「きゃああ!ちょっと、アンタたち…なにするのよッ!」
「なにを?へへへ…イイコトに、決まってるだろ…」
「そうそう、とってもキモチイイことを、な」
「くっ…きゃああああああ!誰かああああ!!」
「ば〜か、デケエ声出したって、誰もこねーよ。ここの倉庫は俺たち水泳部しか使ってないしな」
「おまけにこんな時間だ…さあて、たっぷり楽しませてもらおうか…」
“むぎゅ”
男は、少女の豊かな胸に手を伸ばして握り潰すように荒々しく揉みはじめた。
「!や!やだ!」
「うるせえな…こんな、いやらしいカラダしてるから犯られるんだよ!」
「へへ…俺にも、触らさせてくれよ…もう、水泳の授業見てたときからたまんなかったんだぜ…」
「!アンタたち!こんなことして…いいと思ってんのッ!絶対後で先生に…」
「へへ…言いたきゃ、いくらでも言えよ…お前みたいなプライドのたけえ女が、豊田に言えんの?」
「そうそう。おれたちゃ未成年だからな…法律が、守ってくれんのよ。
女ひとり輪姦したぐらいなら、ネンショーも行かなくて済むって話だしな」
「!!!」
少女は慄然とした。この男たちは、本気だ。
「ちょっと!なに馬鹿なこと言ってるのよ!離しな…離しなさい!」
なんとか逃げようと暴れるが…羽交い締めにされたまま、どうしても男の両腕から逃れられない。
“ビリリィッ!”
もう一人の男が、セーラー服を引き裂いた。
「いやッ!いやだあ!」
「ひょ〜〜お、さすがはお嬢様、イイもん食ってるだけにこっちの育ちも最高だな…」
「痛ッ!抵抗すんなっつーの!…おい、いいからブラジャー、とっちまえよ」
「おいさ!この眺めも最高だけど…。学年の男子を釘付けにしてる、
若田部さんの生おっぱいを見せてもらうとするかね…」
§

“ぷちっ”
「おおお〜〜〜、すげえ!AVの女なんかメじゃねえな…でけえし、見事なもんだ…」
「や!見るな!馬鹿!」
「クソッ…後ろからじゃ良く見えねー!おい、こっちと代われよ!」
「待て待て、そのかわり初めに突っ込むのはお前にしてやっから…おっぱいは、俺にやらせてくれよ」
「!やだ!馬鹿ッ!こんなのやだッ!」
暴れ続けるアヤナだったが、頬に冷たいものがあたり―言葉を失った。
「いい加減、おとなしくして欲しいもんだな…そのキレイな顔を、切り刻んじまうぞ?」
「!」
「そうそう、俺らもね、若田部さんにはキレイなままでいて欲しいのよ…。
ちょっと我慢してくれるだけでいいわけ。それ以上は乱暴もしないし、ケガをさせるつもりもないのよ?
ただ俺たちを気持ち良くさせて欲しいわけ。若田部さんの、おっぱいとおまんこでね」
ヘラヘラと笑いながら、もう一人の男もナイフを取り出して、ぴたぴたとアヤナの胸にそれで触れた。
「…」
屈辱で震えながら、アヤナは考えていた。
冗談でこんなことをこの男たちが言っているのではないのは、わかっていた。
自分がとてつもなく危険な状態におかれているのも、わかっていた。
さきほどからの男たちの言葉からすれば、殺されることはないかもしれないが、
これ以上抵抗を続ければ容赦なく酷い傷を負わせられるのも確かだろう。
だが、それでも―アヤナが、アヤナである以上、その言葉に従うことは、絶対に出来なかった。
「へへ…大人しくなったじゃねえか…そうそう、頭の良い若田部さんなんだから、そうこなきゃな…」
アヤナが沈黙したのを彼女が恐怖に支配されたためと考えた男は、
下卑た笑顔をつくりながらアヤナの胸を揉みしだきはじめた。
「…殺せ」
アヤナは、顎をあげ、喉を突き出すと、ひとことそう言った。
「あ?」
§

