最終更新: izon_matome 2009年05月11日(月) 19:53:52履歴
作者:◆ou.3Y1vhqc氏
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「ふふ…あの二人仲良くしてるかしら?」
楽しそうに話す恭子になぜか少し苛立ちを覚える。
「仲良くしてるかって……そりゃ勇は面倒見がいいからね。妹できたみたいな感じじゃないの?」
レモンティーが入ってるカップから口をはなして返答する。
少し返答に棘があったかと恭子を見るが、気づいていないみたいで笑みを浮かべている。
――私達は今、恭子の頼みで勇が入院している病院から少し離れたオープンカフェで時間を潰している。
凪ちゃんがどうしても勇と二人で話をしたいそうだ。
「ふふっ…家出の後、家に帰ってきてからずっと携帯握ってるから何事かと思ったけど…とうとう凪にも春がきたわね。」
「……」
時計を見る…7時20分。
8時になったら面会時間が終わる。
「あら?もうこんな時間…それじゃいこっか?」
恭子が席をたち伝票をとる。
私と恭子がカフェに入ると、どっちがお金を払うかジャンケンで決める。
私たち2人の学生からの決まり事だ。
恭子の旦那である修司くんも子供っぽい恭子の仕草が一番好きだったらしい。
理想の女性像は?と聞かれれば間違いなく恭子と答えるだろう。
あんなふうに男の人に甘えてみたかった。
「ほら!おいて行くわよ?」
恭子の声が後ろから聞こえてくる。
振り返るともうレジをすませてコートを羽織っている。
「う、うん!今いく!」
慌てて私もコートを手に取り恭子の後を追う。
外にでると冷たい風が勢い良く肌に突き刺さる。
昔は真冬にミニスカートを着てもまったく気にしなかったが30半ばになれば昔みたいに短いスカートなんて着れない。
悲しいことだが、そんな服装をしたとろこで喜んでくれる人もいない。
「はぁー…はぁー…少し遅くなったかもね…凪心配してるかしら?」
恭子が自分の手に息を吹きかけると、寒さで白くなった息が両手を包み込む。
「大丈夫よ、もうすぐ中学生でしょ?」
来月から高原一家が家の前の住宅街に引っ越すことになった。
その新居から凪ちゃんは中学校に通うらしい。
通う中学校は新居に近い私と恭子の母校。
勇の通ってた中学校でもある。
凪ちゃんに頼まれたと言うのだが、まず娘に頼まれたって一軒家を買うなんてあり得ない。
そこには少なからず私も関係してくるのだ。
――勇の約束。
少しギクシャクするが麻奈美も精一杯頑張ってくれているので順調に勇との約束を継続できている。
あの勇の一言がなければ確実になかった現実。
勇と麻奈美には感謝してもしきれない気持ちでいっぱいだ。
「あんた…物凄く泣きそうな顔してるわよ?」
恭子が心配そうに話しかけてくれてる。
「バカ、子供じゃあるまいし…早く病院いきましょ。」
多分私は本当に泣きそうな顔をしていたのだろう。
少し滲んで視界が見づらくなっている。
今日はあまり勇と話していない。
面会時間の終了が近づいてるが恭子が隣にいる限り、走る訳にもいかない。
「ちょっ!ちょっと」」
頭ではゆっくり歩いてるつもりだったが
自然と足が速まっていたみたいだ。
――急激に勇に近づきすぎたのだろう。
最近、勇の顔を見ないと落ち着かなくなっている。
玄関前から上を見上げると勇の病室が見える。
「勇見えないかなぁ…」
「ははっ見えるわけないでしょ?」
小さく呟いたのに恭子に聞こえたみたいだ。
「ふふっ…わかってるわよ…」
分かってることだがなぜか寂しさがこみ上げてきた。
「…わかってるわよ…」
勇の存在がどれだけでかいか思い知らされてしまう。
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「お姉ちゃん、ちょっと…凪ちゃんも…」
なぜか姉もベッドに入ってきて姉と凪に挟まれてしまった…。
この部屋だけえらく濃い空気が流れている気がする。
――姉が部屋に入ってきて凪の顔を見た瞬間、時間が止まったかのように三人とも停止した。
数秒の間だったのだが何時間も時間が止まったような錯覚に陥っていたのだ。
