PINKちゃんねる-エロパロ&文章創作板「依存スレッド」まとめページです since2009/05/10

作者:◆6ksAL5VXnU氏


 私は先生の事が好きだった。細く開いた目蓋に濃い眉毛。細長い輪郭と普通の人ならちょっと嫌がる癖毛も含めて。要は先生のなら何でも好きだった。それは今でも変わらない。何でも受け入れられる自信がある。
 私がまだ高校生だった頃。先生は教育実習生として私の前に現れた。でも、一目惚れだったわけじゃない。最初は何の興味もなければ関心もなかった。
 私の家は今もだけど、酷く貧乏だった。父が早くに亡くなって、それ以来母が1人でここまで育ててくれたのだ。
 だけど、限界だった。授業料が払えなかったのだ。仮に卒業まで居たとしても、大学や専門学校へ進むなんて選択肢はありえない。私は退学して働くしかなかった。低所得者の悲しきスパイラル。それに抗う事は出来ない。
 話が決まれば、後は早かった。学校側も受け入れて、クラスメートにもHRで近いうちに退学する旨が担任によって伝えられた。そうなれば不思議なもので、彼等は皆同じ様な事を言うのである。
「頑張ってね」
「負けるな」
「応援してる」
 有難いと、その言葉に感謝するのが礼儀だろう。でも、私にはその礼儀が出来なかった。
「目」だった。私の事を上から見て、嘲笑うでもなく、哀れむような目。その、怪我をした動物を見るような目で見られる事が、何より屈辱で、そして恐ろしかった。それは気のせいだったかも知れないけれど、絶望的な気分だった私からすれば、そういう風にしか見れなかった。
 私は、その理不尽さへ向けるべき矛先を母へ向けた。母だけでなく、友人や、そして生生にも。
「なによ教師でもない癖に! 鬱陶しいからあっち行ってよ!」
 確かこんな事を言った。今から考えると、先生には何の関係もないのに滅茶苦茶な事を言っている。もし私が先生の立場なら、こんな生徒に深く関わる事はしないだろう。けれど、先生は私の中に入ってきてくれたのだ。
「自棄になるな」
「いいご身分だよね先生!? 先生は私と違って、立派な大学へ行ってるんだからね!」
「……川崎さん」
「……」
 私は答えなかった。それでこの先生も、愛想つかして私から離れていくと思った。だから、先生の次の言葉で私はかなり困惑することになる。
「勉強、するか」
「は、はァ? 何でそうなるのよ?」
「一般教養は身に付けといて損はない、退学するなら尚更ね」
 教室には2人しかおらず、ある意味、授業をする準備は整っていた。
「意味ないわよ、今更勉強なんて」
「おいおい、その様子じゃ学費があっても退学だったんじゃないか?」
「そんな訳ない!」
「じゃ受けるな?」
「……バカみたい」
 でも、何時の間にか私は先生のペースに飲まれていって、ついにその授業を受ける事になった。
 傍から見れば奇妙な光景だっただろう。先生は教卓に立って、私は自分の席で授業を受けた。先生と目が合う。そして、その細い目蓋の奥を見たとき、私はやっと気が付いた。
あの嫌な「目」がなかった。先生は私を1人の生徒として見ていたのだ。動物でも何でもなく、数十人いる中の1人の、普通の生徒として。
 私は涙が出そうなのを必死に堪えた。先生は唯一、私を相応の人間として認めてくれたのだ。
「いいかここ重用だぞ? 労働者には3つの権利があってだな」
 授業内容は公民だった。私はどちらかと言うと、地理や歴史の方が好きで、公民は難しくあまり好きではなかったが、この時ばかりは大真面目に先生の話を聞いていた。
 先生はその時の私にとっての、一番必要な知識を与えてくれたのだ。私は胸が熱くなって、泣き出しそうになった。先生は本当に私の事を考えてくれていたのだ。
 どのくらいそうしていて、どう別れたかは、はっきりとは覚えていない。覚えているのは労働なんとかの知識と、そのとき先生を好きになった事くらいだった。
 数日後、私は退学した。



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