天高く馬肥ゆる秋。等と評される秋の過ごしやすい日々も終わりを告げた11月。
最初の週は3連休。11月は連休が多い。この時期は、場所、年代問わず学園祭のシーズン。ご多分に漏れずここ桜才学園も学園祭を迎えた。
2学期は体育祭、学園祭と2つの行事を抱え、それらの企画、運営全てを担った生徒会の面々も本日、めでたくその集大成を迎える。
それでも翌年の為、展示、運営、記録の改善、見回り等を主とした仕事は依然として残っている。
そして、同時に歴代生徒会に脈々と受け継がれてきた恒例行事も。
それらすべてを終え、撤去作業の確認、終了をもって、生徒会役員の2学期の仕事は終わりを告げる。
やっと生徒会から解放されて学生としての生活を謳歌出来る短い季節の始まり。
季節の始まりは、一人の少女の揺れ動く思いと共にやって来たのだった。

〜PROLOGUE〜出会い

「本日はお招きいただきありがとうございます。」
慇懃に頭を下げる1人の人物。本日彼を含め数名が桜才学園生徒会より招待された。
桜才学園は伝統として毎年、近隣の高校の生徒会を文化祭に招待し、案内、意見交換を行う。
毎年近隣より1校を選び招待するのだが、今回は共学化して初の文化祭ということもあり、長年共学の中ですごい盛り上がりを見せる文化祭を行う公立の英稜高校が選出された。
「英稜高校生徒会長の小久保マサヒコと申します。本日はよろしくお願いします。」
丁寧な挨拶でもって、相手に気を配りながら自己紹介を終える生徒会長。その後、招待された側の生徒会役員は次々に挨拶を終えていく。
「ご丁寧に挨拶いただきましてありがとうございます。私が桜才学園生徒会長の天草シノと申します。」
それに応え天草シノが自己紹介を交えながら頭を下げる。普段見てる中でここまで畏まった会長なんか見たことないよ。
そんな事を考える副会長が次は自分の番か。なんて考えながら決まり切ったかのような挨拶を口にする。
「副会長の津田タカトシと言います、本日はよろしくお願いします。」
丁寧に頭を下げる。今までここまで気を使いながら行った生徒会行事があっただろうかといわんばかりに。
「書記の七条アリアと申します。よろしくお願いします。」
こちらは財閥の娘。同じ言葉を口にしたにも関わらず、そこに溢れる気品は格が違う。
普段からし慣れているということが安易に読み取れるというもの。
「桜才学園1年生徒会会計。萩村スズです。よろしくお願いします。」
そしてトリを務めた少女はどこか尊大に宣う。最後こそ丁寧語を使ったが、その言葉はどこか尊大。
わざわざ言うまでもない学園名と学年まで付け足し、その態度。そして、その体躯。どこかおかしな印象を受ける。
体系にコンプレックスを持つ彼女としてはどうしても必要なことだった。
小学生かと見間違う見た目でもってしては仕方のないことだったのだ。そこには微塵も悪気など存在しない。
そして狙い通りこの自己紹介で彼女は今まで自らに必ず向けられていた疑問の言葉の封じ込めに成功する。
彼女の自己紹介の後で「何で子供が?」なんて言葉を言うものは誰1人存在しない。
こうして全員が挨拶を終え、2校の生徒会の面々は文化祭の喧騒へと紛れていく。