「殺せ…そうじゃなかったら、あたしはここで舌を噛んで死んでやる」
「!な、なに馬鹿なことを…」
「いいから、殺せ。あたしは、お前らみたいな奴らに犯されるぐらいなら…死んでやる。
もしあたしを無理矢理強姦したとしても…その後お前らを、
どんな手を使ってでも殺してから自殺してやる。どっちにしても、もう生きる気はない。…殺せ!」
アヤナの目は、死んでいなかった。むしろ冷たいほどに乾いた―奇妙な、生命力を宿していた。
そんな彼女の迫力に、男たちは圧倒されていた。
「ばば、馬鹿なこと言ってら…フカシに決まってるぜ…」
「で…でも、中山。こいつ、マジっぽいぞ?」
「殺せ!」
憑かれたように、アヤナが声を張り上げたとき…。
“ガンガン!ガンガン!”
「若田部!若田部!大丈夫か?なにか…あったのか?」
「うええ?な、なんで?ここは誰にも…」
「クソ、誰かにばれてたのか…やべえぞ、杉山」
「豊田先生!こっちです!早く、早く鍵を!」
「うわ…マジい…先生まで呼んでやがる!」
「くそ…裏手だ!」
ふたりの男は、大慌てで逃げていった。
“バァン!”
扉が、蹴倒された。
「若田部ッ!大丈夫かッ!」
「アヤナちゃん!」
「こ…小久保君に…的山さん…う…うわああああん」
しばし呆然としていたが…やがてその場にへたりこみ、大声で泣き始めるアヤナ。
「いいから…すぐに、こっちだ、若田部!」
§

マサヒコはアヤナに自分の学生服をかけ、破れた衣服を隠して抱きかかえると急いでその場を去った。
(小久保君…こくぼくぅん…)
完全に緊張の糸が切れたのだろう、先ほどの倉庫内での毅然とした態度がウソのように、
アヤナはマサヒコの胸の中で泣きじゃくっていた。
「的山!体操服を用意して!俺は…新校舎の方に行って待ってるから!」
「う、うん、小久保君!」
「悪いな、若田部…さっきの豊田先生ってのは、ウソなんだ。あいつら戻ってこないとは思うけど、
この近くは危険だ。早く着替えて、それで職員室に残っている先生に話すんだ」
「ぐすっ…小久保君…どうして気付いたの?気付いて、くれたの?」
「図書室で的山と勉強してたんだけど、お前が杉山と中山のふたりと一緒にプールの方に行くのを
的山が見つけたんだ。あいつら、水泳部の中でも悪いって有名で…なんか胸騒ぎがしてさ」
「…杉山ってやつが、保健委員だったの…それで、先生が手伝って欲しいって言ってるって…」
「初めっからお前のことをねらってたんだな、アイツら…絶対、許さねえ…」
珍しく怒りに燃えた表情を見せるマサヒコ。と、体操着を手にリンコが現れた。
「こ、小久保君!持ってきたよ!じゃあ、どこで…」
「このすぐ近くの図書室なら誰もいないだろ、さっきお前が鍵閉めたし。
あそこで着替えるんだ、若田部。ケガとかしてるなら、薬もってくるぞ?」
「大丈夫…ぐす、大丈夫。ケガは…してないと思う…」
「じゃあ、的山。もし着替えるのに手助けがいるなら、お前頼むわ」
「わ、わかったよ!小久保君」
誰もいない図書室は、静かだった。一応見張りにつくと言ったマサヒコはドアの外にいた。
そして―アヤナとリンコは、向かい合って大粒の涙を流しあっていた。
「ぐすっ、怖かったんだよね?アヤナちゃん…ゴメンね、あたしたちがもっと早く…」
「だ、大丈夫…すん、ケガもないし…酷いことされたけど、服を破られただけだったから…」
「で、でも…アヤナちゃん…」
「ありがとう…本当に、ありがとう、的山さん…」
§

