ストロベリー・パニックのSS保管庫です。

著者:名無しさん(3-114)


聖堂が、熱気に包まれていた。
全ての投票が終わり、後は結果を待つだけだ。
「いよいよ、ですね」
「うん、そうだね……」
やれることはやった。
後はその結果が出るだけ。
「渚砂ちゃん……」
「……なに?」
「……ありがとうございました」
「えっ……」
「本当に……、ありがとう……」
「……そんな。お礼を言うのは……私の方だよ。いっぱいフォローしてもらっちゃったし……」
「………」
「それに……それに……」
それにきっと……また傷つけてしまった。
それなのに……
「……ありがとう、玉青ちゃん」
玉青は微笑む。
いつものあの、ほほえみ。


「まもなく、結果が出ます。しばらくお待ち下さい」
聖堂内が興奮で満ちる。
最初はスピカが優勢であるかに見えた。
けれど今は、どちらが勝ってもおかしくない。
双方、互角。
どちらがエトワールへと選ばれたのか。
どちらがその栄光を掴むのか。
………
………
「それでは、結果を発表いたします」
……堂内に、緊張が走る。
これで全てが……決まる。
………
が、そこへ、

ギィィ…………

「えっ?」
聖堂の重い扉が、開かれる。
外の光が、少しずつ中へと射し込まれていく。
こんな時にいったい誰が……
みなの視線がそこへ注がれる。
その光の中、立っていたのは。

「渚砂!」

前エトワール。花園静馬がそこにいた。


「静馬……さま……?」
いったいどうして。
堂内がざわめきに包まれる。
何故彼女がここに……?
いったい何をしにきたのだろうか。

カツ……カツ……カツ……

幾多の視線の中、彼女の足音が響いてゆく。
何かを気にすることも無く、優雅に。
誰にも有無を言わせることのない、確かな足取りで。
彼女は進む。
その瞳に誰もが圧倒された。
決意の秘められた、その眼差しが、一つを捉えていた。
その一つへと、彼女は進む。
愛する人へと。


……カツ…………

………
静馬が立ち止まる。
その存在に堂内は飲まれ、息を呑む。
全ての人間が彼女を見つめていた。

…………静馬さま?…………

「渚砂…………!!」

「愛してるの!!」

静馬の声が、堂内に響き渡った。

「渚砂っ!!」


―――そん…………な……

「だって………、だって…………」

だって貴女は……貴女は……
それに……

――フッ――

エッ…………?

体が、玉青の元へと引き寄せられていた。
彼女のぬくもりが……身体へ伝わる。
「本当にしょうの無い方ですね……」
ぽつり……つぶやく。
その声はとても……。
「玉青ちゃん……?」
な……に……。
胸をよぎるイヤな感覚。
息が詰まる。
その声はとても……。
とても寂しくて……。
「渚砂ちゃん……」
優しい……こえ。
いつもの……貴女の……。


「さようなら」


――――――っ

グッと体を前へと押し出される。
少し、バランスを崩した。
………
彼女へ振り向く。
「玉青ちゃん……」
その手には、あの赤いリボンが握られている。
「…………」
彼女は……
渚砂に優しく、うなずきかけた。


前へ……視線を戻す。
そこに、静馬がいた。
ずっと思い続けていたあの人が。
そこで、自分を待っている。
どれだけ望んでいただろうか。
あなたの胸に飛び込むときを……。
どれだけ待っていただろうか。
あなたのあの言葉を……。
目の前に、あなたがいる。
私を…………待っている。
私を……。



…………なのに…………
なのに私は…………
…………
わたしは…………



ああ………
そっか………
…………そうだったんだね
………
………
…………ごめんね



「渚砂……?」
静馬がゆっくりと近付いていく。
渚砂は、泣いていた。
静かにその両目から、涙を溢れさせていた。
静馬は渚砂へと触れようと、手を伸ばす。
「ごめんなさい………」
その、手が止まる。
「渚砂……」
「ごめんなさい……」
渚砂の口からこぼれたその言葉。
それは―――
静馬はその流れ出る涙を拭き取る。
それでも涙は止まらなくて、
少し、視界が歪んだ。
「私……、静馬さまが好きです」
それでも彼女から目をそらさず、告げる。
「貴女のことが大好きなんです……」
ずっと想っていた。
ずっと伝えたかった。
大事なこの思い。
願い続けたこの想い。
だけどもう…………私は決めたから……。
見つけたから。
だから、最後に。
この思いを。
「本当に…………私は……」
それでも涙は止まらなかった。
辛かったから。
苦しかったから。
痛かったから。
涙が溢れてよく見えない。
わたしは……
「……ならっ……!ならどうして……!!」
静馬の声がイタかった。
「渚砂!」
静馬の声がこだまする。
貴女のこえがひびいてく。
「私、静馬さまが大好きです……。心から……貴女のことが……」
今すぐ抱きつきたかった。
その胸に飛び込んで、あなたを感じたかった。
ずっと前から想っていた。
出会う前から思っていた。
あなたとともにいる事を……。