……………………………………

「うーん、やっぱり女生徒ばかりですね。」
談笑しながら、英稜生徒会長小久保マサヒコは声をあげる。今年からの共学化では致し方ないと言って良いところだろう。
BGMでは今話題の曲がかかり、そこかしこで客引きの声が飛び交う。パンフレットに載ってる項目も、飲食が5割、発表系が5割。他校との大きな相違点など微塵も見当たらない中で強いて違いをあげるとしたら、この1点に他ならない。
「まぁ、それは仕方がないです。どうですか?何か気になる出し物とかありますか?」
そんなマサヒコの呟きに今度は桜才学園生徒会長のシノが尋ねる。
「うーん、強いては無いですよ。このままあちこち案内していただければ助かります。」
人の良い笑顔を貼り付けながらマサヒコは応える。文化祭などはどこへ出向こうと大差など無いのを彼は熟知している。
「あれ〜?マサヒコくん?」
人混みの中に彼を見つけ、彼に声をかけてきた、大食い元家庭教師が当然のように両手に食べ物をぶら下げて歩いていることも込みで。
「アイ先生…やっぱりいましたか……」
「ん〜まぁねぇ〜。」
(食べ物で)頬を膨らます元恩師に仕事中だろうとちゃんと挨拶をすますマサヒコ。
誠実。それを地でいく男小久保マサヒコ。英稜高校での彼の人柄への支持者は実に多い。
その元恩師、濱中アイは1週早く行われるマサヒコの彼女が通う聖光女学院でもその姿は見かけたし、昨年の英稜の文化祭にも登場した。
この時期の文化祭各所を巡り、食べ歩く姿を頻繁に目撃される。濱中アイその人がいたところでマサヒコは驚かない。
むしろ、その後に挨拶に出てきたのは予想もしない人物だった。
「あらあら。随分とごあいさつねぇ。マサ。」
「中村先生?」
「アイに誘われてねぇ。なんでも近隣では1番御飯が美味しいらしいのよ。ココ。」
思わぬ登場ではあったがもっともらしい理由を聞かされてマサヒコは納得する。
アイの付添で登場したのは直接な家庭教師ではなかったものの、何度も勉強を教わった中村リョーコ。そして同時にマサヒコを女難な日々へと突き落した張本人でもある。
「しかし、久し振りに女子高の空気に触れに来たのに共学化しちゃったんだって?惜しいことしたねぇ。女の園ならマサもヤリたい放題だったのにね〜」
挨拶代わりの軽いジャブ。しかしながらこのくらい慣れてしまったマサヒコは軽くいなす。
「今日は招待されて見学で来てるので。それに文化祭なら普通に男子も混ざってると思いますよ。」
「う〜ん、それもそうか。聖光なんて文化祭は男子のが多いもんねぇ。ちょっかい出してくる奴らをよく相手してやったもんだわ。」
それは聖光に足を踏み込んだことのあるマサヒコにとっても周知の事実。女子校の敷居を堂々またげる文化祭の日は近隣高校の男子が集まる。
「もちろん夜の部でね。」
下品なことをのたまいながらカカカ等と豪快に笑うリョーコ。この連続攻撃をいなす術をまだマサヒコは知らない。
1度目を防ぐ術を身につけたマサヒコでもってしても結局中学時代となんら変わらない方向へと会話は流れてしまう。
「それよりも先輩屋上行きましょうよ〜。このジャンボパフェ食べたいんですけど。」
そんな2人のやり取りに横やりを入れたのがアイ。相変わらずの食い気である。
「はいはい。わかったわ。ってことだけどあんたもイク?」
なんか発音おかしくね?いやいやつっこんだら負け。そもそも、俺遊びに来たわけじゃないんだけど……等とマサヒコは思う。
それからちらりと桜才側の生徒会の面々をみやる。そこにはただそのやり取りを眺める他の面々の姿。
このリョーコからのお誘いは先ほどシノの問いかけに具体的な返事を返せなかったマサヒコにとって好都合だった。具体的な行き先、案内先がはからずも出来たわけなのだから。
「そうですね。具体的に行く場所があった方が実りはありそうですもんね。というわけで屋上を見物させてもらおうと思うんだけど、構いませんか?」
「はい、わかりました…」
そうして、具体性を示した英稜の生徒会長に、シノは従う。だが、顔は浮かない。よりにもよって、屋上は高所恐怖症のシノには1番苦手な場所。
そこを指定されてしまう災難に表情が曇る。桜才学園生徒会役員は当然それは知っているのだが、あいの手を入れるわけにはいかない。
それは伝統であり、ルールだから。
ただタカトシは会長大丈夫なのかな?などと心配する事のみしか出来ないのだった。

