ストロベリー・パニックのSS保管庫です。

著者:名無しさん(3-114)


親愛なる蒼井渚砂様へ

今、貴女がこの手紙を読んでいるという事は、もう私はそこには居ないのですね。
突然のことで驚かれたかもしれません。
それは……お詫びします。


私は貴女が好きでした。
貴女は知らなかったかもしれませんが、ずっと想っていました。
最初はただ念願のルームメイトが出来たという嬉しさだけでした。
私は貴女と共にいるうちに変わることが出来ました。
あなたいるときだけは本当の私でいられる気がして、
そしていつの間にか私は貴女を好きになっていました。

だけど貴女には好きな人がいて…、だから私は決心しました。
貴女の幸せを願おうと。
でも私が居なくなって寂しい思いしているのなら……ごめんなさい。
貴女の幸せを願っているけれど、やっぱり私には、そこは辛すぎて……。

渚砂ちゃん。
どうか私がいなくても、笑顔で元気でいてください。
そしてあの人と幸せに……

たとえ遠く離れても、貴女の幸せを願っています。


               貴女と共に居た証に   涼水玉青
                              ありがとう


いちご舎内。
一人の少女が自室へと向かっていた。
蒼井渚砂だ。
今日はエトワール選前日。
それにもかかわらず、ミアトルでは今日も授業があった。
今はその帰り。
歩きながら、先ほどの玉青との会話を、ふと思い出す。
――――少し用事があるので、先に帰っててもらえますか?
そう言っていた玉青は申し訳なさそうな顔をしていた。
――――大事な用なのかな……
今日はエトワール選前日だが、特別な用事でもあるのだろうか。
エトワール選の練習は昨日で終わった。今日は前日ということで休養を取る様にと深雪から言われている。
――――でも明日の準備をしておかないと……
玉青が帰ってくるまでに、自分で出来ることはしておきたい。
 カチャッ
ドアを開け、部屋の中へと入る。
いつもと変わらない、いつの間にかそう思えるようになった、自分達の部屋。
なんとなく、部屋を見渡してしまう。
と、自分の机の上に何かがあるのがわかった。
朝出掛けるときには無かった、一枚の白い紙。
何だろう。
手にとって見ると、それは置手紙だった。

 渚砂ちゃんへ
 今日午後3:30にて、ルルドの泉で大切なお話があります。
                         涼水玉青

それだけの簡潔な手紙。
――――大切な話ってなんだろう……
わざわざ手紙で連絡するということは、よっぽど大事な話なのかもしれない。
時計を見る。まだ多少時間はあるようだ。


手持ち無沙汰になってしまったので、またなんとなく部屋を見渡す。
そしてまた、一つ見つける。
渚砂の机とは部屋の反対に置かれた玉青の机。
そのわきに何かが散らばっている。
ファイルとその中身のようだ。
落としたのを気付かなかったのだろうか。
そのままにしておくのもいけないと思ってかき集める。
大事な書類なのか、部活の作品なのか。
ふときになって、―――少しいけないかな、と思いつつ、それらを眺める。
その書類は、
――――あれ?
なんとなく、本能的に、思考が止まった。
わかる。これは理解してはいけない。
でも、そこに書かれていたのは、
――「転校に関しての……」――「留学に際しては……」――
――――これって……つまり……玉青ちゃんが……
転校か、留学か、わからない。
けれど彼女がこの学園から居なくなるということを示すのに、十分すぎる物だった。
思考がまとまらないまま、それぞれの紙を見やる。
その中に一つ、違う物が混じっていた。
一枚の封筒、手紙。
「渚砂ちゃんへ」
そう書かれていた。
見てはいけないことは、わかっている。けれどそれにはまだ封がされていなくて、
――――これなら一度見てまた戻せば
こう思うと自然と手が動いた。
心に浮かぶ衝動から、その手紙を抜き取った

親愛なる――――
………
………
………
「……うそ……」
けど、それは確かに別れの手紙だった。
彼女が居なくなるという、証明。
時計を見る。
まだ時間ではない。
でも、今すぐにも聞きたかった。
これが本当のことなのか、どうしていなくなってしまうのか。
手紙を封筒にしまい、ふところに入れ、そのまま部屋を飛び出す。
一刻も早く、会って確かめたかった。
胸がもやもやした。のどがすぐに渇いていくのがわかる。
焦燥感が身を焦がす。
息を切らせ、ひたすら走った。
早く、早く会って確かめないと。
なんで、こんなに、胸が苦しいのだろう。痛いのだろう。

