原告の意見陳述

原告が第1回口頭弁論期日で陳述・提出した意見


原告今枝仁 意見陳述内容


第1 私がこの裁判で主張し,訴えていきたいことが2つあります。
   1つ目は,弁護士への懲戒請求の制度趣旨を誤解しないで頂きたい。
   2つ目は,刑事裁判における刑事弁護人の役割を正しく理解して頂きたい。

第2 弁護士の懲戒請求の制度について
 1 橋下弁護士は,光市事件の弁護団に懲戒請求をかけてもらいたい,とテレビを通じ視聴者に呼びかけました。
   また,弁護士会への懲戒請求は,誰でも簡単に立てられる,と,手続が簡易であり気軽になせる手続であるかのように紹介しました。
   しかし,弁護士への懲戒請求というものは,誰でもできるというのは事実ですが,気軽に簡単にしていい手続ではありません。
   懲戒請求を受け付けた弁護士会では,1つ1つの申立について事件番号を付け,書面を検討し,申立人や対象弁護士の出頭を求めて事情調査するなどの負担をなし,申立人や対象弁護士も,書面の提出や出頭し事情を説明するなどの負担を負います。
   私たち原告は,橋下弁護士により「懲戒請求されるような非行弁護士」というレッテルをマスメディアを通じて貼られ,次から次へと届く懲戒請求申立への対応や苦痛,世間からの冷たい視線を浴びる苦痛,嫌がらせや脅迫の手紙や電話が相次ぐ苦痛,とても辛い思いをしました。
   なぜ橋下弁護士は,視聴者に懲戒請求申立を働き掛ける必要があったのでしょうか。署名を集めて弁護団に送るとか,署名を集めて橋下弁護士自身が懲戒請求申立をするのではなぜ駄目だったのでしょう。
   そして今や,懲戒請求申立てをなした多数の人や自分を支持する視聴者らを盾として我が身を守ろうというような態度,記者会見で「広島の事件だから僕が広島に行きます。」といいながら公開の法廷を欠席し,電話会議を要求する姿勢は,正々堂々としたものと言えるのでしょうか。
 2 橋下弁護士はその後,光市弁護団の懲戒理由は,「供述変遷についての国民や被害者遺族に対する説明義務違反」という奇妙な概念を創出しました。
   法律家でそのような概念を認めるような見解はおよそありません。
   被告人の利益のために説明の権利を行使するのがベターだというアドバイスならともかく,説明義務違反が懲戒理由となるという論理は詭弁にしか聞こえません。
   橋下弁護士の答弁書によると,弁護士への懲戒請求申立には,刑事告訴の場合ほどでないものの,民事裁判提起のとき以上には,調査・検討の義務が高いということです。
   橋下弁護士は,そのような懲戒理由や注意義務を問題のテレビで発言した際に一切説明していません。
   懲戒請求申立書に記載された懲戒理由は,ほとんど全て,「荒唐無稽な主張をなし裁判や国民,遺族を愚弄している」などというものです。
   橋下弁護士自身,後に,「荒唐無稽な主張をすること自体は懲戒理由にならない。」としていますが,そのことを問題のテレビで説明したでしょうか。
 3 さらに,橋下弁護士は今でも,「懲戒理由の1つは最高裁の弁論をドタキャンした社会人としてのマナー違反」などとも発言しています。
   しかし,私が最高裁段階でまだ被告人の弁護人に就任しておらず,よって弁論欠席にもなんら関与していないことは,少し考えればすぐ理解できることです。
   そして実際に,最高裁で弁論期日を欠席したということを私の懲戒理由とした申立ても多数なされています。
   そして弁護団は有機的人的組織として一体だから,各人が参加する前の問題についてもそれぞれが同じような品性の持ち主の集合体である根拠であり懲戒請求の理由となるという,奇想天外な発想が橋下弁護士の論拠です。
   実際,「弁護団」と「弁護士個人」とその「訴訟代理人」を区別できない橋下弁護士は,それらを全てひっくるめて「あの弁護団は」と論じています。
   一般人に,弁護団と弁護士個人とその訴訟代理人の区別を分かりやすく説くのが,むしろ弁護士の肩書きを持つコメンテーターの役割ではないでしょうか。