……………………………………

「うわ、これは…」
案内された屋上に一歩踏み込んだ瞬間にマサヒコは感嘆の声をあげる。
「屋台〜、ジャンボパフェ〜!!」等とそれは半天然でも年齢的にアウトな事を口走ったアイとはまるで違う。
桜才学園の屋上は見晴らしが良い。初めて足を踏み入れたものなら至極真っ当なマサヒコのリアクションだった。
そこからは市街地が見渡せ、その奥には市街地を囲むように連なる山々が見える。
そして、下を見渡せば、本日は文化祭。活気に溢れた校庭、中庭が見渡せる。
そこには今年共学化を果たしたような、体制の変化に翻弄されたような影は微塵も無い。
活気に溢れ、共に笑う。見事なまでにこの文化祭という空間を現している。
学園の主体は生徒達自身であって、彼ら彼女らの管理、学校の運営を行う大人達ではないということだろう。
そして、生徒たちの中心にいるのは生徒会役員。そして、その会長であるマサヒコ。
いやがおうにもここで見た風景に次週の自分達の文化祭の成功も誓わざるを得ない。
そう思い、ここに来る直接の契機となった恩師2人(今は人混みに紛れてしまったが)に感謝の念を抱かずにはいられなかった。
「ど、…どうです、か?」
初めて踏み入れた桜才学園の屋上からの眺めに心奪われていたマサヒコだったが突如シノよりかけられた言葉に周りへと意識を引き戻される。
マサヒコは声をかけられたシノの方へと視線、意識を向ける。
(震えてる?)
マサヒコの目に飛びこんできたのは高所恐怖症が故、身体を震わすシノの姿。
考えてみれば自分を思考の中から呼び戻したシノがかけてくれた一言の時点で違和感を覚えるべきだったとマサヒコは思う。
膝をガクガクと震えさせ、顔を赤く染めるシノの表情は尋常なものではない。その様子から、簡単にマサヒコはシノが無理をしていることが読み取れる。
「大丈夫?」
そこまで思考が至ればマサヒコの手は自然にシノの元へと伸びる。そこに下心など介在する余地などは一切ない。まずは目の前の彼女をどうにかせねばならないのだから。
シノの片腕を掴み自らの手で抱え込む。それだけでシノの顔には安堵と、幾分かの先ほどとは違う類の赤みがかかる。
その様子に周りでは驚く者、飽きれる者。それから羨ましがる者。リアクションは様々。
桜才学園の副会長津田タカトシは心をざわつかせる。その正体に気づきもしないまま。
それから、シノの親友として長い時間を共有してきた七条アリアも周りとは違った類の複雑な表情を浮かべる。
「無理をお願いしてしまって申し訳ありませんでした。次は体育館あたり、お願いしてもいいですか?」
周りのそんな様子など意に介さないようにマサヒコはシノに対して声をかける。
というより気にしてなどいられないのだ。現に今目の前の少女は幾分マシになったとは言え、この場所に恐怖しているのだから。
「あ…ええ、わかりました。」
マサヒコに言われシノは短く返すと足を踏み出す。それに合わせるようにマサヒコも歩きだす。
無論手はひいたままで。
生徒会の面々は屋上を後にする。

マサヒコのとった行動は恐怖に震えるシノに対して最善のものであったと思える。
しかしながらこの部分に関しては長い付き合いのあるものにとって直すべき部分であると言われて久しい。過去に何度もおまえは痛い目にあったのではないのかという言葉とともに。
それでもマサヒコが既に行動を起こしてしまった後では後の祭り。
「あーあ。またやってるわ、あいつ。少しは女心理解しなさいよ。ホントに今までの事あいつは学習したんかね?ツキ合うだけじゃ、女はよろこばないんだよ。」
いつの間にか人混みへと消えたはずのリョーコの呟きは空へ吸い込まれて消えた。

1章 恋心

「ふぅ…」
暗闇に光る携帯の画面をシノは見つめる。
メールの送信完了のメッセージが浮かぶ画面。恐らくはメールはちゃんと届くであろうと安堵する。
失礼の無いように一字一句シノにより吟味された文章は電波の海へと旅立つ。
あの日高所恐怖症で身体を震わせた自分の手を引き、精一杯の気遣いで接してくれたマサヒコ。
アドレスを交換し、以来マサヒコとの連絡のやり取りは続いている。
元来、シノには他に思い人がいる。年下の自らの右腕として良く気の利く副会長津田タカトシだ。
彼へと送るメールの気軽さや、ノリ、話題との差を考えるとかなりの開きのあるメールを送信したと思う。
先にシノが心惹かれたのはタカトシ。しかしながらこないだの一件でマサヒコにときめいたのも事実だ。
それからのメールでのやりとりでマサヒコの人となりを知り、心惹かれ始めている自分にシノは気付いている。
自分より年上の小久保マサヒコと接し、心惹かれてからは思う。
タカトシに向けるあれは、親愛の情であったのではないか。と。
ただ、自分を頼ってくる年下の彼を姉のように見守り、姉を思いやるような彼との関係が居心地良かっただけではないか。と。
自らが幼過ぎて本当の恋心など知らなかっただけではないのか。と。
それでは今、それでもタカトシに心惹かれ続ける自分は何者なのだ。と。
「わからない」
シノの呟きは暗闇の中に消えた。

