たとえばこんな世界の戦闘機人達 第二話
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nano69_264 2009年06月21日(日) 11:56:32履歴
588 名前：たとえばこんな世界の戦闘機人達 [sage] 投稿日：2009/05/05(火) 23:23:36 ID:/anu/8wk
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595 名前：たとえばこんな世界の戦闘機人達 [sage] 投稿日：2009/05/05(火) 23:32:45 ID:/anu/8wk
「じゃあいってきますママ」
「気をつけていくのよ」
自分とすずかの娘を送り出したアリサは、うーんと伸びを一つくれると台所へ向かった。
「さーて、朝ごはん朝ごはん。ミッドチルダにいる時は、やっぱりこれよね」
炊飯器から茶碗によそった熱々のご飯の上に、アリサは新鮮な卵をかき混ぜたものを流し込んでいく。そ
の上から薄めのソースをかけて完成。
言ってしまえばただの卵かけご飯だが、穀類も卵もミッドチルダ産で地球の物とは味わいが異なる。特に
卵にある強いコクがご飯にある甘みを引き立てて濃厚な味を引き出し、朝からご馳走を食べたという気分に
させてくれるのだ。
さらさらと一膳平らげ二杯目を食べようかどうしようか思案していると、あくびをしながら夫のユーノが
起きてきた。
「おはよう、あの子達は？」
「ミッドチルダ見物に行くって、さっき出かけたわよ。お手伝いの人が一緒についていってるから大丈夫。
……こっちで見る物なんてあんまり無いと思うんだけど」
何度も訪れているアリサにすれば、歩いている人が外国人であることと、時々使い魔や召喚獣がいるとい
う以外は日本の大都市とそこまで変わらない印象しかない。通訳魔法のおかげで言葉のコミュニケーション
に不自由しないから余計だ。
「めぼしい物はこういう食べ物ぐらいかしらね。観光スポットもこれまで来た時に一通り巡ったし」
「まあ、まだ小学生だからね。異世界の街を歩くっていうだけで楽しいんじゃないかな」
「それもそうね。ああ、ゲームセンターとかいいかしら。こっちのゲーム、日本と似た感じで面白いの多い
し」
「ゲームセンター！？ あんな不良の溜り場なんかに二人とも行くの！？」
「…………あんたと私がデートしてた時も普通にゲーセンぐらい行ってたじゃない。不良に囲まれた記憶な
んて一回もないでしょうが」
「そりゃそうだけど…………って、まさかあの子達も彼氏とゲームセンター行ってたりするの！？」
「十一歳の子供に彼氏がいるわけないでしょう！ 不良なんかそうそういないって言いたかっただけよ。そ
の親馬鹿、いい加減なんとかしなさい」
前からユーノには娘を溺愛する癖があったが、次女ユーナの妊娠騒動以来余計拍車がかかっている。
このまま自分の娘の話題が続くとツッコミを入れ続けなければならなくなりそうだったので、アリサは別
の娘に話題を変えた。
「そういえばヴィヴィオが自分の家持ったんですって？ 今度遊びに行こうと思うんだけど、場所どの辺に
なるのかしら」
「口で説明するの難しいから、後で地図渡すよ。……ヴィヴィオといったら、この間えらい騒動があってね。
ユーナが娘連れて遊びに来たんだけど、その子が色々と……」
「えーっと、名前はクロナだったかしら。その子が？」
「ヴィヴィオのこと、ヴィヴィオおばさんってすっごく元気よく呼んだんだ」
「うわぁ……」
ヴィヴィオが三十になるまでまだ数年の間がある。その年齢でおばさん呼ばわりされた心境たるや、想像
したくもない。
「ヴィヴィオはすっごい顔になっておばさんじゃなくてヴィヴィオさんって言うんだけど、クロナが言うこ
ときかなくて……。いつの間にかヴィヴィオは無意識でバリアジャケット装着してデバイス起動させてるし、
クロナは半泣きになってもおばさんはおばさんだって主張するし大変だったよ」
「考えるだけで怖い光景ね。…………ちょっと待って。その流れだと、まさかその子なのはのこともおばあ
ちゃんって……」
「いや、なのはは自分からなのはおばあちゃんだよーって教えてた」
「……まさに年の功ね」
もはや孫ができてしまった以上、自分が祖母であるという事実はどうしようもない。意固地な孫は呼び方
を変えそうにないし、まさか三歳児の頭を冷やすわけにもいかない。
ならば自分から言い出せばダメージは最小限ですむ。
（…………でもなのはの孫ってことは私にとっても孫なんだから、私もおば……）
思わず連想しかけた○禁ワードを頭から追っ払うアリサ。まだ十年はその呼称で呼ばれたくはない。
「そういえばそっちの子はどう？ 学校の勉強とか友達とか」
「心配しなくても大丈夫よ。テストでは百点取って帰ってくるし、友達は片手の指以上はいるから」
「もうすぐ二人も中学生か」
「中学はそのまま聖祥中学に上げる予定。こんな年からお受験なんてさせたくないし」
頷きながら聞いていたユーノの表情が、不意に曇ったかと思うと下を向いた。
「……どうしたの？ ひょっとして、中学はもっといい所に入れたいとか思ってた？」
「いや……自分の子供のことなのに、僕はいつもアリサやすずかから聞いてばっかりでぜんぜん知らないなっ
て思って」
ミッドチルダにいるなのはの娘と違って、アリサとすずかの生んだユーノの子供とその母親は地球在住で
ある。時差の都合や職場の忙しさがあって、ユーノが地球にやってくるのは月に数回、それもわずか数時間
の滞在がほとんどである。
夫や父親というより、まるで遠縁の親戚のようだった。
「……仕方ないわよ、次元世界が違うんだから。海外に単身赴任している人に比べたら、回数が多いぐらい
よ」
本当はアリサもミッドチルダに移りたかったのだが、父親の強硬な反対によって実現しなかった。
当時はあまりに頑なな父の態度に腹を立てたものだが、子持ちになった今はなんとなく分かる。もし娘が
ミッドチルダに恋人を作って移り住みたいと言い出せば、きっと自分も反対するだろう。
「けど会える回数だけじゃなくて、あの子達は父親について聞かれたら、いつも嘘つかなきゃいけない。肩
身が狭い思いを僕はさせてる」
「…………」
「やっぱり僕と結婚するよりもちゃんと地球の人と……」
「ユーノ、あんたはまたそういうこと言う！」
「ふへっ！？」
机から身を乗り出したアリサは、思い切りユーノの頬を引っ張った。
「なのはが大怪我した時といい、あんたそんなに自分が悪いって思い込んで楽しいの！？ そりゃあんたが
なのはに出会わなかったら、なのはは平和に翠屋を継いでて、私はいつも一緒にいてくれる旦那さんと結婚
していたかもしれないわよ」
深刻な顔が一転、頬の伸びたまぬけ面になった夫の眼を見ながらアリサは続ける。
「けどね、なのはが魔法でドンパチやる職業に就いたのも、私がなかなか帰ってきてくれない人を夫にした
のも、全部私達の決断したことよ。あなたの責任なんて一パーセントかそこら。それなのにユーノが自分が
悪い悪いなんて言ってたらむしろむかつくわ」
「…………」
「なによりもね、どれだけ会える回数が少なくても私とすずかとなのははあなたのことが大好きで、あなた
はあの子達の父親なのよ。そのこと死ぬまで忘れるんじゃないわよ」
言い終えたアリサが手を離すと、ユーノは一つ頷いて頭を下げた。
