人には向き・不向きがある。
「人間皆平等」なんてのは人権上の思想であって、能力上の概念ではない。
絶対的な能力の限界、というものは確実にある。
無論、本人の努力や指導者の手腕によっては、その限界を超えるとまではいかなくとも、
ギリギリいっぱいまで発揮することも可能で、その結果、「向いてない人間」が「向いている人間」を負かすことだってある。
だがしかし、本来備えている「器の大きさ」を根本的に覆すのは、相当に困難なことであるのだ。


「無事、高総体も終わりましたね」
「ああ、参加した皆に大きな怪我がなくて何よりだった」
 窓から差し込む夕陽の光が、会話する二人の半身に落ち、くっきりとした明と暗を浮かび上がらせる。
場所は私立桜才学園高等部の生徒会室、
言葉を交わしているのは生徒会会長の天草シノと、副会長の津田タカトシである。
「三葉が柔道で優勝しましたし、知り合いに活躍した者がいると何だか自分まで誇らしい気持ちになりますね」
「トッキーも頑張って優勝したな。彼女もたいしたものだ」
 二人の手元には、お茶の湯呑みがある。
その中には、温かい緑茶が注がれている。
書記の七条アリアが淹れたもので、茶葉も彼女が実家から持って逸品だ。
暑さも厳しい近頃であるが、気持ちを落ち着け、リラックスさせるには、冷たいお茶より温かいお茶の方が良い。
「ケーキ、切れました」
「お、すまんな萩村」
 そこに、会計の萩村スズが皿にケーキを乗せて持ってきた。
たっぷりとクリームが詰まったロールケーキで、先年に学校の側に出来たケーキ屋の売れ筋商品だ。
行事帰りとは言え、本来なら「学生の買い食いは禁止」なる校則があり、
家庭からの持ち込みや学校での料理講習以外では、こういったものは校内では食べられない(もっとも、学生の希望で食堂のメニューに一時的にケーキが並んだことはあった)。
だがこれは、生徒会顧問の横島ナルコが特別に「おごるわよ」と生徒会の為に買ってくれたものであるので、校則の適用外である。
まあ、高総体で桜才の生徒達がそれなりに活躍もしたので、ささやかな祝賀会という扱いにしておけば良い話ではあった。
「横島先生の分は?」
「大丈夫、ちゃんととってあるわ」
 アリアが、スズと自分の分のお茶を持ってやってきた。
「紅茶じゃなくてごめんね、シノちゃん」
「何、きらしているのなら仕方がない。それに、ケーキと緑茶が合わないわけではないしな」
 シノ、タカトシ、アリア、スズが、それぞれのポジションにつく。
テーブルに対し、どの位置に座るかは、自然と決まっている。
ホワイトボードの前、所謂上座的な場所にシノ、
その右側にタカトシ、タカトシの向こう側にスズ、シノの左側にアリア、となる。
顧問の横島ナルコが座る場所は、こういうお茶会的な場合は大抵アリアの隣となる。
会議の際は、テーブルから離れて座ることが基本となっている。
ナルコ的には、「顧問として控えた位置に」という思いがあるのかもしれない。
ま、性格と所業は決して控えてたりしないわけだが。