「あれ?…なんで……え?」
姉もパニックに陥ってるのだろう。
手もポケットに入ったり後ろにいったり忙しない…。
表情も病室を間違ったかの如く申し訳なさそうに周りを見渡していた。
「えっとね…ちょっとややこしいんだけどね…」
戸惑っている姉に凪がいてる理由を話すと。
話が終わった瞬間冷静な顔つきで「嘘つけ」と言われた。
「本当だって…もうすぐお母さんも帰ってくるから聞いてみたらいいよ。」
「そう…わかった。」
分かってくれたのか姉はパイプいすに座り、大きなため息をついた。
「体の調子はどう?少しは楽になった?」
「うん、もう大丈夫だよ。」
駅から走ってきてくれたのだろう……顔が熱を帯びて赤くなっている。
「ごめんね?今日おそくなっちゃって…友達が離してくれなくて…」
この言葉を聞いて安心した。
大学でもちゃんと楽しんでるようだ。
「来てくれるのはありがたいけど、たまには友達と遊びなよ?ストレスたまるよ?」
「勇と話すことにストレスなんて微塵にも感じたことないわよ…それに大丈夫、大学では友達ともよく話すから。」
まぁ、大学で友達ができただけでも大進歩としておこう。
「それと…これ…」
姉がカバンから何かを取り出す。
「おぉ!!お姉ちゃん、それはっ!!」
姉がカバンから取り出したもの……それは真っ赤なリンゴだった。
「ふふっ…美味しそうでしょ?勇大好きだもんね。」
姉が真っ赤な果実を俺の目元まで持ってくる…
「それ…どうするの…まさか俺の前で食べるの?……さすがにお姉ちゃんでも怒るよ?」
「そんなことしないわよ…お医者さんに聞いたらリンゴなら少し食べてもいいそうよ?」
この時ほど姉に感謝した日はないだろう…。
「マジで!?お姉ちゃん愛してる!!早く食べさせて!!」
姉の顔がリンゴの如く真っ赤だったがそれ以上に魅力的な真っ赤な果実に夢中だった。
「ゴッ…ゴホン…しょうがないわね…剥いてあげるから少し待ってて。」
「うわ〜すご〜い!皮全部繋がってる〜!」
凪が珍しいものを見るように身を乗り出して眺めている。
「ふふっ…凪ちゃんも料理するようになれば、すぐに覚えるわよ♪」
器用な手つきで皮を剥いていく姉も少し誇らしげだ。
「これで…よしっと!はい勇、召し上がれ。」
芯の部分を切り落とし、皿に並べて手渡しされる。
「…姉ちゃん…これ…」
丁重に切りそろえられたリンゴは物凄く美味しそう……だが。
「ん?なぁに?食べさせてほしいの?」
そういうと俺の皿に手をかけようとする。
「違うよ!!…なんで俺の皿だけリンゴ二きれしか入ってないの!?」
姉と凪のお皿には四きれある。
新手の嫌がらせかと思うほどあからさまな行動に、苛立ちを覚える。
「お医者さんにいってよ、あまり食べささないでくださいって言われたんだから。第一お粥食べたんでしょ?」
「ぐっ!?……っいただきます!!」
自分の病気だからしかたないリンゴを食べれるだけでも姉に感謝しなくては。
久しぶりの好物を口に入れようとする……が口に入る前に腕を掴まれ阻止される。
――「お兄ちゃん…あのね……その…私がお粥の時みたいに食べさせてあげよっか…なんて…」
口の前でフォークに刺さったリンゴがピタッと停止する。
「…食べさせてもらった……?」
姉のほうを振り替えれない…振り返ったら大惨事になると直感で感じたからだ。
「家では私がいくら食べさせてあげると言ってもさせてくれなかったのに……凪ちゃんにはさせるんだ…ふ〜ん…」
あぁこれは怒ってる…
「いやっ!…あれだよ!…ほらっ!!今病人でしょ?だからしかたなくみたいな…感じで…」
「そう…それじゃ私が食べさせてあげる、私も隣にいくわ…ちょっと横に寄ってよ勇。」
そう言うと、イスから立ち上がり掛け布団をまくりあげてベッドに入ってこようとする。
「ちょっ!?なっなんで!?狭いよ!!」
さすがに三人は狭い…この2人は俺が病人だと認識してるのだろうか。
「大丈夫よ、落ちないから」
姉は落ちないかもしれないが凪が危うい。
落ちまいと必死に左腕にしがみついているが、このままいけば凪が落ちてしまう。
「お姉ちゃん!!ちょっと危ないからマジで!」
左手で姉の肩と顔をグイグイと押し返す。
