。」
「よかった…本当によかった…」
やっと勇に会える…
「……ごめんね…」
「え?なにが?って……お母さん…目…」
「ううん、なんでもない…ちょっと先生と話してくるわね?」
そういうと母は病室を出ていった。
「……」
私に指摘されて慌てて目を伏せたが、瞼が腫れて目が真っ赤に充血していたから泣きはらした後だとすぐに分かった。
「なにが正しくて、なにが間違いなんだろう…」
どうすればこうならなかったとか、今更考えても答なんて見つからない。
ただ私の体内時計は、家庭が壊れたあの日で止まってるのかもしれない…。
勇もお母さんも関係を修復しようと頑張っていたのは分かってる。
だけどお母さんに勇を盗られたら私は勇がいない生活をしなければならない。
ここ数年私の家族は勇だけだと自分に言い聞かせ、ごまかし続けてきた。
「お父さん……お父さんはお母さんのこと許したの?」
窓の外に広がる青空に向かってつぶやくが、返答など返ってくるはずもない。
「…許す努力…か…」
ふぅ…と溜め息を吐き目を閉じる…眠気などまったく無かったのに、何故か深い眠りについてしまった…。
――母の夢など数年間まったく見なかったのに…
なんでだろう?この日初めて無邪気に母に甘える夢を見た。
父に教えられたことがある…。
身近な人に目を向けれない人間は、絶対に人の心の声を聞けないと。
『世界中の人間を守れとは言わない…せめて自分の大切な人ぐらいは守れるようになれ……息子のおまえは俺が守るから。』
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「大切な人…か…」
――時計を見る。何時間寝たのか分からないが夕方の7時を過ぎている。
身体から薬が抜けたのかおなかがキリキリと痛む…
「なんだろこれ…ご飯の食い過ぎか?」
「こら!なに座ってるの勇!!」
いきなり声をかけられてビックリした…
「あれ?お母さん?」
「ほら先生も来たから早くベッドに横になって。」
母の後から続いて四十代前後の白衣を着た短髪の男と若いナースが一人入ってきた。
「気分はどう?良くなった?」
「少しだけ…。」
「今日はまだ疲れが溜まってるからね、明日になれば楽になるよ。」
「はぁ…」
「それとね…薬のことだけど…」
ペラペラと話し続けるが、どうでもいい。
俺が聞きたいことはなんの病気かってことだ。
俺の頭の中では吐血した時点で父と同じ病気だと思いこんでしまっている。
医者がなにか話してるが頭に入ってこない。
受け答えもすべて空返事で返している。
この先生が悪い訳じゃない…だが先延ばしにされてるみたいでイライラする。
早く教えてほしい…
「それとy「あの!!」
我慢が出来なくなって医者が話してるところを割って入ってしまった。
「ん?なに?」
紙をペラペラと捲りながら話していたため、その手がピタッと止まる。
「すいません…あの…俺ってなんかの病気なんですか?…」
聞くのは怖い…だが聞かずに終わるのがもっと嫌だ。
「ん?あぁ…そうだね、お母さんには言ったけど君には言ってなかったね。」
その言葉を聞いて母に目を向けるが、母は俺に背中を向け花瓶の水を入れ替えているため、表情が分からない。
――まだやりたいことだっていっぱいある。
父とも約束もした。
まだ生きていたい!!