ふたりは泣きじゃくりながら、ぽつりぽつりと話をしはじめた。
「じゃ、じゃあ、レイプされそうになったけど、最後までは…大丈夫だったんだね?」
聞きづらそうに、そしてひどく辛そうな表情でリンコは言った。
「ウン…本当に、あと少し間に合わなかったら…うう…」
そしてまたも涙ぐむアヤナ。
「ゴメン…ゴメンね、アヤナちゃんが一番辛いのに…こんなこと聞いて…」
「…いいの。だって的山さんはあたしの恩人だもん…」
「でも…本当にスゴイのはね、小久保君だよ」
「え…」
「あたしが図書室でアヤナちゃんのこと見つけてね、窓越しに手を振ったのに気付いてくれなかったの。
でも小久保君、『若田部と一緒にいる奴ら…危ないぞ』ってすぐにピンときたみたいで…。
それでプールとか体育倉庫のあたりとか探し回って…本当に、絶対に、小久保君のおかげだよ」
「そうだったの…そうなの…うッ…ありがとう、的山さん、それに…小久保君…」
またも涙が止まらなくなるアヤナ。
£
「若田部…本当に大丈夫か?」
泣き腫らした目で姿を現したアヤナを見て、心配そうな表情のマサヒコ。
そしてそんな彼の表情を見て、アヤナは涙があふれ出てくるのを止められなかった。
「わ、若田部…」
「うッ…ごめんなさい…お願い、小久保君…今だけ…今だけでいいから…」
泣きじゃくりながら、アヤナはマサヒコに抱きついていた。しかし、リンコもマサヒコも
そんな彼女を慰める言葉すら見つからず、そのままその場に立ちつくすしかなかった。
「もう…歩けるか?若田部…」
「う。う…う、ウン」
「よし…それなら、職員室に行ってあの連中のことを…」
「…それは、止めて」
§

「え?おい、若田部!」
「…だって…そんなことしても…これ以上傷つくのはあたし…あたし…」
耐えられずに、またも涙ぐむアヤナ。
「…小久保君、あたしからもお願い。アヤナちゃんの気持ちも…考えてあげて」
「…わかった。けど、豊田先生がもし残ってたら…呼んできても、いいか?」
無言で、こくん、とアヤナはうなずいた。それを痛々しそうに見てマサヒコは、図書室を後にした。
「アヤナちゃん…小久保君は、アヤナちゃんのことを考えて…」
「わかってる…わかってるの…でも…」
残されたふたりの少女は、それ以上言葉を交わすことも出来ず―。
互いの肩を抱き合うようにして、その場で座り込むのだった。
£
「若田部!若田部!いったい…誰がこんなッ!」
しばらくして、担任の豊田が現れた。悄然としたアヤナの姿を見て、怒りを露わにして叫んだ。
「…隣のクラスの、杉山と中山です。アイツら、初めっから若田部のこと目をつけてて…」
「アイツらか…わかった。小久保と的山、お前たちは…若田部を送っていってやってくれ」
「はい。でも…先生、アイツらのことは…」
「タチの悪い連中だからな…証拠が無い、とか言って逃げようとするかもしれない。
今から証拠の品を揃えておく。水泳部の倉庫には、多分まだ若田部の服が残ってるだろう。
それに、お前らもいるし…向こうの担任の小池先生がどう出るかだが…俺は、絶対に許さないつもりだ」
「せんせい…先生、ありがとう…」
「いいから、若田部。一番傷ついてるのはお前だ。今から、帰れるか?」
目を赤くしながら、小さくうなずくアヤナ。マサヒコと豊田は視線を合わせた。
「頼むぞ、小久保…それに的山」
「はい、先生…あとは、お願いします」
アヤナのことを肩で支えるようにして―リンコとマサヒコは、彼女を抱き起こした。
「あとは…先生に、任せよう…俺たちが…俺と、的山がついてる。行こう、若田部」
§

