「わあ、凄い人ですねえ」
「そうね」
「この辺りで一番大きなお祭りらしいんですって」
「わんわんわん」
 華やかな提灯にたくさんの露店、そして賑やかなお囃子。
どこから見ても紛うことなき“夏祭り”である。
「おいおい皆、先々行くんじゃない。迷子になるぞ」
「すいませーん」
「先にイクのは男に抱かれてる時だけにしときなさい」
「すいません、一緒に歩くと恥ずかしいので先に行っていいですか?」
 その夏祭りに遊びに来ているのだった。
私立雛菊女子高きくもじ寮のおなじみの面子が。

 一年生のハナ、三年生のヒカリとエレナ、寮母の叢雲、そして犬のプチ。
雛菊女子高等学校のきくもじ寮で暮らす四人と一匹である。
夏休みの最中だが、ヒカリとエレナは大学受験対策の夏季講習があるために寮に残っていたのだ。
じゃあハナはどうしているのかというと、これは単純に寮と実家がそんなに離れていないから。
「二年半寮で生活しているけど、このお祭りに来るのは初めてだわ」
「え、ヒカリ先輩、初めてなんですか?」
「そうよ」
「じゃあロストバージンですね、今日」
「……」
 雛菊女子は付近でも有名な進学校であり、校則も寮則もそれなりに厳しい。
門限以降の時間の生徒だけの外出は基本的に禁止なのだが、
今回は寮母の叢雲が同伴ということで特別に許可されたのだ。
最もこの寮母叢雲、禁煙のはずの寮内で堂々喫煙する、寮生の前で酒は飲む、
時にいかがわしい発言をかまして皆を困惑させる等々、よくお前寮母になれたなという人物であるからして、
ヒカリなどから見れば一緒に来たからと言ってまったく安心出来なかったりするわけだが。
「ハナちゃん、プチの手綱を離しちゃダメよ」
「はいっ」
「ハナにも首輪つけときゃいいんじゃない。エレナ、今持ってる?」
「ごめんなさい叢雲さん、今は残念ながら所持してなくて」
「素でそういう会話をしないでくれ、この人混みの中で」
「わんわんわん」
 ボケを飛ばしまくる叢雲とエレナ。
この二人、波長が合う上にとにかくエロ方面に知識が豊富なので、
ほったらかしとくとどんどん交わす言葉の内容がエスカレートしていってしまう。
ハナも基本ボケタイプであり、プチは何といってもただの犬。
自然、ヒカリがこの中でまとめ役というかストッパーになるのはいた仕方ないところなのだった。
「でもアレですね」
「なあに、ハナちゃん?」
「結構浴衣を着てくる人って多いんだなあ、と思って」
 ハナの言葉を受け、エレナとヒカリは周囲をぐるりと視線を走らせた。
成る程、彼女の言う通り、主に女性を中心に浴衣姿の人がかなり見受けれられる。