「君はね……」
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「いつの間に寝たんだろ…」
変な夢…母の夢なんてまったく見なかったのに。
複雑な心境になる…
私の夢に勇が出なかったことなんてまず無いと思う。
さっき見た夢は、母と私2人きりだったけど。悪夢とはかけ離れた穏やかな夢だった。
「なんでだろ…よくわからないな……ん?…」
ふと身体が軽いことに気がついた。
「あれ?…点滴はずれてる…」
腕を見ると私に刺さっていた針は無くなっていた。
一応周りを見渡す…誰もいない…
窓の外を見ると寝る前とは違う吸い込まれそうな暗黒が広がっている。
「何時間寝たんだろ…」
壁に掛かっている時計を見上げる。
「8時…かなり寝たなぁ……」
寝起きであまり頭が働かないので冷たい水で顔を洗いたい。
「トイレに行こ…そこで顔洗えばいいや…」
起きあがり下半身をベッドから外に出すと、靴を履き、扉に向かって歩き出す。
ドアノブに手を掛けようと右手を差し出すとドアノブが独りでに回った。
瞬間扉がガチャッと勢いよく開いた。
「あぶなっ!?なっなに!?」
勢いよく開けられた扉が鼻先をかすったのでビックリして後ろに仰け反ってしまった。
「あれ?麻奈ちゃん?なにしてるの?」
扉の向こうにいたのは母だった。
「いや…なにしてるって…ちょっとトイレに…」
顔にぶつかりそうになったことを言おうとしたが、言い争いをしたくない。
「そう?気をつけてね」
母とすれ違い部屋を後にする…が気になることが一つある。
「……勇はどうしたの?」
もう8時だ。
母の言うとおりなら勇はもう起きてるはず…
「勇?……勇は入院することになったわよ…」
――は?なにいってるの?…意味が分からない…
「…勇の病室どこ…」
「え?なに?」
「勇の居場所を聞いてるのよ!!勇はどこよ!?」
「ちょっ!?麻奈美!」
――気がつくと母につかみかかっていた。
母に罵倒っていたのは覚えているが、なにを言ったのかわからない…父と勇の状況があまりにも似すぎてて、頭が真っ白になっていたからだ。
「麻奈美!!勇の病室に連れていくから落ち着いて!!ねっ?」
母が私の両手を掴んで諭すように話しかけてくるが駄目だ…感情が押さえられない。
「勇に!…勇に会いたい!!…お願いだから勇に会わせて…お願いだから…」
「麻奈美……ほら勇に涙姿見せるつもり?勇がまた心配するわよ?」
「え…?」
勇が心配?
――そうだ、私は勇の姉なんだ。
今苦しんでるのは勇本人に違いない…
「ほら涙拭いて…」
母にハンカチで涙を拭われる。
「うん…お母さんありがとう……それとごめんなさい…」
何故か分からないが自然と口から出た言葉だった。
「ん?べつに良いわよ…ほら勇に会いに行きましょ?」
さっきまで渦巻いてた感情は嘘のように消え去っていた。
私がこんなにもうろたえていたら勇も道を見失う…。
これからは勇の姉として…家族として勇を守らなきゃ駄目だ。
勇がいない人生なんて今は考えられない。
だけど私の精一杯を勇に見せてあげたい。
「今度は私が勇を支えなきゃ。」
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――――――――――――お父さん…―――――――――――――
「ぅ…ん……」
眩しい…頭が…グラグラする…それに独特の嫌な薬の匂い…
――目が覚めると自分の部屋じゃない見知らぬ個室のベッドに寝かされていた…。
夢の余韻が残っていていまいち頭が働かない。
「………(ここどこだろ)」
起きあがるために、手すりに手を伸ばそうとするが身体が重くて思うように動いてくれない…
自分の身体じゃない感覚に襲われ吐き気がする。
(頭がクラクラするのは…なんだろう…視界がぼやけて………)
目だけで周りを見渡すと、少しぼやけてだが人らしき姿が見える。
「……(姉ちゃん?)」
目覚めた俺に気がついたのか、その物体はベッドの側まで近寄ってきた…。
最低限人間だとシルエットでわかるが、なぜか恐怖心はまったくなかった。
「(誰だろ…もう少し近くに寄って来てくれたら…)」
目を凝らすが、やはりぼやけてハッキリと見えない…
仕方がないので声をかけようと息を吸うと、不意に頬を撫でられた。
