「ふぅ、やれやれ。 小宮山センセは人使いが荒くて参っちまうよな…」
放課後すぐ。 城島シンジは、小宮山にシンジのクラスの明日の朝一番の授業に使う
教材を校舎4階の化学室へ持っていくように言われ、化学室の教壇に結構なボリュー
ムの教材を置いたところで、その物体に気づいた。
「ん? なんだあれ?」
教室の入り口近くにある机の上にポツンと置かれた赤い物体。
シンジは、その机に近寄り始めてすぐにその物体の正体に気づく。
「ケイタイか…」
忘れ物だろうか? 午前の授業で化学室を使った生徒のモノだろう…。
手に取り上げてみるが、電源は入っていない。 小笠原高校では建前では携帯電話
持込禁止…とは言うものの、今の世の中、携帯電話の爆発的普及により完全に禁止
できる筈も無く、授業中に使用しなければ殆ど黙認に近い状態になっている。
この携帯を忘れた生徒もさすがに授業中は電源は切っていた…と言うところか。
いくつかの可愛らしいアクセがぶら下がっているところからして、女子生徒の持ち物と
思われるそれを職員室に届ければ発見者であるシンジの役目は終わりだろう。
まあ、携帯が届けられれば忘れていった生徒は、多少説教されるだろうが、
どうせ届ける先は小宮山先生のところ。 彼女の性格からして、それほどひどい目に
あわせられると言うこともないだろうし…。
そう考え、シンジが携帯を手に教室を後にしようとしたところだった。


『♪〜』
「うを!?」
シンジの持つ携帯がいきなり短いメロディを発した。
「あれ?電源入ってなかったよな?」
フラップ式のその携帯を開いてみると、いつのまにか先ほどの黒一色の画面では無く、
待受け画像が画面に表示されている。
待受け画像は、小笠原高校の体育祭で撮ったモノなのだろうか、大勢の生徒をバック
に中心に2人の女子生徒が写っていた。 
「…? これ…」
待受け画像に写っている女子生徒はそれなりに可愛いのだが、それ以上にシンジが
気づいたのは二人の女子生徒の後ろに写っているのが自分の姿だと言うことだった。
撮られている本来の対象は二人の女子生徒なので画像の中心に写っている訳では
ないが、カズヤと二人で話している自分の立ち姿がハッキリと判る。
「うわ、オレと顔半分だけ見えるのは…カズヤか、これ…」
シンジがその画像をもっと良く確認しようと顔を近づけようとしたところ『カシャッ!』と
言う電子シャッター音が携帯から鳴り響く。
「うを!?」
さっきから一体なんなんだ、この携帯は。 シャッター音がしたということは今の状況が
撮影されたと言う事で、液晶画面の上にもつけられた小さなレンズからして画像を良く
見ようとした今の自分が撮影された可能性もある。
それはいくらなんでもマズイ。 悪戯されたと思われてしまう。 と、今撮影された画像を
消去すべくシンジは携帯を操作してみるが、暗証番号を要求されており、そんなものを
知るはずも無いシンジの操作にその携帯は、ウンともスンとも言わないではないか。
「おいおい…、操作ロックモードじゃん。 んじゃさっきのはどうやって動いたんだよ…」


(あぅうううぅ…)
小笠原高校の階段を小走りに上がっていく叶ミホは、軽いパニックに陥っていた。
(携帯…携帯忘れちゃったよぉ…)
先ほどの本日最後の化学の授業で化学室に携帯を持っていったのだが、友達との待ち
合わせがあったため、バタバタしていてうっかり机の上に置きっぱなしになってしまった
のだ。
もちろんミホが授業中に携帯の電源を入れっぱなしにしておく訳も無く、操作ロックモード
にしてあるので、データなどを見ることは出来ないはずだが万が一と言うこともある。
待受け画像はシンジの画像なのだが、体育祭の時、ミホの友達二人にカモフラージュし
てもらって撮った小さなシンジの画像なので一見シンジがターゲットになっているとは判
らない筈だ。
また、あの携帯にはミホの大好きな城島シンジの画像が大量に保存されているのだ。
シンジの画像と言ってもミホの性格からしてシンジの大きな画像をゲットしている、という
事は無く、小さな姿のモノばかりであるが、それでもミホにとっては大事なモノに違いは
無い。
それだけではない。 あの携帯は中学生の時、携帯もPHSも両親から「中学生には必要
ない」と言われていたミホが、小笠原高校に入学したお祝いに両親の許しが出て初めて
手に入れた携帯電話だった。 購入代金も毎月の通話通信料もバイトして自分で払って
いるモノだ。