フラフラとした足取りながら…リンコとマサヒコに支えられながら…アヤナは帰路についた。
わずか5分ほどの道のりだったが―三人とも、終始無言のままだった。
「アヤナ?どうしたのッ、アヤナ!」
アヤナ邸につき、呼び鈴を鳴らして現れたアヤナママはアヤナの惨状を見て驚き、叫んだ。
「詳しいことは…いいから、お母さん…あたし…もう、疲れて…」
物憂げに、アヤナは答えるだけだった。
「でも…でも…」
「お願いします…お母さん、アヤナちゃんになにも聞かないでください」
「早く…ゆっくりと休め、若田部…それじゃあ、お願いします」
「あ…ありがとう、あなたたちは…確か…同じクラスの…」
「はい。的山と…小久保です。お母さん、彼女が自分から言い出すことができるまで、
そっと…そっとしておいてあげて下さい。きっと…若田部なら、自分で立ち直れるはずです」
「…」
「今日は…本当にありがとう…小久保君に、的山さん…それじゃ…」
「大丈夫か?俺はともかく…的山は一緒にいたほうが…」
「ううん…大丈夫。ひとりで…ひとりになりたいの」
「わかった。じゃあ…」
「また明日だよ!絶対!アヤナちゃん」
リンコは涙を流しながら、アヤナに言った。アヤナも、泣き笑いの表情でそれに答え、手を振った。
£
「先生!奴らになんの罰もない、お咎めなしってどういうことですか!!」
「おかしいです!そんなの!納得いきません!」
マサヒコとリンコは、血相を変えて豊田に迫っていた。対する豊田は―苦虫を噛み潰したような表情だ。
「俺だって…納得なんて、これっぽっちもいかん!だがな、小池先生は
『あたしのクラスの子がそんなことするわけありません!証拠もないでしょう!』
の一点張りで…教頭先生も事を荒立てたくないのが見え見えで…」
§

「で、でも…倉庫に残ってたはずの若田部の破られた服は…」
「…奴ら、あれから戻って全部持ち帰ってたみたいでな…あそこには、なにも残ってなかった」
「!でも…若田部は、今日学校を休んだんです!
先生だってあの若田部の姿を見たでしょう!俺らっていう証人だっているじゃないですか!」
「…俺もそれは言ったさ。でもな…とにかく、証拠もなければ、目撃者も同じクラスで仲の良い
お前たちじゃ信用できないって…そんな馬鹿な理屈を並べ立てて…クソッ、俺も…悔しいんだ!」
豊田は心底無念そうに叫ぶと、拳を机の上に叩きつけた。
普段は温和な自分たちの担任の、そんな姿に驚くマサヒコとリンコ。
今回の件を聞いたときから、豊田も嫌な予感はしていた。
40過ぎのベテラン女性教諭である小池は、とかく自分のメンツとクラスの生徒の進学率しか
頭に無いと同僚の間でも評判の人間であり、さらに悪いことに事なかれ主義のカタマリのような
教頭とは同じ大学出身でウマも合うらしく、常に職員会議でも同じ意見を押し通すことが多かった。
結局豊田の意見はほとんど通らぬまま…今回の事件は握り潰されたというのが実際のところだった。
「先生…先生も…悔しいんですね…」
「…ああ。こんなことをお前たちに言っちゃいけないのはわかってるが…それでも、悔しい」
「俺も…全然、納得できないし、悔しい…けど…」
「スマン、小久保…それに的山…」
「わかりました…納得はできないけど…とにかく、今日は…」
「先生は…豊田先生は悪くないよ…でも…やっぱり、あたしも…」
「スマン…本当に、スマン…」
£
ふたりが進路指導室から出て、自分たちの教室に戻ると―クラスの中が、妙にざわついていた。
なにか嫌な予感がしたマサヒコはミサキに尋ねた。
「ミサキ…なにか、あったのか?」
「あ。あの…マサ君…うんと…」
口ごもるミサキ。だが、その様子を見て確信に近いものをつかんだマサヒコはなおも詰め寄った。
§