「…………ごめん。最近ちょっと考古学で行き詰ってて、気分が落ち込んでたからついつい……。ほんとご
めん」
「とりあえず、私達にすまないと思ってるなら子供達が帰ってきたらいっぱいかまってあげて。私の方はそ
うね。これからデートに連れて行ってくれればいいわ」
今夜遅くにはアリサも娘も地球に帰らなければならない。昼間はユーノと家でのんびり過ごして手料理を
振舞ってあげようかと思っていたが予定変更。
一緒の空間にいるのもいいが、夫婦というより恋人のように出歩くのも悪くない。
「ディナーはどこか豪華な所に連れて行ってね。日本でいうなら、松坂牛とか伊勢海老出てくるぐらいのレ
ベルでよろしく」
「……お金足りるかな。銀行寄らないと」
「給料の使い道なくて預金通帳の額が凄いことなってるんでしょ？ 料理だけじゃなくて服とかも買ってく
れたら好感度アップよね」
「そうだね。ついでに僕の服も見立ててくれるかな」
「任せなさい。じゃ今日は一日、しっかりデートを楽しみましょ」
にっこりと、アリサは心の底からの微笑を浮かべた。
※
「おかあさん、お茶が入りましたよ」
「ありがとレイラ」
湯飲みを受け取ったはやては一口すすり、ほうっと満足の息を吐いた。
玉露のいい香りと味が口と鼻腔に広がる。茶葉が良いこともあるが、淹れた人の腕もいい。
しかしはやてが満足しているのは、茶だけではなかった。
「おかあさん……ええ響きやなぁ」
湯飲みを手にしたはやては、ぽわんと至福の表情で呟いた。
（トウヤの産まれた時、ゲンヤさんが息子に親父と呼ばれるのが夢やったて言ってたの、ようわかるなあ）
ゲンヤとの間に出来た子供は母さんと呼び、一応娘となるギンガとスバルははやてのことをはやてさんと
しか呼ばない。女の子の柔らかい声でお母さんと呼ばれたいなぁ、とはやては長年思っていたのだ。
自分の子供ではかなわななかった願いだが、息子のトウヤが見つけてきた嫁がその願いをかなえてくれた。
旧姓レイラ・ゲイズ、オーリス・ゲイズの娘が八神家へ嫁してきてそろそろ一年になるが、何回呼ばれて
も心地よいものである。
「ほんまよくお嫁に来てくれたもんやで。レイラみたいな子ができて私は果報者や」
「いえ、私こそはやてさんみたいな人が義理の母になってくれて嬉しいです。ヴォルケンリッターやクイン
トさんにギンガさん達ナカジマ家の人達もいい人ですし」
「トウヤはどう？ 意地悪されたりしてへん？」
「はい、トウヤさんいつも優しくしてくれています」
色白の頬を薄く染め、恥ずかしそうにレイラは言った。
「一目惚れしたから付き合ってくださいって言ってきた時には変な人だと思いましたけど、あんないい人に
愛してもらえて私は嬉しいです」
「……まあ、一目惚れではあるわな」
微妙に視線を逸らしてはやては呟いた。
仕官学校時代、トウヤがレイラに惚れた理由は具体的に言ってしまえば色々とぶち壊しな理由である。
『母さん母さん、二こ上の先輩にすっげえ人がいた！！』
『おー、やっぱり名門校だけあってトウヤでも驚く子がおるねんな。どんな人？』
『おっぱいがすごい！！』
『そうかそうかおっぱいが………………おっぱい？』
『今はまだちょっと大きいぐらいだけど、あれは将来絶対シグ姉かフェイトさんぐらいの大きさになる。見
ただけで分かった』
『…………』
『ちょっと話してみたら優しくて気が利きそうだし料理も上手らしいから俺の理想どおり。俺絶対あの人と
付き合う！！』
『…………そうか、まあがんばり』
あの時は我が子の教育を間違えたと思ったものだが、ヴォルケンリッターを初めとしたありとあらゆる種
類の美女に囲まれて育ったトウヤの女を見る眼は確かだった。
レイラは他所の家庭に入っても波風立たせぬ慎ましやかさと、すぐに適応する聡明さを持っていた。おま
けに祖父に教えられたという家事も万端。やや従順すぎるきらいのあること以外、なんら文句のつけようが
ない嫁だった。
特にトウヤが真っ先に眼をつけた胸が凄い。
元々の素質に加えて結婚してからのこの一年、トウヤが夜な夜な揉みまくった乳房は、それはそれはご立
派なものに育ち上がっていた。
はやてよりも十cm以上背が高い長身で全体的に細身のレイラ。こういう体型の女性が巨乳だと胸がやたら
と目立って下品なイメージになりかねないところだが、背丈にジャストフィットするぎりぎりのところで胸
の成長は止まっている。これは天然だけでは無理なことで、トウヤが揉み加減を調節したに違いないとはや
てはにらんでいた。
出産して母乳を分泌するようになっても全く型崩れを起こしていないこと一つとっても、息子がどれだけ
全身全霊を込めてレイラの乳を匠の技揉み上げたかが分かろうというものである。
かつてはやてもなのはやフェイトのバストアップに多大な貢献をしたものだが、トウヤの腕前も間違いな
くその域に近づいている。
（あれで貧乳も揉むようになったら本当の一流やのに……。しかしこのおっぱい、見てるだけで揉みたなっ
てくるなぁ）
美貌にも色々あるように、胸にも「吸いつきたく胸」「重さを確かめたくなる乳」と色々ある。レイラの
乳はまさに「揉みしだきたくなるおっぱい」だった。
しかし手を出すと息子が「あれは俺のだ！！」と本気で怒る。
なんとかうまいこと揉む手はないかと思案していると、玄関へのドアが開いて二人組が帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「ただいまです！」
「おーおかえり。朝からご苦労さん」
帰ってきたのは銀髪赤眼の少女、夜天の書管制人格であるリィンフォースと、その妹分で融合機のリィン
フォース�兇世辰拭�
小さくなれる融合機の方は、人形サイズで姉の頭の上でちょこんと座っている。
「リィンさん達ご苦労様でした。娘が迷惑かけませんでしたか？」
「心配ない。ずっと寝ていておねしょも何もしなかった」
「カグヤちゃんはフェイトさんの家でもクロナちゃんと遊んでご機嫌でした」
人手は山ほどある八神ナカジマ合同一家だが、今日に限って昼までには全員出払ってしまう予定だった。
夫とデートする予定だったレイラのため、リィン二人は生まれたばかりのレイラの娘をハラオウン家へ預け
に行ったのである。あそこなら子守スベシャリストのアルフがいるので全く心配無く外出できる。
「今日はクロード君達とダブルデートするんやったっけ？」
「その前にまず、おじい様のお墓にお参りする予定です。祥月命日なので」
「ああ、そやったな。私ちょっと行けそうにないから、お金渡すしお花だけ供えといて。……命日には家族
全員でお参りしよな」
元管理局高官の居酒屋経営者という異色の経歴の男、レジアス・ゲイズが物故して半年になろうとしてい
た。
享年六十九。平均寿命よりやや早く突然ではあったが、病に苦しむこともなく安らかな死であった。
三日ほど寝ついてると思ったらそのままあの世に旅立ってしまったレジアスだが、本人は何か予兆を感じ
ていたのかもしれない。
二十歳手前の孫娘を「お前の花嫁姿と曾孫の顔が早く見たい」とやたらせっついて結婚させたのは、自分
の人生が長くない予感があったからか。
（もうあと半年生きてたら、曾孫の顔も見せてあげられてんけどな……）
トウヤとレイラの結婚式で、満面の笑みを浮かべていたレジアスの顔をはやては思い出す。
ひげ面のいかつい顔だが、長年客商売をやってきたためか笑うと妙に愛嬌のある表情になった。地上本部
一のタカ派と言われた面影はどこにもない笑顔。