嘘、だよね……。違う、よね……。
玉青ちゃん……。


全力で走ったのに、いつもより遠く感じる。
視界にルルドの泉が入る。
そこに玉青の姿があった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「……渚砂ちゃん」
息が上がっている。心臓がバクバクと脈打つ。
走ったからだけではない。
嫌な予感が胸をしめつける。
「そんなに慌ててどうしたんですか……?それにこんなに早くに……」
時刻は3時過ぎ。約束の時間より、多少早い。
何とか息を静める。
聞かなくちゃ……
「ねぇ、玉青ちゃん……」
「何、ですか……?」
「……これって……どういうこと?」
あの手紙を取り出し、訊ねる。
「どうして……それを……」
「あ………」
そうだった。これはまだ見てはいけなかったもの。
でも……。
「ご、ごめんね、勝手に見ちゃって。……玉青ちゃんの机の横にファイルが落ちてて、その中身を少し見ちゃって……」
「………」
「それで、あんな書類ばっかで、その中にこの手紙があって……。どうしても見たくなって……ごめん……」
「そう……ですか……」
「これって……、嘘だよね?何かの間違いだよね……?」
そこで、フッと玉青が微笑む。
「まだ……予定です」
「……予、定?」
「いちおうですけど」
予定……。でもそれは、その可能性があるということに他ならない。
むしろもう決まっている事のようにも感じる。
「……なんで?」
聞かないわけには、いかなかった。
「……どうして?」
「…………」


玉青は困ったように微笑みながら、答えない。
玉青ちゃん……。
「…………今日は、それに少し関係のあることで呼んだんです」
そういえば、大事な話があるって……。
……何だろう……。
玉青が渚砂と少し距離をとって、その前に立った。
「……渚砂ちゃんは、まだ、静馬様が好きですよね?」
え………。
「そ、それは……別に、もう……」
あの手紙には、玉青の気持ちが書かれていた。
渚砂が好きだと。
それにその時……自分は気付いてしまった。
……自分は玉青の気持ちに気付いていたことを。
……けれど気付かないふりをしていただけだったと。
そして自分の思いが玉青を傷つけていると……。
「私……」
だから、そんなことを聞かれても、答えられなかった。
だって私は……
「わかって、ますよ……」
「……えっ……」
「渚砂ちゃんの気持ちなんて、バレバレですよ。ずっと、見てましたから……。貴女をずっと……」
「………」


何も、言えなかった。
どんなことを言っても、玉青を傷つけるだけだとわかっていたから。
「私は、貴女が好きです」
知っていた。
けれど、気付かないふりをした。
傷つけた。
怖かった。
甘えていた。
あなたは優しかったから……。
「だから貴女には……。渚砂ちゃんには、幸せになってほしいんです」
いつも、
そばにいてくれていた。
見守ってくれていた。
「それが、私の幸せなんです」
申し訳なかった。
感謝していた。
でも、気付かないフリをした。
怖かったから。
そうすれば貴女が…………。
「でもっ……、静馬さまは……私のこと……。それに私なんか……」
いいえ、と玉青は首を振る。
「静馬様は貴女が好きですよ。貴女自身を好きでいてくれています。……見ていれば、そんなのわかりますよ……」
「玉青ちゃん……」
ふと、玉青が歩き出す。
そのまま渚砂に近寄り、
そっと……、頭をなでる。
………
そのまま渚砂の横を通り過ぎる。
「玉青ちゃん!」
振り返る。
玉青の顔は見えない。
「私の事は……心配しなくても大丈夫ですよ」
「………」
「だから……、渚砂ちゃんは……静馬様と……」
「玉青……ちゃん……」
その背中を捕まえたくて、そっと、手を伸ばそうとして、
「これ以上……、私を惑わさないでください……」
「……っ」
何もできなかった。もう自分は彼女に、何も……。
「私……、またこの後用事があるので…………また後で……」
そして彼女は一度も振り返ることなく、
行ってしまった。
一人、渚砂がその場に残される。