第3 刑事弁護人の役割についての無理解
 1 この点については,橋下弁護士も軌道修正をなし,「荒唐無稽な主張をすること自体は刑事弁護人の役割として仕方がない。」と説明する努力を始めています。
   この点については,一定の評価をなすことができます。
   しかし,現実に私に対しなされた懲戒請求申立のほとんど全てが,主張内容の荒唐無稽さそれ自体を理由としているという現象に鑑み,そのような誤解を払拭するだけの説明をなす義務が,橋下弁護士にあるのではないでしょうか。
   先行行為により危険を創出した者は,その危険状態を払拭する作為義務がある,という法理論があります。
   そして,弁護士であれば誰もが否定する「国民や遺族に対する説明義務」なる概念を創出して逃げ道を作って自己保身を図ったのでは,上記の誤解は解消されるどころか,さらなる誤解を生んでしまいます。
 2 刑事弁護人の職務は,およそ社会全体から憎まれ唾棄されている刑事被告人であっても,その利益を護ることを最優先に活動しなければならないという困難を有します。
   私もこの光市事件の弁護人として,社会から心ない脅迫やバッシングを受け続け,そういう状態の刑事被告人の心境が,少しながら分かった気がします。
   そういう状態の刑事被告人を孤立させず,最善の努力をなし弁護する刑事弁護人の存在意義を,肌をもって実感しました。
   被害者遺族への配慮も必要かもしれませんが,刑事被告人の権利保護より優先しそれが制約されるという橋下弁護士の論理は,およそ刑事弁護人が受け入れるべきものではありません。
   橋下弁護士の言動は,刑事弁護人の職責についての理解を妨げ,誤解や偏見を助長し,刑事弁護人の職務遂行に萎縮効果を生じさせ,ひいては刑事被疑者・被告人の権利保護の実効性を妨げる行為であり,極論すれば,全ての刑事弁護活動に対する業務妨害行為です。
 3 裁判員制度導入を目前に控えた現在,刑事裁判の理念や構造,刑事弁護人の役割と態度について,適切な理解が求められます。
   検察官が被害者遺族と公益の立場を代表し,弁護人が被疑者・被告人の利益保護のために全力で防御活動をし,公平な第三者としての裁判所と裁判員が客観的に評価・判断することで,刑事司法による社会正義が実現します。
   刑事弁護人の活動それ自体は,刑事司法における社会正義実現の一翼を担うものであるはずなのに,それ自体が完結した客観的な正義でなければならないという誤解は解いて,その誤解に基づき刑事弁護活動に向けられる偏見と不当な非難は,解消されなければなりません。
   社会の空気に過敏に反応して萎縮するなどして血の通った刑事弁護活動がしにくい社会の到来を防ぐために,刑事弁護人の役割・活動についての誤解と偏見を解消し,被告人の利益擁護最優先の刑事弁護人の役割・活動と,それが当事者主義の刑事司法の構造を通して社会正義を実現することの意味について,適切な理解を求めていくため,私は,本件訴訟を提起しました。
                                    以上



