届け！三年越しの想い……
届け！三年越しの想い……
届け！三年越しの想い……
プロローグ
桜が咲き始めた四月の初め、大阪の郊外にあるマンションの一室に一人の少女の姿があった。
彼女の名は浅岸さくら、この春から高校生。
小学校卒業と共に父親の仕事の都合で横浜からこちらに引っ越してきたが、またしても転勤で横浜に戻ってくることになったのだ。
そしてさくらは今、引越しのための荷造りをしているところだ。
大阪で暮らした期間はわずか三年間、あまりこちらでは思い出を作ることは出来なかったが、さくらにはそれ以上に横浜に残してきたことがあり、また横浜に戻れると思うとテンションがどんどん上がっていった。
何せ故郷横浜に残してきた物とは初恋の相手なのだから……
第一章 出会い
浅岸家はさくらと父母、それにペットの梢（三毛猫の♀、三歳）の三人＋一匹だ。
梢はさくらにとても懐いていて、学校から帰って来るといつも寝ているリビングのソファーから飛び起きて、さくらの膝の上でゴロゴロ甘えるのだ。
今は荷造り作業のため、梢の相手はしていられないから扉を閉めているのだが、時折梢の仕業だろう小さく扉を叩く音が聞こえる。
さくらも梢のことは好きだ、がしかしここで甘やかしてしまうと作業が滞ってしまうので心を鬼にして目の前に集中する。
すでに机の中の物のダンボールへの詰め込み作業は終わっており、今やっているのは洋服タンスの洋服のダンボール詰め込み作業。
「さくら！荷造り出来た？」
母がリビングから声をかける。
「あとちょっと！！」
部屋にはダンボールにまだ入れてない洋服が散乱していてとても動ける状況じゃないため、さくらも大きな声で答える。
「ひと段落したら降りてきなさい！夕ご飯にしましょう！」
「分かった！今行く！！」
さくらはとりあえず洋服を避けながら扉にたどり着き、開けたらすぐそばにいた梢を抱えてリビングに向かった。
翌日の朝、さくらは新幹線の車内にいた。
横浜までは三時間ほど……、それまでの間は暇なので適当に本を読み時間を潰す。
横浜では祖父宅にしばらくの間は世話になることになっている。
大阪ではマンション暮らしだったので久々に広々とした一軒家に住めるというのはさくらにとって嬉しかった。
それに三年前と同じ家だから通う学校も当然同じ地域。
彼が私立に進学していなければ同じ学校に通えるかもしれないのだ。
運が良ければ同じクラスかも……、さくらはとにかく彼のことで頭が一杯だった。
ここで彼について説明しよう。
藤岡広樹、小学校の六年生のときに同じクラスになった。
彼はどちらかというと目立たないタイプで、さくらもきっかけが無かったら一生知り合うことが無かっただろうと思っている。
そのきっかけとは図工の授業の時のこと、男同士女同士男女、組み合わせは問わないからお互いでデッサンをして下さいと言われた。
さくらは最初、仲の良い女友達とペアで組もうと思っていたのだが、彼は目立たないタイプで友達もあまりいなかったようでたまたま隣だったさくらは先生の指示で組むことになったのだ。
「浅岸さん、よろしく……」
と彼はぎこちない喋り方であいさつ。
「よろしくね、藤岡君」
とさくらは社交辞令的な笑顔でそれに応対した。
当時、さくらは絵に自信が無くそれに対応するかのように描くスピードも遅かった。
あいさつもちゃんと出来ないほどいっぱいいっぱいだったのだ。
一方、彼の方は慣れた手つきで次々と描いていく。
それに感心したさくらは手を止めて彼の作業する姿に見入っていた。
さすがにしばらくすると彼も気づき
「どうしたの浅岸さん、描かないの？」
と言われ、
「あっううん、何でもない。続けていいよ」とさくらも作業を再開、それでも彼の手さばきには目が行くのだった。
先生がパンパンと手を叩き作画時間の終了を知らせると、さくらと彼は作品を提出した。
その時彼の出来が気になっていたさくらは彼が提出する瞬間、その絵を盗み見た。
そこには自分の描いた絵とは比べ物にならない“作品”があった。
さくらの絵には線の太さや濃さの違いはほとんど無いが、彼はそれらを上手く使い、さくらの顔を写真で撮ったかのような正確さで表していた。
教室の席と図工室の席の位置は変わらないことを利用してさくらは広樹にこう、声をかける。
「ごめんね、藤岡くん。さっき完成した作品を見ちゃったんだけどすごく上手く描けてたね。どうやったらそんな風に描けるようになるの？」
「う〜ん。ただ目で見てそれを写して描くんじゃなくて、自分が描きたい絵のイメージをしながら描くことかな？」
とスラスラ答えていく広樹だったが、当のさくらにはさっぱり分からなかった。
「自分で描きたい絵のイメージ？そんなの自分が上手く描けないのは知ってるし、実物を見ないと私は描けないよう」と余計に自信を無くしてしまったのだ。
だがこの一件でさくらは彼のことが気になるようになり、席が隣と言うことを利用してどんどん話しかけた。
趣味は読書でもちろん絵を描くことが好き、人物画はかけるようになったが背景となる風景を描くのが苦手で悩んでいるなど……。
あまり自分から喋ろうとしない彼だが、絵の話題になると嘘のように饒舌になった。
そして本と絵を愛する彼にいつの間にかさくらは惹かれていったのだ。
昼頃になって新横浜に着き、何本かの電車とさらにバスを乗り継いで無事に祖父宅に到着した。
とは言っても、毎年夏休みや正月に帰省していたこともあってそこまでご無沙汰という訳ではない。
一休みしてから届いていた自分の荷物の梱包をほどき、自分の部屋の整理をしていった。
第二章 再会
翌日、意外にも両親が手早く転校の手続きを済ませていたらしく、引っ越した翌日から現地の高校へ登校となった。
三年前まで居た町、微妙に変わっているところもあれば変わっていないところもある。
まるでタイムスリップしたみたいだ。
高校まではバスで一本、三年前も利用したバスの車内は自分と同じ学校の制服を着た高校生がわんさか乗っていて、自分もそれに混ざった。
もしかしてこのバスに彼が乗っているかもと思い、探してみたりしたが結局見つからず、十数分後に学校の前でバスは止まった。
山の上にそびえ建つくすんだコンクリートの校舎、縦横無尽にヒビが走り雨漏りの激しい天井、そして掃除の行き届いていない廊下や教室内に散らばるゴミ……部活動は活発だが成果が付いてこない地味が取り柄の典型的な公立高校。
さくらはあまり良い印象を受けなかったが今はそれよりも彼がこの学校に通っているのかどうかに夢中で気にしなかった。