もっとも縁戚関係になる以前のレジアスを、はやてはほとんど知らなった。
レジアスが管理局を辞した頃はやてはまだ新米であり、上の方で人事が色々あったらしいと小耳に挟んだ
程度である。
本人も管理局在職中のことはほとんど語らなかった。
局内で高位に上ったことのある老人が今の管理局についてどう思っているか気になり、何度か水を向けて
みたことはあったが、その度にレジアスは言ったものである。
『さて、居酒屋の親父のわしには分からん話だなぁ』
どこか枯れた風のある愛想のいい笑顔でそう言われると、それ以上突っ込んだ意見を伺おうという気が無
くなった。
年が二回り近く離れていることもあり、あまり会話した記憶が無い。こんなに早く死に別れることになる
のであれば、無粋な話題ではなく料理の作り方とかもっと親しくなれそうな話題をしておくのだったと軽く
はやては悔やんでいた。
しかし少ない回数だったがレジアスと語った後は、いつもなにかすっきりとした気分になったものである。
あれは信念のある真っ直ぐな人格に触れあえたからだろうか。
「ええ人やったな。そうとしか表せへんぐらい、ええ人やった」
「ありがとうございます。お母さんにそう言ってもらえて、天国でおじい様もきっと喜んでいます」
伏目がちになりながらレイラは言った。
祖父に愛されていたレイラは、今でもレジアスの話題になると寂しそうな顔をする。
朝から湿っぽくなりかけた空気を、はやては話題と一緒に変えた。
「ところで、そろそろトウヤと出かける時間やない？」
「ええ、そうですけど。ミナト君達の稽古終わったんでしょうか？」
はやてとレイラは八神家の庭の一角に建てられた和風の建物に眼をやった。
板張りに瓦葺きの道場風建物は、各家の子供達が使う訓練所だった。そこではギンガの息子でトウヤの異
母弟ミナトとエリー・モンディアルがトウヤに格闘戦の訓練をつけてもらっている。
「昔、あそこでトウヤとクロード君がギンガとシグナムに稽古つけてもろててな。機動六課に縁のある子は、
みんな一度はあそこで訓練してるかな。ギンガ達に片手であしらわれてたのが、今や立派なAランク魔導師
や」
時間が流れるのは本当に早い。しかし道場からかすかに聞こえてくる元気な声は、十年前となんら変わり
ない。
きっとはやてやなのはの孫も、あそこで訓練をして育っていく。
その日が来ることを楽しみに、はやては眼を細めて道場を見やった。
※
「だから、貧乳はステータスだ、希少価値だって言葉があるんだって！！」
「持たざる負け犬の遠吠えだ！ 大は小を兼ねるっつうけど小は絶対大にはなれないんだよ！」
「小には小の良さがあるってなんで分からないんだよ兄貴！ 侘び寂びの精神だよ！」
「あんなもん、なーんもないちっぽけな島国人間が悔し紛れに考え出した詭弁だ！ 日本人だって領土が十
倍のでかさあったら狭っ苦しい茶室だのひび入った茶碗だのを有難がってねえよ！ 男だったらでっかい物
に憧れろ！」
「兄貴だってその島国人間の血引いてんだろうが！」
「巨乳の前に国境なんざ無い！」
目の前で繰り広げられている異次元会話を、エリーは壁際に腰を下ろして冷めた眼で眺めていた。
「…………今日の訓練もう終わりかな」
八神トウヤとミナト・ナカジマの異母兄弟が五分以上会話すると、百回中百回の確立で話題は女性の胸部
のこととなり、さらに大きいのと小さいどっちがいいかで喧嘩を始める。
「やっぱり男の子っておっぱいが好きなのかな」
訓練着の黒シャツの襟元を引っ張って、エリーは自分の胸を見てみる。
うっすらと汗をかいた胸から腹にかけては、笑えるぐらいに真っ平らであった。
同級生ではそろそろブラジャーを着け始めている子もいるが、エリーにはこの先三年は必要ないと思われ
る。
しかしエリーにはむしろそれが喜ばしかった。こっそり想いを寄せている少年は、目の前の会話からして
分かるとおり大の貧乳愛好家なのである。
とても似ていると言われる母親のキャロの姿からして、自分の貧乳は間違いなく一生続くだろう。
お母さんの遺伝子万歳と薄い胸を張りながら、壁に立てかけてあるエリーのデバイス、ストラーダ�兇両�
で羽を休めていた白竜にエリーは問うた。
「フリードは胸のある女の人と無い女の人、どっちが好き？」
「キュー」
「分からない？ そうだよねフリードは竜なんだから」
生まれた頃から一緒にいたためか、それとも竜の巫女としての母親の血を継いだのか、エリーにはフリー
ドのしゃべっていることがかなり分かる。
「じゃあ竜の雌だったらどんなのが好きなの？」
「キュクルー…………キュキューキュー」
「黒くて大っきくてちょっとぽっちゃりしてて角が二本の竜？…………あ、それってひょっとしてヴォルテ……」
「キュー！ キュー！」
ばたばたと羽を振ってフリードはエリーの言葉を遮った。
「あはは、フリードったら照れてる。……でも好きな人のこと言われるのって恥ずかしいよね」
エリーもミナトのことはひっそりと想えど、他人にそのことを突っ込まれたりすればフリードのように必
死で否定するだろう。
「でも、やっぱり好きな人のことは心の中で想っているだけじゃ駄目だと思うよ。恥ずかしくてもいつかは
ちゃんと言わないと」
「キュー」
「一緒に頑張ろうねフリード」
母娘二代に渡って仕える白竜は、大きく頷いた。
※
「とりあえず着てみたけど、どうだ？」
「うん、かっこいい。ばっちり似合ってるよ兄さん」
「毎度毎度悪いな、リエラ」
息子のカレルが身に着けているのは、髪の毛の色に合わせた茶色のコートに紺色のジーパン。
ごてごてとした装飾が無くシンプルで、やや無骨な印象のあるカレルにはエイミィの眼から見ても似合っ
てる服装だった。
（母親としては、デートの服ぐらい自分で決められる男になってもらいたいんだけどなあ。……でもクロノ
君も若い頃はあんな感じだったっけ）
リエラを除くハラオウン家の三人の子供は性格がそれぞれ違うが、一つだけ共通点がある。
服装に呆れるぐらい無頓着なのだ。
男二人の私服は黒い服ばっかり。性格的にはクロノに一番似ていないと言われる末妹ですら、本局内だろ
うが非番で遊びに出かける時だろうが、聖王教会の真っ黒な法衣を着て歩き回っている。
そんなカレルだからデートの時でも平気な顔して普段着で出かけようとし、見かねた妹が服をコーディネー
トしてやっているのである。
「まあでも俺が凝った服着ていっても、ホクトは適当な格好しかしてこないんだろうけど。スカート履いて
おめかししてるあいつなんて一回も見たことない」
「ほんと、男っぽいよねホクトって。髪の毛長くてきれいだし、ちゃんときれいな格好したら美人になると
思うんだけどなあ」
「けど俺としてはありがたいな。洒落た服装されても、どこがいいのかなんて褒められないから。それに……」
「それに？」
「あいつにはああいう格好が一番似合ってる」
恋人の姿を思い出したのか、嬉しそうに小さく笑いながらデートに出かけていくカレルの背を見送りつつ、
リエラは腰に手を当てて大きくため息ついた。
「…………はあ、また普通にのろけられた」
「ああいうとこ、クロノ君の血だね」
「父さんが？ うっそだぁ。恋人褒める台詞なんて、顔真っ赤にしてどもりながら言うタイプでしょ」
「付き合いだした頃はそんな感じだったんだけどね。慣れてきたあたりからああいうこと平気な顔で言い出
すようになっちゃって。ベッドの上で不意打ちでされるともっの凄く効くのよね」
「……母さんまでのろけてるよ」
