PINKちゃんねる-エロパロ&文章創作板「依存スレッド」まとめページです since2009/05/10

作者:4-263氏

 小萩は、自分を連れ帰ろうとする京介が、助けた礼を求めるものだとばかり思っていた。走り寄ってきた京介の目が、獣のような情欲にぎらついていたからだ。
 そういった手合いには慣れっこであったし、何より京介のおかげであることは本当であったから、適当にこの男の言いなりになってやろうと思った。

 通された家は外観こそ朽ちてはいたが、中はそこそこに立派であった。興味深そうにきょろきょろとする小萩を見て京介は苦笑した。足元の覚束ない小萩の耳を、京介の吐息がくすぐる。
 布団を敷いて小萩の着物を脱がせた京介に、小萩はさして驚きもしなかった。ああやはりか、と少しの落胆と共に京介を見上げる。

「ちょっとごめんね」

 京介は小萩の視線に眉を八の字にした。遠慮がちな手つきで小萩の体を拭う。訝しげに見つめられて、京介は言い訳するように笑った。

「ほら、泥とか血とか拭かないとね」
 ぬるま湯に浸した手拭いで指の先を拭く。子に語りかけるように視線を合わせてくるのが気恥ずかしくて、小萩は顔を伏せた。
 慈しむような優しい態度も丁寧に体を拭われるのも初めてで、小萩はなんだかひどくくすぐったいような気分になった。
 温かい手拭いが肌の上を往復する感触に、ついとろとろと眠りに落ちそうになる。小萩はほとんど京介の胸に頭を預けるようにして、ぼうと自分の体が拭かれる様を見ていた。
 両腕と、顔と肩と背を拭き終えると京介の手が止まる。京介は「どうする?自分でやる?」と問う。寝かけた頭でやっと理解して、小萩はふるふると首を振った。男の手が心地よかった。
 京介は返事代わりに頷いて、小萩の鎖骨のあたりを拭う。その手拭いは徐々にさがり、乳房をゆるく撫で回した。
 小さく声を漏らして身じろぎする小萩に、京介は再び「ごめんね」と声をかけたが、小萩は別にそれが嫌ではなかった。乳房を過ぎて腹を拭く手を、惜しいとさえ思う。
 ふいに、京介の体が離れた。柔らかな布団の上に上半身を下ろされる。京介は桶を抱えて小萩の足元に回った。下半身を覆っていた布団を捲られ、右の爪先から拭かれる。
 本当にくすぐったくて京介を蹴飛ばしそうになるのを我慢して、自分の足を清める京介の様子をまじまじと見ていた。
 膝のあたりを拭き終えると、京介は再び困ったように顔を上げた。

「自分でやってもらってもいい?」

 問う京介に再び首を振るといよいよ本気で困った顔をされた。
 小萩は拭きやすいように軽く膝を立てる。下半身を覆っていた掛け布団が腹までずれるのを見て、京介は焦ったように布団を引っ張った。
 京介は意を決したように、手拭いを小萩の大腿に這わせる。内股を覆う温かい手拭いと男の手の感触に酔いしれ、小萩は薄く瞼を閉じた。


 ぼんやりする頭を軽く振って、上半身を布団の上に起こした。
 殴られた怪我から熱があがったらしい小萩は、死んだように眠る前のことをあまり覚えていない。体を拭かれるのが心地よく、うとうとしてしまいそのまま意識を失った。

「こはぎ」

 熱で渇いた寝起きの喉で発した声は掠れていたが、はっきりと小萩の鼓膜を揺らした。
(私の、名前)
 ばさばさであった髪が綺麗に梳かれたのも綺麗な藤色の浴衣を着せられたのも覚えは無かったが、それだけははっきりと覚えていた。
 こはぎ、こはぎ、と数回口の中で呟くと、不思議と笑みがこぼれる。名があるというのは、そしてその名を呼んでくれる人がいるというのは、これほどまでに嬉しいものだろうか。

 布団から起き上がろうとして、左脚が思うように動かないことに気がついた。布団をどかし、浴衣の裾を割ると左脚に布がぐるぐる巻きにされていた。
 なるほど、これでは動けないはずだ。と一度うつ伏せになり、少々不格好になりつつも起き上がる。びっこを引きながら部屋を横切り、引き戸に手をかけた。

「ひゃ!」
 細く開けた筈の引き戸ががらりと開いたので、小萩は驚いて奇妙な声をあげてしまう。
 向こう側から戸を開けた京介は、そんな小萩を見て目を丸くし次いで笑った。

「おや、元気そうだね」
 京介は穏やかな笑みを人の良さそうな顔に浮かべ「でもまだ寝ていた方がいい」と小萩を布団に押し戻した。

 京介は小萩の顔を覗き込む。骨っぽい指が小萩の右頬を押さえて、左頬の湿布を剥がした。

「腫れもひいたね。あとは左脚だけだ」
 物言いたげな小萩の視線を勘違いしたのか、京介はああと頷いた。
「左脚の筋をいためているらしい。あまり動かない方がいいよ」

 小萩は小さく首を振る。「名前」と呟く様子に京介は怪訝な顔をして、腑に落ちたように眉をあげた。
「私かい?山本京介というんだ」

 京介、さん?と首を傾げる小萩に京介はそうだよ、と微笑む。
 じいと京介を見上げる小萩に、白湯の注がれた湯のみを差し出した。小萩はおずおずとそれを受け取り口をつける。
 渇いた口の中に染み込むようで美味しかった。指先で湯のみをいじりながら、小萩は京介に声をかけた。名前を呼ぶのが気恥ずかしかったが、同時にふわふわと嬉しいような気分になる。

「京介さん。あの、……」
 言いたいことがたくさんありすぎて、何から言ったらいいのか分からなかった。
 名前をつけてくれたのが嬉しかった。甲斐甲斐しく看病してくれてありがたかった。そして、どうしてここまで良くしてくれるのか。
 様々な事柄がいっきに溢れ出て、頭の中がぐちゃぐちゃになって言葉に詰まる。
 京介は空の湯のみを盆に返し、粥を匙と共に小萩に手渡す。小萩は倒れる前に、まるで子供のように粥を食べさせてもらったことを思い出して顔から火が出そうになった。
 忘れたままでよかったのに!と内心毒づく。
 京介は小萩の頭を撫でた。

「心配しなくてもいい。脚が治るまで、ここにいなさい」
 違う。そんなことが聞きたかったんじゃない。と思いながらも、脚が治るまでに色々と伝えることも出来るだろうと口を噤んだ。

 (変だ。まるで、一緒に居たいみたいじゃないか)

 熱い粥を啜り、そうではないと自分に言い聞かせる。

(こんな体では掏摸も出来ないし男の相手も出来ない。その間はせいぜいこのお人好しそうな男に頼ってやろう)

 小萩は自分を納得させて、もう一口粥を啜る。
 京介にありがとうと言うか迷って、結局言わずに匙を置いた。




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