最終更新:ID:Pp1tQmDH2g 2008年06月07日(土) 21:55:43履歴
何でこんなことになっちゃってるんだろう。
私は、溜め息をつきながら、そう思った。
そんな気は全然なかったのに、誘う気はまったくゼロだったのに。
どうして、私はあんなことを言っちゃったのか。
「……ねえ、暇、あるなら……お茶でも、飲まない?」
言った後で激しく後悔した。
お茶でも飲まない? だって。
今更に、恥ずかしくて顔から火が出そう。
「……はあ」
だいたい、コイツが悪い。
私の目の前に、ひょこひょこと出てきたコイツが。
私は参考書を買いに来ただけなのよ。
駅前のデパートの中にある大きな書店の、一番奥にある学術書のコーナーに。
コイツがいそうにないところなのに、どうして、そこに突っ立っていたのか。
ホント、わけわかんない。
夏休みよ夏休み、こうやって偶然出会う確率ってどれくらいなのよ?
「ふう……」
「何だよ若田部、俺の顔じろじろ見て。何かついてるか?」
……ついてるわけないじゃない、バカ。
私の名前は若田部アヤナ、高校二年生。
そして、私の前の席でアイスコーヒーの氷をつついてる冴えない顔のヤツが、小久保マサヒコ。
中学時代の同級生で、一応友人ということになっている。
正確に言えば、友人の彼氏……になるのかな。
「さっきからお前、溜め息ばかりだな」
「……気のせいよ」
友人、天野ミサキ。
進学校である聖光女学院に通っている彼女は、私のライバルでもある。
中学時代、どんなに頑張っても、彼女よりテストで良い結果を残せなかった。
才能という言葉で片付けたくないし、努力が足りなかったとも思わない。
彼女の上を行くことは、私の人生の目標の一つでもある。
天野さん本人は、どうしても私と真っ向から勝負したくないみたいだけど、それはそれ、これはこれ。
こっちの勝手な都合ということは重々承知の上なこと。
子供っぽい意地だ、と他人に言われたこともあるけど、こればかりはどうしても譲れないのだ。
両親の事情で中学卒業後に一年間程渡米したため、結果的に通う学校が異なってしまい、
現状でテストごとに点数を競うということは出来ないのが歯痒い。
となれば、後は大学入試なんだけれど……。
「ねえ」
「ん?」
「天野さん……やっぱり、医大に行くつもりなの?」
「うーん? たぶんそうだと思うけど」
「何よ、たぶんって……あなた、彼女の彼氏なんでしょ?」
「や、だからと言って俺がアイツの進路希望をまるまる知ってるわけじゃないよ」
何よ、それ。
いつもあれだけくっついてるくせに、そういうところは案外わかってないんだから。
ホント……バカ。
自慢するつもりは毛頭ないけど、私の家は結構な資産持ち。
それで、両親も兄も、東大卒。
私も当然、東大を狙っている。
将来的に、法律関係の仕事をしたいと考えてるから、法学部を。
今のところ、模試では十分な合格判定が出ているので、
このまま気を抜かなければ、現役で進むことが出来ると思っている。
で、私が受かる可能性が高いってことは、天野さんもそうなんだってことなんだけど……。
「やっぱり、医者になるつもりなのかな……」
「そうだなあ、最初は看護士って言ってたけどな」
彼女のことだ、看護士より医師の方が偉いとか、社会的地位が上だとかじゃなくて、
単純により深くて専門的な道に進みたかったのだろう。
それはそれで、立派な志だと思うし、他人である私がケチをつけることでもない。
だけどやっぱり、心の奥で、すんなりと消化出来ないのも事実だったりする。
「天野さんなら、東大にだって行けるのに」
「ああ、かもしれないな」
かもしれない、じゃなくって確実なのよ、バカ。
名門進学校の聖光女学院で、学年中五指に入る学力の持ち主なんだから。
「……それで、さ」
「ん?」
「あなたも……天野さんと一緒に、医大を希望するの?」
「は?」
何よ、その鳩が豆鉄砲食らったような表情は。
そりゃ私だって、自分で何言ってるんだろと思わないでもないけど。
でも、ね……。
「俺の成績じゃ無理だよ、それに、その気もない」
「ふうん……」
「ああいう重たい仕事は、俺には向いてないよ」
重たい、って……。
社会に一度出たら、常に責任が付きまとう以上、重いも軽いも無いと思うんだけど。
「じゃ、あなたは何になりたいの? どこの大学のどこの学部へ行きたいの?」
「うーん……」
腕を組み、眉根を寄せて考え込む小久保君。
何かしらね、いつもはのほほんと生きてるようなくせして、
こういう時急に真面目な顔になっちゃんだから……まったく。
中学時代から、ホント変わらない。
「わからない、な」
「……何、それ」
「だからわかんないんだよ」
ああ、ホント変わってない。
ずっと同じ……バカ。
「強いて言うなら、何になりたいかを探すために、どこかの大学へ行く……かな」
「曖昧なのね」
「まあ、な。この時期に進路が見えてないって、情けない気も自分でするけどさ」
「……」
「でも、まだ焦る時じゃないかなって気もするんだよ」
笑顔で話す小久保君。
進路が見えてないって、それって、何も考えてないってことじゃないのかしら。
あれ、でもないのかな?