誰彼かまわずそんな発言していれば女たらしだろうが、クロノはあくまで妻限定である。きっとカレルも
弟のクロードもそうだろう。父親のクライドもそんな感じだとリンディから聞いている。
どうもハラオウン家の男は、釣った魚には山ほど餌をくれる傾向にあるらしい。
「しかしリエラも大人になったよね。昔は兄さん兄さんって一筋だったのが、デートの手伝いするようになっ
たんだから」
「そりゃいつまでもべたべたしてたら兄さんの邪魔になるし、どうせ兄妹なんだからどれだけ好きでも結婚
できない。だったら兄さんの幸せ優先するのが当然でしょ」
リエラは昔、それこそ物心ついた頃から極度のブラコンだった。
『私将来兄さんと結婚する』
『あのねリエラ、兄妹は結婚できないって法律で決まってるんだから』
『うそ、フェイトさん昔は父さんと兄妹だったのに今は結婚してるよ』
『あれは特殊でフェイトちゃんが養子だったからできたんだよ』
『じゃあ私も誰かの養子になって兄さんと結婚する』
『だから問題なのは血の繋がりで……』
『とにかく兄さん以外の男の人と結婚なんてしない』
こういう会話を数える気も起きないぐらいやったものである。
カレルに恋人ができたらどうなることやらと家族一同心配していたのだが、予想は外れて兄の恋路を積極
的に応援するようになって、胸を撫で下ろしていた。
今も改めて本人の口からそのことを聞きほっとするエイミィだったが、ふとリエラの言葉に引っかかりを
覚え、訊ね直した。
「じゃあもし明日法律が変わって兄妹同士でも結婚できるようになったら……」
エイミィが皆まで言い終える前に、娘はきっぱりはっきり即答した。
「即行で兄さんに夜這いかけて既成事実作って正妻の座ゲットする」
眼は完全にマジだった。
返す言葉の無いエイミィを尻目に、リエラは自室へと去っていった。
「…………変わらないよね、法律？」
誰にともなく問いかけたエイミィは、頭を振りながら自分も部屋へと戻った。
部屋の中では、流れるようにきれいな金髪の二人が紅茶を飲みながら歓談している。
エイミィと同じくクロノの妻であるフェイトとカリム。執務官と教会騎士の二人は忙しいが、最近は後進
に仕事を分けるようになってだいぶ時間が空いてくるようになった。今も昨日から泊りがけでエイミィの家
へ遊びに来ている。
「煮る前に強火で表面を炙っておく。そうしたら旨みが逃げないんです」
「なになに、料理の作り方の話？」
「ええ、フェイトさんに少し訊いていたんです」
結婚当初はクロノが絡めばなにかと張り合っていた二人も、さすがに今はそんなことはしなくなり実に仲
のいい妻同士である。
代わりにそれぞれの息子と娘が、血の繋がりがあるとは思えないぐらいやたらといがみあっているが。
「カレルはデートに行ったの？」
「うん、夜までには帰ってくるって」
「ホクトという娘、私は顔しか知らないのですが、カレルとはうまくやっているのですか？」
「なんかやたらと男っぽい娘だけど、そういうところもカレル気に入ってるみたい。女の子女の子してる子
は周りにいっぱいいるから、逆に新鮮なのかな」
「カレルがホクトと結婚して子供ができたら、ついにエイミィもおばあちゃんだね」
めったやたらと嬉しそうにフェイトが言った。
そういえばクロードが恋人を孕ませたのが判明した頃に「おばあちゃん……まだ三十代なのにおばあちゃ
ん」となんか部屋の隅っこでぶつぶつ呟いていたものである。仲間が出来て喜ばしいらしい。
（そういえばフェイトちゃんだけじゃなくて、なのはちゃんもはやてちゃんもおばあちゃんになってるんだ
よね）
今でも眼を閉じたらすぐに思い出せるフェイトやなのは達との出会いの日、まだ小学生だった少女達が孫
もいる年齢になっている。
時間の速さについて感慨深いものを思っていると、カリムがぽつりと言った。
「二人ともいいですね。……私の娘はたぶん死ぬまで結婚なんてできませんから、孫の顔を見るなんてとて
も……」
「…………」
「…………」
返事のしようが無く、エイミィとフェイトは揃って眼を泳がせた。
クロノとカリムの娘、フレイア・G・ハラオウンは、確かに結婚できそうにない少女である。
顔が不細工なのではない。むしろクロノを女顔にしたような容姿は、美人の域に十分入っている。
問題なのは、その内面に隠された凄まじい毒気だった。
きれいなバラには棘がある、どころの話ではない。むしろ触れたが最後、丸ごと食われてしまう食虫花じ
みた少女だった。
彼女の美貌、あるいは家柄に惹かれて言い寄ってきた男はけっこういるらしいが、その全員がいいように
弄ばれ「もう女なんて二度と信じるか！」と泣き叫ぶ羽目になったと聞いている。
「親の私が言うのもおかしいですが、あの性格はいったいどこから来たのでしょう……」
「さあ……。ほんと周りの誰にも似てないよねあの娘」
「似てないっていえば、クロナもだね。どうしてあんなにわがままで強情なのかな」
「あれは単にクロード君とユーナちゃんが甘やかしているからじゃない？ それに強情なのはフェイトちゃ
んとクロノ君譲りだと思うな」
「……クロノはともかく私は強情なんかじゃないよ」
「そう思っているのはフェイトさんだけだと思いますよ。昔私と二人でクロノをいじめた時だって、ずいぶ
んと強情張って色々としてくれましたよね」
「ちょ、ちょっと待ってください！？ ひょ、ひょっとしてあの時のこと！？」
「その話聞きたいなー。時間もあることだし、詳しく聞かせてくれません？」
「ええ、いいですよ。あれは子供達が生まれる前のことで、フェイトさんを教会へ呼んだ時に……」
クロノ・ハラオウンの妻達は、お茶を飲みながらまったりと会話に花を咲かせていた。
※
「じゃあ言ってみて。クロナ」
「あぁあ」
「ちがうちがう。ク・ロ・ナ」
「うー」
「だからクーローナ！！」
「あー」
クロナがどれだけ言っても、目の前の赤ちゃんは天真爛漫な笑顔で意味不明な声を出すだけである。
「……やっぱりまだ無理なのかな」
今年で三つのクロナだが、生まれたばかりの赤ちゃんは言葉をしゃべれないというぐらいの知識はある。
「名前呼んでほしいのになあ。…………く・ろ・な」
クロナは赤ちゃんの顔の間近、額と額がくっつきそうな距離で、もう一度口の動きが見えるようにゆっく
りと自分の名前を言った。
しかし赤ちゃんはきょとんとしてまばたきしているだけで、言葉すら発しようとはしない。
もう今日はあきらめようと思ったその時だった。
「くおな」
「あ……」
「くおな」
赤ちゃんは、二度はっきり聞こえる声で言った。
「そうそうクロナクロナ！ 呼べた、ちゃんと呼べたね！」
発音が不明瞭だったことなど何の気にもならず、クロナは手を叩いて喜んだ。
「じゃあ次は私が名前を呼ぶね。カグヤ」
名前を呼んでやると、八神カグヤの笑顔がいっそう明るくなったかのようにクロナには思えた。
「なのはおばあちゃんが言ってたの。お友達になるには、まず名前を呼んでもらうのが一番なんだって。名
前を呼んだから、これで私とカグヤはお友達だよ」
「うぁ」
「おばあちゃん達やお父さん達みたいに、ずーっとずーっと仲良しなんだよ！」
「あはっ」
幼子二人は顔を見合わせ、声を上げて笑い合った。
後年、化け物じみた魔力と、短気を伴った凄まじい苛烈さで「天魔」と呼ばれる少女と、彼女を補佐して
権謀術数の限りを尽くし「八神の白狸」と仇名される少女は、遺伝子レベルで仲が良かった。
続く
前へ 次へ?