一年五組がさくらの転入するクラス、と今隣に立っている担任の倉敷定人先生（四十才独身、万年恋人募集中）が教えてくれた。
教室内はざわざわと落ち着きがない、もうすでに転校生が来るとか伝わっているのだろう。先生が先に教室に入り、中が静まったところで名前を呼ばれ入室した。
先生がさくらの名前を書き、「自己紹介してくれ」と言われたので自分のことを話す。
「大阪から転校して来ました、浅岸さくらです。趣味は飼い猫の世話です。よろしくお願いします」
その後、先生に「適当に空いてる席に座ってくれ」と言われたが該当する席は一つしか無かった。
一番窓側の列の最後尾で隣の男子は突っ伏して寝ているようだ。
気持ち良さそうに寝ているが起こしてあげようと思い体を揺する。
「う〜ん……」
少し男子は声を上げたがまだ起きそうにない。
ここでさくらは思った、コマーシャルでやっていたあれをやるチャンスだと……。
さくらは彼を揺するのをやめ、そっと耳に口元を近づけて一言。
「お客さん、終点ですよ」
一度言ってみたかった台詞、これで本当に起きるかさくらは楽しみであった。
そして……
「えっマヂ！！終点！？」
本当に起きた。
起こそうとしたさくらもまさか上手くいくと思わずびっくりした。
先生が「藤岡！！ホームルームに何寝てんだ！！転校生も来たんだぞ！！」とワケの分からない理屈を並べつつも怒る。
彼は寝ぼけ眼で周りをキョロキョロ見てオロオロしている。
その様子を見てさくらも笑い出し、他のクラスメートも笑い出す。
「藤岡君って言うんだ、面白い子だなぁ……」と思う。
そして何か一つ気になるところが……
えっ！？藤岡？？もしかして……？
クラス中の笑いものにされたため少し不機嫌な表情を作りつつも彼が自己紹介する。
「何だよ、笑うなよ。僕は藤岡広樹、これからよろしく」
第三章 謎を持つ彼
さくらは驚いていた。
同じクラスになれれば良いなぁとまでは思っていたが、それどころか隣の席になれたのだ。
自分の読んでいるマンガではよく見るが、まさか実際に起こるとは夢にも思わなかった。
ところが問題も一つある、どうやら自分を見て「浅岸さくら」と分からないらしい。
三年間のブランクがあったとは言え、相手に顔を忘れられていたのは少なからずショックだった。
ただ良く考えると最後に会った時の髪形はショートボブ、引越しを機に髪を伸ばしたので昔の面影が無いせいかもしれない、いやそれが恐らく原因だろう。
それに自分の自己紹介のときには寝ていたので名前を出せば思い出してくれるかも……。
すでに一時間目の授業が始まっている。
さくらは黒板の板書を写しながらチャイムが鳴るのを待った。
「藤岡くん」
さくらはチャイムが鳴ると同時に隣人、藤岡広樹に声をかけた。
「ん、何？」
彼は眠そうな目を擦りながら返答する。
「私、朝のホームルームで自己紹介したんだけど藤岡君、寝てたよね？」
「あっ……うん。そう言えば名前を聞いてなかったね」
「なのでこれから自己紹介しま〜す」
「よろしく……」
「私の名前は浅岸さくら、大阪から転校してきました」
「あさ……ぎ……し……さくら？どっかできいたことがあるような？」
「実はねぇ……、小学校一緒だったよ」
その一言でようやく思い出したらしい。
「さくら……あの時のさくらか？」
「そうだよ、やっと思い出してくれた……」
「全然面影無いなぁ……、言われなきゃ気づかなかったよ」
「そんなに変わったかな？」
さくら自身はあまり変わっている自覚はなかった、髪形くらいしか思いつかない。
「髪形が変わってるし、まとってる空気も……。別人だよ……」
雰囲気まで変わっていると言われたのは初めてだ。
そんなにたった三年間で変わったのか納得出来ないが、彼がそう言うのだからそうなんだろうとさくらは鵜呑みにした。
「藤岡君は三年間の間に何か変わったりした？」
「う〜ん、中学・高校で友達が出来たことかな？あとそれと新しい趣味かな？」
「新しい趣味？」
「うん、絵の他にも熱中できる趣味が出来たんだ」
「どんな趣味？」
「それは……その……」
彼は急に声を小さくしてそのまま黙ってしまった。
余計にさくらは気になるが……
「キーンコーンカーンコーン」
チャイムが休憩時間の終わりを告げた。
さくらは趣味を聞きたくてウズウズしているが、ここは身を引いた。
第四章 真実
昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴る。
さくらは弁当箱を出して広樹を誘おうとして驚いた。
小学校のときは広樹は一人で食べていたイメージが強かったのに、今の広樹の周りには数人の男子がいて仲良さそうに食べているのだ。
先ほど言ってた友達が増えたと言うのは本当のことらしい。
しかしさくらはその中に入っていって彼の趣味について聞いて来るなんてことは出来ない。
もともと男子に気軽に話しかけるような勇気はないのである。
成すすべがなく立ち尽くしていると「転校生だしいろいろ話したいな」とでも思ったのだろう、数名の女子生徒が昼食に誘ってくれた。
代償としていろいろ質問攻めになったが、広樹に話しかけられない以上この方が良いだろう。
さくらはクラスメートとの情報交換（ほとんど向こうからの一方的に）に励むことになったのだ。
やがて午後の授業もホームルームも終わり下校の時刻となった。
さくらはチャイムが鳴ると同時に隣の席の広樹に聞く。
するとしばらくう〜んと唸った状態で静止したが、やがて「部室に来れば分かるよ」と言ってくれた。
この高校は、真ん中に中庭を配しそれを囲むように東西南北にそれぞれの棟があり、渡り廊下やそのままつながっている構造をしている。
ちなみにさくら達の教室は北棟にある。その北棟は四つの棟の中で最大の５階建てであり、広樹はさくらをその最上階にある一室へと案内した。
その部屋の第一印象は……、狭かった。
トイレの個室を全て取り払った面積より若干狭いくらいの空間、壁にはガラス戸の棚があり本が沢山置いてある。
読書好きなところは変わってないようだ。そして長机にパイプ椅子があるだけで随分と殺風景だ。
「ここが部室なの？」
「うん、そう。部員は僕一人……」
部員は自分一人ってことはあまり一般的な趣味じゃ無いってこと？
「部員一人なのに部室をもってるなんてすごい！」
「まさか……、ここは文化系部共同の部室だよ。演劇部とか漫画研究部、軽音部とかと一緒なんだ。ちなみに我が部の所有物はこの本棚の三分の一だけ……」
やっぱり弱小のようだ。
「それでその、どんな活動内容を？」
ここでようやく本題を聞いてみる。