「だが、皆の活躍を見ていると、なんだか私も滾ってくるな」
「敢えて聞きますが、ナニがですか」
 で、控えてないのはシノもまた同様である。
容姿端麗、学業優秀な彼女だが、言動が極端に「下方面」に偏りがちという欠点がある。
日頃の生徒会における些細な出来事でも、そちらに話題が行ってしまうのは、
彼女と、そして同じ欠点を抱えるアリアに因るところが大きい(無論、横島ナルコも)。
「決まっているだろう、血だ」
「ああ良かった、まともな答で」
 そして、それにツッコミという名の歯止めをかけるのは、タカトシとスズの仕事になっている。
ある意味、バランスの取れた生徒会と言えるかもしれない。
大幅なマイナスがギリギリなマイナスになる、程度の話ではあるが。
「シノちゃん、スポーツ得意だもんね」
「もし会長という立場でなければ、何かしらの運動部に所属していたかもしれないな」
 アリアが言ったように、シノはスポーツもよく出来る。
体育の授業では、時には運動部所属の生徒よりも良い成績を残すことがあるくらいだ。
「会長が運動部ですか……。何が一番あってますかね」
「剣道部とかどうですか? 桜才にはありませんけど」
 シノが剣道具をつけている姿を、タカトシとスズは想像した。
見た目は凛々しい彼女であるからして、かなり似合っているように二人には思える。
「剣道か……竿でビシバシと相手を叩くわけだな」
「間違ってませんけど間違ってますね、色々と」
「面にぶっかけて、そして思い切り突くわけだね」
「七条先輩も間違ってます」
 台無しである。
だが、これが、これこそが生徒会の日常。
タカトシとスズも、いい加減さすがに慣れた。
と言うか、慣れないとやってられない。
「柔道はどうですか? 実際、以前に助っ人として出たこともあるわけですし」
 スズが流れを断ち切るように、別の種目を挙げた。
出来るだけシノやアリアに話を引っ張らせないのが、下方面の二人のトークを遮るコツである。
「そうだな、寝技でこう、スーンっと」
「四十八手だね、シノちゃん」
「全国の柔道愛好家に謝って下さい」
 いつぞやも同じツッコミしたなー、とタカトシは思った。
コツを使っても、常に下トークをぶった切れるわけではない。
「だがしかし、トッキーはよく優勝出来たな。ドジっ娘なのに」
「本番に強いんでしょう。もともと空手も強いし、格闘技に対して素質があるんじゃないですか?」
 三葉ムツミはもともと今総体の有力選手であった。
何せ、自ら柔道部を立ち上げ、ほとんど素人同然の面子を率いながらインターハイに進出させてしまうくらいの猛者である。
一方のトッキーは半ば無理矢理部に加入させられ、それほど時間も経っていない。
いくら空手というベースがあるとはいえ、それでもいきなり優勝したのだから、彼女の持つポテンシャルの高さが伺い知れる。
「成る程、本番に強い……か」
「じゃあいざという時は一発着床オッケーだね」
「彼女がこの場にいたら怒りますよ」
 まあ、一見コワモテで不良っぽいが、進学校とされる桜才に合格し、
補習にもちゃんと出て、部活動や行事にもしっかりと参加している彼女である。
何だかんだで、根は素直で真面目なのだ。


「球技はどうですか?」
「球技というと、バレーボールやバスケットボール、ソフトボールやハンドボールか」
 はむ、とケーキをフォークで口に運びながら、スズの問いにシノは答えた。
いささか行儀が悪いが、これも、気を許せる仲間の前だから見せられる姿であろう。
「私は女だからな。タマの扱いにはあまり慣れていないんだが」
「そういう意味じゃねーんですよ」
「大丈夫よシノちゃん、どんな球技でも球を二つ使うスポーツは無いわ。一つだけなら女でもどうにかなると思うの」
「どういう理屈ですか」
「大きい球よりも小さい球の方がいいわよね。だって私達、常日頃からが弄くっているもの。小さい豆のような―――」
「はいストップして下さーい」
 ツッコミつつ、タカトシとスズは思った。
バレーにしてもバスケにしても、ソフトボールにしても、どのような球技のユニフォームでも、シノはそれなりに似合う気がする、と。
本人は少し残念だろうが、スレンダーな彼女には、どんなユニフォームでも合うっちゃ合うのだ。
一方、アリアはそうではない。
立派に女性として発達した身体の彼女だと、何だか卑猥に思えてしまう。
コスプレ的な意味で。
「サッカーとかどうですか?」
「サッカーか……。小学校の頃、男子に混じってやったことはある。まあさっき言ったように、慣れてるわけじゃないが」
「へえ」
「お前はずっと前に張り付いとけ、と言われたな。ゴールネットに向けて蹴ってればいい、とも言われた」
「……成る程」
 タカトシはサッカーの経験がある。
だから、シノが男子連にそう言われたことの真意がわかる。
子供のサッカーにおいては、誰もがフォワードでストライカーになりたがる。
キャ○テン翼や黄金の中盤世代の印象が強いから、皆がMFをやりたがるというのは、実は嘘である。
「ゴールを決めるのが一番カッコイイ」という子供の思考は基本、絶対なのだ(サッカーの本場たる欧州や南米では違うかもしれないが)。
その中で、男子から「前に居とけ」と言われたということは、それだけシノが「出来るヤツ」だったという証明であるのだ。
「さすがですね、会長」
「な、何だ津田。真顔で」
「いや、御立派です」
「そ、そ、それは嫌味か? 皮肉か? わ、私の胸はそれ程」
「そーいう意味で言ってねーです」
 ロールケーキの味が、タカトシにはがよくわからない。
美味いんだろうけど美味いのかな、という感じだ。
味覚にも影響を与えるシノのエロトーク、恐るべし。
それとも、タカトシの精神力が未だに未熟なのか。
「陸上競技はどうですか」
 スズがまた目先を変える。
先程からシノやアリアを遮っているようだが、やや口調が単調なのは、もしかしたら眠たいのかもしれない。
女性としての証が毎月来ているスズも、午睡を必要とするくらいに身体そのものは幼い。
本人には不満もあろうが、生理的な欲求には逆らえない。