当然、ミホにとっては愛着のある携帯であり、毎日毎日綺麗に磨いて、可愛いアクセサ
リーも付けているその携帯は型落ちになってしまったが『シンちゃん』などと他人には絶
対に言えない名前をつけて、まるで恋人のように扱っているのだ。
友達から『ミホも一緒に最新のケータイにしようよー。 それってもう古くない?』
と言われても『まだまだ大丈夫だもん!』と、今の世の中、次々と最新の携帯に買い換え
るのが流行のようだが、この携帯は自分にとって最初の携帯だし、、大事にしてあげよう
と思っている。
そんなミホも化学室の入口まで来たところで一安心と言うところだったが、教室の中を
覗き込んだ瞬間、頭の中が真白になった。
(教室の中に誰かいる!)
しかもその人物は自分が先ほど座っていた場所でなにやらゴソゴソやっている…と言
うか、どう見てもその手に持っているのは自分の携帯ではないか。

「だっ! だめぇええぇぇ〜!!」
ミホは思わずその人物に駆け寄り自分の携帯を取り戻そうとした。 いや、両手を前に
突き出したまま、その人物に向かっていったところからすると、その人物を突き倒して
携帯を奪い返そうとしたのかもしれない。
ミホの両の手が見事その人物を突き倒そうとしたその瞬間、その人物がこちらに向き
直ろうとして、ミホから見て半身になったので、肩幅くらいに開いていたミホの両手は
その人物の肩をすり抜け、代わりに自分の体そのものを肉弾として突き倒す形になった。



「うわっ!」
「きゃぁあっ」
二人の悲鳴に重なり化学室に響きあう派手な転倒音。
「いててて…なんなんだ一体…」
「あぅぅ…」
ミホがその人物の上に甘えて抱きつくかのような体勢になっているのに気づいたのは、
たっぷり5秒も経ったころだろうか。
そして目の前にいる人物がシンジだったことに気づいた瞬間、完全にミホの冷静さは
消し飛んでしまった。
「きゃああああぁ! じ、じょーじま先輩っ!?☆¥♯$」
慌てているミホは抱きついているかのような自分の体をシンジから離すことも出来ず、
逆にシンジの体に巻きついている腕に力が入ってしまっている。
「あ…あの…腕、極まってる…ギブ、ギブ!」
シンジの息も絶え絶えな声に、多少我に帰ったミホが慌てて上半身をシンジの体から
離す。 と言うか、腕を支えにしているだけなのでまるでシンジを押し倒しているかの
ような体勢な訳で。



「先輩っ! そ、その携帯…」
「ああ、これ、キミの携帯なんだ」
自分の体の下から聞こえてくるシンジの優しそうな声。 突き飛ばされて押し倒されて
いると言うのに怒っているような感じも無い。
「すっ、すいませんっ! 突き飛ばしちゃったりして」
「いや、こっちこそゴメンな。 これ…職員室に届けようかと思ったんだけど…。 って
言うよりオレの名前…?」
先ほど自分の名前を呼ばれたことを忘れていなかったシンジの問いに、ミホの頭の中は
またもやオーバーフローを迎えてしまう。
「ちっ、違うんですっ! そそそその、そう!2組の城島さんのお兄さんですよねっ!!!」
「ああ、カナミの知り合いなのかな」
「い、いいいいやっ! 知り合いって言うか…その…」
ミホの肩先からシャンプーのCMに出てくるかの様に零れ落ちた髪の毛がシンジの顔に
触れる。 もうミホの顔は真っ赤で、これが冬であれば頭の先から湯気が出てるのが
見えそうである。
「ちょっと体勢がまだ危ないから、一回落ち着いて体を離そうか」
やっと自分達の取っている体勢に気づいたミホは、シンジの体から自分のようやく体を
離したが、まだちょっと放心状態で床にペタリと座り込んでいるような感じである。



シンジは自分の体に乗っかっていた女の子が離れたのを見計らって、体を起こし自分も
床に座り込む体勢を取る。
先程の状態は正直ヤバかった。 こんな可愛いコに圧し掛かられ、ちょっと甘い匂いが
する髪の毛がさらりと自分に零れ落ちきて、顔面を心地よくくすぐり、下半身は密着して
いる状態だし、なんかこの娘、カナミと違ってすげー柔らかいしで(イヤ、カナミだって年
相応の女の子特有の柔らかさがあるのだが)、いつも無意味に元気な自分の分身が
自己主張を始めてしまうところだった。