目次：たとえばこんな世界の戦闘機人達
著者：サイヒ
589 名前：たとえばこんな世界の戦闘機人達 [sage] 投稿日：2009/05/05(火) 23:24:41 ID:/anu/8wk
590 名前：たとえばこんな世界の戦闘機人達 [sage] 投稿日：2009/05/05(火) 23:25:41 ID:/anu/8wk
591 名前：たとえばこんな世界の戦闘機人達 [sage] 投稿日：2009/05/05(火) 23:26:43 ID:/anu/8wk
592 名前：たとえばこんな世界の戦闘機人達 [sage] 投稿日：2009/05/05(火) 23:28:11 ID:/anu/8wk
593 名前：たとえばこんな世界の戦闘機人達 [sage] 投稿日：2009/05/05(火) 23:29:59 ID:/anu/8wk
594 名前：たとえばこんな世界の戦闘機人達 [sage] 投稿日：2009/05/05(火) 23:31:23 ID:/anu/8wk
595 名前：たとえばこんな世界の戦闘機人達 [sage] 投稿日：2009/05/05(火) 23:32:45 ID:/anu/8wk
「じゃあいってきますママ」
「気をつけていくのよ」
自分とすずかの娘を送り出したアリサは、うーんと伸びを一つくれると台所へ向かった。
「さーて、朝ごはん朝ごはん。ミッドチルダにいる時は、やっぱりこれよね」
炊飯器から茶碗によそった熱々のご飯の上に、アリサは新鮮な卵をかき混ぜたものを流し込んでいく。そ
の上から薄めのソースをかけて完成。
言ってしまえばただの卵かけご飯だが、穀類も卵もミッドチルダ産で地球の物とは味わいが異なる。特に
卵にある強いコクがご飯にある甘みを引き立てて濃厚な味を引き出し、朝からご馳走を食べたという気分に
させてくれるのだ。
さらさらと一膳平らげ二杯目を食べようかどうしようか思案していると、あくびをしながら夫のユーノが
起きてきた。
「おはよう、あの子達は？」
「ミッドチルダ見物に行くって、さっき出かけたわよ。お手伝いの人が一緒についていってるから大丈夫。
……こっちで見る物なんてあんまり無いと思うんだけど」
何度も訪れているアリサにすれば、歩いている人が外国人であることと、時々使い魔や召喚獣がいるとい
う以外は日本の大都市とそこまで変わらない印象しかない。通訳魔法のおかげで言葉のコミュニケーション
に不自由しないから余計だ。
「めぼしい物はこういう食べ物ぐらいかしらね。観光スポットもこれまで来た時に一通り巡ったし」
「まあ、まだ小学生だからね。異世界の街を歩くっていうだけで楽しいんじゃないかな」
「それもそうね。ああ、ゲームセンターとかいいかしら。こっちのゲーム、日本と似た感じで面白いの多い
し」
「ゲームセンター！？ あんな不良の溜り場なんかに二人とも行くの！？」
「…………あんたと私がデートしてた時も普通にゲーセンぐらい行ってたじゃない。不良に囲まれた記憶な
んて一回もないでしょうが」
「そりゃそうだけど…………って、まさかあの子達も彼氏とゲームセンター行ってたりするの！？」
「十一歳の子供に彼氏がいるわけないでしょう！ 不良なんかそうそういないって言いたかっただけよ。そ
の親馬鹿、いい加減なんとかしなさい」
前からユーノには娘を溺愛する癖があったが、次女ユーナの妊娠騒動以来余計拍車がかかっている。
このまま自分の娘の話題が続くとツッコミを入れ続けなければならなくなりそうだったので、アリサは別
の娘に話題を変えた。
「そういえばヴィヴィオが自分の家持ったんですって？ 今度遊びに行こうと思うんだけど、場所どの辺に
なるのかしら」
「口で説明するの難しいから、後で地図渡すよ。……ヴィヴィオといったら、この間えらい騒動があってね。
ユーナが娘連れて遊びに来たんだけど、その子が色々と……」
「えーっと、名前はクロナだったかしら。その子が？」
「ヴィヴィオのこと、ヴィヴィオおばさんってすっごく元気よく呼んだんだ」
「うわぁ……」
ヴィヴィオが三十になるまでまだ数年の間がある。その年齢でおばさん呼ばわりされた心境たるや、想像
したくもない。
「ヴィヴィオはすっごい顔になっておばさんじゃなくてヴィヴィオさんって言うんだけど、クロナが言うこ
ときかなくて……。いつの間にかヴィヴィオは無意識でバリアジャケット装着してデバイス起動させてるし、
クロナは半泣きになってもおばさんはおばさんだって主張するし大変だったよ」
「考えるだけで怖い光景ね。…………ちょっと待って。その流れだと、まさかその子なのはのこともおばあ
ちゃんって……」
「いや、なのはは自分からなのはおばあちゃんだよーって教えてた」
「……まさに年の功ね」
もはや孫ができてしまった以上、自分が祖母であるという事実はどうしようもない。意固地な孫は呼び方
を変えそうにないし、まさか三歳児の頭を冷やすわけにもいかない。
ならば自分から言い出せばダメージは最小限ですむ。
（…………でもなのはの孫ってことは私にとっても孫なんだから、私もおば……）
思わず連想しかけた○禁ワードを頭から追っ払うアリサ。まだ十年はその呼称で呼ばれたくはない。
「そういえばそっちの子はどう？ 学校の勉強とか友達とか」
「心配しなくても大丈夫よ。テストでは百点取って帰ってくるし、友達は片手の指以上はいるから」
「もうすぐ二人も中学生か」
「中学はそのまま聖祥中学に上げる予定。こんな年からお受験なんてさせたくないし」
頷きながら聞いていたユーノの表情が、不意に曇ったかと思うと下を向いた。
「……どうしたの？ ひょっとして、中学はもっといい所に入れたいとか思ってた？」
「いや……自分の子供のことなのに、僕はいつもアリサやすずかから聞いてばっかりでぜんぜん知らないなっ
て思って」
ミッドチルダにいるなのはの娘と違って、アリサとすずかの生んだユーノの子供とその母親は地球在住で
ある。時差の都合や職場の忙しさがあって、ユーノが地球にやってくるのは月に数回、それもわずか数時間
の滞在がほとんどである。
夫や父親というより、まるで遠縁の親戚のようだった。
「……仕方ないわよ、次元世界が違うんだから。海外に単身赴任している人に比べたら、回数が多いぐらい
よ」
本当はアリサもミッドチルダに移りたかったのだが、父親の強硬な反対によって実現しなかった。
当時はあまりに頑なな父の態度に腹を立てたものだが、子持ちになった今はなんとなく分かる。もし娘が
ミッドチルダに恋人を作って移り住みたいと言い出せば、きっと自分も反対するだろう。
「けど会える回数だけじゃなくて、あの子達は父親について聞かれたら、いつも嘘つかなきゃいけない。肩
身が狭い思いを僕はさせてる」
「…………」
「やっぱり僕と結婚するよりもちゃんと地球の人と……」
「ユーノ、あんたはまたそういうこと言う！」
「ふへっ！？」
机から身を乗り出したアリサは、思い切りユーノの頬を引っ張った。
「なのはが大怪我した時といい、あんたそんなに自分が悪いって思い込んで楽しいの！？ そりゃあんたが
なのはに出会わなかったら、なのはは平和に翠屋を継いでて、私はいつも一緒にいてくれる旦那さんと結婚
していたかもしれないわよ」
深刻な顔が一転、頬の伸びたまぬけ面になった夫の眼を見ながらアリサは続ける。
「けどね、なのはが魔法でドンパチやる職業に就いたのも、私がなかなか帰ってきてくれない人を夫にした
のも、全部私達の決断したことよ。あなたの責任なんて一パーセントかそこら。それなのにユーノが自分が
悪い悪いなんて言ってたらむしろむかつくわ」
「…………」