「勇……目が覚めた?…まだ薬が効いてるからちょっと辛いでしょ?」
声を聞いてやっとわかった。
「………(あぁ…お母さんか…)」
肌を撫でられてる感覚はあまり感じないが、嗅覚で感じる優しい匂い。
…母の匂いがする…
「まだ眠たいでしょ?…お母さん横にいるから寝ていいよ?」
「コクッ……」
少ししか動かない体を無理矢理動かして頷く。
――夢を見ていた時は父のことで頭がいっぱいだったのに意識が現実に戻ると父のことはあまり気にならなかった…
もう夢の内容もほとんど忘れている。
父と一緒に歩いていたこと、あと父に言われた最後の言葉だけ頭に残っている…
「……(甘えろ……か……)」
父や姉に甘えていたのは覚えている…ただ母に甘えた記憶はまったく無い。
なのに母の匂いに包まれると安心するのはなんでだろう…
(もう少し寝よ…)
ぼやけた母の顔を目に焼き付け、目を閉じる。
頭に浮かぶのは父のことではなく、楽しく三人で暮らす未来の家族予想図。
――なぜかわからない………ただ、もう父には会えない気がした…。
――「……よかった…」
勇が寝たのを確認し、病室から出た瞬間安堵からか、足の力が抜けて座り込んでしまった…。
壁の手摺りを両手で掴むが、足がおぼつかない。
手摺りに体を預けて、少しずつだけど、なんとかベンチまで歩いてこれた。
「よ…っと………ふぅ〜…」
ベンチに座ると、本格的に全身の力が抜けていくのが分かった。
「…麻奈ちゃんにも教えてあげなきゃね……ふふっ……また熱ぶり返しそうだけど。」
麻奈美はというと。病院にはこばれてきた時は40℃以上熱があったのだが、点滴の効果で今は微熱程度に下がっている。
顔色も良くなって気分も楽みたいだ。
「あの子の半分は、勇で出来てるような物だから……喜ぶ顔が目に浮かぶわね………。」
――私が出ていった後、麻奈美は本当に頑張ってくれたと思う。
勇の姉として、お母さんとして、家族として、一番の理解者としても…。
私が出来なかったこと、なにが一番勇の幸せかを、探し出せなかった……最終的に麻奈美を追い込んだのは私…。
私の考えの甘さが招いた罪。
あわよくば、昔みたいに母親になれると自分に言い聞かせて勇に会いに行った…。
本心では解ってる。
罪の重さがどれほど重いかを。
私がしたことは、数年前の罪を繰り返しただけ。
愛する子供を傷つけただけ…。
「愛する……か……人の愛し方も知らないくせにっ…ていわれそうね…」
麻奈美の顔が脳裏に浮かんでくる。
あの日の麻奈美の顔は、今でも忘れたことが無い…。
――私が家を出る時、勇はどうしていいか分からずに大泣きしていたが、麻奈美は違った。
玄関先で勇を守るように私の前に立ちはだかり、下唇を噛みしめ、私を睨みつけていた。
あの家を出た時から一度も私は麻奈美の素顔を見ていない気がする…。
母親なのに――
「母……親…?……私が?」
子供を傷つける母親なんて存在していいはずがない。
「本当……なにが母親よ……立派すぎて涙が出るわ……」
自業自得だってことはわかっている――
だけど、悔しさ、寂しさ、後悔が渦巻いてる感情を制御することはできず。
看護士に声をかけられても、溢れ出る声と涙を止めることはできなかった。
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
――「勇、大丈夫かな…」
母には寝てなさいって言われたけど、やっぱり勇が気になって仕方がない…。
熱は下がったのに何故ベッドから出られないのだろう。
母が部屋を出ていってから、ずっとベッドに寝たきり。
「はぁ〜…病院ってほんと窮屈…」
熱が下がったお陰で気分は良好なのだが、どうも病院は嫌いだ…逆に病気になるような気がする。
「…早く点滴終わってくれないかな…。」
吊されている点滴を見上げる…まだ半分以上薬が入っている。
「おとなしく待つしかないか……はぁ」
睡眠は十分とったし喋る相手は誰もいない。
一人になると時々昔からずっと一人っ子だったんじゃないかと思う時がある。
それが嫌で家族の誰かが確実に家に帰っている時間まで、外で友達と遊びほうけていた。
毎日狙って夕方に帰ると、学校から帰ってきてる勇が玄関先まで無邪気な笑顔で出迎えてくれる。