「僕の入った部活、それは鉄道研究愛好会なんだ」
第五章 さくらの葛藤
え？
今、何て言った？
鉄道研究愛好会？
さくらは混乱した。
最近テレビでちょくちょく話題に上るようになったけどつまり……、鉄道マニアになっちゃったってこと？
あれ、ヲタク？
一瞬にして自分が彼に抱いてきたイメージが崩れ去る。
鉄道ヲタクって……、まだアキバ系ならまだ、いやそう言う問題じゃなくてさすがにそうなっちゃうと引くと言うか、いやアキバ系の人が悪いんじゃなくって……。
脳内にいろいろな物が駆け巡る。
初恋の相手が鉄道ヲタクになっていた→せっかくこっちで出来た友人が好きな相手が鉄道ヲタクと言う理由で離れていく→自分はクラスから孤立しやがて彼とも話が合わなくなり……。
考えれば考えるほど悪いほうへ悪いほうへと行ってしまう。
それほどさくらの中でのショックは大きかった。
「ふ〜ん」
「久しぶりに会ったとはいえ、引かせちゃったかな？」
広樹に図星を当てられさくらは硬直する。
もちろん素直に「うん、やっぱ引くわ〜」などと言えるわけはなく
「ううん、ぜ〜んぜん」
としか返すことが出来なかった。
取りあえず話をつなげるためにも他の話題を振る。
「でもさ、何で鉄道が好きになったの？」
物静かで常に読書をしているイメージのあった広樹が、何故他に鉄道と言う興味を持ったのか？
さくらはその部分に興味を持ったのだ。
「きっかけはさ、中学校に入ってすぐに父に連れられて行った二人旅だったんだ。父は自動車嫌いの人でどこへ行くにも鉄道を利用するんだ、鉄道マニアとかじゃないんだけど……」
と彼は淡々と語り始めた。
「当然その二人旅も鉄道で。
父が東北に行きたいなって言ってて、僕も暇だったからそれに付いて行った。
新幹線を途中で降りたのは良かったんだけどその後は時刻表とのにらめっこの連続、乗り換えに余裕がなくてダッシュしたことも何度もあった。
体力的にも精神的にも疲れたりしたけど僕はある発見をしたんだ！
地方のローカル線で電車じゃなくてディーゼルカーが走ってるところだったんだけど、都会と違って時間がゆっくり流れていて。
それに鉄道は公共的交通機関、それは自家用車と違って他の人と共用で使う乗り物。
車内では地元の人たちが世間話をしていて、列車は情報交換の場だった。
駅は無人駅が多かったけど有人駅では、気軽に駅員さんに分からないことを聞けたり、逆に向こうから教えてくれたりした。
自家用車での旅では間違いなく出会う人の数は少ない、そう思うと多くの人と出会い、別れを繰り返していく旅。
それにすごく魅力を感じたんだ。
だから僕は鉄道ヲタクじゃない、鉄道の旅好きだと自分では思ってるんだ」
と広樹は一気に話した。
彼の話を聞いてさくらは考えた。
自分は勘違いしていた。
いくら鉄道が好きだからと言って＝ヲタクと結びつけるのは早かったのだと……。
彼はさくらが想像していた濃いヲタクではなくただの鉄道の旅好き、さくら的には気にする程度ではない。
「鉄道って今まで乗るだけで関心持ったことすらなかったけどそう言う見方もできるのね」と素直にスラスラ言えた。
「うん、鉄道は自動車と違って多くの人の手によって走っているんだ、その温かみが一番良いところだと思う」
と広樹も興奮してか語るような口調で堂々と話す。
その後もしばらく、自分の乗ってきた景色のよいところなどを中心に彼の話を聞いた。
第六章 友の助言
路線バスは大勢の学生を乗せ車体をガタガタ振るわせて最後のラストスパートに挑んでいた。
さくらはその車内で昨日、広樹の言ったことについて自分の気持ちを整理していた。
広樹は思ったよりヲタクではなかった、少なくとも自分の想像上の鉄道ヲタクではなかっただけだが……。
ただ、どうやって付き合って行けばいいのかが悩み物だった。
自分にはそんな知識は皆無に近いし話が合わないとこれからが気まずい。
打開策は�ー�分が「鉄道」について勉強をして話に付いていくか、もしくは��彼にその趣味をやめさせ他の物に目を向けさせることが思いついた。
自分としては�△�一番良いのだが、どうやるかが思いつかない。
自分が彼の好きな鉄道より魅力的に感じられるような女になるとか？
きゃっ、私は何を言ってるんだろう。
そっち方面の努力はもちろん怠っているわけではないが、その効果はいつになれば発揮されるのかはさっぱり分からない。
そもそも自分が彼を振り向かせるほどの女になれるかどうかが一番不安だ。
あれ、何か話が脱線してる？
ああそっか、彼と付き合うためにどうするかのことを考えてたんだっけ？
二つの選択肢を出して……、結局�，鯀�ぶしか無いのか……。
女性の自動音声が自分の降りるバス停の名を告げ、誰かがボタンを押したため見る見るうちにスピードを落とし到着した。
自分と同じ制服を着た人間がさして大きくないバスの車体からどんどん吐き出されていく。
さくらもその波に乗ってぞろぞろと学校を目指す。
すると後ろから声をかけられる。
「さくら、おはよう」
広樹だった。
さくらは緊張しつつも何とか言葉を返すと、広樹は手を振ってそのまま先に歩いて行ってしまう。
隣で仲良く話し合いながら歩いて登校するのはまだまだ先になりそうである。
「藤岡君と仲が良いみたいだけど何かあったの？」
教室に着くと、自分の席の周りの女子が私に質問してきた。
言われてみれば休み時間に教室にいた人なら私たちの昼間のやり取りを見ているわけで、それは当然だ。
「えーとね、隣の席だから仲良くしようと思って声かけたら意外と趣味が合っちゃって…えへへ？」
我ながら苦しい言い訳だが、それでみんな理解してくれたらしいのだが、それが仇となって逆に……
「藤岡と趣味が合う？ねぇ。そう言えばあたしら藤岡君が何が好きかは知らないんだよね」
と質問されてしまった。
もちろん鉄道と言えるわけもなく、
「どっ読書！そうそう、私の読む本のジャンルと一緒で話があったの！」
とさらに苦しい言い訳を……
「そっか〜。そう言えば藤岡って休み時間はいつも本読んでるもんね〜。っでなんのジャンルが好きだって？」
しつこくまだ、聞いてくる。
「ファンタジーだよ」
「そっかー、転入初日で友達作っちゃうなんて凄いねー」
「さくらってわりとフレンドリー系？」
「う、うん。まあね。結構人からそう言われる方かな？」
実際はそこまでフレンドリーではないが否定すると怪しまれそうなので肯定。
「ならあたしと……、尾花沢花音って言うんだ、よろしくねさくら〜」
「あ、うん。よろしく……」