「なにが…なにがあった?話してくれ、お願いだッ!ミサキ」
その迫力に圧倒されながらもミサキは、逆にマサヒコに問い返した。
「あの…若田部さんに…なにか、あったの?」
「…なんで?お前がそれを…」
「噂になってるの…隣のクラスの、中山君と杉山君が…あと少しだったとかって笑ってたって…」
「じゃあ…アイツら…得意げに吹聴してるってことか!!そうなのかッ、ミサキ!!!」
「う…あたしも…噂で聞いただけだからわからないけど…本当なの、マサ君?」
“ぶちっ”
マサヒコは、自分の中の神経が何本か切れる音を確かに聞いた。気がつくと、教室を飛び出していた。
「マサ君!どうしたの、マサ君!」
「小久保君!」
リンコとミサキの声も耳に入らなかった。ドアに体当たりするようにして隣の教室に入った。
一番後ろの席に―ふたりが、いた。下品な笑い顔で、同級生たちに話しかけていた。
「ん?なんだ…小久保かよ…へっ、いっつも女をはべらかしてるヘタレ野郎がなんの用…」
杉山の最後の言葉を聞かぬうちに、マサヒコは殴りかかっていた。
“ドグウッ!!”
「な、いきなりなにしやがる、この…」
いきなり右頬を殴られ、よろめく杉山だがマサヒコは隙を与えず腹に蹴りを入れる。
「げっ!…」
倒れ込む杉山。そのまま、馬乗りになって顔を乱打し続けた。
“バキッ!グシャ!”
見る間に杉山の顔が腫れ、出血しはじめた。周りの同級生は呆然とふたりの乱闘を見ていたが―
いち早くその中から中山が気付くと、後ろからマサヒコを羽交い締めにしようと襲いかかった。
“バキッ”
しかしその気配を察したマサヒコは振り向きざま、鬼の形相で拳を中山の顎に突き上げた。
「ぎゃ…ぎゃあああ!!!」
§

杉山から体を離して立ち上がると、ひるんだ中山の脳天にそのままマサヒコは頭突きを食らわした。
“ズ…ドン!”
「が…」
そのまま、中山は崩れ落ちた。再び振り返ると…寝転がって呻き声をあげている杉山の上に
またも馬乗りになり、顔面を殴打し続けた。
「が!げ!ぶッ!」
周りの生徒は、まるで映画を見ているような…悪夢を見ているような気持ちで乱闘を見ていた。
その中には当然マサヒコと一年や二年の頃同じクラスだった者も、友人だった者もいた。
マサヒコといえば温厚で優しくて…どちらかといえば覇気のない、間違っても喧嘩などしないタイプだと
誰もが思っていた。しかし目の前では間違いなくその小久保マサヒコという少年が、
修羅の表情のまま中山と杉山を殴り続けていた。
「小久保!もう…もう、止めろ!」
騒ぎを聞いて急いで豊田が駆けつけた頃には、マサヒコはクラスの男子に取り押さえられたものの、
杉山と中山は完全にその場でダウンした状態だった。
「小久保…なんで…なんで…」
「先生…ゴメンな…」
マサヒコはなぜか昨日のアヤナが最後に見せたのと同じ、泣き笑いの表情で豊田に答えた。
顔はわずかだが、鮮血に染まっていた。
£
「とにかく!あなたは自分がなにをしたのか、わかってるのっ!」
やせ気味の中年女性が目を三角につり上げ、金属音のような声をあげて叫んでいた。
例のベテラン女性教諭、小池女史その人である。
「まったく…いきなりなんの罪もない、杉山君と中山君に殴りかかってケガを負わせるなんて…。
してることは、ヤクザやギャングと同じじゃないですか!」
「…」
「…」
§