それがたまらなく嬉しかった。
「麻奈ちゃん?身体どう?」
昔の思い出に耽っていると母が病室に入ってきた。
「うん、大丈夫…もう熱も無いし、体もダルくないよ。」
「そう、この点滴が終わればもう帰っていいそうよ。」
「うん……」
「……」
――気まずい…母とはやっぱりギクシャクする。
勇は母のことを本当に許したのだろうか…。
私は……わからない。
勇が昨日雪の中で私に言ったあの言葉。
憧れだって言ってくれた…それも嬉しかったけど、もっと違う心の叫びを聞いた気がする。
なにかわからない。
ただ大切な何かを勇は私に伝えてた。
「…わからない……」
「え?なにが?」
「え…?あっ!!いや、えっと…べつに…」
つい言葉に出てしまった。
「そう…あっそうだ!勇が目を覚ましたわよ。」
「え!!?本当!?」
病院だというのに大声で叫んでしまった。
「えぇ、また寝たけど夕方には起きるんじゃない?それまでには点滴もはずれてるわよ。」
「よかった…本当によかった…」
やっと勇に会える…
「……ごめんね…」
「え?なにが?って……お母さん…目…」
「ううん、なんでもない…ちょっと先生と話してくるわね?」
そういうと母は病室を出ていった。
「……」
私に指摘されて慌てて目を伏せたが、瞼が腫れて目が真っ赤に充血していたから泣きはらした後だとすぐに分かった。
「なにが正しくて、なにが間違いなんだろう…」
どうすればこうならなかったとか、今更考えても答なんて見つからない。
ただ私の体内時計は、家庭が壊れたあの日で止まってるのかもしれない…。
勇もお母さんも関係を修復しようと頑張っていたのは分かってる。
だけどお母さんに勇を盗られたら私は勇がいない生活をしなければならない。
ここ数年私の家族は勇だけだと自分に言い聞かせ、ごまかし続けてきた。
「お父さん……お父さんはお母さんのこと許したの?」
窓の外に広がる青空に向かってつぶやくが、返答など返ってくるはずもない。
「…許す努力…か…」
ふぅ…と溜め息を吐き目を閉じる…眠気などまったく無かったのに、何故か深い眠りについてしまった…。
――母の夢など数年間まったく見なかったのに…
なんでだろう?この日初めて無邪気に母に甘える夢を見た。
父に教えられたことがある…。
身近な人に目を向けれない人間は、絶対に人の心の声を聞けないと。
『世界中の人間を守れとは言わない…せめて自分の大切な人ぐらいは守れるようになれ……息子のおまえは俺が守るから。』
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「大切な人…か…」
――時計を見る。何時間寝たのか分からないが夕方の7時を過ぎている。
身体から薬が抜けたのかおなかがキリキリと痛む…
「なんだろこれ…ご飯の食い過ぎか?」
「こら!なに座ってるの勇!!」
いきなり声をかけられてビックリした…
「あれ?お母さん?」
「ほら先生も来たから早くベッドに横になって。」
母の後から続いて四十代前後の白衣を着た短髪の男と若いナースが一人入ってきた。
「気分はどう?良くなった?」
「少しだけ…。」
「今日はまだ疲れが溜まってるからね、明日になれば楽になるよ。」
「はぁ…」
「それとね…薬のことだけど…」
ペラペラと話し続けるが、どうでもいい。
俺が聞きたいことはなんの病気かってことだ。
俺の頭の中では吐血した時点で父と同じ病気だと思いこんでしまっている。
医者がなにか話してるが頭に入ってこない。
受け答えもすべて空返事で返している。
この先生が悪い訳じゃない…だが先延ばしにされてるみたいでイライラする。
早く教えてほしい…
「それとy「あの!!」
我慢が出来なくなって医者が話してるところを割って入ってしまった。
「ん?なに?」
紙をペラペラと捲りながら話していたため、その手がピタッと止まる。
「すいません…あの…俺ってなんかの病気なんですか?…」
聞くのは怖い…だが聞かずに終わるのがもっと嫌だ。
「ん?あぁ…そうだね、お母さんには言ったけど君には言ってなかったね。」
その言葉を聞いて母に目を向けるが、母は俺に背中を向け花瓶の水を入れ替えているため、表情が分からない。
――まだやりたいことだっていっぱいある。
父とも約束もした。
まだ生きていたい!!