原告新川登茂宣 意見陳述書


1 光市刑事事件
  光市刑事事件は,一審,二審とも,光市で当時18歳1ケ月の少年が,公訴事実のとおり殺人,強姦致死,窃盗の罪を犯したと認定した上で無期懲役の判決を宣告したことに対して,最高裁が死刑を不相当とする特別事情の有無を再審理する必要があるとして,二審判決を破棄し,広島高裁に差し戻したものである。
  差し戻し審の弁護団は,少年から犯行態様,犯行動機,生育環境,反省を聞き取り,その供述が法医学鑑定,精神鑑定,犯罪心理鑑定,実験により裏付けられたことから,一審,二審,最高裁の認定には重大な事実誤認があり,また,情状においても重大な事実が看過されていることを明らかにする弁護を実行した。
2 刑事弁護の本質
  刑事裁判は,検察官と被告人が当事者として主張・立証を尽くす当事者構造であり,被告人の防御権を実質的に保障するために憲法にて被告人に対して資格のある弁護人依頼権を認めており,刑事弁護人の中心的な責務は,証拠に基づいて被告人の防御のために真実を主張・立証することであるが,弁護団は,この刑事裁判,刑事弁護の理念を誠実に実行しており,また,真実を主張・立証する過程で,被害者,及び,その遺族を徒に傷つけることがないように配慮もしている。
3 被告の発言
  ところで,被告は弁護士であり,法律の実務家としての発言を求められてテレビ出演し,そこで,弁護団の弁護活動に対して,甲1号証記載の発言をしている。
  その発言は,弁護団の主張・立証のうち,「死体をよみがえらせるために姦淫した」,「赤ちゃんに対しては,あやす為にとして首にチョウチョ結びを結んだ」という点のみを取り上げ,「一審,二審でそういう主張が出ていたら,これはもう弁護人としてやむえないところもあります。国家権力に対して唯一被告人を代弁するってことで言わざるをえないですけども。明らかに今回は,あの21人というか,安田っていう弁護士が中心になって,そういう主張を組み立てたとしか考えられないですよ。」とし,あたかも,弁護団が少年の供述と関係なく,また,証拠に基づかないで,独自に主張を創作構成したかのごとき指摘をし,
  その上で,弁護団の主張を,「どうどうと,21人のその資格をもった大人が主張するってこと,これはねえ,弁護士として許していいのか」,「妄想ですね,妄想」,「なさけないね,ひどい」と論評し,
 「弁護団に対して許せないって思うのであったら,一斉に弁護士会に対して懲戒請求をかけてもらいたいんですよ。」,「懲戒請求ってのは誰でも彼でも簡単に弁護士会に行って懲戒請求を立てれますんで,何万何10万っていう形であの21人の懲戒請求を立ててもらいたいんです。」,「懲戒請求を1万,2万とか10万人とか,この番組を見てる人が,一斉に弁護士会に行って懲戒請求をかけてくださったらですね,弁護士会の方としても処分出さないわけにはいかないですよ。」と,視聴者に対して懲戒請求を扇動している。
4 被告の弁護団に対する悪意
  被告は,弁護士としての実務経験から,刑事弁護人は被告人の供述や証拠に基づいて被告人の防御のために真実を主張・立証するのであって,被告人の供述や証拠に基づかないで弁護人が独自に主張を創作,構成することはないことを知っているにもかかわらず,弁護団の主張は,少年の供述にも,証拠にも基づかないで弁護団が創作した独自のものである旨の発言している。その発言には,テレビの視聴者に与える影響力を考慮して,法律の専門家として,調査して慎重に確認した上で責任をもって発言しようとする姿勢は全く認められず,弁護団に対する悪意に満ちており,意図的に虚偽の事実を摘示することに限りなく近いと思わざるを得ないものがある。
  また,懲戒請求については,刑法第172条により,「懲戒を受けさせる目的で虚偽の申告」をすれば犯罪になること,誤った事実に基づいて懲戒請求すれば,不法行為による損害賠償請求もされうること,懲戒請求者に対しては,弁護士会が事実の確認や釈明を求めることもあること,及び,弁護士会は何が真実かを認定し判断するのであり,請求数によって判断するものではないことを知っているにもかかわらず,懲戒請求は簡単であり,請求したことで責任を問われることがなく,また,如何なる負担もかかることがないかのごとき旨の発言し,できるだけ多くの人が懲戒請求すれば,弁護士会は懲戒処分せざるをえない旨の発言している。その発言は,できるだけ多くの人に懲戒請求をさせるために,懲戒請求を単なる記名式の反対投票にすぎないかのごとく意図的に虚偽の事実を摘示したものであることが明らかである。
5 被告の発言の結果
 被告のテレビを通じての発言により,広島弁護士会に原告ら各人につき300前後の懲戒請求がなされ,弁護士会は電話が鳴りっぱなし状態となり,その応対に翻弄されている,また,原告らは,弁護に忙殺されている中,弁護士会に答弁書の提出等の対応を余儀なくされ,更に,不特定多数の人々から憎悪されていることから家族はどのような仕打ちを受けるかもしれないとの恐怖に慄いており,それらに対処するために多くの時間を割かねばならず,弁護自体に支障をもたらされている。
6 結論
 原告は,弁護に忙殺されているが,被告が,弁護士として信頼されていることを奇貨として,テレビという情報伝達手段が極めて大きな影響力を有することを利用して,その専門分野において虚偽の事実を摘示して懲戒請求を扇動し,視聴者をして多数の懲戒請求をさせ,弁護の妨害をしており,このまま,被告を放置することは,弁護士がいわれなき非難と憎悪の対象になることを恐れて刑事弁護活動に萎縮し,刑事裁判制度自体を歪めることになる危険があることから,本件訴えを提起した次第である。
                                      以上