………………………………

3連休も最終日の月曜日の夜。呼び出された喫茶店で中村リョーコは苛立っていた。また"あの男"はやらかしたのだ。しかも自分の目の前でだ。と。
マサヒコを女難の日々に突き落とした張本人。マサヒコ自身は寸分違わずそう思いこんでいる。
しかしながらリョーコに言わせれば違う。女心の解らないマサヒコに解らせてやりたかったのだ。
マサヒコ自身に悪気はないと思う。事実今まで他の女の子に手を出したことはない。
だからこそ、慎重になれと、声を大にして叫ばざるを得ないのだ。
今も良き相談役として昔の教え子達と等しく関係を結ぶ彼女にとって知ったこっちゃないとは行かないのだから。
マサヒコの彼女との交遊も例外ではない彼女は近々あるであろうという予測が立っていた喫茶店での呼び出しに応じた。
(それでもまぁ…)
マサヒコの彼女より呼び出された喫茶店。苛立つリョーコを余所に彼女は穏やか。事のいきさつをリョーコに問うて2、3思慮をまじわす。
中学時代よりも格段の進歩でもって人の話に耳を傾けるその姿は頼もしい。
(あいつにとっちゃ最高の相手だよ憎らしいほどに。)
マサヒコ自身に悪気が無いことを理解しているリョーコとしては、そんな彼を理解し、頼もしい姿を見せる彼女はちゃんと生涯添い遂げるだろうと確信できる。
残念ながら過去の出来事はマサヒコにとってなんらの肥やしにもならなかった。現にまたしてもマサヒコは繰り返したのだから。
皮肉にも肥やしにして成長したのは彼女の方。
昔の面影を残す顔立ちと、最近は成長著しい身体。出るとこは出て締まるところは締まった。
そして何より男の存在が彼女をここまでのものにしたのだろうと思えるセンス。
どの角度から見ても完璧なまでに美少女の仲間入りした姿で天野ミサキはリョーコの前に佇む。

………………………………


「津田、そういえば、今度の日曜は暇か?」
明けて火曜日。文化祭後の雑務の為集まった生徒会活動の終了間際、シノが声をかける。
「はぁ、まぁ…」
それに対し声をかけられた側津田タカトシは歯切れ悪くなんとなく返す。
「一緒に英稜高校の文化祭に行かないか?」
そんなタカトシなど意に介さないかの様にシノは続ける。
「アリアと萩村は用事があるそうだ。」
これは事実である。前もって2人には声をかけた結果断られた。本来は全員そろって行く予定ではあったものの結果的にシノとタカトシの2人で行くことになってしまった。
「か、勘違いするなよ…」
頬を染めながら宣うシノ。そんなシノの表情をいつものボケか…なんて受け取ったタカトシ。だから言う。
「勘違いなんてしませんよ。用事がないからお供いたします。」
ほんとは本音も少しだけシノには混ざっていて、タカトシなりに察してくれればなんて思いもあったのだが、そんな期待は脆くも崩れ去る。
それでも、結果的に承諾が得られたのだから良しとすることにする。
英稜高校に出向く理由。先週末の文化祭のお礼。あの後のメールでのマサヒコからの是非の言葉も背を押した。
マサヒコが気になっている身としては偶然会えたらなんて思っていることをシノは否定しない。
そして、結果的にタカトシと2人きり、デートのような形になって嬉しさを抱いている自分自身も。
優柔不断過ぎるかな?とシノは思う。それでも思春期の女の子としては一大事なのだ。
2人の間で揺れ動く自分の心に決着をつけて、自分の選んだ人と思い出の構築をしていく為には必要なこと。