「君はね……」
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「いつの間に寝たんだろ…」
変な夢…母の夢なんてまったく見なかったのに。
複雑な心境になる…
私の夢に勇が出なかったことなんてまず無いと思う。
さっき見た夢は、母と私2人きりだったけど。悪夢とはかけ離れた穏やかな夢だった。
「なんでだろ…よくわからないな……ん?…」
ふと身体が軽いことに気がついた。
「あれ?…点滴はずれてる…」
腕を見ると私に刺さっていた針は無くなっていた。
一応周りを見渡す…誰もいない…
窓の外を見ると寝る前とは違う吸い込まれそうな暗黒が広がっている。
「何時間寝たんだろ…」
壁に掛かっている時計を見上げる。
「8時…かなり寝たなぁ……」
寝起きであまり頭が働かないので冷たい水で顔を洗いたい。
「トイレに行こ…そこで顔洗えばいいや…」
起きあがり下半身をベッドから外に出すと、靴を履き、扉に向かって歩き出す。
ドアノブに手を掛けようと右手を差し出すとドアノブが独りでに回った。
瞬間扉がガチャッと勢いよく開いた。
「あぶなっ!?なっなに!?」
勢いよく開けられた扉が鼻先をかすったのでビックリして後ろに仰け反ってしまった。
「あれ?麻奈ちゃん?なにしてるの?」
扉の向こうにいたのは母だった。
「いや…なにしてるって…ちょっとトイレに…」
顔にぶつかりそうになったことを言おうとしたが、言い争いをしたくない。
「そう?気をつけてね」
母とすれ違い部屋を後にする…が気になることが一つある。
「……勇はどうしたの?」
もう8時だ。
母の言うとおりなら勇はもう起きてるはず…
「勇?……勇は入院することになったわよ…」
――は?なにいってるの?…意味が分からない…
「…勇の病室どこ…」
「え?なに?」
「勇の居場所を聞いてるのよ!!勇はどこよ!?」
「ちょっ!?麻奈美!」
――気がつくと母につかみかかっていた。
母に罵倒っていたのは覚えているが、なにを言ったのかわからない…父と勇の状況があまりにも似すぎてて、頭が真っ白になっていたからだ。
「麻奈美!!勇の病室に連れていくから落ち着いて!!ねっ?」
母が私の両手を掴んで諭すように話しかけてくるが駄目だ…感情が押さえられない。
「勇に!…勇に会いたい!!…お願いだから勇に会わせて…お願いだから…」
「麻奈美……ほら勇に涙姿見せるつもり?勇がまた心配するわよ?」
「え…?」
勇が心配?
――そうだ、私は勇の姉なんだ。
今苦しんでるのは勇本人に違いない…
「ほら涙拭いて…」
母にハンカチで涙を拭われる。
「うん…お母さんありがとう……それとごめんなさい…」
何故か分からないが自然と口から出た言葉だった。
「ん?べつに良いわよ…ほら勇に会いに行きましょ?」
さっきまで渦巻いてた感情は嘘のように消え去っていた。
私がこんなにもうろたえていたら勇も道を見失う…。
これからは勇の姉として…家族として勇を守らなきゃ駄目だ。
勇がいない人生なんて今は考えられない。
だけど私の精一杯を勇に見せてあげたい。
「今度は私が勇を支えなきゃ。」
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