「コラッ!!勇ッ!お姉ちゃんに向かってッ…!泣くわよ!?」
なぜ俺の周りはこんなに騒がしいのが多いんだろう…
「わかったから、お姉ちゃん!!」
まず興奮を冷まさないと姉が本気で泣きそうだ。
「ふぅんとぅ〜?〜うぅ―」
姉の頬を全力で押し返しているので裏声でもない低音の声が口から漏れている。
「本当だって!!……それじゃ凪ちゃん悪いけどイスに移動できる?」
どちらが小学生かわからなくなる。
凪が少し考えた末思いついたかのように提案をだす。
「う〜ん……それじゃ…こうしたらお姉さんも入れる。」
そういうと布団を捲り上げて股の間に凪が入り込んできた。
まぁこれなら、三人でも入れる…が姉の顔が嬉しさからではなく、怒りで鬼の如く真っ赤になっている。
凪も姉の異変に気がついてるのだろう…俺の両太股を離すまいとがっしり掴んでいる。
「凪ちゃん?…前にも言ったけどその場所はっy「お姉ちゃん?ほっほら!!リンゴ食べなきゃ!」
この話題は早く終わらせないとややこしいことになる。
「……そうね、わかった…それじゃ、勇…あ〜んして。」
姉も凪を諦めたのかすでにリンゴにフォークを刺して口元に持ってきてくれてる。
凪は複雑そうな顔をしているが、今の姉に触ってはいけないと分かってるのだろう…。なにも言わずにリンゴ食べている。
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「はぁ〜美味しかったぁ〜」
数少ないリンゴの切れ端だったが口に入れた瞬間、今まで食べたリンゴの中で一番美味しいと感じた。
「そう言われると嬉しいわ。それじゃまた私が食べさせてあげる。」
姉も凪も「自分が食べさせたから美味しかった。」と考えているらしい。
「ふふっ……それじゃ…交代ね!!はい、私に食べさせて。」
そういうと姉にリンゴの入ったお皿を渡される。
「え!?俺が食べさせるの!!?」
凪も驚いた顔をして姉の顔と自分のお皿を交互に見ている。
凪のお皿にはもうリンゴはない…。
時間をかけて食べさせてくると思ったら凪が食べ終わるのを待っていたのか…。
「ほら!早くして、あ〜ん…」
なぜ目を瞑るかわからないが、これは食べさせるまで口を閉じないだろう。
「わかったよ…はい、あ〜y「コンっコンっ…ガラガラガラッ」
――「ごめ〜ん、ちょっと遅くなっ…ちゃ……た…」
ノックが聞こえたかと思ったら、こちらから返事をする前に勢いよく扉が開けられた。
「ほら、なぎ…さ…も…」
母の後に続いて凪母も入ってくる。
「…なにしてんの…?」
母の声に一番に反応したのが姉だった。
口元で停止しているリンゴをパクッと頬張ると、凪母に頭を下げそそくさとベッドから降りてパイプいすに座った。
姉もパニクったのだろう。
涼しげな顔をしているが、靴を履き忘れている…。
――「ははっ…ちょっと三人で遊んでただけだよ。」
「遊ぶのは結構だけどあんまり無茶するともう一つ胃に穴があくわよ?」
「はぁ…気をつけます…」
クスクスと凪母がなにか悟ったように話す。
「ほら、凪帰るわよ、もう勇くんといっぱい話したでしょ?」
「えぇ〜まだお兄ちゃんと話したい〜」
凪が抗議の声を上げるが、もうすぐ面会時間も終わる。
「俺は暇だからいつ来てもいいよ?それにあと三週間もすれば退院だから、いつでも遊べるしね。」
頭を撫でると少したってから凪がコクッと頷いた
「……それじゃまたお見舞いにくるね?約束ね?」
「うん、約束。またきてね。」
約束で納得したのかベッドから降りて凪母の元まで小走りで駆け寄る。
「はいはい、それじゃ、帰ろっか?。」
凪母に抱きついてるとこを見ると、まだ子供みたいで可愛らしく感じる。
「ふふっ…勇くんは子供の相手も女性の相手も得意なのね?こんどは2人で話しましょうね。」
「いえ、そんな…はい…」
凪母の雰囲気は少し苦手だ。
女性らしさが全面に出ているので、あたふたしてしまう。
「お母さん!?ダメだからね!?」
凪が精一杯背伸びをして母に文句を言う。
「あら?凪もお父さんが欲しいっていってたじゃない。あんなに若いお父さんがいたら素敵じゃない。」
「お父さんは天国にいるもん!!だからいい!」
小学生相手だから通じる挑発だと思う…。