「でも私は……」
私は……気付いた……。
気付いて……しまった。
この願いよりも。
このおもいよりも。
―――――貴女を失うことが怖いということを
今ここで、彼女を選んだのならば、貴女は居なくなってしまう。
私のそばから居なくなる。
そうなったら……私は…………
………
今さら……
今さらだけど……、ようやく私は……
…………気付くことができた。
傷つけたと知っていたのに。
愛しいと思っていたのに。
やっと……
「私はそれ以上に……玉青ちゃんが大切なんです……」
こんなにも遅くなったけど
やっと見つけたよ
一番大切な人。
「だから私は……静馬さまとは行けません……」
「………」
「ごめんなさい……」
静かに渚砂は、静馬へと頭を下げた。
静馬は、
ただ渚砂を見つめる。
………
………
………
「そう…………。わかったわ…………」
ただそれだけを言い、渚砂に背を向ける。
ゆっくりと、彼女から離れていく。
静寂の中、彼女の足音だけが響いていた。
けれど……
一度、渚砂へと視線を戻し――その顔をわずかに歪ませて――
そして――
――堂内を駆け出した。
そのまま彼女は………………聖堂から姿を消した。
「源会長、後はよろしくお願いします」
「あっ……はい……」
「ちょっと!六条さん……!?」
そう言って深雪が、その後を追っていった。

ギィ―――――

聖堂の重い扉が、音をたて、閉じられた。


目に溜まった涙をふきとり、渚砂は玉青を振り返る。
「……玉青ちゃん」
そして……玉青にかすかにほほえみかけた。
「………」
何が起きたというのだろうか。
あの時、確かに覚悟をしたはずだ。
自分の想いはもう届かないと。これで終わりなのだと。
そして私は、彼女を送りだした。
その幸せを願って。
この痛みを抑えて。
なのに彼女は…………そこにいる……。
「どうして………っ!どうしてですか………!!」
「あ………」
あなたの気持ちは知っている。
どれほどのものか知っている。
同情……?
友情……?
そんなものはいらない……。
ワタシの望みはアナタの幸せだけ。
こんなわたしなんかよりも、愛する人が幸せならそれでいい。
ソレでいいと決めたのに……。
「なんで貴女は……私なんか……私なんかを……」
私なんかのためにそこに居るの…………
…………
「………だって……。だって私にとって玉青ちゃんが一番大切な人だから……!!」
―――!
「玉青ちゃんにいなくなってほしくないの!!玉青ちゃんがいなくなったら………いなくなったりしたら私………」
その目から、また、涙がこぼれる。
「そんなの………イヤだよ………」
渚砂……ちゃん……
「だから……いなくなったりしないで………。さよならなんて……言わないでよ………。私………玉青ちゃんが好きなの………」
………
私は………
………
………っ
「私だって………。私だってあなたと一緒にいたいですよ………!!」
そんなの………あたりまえじゃない………
「私だって………あなたが好きなんですから………」
あなたが………


「玉青ちゃんっ!」


あっ…………

―――――――――――渚砂ちゃん…………

玉青はぎゅっと、渚砂を抱きしめる。

「ずっと………、そばにいて………」

大好きな人のぬくもりを体に感じる………
わたしは………

「もう………離しません…………」

――――ひとしずく………、涙がこぼれた。


「エー、あーあー。コホンっ。少々ハプニングもありましたが、発表を続けたいと思います」
いつの間に変わったのだろうか。
聖堂内に千華留のアナウンスが響き渡る。


「玉青ちゃん……」
「はい……」
「そのリボン……」
玉青の握りしめている赤いリボン。
それは大切な物だから……。
「手を……出してください」
「うん」
手を差し出す。
玉青はその手首にリボンを飾りつけた。
「あ………」


