刑事弁護 Q3

弁護士はどのような理由で刑事事件の弁護人になるのでしょうか?

刑事事件の捜査と公判では,被疑者・被告人は検察官と同等の当事者とされています。
しかし,通常は一般市民にすぎない被疑者・被告人が自らを法的に防御することは難しいでしょう。特に,身体を拘束されている状態であればなおさらです。
そのような圧倒的に弱い立場を補って,力を少しでも均衡させ,被疑者・被告人の正当な利益を擁護するために,弁護人は存在しています。

日本の刑事裁判で,被告人のために弁護人となることができるのは,原則として弁護士だけです。
そして,一定の比較的重い犯罪では,弁護人がいなければ裁判を開けないことになっています(刑事訴訟法289条)。これを必要的弁護事件といい,刑事裁判の7割方がこれにあたります。

つまり,弁護士が弁護人にならなければ,法的な知識のない人が反論や弁解を十分にすることができないまま刑事裁判が進められてしまい,被疑者・被告人の利益が保護されなかったり,真実でない犯罪事実によって処罰されたりするおそれがあります。また,それと同時に,弁護士が弁護人にならなければ,裁判を進めることもできないことになっています。さらに,公正な裁判を受けられなければ,被告人が真摯に事実と向き合って自分の行為に対する評価を受け入れることもできないことになるでしょう。
弁護士が,弁護人として刑事裁判に関与しようとする動機は,主にこのような理念にあります。

弁護人は2種類に分類されます。
国選弁護人と私選弁護人です。
しかし,弁護士はいずれにもなることができます。資格に差があるわけではありません。
また,基本的には,その職務の内容が違うわけでもありません。
単に,誰が選任したかと,弁護人に報酬を支払う主体が違うだけ,といってもいいでしょう。

国選弁護人は,弁護人のあてがなく,あるいは弁護人を選任する財産・収入がない被疑者・被告人のために,国が選任するものです。
弁護人の報酬は国が支払いますが,裁判の結果が有罪であれば被告人の負担とする(裁判の後で国が被告人に支払を求める)場合もあります。
私選弁護人は,被疑者・被告人が自ら選任する場合です。報酬の約束や支払がない場合(ボランティアで弁護人がつく場合)も,被疑者・被告人が選任する場合は,私選弁護人です。

私選弁護人がいる場合は国選弁護人は選任されません。
国選弁護人が選任された後に,私選弁護人が選任されると,先に選任されていた国選弁護人は弁護人の職を外れることになります。
逆に,私選弁護人がいたのに,何らかの理由で辞任した場合で,別の弁護人が私選で就任しないときは,国選弁護人が選任されます。

私選弁護人として就任しているときに被疑者・被告人と信頼関係が崩れるなどして辞任することは,自由です。
国選弁護人として就任した場合は,少々信頼関係が崩れる事情があってもなかなか裁判所は辞任を認めてくれません。それは,次の国選弁護人も同じ立場になって辞めてしまうなど,辞任・選任を繰り返すことになれば,いつまでも裁判を進めることができなくなるからです。
国選弁護人が辞任できる場合というのは,被疑者・被告人が国選弁護人に危害を加えたり,国選弁護人が病気になり弁護活動ができないなどの特殊なケースに限られているのが実情です。
結局,どんなジレンマに陥っても,誰かが弁護人にならなければ,被告人の裁判を進めることも判決をすることもできないのです。

国選弁護人は,選任されるのは原則1名です。殺人の否認事件などの重大事件でも2名程度,特殊で大規模な事件では稀にそれ以上になることもあります。
私選弁護人は,起訴される前は3人まで,起訴された後は人数に制限はありません。

国選弁護人の報酬は,私選弁護の場合の平均的な報酬相場よりも,かなり低額です。
同じような事件で,およそ3分の1くらいだと思います。
だからといって,弁護人の義務や職務の内容が変わるわけではありません。

さて,弁護士がある事件の弁護人を引き受ける経緯は,事件ごとにさまざまです。
知り合いからの相談や紹介で私選弁護を引き受ける場合,
電話や法律相談でいきなり依頼されて私選弁護を受ける場合,
当番弁護士として出動して話を聞いた結果,引き受ける場合,
名簿順に回ってきた国選弁護の事件を仕方なく引き受ける場合,
名簿順に回ってくる事件を受任するのではなく積極的に国選弁護事件を引き受ける場合,
ある弁護士が先に弁護人になっているときに手伝いを望まれて追加の弁護人になる場合
などなど。

つまり,ぜひやりたいという気持ちで弁護人になる場合もあれば,回ってきたから仕方がないという状況で弁護人になる場合や,被疑者・被告人と半ば喧嘩をしながら続けるような場合もあるのです。
しかし,大半の弁護士は,弁護人としてやるからには全力で職務を全うし,被疑者・被告人の権利利益を保護しようとします。それは,弁護人となる資格があるのは弁護士だけであるという誇りと責任感によるものでしょう。

もちろん人間のすることですから,嫌々やる場合や,被疑者・被告人の弁解や人間性がどうしても信用・信頼できない場合には,そのことをわかってもらいたくて,外から見て取れるような態度をとりたくなることがあります。しかし,弁護人があからさまにそのような態度をとることによって,「弁護人も被疑者・被告人を信用していない」というイメージを持たれかねません。それは被告人に不利益を与える可能性があります。
ここは意見の分かれるところかもしれませんが,そういう場面でもポーカーフェイスを貫くのが弁護士の職業倫理のようなものではないでしょうか。



2007年10月24日(水) 11:14:17 Modified by keiben




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