「私は赤間佐奈恵、あなたの席の後ろにいます、よろしくね？」
「あ、うん。よろしく……」
場の雰囲気に流されてるせいか、同じ言葉しかでない。
「ちょっとトイレ行ってくる」
と花音が言い残して教室を出ていく。
さくらは「別にわざわざ言わなくても良いよ……」と心の中で言う。
「っで、本当のところはどうなのよ。あっ大丈夫、花音には言わないから安心して話して」
一人残った佐奈恵が聞いてきた。
さすがに上手く言ったわけではなかったようだ。
「えっ、何で？」
白々しいがどこが悪かったのか聞いてみる。
「あなたの様子を見てるととてもそんなにフレンドリーには見えないのよね。花音の勢いに押されてってのが良く分かったし、私の席藤岡君のななめ後ろだから読んでるジャンルも知ってた。彼、ファンタジー小説じゃなくて紀行文を読んでたよ」
見事大当たり、佐奈恵の観察眼は侮れないようだ。
ちなみにさくらは広樹の趣味について考え続けていたこともあって何の本を読んでいるかにまで目が行かず、適当に答えたのだった。
「私に隠し事してもダメだよ。本当のところを教えてよさくらちゃん」
これ以上は反論出来ないと思いさくらは一通りの出来事を佐奈恵に話す、花音が帰って来る前に済ませるために簡潔に……
「なるほどね、まるでドラマみたいじゃない。さくらちゃんは三年間の別れを経て再会したのね」
さくらはうなずく。
「そしたら藤岡があまりに変わっていたってわけね」
ちなみに鉄道好きってところは隠した。
まだ反応が怖いんで……
「ん〜、それってさ。そこまで重要な問題かな？」
「何で？」
「だってそれはこれから穴埋めしていけばいいと思うよ、うまく行くかどうか別として……」
言われてみればそうだ。
さくらが自分で重点的に考えていたが、第三者から見ればそうまでは行かないのかも知れない。
思い切ってここは真実を告白しよう、とさくらは決心し言った。
「あのね、藤岡君の趣味って……」
「もしかして……鉄道じゃない？」
言おうとする前に言われた。
「なんで分かったの？」
「言ったでしょ、後ろの席だから読めちゃうんだ。それに私はそれくらいのこと、動じないから……」
「ありがとう、佐奈恵！！」
「頑張ってね、さくらちゃん」
ホームルーム開始のチャイムが鳴り、みんな各自の席へ戻る。
ちなみに花音はチャイムが鳴り終わる前に教室に駆け込みギリギリセーブだった。
エピローグ 勇気を出して
本日の授業が全て終了したことを告げるチャイムが鳴り、さくらは広樹に放課後の予定を聞く。
幸い広樹の今後の予定は職員室に行く用があるがそれ以外は何も入っていないとのことだった。
さくらは広樹にその用が終わったら中庭に来るように言った。
さくらの一世一代の大仕事、告白をすることに決めたのだ。
この高校の一階部分の棟と棟の間は、なぜかつながっておらず、一旦外に出なければならない。
もっとも屋根は付いているのだが……。
東西南北各々に棟があり、その棟の間から中庭へ行くことが出来る。
中庭のほとんどは芝生だが北東側に藤棚と休憩出来るベンチのようなものが据え付けられており、昼休みにはそこで昼食をとる生徒もいる。
……が放課後にそんなところに来る生徒はおらず中庭全体にも人っ子一人いなかった。
これはさくらには好都合なので場所をここに選んだのだ。
他にも屋上などの候補はあったのだが、施錠されており諦めた。
あとは広樹が用を済ませてここにやってくるのを待つのみ。
二十分かもしれないし五分だったかもしれない、さくらにはとても長い時間に感じた。
そして茂みから彼が現れた。
「ごめん、待った？」
「ううん、全然……」
実際にはそれなりに待ったのだが、言わないのがお約束である。
「っで何の話？」
広樹はさくらがドキドキしているのとは裏腹に、緊張感は全くなくむしろ日常会話の延長のような気軽さだ。
もっともこちらから何も言っていないのだから当然だが……
「三年ぶりの再会だよね、よくよく考えてみると……」
「ああ、そうだね」
「引っ越す前の私の印象ってどうだった？」
「ん〜、よく話しかけてくる……かな？」
わりと彼の中での印象が薄く、さくらは少し落ち込むがめげずに一気に行く。
「そっ、そう。でもね、この前の鉄道の話を聞いて私もね、良いと思った」
「キモい奴って思わなかった？」
広樹は少し心配そうな表情をしているが、さくらは今ならはっきり言える。
「最初は少し戸惑ったけど冷静に考えたらそんな感情、吹き飛んじゃった！旅行好きな人なんていくらでもいるし、広樹君は何も悪くないよ」
「そっか……」
「今なら言える。私は広樹君のことが好き！！小学校の頃から好き！！」
広樹は茫然としている。
「鉄道好きでも構わない、私を広樹君の彼女にして！！」
あとがき
単発2作目、どうだったでしょうか？
もともと県の文芸作品コンクール出品用だったことから文字数制限に引っ掛かり、終わり方が少々強引だったのは自分でも自覚しております。
ちなみに原稿用紙30枚制限でした。
原稿用紙設定から普段の文書への設定変更にものすごく苦労し、その製作からだいぶ経っていることから少し加筆修正しました。
また、作中で出てきた高校は私の母校をそのまんま描写しております。
校舎の位置や交通手段等すべて母校からパクリました、ノンフィクションです。
全文字数9812文字と私の作品にしては短めですが、続きを書く予定は今のところありません。
この作品はこの形で終わらせた方がいいのか、アナザーストーリーを書いてちゃんと決着をつけた方がいいのか作者にも分かりません。
が、サブキャラクターをもっと動かしたかったのは事実です。
私って結構欲張りでしたから......。
ちなみに尾花沢花音は現在、私のmixiでの本名にしています。
検索をかければ一発で飛びますよ？
彼女は今時の子をイメージして書きました。
最初に「このお話は僕の妹！？の住ノ江梨穂の過去話用にストックしていた物です」
と書いておきましたが、ぶっちゃけ大阪弁でこんな長くは書けませんのでこれもまた夢です。
また第五章で広樹が語っている長台詞は、私の鉄道への思いをそのままコピペしました。
もっとも私は鉄道ヲタクと自覚しておりますが......。
最後に次回からは再び「僕の妹！？」シリーズ連載再開です。
まだまだ先が書けていないのでさらにペースダウンしながら更新します。
いずれ、オリジナル作品第4作も日の目を見ることができるよう頑張ります。
2009 7/14 コンプレッサー狂
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届け！三年越しの想い……