「あの……天音先輩……」
光莉と天音が視線を交わす。
「光莉……」
「………」
どうやら考えている事は同じらしい。
「そうだね」
二人は肯きあった。


「それでは、本年度のエトワールを発表いたします」
先程の事もあってか、堂内のざわめきが大きくなる。
そこへ、
「待ってくれ!」
天音の声が響いた。

「いいえ……待ちません」
「えっ……」

「本年のエトワールに選ばれたのは……」

ギュッ
渚砂が玉青の手を、
玉青が渚砂の手を、
強く握りしめた。

「聖ミアトル女学院、涼水玉青さんと蒼井渚砂さんの御二人です!!」

嵐のような歓声が、堂内を震わせた。


「……………………玉青ちゃん」
「はい……」
「えっと……私……たち……?」
「そう……みたいです……」
「………」
「………」
「そっ………か………」
「えっ……」
突然抱きついてきた渚砂によって、玉青がバランスを崩す。
その体にはほとんど力が入っていないようで、
「渚砂ちゃん……?」
「どう……しよう……。私……うれしすぎて……」
玉青が渚砂を支える。
「うれしすぎて………、なんか体が…………」
エヘヘっと笑う。
「渚砂ちゃん……」
渚砂の体を強く抱きしめた。


「天音先輩……」
二人、見つめあう。
「あんなのを見せられたら、ね」
「でも……私はこれで良かったと思います………。本当に………」
光莉は優しく微笑んだ。



………………
………………
先程までの天気が嘘のように、強い日差しが降り注いでいる。
いつのまにか雪もだいぶ溶けてきていた。
一本の木の向こうに、静馬がいる。
深雪から顔は見えない。
彼女と背中合わせになるように、木に背を付ける。
「エトワール、決まったみたいね」
「そうね……」
ここからでもまだ歓声が聞こえてきている。
きっとあそこはすごい事になっているのだろう。
「誰がなったと思う……?」
「………」
あの二人だろうか。
それなら静馬はどう思うのだろう。
………
「私ね……」
「……何?」
「振られたのって生まれて初めてよ」
「そう……」
顔はわからない。
でもその声は……なんだか……
………………
………………


「まもなくエトワールの任命式を行います。
本年のエトワールは、聖ミアトル女学院、
涼水玉青様、蒼井渚砂様に決定いたしました。」

聖堂内は、歓声で溢れかえっている。
その中で二人は向かい合う。
「……本当……だよね?」
「本当ですよ」
「………………本当に?」
「フフッ……本当ですよ」
「そっか……本当……なんだね」
「はい」
二人、笑いあった。
右手と左手の、赤と緑のリボンが静かに揺れていた。


「玉青さん……おめでとう」
千華留が玉青の首へ、エトワールの証であるペンダントをかける。
ここにいない深雪の代役だ。
「……ありがとうございます」
「渚砂ちゃんも……」
「あ……」
ポンっと渚砂の頭を撫でる。
「本当に……おめでとう……」
「……はいっ」
渚砂の首へと、赤いペンダントをかける。
「ありがとうございます」
千華留はスッと目を細める。
「これから頑張ってね」
「はいっ」
二人の声が重なった事に、千華留は優しい笑顔を浮かべた。


拍手は鳴り続ける。
聖歌隊の歌声が、堂内に響き渡る。
誰もが認め、憧れ、祝福する。
新たなエトワールを。
二人の絆を。
二人の新たな旅立ちを。

「玉青ちゃん……」
「なん……ですか?」
「今まで……ありがとう……」
「………」
「それで………、これからも………よろしくお願いします」
「………はい、こちらこそよろしくお願いします」
聖堂内の中心で、二人は見つめ合う。
………あれ、なんだろう………?
つなぎあった両手から、彼女を感じる。
………あっ………
玉青の瞳に、自分が映っていた。
渚砂を、見つめていた。
あれ………
「渚砂ちゃん………」
甘かった………。
なんだかとっても溶けそうで………
私………
「玉青ちゃん………」
彼女の瞳から、目が離せない。
まるで吸い込まれそうで。
でも………すごく安心できて………。
身体に力が………入らない………。
玉青ちゃん………。
ゆっくりと………、彼女の顔が近付いて………、
私は………、
そっと………、目を閉じた。

――――――熱い感触………彼女の匂い―――――――

………わかったのは、それだけで………
私は彼女の胸に顔をうずめる。
真っ赤になった顔を見られたくなくて、
彼女の顔が恥ずかしくて見れなくて、
でも………、
それだけじゃなくて、
胸の中が………
心が………
どうしようもなくなったから………
玉青ちゃん………私………

「あっ………」
抱きしめられたら………彼女のぬくもりがした………


「ずっと………そばにいます………、渚砂ちゃん………」


the tiny courage - fin.


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