「なによりもね、どれだけ会える回数が少なくても私とすずかとなのははあなたのことが大好きで、あなた
はあの子達の父親なのよ。そのこと死ぬまで忘れるんじゃないわよ」
言い終えたアリサが手を離すと、ユーノは一つ頷いて頭を下げた。
「…………ごめん。最近ちょっと考古学で行き詰ってて、気分が落ち込んでたからついつい……。ほんとご
めん」
「とりあえず、私達にすまないと思ってるなら子供達が帰ってきたらいっぱいかまってあげて。私の方はそ
うね。これからデートに連れて行ってくれればいいわ」
今夜遅くにはアリサも娘も地球に帰らなければならない。昼間はユーノと家でのんびり過ごして手料理を
振舞ってあげようかと思っていたが予定変更。
一緒の空間にいるのもいいが、夫婦というより恋人のように出歩くのも悪くない。
「ディナーはどこか豪華な所に連れて行ってね。日本でいうなら、松坂牛とか伊勢海老出てくるぐらいのレ
ベルでよろしく」
「……お金足りるかな。銀行寄らないと」
「給料の使い道なくて預金通帳の額が凄いことなってるんでしょ？ 料理だけじゃなくて服とかも買ってく
れたら好感度アップよね」
「そうだね。ついでに僕の服も見立ててくれるかな」
「任せなさい。じゃ今日は一日、しっかりデートを楽しみましょ」
にっこりと、アリサは心の底からの微笑を浮かべた。
※
「おかあさん、お茶が入りましたよ」
「ありがとレイラ」
湯飲みを受け取ったはやては一口すすり、ほうっと満足の息を吐いた。
玉露のいい香りと味が口と鼻腔に広がる。茶葉が良いこともあるが、淹れた人の腕もいい。
しかしはやてが満足しているのは、茶だけではなかった。
「おかあさん……ええ響きやなぁ」
湯飲みを手にしたはやては、ぽわんと至福の表情で呟いた。
（トウヤの産まれた時、ゲンヤさんが息子に親父と呼ばれるのが夢やったて言ってたの、ようわかるなあ）
ゲンヤとの間に出来た子供は母さんと呼び、一応娘となるギンガとスバルははやてのことをはやてさんと
しか呼ばない。女の子の柔らかい声でお母さんと呼ばれたいなぁ、とはやては長年思っていたのだ。
自分の子供ではかなわななかった願いだが、息子のトウヤが見つけてきた嫁がその願いをかなえてくれた。
旧姓レイラ・ゲイズ、オーリス・ゲイズの娘が八神家へ嫁してきてそろそろ一年になるが、何回呼ばれて
も心地よいものである。
「ほんまよくお嫁に来てくれたもんやで。レイラみたいな子ができて私は果報者や」
「いえ、私こそはやてさんみたいな人が義理の母になってくれて嬉しいです。ヴォルケンリッターやクイン
トさんにギンガさん達ナカジマ家の人達もいい人ですし」
「トウヤはどう？ 意地悪されたりしてへん？」
「はい、トウヤさんいつも優しくしてくれています」
色白の頬を薄く染め、恥ずかしそうにレイラは言った。
「一目惚れしたから付き合ってくださいって言ってきた時には変な人だと思いましたけど、あんないい人に
愛してもらえて私は嬉しいです」
「……まあ、一目惚れではあるわな」
微妙に視線を逸らしてはやては呟いた。
仕官学校時代、トウヤがレイラに惚れた理由は具体的に言ってしまえば色々とぶち壊しな理由である。
『母さん母さん、二こ上の先輩にすっげえ人がいた！！』
『おー、やっぱり名門校だけあってトウヤでも驚く子がおるねんな。どんな人？』
『おっぱいがすごい！！』
『そうかそうかおっぱいが………………おっぱい？』
『今はまだちょっと大きいぐらいだけど、あれは将来絶対シグ姉かフェイトさんぐらいの大きさになる。見
ただけで分かった』
『…………』
『ちょっと話してみたら優しくて気が利きそうだし料理も上手らしいから俺の理想どおり。俺絶対あの人と
付き合う！！』
『…………そうか、まあがんばり』
あの時は我が子の教育を間違えたと思ったものだが、ヴォルケンリッターを初めとしたありとあらゆる種
類の美女に囲まれて育ったトウヤの女を見る眼は確かだった。
レイラは他所の家庭に入っても波風立たせぬ慎ましやかさと、すぐに適応する聡明さを持っていた。おま
けに祖父に教えられたという家事も万端。やや従順すぎるきらいのあること以外、なんら文句のつけようが
ない嫁だった。
特にトウヤが真っ先に眼をつけた胸が凄い。
元々の素質に加えて結婚してからのこの一年、トウヤが夜な夜な揉みまくった乳房は、それはそれはご立
派なものに育ち上がっていた。
はやてよりも十cm以上背が高い長身で全体的に細身のレイラ。こういう体型の女性が巨乳だと胸がやたら
と目立って下品なイメージになりかねないところだが、背丈にジャストフィットするぎりぎりのところで胸
の成長は止まっている。これは天然だけでは無理なことで、トウヤが揉み加減を調節したに違いないとはや
てはにらんでいた。
出産して母乳を分泌するようになっても全く型崩れを起こしていないこと一つとっても、息子がどれだけ
全身全霊を込めてレイラの乳を匠の技揉み上げたかが分かろうというものである。
かつてはやてもなのはやフェイトのバストアップに多大な貢献をしたものだが、トウヤの腕前も間違いな
くその域に近づいている。
（あれで貧乳も揉むようになったら本当の一流やのに……。しかしこのおっぱい、見てるだけで揉みたなっ
てくるなぁ）
美貌にも色々あるように、胸にも「吸いつきたく胸」「重さを確かめたくなる乳」と色々ある。レイラの
乳はまさに「揉みしだきたくなるおっぱい」だった。
しかし手を出すと息子が「あれは俺のだ！！」と本気で怒る。
なんとかうまいこと揉む手はないかと思案していると、玄関へのドアが開いて二人組が帰ってきた。
「ただいま戻りました」
「ただいまです！」
「おーおかえり。朝からご苦労さん」
帰ってきたのは銀髪赤眼の少女、夜天の書管制人格であるリィンフォースと、その妹分で融合機のリィン
フォース�兇世辰拭�
小さくなれる融合機の方は、人形サイズで姉の頭の上でちょこんと座っている。
「リィンさん達ご苦労様でした。娘が迷惑かけませんでしたか？」
「心配ない。ずっと寝ていておねしょも何もしなかった」
「カグヤちゃんはフェイトさんの家でもクロナちゃんと遊んでご機嫌でした」
人手は山ほどある八神ナカジマ合同一家だが、今日に限って昼までには全員出払ってしまう予定だった。
夫とデートする予定だったレイラのため、リィン二人は生まれたばかりのレイラの娘をハラオウン家へ預け
に行ったのである。あそこなら子守スベシャリストのアルフがいるので全く心配無く外出できる。
「今日はクロード君達とダブルデートするんやったっけ？」
「その前にまず、おじい様のお墓にお参りする予定です。祥月命日なので」
「ああ、そやったな。私ちょっと行けそうにないから、お金渡すしお花だけ供えといて。……命日には家族
全員でお参りしよな」
元管理局高官の居酒屋経営者という異色の経歴の男、レジアス・ゲイズが物故して半年になろうとしてい
た。
享年六十九。平均寿命よりやや早く突然ではあったが、病に苦しむこともなく安らかな死であった。
三日ほど寝ついてると思ったらそのままあの世に旅立ってしまったレジアスだが、本人は何か予兆を感じ
ていたのかもしれない。
二十歳手前の孫娘を「お前の花嫁姿と曾孫の顔が早く見たい」とやたらせっついて結婚させたのは、自分
の人生が長くない予感があったからか。
（もうあと半年生きてたら、曾孫の顔も見せてあげられてんけどな……）
トウヤとレイラの結婚式で、満面の笑みを浮かべていたレジアスの顔をはやては思い出す。
ひげ面のいかつい顔だが、長年客商売をやってきたためか笑うと妙に愛嬌のある表情になった。地上本部
一のタカ派と言われた面影はどこにもない笑顔。