プロローグ
桜が咲き始めた四月の初め、大阪の郊外にあるマンションの一室に一人の少女の姿があった。
彼女の名は浅岸さくら、この春から高校生。
小学校卒業と共に父親の仕事の都合で横浜からこちらに引っ越してきたが、またしても転勤で横浜に戻ってくることになったのだ。
そしてさくらは今、引越しのための荷造りをしているところだ。
大阪で暮らした期間はわずか三年間、あまりこちらでは思い出を作ることは出来なかったが、さくらにはそれ以上に横浜に残してきたことがあり、また横浜に戻れると思うとテンションがどんどん上がっていった。
何せ故郷横浜に残してきた物とは初恋の相手なのだから……
第一章 出会い
浅岸家はさくらと父母、それにペットの梢（三毛猫の♀、三歳）の三人＋一匹だ。
梢はさくらにとても懐いていて、学校から帰って来るといつも寝ているリビングのソファーから飛び起きて、さくらの膝の上でゴロゴロ甘えるのだ。
今は荷造り作業のため、梢の相手はしていられないから扉を閉めているのだが、時折梢の仕業だろう小さく扉を叩く音が聞こえる。
さくらも梢のことは好きだ、がしかしここで甘やかしてしまうと作業が滞ってしまうので心を鬼にして目の前に集中する。
すでに机の中の物のダンボールへの詰め込み作業は終わっており、今やっているのは洋服タンスの洋服のダンボール詰め込み作業。
「さくら！荷造り出来た？」
母がリビングから声をかける。
「あとちょっと！！」
部屋にはダンボールにまだ入れてない洋服が散乱していてとても動ける状況じゃないため、さくらも大きな声で答える。
「ひと段落したら降りてきなさい！夕ご飯にしましょう！」
「分かった！今行く！！」
さくらはとりあえず洋服を避けながら扉にたどり着き、開けたらすぐそばにいた梢を抱えてリビングに向かった。
翌日の朝、さくらは新幹線の車内にいた。
横浜までは三時間ほど……、それまでの間は暇なので適当に本を読み時間を潰す。
横浜では祖父宅にしばらくの間は世話になることになっている。
大阪ではマンション暮らしだったので久々に広々とした一軒家に住めるというのはさくらにとって嬉しかった。
それに三年前と同じ家だから通う学校も当然同じ地域。
彼が私立に進学していなければ同じ学校に通えるかもしれないのだ。
運が良ければ同じクラスかも……、さくらはとにかく彼のことで頭が一杯だった。
ここで彼について説明しよう。
藤岡広樹、小学校の六年生のときに同じクラスになった。
彼はどちらかというと目立たないタイプで、さくらもきっかけが無かったら一生知り合うことが無かっただろうと思っている。
そのきっかけとは図工の授業の時のこと、男同士女同士男女、組み合わせは問わないからお互いでデッサンをして下さいと言われた。
さくらは最初、仲の良い女友達とペアで組もうと思っていたのだが、彼は目立たないタイプで友達もあまりいなかったようでたまたま隣だったさくらは先生の指示で組むことになったのだ。
「浅岸さん、よろしく……」
と彼はぎこちない喋り方であいさつ。
「よろしくね、藤岡君」
とさくらは社交辞令的な笑顔でそれに応対した。
当時、さくらは絵に自信が無くそれに対応するかのように描くスピードも遅かった。
あいさつもちゃんと出来ないほどいっぱいいっぱいだったのだ。
一方、彼の方は慣れた手つきで次々と描いていく。
それに感心したさくらは手を止めて彼の作業する姿に見入っていた。
さすがにしばらくすると彼も気づき
「どうしたの浅岸さん、描かないの？」
と言われ、
「あっううん、何でもない。続けていいよ」とさくらも作業を再開、それでも彼の手さばきには目が行くのだった。
先生がパンパンと手を叩き作画時間の終了を知らせると、さくらと彼は作品を提出した。
その時彼の出来が気になっていたさくらは彼が提出する瞬間、その絵を盗み見た。
そこには自分の描いた絵とは比べ物にならない“作品”があった。
さくらの絵には線の太さや濃さの違いはほとんど無いが、彼はそれらを上手く使い、さくらの顔を写真で撮ったかのような正確さで表していた。
教室の席と図工室の席の位置は変わらないことを利用してさくらは広樹にこう、声をかける。
「ごめんね、藤岡くん。さっき完成した作品を見ちゃったんだけどすごく上手く描けてたね。どうやったらそんな風に描けるようになるの？」
「う〜ん。ただ目で見てそれを写して描くんじゃなくて、自分が描きたい絵のイメージをしながら描くことかな？」
とスラスラ答えていく広樹だったが、当のさくらにはさっぱり分からなかった。
「自分で描きたい絵のイメージ？そんなの自分が上手く描けないのは知ってるし、実物を見ないと私は描けないよう」と余計に自信を無くしてしまったのだ。
だがこの一件でさくらは彼のことが気になるようになり、席が隣と言うことを利用してどんどん話しかけた。
趣味は読書でもちろん絵を描くことが好き、人物画はかけるようになったが背景となる風景を描くのが苦手で悩んでいるなど……。
あまり自分から喋ろうとしない彼だが、絵の話題になると嘘のように饒舌になった。
そして本と絵を愛する彼にいつの間にかさくらは惹かれていったのだ。
昼頃になって新横浜に着き、何本かの電車とさらにバスを乗り継いで無事に祖父宅に到着した。
とは言っても、毎年夏休みや正月に帰省していたこともあってそこまでご無沙汰という訳ではない。
一休みしてから届いていた自分の荷物の梱包をほどき、自分の部屋の整理をしていった。
第二章 再会
翌日、意外にも両親が手早く転校の手続きを済ませていたらしく、引っ越した翌日から現地の高校へ登校となった。
三年前まで居た町、微妙に変わっているところもあれば変わっていないところもある。
まるでタイムスリップしたみたいだ。
高校まではバスで一本、三年前も利用したバスの車内は自分と同じ学校の制服を着た高校生がわんさか乗っていて、自分もそれに混ざった。
もしかしてこのバスに彼が乗っているかもと思い、探してみたりしたが結局見つからず、十数分後に学校の前でバスは止まった。
山の上にそびえ建つくすんだコンクリートの校舎、縦横無尽にヒビが走り雨漏りの激しい天井、そして掃除の行き届いていない廊下や教室内に散らばるゴミ……部活動は活発だが成果が付いてこない地味が取り柄の典型的な公立高校。
さくらはあまり良い印象を受けなかったが今はそれよりも彼がこの学校に通っているのかどうかに夢中で気にしなかった。