――「ボソッ…年増のくせに…」
「わかったって。ほら、凪もちゃんと勇くんにお別れしなさい……それと…今の聞こえたわよ?あんたも私と同じ歳でしょーが。」
母の小さな呟きが凪母にも聞こえたようだ。
「それじゃお兄ちゃん、またくるからね。」
「うん、またね。ばいばい。」
こちらに元気よく手を振り病室を後にする凪を見送る。
「…少し疲れた顔してるわよ?」
「そうだね…少し疲れたかも…」
今日2度目の嵐が過ぎ去って落ち着きをとりもどす。
「勇、冷蔵庫に残りのリンゴ入れとくけど勝手に食べちゃダメだからね?それとポカリも入れとくから。」
カバンからリンゴとポカリを冷蔵庫に入れている。
リンゴは冷蔵庫に入れたらダメらしいがあまり気にしない。
「うん、ありがとう、お姉ちゃん。」
あ姉も満足したのか帰る用意をしている。
「勇ちょっと寝るの待ってね、体拭かなきゃ。」
そういうと母が部屋についてる水道から小さい桶にお湯を入れ、カバンからタオルを取り出してベッドに腰掛ける。
「それじゃ上着脱いで背中向けてくれる?」
「うん、わかった。」
母は俺の背中を拭いて帰るのが日課になっている。
三日に一度で大丈夫だし、自分でできるといったのだが「垢がたまると悪影響だし、一人じゃ綺麗に背中を拭けないでしょ?」と言われて母にお願いをしている。
「お母さん、私がしようか?仕事で疲れてるでしょ?」
「ありがとう、でも大丈夫よ、これぐらいは私にさせてね?」
なぜ姉が落ち込むのかわからないが、早くすませて欲しい。
家族とはいえ女の人に肌を触られるのは正直恥ずかしい。
――「…勇…ありがとうね…」
「……うん」
唐突にお礼を言われたが何のことを言ってるのかすぐにわかった。
――俺と母と姉の約束…。
それはまたあの家で家族一緒に住むことだ。
入院した次の日から2人には一緒に暮らしてもらっている…この話が凪母の耳に入り。
母が地元に帰るなら良い機会だし私も帰るっとなったそうだ。
凪母と家の母は少し仲が好すぎるみたいだ。
姉と母の2人暮らしに始めは不安だらけだったが、日に日に家族らしい会話も増えてきているらしい。
「どう?2人の生活でなんかあった?」
「麻奈ちゃんが、フライパンを焦がしたわ、あと勇の部屋のベッドも壊したわ。」
「ちょっ、ちょっと、お母さん!?お母さんだって雨降ってきた時、慌てて洗濯物取り込もうとして、閉まってる扉のガラスを走って頭突きで割ったじゃない!!それに勇のベッドはお母さんも関係してるんだからね!?」
ほんの些細なことだが聞いてるうちに、話の中で小さな幸せが少しずつ溢れてきているのが分かった。
「ははっ本当に?」
「本当よ?まさか雨が降ってくるとは思ってなかった…。
天気予報では晴れのマークがニコニコしてたのに…。天気予報なんて信用できないわ。」
「反省そこっ!?ガラス割ったとこでしょ普通…」
姉と母の言い争いも幸せの風景の一部になっている。
「まぁガラスは明日ガラス屋さんに来てもらって新しいガラスと交換するわ…フライパンも今日帰りに買って帰る。
あと、麻奈ちゃんが壊した勇のベッドだけど勇が退院したら買いにいきましょ?…ベッドの上でなにしたらあんな壊れかたするのかしらねぇ?」
「まだ言うかッ!!お母さんが勇のシーツを私に渡さずベッドに潜り込むからッ!」
「いや…まぁ楽しそうでなによりだよ。」
元気すぎて少し不安になってきた…。
「仲良くやってるから勇も早く体治して家に帰ってきなさい。治ったら家族みんなで旅行いきましょう。」
「そうよ?もうすぐ春だし桜咲いたら花見も行きたいね。」
2人はもう退院したらなにするか決めてるみたいだ。
「うん、すぐに治すから待ってて。」
「えぇ、私はいつまでも待つわよ?」
「私も…だから早く良くなってね?」
――小さな幸せは人間の欲に埋もれてしまう。
その小さな幸せを無くして初めて気づく本当の幸せの意味。
今この部屋には俺とお姉ちゃんとお母さんしかいない。
端から見たらなんの変化もない家族に見えるだろう。
たが胸を張って誰よりも幸せだと言える。
――だってそこには家族にしか見えない幸せが溢れているのだから――