もっとも縁戚関係になる以前のレジアスを、はやてはほとんど知らなった。
レジアスが管理局を辞した頃はやてはまだ新米であり、上の方で人事が色々あったらしいと小耳に挟んだ
程度である。
本人も管理局在職中のことはほとんど語らなかった。
局内で高位に上ったことのある老人が今の管理局についてどう思っているか気になり、何度か水を向けて
みたことはあったが、その度にレジアスは言ったものである。
『さて、居酒屋の親父のわしには分からん話だなぁ』
どこか枯れた風のある愛想のいい笑顔でそう言われると、それ以上突っ込んだ意見を伺おうという気が無
くなった。
年が二回り近く離れていることもあり、あまり会話した記憶が無い。こんなに早く死に別れることになる
のであれば、無粋な話題ではなく料理の作り方とかもっと親しくなれそうな話題をしておくのだったと軽く
はやては悔やんでいた。
しかし少ない回数だったがレジアスと語った後は、いつもなにかすっきりとした気分になったものである。
あれは信念のある真っ直ぐな人格に触れあえたからだろうか。
「ええ人やったな。そうとしか表せへんぐらい、ええ人やった」
「ありがとうございます。お母さんにそう言ってもらえて、天国でおじい様もきっと喜んでいます」
伏目がちになりながらレイラは言った。
祖父に愛されていたレイラは、今でもレジアスの話題になると寂しそうな顔をする。
朝から湿っぽくなりかけた空気を、はやては話題と一緒に変えた。
「ところで、そろそろトウヤと出かける時間やない？」
「ええ、そうですけど。ミナト君達の稽古終わったんでしょうか？」
はやてとレイラは八神家の庭の一角に建てられた和風の建物に眼をやった。
板張りに瓦葺きの道場風建物は、各家の子供達が使う訓練所だった。そこではギンガの息子でトウヤの異
母弟ミナトとエリー・モンディアルがトウヤに格闘戦の訓練をつけてもらっている。
「昔、あそこでトウヤとクロード君がギンガとシグナムに稽古つけてもろててな。機動六課に縁のある子は、
みんな一度はあそこで訓練してるかな。ギンガ達に片手であしらわれてたのが、今や立派なAランク魔導師
や」
時間が流れるのは本当に早い。しかし道場からかすかに聞こえてくる元気な声は、十年前となんら変わり
ない。
きっとはやてやなのはの孫も、あそこで訓練をして育っていく。
その日が来ることを楽しみに、はやては眼を細めて道場を見やった。
※
「だから、貧乳はステータスだ、希少価値だって言葉があるんだって！！」
「持たざる負け犬の遠吠えだ！ 大は小を兼ねるっつうけど小は絶対大にはなれないんだよ！」
「小には小の良さがあるってなんで分からないんだよ兄貴！ 侘び寂びの精神だよ！」
「あんなもん、なーんもないちっぽけな島国人間が悔し紛れに考え出した詭弁だ！ 日本人だって領土が十
倍のでかさあったら狭っ苦しい茶室だのひび入った茶碗だのを有難がってねえよ！ 男だったらでっかい物
に憧れろ！」
「兄貴だってその島国人間の血引いてんだろうが！」
「巨乳の前に国境なんざ無い！」
目の前で繰り広げられている異次元会話を、エリーは壁際に腰を下ろして冷めた眼で眺めていた。
「…………今日の訓練もう終わりかな」
八神トウヤとミナト・ナカジマの異母兄弟が五分以上会話すると、百回中百回の確立で話題は女性の胸部
のこととなり、さらに大きいのと小さいどっちがいいかで喧嘩を始める。
「やっぱり男の子っておっぱいが好きなのかな」
訓練着の黒シャツの襟元を引っ張って、エリーは自分の胸を見てみる。
うっすらと汗をかいた胸から腹にかけては、笑えるぐらいに真っ平らであった。
同級生ではそろそろブラジャーを着け始めている子もいるが、エリーにはこの先三年は必要ないと思われ
る。
しかしエリーにはむしろそれが喜ばしかった。こっそり想いを寄せている少年は、目の前の会話からして
分かるとおり大の貧乳愛好家なのである。
とても似ていると言われる母親のキャロの姿からして、自分の貧乳は間違いなく一生続くだろう。
お母さんの遺伝子万歳と薄い胸を張りながら、壁に立てかけてあるエリーのデバイス、ストラーダ�兇両�
で羽を休めていた白竜にエリーは問うた。
「フリードは胸のある女の人と無い女の人、どっちが好き？」
「キュー」
「分からない？ そうだよねフリードは竜なんだから」
生まれた頃から一緒にいたためか、それとも竜の巫女としての母親の血を継いだのか、エリーにはフリー
ドのしゃべっていることがかなり分かる。
「じゃあ竜の雌だったらどんなのが好きなの？」
「キュクルー…………キュキューキュー」
「黒くて大っきくてちょっとぽっちゃりしてて角が二本の竜？…………あ、それってひょっとしてヴォルテ……」
「キュー！ キュー！」
ばたばたと羽を振ってフリードはエリーの言葉を遮った。
「あはは、フリードったら照れてる。……でも好きな人のこと言われるのって恥ずかしいよね」
エリーもミナトのことはひっそりと想えど、他人にそのことを突っ込まれたりすればフリードのように必
死で否定するだろう。
「でも、やっぱり好きな人のことは心の中で想っているだけじゃ駄目だと思うよ。恥ずかしくてもいつかは
ちゃんと言わないと」
「キュー」
「一緒に頑張ろうねフリード」
母娘二代に渡って仕える白竜は、大きく頷いた。
※
「とりあえず着てみたけど、どうだ？」
「うん、かっこいい。ばっちり似合ってるよ兄さん」
「毎度毎度悪いな、リエラ」
息子のカレルが身に着けているのは、髪の毛の色に合わせた茶色のコートに紺色のジーパン。
ごてごてとした装飾が無くシンプルで、やや無骨な印象のあるカレルにはエイミィの眼から見ても似合っ
てる服装だった。
（母親としては、デートの服ぐらい自分で決められる男になってもらいたいんだけどなあ。……でもクロノ
君も若い頃はあんな感じだったっけ）
リエラを除くハラオウン家の三人の子供は性格がそれぞれ違うが、一つだけ共通点がある。
服装に呆れるぐらい無頓着なのだ。
男二人の私服は黒い服ばっかり。性格的にはクロノに一番似ていないと言われる末妹ですら、本局内だろ
うが非番で遊びに出かける時だろうが、聖王教会の真っ黒な法衣を着て歩き回っている。
そんなカレルだからデートの時でも平気な顔して普段着で出かけようとし、見かねた妹が服をコーディネー
トしてやっているのである。
「まあでも俺が凝った服着ていっても、ホクトは適当な格好しかしてこないんだろうけど。スカート履いて
おめかししてるあいつなんて一回も見たことない」
「ほんと、男っぽいよねホクトって。髪の毛長くてきれいだし、ちゃんときれいな格好したら美人になると
思うんだけどなあ」
「けど俺としてはありがたいな。洒落た服装されても、どこがいいのかなんて褒められないから。それに……」
「それに？」
「あいつにはああいう格好が一番似合ってる」
恋人の姿を思い出したのか、嬉しそうに小さく笑いながらデートに出かけていくカレルの背を見送りつつ、
リエラは腰に手を当てて大きくため息ついた。
「…………はあ、また普通にのろけられた」
「ああいうとこ、クロノ君の血だね」
「父さんが？ うっそだぁ。恋人褒める台詞なんて、顔真っ赤にしてどもりながら言うタイプでしょ」
「付き合いだした頃はそんな感じだったんだけどね。慣れてきたあたりからああいうこと平気な顔で言い出
すようになっちゃって。ベッドの上で不意打ちでされるともっの凄く効くのよね」
「……母さんまでのろけてるよ」
誰彼かまわずそんな発言していれば女たらしだろうが、クロノはあくまで妻限定である。きっとカレルも