一年五組がさくらの転入するクラス、と今隣に立っている担任の倉敷定人先生（四十才独身、万年恋人募集中）が教えてくれた。
教室内はざわざわと落ち着きがない、もうすでに転校生が来るとか伝わっているのだろう。先生が先に教室に入り、中が静まったところで名前を呼ばれ入室した。
先生がさくらの名前を書き、「自己紹介してくれ」と言われたので自分のことを話す。
「大阪から転校して来ました、浅岸さくらです。趣味は飼い猫の世話です。よろしくお願いします」
その後、先生に「適当に空いてる席に座ってくれ」と言われたが該当する席は一つしか無かった。
一番窓側の列の最後尾で隣の男子は突っ伏して寝ているようだ。
気持ち良さそうに寝ているが起こしてあげようと思い体を揺する。
「う〜ん……」
少し男子は声を上げたがまだ起きそうにない。
ここでさくらは思った、コマーシャルでやっていたあれをやるチャンスだと……。
さくらは彼を揺するのをやめ、そっと耳に口元を近づけて一言。
「お客さん、終点ですよ」
一度言ってみたかった台詞、これで本当に起きるかさくらは楽しみであった。
そして……
「えっマヂ！！終点！？」
本当に起きた。
起こそうとしたさくらもまさか上手くいくと思わずびっくりした。
先生が「藤岡！！ホームルームに何寝てんだ！！転校生も来たんだぞ！！」とワケの分からない理屈を並べつつも怒る。
彼は寝ぼけ眼で周りをキョロキョロ見てオロオロしている。
その様子を見てさくらも笑い出し、他のクラスメートも笑い出す。
「藤岡君って言うんだ、面白い子だなぁ……」と思う。
そして何か一つ気になるところが……
えっ！？藤岡？？もしかして……？
クラス中の笑いものにされたため少し不機嫌な表情を作りつつも彼が自己紹介する。
「何だよ、笑うなよ。僕は藤岡広樹、これからよろしく」
第三章 謎を持つ彼
さくらは驚いていた。
同じクラスになれれば良いなぁとまでは思っていたが、それどころか隣の席になれたのだ。
自分の読んでいるマンガではよく見るが、まさか実際に起こるとは夢にも思わなかった。
ところが問題も一つある、どうやら自分を見て「浅岸さくら」と分からないらしい。
三年間のブランクがあったとは言え、相手に顔を忘れられていたのは少なからずショックだった。
ただ良く考えると最後に会った時の髪形はショートボブ、引越しを機に髪を伸ばしたので昔の面影が無いせいかもしれない、いやそれが恐らく原因だろう。
それに自分の自己紹介のときには寝ていたので名前を出せば思い出してくれるかも……。
すでに一時間目の授業が始まっている。
さくらは黒板の板書を写しながらチャイムが鳴るのを待った。
「藤岡くん」
さくらはチャイムが鳴ると同時に隣人、藤岡広樹に声をかけた。
「ん、何？」
彼は眠そうな目を擦りながら返答する。
「私、朝のホームルームで自己紹介したんだけど藤岡君、寝てたよね？」
「あっ……うん。そう言えば名前を聞いてなかったね」
「なのでこれから自己紹介しま〜す」
「よろしく……」
「私の名前は浅岸さくら、大阪から転校してきました」
「あさ……ぎ……し……さくら？どっかできいたことがあるような？」
「実はねぇ……、小学校一緒だったよ」
その一言でようやく思い出したらしい。
「さくら……あの時のさくらか？」
「そうだよ、やっと思い出してくれた……」
「全然面影無いなぁ……、言われなきゃ気づかなかったよ」
「そんなに変わったかな？」
さくら自身はあまり変わっている自覚はなかった、髪形くらいしか思いつかない。
「髪形が変わってるし、まとってる空気も……。別人だよ……」
雰囲気まで変わっていると言われたのは初めてだ。
そんなにたった三年間で変わったのか納得出来ないが、彼がそう言うのだからそうなんだろうとさくらは鵜呑みにした。
「藤岡君は三年間の間に何か変わったりした？」
「う〜ん、中学・高校で友達が出来たことかな？あとそれと新しい趣味かな？」
「新しい趣味？」
「うん、絵の他にも熱中できる趣味が出来たんだ」
「どんな趣味？」
「それは……その……」
彼は急に声を小さくしてそのまま黙ってしまった。
余計にさくらは気になるが……
「キーンコーンカーンコーン」
チャイムが休憩時間の終わりを告げた。
さくらは趣味を聞きたくてウズウズしているが、ここは身を引いた。
第四章 真実
昼休みの始まりを告げるチャイムが鳴る。
さくらは弁当箱を出して広樹を誘おうとして驚いた。
小学校のときは広樹は一人で食べていたイメージが強かったのに、今の広樹の周りには数人の男子がいて仲良さそうに食べているのだ。
先ほど言ってた友達が増えたと言うのは本当のことらしい。
しかしさくらはその中に入っていって彼の趣味について聞いて来るなんてことは出来ない。
もともと男子に気軽に話しかけるような勇気はないのである。
成すすべがなく立ち尽くしていると「転校生だしいろいろ話したいな」とでも思ったのだろう、数名の女子生徒が昼食に誘ってくれた。
代償としていろいろ質問攻めになったが、広樹に話しかけられない以上この方が良いだろう。
さくらはクラスメートとの情報交換（ほとんど向こうからの一方的に）に励むことになったのだ。
やがて午後の授業もホームルームも終わり下校の時刻となった。
さくらはチャイムが鳴ると同時に隣の席の広樹に聞く。
するとしばらくう〜んと唸った状態で静止したが、やがて「部室に来れば分かるよ」と言ってくれた。
この高校は、真ん中に中庭を配しそれを囲むように東西南北にそれぞれの棟があり、渡り廊下やそのままつながっている構造をしている。
ちなみにさくら達の教室は北棟にある。その北棟は四つの棟の中で最大の５階建てであり、広樹はさくらをその最上階にある一室へと案内した。
その部屋の第一印象は……、狭かった。
トイレの個室を全て取り払った面積より若干狭いくらいの空間、壁にはガラス戸の棚があり本が沢山置いてある。
読書好きなところは変わってないようだ。そして長机にパイプ椅子があるだけで随分と殺風景だ。
「ここが部室なの？」
「うん、そう。部員は僕一人……」
部員は自分一人ってことはあまり一般的な趣味じゃ無いってこと？
「部員一人なのに部室をもってるなんてすごい！」
「まさか……、ここは文化系部共同の部室だよ。演劇部とか漫画研究部、軽音部とかと一緒なんだ。ちなみに我が部の所有物はこの本棚の三分の一だけ……」
やっぱり弱小のようだ。
「それでその、どんな活動内容を？」
ここでようやく本題を聞いてみる。
「僕の入った部活、それは鉄道研究愛好会なんだ」
第五章 さくらの葛藤
え？
今、何て言った？