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◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「ふふ…あの二人仲良くしてるかしら?」
楽しそうに話す恭子になぜか少し苛立ちを覚える。
「仲良くしてるかって……そりゃ勇は面倒見がいいからね。妹できたみたいな感じじゃないの?」
レモンティーが入ってるカップから口をはなして返答する。
少し返答に棘があったかと恭子を見るが、気づいていないみたいで笑みを浮かべている。
――私達は今、恭子の頼みで勇が入院している病院から少し離れたオープンカフェで時間を潰している。
凪ちゃんがどうしても勇と二人で話をしたいそうだ。
「ふふっ…家出の後、家に帰ってきてからずっと携帯握ってるから何事かと思ったけど…とうとう凪にも春がきたわね。」
「……」
時計を見る…7時20分。
8時になったら面会時間が終わる。
「あら?もうこんな時間…それじゃいこっか?」
恭子が席をたち伝票をとる。
私と恭子がカフェに入ると、どっちがお金を払うかジャンケンで決める。
私たち2人の学生からの決まり事だ。
恭子の旦那である修司くんも子供っぽい恭子の仕草が一番好きだったらしい。
理想の女性像は?と聞かれれば間違いなく恭子と答えるだろう。
あんなふうに男の人に甘えてみたかった。
「ほら!おいて行くわよ?」
恭子の声が後ろから聞こえてくる。
振り返るともうレジをすませてコートを羽織っている。
「う、うん!今いく!」
慌てて私もコートを手に取り恭子の後を追う。
外にでると冷たい風が勢い良く肌に突き刺さる。
昔は真冬にミニスカートを着てもまったく気にしなかったが30半ばになれば昔みたいに短いスカートなんて着れない。
悲しいことだが、そんな服装をしたとろこで喜んでくれる人もいない。
「はぁー…はぁー…少し遅くなったかもね…凪心配してるかしら?」
恭子が自分の手に息を吹きかけると、寒さで白くなった息が両手を包み込む。
「大丈夫よ、もうすぐ中学生でしょ?」
来月から高原一家が家の前の住宅街に引っ越すことになった。
その新居から凪ちゃんは中学校に通うらしい。
通う中学校は新居に近い私と恭子の母校。
勇の通ってた中学校でもある。
凪ちゃんに頼まれたと言うのだが、まず娘に頼まれたって一軒家を買うなんてあり得ない。
そこには少なからず私も関係してくるのだ。
――勇の約束。
少しギクシャクするが麻奈美も精一杯頑張ってくれているので順調に勇との約束を継続できている。
あの勇の一言がなければ確実になかった現実。
勇と麻奈美には感謝してもしきれない気持ちでいっぱいだ。
「あんた…物凄く泣きそうな顔してるわよ?」
恭子が心配そうに話しかけてくれてる。
「バカ、子供じゃあるまいし…早く病院いきましょ。」
多分私は本当に泣きそうな顔をしていたのだろう。
少し滲んで視界が見づらくなっている。
今日はあまり勇と話していない。
面会時間の終了が近づいてるが恭子が隣にいる限り、走る訳にもいかない。
「ちょっ!ちょっと」」
頭ではゆっくり歩いてるつもりだったが
自然と足が速まっていたみたいだ。
――急激に勇に近づきすぎたのだろう。
最近、勇の顔を見ないと落ち着かなくなっている。
玄関前から上を見上げると勇の病室が見える。
「勇見えないかなぁ…」
「ははっ見えるわけないでしょ?」
小さく呟いたのに恭子に聞こえたみたいだ。
「ふふっ…わかってるわよ…」
分かってることだがなぜか寂しさがこみ上げてきた。
「…わかってるわよ…」
勇の存在がどれだけでかいか思い知らされてしまう。
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「お姉ちゃん、ちょっと…凪ちゃんも…」
なぜか姉もベッドに入ってきて姉と凪に挟まれてしまった…。
この部屋だけえらく濃い空気が流れている気がする。
――姉が部屋に入ってきて凪の顔を見た瞬間、時間が止まったかのように三人とも停止した。
数秒の間だったのだが何時間も時間が止まったような錯覚に陥っていたのだ。
「あれ?…なんで……え?」
姉もパニックに陥ってるのだろう。