「短距離よりかは長距離の方が良いな」
「どうしてですか」
「すぐにイクとはしたない女と思われるかもしれないだろう」
「何の話ですか」
「あ、だが短い期間で連続にイクというのもそれはそれで」
「ありだよね、シノちゃん」
「ねーよ」
 ツッコミながらタカトシは思った。
ここに横島ナルコと、妹の津田コトミがいなくて良かったと。
ナルコは高総体に参加した生徒の引率という立場でもあったので、現在校長に総体での結果を報告中。
自分で買ってきたケーキを食べられないのはさぞかし残念であろう(生徒会役員共は揃って良い子?ばかりだから、彼女の分まで食べないが)。
コトミはトッキーと一緒に帰っていった。
「トッキーの最後の技はまるで、満足に動かない右足の為に左足が秘めたる力を解放して―――」とかナントカ言いながら。
 横島ナルコもコトミも、かなりの下ネタファイターであるからして、
シノとアリアに絡むとさらに倍率ドンになり、タカトシとスズにかかる負担が増えてしまう。
「弓道とか」
「的のど真ん中を射抜くわけだな。ドピュッと」
「新体操」
「リボンにクラブに広い床、様々な表現が出来そうだ」
「ボート競技」
「カクわけか、一所懸命」
「バドミントン」
「羽根はもうつけているぞ」
「水泳……」
「ビショビショだな!」
 どないせえっちゅうねん。
タカトシは天を仰いだ。
頼みのスズは、すでにうつらうつらしている。
アリアは「うふふふふ」と微笑みを浮かべており、本格的にスイッチが入る直前といった感じである。


「……会長はスポーツに向いてないのかもしれませんね」
 タカトシは溜め息をつきつつ、言った。
こうなったら、多少強引でも、話を終息させねばならない。
もう少しすると横島ナルコが戻ってくる。
スズが半ば離脱した状況の今では、そうなると待っているのは三人の暴走のみである。
「何? そんな話はしていないぞ、君のアレが左向きか右向きかなんて」
「そーいうこと言ってんじゃねーんだよ」
「じゃああれね、スポーツするより剥いて弄って発散を」
「そーいう話でもねーんですよ」
 人には、向き不向きがあるものだ。
果たして、自分はツッコミに向いているのだろうか。
「人は剥いてしまえば、誰だって裸だー」
「裸だったらやることは一つね、シノちゃん」
「だが半剥きという状態も良いものだと思わないか、アリア」
「うんうん、どんなユニフォームでも、半脱ぎはそそるよね」
 自分の方にもたれかかってくる、小さく寝息をたてているスズをそっと手で支えつつ、タカトシは思った。
例え向いていたとしても、ツッコミで優劣つけるスポーツなんて世界の何処にも無いよな―――と。



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