鉄道研究愛好会？
さくらは混乱した。
最近テレビでちょくちょく話題に上るようになったけどつまり……、鉄道マニアになっちゃったってこと？
あれ、ヲタク？
一瞬にして自分が彼に抱いてきたイメージが崩れ去る。
鉄道ヲタクって……、まだアキバ系ならまだ、いやそう言う問題じゃなくてさすがにそうなっちゃうと引くと言うか、いやアキバ系の人が悪いんじゃなくって……。
脳内にいろいろな物が駆け巡る。
初恋の相手が鉄道ヲタクになっていた→せっかくこっちで出来た友人が好きな相手が鉄道ヲタクと言う理由で離れていく→自分はクラスから孤立しやがて彼とも話が合わなくなり……。
考えれば考えるほど悪いほうへ悪いほうへと行ってしまう。
それほどさくらの中でのショックは大きかった。
「ふ〜ん」
「久しぶりに会ったとはいえ、引かせちゃったかな？」
広樹に図星を当てられさくらは硬直する。
もちろん素直に「うん、やっぱ引くわ〜」などと言えるわけはなく
「ううん、ぜ〜んぜん」
としか返すことが出来なかった。
取りあえず話をつなげるためにも他の話題を振る。
「でもさ、何で鉄道が好きになったの？」
物静かで常に読書をしているイメージのあった広樹が、何故他に鉄道と言う興味を持ったのか？
さくらはその部分に興味を持ったのだ。
「きっかけはさ、中学校に入ってすぐに父に連れられて行った二人旅だったんだ。父は自動車嫌いの人でどこへ行くにも鉄道を利用するんだ、鉄道マニアとかじゃないんだけど……」
と彼は淡々と語り始めた。
「当然その二人旅も鉄道で。
父が東北に行きたいなって言ってて、僕も暇だったからそれに付いて行った。
新幹線を途中で降りたのは良かったんだけどその後は時刻表とのにらめっこの連続、乗り換えに余裕がなくてダッシュしたことも何度もあった。
体力的にも精神的にも疲れたりしたけど僕はある発見をしたんだ！
地方のローカル線で電車じゃなくてディーゼルカーが走ってるところだったんだけど、都会と違って時間がゆっくり流れていて。
それに鉄道は公共的交通機関、それは自家用車と違って他の人と共用で使う乗り物。
車内では地元の人たちが世間話をしていて、列車は情報交換の場だった。
駅は無人駅が多かったけど有人駅では、気軽に駅員さんに分からないことを聞けたり、逆に向こうから教えてくれたりした。
自家用車での旅では間違いなく出会う人の数は少ない、そう思うと多くの人と出会い、別れを繰り返していく旅。
それにすごく魅力を感じたんだ。
だから僕は鉄道ヲタクじゃない、鉄道の旅好きだと自分では思ってるんだ」
と広樹は一気に話した。
彼の話を聞いてさくらは考えた。
自分は勘違いしていた。
いくら鉄道が好きだからと言って＝ヲタクと結びつけるのは早かったのだと……。
彼はさくらが想像していた濃いヲタクではなくただの鉄道の旅好き、さくら的には気にする程度ではない。
「鉄道って今まで乗るだけで関心持ったことすらなかったけどそう言う見方もできるのね」と素直にスラスラ言えた。
「うん、鉄道は自動車と違って多くの人の手によって走っているんだ、その温かみが一番良いところだと思う」
と広樹も興奮してか語るような口調で堂々と話す。
その後もしばらく、自分の乗ってきた景色のよいところなどを中心に彼の話を聞いた。
第六章 友の助言
路線バスは大勢の学生を乗せ車体をガタガタ振るわせて最後のラストスパートに挑んでいた。
さくらはその車内で昨日、広樹の言ったことについて自分の気持ちを整理していた。
広樹は思ったよりヲタクではなかった、少なくとも自分の想像上の鉄道ヲタクではなかっただけだが……。
ただ、どうやって付き合って行けばいいのかが悩み物だった。
自分にはそんな知識は皆無に近いし話が合わないとこれからが気まずい。
打開策は�ー�分が「鉄道」について勉強をして話に付いていくか、もしくは��彼にその趣味をやめさせ他の物に目を向けさせることが思いついた。
自分としては�△�一番良いのだが、どうやるかが思いつかない。
自分が彼の好きな鉄道より魅力的に感じられるような女になるとか？
きゃっ、私は何を言ってるんだろう。
そっち方面の努力はもちろん怠っているわけではないが、その効果はいつになれば発揮されるのかはさっぱり分からない。
そもそも自分が彼を振り向かせるほどの女になれるかどうかが一番不安だ。
あれ、何か話が脱線してる？
ああそっか、彼と付き合うためにどうするかのことを考えてたんだっけ？
二つの選択肢を出して……、結局�，鯀�ぶしか無いのか……。
女性の自動音声が自分の降りるバス停の名を告げ、誰かがボタンを押したため見る見るうちにスピードを落とし到着した。
自分と同じ制服を着た人間がさして大きくないバスの車体からどんどん吐き出されていく。
さくらもその波に乗ってぞろぞろと学校を目指す。
すると後ろから声をかけられる。
「さくら、おはよう」
広樹だった。
さくらは緊張しつつも何とか言葉を返すと、広樹は手を振ってそのまま先に歩いて行ってしまう。
隣で仲良く話し合いながら歩いて登校するのはまだまだ先になりそうである。
「藤岡君と仲が良いみたいだけど何かあったの？」
教室に着くと、自分の席の周りの女子が私に質問してきた。
言われてみれば休み時間に教室にいた人なら私たちの昼間のやり取りを見ているわけで、それは当然だ。
「えーとね、隣の席だから仲良くしようと思って声かけたら意外と趣味が合っちゃって…えへへ？」
我ながら苦しい言い訳だが、それでみんな理解してくれたらしいのだが、それが仇となって逆に……
「藤岡と趣味が合う？ねぇ。そう言えばあたしら藤岡君が何が好きかは知らないんだよね」
と質問されてしまった。
もちろん鉄道と言えるわけもなく、
「どっ読書！そうそう、私の読む本のジャンルと一緒で話があったの！」
とさらに苦しい言い訳を……
「そっか〜。そう言えば藤岡って休み時間はいつも本読んでるもんね〜。っでなんのジャンルが好きだって？」
しつこくまだ、聞いてくる。
「ファンタジーだよ」
「そっかー、転入初日で友達作っちゃうなんて凄いねー」
「さくらってわりとフレンドリー系？」
「う、うん。まあね。結構人からそう言われる方かな？」
実際はそこまでフレンドリーではないが否定すると怪しまれそうなので肯定。
「ならあたしと……、尾花沢花音って言うんだ、よろしくねさくら〜」
「あ、うん。よろしく……」
「私は赤間佐奈恵、あなたの席の後ろにいます、よろしくね？」
「あ、うん。よろしく……」
場の雰囲気に流されてるせいか、同じ言葉しかでない。