豊田とマサヒコは、ともに無言のままだ。ふたりのそのあまりの無表情ぶりを、
反省しているのか、それとも別のなにか感情を押し隠しているのか―。
いまだ計りかねたまま、しかし小池は続けた。
「まあ、昨日そちらのクラスの若田部さんと彼らの間にトラブルがあったらしいというのは聞いています。
それでも…あなたのした行為は、許されるはずがないですッ!受験生だという自覚があなたには…」
「小池先生は、知ってたんですね」
「え?」
「今、トラブルがあったって言いましたよね…本当は、知ってたんだろ?」
氷のように冷たい目をしたままマサヒコが口を開いた。その壮絶な視線に一瞬たじろぐ小池だが…。
そこはベテラン教師らしく、立ち直って反論する。
「それが先生に向かって言う言葉ですか!豊田先生はどういう指導を…」
「知ってたんですね?小池先生」
豊田も全く同じ冷たい―軽蔑するような視線を小池に向け、マサヒコとほぼ同じセリフを口にした。
「な…先生まで、なにを…だいたい、証拠が…」
「俺と、的山が見てます。それに豊田先生も。それ以上に…あいつらが得意げに吹いてたのを、
クラスの連中が何人も聞いてます。そして…若田部本人は、今も…今も、苦しんでます」
「それが、なんの証拠に…」
「あんたに…わかるのか?若田部の苦しみが…。ああ?わかんのか!!!!」
マサヒコは猛る感情を爆発させ、憤怒の表情で小池に迫った。完全に、小池は圧倒されていた。
「…」
「なあ?小池先生には…高校生の、娘さんがいるんだよな?」
「え…」
「その、娘さんが…レイプされたとしても、証拠が無いからあきらめろって言うのか?」
「!」
マサヒコの目は、凶暴な光を放って刺すように小池を見ていた。
答え次第では、なにが起きるともわからない―その目は、そう語っていた。
§

「関係ないでしょう、あたしのことはッ!第一、ほ、本人である、若田部さんはなにも言ってないじゃ…」
「被害者に…若田部に、あたしはレイプされかけましたって言えって言うのか?
そしたらお前らは、あいつらを罰してくれるって言うのか?答えろ…答えろよ!!!」
「もういい…もういいんだ、小久保…」
つかみかからんばかりに小池に迫るマサヒコの肩を、軽く抱くようにして豊田は首を横に振った。
「小池先生…小久保が、許されないことをしたのは俺が謝ります。先生に暴言を吐いたのも謝ります。
でもね、先生?俺も、小久保と同じ思いだと言うことを忘れないで下さいよ?」
豊田の目には、先ほどの軽蔑と同じくらい―いや、それ以上に激しく、静かな怒りの色があった。
同僚の教師とその教え子から同時に睨まれて、小池は力無くうなずきを返すしかなかった。
£
「ふう…しかし、さすがに二日も休むと、ヒマだな…」
マサヒコは、相変わらず散らかった部屋の中で呟いていた。
謹慎二日目の正午、一日中ゲームをするのにも飽き、ごろりとベッドの上で寝ころぶ。
結局学校側から言い渡されたのは三日間の謹慎。
「安心しろ…絶対に、内申書には書かないし、なんの影響も無いようにしとく。
こんなことしか、俺にはできないけどな…」
自嘲気味にマサヒコに耳打ちした豊田の表情を思い出していた。
「先生にも…わりいことしちゃったかな…」
謹慎処分を受けたのにもかかわらず、マサヒコママは平気な顔をしていた。
「ははは…あんたって、ちっちゃい頃から手もかからないし、男の子らしく喧嘩もしなくて、
いつ反抗期があったのか心配になるくらいだったけど…。やっと男の子らしくなったじゃない」
さすがは女傑にして漢、マサヒコママである。むしろマサヒコパパの方がおろおろしていたくらいだった。
ミサキは…後でなにがあったのかを聞いて、涙ながらにマサヒコに謝っていた。
「ゴメン…ゴメンね、マサ君、あたしが無神経なこと言っちゃったばっかりに…」
お前のせいじゃない、とマサヒコが何度言っても、ミサキは謝り続けていた。
そしてリンコは…。
§

