「はぁ…」
今日も練習に行けるような状態では無い。いつもの場所…御聖堂に私は居た。
いい加減、私は自分が嫌になる。
光莉の事を未だに引きずっている自分。弱くて、情けない自分。
一人になると、どうしても考えてしまう。
私は…誰かに必要とされているのかな…?
「や・や・せ・ん・ぱ・い!」
「………何の用」
「…練習時間は始まってます。迎えにきたんですよ」
「…ほっといて」
「…光莉先輩の事ですか?」
「―!」
いつものように現れたかと思えば、核心をついた…今、まさに考えていた人物の名を言われ、言葉に詰まる。
「昨日、少しお話する機会があったんです。光莉先輩、とても幸せそうでした」
「…そう、良かったわね」
「何で夜々先輩は幸せそうにしてないんですか?」
蕾が横に座りながら発した言葉は、今の私には重かった。
何も言い返せず…というより、考える事すら出来なかった。
「夜々先輩が光莉先輩の事を今も大切に想ってるのは分かってます。だけど…夜々先輩はいつも苦しそうです」
―なにが。
「私は光莉先輩はもちろん、夜々先輩にいつも笑ってほしいんです」
―何も知らないクセに。
「…だって、私はッ…!」
「アンタに何が分かるのよ!!」
「ッ…や、や…せんぱ…い?」
「人の事…何一つ知らないくせに…分かったような口を聞くのやめて!」
あぁ、私は。
何て最低な人間なんだろう。
本当に、私は、夜々先輩の事を何一つ分かってはいなかった。
いつも通り練習場所に来ない夜々先輩を探して、見付けて。
千華留様の事もあって、少し積極的に距離をつめていった。
心の距離は、こんなにも遠かったというのに、一人で勘違いをしていたんだ。
「私の何を知ってると言うの!?」
名前・所属部活・部屋の番号・学年・年齢……
聞いたり調べたりすればすぐに分かるような事ばかりで、私は知ってる気でいた。
「そんなに簡単に断ち切れるようなことじゃないの」
夜々先輩の言う事はもっともだ。
すぐに断ち切れる事なら、こんな事になっている筈がない。
「私が毎日どんな想いで居るのか…知らないでしょう?」
自分の自己中心的な考えに、私はすごく腹が立った。
夜々先輩の考えてる事を私は考えず、我が道を行くだけで、迷惑だとか、不快な思いにさせていたかもしれない。
毎日伝わらない想いを抱き、孤独の時を過ごす夜々先輩の姿を思い浮かべるだけで、目頭が熱くなった。
そのあとも、夜々先輩の言葉は止まらなかった。
口調は怒っているが、言ってる事は自分自身を責めているように聞こえる。
何故だかわからなかったが、涙が溢れてくる。
私なんかが泣いたところで、夜々先輩の今までは変わらないのに。
胸が痛い。
それに比例して、涙は止まる事を知らない。
「…人を愛した事も無いアンタに、私の想いが分かる訳無い!」
夜々先輩はその言葉を発して、何も言わなくなった。
涙でぐちゃぐちゃであろう自分の顔。視界は相変わらず歪んでいた。
―愛しています。夜々先輩。
そんな事言える訳無くて、私は開きかけた口を閉ざした。
「ごめんなさい」
気が付いた時には、自分の呼吸も荒くて、目の前にあの子は居なかった。
血の気が、引いた。
私は、あの子に、散々酷い事を言って。
泣かせてしまった。
いつもの強気に振る舞ってる蕾の姿は無く、ただただ涙を流し、言い返す事も無く…見た事も無いような悲しい表情をしていた。
あの子は…エトワール選のあの時も。
今だってそうだ……こんな私の傍に居てくれたのに。
「─…ッ!!」
馬鹿だ。私。
蕾は何も悪くないのに。悪いのは全部、自分なのに。
悔しくて、悲しくて、情けなくて、その場に座り込んでしまう。
「夜々ちゃん」
「…ち、かる様…」
入口に見覚えのある人物の姿があった。
最近、何かと会う事がある。ル・リムの生徒会長。
…でも、今は一人にしてほしい。
こんな私なんかに、近付いてほしくない。
「…蕾ちゃん、泣いてたわ」
「……」
「…ごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったんだけど…」
私の思いとは裏腹に、千華留様はゆっくり私に近付いて来て、私の頭を二・三度撫でた。