「ちょっとトイレ行ってくる」
と花音が言い残して教室を出ていく。
さくらは「別にわざわざ言わなくても良いよ……」と心の中で言う。
「っで、本当のところはどうなのよ。あっ大丈夫、花音には言わないから安心して話して」
一人残った佐奈恵が聞いてきた。
さすがに上手く言ったわけではなかったようだ。
「えっ、何で？」
白々しいがどこが悪かったのか聞いてみる。
「あなたの様子を見てるととてもそんなにフレンドリーには見えないのよね。花音の勢いに押されてってのが良く分かったし、私の席藤岡君のななめ後ろだから読んでるジャンルも知ってた。彼、ファンタジー小説じゃなくて紀行文を読んでたよ」
見事大当たり、佐奈恵の観察眼は侮れないようだ。
ちなみにさくらは広樹の趣味について考え続けていたこともあって何の本を読んでいるかにまで目が行かず、適当に答えたのだった。
「私に隠し事してもダメだよ。本当のところを教えてよさくらちゃん」
これ以上は反論出来ないと思いさくらは一通りの出来事を佐奈恵に話す、花音が帰って来る前に済ませるために簡潔に……
「なるほどね、まるでドラマみたいじゃない。さくらちゃんは三年間の別れを経て再会したのね」
さくらはうなずく。
「そしたら藤岡があまりに変わっていたってわけね」
ちなみに鉄道好きってところは隠した。
まだ反応が怖いんで……
「ん〜、それってさ。そこまで重要な問題かな？」
「何で？」
「だってそれはこれから穴埋めしていけばいいと思うよ、うまく行くかどうか別として……」
言われてみればそうだ。
さくらが自分で重点的に考えていたが、第三者から見ればそうまでは行かないのかも知れない。
思い切ってここは真実を告白しよう、とさくらは決心し言った。
「あのね、藤岡君の趣味って……」
「もしかして……鉄道じゃない？」
言おうとする前に言われた。
「なんで分かったの？」
「言ったでしょ、後ろの席だから読めちゃうんだ。それに私はそれくらいのこと、動じないから……」
「ありがとう、佐奈恵！！」
「頑張ってね、さくらちゃん」
ホームルーム開始のチャイムが鳴り、みんな各自の席へ戻る。
ちなみに花音はチャイムが鳴り終わる前に教室に駆け込みギリギリセーブだった。
エピローグ 勇気を出して
本日の授業が全て終了したことを告げるチャイムが鳴り、さくらは広樹に放課後の予定を聞く。
幸い広樹の今後の予定は職員室に行く用があるがそれ以外は何も入っていないとのことだった。
さくらは広樹にその用が終わったら中庭に来るように言った。
さくらの一世一代の大仕事、告白をすることに決めたのだ。
この高校の一階部分の棟と棟の間は、なぜかつながっておらず、一旦外に出なければならない。
もっとも屋根は付いているのだが……。
東西南北各々に棟があり、その棟の間から中庭へ行くことが出来る。
中庭のほとんどは芝生だが北東側に藤棚と休憩出来るベンチのようなものが据え付けられており、昼休みにはそこで昼食をとる生徒もいる。
……が放課後にそんなところに来る生徒はおらず中庭全体にも人っ子一人いなかった。
これはさくらには好都合なので場所をここに選んだのだ。
他にも屋上などの候補はあったのだが、施錠されており諦めた。
あとは広樹が用を済ませてここにやってくるのを待つのみ。
二十分かもしれないし五分だったかもしれない、さくらにはとても長い時間に感じた。
そして茂みから彼が現れた。
「ごめん、待った？」
「ううん、全然……」
実際にはそれなりに待ったのだが、言わないのがお約束である。
「っで何の話？」
広樹はさくらがドキドキしているのとは裏腹に、緊張感は全くなくむしろ日常会話の延長のような気軽さだ。
もっともこちらから何も言っていないのだから当然だが……
「三年ぶりの再会だよね、よくよく考えてみると……」
「ああ、そうだね」
「引っ越す前の私の印象ってどうだった？」
「ん〜、よく話しかけてくる……かな？」
わりと彼の中での印象が薄く、さくらは少し落ち込むがめげずに一気に行く。
「そっ、そう。でもね、この前の鉄道の話を聞いて私もね、良いと思った」
「キモい奴って思わなかった？」
広樹は少し心配そうな表情をしているが、さくらは今ならはっきり言える。
「最初は少し戸惑ったけど冷静に考えたらそんな感情、吹き飛んじゃった！旅行好きな人なんていくらでもいるし、広樹君は何も悪くないよ」
「そっか……」
「今なら言える。私は広樹君のことが好き！！小学校の頃から好き！！」
広樹は茫然としている。
「鉄道好きでも構わない、私を広樹君の彼女にして！！」
あとがき
単発2作目、どうだったでしょうか？
もともと県の文芸作品コンクール出品用だったことから文字数制限に引っ掛かり、終わり方が少々強引だったのは自分でも自覚しております。
ちなみに原稿用紙30枚制限でした。
原稿用紙設定から普段の文書への設定変更にものすごく苦労し、その製作からだいぶ経っていることから少し加筆修正しました。
また、作中で出てきた高校は私の母校をそのまんま描写しております。
校舎の位置や交通手段等すべて母校からパクリました、ノンフィクションです。
全文字数9812文字と私の作品にしては短めですが、続きを書く予定は今のところありません。
この作品はこの形で終わらせた方がいいのか、アナザーストーリーを書いてちゃんと決着をつけた方がいいのか作者にも分かりません。
が、サブキャラクターをもっと動かしたかったのは事実です。
私って結構欲張りでしたから......。
ちなみに尾花沢花音は現在、私のmixiでの本名にしています。
検索をかければ一発で飛びますよ？
彼女は今時の子をイメージして書きました。
最初に「このお話は僕の妹！？の住ノ江梨穂の過去話用にストックしていた物です」
と書いておきましたが、ぶっちゃけ大阪弁でこんな長くは書けませんのでこれもまた夢です。
また第五章で広樹が語っている長台詞は、私の鉄道への思いをそのままコピペしました。
もっとも私は鉄道ヲタクと自覚しておりますが......。
最後に次回からは再び「僕の妹！？」シリーズ連載再開です。
まだまだ先が書けていないのでさらにペースダウンしながら更新します。
いずれ、オリジナル作品第4作も日の目を見ることができるよう頑張ります。
2009 7/14 コンプレッサー狂
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2009年07月14日(火) 09:01:00 Modified by kq800