ストロベリー・パニックのSS保管庫です。

十一話・ふしあわせ


「はぁ…」

今日も練習に行けるような状態では無い。いつもの場所…御聖堂に私は居た。

いい加減、私は自分が嫌になる。
光莉の事を未だに引きずっている自分。弱くて、情けない自分。
一人になると、どうしても考えてしまう。

私は…誰かに必要とされているのかな…?





「や・や・せ・ん・ぱ・い!」
「………何の用」
「…練習時間は始まってます。迎えにきたんですよ」
「…ほっといて」

「…光莉先輩の事ですか?」
「―!」

いつものように現れたかと思えば、核心をついた…今、まさに考えていた人物の名を言われ、言葉に詰まる。

「昨日、少しお話する機会があったんです。光莉先輩、とても幸せそうでした」
「…そう、良かったわね」
「何で夜々先輩は幸せそうにしてないんですか?」

蕾が横に座りながら発した言葉は、今の私には重かった。
何も言い返せず…というより、考える事すら出来なかった。


「夜々先輩が光莉先輩の事を今も大切に想ってるのは分かってます。だけど…夜々先輩はいつも苦しそうです」

―なにが。

「私は光莉先輩はもちろん、夜々先輩にいつも笑ってほしいんです」

―何も知らないクセに。

「…だって、私はッ…!」
「アンタに何が分かるのよ!!」
「ッ…や、や…せんぱ…い?」

「人の事…何一つ知らないくせに…分かったような口を聞くのやめて!」



あぁ、私は。
何て最低な人間なんだろう。


十二話・涙


本当に、私は、夜々先輩の事を何一つ分かってはいなかった。
いつも通り練習場所に来ない夜々先輩を探して、見付けて。
千華留様の事もあって、少し積極的に距離をつめていった。

心の距離は、こんなにも遠かったというのに、一人で勘違いをしていたんだ。



「私の何を知ってると言うの!?」

名前・所属部活・部屋の番号・学年・年齢……
聞いたり調べたりすればすぐに分かるような事ばかりで、私は知ってる気でいた。

「そんなに簡単に断ち切れるようなことじゃないの」

夜々先輩の言う事はもっともだ。
すぐに断ち切れる事なら、こんな事になっている筈がない。


「私が毎日どんな想いで居るのか…知らないでしょう?」

自分の自己中心的な考えに、私はすごく腹が立った。
夜々先輩の考えてる事を私は考えず、我が道を行くだけで、迷惑だとか、不快な思いにさせていたかもしれない。
毎日伝わらない想いを抱き、孤独の時を過ごす夜々先輩の姿を思い浮かべるだけで、目頭が熱くなった。


そのあとも、夜々先輩の言葉は止まらなかった。
口調は怒っているが、言ってる事は自分自身を責めているように聞こえる。

何故だかわからなかったが、涙が溢れてくる。
私なんかが泣いたところで、夜々先輩の今までは変わらないのに。

胸が痛い。
それに比例して、涙は止まる事を知らない。


「…人を愛した事も無いアンタに、私の想いが分かる訳無い!」

夜々先輩はその言葉を発して、何も言わなくなった。
涙でぐちゃぐちゃであろう自分の顔。視界は相変わらず歪んでいた。




―愛しています。夜々先輩。

そんな事言える訳無くて、私は開きかけた口を閉ざした。


十三話・暖


「ごめんなさい」





気が付いた時には、自分の呼吸も荒くて、目の前にあの子は居なかった。
血の気が、引いた。
私は、あの子に、散々酷い事を言って。
泣かせてしまった。
いつもの強気に振る舞ってる蕾の姿は無く、ただただ涙を流し、言い返す事も無く…見た事も無いような悲しい表情をしていた。