「貴女は悪くないわ」
「!そんな訳ない…!」
「もちろん、蕾ちゃんも悪くない。だけど、夜々ちゃん。貴女も悪くない」
「…違う、悪いのは全部…全部わた…ッ!?」
『私なの』と言えなかったのは、強く私を抱きしめてくれた千華留様のすべてが、暖かくて。
何かの糸が切れたように、私は声をあげて泣いた。
涙もおさまり、ようやく落ち着いた時は、もう日が落ちかけていた。
顔をあげるのが恥ずかしくて、未だに私は千華留様に体を預けていた。
「…ようやく気持ちが落ち着いたようね」
「…はい」
うふふ、と頭上から声が聞こえる。
あぁ…この人はどうしてこんなに優しいんだろうか。
「さて…どうしたものかしら」
「?…何が、ですか?」
千華留様は私の頭を撫でながら、暫くして口を開いた。
「蕾ちゃんの事」
「……」
「流石に少し、言い過ぎたわね」
「…はい」
落ち着いて、自分がどれだけ酷い事を言ったのか…そしてあの子は、どんな想いで私の言葉、否、暴言を聞いていたのだろう。
蕾のあの表情。後ろ姿。…もう見たくない姿だ。
「謝らなきゃ…私、最低な事を…蕾に…」
「…そうね、それがいいわ」
また少しうるんできた涙を拭って、ちょっと名残惜しいが、千華留様から離れる。
「私…行ってきます。蕾の悲しんでる姿はもう見たくないんです…」
「……夜々ちゃんは蕾ちゃんの事、大切にしてるのね」
「え!?や…そ、そういう意味じゃ…ッ!?」
「あら?私の勘違いかしらね、フフッ」
千華留様の意味深な言葉と笑顔を見て、ふと考える。
言われてみれば…あのセーターの件以来、光莉の事ばかり考えていた中の、所々に…蕾の事を考えることがあった。
正確に言えば、エトワール選が終わってから…だろうか。
─…あの子に会えば、何か分かる気がする。
千華留様に何度も何度もお礼を言って、私は御聖堂を後にした。
『謝りたい』から『会いたい』に気持ちが変わって行った事に気付いたのは、いつの間にか駆け足になってることに気付いたのと同時だった。
蕾、早く貴女に会いたい。
まいったな…結構ダメージは大きいみたいだ。
誰も居ない真っ暗な教室で想いふける…なんて、ドラマや漫画のワンシーンにでもあるようなシチュエーションだ。
門限の時間はとっくに過ぎている。…まぁ、ちょっとはしたないけど門をよじ登る事も出来るし、シスターに見つかったら見つかったでそん時はそん時だし…と、深くは考えなかった。
自然と、涙は止まっていた。
結局、私は何も夜々先輩に残せないし、何もしてやれなかった。
─…人を愛した事が無い、か。
すごく胸は苦しいはずなのに。
心は痛んでいるのに。
渇いた笑いしか出てこないのは何故だろう。
閉ざされていたカーテンを開け、外を見る。
何も、ない。どことなく自分に似ているような気がした。
「…このまま、夜々先輩ともう話したり出来ないのかなぁ…」
「それは無いから安心しなさい」
独り言のつもりが、まさか返事が返ってくるとは思わなかった。
そして、『また』背後から誰かに抱きしめられた。
─だけど、あの時とは決定的に違う、私の心音。
「や、夜々せっ…!!」
「シッ!……ったく、落ち込んでるなら部屋とかに居なさいよ…探したじゃない」
大声を上げる前に、夜々先輩の手によって口を塞がれた。
何?何で夜々先輩がここに!?
探してたって…っていうか、何でこんな近くに…ッ?抱きしめられてる!?
あまりに突然すぎて、聞きたい事は沢山あるけど、口を塞がれているので、声が出ない。
仕方なく、夜々先輩の言葉を待つことにした。
心臓はドキドキしたままだ。
やっぱり、あの時─…千華留様とは違う。
私の顔は見せられない程真っ赤だろうし、心拍数がヤバイ。
夜々先輩らしい香水の匂いが微かにして、とても温かくて。
私の好きな─…愛している、人だ。
「…はぁ…走って探したんだから…ちょっと、休ませなさい」
やっと見つけた、と一言呟いた夜々先輩。
私は、未だにまだ今の状況が理解出来なかった。
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