「もうこんな時間……。急いで帰らないと、明日の準備が出来ないわね……」
聖ル・リム女学院からいちご舎へと続く道。
そこを早足で進む、一人の女性―――ル・リム生徒会長、源千華留が居た。
明日のエトワール選の最終打ち合わせのために、下校が遅くなってしまったのだ。
「あら?あれは……」
前の方に、一人の女の子がいる。
ミアトルの制服、そして赤いポニーテール。
あの子は……渚砂ちゃん?
なんともはや、誰が見てもわかるような暗い顔をしている。
……また、何かあったのかしら?
ここで彼女を放っておくなど、もちろん出来なかった。
慈愛の心といけない好奇心。
それが自分の行動理念だから……。
「なぎ〜さちゃんっ!」
随分と周りの見えていない渚砂へ、ガバッっと背後から思い切り抱きつく。
「えっ……なっえ、ええっ?」
「なぎさちゃ〜〜ん」
スリスリと冷たい頬を擦り合わせる。
「ちっ、千華留さま!?」
「ふふふっ」
突然のことで目を白黒させている渚砂から体を離す。
「こんなところで何してるの?」
「え……、あ……いえ、千華留さまこそ……」
「私?私は今からいちご舎に帰るところよ」
「あ……、そっか。ここ……ル・リムの近く……」
あれからほとんど頭が回らなくなって、こんな所まで来てしまったらしい。
「もしかして……、私に会いに来てくれたのかしら?」
「い、いえ……あの、別に……」
「もー渚砂ちゃんたら〜。フフフ……」
グリグリと頭をなでる。
「あぅ……」
「そんな嬉しい事をしてくれる渚砂ちゃんには……、特別にもう一度話を訊いてあげちゃおうかしら?」
パチリ、とウインクをする。
「あ……」
「ね?」


渚砂先程のことを千華留に話した。
そして自分の気持ちを。
――静馬へのきもち
まだ、自分は静馬が好きだということ。
自分なんかでいいのだろうかということ。
――玉青への気持ち
自分にとって最高の親友であるということ。
玉青が自分を好きだということ。
あの手紙のこと。
そして居なくなってなんてほしくないということ。
自分に言える全てを話した。
もう、自分ではどうしようも出来なかったから。
「私、どうしたら……いいんでしょう……」
いろんな想いが胸の中をぐるぐると駆け巡る。
自分は、何をすればいいのか……、どうしたいのか……。
千華留は堰を切ったように話し出した渚砂の言葉に、静かに耳を傾けていた。
そしてポンっと渚砂の頭の上に手を置き、
「それで……、渚砂ちゃんは……、どうしたいの?」
そう問いかけた。
「……私……」
「何を したいの?
 何が ほしいの?」
「………」
クシャクシャと頭をなでる。
「わか……りません……」
頭から手を離し、じっと渚砂の顔を覗き込む。
「私……静馬さまが好きです……。でも玉青ちゃんも大切で……。だからどっちかを選ぶなんて……そんなの……。
……選ばなきゃ……いけないんでしょうか」
「そうね……」
今ここにある大切なもの……。
これから手に入れたい欲しいもの……。
「どちらかを、貴女は決めなきゃいけないわ」
「………」
「そうでなきゃ……とっても失礼よ。貴女を想ってくれている二人に……。それに……貴女自身にもね」
「千華留さま……」
「でもねっ!」
パン!っと、突然目の前で手を合わせる。
びくっと渚砂の体がはねた。
「今日はもうそんなことどうだっていいじゃない」
「…………えっ」
「だって明日はエトワール選でしょ?そ〜んなうじうじした悩みなんて持ってたら……、とても本当の力なんて出せないわ!」
「で、でも……」
自分の悩みをそんなことと言われて戸惑っている渚砂の両手をガシッと掴みあげる。
「でもじゃな〜〜い!さ、こんな寒い中にいつまでも居られないわ!渚砂ちゃんは大事なエトワール候補なのよ!早く帰りましょ!」
そのまま渚砂の手をとり、引きずるようにしていちご舎へ向かう。
「あ、あの。ち、千華留さまっ」
「気合入れるために走るわよ、渚砂ちゃん!!」
「えっえっちょっ……ああっ!」
グイッと手を引っ張り駆け出す。
「ひっぱりすぎです〜」
「うふふ……」
「うぅ……」
「……………そういう難しい話は置いといて……、今は貴女を応援している人のためにがんばって……」
「………」
「だって貴女はエトワールになるかもしれないんでしょ?」
「………………はい」
「さ、スピードを上げるわよ!」
「へ、あ……す、すべりそ………うわぁっ」
…………大切なものか、欲しいものか……。
でも貴女にとっての大事な物は、もう決まっていると思うけど………………なんてね。


カチャ。
………………パタン。

「…………ただいま」
「…………おかえりなさい」
「………」
「………」
「さ、明日のエトワール選の準備しよっ」
「――――――はいっ」


………
………
この夜が明け、明日になれば、エトワール選が始まる。
そして、誰かが勝ち、誰かが負ける。
エトワールが……選ばれる。
わたしは………、わたしは彼女とエトワールに……………
………
………