あの子は…エトワール選のあの時も。
今だってそうだ……こんな私の傍に居てくれたのに。


「─…ッ!!」

馬鹿だ。私。
蕾は何も悪くないのに。悪いのは全部、自分なのに。
悔しくて、悲しくて、情けなくて、その場に座り込んでしまう。







「夜々ちゃん」
「…ち、かる様…」


入口に見覚えのある人物の姿があった。
最近、何かと会う事がある。ル・リムの生徒会長。

…でも、今は一人にしてほしい。
こんな私なんかに、近付いてほしくない。


「…蕾ちゃん、泣いてたわ」
「……」
「…ごめんなさい、盗み聞きするつもりはなかったんだけど…」

私の思いとは裏腹に、千華留様はゆっくり私に近付いて来て、私の頭を二・三度撫でた。



「貴女は悪くないわ」
「!そんな訳ない…!」
「もちろん、蕾ちゃんも悪くない。だけど、夜々ちゃん。貴女も悪くない」
「…違う、悪いのは全部…全部わた…ッ!?」

『私なの』と言えなかったのは、強く私を抱きしめてくれた千華留様のすべてが、暖かくて。

何かの糸が切れたように、私は声をあげて泣いた。


十四話・会いたい。


涙もおさまり、ようやく落ち着いた時は、もう日が落ちかけていた。
顔をあげるのが恥ずかしくて、未だに私は千華留様に体を預けていた。

「…ようやく気持ちが落ち着いたようね」
「…はい」

うふふ、と頭上から声が聞こえる。
あぁ…この人はどうしてこんなに優しいんだろうか。

「さて…どうしたものかしら」
「?…何が、ですか?」

千華留様は私の頭を撫でながら、暫くして口を開いた。

「蕾ちゃんの事」
「……」
「流石に少し、言い過ぎたわね」
「…はい」

落ち着いて、自分がどれだけ酷い事を言ったのか…そしてあの子は、どんな想いで私の言葉、否、暴言を聞いていたのだろう。
蕾のあの表情。後ろ姿。…もう見たくない姿だ。

「謝らなきゃ…私、最低な事を…蕾に…」
「…そうね、それがいいわ」

また少しうるんできた涙を拭って、ちょっと名残惜しいが、千華留様から離れる。

「私…行ってきます。蕾の悲しんでる姿はもう見たくないんです…」
「……夜々ちゃんは蕾ちゃんの事、大切にしてるのね」
「え!?や…そ、そういう意味じゃ…ッ!?」
「あら?私の勘違いかしらね、フフッ」

千華留様の意味深な言葉と笑顔を見て、ふと考える。
言われてみれば…あのセーターの件以来、光莉の事ばかり考えていた中の、所々に…蕾の事を考えることがあった。
正確に言えば、エトワール選が終わってから…だろうか。

─…あの子に会えば、何か分かる気がする。






千華留様に何度も何度もお礼を言って、私は御聖堂を後にした。

『謝りたい』から『会いたい』に気持ちが変わって行った事に気付いたのは、いつの間にか駆け足になってることに気付いたのと同時だった。


蕾、早く貴女に会いたい。


十五話・再会


まいったな…結構ダメージは大きいみたいだ。
誰も居ない真っ暗な教室で想いふける…なんて、ドラマや漫画のワンシーンにでもあるようなシチュエーションだ。
門限の時間はとっくに過ぎている。…まぁ、ちょっとはしたないけど門をよじ登る事も出来るし、シスターに見つかったら見つかったでそん時はそん時だし…と、深くは考えなかった。


自然と、涙は止まっていた。
結局、私は何も夜々先輩に残せないし、何もしてやれなかった。

─…人を愛した事が無い、か。

すごく胸は苦しいはずなのに。
心は痛んでいるのに。
渇いた笑いしか出てこないのは何故だろう。

閉ざされていたカーテンを開け、外を見る。
何も、ない。どことなく自分に似ているような気がした。





「…このまま、夜々先輩ともう話したり出来ないのかなぁ…」
「それは無いから安心しなさい」


独り言のつもりが、まさか返事が返ってくるとは思わなかった。

そして、『また』背後から誰かに抱きしめられた。
─だけど、あの時とは決定的に違う、私の心音。

「や、夜々せっ…!!」
「シッ!……ったく、落ち込んでるなら部屋とかに居なさいよ…探したじゃない」

大声を上げる前に、夜々先輩の手によって口を塞がれた。

何?何で夜々先輩がここに!?
探してたって…っていうか、何でこんな近くに…ッ?抱きしめられてる!?
あまりに突然すぎて、聞きたい事は沢山あるけど、口を塞がれているので、声が出ない。

仕方なく、夜々先輩の言葉を待つことにした。
心臓はドキドキしたままだ。
やっぱり、あの時─…千華留様とは違う。

私の顔は見せられない程真っ赤だろうし、心拍数がヤバイ。

夜々先輩らしい香水の匂いが微かにして、とても温かくて。
私の好きな─…愛している、人だ。


「…はぁ…走って探したんだから…ちょっと、休ませなさい」


やっと見つけた、と一言呟いた夜々先輩。
私は、未だにまだ今の状況が理解出来なかった。


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