そして迎えた週末。英稜高校文化祭初日は内部公開ということで部外者の立ち入りは一切禁止。
必然的にシノとタカトシは2日目に参加する事となる。予想以上の人の入りには2人とも苦笑せざるを得ない。
「すごい人ですね。さすが英稜高校だなぁ…それでも多すぎないですか?」
かなりの人数を抱えるマンモス校、県立英稜高校。当然のように毎年行われる文化祭は盛況で多くの人が訪れる。
その中には受験を控える中学生、OB、OG、ただ文化祭を楽しみに来る近隣住人。進路を違えた友人に会いに来る者。
それは多種多様に。もしかしたらタカトシと同じ中学だった者の姿もあるかもしれない。
しかしながらそれにしても人が多い。タカトシの疑問は当然のモノだった。
「なんでも芸能人が来るらしいぞ。」
タカトシの疑問にシノが答える。
「誰が来るんですか?」
「トリプルブッキングだ。なんでもコネらしいぞ。」
「マジですか?あれだけの人気のトリプルブッキングが来るのかぁ…仕方ありませんね。」
コネらしいというのは前もってシノがマサヒコから聞いた情報。それでも最近は人気が出て、チケットの入手が難しくなりつつあるトリプルブッキングがタダで見れるとあればこの人の入りも納得がいくというもの。
「うむ。そうだな。まぁ、良いじゃないか。今日は今日で我々も楽しむといこう。」
普段桜才の校内では滅多に見せない笑顔を見せながらそう言ったシノに手を引かれながら2人は人混みに紛れていく。

………………………………

「少し休みませんか?会長。」
そうして2人で幾つもの展示、出し物を回った後でタカトシが根をあげる。ほぼノンストップで回っていたのだから仕方のない部分と言える。
「なんだ、だらしない。」
そんなタカトシにシノが言う。シノとしてはまだまだ遊び足りない。そんな雰囲気。
「そろそろ何か食べましょうよ。」

それでもお構いなしにタカトシは提案する。
シノは思う。そういえば今の今まで展示系ばかりで飲食は1度も入っていない。それならばタカトシの言うことに一理はある。
「わかった。何か食べるとするか。」
そうして2人は入口で渡されたパンフレットを広げ覗き込んでいく。一つのパンフレットに顔を寄せて覗き込む2人は恋人同士のようではある。
しかしながら、シノの思う姉弟のような関係の気安さがとらせる距離感であるとの見解の方が適切な自然さだ。
「あれ?桜才学園の?」
その時、2人の背後から声がかかる。振り返った2人の背後には英稜高校生徒会長の小久保マサヒコの姿。
彼も生徒会の仕事がひと段落ついたのであろうか、傍らに女性を従えての登場である。
「どうも、先週はありがとうございました。約束通り参上いたしました。」
その姿を確認するや、シノは慇懃に頭を下げる。それにつられ自然とタカトシも。
「いやいや、そんな畏まらないでください。」
そんな2人にマサヒコは声をかける。どうぞ気楽に。と。
「ねぇ、マサちゃん……」
そんな風な流れになってしまえば自然と面識のないマサヒコの連れてきた女性が一人浮いてしまう。
居心地悪そうに彼女はマサヒコに自らの紹介を催促する。
「あぁ、悪いミサキ。こちら先週お世話になった、桜才学園生徒会の会長さんと副会長さん。」
「天草シノです。それからこちらが副会長の津田です。改めましてよろしくお願いします。」
タカトシの紹介までもを丁寧にシノが行う。それを受けて、今度はマサヒコが傍らに佇む女性を紹介する番。
「こちら、彼女の天野ミサキ。」
「天野です。よろしくお願いします。」
紹介されてミサキは頭を下げる。その紹介の最中シノの瞳に宿った色をタカトシは見逃さなかった。
その表情にタカトシは察する。会長はマサヒコの事が好きなのだろう。と。その事に思い至った後にざわついた自らの心は知らぬ振りをしてタカトシが言う。
「俺たちこれからご飯を食べに行くんですけど、良かったら一緒にどうですか?」
「実は俺達も喫茶店に行くところなので喜んでですよ。」
マサヒコが答える。
「それは、良かったです。実はパンフレットを見てもどこが良いかなんて決めあぐねていたので。ね、会長?」
どことなく元気の無くなってしまったシノに話を振るようにタカトシが言う。タカトシの頭脳プレーだった。