「正直、五年後や十年後の自分がどうなってるか、まったく想像出来ないんだ」
「未来の、自分……?」
「ああ。ええと、若田部は東大の法学部希望だったっけ?」
「う、うん」
「偉いよな」
「は?」
「だからさ……ちゃんと目標を持ってるミサキや若田部、そして的山は、偉いと思う、って」
……何言ってるのコイツ、こっ恥ずかしい。
偉いとかそういう問題じゃないでしょうが。
そんな?気なことを言ってる場合かしら、このバカ。
高校二年の夏ともなれば、受けたい大学、なりたい職業が朧げでも見えてきていいはずなのに。
「ミサキは医者、若田部は法律関係、的山はデザイナー……みんな、ちゃんと考えてる」
「……」
「中村先生だって濱中先生だって、何だかんだで働いて、自活してさ」
お姉さまはいつつば銀行に、濱中先生は中学校の教師に、それぞれ就職して、今も立派に働いている。
大人として社会人として職に就き、自らの力で生きている二人は、私も尊敬するところ。
「俺、まだわかんないんだよ。さっきも言ったように、焦る必要はないって思ってはいるけどさ」
「小久保君……」
「しっかりしてるミサキや若田部が、うらやましいよ」
「……」
卑怯だ。
絶対に卑怯だ。
ナニがナンでも卑怯だ。
そんな……そんな、憂いを帯びた顔をしちゃって。
柄じゃないのよ、そんなの、あなたの……。
「でも、ね」
「ん?」
あれ、私は……何を言おうとしてるんだろう。
何を彼に、喋ろうとしてるんだろう。
「焦る必要がないって、それってある意味余裕なんじゃない?」
「そう、かな?」
嫌味じゃない。
嫌味のつもりなんかじゃない。
そうじゃなくて、ああ、私は……。
「天野さん、でしょ?」
「え?」
「天野さんと、何の問題もなく、幸せにつきあえてるから……たぶん、焦らないのよ」
何、言ってるの、私?
何で、こんなこと言ってるの?
「一人じゃないから、天野さんが、あなたの側にいるから……」
「若田部……?」
「寂しくないからよ、だから、ヒトのことが偉いとか何とか……言えちゃうのよ」
ああ、おかしくなってる。
私、おかしくなってる。
いや、ずっとおかしかったのかもしれない。
今日、書店で彼に会った時から。
お茶に誘ってしまった時から。
「小久保君は……私、の……」
あ、いけない。
頬から上が、どんどん熱くなってくる。
何てことだろう、柄じゃないのは、彼じゃない。
小久保君じゃなくて、私だ。
そしてバカなのも、きっと私の方だ。
天野さんとの勝負とか、大切なものがあるけど、
それよりも、私にとって大切なのは……。
「さよなら」
「ああ、じゃあ……な」
喫茶店から出ると、私は小久保君に背を向けて、足早に歩き出した。
赤くなった目を、火照った顔を、じっと見られたくなかったから。
「……」
肩越しにちょっとだけ、彼の方を振り向いてみた。
まだ、彼は喫茶店のドアの前に立っている。
そして、心配するような、不思議なものを見たような顔で、私に視線を送っている。
「……バカ」
そうだ、やっぱり、彼もバカだ。
ついさっき、私は決定的かつ重大なミスを犯した。
私の本音を、ココロを、衝動的に開いてしまった。
だけど、彼はまったく気づいてない。
ホント、何ていうバカ。
「バカ……私の」
十歩、二十歩、三十歩。
人混みの中を縫うように、私は進む。
デパートから出て、真夏の太陽の下へと、出る。
「……」
ギラギラと、容赦のない陽光が、私と、アスファルトを焼くように照らす。
ビルの隙間、西の空には、入道雲がむっくりと浮かんでいる。
ああ、はやく帰らないと、雨が降る。
「……小久保君」
渡米前、決着をつけたつもりのキモチ。
だけど、全然ケリがついてなかった。
決着じゃなくて、格好つけただけだった。
自分の最優先は、色恋じゃなく、ライバルである天野ミサキとの勝負であると、ずっと思って、思いこませてきた。
だけど違う、違うんだ。
そんな気なかったとか、完全に嘘。
今日、私は彼に会えて嬉しかった。
二人きりになれたことが、嬉しかった。
だから、お茶に誘った。
「……ふう」
だけど、どうしたらいいんだろう。
今更気づいたところで、どうすればいいんだろう。
また燃え上ってきた、この想いを、どう扱えばいいんだろう。
「……私は」
空を見上げると、さっきより入道雲が近づいてきていた。
ゴロゴロと、遠雷の音も聞こえるような気もする。
「ずっと……」
ああ、言ったような記憶がある。
勉強のことだけじゃないのよねと、あの時。
たったひとつの、心残りだと。
「そう、ね。そうよね……」
バカ。
小久保マサヒコのバカ。
そして、若田部アヤナの、大バカ。
最初からわかっていたんじゃない。
ずっと思ってきたじゃない。
天野ミサキは、私のライバルだ、って。
勉強も、それ以外も。
「バカ、ほんとバカ、何も泣きそうになることなかったのに」
なんでこんなことになっちゃんたんだろう。
溜め息のひとつでもつきたくなる。
嘘つきの自分は、もう終わりにしよう。
そして、負けっぱなしの自分も、もう終わりにしよう。
今度こそ、本当の勝負をしたい、いや、するんだ、天野さんと。
正々堂々と、この想いを賭けて。
「勝負よ、天野さん」
夏休みは残り二十日あまり。
今日から改めて、いざ、勝負―――!