ミホと体が離れ、シンジが改めてこの娘を見てみると、どこかで見覚えのあるような…、
と言う娘だ。 なんか良く変な目つきで見られてたり、肩を当てられたりと変わった娘
でいつもテンパったような目をしていたような気がするが、今、自分の目の前にいる
その娘は、頬に紅が注して目を伏せるように自分を見つめている。
(あれ?この娘ってこんなに可愛い…と言うか、もしかして結構好みのタイプ?)
などと思い始めた。



シンジと体が離れたミホは、まだ少し放心状態ながらもシンジを見ようとするが、どうし
ても恥ずかしくて視線を向けられない。 多分、自分の顔は今、凄い赤いだろう。
城島先輩はこんな顔が赤くなっていて目線をあわせようとしない自分を見て、完全に
幻滅、いやそれどころか流石に怒ってしまうのではないかと、考え始めると悪い方
悪い方にと考えてしまう。
(そ、そうだ、しゅ、趣味の話をすれば!!! 少しは場が繋げるかもしれない!)

「さ、さっ、最近、アナルの方はどうですかっ!!?」

「」

あ、外した…。 これは外した。 いきなりアナル発言をする女子高生とか。
もう自分はダメです。 完全に城島先輩にビッチビチのアナル好き変態痴女子校生
で昼下がりの菊門弄り女と勘違いされたはず…。

「あ、あ、ぁ、ぁ…」
これはダメだ。 もう、弁解しようにも声が出てこない。



(妹よ、君の同級生は凄い可愛くて清純そうで、俺の好みなんですけど、いきなり
アナル発言とか、もしかしてギャップ萌えとかそういう人なんですかね?)
と、シンジは思ったが、この娘の体が小刻みに震えているのを見て声を掛けてみる。
もしかすると最近の女子高生はアナルとかに寛容なのかもしれない(なわけねー)。
「…えーと、俺の性癖はどうでも良いとして、なんかテンパっちゃってない?」

(さすが城島先輩! こんなアナル女にまだ、気を使って話しかけてくれてる!)
とミホは改めてシンジの優しさと言うか気遣いに感激したが、やはりまだ恥ずかしす
ぎて、シンジに謝るべき、ケイタイを拾ってくれたお礼を言うべきだと思うのだが、言葉
が出てこない。

結局ミホは、あうあうと言う様な声しか出せず、シンジの顔を目に焼き付けておこうと
したら睨み付けるような形になってしまい、そのまま何も言えずにケイタイを握り締め、
化学室を飛び出してしまった。
(あう〜、サイアクだよ〜。 絶対絶対城島先輩に嫌われちゃったよぉ)
そのまま、教室に帰りカバンを引っ手繰るように学校を出て待ち合わせをしていたこ
となど忘れてしまい、自宅に帰りベッドにうつ伏せになった。

一方、ミホに睨み付けられ話も出来ず、無言で化学室から出られてしまっったシンジ。
何がなんだか分からず、5分程度床に座ったままボケーっとしたが、
(あ〜、嫌われちゃったかな〜。 そりゃ自分のケイタイ覗き見してるように見えただろ
うし)
と、制服の尻部分についた埃を両手で払いながら立ち上がり、教室から出ようとしたと
ころで、実は自分も持ち込んでいたケイタイがメールの着信を告げる音を鳴らした。


制服のまま、ベッドにうつ伏せになって寝てしまっていたミホが目を覚ますと、ベッド
サイドに放り投げられるような形になっていたケイタイにのメール着信ランプが点灯
しているのにまず気が付いた。
「あ、そうだ…約束すっぽかしちゃった…」
そういえば、半泣きになりながらベッドの上でまどろみ始めてしまった頃に、何回か
メールの着信があったような気がする。 明日は散々友達に責められそうだ。
明日の放課後にデザートでも奢って埋め合わせをしなければなどと考えつつ、
のろのろと起き上がりながらケイタイを開き、着信履歴を見てみる。

「え…? なんで?」
画面に表れた着信履歴の一番上、最新のメールの送り主は「じょーじませんぱい」
となっている。
「うそ…、ワタシ城島先輩の番号なんて登録してないはず…なのに」
もどかしくもケイタイのキーを押し、メールを開いてみる。