………………………………

「でね、カルナちゃんは普段から…」
「へぇ、そうなんですか、意外ですね。」
そうして、マサヒコとミサキが2人を連れてきたのが1件の喫茶店。すでに昨日の内部公開の時点で投票で一位を獲得したというお店。
高校の文化祭特有の切り貼りされた感の強い店内ではあるが、PRESENTED 料理部の文字は伊達ではなく、豊富なメニューと、しっかりと淹れ方にこだわった紅茶が来る者をもてなす。
着席した4人は料理の到着を待つ間会話に花を咲かせていく。
最初に花を添えたのは本日のゲストトリプルブッキングのメンバー如月カルナについて。
何を隠そうミサキはカルナとクラスメート。その事が今回の招待に影響した部分は大きい。
そんな彼女の学校での振る舞いについてから入り、話は盛り上がっていく。話の盛り上がりに伴いシノの表情は普段の色を取り戻していく。
「普段と言えば、うちの会長もすごいですよ。普段からボケを…」
「余計なことは言わなくていいぞ。」
話は逸れてシノの事に至った時、シノは前もってタカトシに釘をさす。
「それならば、津田だって、普段から、女子の比率の多さに鼻の下をのばしてばかりじゃないか。」
「いや、そんなこと…」
タカトシは積極的にシノに話を振る。シノの先ほどの陰ってしまった表情が気になってしまったから。

「…2人は付き合ってたりするの?」
そんな2人のやり取りを眺めていたミサキから疑問の声が飛ぶ。
「い、いや、付き合ってないですよ…無論ツキあっても…」
「いや、頬赤くして何言ってるんすか?」
ミサキの質問に赤くなりながらシノはしどろもどろ。そうして出かけた地の部分にタカトシがツッコミを入れる。
「あ、今、地の部分が…」
そう言ってミサキはくすくすと笑いだす。他方マサヒコは苦笑い。普段からエロボケに付き合わされる側のマサヒコとしては今のタカトシのツッコミの苦労がよくわかるから。
そんな4人での歓談も頼んだ物が届くと一時中断。どうしても食べ物を前にすると静かになってしまうのは悲しい男の習性。
そうして野郎連中が黙り込んでしまえばつられて女性陣も静かになるというもの。
完食する頃にはトリプルブッキングのライブの丁度始まるような時間。
「あ、そろそろ始まるんじゃないんですか?」
もちろんそれを把握していたタカトシは声をあげる。
「む、そうだな。」
シノもそれに同調する。
「…………………」
しかしながらそれに言葉が続く事はなかった。マサヒコとミサキはその後には続かない。
「その悪いんだけど、俺らは2人で他に回るとこあるから。」
マサヒコが言う。違和感。その類のものをタカトシとシノは確かに感じた。そしてそれは口をつぐんだミサキにも。
「2人だけで行っておいでよ。なんてったって今年の目玉だからね。」
2人の感じた違和感をスルーするようにマサヒコが言う。それ以上の追及は答えかねますよ。という態度で。
そんなマサヒコの態度にシノとタカトシは有無を発さず、従わざるを得なかった。そうして一つ二つ言葉をまじわした後、4人は席を立つ。
清算を済ませて、シノとタカトシは校庭へ、マサヒコとミサキは校内へと消える。
「そんな気にしなくてもいいのに…」
「良いんだよ、ミサキ。」
マサヒコとミサキに背を向け、歩きだしたシノとタカトシは2人がそんな会話をしていたのを確かに聞いた。

………………………………

タカトシとシノが校庭の特設ステージに付いてみるとそこには黒山の人だかりがあった。
今この場には英稜高校内すべての人間が集っているんではなかろうかというほどの人の量である。
さすがにこれにはシノをもってしてもげんなりとせざるをえない。いわんやタカトシをや。
それでも2人は別れ間際のマサヒコとミサキの様子が気になってしまう。何かわけありっぽい2人の様子が。
「なぁ、津田?」
「はい。」
「どうしたのだろうな?あの2人は?」
「さぁ、どうなんでしょうね?」
実際それ以外の答えの出しようはない。2人の間に何があったかなんて、タカトシにもシノにも知りようがないのだ。
「とりあえず、今は楽しみましょうよ。ほら、始まりますよ。」
それはわかっているのだが、それでも気になる。それはもうしょうがないことではあるのはタカトシも分かっている。
事実自分もそうなのだから。だからこそ注意をそらし、トリプルブッキングのライブを楽しもうとする。
「どうもこんにちは。トリプルブッキングでしゅ。」
「あ、噛んだ。」
出てくるなり挨拶で噛んだトリプルブッキングのメンバーに思わずタカトシは声をあげてしまう。
「あぁ、噛んだな。」
その呟きをあざとくも聞いていたのかシノが言葉を返す。その様子にタカトシは幾らか安堵する。
たくさんの人混みに紛れようとも確かに2人の声は聞こえるのだ。なんだかその事はタカトシには嬉しく思えた。

