当wikiは、高橋維新がこれまでに書いた/描いたものを格納する場です。

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自慢話をしたくなる感情

 人間の感情は進化の産物であるというのは進化生物学ではもうほぼ共通理解と言ってよい言説です。
 全ての感情には、機能(その感情の「存在理由」と言い換えてもいいです)があって、その感情を呼び起こすメカニズムとそのメカニズムの下支えになっている遺伝子があり、その機能が遺伝子の乗り物である個体の保存、若しくは遺伝子の再生産のプロセスである生殖に何らかの形で有利だったからこそ、他の遺伝子よりも競争に有利になり、結果徐々にその遺伝子が増えていったという経緯があるのです。
 「恐怖」や「汚物に対する嫌悪」は危険から人間を自発的に遠ざけるための感情です。男性の闘争心も、より多くの仲間や配偶相手を獲得するために進化してきた感情かと思います。いずれもこういった感情を呼び起こす遺伝子を持っている人間の方が、そうでない人間より個体保存や生殖において有利になると言えるかと思います。
 ただまあ、ここまで書いたことはまだまだ仮説の段階に過ぎません。遺伝子が根っこにあるからには、その遺伝子が作るタンパク質が何らかの形で何らかの部位(脳?)に作用してその感情を呼び起こすという順序をたどっているかと思いますが、このへんの細かい化学的なメカニズムはまだ一切分かっていないと言っていいと思います。

 ちなみに今のところ、感情の中でも主要な位置を占める(と思われる)「悲しみ」と「怒り」と「驚き」の存在理由に対する説明が上手いことできていません。これは私も、考え続けています。もしかしたら、この3つは人間の進化の歴史の中では割りと新しい複雑な感情なのかもしれません。

 こういった種々の感情の中で、「恐怖」や「闘争心」と同じように適応的に進化してきたと思われるのが「自慢話をしたくなる感情」です。私は、そう睨んでいます。
 自慢話というのは、自分の成功体験の他人への開陳なのですが、これをするとその成功体験をその他人に真似されるので、個体の生存競争では不利になります。なのに、自慢話というのはとても気持ちがいいのです。我慢ができないのです。私もついこの前クラッシュ・バンディクー・レーシングのトロコンをした自慢話を長々とこのWikiに書いてしまいました。
 なぜ一見すると生存競争では不利になりそうなことを奨励するような仕組みがあるのでしょうか。なぜ自慢話をすると「快」の感情が呼び起こるのでしょうか。私は一つの仮説を立てました。人間は集団的な生き物なので、一人の成功体験はみんなで共有した方が集団の生存確率が上がります。どうやって火を起こすか、どうやって鋭い槍を作るか、どのキノコに毒があってどのキノコに毒がないのか、といった情報はより多くの人間が持っていた方が集団にとっては有益でしょう。だから、「自慢話をしたくなる感情を呼び起こす遺伝子」を持っている人間の方が、自身の属するコミュニティの生存確率を上げ、結果として個体自身の生存確率も上げた結果、その遺伝子もより多く生き残ってきたということではないのでしょうか。自慢話は、社会的動物である人間にとっては、回りまわって個体の生存確率を上げる仕組みだったのです。

 これだけ言っておけば、あとは誰かマジメな進化生物学者がエビデンスを集めてくれますよ。


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