弟のクロードもそうだろう。父親のクライドもそんな感じだとリンディから聞いている。
どうもハラオウン家の男は、釣った魚には山ほど餌をくれる傾向にあるらしい。
「しかしリエラも大人になったよね。昔は兄さん兄さんって一筋だったのが、デートの手伝いするようになっ
たんだから」
「そりゃいつまでもべたべたしてたら兄さんの邪魔になるし、どうせ兄妹なんだからどれだけ好きでも結婚
できない。だったら兄さんの幸せ優先するのが当然でしょ」
リエラは昔、それこそ物心ついた頃から極度のブラコンだった。
『私将来兄さんと結婚する』
『あのねリエラ、兄妹は結婚できないって法律で決まってるんだから』
『うそ、フェイトさん昔は父さんと兄妹だったのに今は結婚してるよ』
『あれは特殊でフェイトちゃんが養子だったからできたんだよ』
『じゃあ私も誰かの養子になって兄さんと結婚する』
『だから問題なのは血の繋がりで……』
『とにかく兄さん以外の男の人と結婚なんてしない』
こういう会話を数える気も起きないぐらいやったものである。
カレルに恋人ができたらどうなることやらと家族一同心配していたのだが、予想は外れて兄の恋路を積極
的に応援するようになって、胸を撫で下ろしていた。
今も改めて本人の口からそのことを聞きほっとするエイミィだったが、ふとリエラの言葉に引っかかりを
覚え、訊ね直した。
「じゃあもし明日法律が変わって兄妹同士でも結婚できるようになったら……」
エイミィが皆まで言い終える前に、娘はきっぱりはっきり即答した。
「即行で兄さんに夜這いかけて既成事実作って正妻の座ゲットする」
眼は完全にマジだった。
返す言葉の無いエイミィを尻目に、リエラは自室へと去っていった。
「…………変わらないよね、法律？」
誰にともなく問いかけたエイミィは、頭を振りながら自分も部屋へと戻った。
部屋の中では、流れるようにきれいな金髪の二人が紅茶を飲みながら歓談している。
エイミィと同じくクロノの妻であるフェイトとカリム。執務官と教会騎士の二人は忙しいが、最近は後進
に仕事を分けるようになってだいぶ時間が空いてくるようになった。今も昨日から泊りがけでエイミィの家
へ遊びに来ている。
「煮る前に強火で表面を炙っておく。そうしたら旨みが逃げないんです」
「なになに、料理の作り方の話？」
「ええ、フェイトさんに少し訊いていたんです」
結婚当初はクロノが絡めばなにかと張り合っていた二人も、さすがに今はそんなことはしなくなり実に仲
のいい妻同士である。
代わりにそれぞれの息子と娘が、血の繋がりがあるとは思えないぐらいやたらといがみあっているが。
「カレルはデートに行ったの？」
「うん、夜までには帰ってくるって」
「ホクトという娘、私は顔しか知らないのですが、カレルとはうまくやっているのですか？」
「なんかやたらと男っぽい娘だけど、そういうところもカレル気に入ってるみたい。女の子女の子してる子
は周りにいっぱいいるから、逆に新鮮なのかな」
「カレルがホクトと結婚して子供ができたら、ついにエイミィもおばあちゃんだね」
めったやたらと嬉しそうにフェイトが言った。
そういえばクロードが恋人を孕ませたのが判明した頃に「おばあちゃん……まだ三十代なのにおばあちゃ
ん」となんか部屋の隅っこでぶつぶつ呟いていたものである。仲間が出来て喜ばしいらしい。
（そういえばフェイトちゃんだけじゃなくて、なのはちゃんもはやてちゃんもおばあちゃんになってるんだ
よね）
今でも眼を閉じたらすぐに思い出せるフェイトやなのは達との出会いの日、まだ小学生だった少女達が孫
もいる年齢になっている。
時間の速さについて感慨深いものを思っていると、カリムがぽつりと言った。
「二人ともいいですね。……私の娘はたぶん死ぬまで結婚なんてできませんから、孫の顔を見るなんてとて
も……」
「…………」
「…………」
返事のしようが無く、エイミィとフェイトは揃って眼を泳がせた。
クロノとカリムの娘、フレイア・G・ハラオウンは、確かに結婚できそうにない少女である。
顔が不細工なのではない。むしろクロノを女顔にしたような容姿は、美人の域に十分入っている。
問題なのは、その内面に隠された凄まじい毒気だった。
きれいなバラには棘がある、どころの話ではない。むしろ触れたが最後、丸ごと食われてしまう食虫花じ
みた少女だった。
彼女の美貌、あるいは家柄に惹かれて言い寄ってきた男はけっこういるらしいが、その全員がいいように
弄ばれ「もう女なんて二度と信じるか！」と泣き叫ぶ羽目になったと聞いている。
「親の私が言うのもおかしいですが、あの性格はいったいどこから来たのでしょう……」
「さあ……。ほんと周りの誰にも似てないよねあの娘」
「似てないっていえば、クロナもだね。どうしてあんなにわがままで強情なのかな」
「あれは単にクロード君とユーナちゃんが甘やかしているからじゃない？ それに強情なのはフェイトちゃ
んとクロノ君譲りだと思うな」
「……クロノはともかく私は強情なんかじゃないよ」
「そう思っているのはフェイトさんだけだと思いますよ。昔私と二人でクロノをいじめた時だって、ずいぶ
んと強情張って色々としてくれましたよね」
「ちょ、ちょっと待ってください！？ ひょ、ひょっとしてあの時のこと！？」
「その話聞きたいなー。時間もあることだし、詳しく聞かせてくれません？」
「ええ、いいですよ。あれは子供達が生まれる前のことで、フェイトさんを教会へ呼んだ時に……」
クロノ・ハラオウンの妻達は、お茶を飲みながらまったりと会話に花を咲かせていた。
※
「じゃあ言ってみて。クロナ」
「あぁあ」
「ちがうちがう。ク・ロ・ナ」
「うー」
「だからクーローナ！！」
「あー」
クロナがどれだけ言っても、目の前の赤ちゃんは天真爛漫な笑顔で意味不明な声を出すだけである。
「……やっぱりまだ無理なのかな」
今年で三つのクロナだが、生まれたばかりの赤ちゃんは言葉をしゃべれないというぐらいの知識はある。
「名前呼んでほしいのになあ。…………く・ろ・な」
クロナは赤ちゃんの顔の間近、額と額がくっつきそうな距離で、もう一度口の動きが見えるようにゆっく
りと自分の名前を言った。
しかし赤ちゃんはきょとんとしてまばたきしているだけで、言葉すら発しようとはしない。
もう今日はあきらめようと思ったその時だった。
「くおな」
「あ……」
「くおな」
赤ちゃんは、二度はっきり聞こえる声で言った。
「そうそうクロナクロナ！ 呼べた、ちゃんと呼べたね！」
発音が不明瞭だったことなど何の気にもならず、クロナは手を叩いて喜んだ。
「じゃあ次は私が名前を呼ぶね。カグヤ」
名前を呼んでやると、八神カグヤの笑顔がいっそう明るくなったかのようにクロナには思えた。
「なのはおばあちゃんが言ってたの。お友達になるには、まず名前を呼んでもらうのが一番なんだって。名
前を呼んだから、これで私とカグヤはお友達だよ」
「うぁ」
「おばあちゃん達やお父さん達みたいに、ずーっとずーっと仲良しなんだよ！」
「あはっ」
幼子二人は顔を見合わせ、声を上げて笑い合った。
後年、化け物じみた魔力と、短気を伴った凄まじい苛烈さで「天魔」と呼ばれる少女と、彼女を補佐して
権謀術数の限りを尽くし「八神の白狸」と仇名される少女は、遺伝子レベルで仲が良かった。
続く
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目次：たとえばこんな世界の戦闘機人達
著者：サイヒ
- カテゴリ：
- 漫画/アニメ
- 魔法少女リリカルなのは
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