手もポケットに入ったり後ろにいったり忙しない…。
表情も病室を間違ったかの如く申し訳なさそうに周りを見渡していた。
「えっとね…ちょっとややこしいんだけどね…」
戸惑っている姉に凪がいてる理由を話すと。
話が終わった瞬間冷静な顔つきで「嘘つけ」と言われた。
「本当だって…もうすぐお母さんも帰ってくるから聞いてみたらいいよ。」
「そう…わかった。」
分かってくれたのか姉はパイプいすに座り、大きなため息をついた。
「体の調子はどう?少しは楽になった?」
「うん、もう大丈夫だよ。」
駅から走ってきてくれたのだろう……顔が熱を帯びて赤くなっている。
「ごめんね?今日おそくなっちゃって…友達が離してくれなくて…」
この言葉を聞いて安心した。
大学でもちゃんと楽しんでるようだ。
「来てくれるのはありがたいけど、たまには友達と遊びなよ?ストレスたまるよ?」
「勇と話すことにストレスなんて微塵にも感じたことないわよ…それに大丈夫、大学では友達ともよく話すから。」
まぁ、大学で友達ができただけでも大進歩としておこう。
「それと…これ…」
姉がカバンから何かを取り出す。
「おぉ!!お姉ちゃん、それはっ!!」
姉がカバンから取り出したもの……それは真っ赤なリンゴだった。
「ふふっ…美味しそうでしょ?勇大好きだもんね。」
姉が真っ赤な果実を俺の目元まで持ってくる…
「それ…どうするの…まさか俺の前で食べるの?……さすがにお姉ちゃんでも怒るよ?」
「そんなことしないわよ…お医者さんに聞いたらリンゴなら少し食べてもいいそうよ?」
この時ほど姉に感謝した日はないだろう…。
「マジで!?お姉ちゃん愛してる!!早く食べさせて!!」
姉の顔がリンゴの如く真っ赤だったがそれ以上に魅力的な真っ赤な果実に夢中だった。
「ゴッ…ゴホン…しょうがないわね…剥いてあげるから少し待ってて。」
「うわ〜すご〜い!皮全部繋がってる〜!」
凪が珍しいものを見るように身を乗り出して眺めている。
「ふふっ…凪ちゃんも料理するようになれば、すぐに覚えるわよ♪」
器用な手つきで皮を剥いていく姉も少し誇らしげだ。
「これで…よしっと!はい勇、召し上がれ。」
芯の部分を切り落とし、皿に並べて手渡しされる。
「…姉ちゃん…これ…」
丁重に切りそろえられたリンゴは物凄く美味しそう……だが。
「ん?なぁに?食べさせてほしいの?」
そういうと俺の皿に手をかけようとする。
「違うよ!!…なんで俺の皿だけリンゴ二きれしか入ってないの!?」
姉と凪のお皿には四きれある。
新手の嫌がらせかと思うほどあからさまな行動に、苛立ちを覚える。
「お医者さんにいってよ、あまり食べささないでくださいって言われたんだから。第一お粥食べたんでしょ?」
「ぐっ!?……っいただきます!!」
自分の病気だからしかたないリンゴを食べれるだけでも姉に感謝しなくては。
久しぶりの好物を口に入れようとする……が口に入る前に腕を掴まれ阻止される。
――「お兄ちゃん…あのね……その…私がお粥の時みたいに食べさせてあげよっか…なんて…」
口の前でフォークに刺さったリンゴがピタッと停止する。
「…食べさせてもらった……?」
姉のほうを振り替えれない…振り返ったら大惨事になると直感で感じたからだ。
「家では私がいくら食べさせてあげると言ってもさせてくれなかったのに……凪ちゃんにはさせるんだ…ふ〜ん…」
あぁこれは怒ってる…
「いやっ!…あれだよ!…ほらっ!!今病人でしょ?だからしかたなくみたいな…感じで…」
「そう…それじゃ私が食べさせてあげる、私も隣にいくわ…ちょっと横に寄ってよ勇。」
そう言うと、イスから立ち上がり掛け布団をまくりあげてベッドに入ってこようとする。
「ちょっ!?なっなんで!?狭いよ!!」
さすがに三人は狭い…この2人は俺が病人だと認識してるのだろうか。
「大丈夫よ、落ちないから」
姉は落ちないかもしれないが凪が危うい。
落ちまいと必死に左腕にしがみついているが、このままいけば凪が落ちてしまう。
「お姉ちゃん!!ちょっと危ないからマジで!」
左手で姉の肩と顔をグイグイと押し返す。
「コラッ!!勇ッ!お姉ちゃんに向かってッ…!泣くわよ!?」
なぜ俺の周りはこんなに騒がしいのが多いんだろう…