題名:Re:今日はゴメンなさい
『叶さん

こっちこそ今日はゴメン(汗
今度の土曜日なら予定ないしオッケーです

別にお礼とかお詫びとか大丈夫なんだけど(汗
楽しみにしてます』

と、ミホにとっては『????????????』としか思えない内容のメール。
ん?『Re:』って事は返信のはずだが、勿論メールをシンジに送った記憶などない。
今度は慌てて自分の送信履歴を見てみる。

(城島先輩へメールを送った履歴がある……だと…)
さっぱり訳が分からない。 そもそもシンジのメアドどころかケイタイ番号すら知ら
ないのだ。 なんとか妹のカナミとでも知りあって番号をゲットしたいと思っていた
のに。 とりあえず自分が送った(ことになっている)メールを見てみると。

題名:今日はゴメンなさい
『城島先輩へ
今日はホントーにすいませんでした。ごめんなさぃ(TT)
せっかく先輩にケイタイ拾ってもらったのに、恥ずかしくて
何も言わずに逃げちゃいました

もし、もし良かったら今度の土曜日空いてませんか?
映画のチケットがあるんです。 お礼と言うかお詫びと言うか、
一度ちゃんと会って直接お詫びしたいなっておもってます
お願いします』



「これ……、だれ…?」

全く身に覚えの無い自分の送信メール。
しかし返信を見ると、どうやら自分は今週の土曜日に城島先輩とお礼とお詫びがてら
映画を見に行く事になっている……。 信じられないながらもメール画面からケイタイの
ホーム画面に戻ってみると、待ちうけ画像も身に覚えのないシンジのドアップ画像に
切り替わっている。
「え?え!?何で? こんな写真持ってない」
画面に映るシンジはなかなかにキリッとしていて、格好が良い。 何時の間にやらこんな
格好いい先輩の写真がゲット出来ているとは…。
こんな人と土曜日に映画に…え? 城島先輩と映画?
(そっそっそっれってもしかして…ででっでっでっで…でぇと?)
どんどん顔が真っ赤になり、もう一度液晶画面に映るキリッとしたシンジの顔を見つめた
所でミホは鼻血を撒き散らしながらまたまたベッドに倒れこむ事になった。



家に帰り、自分の部屋に入りシンジはもう一度自分のケイタイを確認してみる。
なんか変な感じの出会いと言うか、きっかけだったが、なにやら今週の土曜日は
あんなに可愛い娘と映画に行ける様だ。 棚からボタ餅と言うか何と言うか。
数時間前、確かに自分の体の上にあった、あの娘の感触と言うか良い香りと言うか
そういうのを思い出してしまうと顔がニヤケてしまう。
と、ニヤケ顔でケイタイの画面を見ていたら、いきなりカメラのシャッター音が鳴り、
メールの送信を始めているではないか。
「うお!? ちょ、ちょっと待て。い、今の誰に送った!?」
メール画面には

to カナミ
題名:土曜日は
『デートすることになった! ひゃっほおおおおぉぉ!
 すっげー可愛い娘だし!!
 土曜はメシいらねーし!!!』
 添付ファイル45KB



シンジの顔がサッと青くなる。 もしかして今のニヤケ顔がこの文面と一緒に
カナミに送信されたんだろうか?
と思ったところで、後ろにある自分の部屋の扉がギギギギギギ…と
油を注し忘れたかのような禍々しい音を立て開いた。
シンジがこちらもゆっくり、ギギギギギ…と首を回すと扉のところに
カナミが恐ろしい…いや無表情な顔で立っている。

「お兄ちゃん…。 土曜日といわず、今週はゴハン…いらないね♪」
「い、イヤ、俺にも何がなんだかさっぱ…」
ここでカナミの顔に初めて怒りの表情が浮かび、
「お兄ちゃんのバカッッッ!!!!! 変態アナル魔人っ!」

まだ火曜日だと言うのに、シンジは身に覚えのないメールで、今週の食事の
心配をしなくてはいけない身となったのであった。

大事にしている機械は、その愛情に応え、主人にそっと(?)恩返しをしてくれると言う。
しかし、大事にしていても嫉妬に狂い、ヒステリーを起こしてしまう機械もあると言う。
そう言う、いたいけなケイタイもある、と言うお話。

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