「日本の伝統文化だものね」
「お祭りに浴衣って当たり前なような気もしますけどね」
「でも確かにあんまり着た記憶がないわね、せいぜい旅館に泊まる時くらい?」
「ま、かくいう私らも浴衣姿だけどな」
 そう、四人はそれぞれに鮮やかな模様が入った浴衣を身に纏っていた。
ハナは白地に黄色い揚羽蝶、エレナは薄い青地に金魚と水草、ヒカリは桃地に撫子、叢雲は紺地に藤といった塩梅だ。
これは各自個人の持ち物ではなく、一式全て寮母の叢雲の物。
着付けから全て彼女が行い、髪型のセット、さらには下駄や帯の色も浴衣に合わせて選ぶという結構な凝りようだった。
こういうのをさらっとこなす辺り、なかなか叢雲は侮れない女なのだが、
普段が普段だけにあまり尊敬されないのが悲しいところではあった。
「でも叢雲さん、何で四着も浴衣を持ってるんですか?」
「んー? まだまだあるわよ、部屋っつーか押入れに」
「へえ、叢雲さんって浴衣マニア?」
「どっちかって言うと私はメイド服マニアなんだけどな。いやまあ、前の寮母さんが辞める時に置いていったってワケ」
 きっと叢雲の前の寮母も、こうして寮生たちに浴衣を貸して、祭りに繰り出したりしていたのであろう。
きくもじ寮の微笑ましい伝統と言えなくもないかなと、叢雲の話を聞きつつヒカリは思った。
「浴衣もプレイとしては悪くないんだけど、浴衣イコール屋外でってなもんだから面倒なのよねぇ」
「適当な茂みを探すのに手間取るんですよね」
「見つけても先客がいたりな」
「寮母と寮生の会話と思えん」
 叢雲が色々経験豊富なのは承知しているが、さてエレナは本当のところはどうなのか。
きくもじ寮には一年の頃から一緒にいるが、
実家に帰っている時は知らずもこっちでは彼女に男の影を感じたことはない。
となると、中学時代によっぽど経験を積んできていることになる。
親友ながら、その辺りをどう突っ込んで聞いていいものやら、ちょっと怖い処女のヒカリである。
「しかし夏だけに汗が鬱陶しくて」
「べとべとになるんですよね、それで草とか貼りついちゃって」
「それと蚊がな」
「虫よけスプレー必須ですね」
「浴衣はパンツはかない時もあるし、一度太股の付け根を噛まれてなー」
「今日は女の子だけですから普通にはいてますけど、男の人と一緒だとはかない方が喜んでくれますよね」
「もうそろそろ二人ともやめにしてくれないか
 テープにでも起こせばその筋に高値で売れそうな会話だが、
実際側で聞いているヒカリにしてみればたまったものではない。
なおさっきからハナがまったくの無言になっているが、
これは話についていけないのではなくて綿菓子を舐めるのに必死になっているからである。
鼻の頭に綿菓子をぽつんと一欠片くっつけている辺り、なかなかこの娘は天然の萌え要素を持っているのかもしれない。
「で、結局部屋に戻ってすることになったり」
「お殿様プレイは絶対ですよね」
「ああ、帯を引っ張ってくるくるくるー、ね」
「はい」
「あれさぁ、一度本気で目を回して倒れて吐いた覚えが」
「あらあら、大丈夫だったんですか?」
「んー、出して気持ち悪くなったけど、すぐに出されて気持ちよくなったし」
「ストップです! 祭りを楽しんで下さい!」

 ここいらが限界と見て、ヒカリは二人の間に割って入った。
このタイミング、きくもじ寮で暮らすうちに身についた“流れを読む力”のタマモノであろうか。
今後社会に出てそれがどれだけ活用出来るスキルかはわからないが。
「あー、金魚すくいだ」
 と、ここでようやく綿菓子を食べ終わったハナが輪に戻ってきた。
彼女が舐めていたのは普通サイズの綿菓子だったが、
も一つ上の大きさのビッグサイズ(100円増し)だったらあと五分以上はかかっていたことだろう。
「叢雲さん、やっていいですかあ?」
 目をキラキラと輝かせて叢雲にお願いするハナ。
プチを拾ってきた経緯もあることだし、この娘はどうやら“小さくて可愛らしいもの”に弱いらしい。
「ダメー」
「えーっ」
 叢雲、一刀両断。
口に咥えたタバコのせいか、言い方にあまり寮母としての威厳を感じ取れないのが残念なところではある。
「寮内ペット禁止だから」
「金魚もダメなんですか」
「立派なペットにあたる」
「もうすでにプチがいるじゃないんですかあ」
「金魚はバター舐めないでしょ」
 バター舐めるなら蛇でもトカゲでもはたまたノコギリエイやモリアオガエルでも許可するんだろうか、
とはヒカリは思っただけで言葉にはしなかった。
あまりにもバカバカしかったので。
「じゃ、じゃあウナギ釣りとかヤドカリ釣り、フナ釣り、タガメ釣り、カマキリ釣りもダメなんですか?」
「今どきそんな露店ないと思うけど」
「えー、実家の近くのお祭りじゃありましたよぉ」
「あんた、どこ出身だったっけ?」
「カラーひよこもありました」
「問題だろ……それ」
 ハナ、ヒカリ、エレナ、叢雲、そしてプチ。
まあ、こんな感じで何やかやと騒ぎつつ、祭りの奥へ奥へと進んでいくのだった。
「じゃ、じゃあ射的やりましょうよぉ、おもちゃ取りましょうおもちゃ」
「景品に大人のおもちゃとかあるかしら?」
「あるわけない」
「下着ならあるかもねー」
「わんわんわーん」
 四人と一匹、肩を並べて。



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