原告足立修一 意見陳述書


 原告の足立修一です。
 私は、光市事件の弁護を2006年2月末から引き受けることになりました。
 この裁判は、最高裁の最終場面まで、客観的証拠である被害者の遺体の鑑定結果と被告人の自白の整合性について、ほどんど検討された形跡がありませんでした。
 この結果に驚愕するとともに、自白調書が間違っているのに、事実認定されていることについて、なんとかして正そうと考えるに至りました。
 この事件は、刑事裁判における弁護活動のあり方についての重大な問題を提起しています。
 被告は、弁護士として、刑事裁判の仕組みを理解しているはずです。
 すなわち、国家刑罰権を発動するための手続として、現行刑事訴訟法の下では、当事者主義が採用され、訴追側である検察官と被告人の権利を擁護する弁護人が、真相究明のために主張と立証を尽くして、争う構造が採用されていること、被告人の権利を最大限擁護するのが弁護人の役割であることを理解しているはずです。
 また、事実認定に争いのある事件では、たとえ確定判決があったとしても、事実が異なることの新規・明白な証拠があれば、刑訴法435条は、有罪の言渡をした確定判決に対して、再審の請求を、確定判決の言渡を受けた者の利益のためにできるとしています。
 すなわち、現行刑事訴訟法は、事実関係が異なり、「原判決において認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」には、確定判決があっても、なお、争うことができるのです。
 被告は、刑事訴訟において、「被告人が言い分を変えてはいけない」などという刑事訴訟法に何ら規定のない独自の見解に基づくルールを振りかざし、国民の意思が、誤った報道ないし偏向した報道に基づいて形成されていることを全く無視して、国民の意思を背景として、光市事件弁護団の弁護活動において、事実関係を争う主張をしたこと、情状関係について、犯罪心理鑑定、精神鑑定に基づいて主張したことを許されないとして、誹謗中傷したうえ、懲戒請求すべきだとの扇動を社会の公器であるテレビ電波を通じて行いました。
 しかし、被告自身は、光市事件弁護団に対する懲戒請求を自らは起こしていません。これは、被告は、実は、主張している事実誤認、情状についての主張が変化したことを理由に懲戒請求をしても、これが認めらないことは自覚しているためとしか思えません。
 その根拠は、被告自身が提出している答弁書から窺えます。
 本件で被告の扇動によって懲戒請求をした一般人は、八海事件第3次最高裁判決で判示された破棄判決の拘束力について、正確に理解せずに懲戒請求しても、一般人が違法な行為を行ったとは評価されないと主張しています。
 しかし、八海事件第3次最高裁判決を正確に理解すれば、2006年6月20日の最高裁判決で、弁護人が主張した事実誤認の主張が排斥されても、差戻控訴審で主張することに何の制限もないことは理解できるのです。このように、被告は、八海事件第3次最高裁判決を認識した上で、自分自身が、懲戒請求を行えば確実に違法とされることを認識していたにもかかわらず、一般の懲戒請求者の懲戒請求において、事実上、法律上の根拠があると誤解して行った場合には、違法にはならない。
違法にならない人に扇動しただけだから被告の扇動行為は違法ではないといえるのでしょうか。
 このような詭弁を使って、一般のテレビ視聴者を惑わす言動をしたことは決して許すことができません。
 裁判所の公正で賢明な判断を求めたいと思います。
                                       以上



2007年09月27日(木) 17:25:17 Modified by keiben




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