「わかったから、お姉ちゃん!!」
まず興奮を冷まさないと姉が本気で泣きそうだ。
「ふぅんとぅ〜?〜うぅ―」
姉の頬を全力で押し返しているので裏声でもない低音の声が口から漏れている。
「本当だって!!……それじゃ凪ちゃん悪いけどイスに移動できる?」
どちらが小学生かわからなくなる。
凪が少し考えた末思いついたかのように提案をだす。
「う〜ん……それじゃ…こうしたらお姉さんも入れる。」
そういうと布団を捲り上げて股の間に凪が入り込んできた。
まぁこれなら、三人でも入れる…が姉の顔が嬉しさからではなく、怒りで鬼の如く真っ赤になっている。
凪も姉の異変に気がついてるのだろう…俺の両太股を離すまいとがっしり掴んでいる。
「凪ちゃん?…前にも言ったけどその場所はっy「お姉ちゃん?ほっほら!!リンゴ食べなきゃ!」
この話題は早く終わらせないとややこしいことになる。
「……そうね、わかった…それじゃ、勇…あ〜んして。」
姉も凪を諦めたのかすでにリンゴにフォークを刺して口元に持ってきてくれてる。
凪は複雑そうな顔をしているが、今の姉に触ってはいけないと分かってるのだろう…。なにも言わずにリンゴ食べている。
◇ ◇ ◆ ◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「はぁ〜美味しかったぁ〜」
数少ないリンゴの切れ端だったが口に入れた瞬間、今まで食べたリンゴの中で一番美味しいと感じた。
「そう言われると嬉しいわ。それじゃまた私が食べさせてあげる。」
姉も凪も「自分が食べさせたから美味しかった。」と考えているらしい。
「ふふっ……それじゃ…交代ね!!はい、私に食べさせて。」
そういうと姉にリンゴの入ったお皿を渡される。
「え!?俺が食べさせるの!!?」
凪も驚いた顔をして姉の顔と自分のお皿を交互に見ている。
凪のお皿にはもうリンゴはない…。
時間をかけて食べさせてくると思ったら凪が食べ終わるのを待っていたのか…。
「ほら!早くして、あ〜ん…」
なぜ目を瞑るかわからないが、これは食べさせるまで口を閉じないだろう。
「わかったよ…はい、あ〜y「コンっコンっ…ガラガラガラッ」
――「ごめ〜ん、ちょっと遅くなっ…ちゃ……た…」
ノックが聞こえたかと思ったら、こちらから返事をする前に勢いよく扉が開けられた。
「ほら、なぎ…さ…も…」
母の後に続いて凪母も入ってくる。
「…なにしてんの…?」
母の声に一番に反応したのが姉だった。
口元で停止しているリンゴをパクッと頬張ると、凪母に頭を下げそそくさとベッドから降りてパイプいすに座った。
姉もパニクったのだろう。
涼しげな顔をしているが、靴を履き忘れている…。
――「ははっ…ちょっと三人で遊んでただけだよ。」
「遊ぶのは結構だけどあんまり無茶するともう一つ胃に穴があくわよ?」
「はぁ…気をつけます…」
クスクスと凪母がなにか悟ったように話す。
「ほら、凪帰るわよ、もう勇くんといっぱい話したでしょ?」
「えぇ〜まだお兄ちゃんと話したい〜」
凪が抗議の声を上げるが、もうすぐ面会時間も終わる。
「俺は暇だからいつ来てもいいよ?それにあと三週間もすれば退院だから、いつでも遊べるしね。」
頭を撫でると少したってから凪がコクッと頷いた
「……それじゃまたお見舞いにくるね?約束ね?」
「うん、約束。またきてね。」
約束で納得したのかベッドから降りて凪母の元まで小走りで駆け寄る。
「はいはい、それじゃ、帰ろっか?。」
凪母に抱きついてるとこを見ると、まだ子供みたいで可愛らしく感じる。
「ふふっ…勇くんは子供の相手も女性の相手も得意なのね?こんどは2人で話しましょうね。」
「いえ、そんな…はい…」
凪母の雰囲気は少し苦手だ。
女性らしさが全面に出ているので、あたふたしてしまう。
「お母さん!?ダメだからね!?」
凪が精一杯背伸びをして母に文句を言う。
「あら?凪もお父さんが欲しいっていってたじゃない。あんなに若いお父さんがいたら素敵じゃない。」
「お父さんは天国にいるもん!!だからいい!」
小学生相手だから通じる挑発だと思う…。
――「ボソッ…年増のくせに…」