「小久保君は、正義の味方だったんだもんね!良く、やったんだもんね!」
セリフこそいつもどおりの脳天気なものだが、こちらも涙を流しながらマサヒコの頭を撫でまわすのだった。
「…なあ的山、これってもしかして、良い子良い子してくれてんの?」
「ウン!偉いぞ、小久保君!」
表情だけはニコニコだが、リンコは泣きながらマサヒコの頭をいつまでも…いつまでも、撫でまわし続けた。
「にしても…ああ、暇だなあ…」
天井を見たまま、再び呟くマサヒコ。
目を閉じると、どうしてもアヤナの姿が思い起こされてしまい―身をよじった。
(若田部…今日は登校してんのかな…もう…立ち直れたのかな…にしても…)
マサヒコは、自分の拳を見た。軽く赤くなっていた。
(ははは…いてぇ…人を殴ると、自分も…痛いんだな…初めて、人を殴っちゃったな…)
そんなことを思いながら苦笑していると―。
“コンコン”
マサヒコの部屋のドアがノックされた。
(?…母さん?でもさっき買い物に行くって…)
訝しがりながら、マサヒコがドアを開けると、そこには…。
「な?え?な、中村先生!」
無言の中村が立っていた。マサヒコをじっと見つめると―、
“ボスッ”
一発、マサヒコの腹にパンチが飛んできた。
「ぐ…ぐふッ?な、なはむらせんせい?」
「ふふ…やるじゃん、マサ!」
突然満面の笑みを浮かべると、中村はマサヒコを抱き寄せた。
(へ?は>?ほ=|?)
痛みと疑問符で頭の中がいっぱいになるマサヒコ。
「聞いたぞ…セージから!この…男になったじゃん!コラ!偉いぞ、マサ!」
§

全力でマサヒコを抱きしめながら、バンバンとマサヒコの背中を叩きまくる中村。
彼女なりに褒めているのかもしれないが、マサヒコにとってはほとんど拷問である。
「へ…へんへい、お願いでふから…はらして…」
「あら…レイプ魔ふたりをのしたにしては、情けない声ねえ…ホントにあんたがやったの?」
「いひはら…離してくらはい…」
物足りなさそうに中村が手を離すと、マサヒコはその場にへたりこんだ。
「ま、それは冗談として…マジで良くやったぞ、マサ?」
「あ…はあ」
「正直さ、あんたが高校受かったとしてもあたしはここまで喜べなかったってぐらいだ…良くやった!」
(それって…俺の目の前で堂々と言っちゃっていいこと?)
心の中で冷静にツッこむマサヒコだが、当然なにも言えるわけがない。
「で…中村先生は、なんで…」
「ふふ…今回の英雄君がなにやってるかな〜って思ったら…案外、地味に過ごしてるのね」
「そりゃあ…謹慎中の身ですから…」
「ふ〜ん、そりゃあ、好都合だわ…」
「え?」
「あたしね、偶然今からアヤナんち行くつもりだったわけ。つきあいなさい」
「?!へ?」
「いいでしょうが。どうせ暇なんだろ、オラ、来い!」
「って先生?謹慎中ってことは外に出たらダメなわけで…」
「ふん。あんなクソみたいな連中の言うことなんて、聞くだけ馬鹿みたいでしょうが。
お母様の許可は取ってるから、いいから来るの、ほれ!」
強引にマサヒコを立たせ、手を引いて外へ連れ出す中村。
(しかし…俺の周りの年上の女の人ってのは母さんを含めて…いや筆頭に、なんでこうなんだ?)
中村にラチされるように連れられながら、マサヒコはそんなことを思っていた。
外には、豊田の愛車が止まっていた。そのまま、中村の運転でふたりはアヤナ邸へと向かった。
§