「どうもこんにちは。今日はお集りいただき誠にありがとうございます。」
そこにあいの手をいれるように最年少メンバーの有銘ユーリが登場。次々メンバーがあらわれてくる中で会場のボルテージは上がっていく。
「「「一曲目、行きます(しゅ)。」」」

3人の声を合図にトリプルブッキングのライブが幕を開ける。華やかなダンス、キャッチーな曲、ポップな歌詞。
途中のトークで漫才のような掛け合いを披露しながらライブは続く。会場を巻き込みながら1つのものを作り上げていく。
「次の曲はこないだ出したばかりのアルバムからでしゅ。」
ライブが進もうと一向に噛み癖の治らない飯田シホにタカトシとシノは同じタイミングで苦笑してしまう。
「噛むな!!」
ステージの上では最年長の先ほどマサヒコ達との会話でも話題に上がった如月カルナがツッコミを入れる。会場には爆笑の渦。これもトリプルブッキングの魅力の1つとして受けている。
「私たちにとって初めてのバラードです。歌詞にもこだわって作ってるので聞いてください。」
残ったメンバーの有銘ユーリが先を続ける。このテンポの良さがあるからシホの噛み癖で自然と入る漫才もグダグダにはならない。
「「「それでは聴いてください、…was」」」
3人が声を合わせると再び会場には音楽があふれていく。しっとりとした曲調に女の子の悲哀を書いた歌詞。
まだまだ幼さの残るユーリ、シホ、カルナの3人が歌うにはいささか背伸びしすぎている感は否めない。
それでも、この曲は人々の心を掴みこのたびのオリコンチャートアルバム部門でトリプルブッキングを上位に押し上げたほどの楽曲。
シングルカットさえ検討されているほどの名曲だ。会場は自然と喧騒から静寂へとシフトダウンしていく。
皆この曲に耳を傾け、中には共感からか涙を流す女性もいるほど。音楽と会場が一つになる。
「どうもありがとうございました。」
曲が終わり、最年長のカルナが頭を下げる。心なしか目には潤いが見受けられる。
この曲がカルナのために書かれたという事実を知るのは彼女達の所属事務所の社長のみ。
それでも彼女達は感ずいている。カルナのための曲であろうことに。曲と前後して綺麗になったカルナを見ているから。
レコーディングで、自分のパートを録り終えた後で涙を流すカルナを見ているから。それでも彼女達はその事を心に秘めこの曲を大切にしている。
「さ〜て、会場もしんみりしてきちゃったし、次は明るい曲行きます。」
そうしてシホの掛け声とともに会場にイントロが響く。宣言通りのアップテンポの曲。
不思議とこの繋ぎだけ、シホは噛まない。何度、どこでライブをしようとも。
「「「トリプルアイズ、聞いてください。」」」
彼女達の名をもじったデビュー曲が会場を包む。アップテンポの踊りだしたくなる曲調。ドタバタした歌詞。
良く彼女達を表現していると思う。この曲に乗せた天真爛漫さが世に認知されて、知名度が上がってからというものトリプルブッキングは茶の間の人気者となっていった。
それから数年が過ぎ、今こうして彼女達は押しも押されぬ人気でもって人を惹きつけ続けているのだから大したものである。

………………………………

「「「どうもありがとうございました。以上トリプルブッキングでし(しゅ)た!!!」」」
トリプルブッキングの挨拶が終わる。同時にこの一体感でもって英稜高校文化祭を盛り上げたライブは終わりを迎える。
残ったのはお祭りごとの最後に待つ寂静観。それほどまでに盛り上がりを見せたのだ。
まだ、文化祭は終わりを迎えていないにも関わらず、大半の者がその余韻に身を委ねる。
当然そのライブに身を委ねそのすべてを見届けたシノたちも例外では無い。
「なんだか、一挙に終わった感に似たものが押し寄せてきますね。」