「わかったって。ほら、凪もちゃんと勇くんにお別れしなさい……それと…今の聞こえたわよ?あんたも私と同じ歳でしょーが。」
母の小さな呟きが凪母にも聞こえたようだ。
「それじゃお兄ちゃん、またくるからね。」
「うん、またね。ばいばい。」
こちらに元気よく手を振り病室を後にする凪を見送る。
「…少し疲れた顔してるわよ?」
「そうだね…少し疲れたかも…」
今日2度目の嵐が過ぎ去って落ち着きをとりもどす。
「勇、冷蔵庫に残りのリンゴ入れとくけど勝手に食べちゃダメだからね?それとポカリも入れとくから。」
カバンからリンゴとポカリを冷蔵庫に入れている。
リンゴは冷蔵庫に入れたらダメらしいがあまり気にしない。
「うん、ありがとう、お姉ちゃん。」
あ姉も満足したのか帰る用意をしている。
「勇ちょっと寝るの待ってね、体拭かなきゃ。」
そういうと母が部屋についてる水道から小さい桶にお湯を入れ、カバンからタオルを取り出してベッドに腰掛ける。
「それじゃ上着脱いで背中向けてくれる?」
「うん、わかった。」
母は俺の背中を拭いて帰るのが日課になっている。
三日に一度で大丈夫だし、自分でできるといったのだが「垢がたまると悪影響だし、一人じゃ綺麗に背中を拭けないでしょ?」と言われて母にお願いをしている。
「お母さん、私がしようか?仕事で疲れてるでしょ?」
「ありがとう、でも大丈夫よ、これぐらいは私にさせてね?」
なぜ姉が落ち込むのかわからないが、早くすませて欲しい。
家族とはいえ女の人に肌を触られるのは正直恥ずかしい。
――「…勇…ありがとうね…」
「……うん」
唐突にお礼を言われたが何のことを言ってるのかすぐにわかった。
――俺と母と姉の約束…。
それはまたあの家で家族一緒に住むことだ。
入院した次の日から2人には一緒に暮らしてもらっている…この話が凪母の耳に入り。
母が地元に帰るなら良い機会だし私も帰るっとなったそうだ。
凪母と家の母は少し仲が好すぎるみたいだ。
姉と母の2人暮らしに始めは不安だらけだったが、日に日に家族らしい会話も増えてきているらしい。
「どう?2人の生活でなんかあった?」
「麻奈ちゃんが、フライパンを焦がしたわ、あと勇の部屋のベッドも壊したわ。」
「ちょっ、ちょっと、お母さん!?お母さんだって雨降ってきた時、慌てて洗濯物取り込もうとして、閉まってる扉のガラスを走って頭突きで割ったじゃない!!それに勇のベッドはお母さんも関係してるんだからね!?」
ほんの些細なことだが聞いてるうちに、話の中で小さな幸せが少しずつ溢れてきているのが分かった。
「ははっ本当に?」
「本当よ?まさか雨が降ってくるとは思ってなかった…。
天気予報では晴れのマークがニコニコしてたのに…。天気予報なんて信用できないわ。」
「反省そこっ!?ガラス割ったとこでしょ普通…」
姉と母の言い争いも幸せの風景の一部になっている。
「まぁガラスは明日ガラス屋さんに来てもらって新しいガラスと交換するわ…フライパンも今日帰りに買って帰る。
あと、麻奈ちゃんが壊した勇のベッドだけど勇が退院したら買いにいきましょ?…ベッドの上でなにしたらあんな壊れかたするのかしらねぇ?」
「まだ言うかッ!!お母さんが勇のシーツを私に渡さずベッドに潜り込むからッ!」
「いや…まぁ楽しそうでなによりだよ。」
元気すぎて少し不安になってきた…。
「仲良くやってるから勇も早く体治して家に帰ってきなさい。治ったら家族みんなで旅行いきましょう。」
「そうよ?もうすぐ春だし桜咲いたら花見も行きたいね。」
2人はもう退院したらなにするか決めてるみたいだ。
「うん、すぐに治すから待ってて。」
「えぇ、私はいつまでも待つわよ?」
「私も…だから早く良くなってね?」
――小さな幸せは人間の欲に埋もれてしまう。
その小さな幸せを無くして初めて気づく本当の幸せの意味。
今この部屋には俺とお姉ちゃんとお母さんしかいない。
端から見たらなんの変化もない家族に見えるだろう。
たが胸を張って誰よりも幸せだと言える。
――だってそこには家族にしか見えない幸せが溢れているのだから――
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