「ごめんくださーい…若田部さん、中村ですが…」
「あ…中村さん?さあ、どうぞ。あら?あなたは…小久保君、だったわね?」
「はい…お、お邪魔します」
現れたアヤナママは中村の後ろで決まり悪そうにしている少年を見つけ、目を細めて微笑んだあと…。
ふたりを家の中へと案内した。
(あのときは…気がつかなかったけど…)
アヤナとよく似た整った顔立ちをした女性だった。だが、今回の事件による心労のせいだろうか―、
自分の母親よりも、随分と年上のような…失礼を承知で言えば、老けた女性だという印象を
マサヒコは受けた。まあただ単に彼の母親があまりに若すぎるというのもあるのだが。
「本当に…今回は…小久保君と的山さんのお嬢さんにはなんて…なんてお礼を言ったらいいのか…」
小柄な体を精一杯折り曲げるようにして、お辞儀をするアヤナママ。マサヒコは慌ててそれを制した。
「そ…そんな!俺がもっと早く気付いていたら、若田部だってあんな目にあうことも…」
「いいえ…もしあなたたちがいなければ…あの娘はもっと手酷い傷を負っていたわ…。
それに…聞いたの。あなたが…犯人の子たちを。結局あなたまで…」
「あ…いや、怒られちゃって今は謹慎中の身ですよ。今日だって、学校にバレたらヤバイんですけど…」
顔を赤くして、マサヒコは答えた。
「ふふ、すいませんね、お母様。この子案外シャイで…それより、アヤナちゃんは…」
「…あの日以来ほとんど部屋の中に籠もりっきりで…ご飯のときも、
あの娘の部屋の前に置いておくしかなくて…私は…もう…もう、どうしたらいいのか……」
アヤナママはハンカチを取り出すと、目頭を押さえた。
「そうですか…お母様、昨日話したとおり多少荒療治になりますが良いですね?」
「はい…中村さんに、あの娘は一番心を開いていますから」
「…それでも、危ないかもしれません。アヤナちゃんなら、
自力で立ち直れるとも思ったんですが。予想以上に心の傷は深かったみたいですね」
マサヒコはふたりのやりとりを聞きながら、話を必死で整理しようとしていた。
アヤナがいまだ立ち直れぬままらしいというのは、理解できた。
中村が、そんな彼女のためになにかをしようとしている、というのもおぼろげながら予想できた。
§

それでも、この場になぜ自分がいなければならないのかという理由はさっぱりわからぬままだ。
(しかし…この人って…案外、如才がないって言うか…上手く立ち回れるんだよな…)
アヤナママと中村は引き続き真剣に話し合っていた。
このふたりがいつの間にか親しくなっていたというのは、彼にとって少々意外だった。
「よし…じゃあ、行こうかね…」
「え?行くって…」
そんな考え事をぼんやりとしていたマサヒコは、不意をつかれて訳もわからずに言った。
「ま…天の岩戸を開きに行くってとこね…」
そう言うと中村はふう、と一息ついて席を立った。
「じゃあ…お母様?あとは、あたしたちに任せて…」
「はい…お願いします」
心配そうな視線をふたりに送るアヤナママ。中村は深刻そうな表情のまま、
マサヒコを連れ立ってアヤナの部屋へと歩いていった。
「先生…どうするつもりなんですか?」
「ん…正直、策は無い」
「へ?って…さっき若田部のお母さんの前ではもっともらしく…」
「ま、あそこではあんな風に言ったけど…結局人間の心の傷なんて本人にしかわからないもんだしね。
偉そうなカウンセラーとか心理学者がいくらアホ面さらしてゴタク並べたって、
本人に会って話してみるしかないわけ。当たって砕けろってとこよ」
「…砕けちゃあ、ダメでしょう…」
いったい思慮深いのか、いい加減なのか…中村はやはり中村だとマサヒコは思った。
そんなこんなで、ふたりはアヤナの部屋のドアの前に着いた。
中村はコホン、と一回わざとらしく咳払いすると、コンコン、とノックした。
「アヤナ…あたし。中村だけど…話が、したいんだ…お節介だとは思うけど…」
「…」
当然のように、ドアの向こうからは沈黙が返ってきた。
しかし、その向こうに――アヤナの気配を確かに、マサヒコと中村のふたりは感じていた。
§

ずっとずっと…もっともっと 中篇

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