ベンチにシノと2人並んで腰かけ、タカトシがシノに言葉をかける。
「あぁ。それほどトリプルブッキングのライブが良かったということだろう。」
シノが言う。そして続ける。
「来年はうちも誰か呼んだら面白いかもしれんな。」
負けたよ完膚なきまでに。そんな事を呟きながらシノはベンチに腰を深くかけなおし、身を委ねる。
もともと先週のお礼で来たのだから、そんな生徒会の事など考えずに楽しめば良いのになんてタカトシは思う。
「来年ですか…」
まだ今年からの生徒会役員のタカトシとしては、あまりピンとくる話ではない。そもそも、来年も生徒会役員をやってるかどうかさえ分からない。
「そう来年だな。ここでこうしていることが実りあるものとなるか否か。ふぅ、さて、どこか行こうか?」
そこまで言って、ようやくシノが腰をあげる。
もう日は傾きだしている時間ではあるもののまだ英稜高校の文化祭は終わりを迎えてはいない、残った時間ぎりぎりまで2人は英稜高校を練り歩く。

そうして過ごしたこの日1日は終わりを告げ、今は帰り道の最中。
「なぁ、津田?」
そんなに遠くないからと歩きでの英稜高校へのアクセスでもって、参列したため、帰りも当然徒歩である。夜道の賑いの中でシノが語りかける。
「はい。なんでしょう?」
「お前は自分に好意を寄せる人間に気付くことができるか?」
ただ、なんとなく。ほんとに何とは無しにシノが聞く。今日のタカトシの態度はシノをもってしてこの言葉を呟かせるほど自然体だった。
今日英稜高校でマサヒコと再開を果たした。だが、横には彼女がいた。その事は確かに引っ掛かったシノだったが、それよりも人の気も知らず自然体でいられたタカトシが気になったのだ。
「さぁ、正直気付かないかもしれません。」
正直にタカトシは答える。でも、その言葉はマサヒコに向けたものだろうなどと思いながら。
マサヒコが彼女を連れて現れたときのシノの表情をタカトシは知っているから。
「お前らしいな。」
その答えが女性の心の機微など一切察しないタカトシらしくてシノも思ったまま言葉を紡ぐ。
「でも、俺は応援しますよ会長の事。確かに元から彼女がいるって状態だと難しいでしょうけど諦める必要はないと思いますから。」
ほんとにタカトシらしい勘違いだとシノは思う。今はマサヒコの事など関係ないのに。なぜここで人の思いがマサヒコ一択であるかのような言い方をするのだろうと。
例えば、今自分が思われているなどとは考えないんだろうか?と。
まぁ、どちらにしろ答えを出すにはまだ時間がかかりそうだなともシノは思う。
タカトシが言ったとおりマサヒコが気にかかったままなのも事実だから。へんな所で鋭いな等と苦笑しながらも、中途半端なままで答え等出せない。それも事実だ。
「あ。もう別れ道ですね。」
シノにタカトシが声をかける。気づけばそこは津田家と天草家へと分岐する、件の曲がり角だ。
「それじゃ、自分こっちなんで。」
「あぁ」
タカトシの言葉に短くシノは返す。
「こんなこと俺が言うのも厚かましいんですが、俺は会長の事応援してますよ。頑張ってください。」
文化祭での表情。それから先ほどのやり取り。シノが幾ら心の中で否定しようとも、言葉にしてなければタカトシには伝わらない。
タカトシにしてみればこの思い込みが成り立つのに十分なファクターだったといえる。
見事なまでの勘違いっぷりでもって頑張れ等と宣うタカトシ。
別れ際の路地、誕生会の時とは違い信号は青のまま。確認してタカトシは歩きだす。
その足が振り返りシノを確認することなど無いままで。
「馬鹿。まるで私に気なんてありませんみたいな言い方じゃないか…」
シノも最後まで見届ける事はなく角を曲がる。
互いに背を向け合い歩み始めた2人の様子は、どこまでもすれ違う2人を現すかのようだった。

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