……
………
会場の照明が落とされる。
暗闇。
パっと舞台上に光が照らされる。
そこに、エトワール候補、鳳天音と此花光莉が歩いていく。
場内が、ざわめきで満たされた。

舞台袖で、渚砂はその光景をボーッと眺めていた。
緊張のためか、現実感が遠ざかっているようだ。
いまさらながら、ためらいが生じる。
本当にここにいていいのだろうか。
この学園に来て、まだ一年も経っていない。
そんな自分が、この舞台に立っていいのだろうか。
私なんかが……。
心の中に後ろ向きな思いが満ちていく。
「……渚砂ちゃん」
「えっ」
横を見ると、たまおが心配そうな顔をしていた。
「大丈夫ですか?」
「あ……、うん……」
「………」
大丈夫……ではないかもしれない。緊張で、胸が苦しい。
思わずグッと、手を握りしめてしまった。
そこへ、そっと……玉青の手が触れる。
「………っ」
「私を見てください」
ギュっと、右手を握りしめられた。
そこから玉青の優しさが……流れ込んでくるようだ。
「……うん!大丈夫」
そうだ、私は………一人ではない。
今は、玉青ちゃんがいる……。
今は、まだ。
まだ隣に。
………
「渚砂ちゃん……」
少し、その手に力が込もった。
「今日……だけは……」
あ……。
玉青ちゃん……。
………。
渚砂も、そっと、その手を握り返す。
「………」
「…………行きましょう」
「うん」
いつも私を支えてくれていた、大切な人。
この人がいれば、きっと大丈夫。
なにも、怖くない。
今は、なにも……。

二人、息をそろえ、舞台を進む。
歓声が沸きあがる。
大丈夫。
あなたと……。
あなたと二人なら……。


舞台の上、静馬が天音へと花束を贈る。
「ありがとうございます」
「……とうとう来てしまったのね」
「貴方のお言葉を、確かめるために」
天音と光莉はそっと目線を交わす。
「健闘を祈っているわ」
次に彼女は、玉青と渚砂の目の前へと立った。
思わず渚砂は、じっと静馬を見つめてしまった。
わずかに目線があう。
静馬さま……。
この人を見つめるだけで、胸がきしむ。
まだ……、まだ私は……。
本当に……、あなたは私を……?
「静馬さまっ!」
「…………。……二人とも、とても魅力的よ」
「ありがとうございます」
ギュッと
玉青の手が、渚砂の手を、強くにぎりしめた。
「あっ……」
玉青の手が、少し、震えていた。
……私は……
「ミアトルのためにも、がんばります」
玉青は手を離し、花束を受け取る。
「健闘を祈っているわ」
わずかに渚砂を見た後、そのまま舞台袖へと去っていった。
「…………」

「それでは、ただいまより、エトワール選の本選を開始致します」

……静馬さま……
「渚砂ちゃん……」
「あ……」
そっと、玉青がうなずきかける。
…………うん…………
………
………
静馬さま……


そして、エトワール選は続く。
二人は順調に、確実に、試練を乗り越えていった。
残るのは、最後の種目。
最後まで苦戦し続けた、ダンス
……
………
…………
ダンスホールに曲が流れ始める。
二人はゆっくりと踊りだした。
一つずつ、確実に。
しかっりと、ステップをとり。
相手を見つめ。
玉青の目が渚砂を見つめる。
自分の気持ちを伝えるように。
自分の全てを伝えるように。
私はそれを受け入れ、見つめ返す。
貴女が、私にとって大切な人であること。
今でのことを、本当に感謝していること。
そしてこれからの……。
息がぴったりと合うのがわかった。
二人が一つになったような感覚。
……でも。
でも……私は……。
思い出してしまう。
あのダンスを。
あの人と踊ったあの時のことを。
この気持ちも、あなたに、
きっと……伝わってしまっただろう。
………
玉青ちゃん
………
玉青がそっとほほ笑んだ気がした。
………
………ありがとう。



「ハァハァ…………」
「ハァ……ハァ……」
そして二人は踊りきった。
一つの失敗も無く。
「渚砂ちゃん……」
やりきった。
最高のダンスを。
最高のおもいを。
――貴女と――
………
………
………

こうして全ての種目が終わった。


  1. 旅のおわり
  2. 旅のおわり(2)
  3. 虹はここに

管理人/副管理人のみ編集できます