F I N
私は、溜め息をつきながら、そう思った。
そんな気は全然なかったのに、誘う気はまったくゼロだったのに。
どうして、私はあんなことを言っちゃったのか。
「……ねえ、暇、あるなら……お茶でも、飲まない?」
言った後で激しく後悔した。
お茶でも飲まない? だって。
今更に、恥ずかしくて顔から火が出そう。
「……はあ」
だいたい、コイツが悪い。
私の目の前に、ひょこひょこと出てきたコイツが。
私は参考書を買いに来ただけなのよ。
駅前のデパートの中にある大きな書店の、一番奥にある学術書のコーナーに。
コイツがいそうにないところなのに、どうして、そこに突っ立っていたのか。
ホント、わけわかんない。
夏休みよ夏休み、こうやって偶然出会う確率ってどれくらいなのよ?
「ふう……」
「何だよ若田部、俺の顔じろじろ見て。何かついてるか?」
……ついてるわけないじゃない、バカ。
私の名前は若田部アヤナ、高校二年生。
そして、私の前の席でアイスコーヒーの氷をつついてる冴えない顔のヤツが、小久保マサヒコ。
中学時代の同級生で、一応友人ということになっている。
正確に言えば、友人の彼氏……になるのかな。
「さっきからお前、溜め息ばかりだな」
「……気のせいよ」
友人、天野ミサキ。
進学校である聖光女学院に通っている彼女は、私のライバルでもある。
中学時代、どんなに頑張っても、彼女よりテストで良い結果を残せなかった。
才能という言葉で片付けたくないし、努力が足りなかったとも思わない。
彼女の上を行くことは、私の人生の目標の一つでもある。
天野さん本人は、どうしても私と真っ向から勝負したくないみたいだけど、それはそれ、これはこれ。
こっちの勝手な都合ということは重々承知の上なこと。
子供っぽい意地だ、と他人に言われたこともあるけど、こればかりはどうしても譲れないのだ。
両親の事情で中学卒業後に一年間程渡米したため、結果的に通う学校が異なってしまい、
現状でテストごとに点数を競うということは出来ないのが歯痒い。
となれば、後は大学入試なんだけれど……。
「ねえ」
「ん?」
「天野さん……やっぱり、医大に行くつもりなの?」
「うーん? たぶんそうだと思うけど」
「何よ、たぶんって……あなた、彼女の彼氏なんでしょ?」
「や、だからと言って俺がアイツの進路希望をまるまる知ってるわけじゃないよ」
何よ、それ。
いつもあれだけくっついてるくせに、そういうところは案外わかってないんだから。
ホント……バカ。
自慢するつもりは毛頭ないけど、私の家は結構な資産持ち。
それで、両親も兄も、東大卒。
私も当然、東大を狙っている。
将来的に、法律関係の仕事をしたいと考えてるから、法学部を。
今のところ、模試では十分な合格判定が出ているので、
このまま気を抜かなければ、現役で進むことが出来ると思っている。
で、私が受かる可能性が高いってことは、天野さんもそうなんだってことなんだけど……。
「やっぱり、医者になるつもりなのかな……」
「そうだなあ、最初は看護士って言ってたけどな」
彼女のことだ、看護士より医師の方が偉いとか、社会的地位が上だとかじゃなくて、
単純により深くて専門的な道に進みたかったのだろう。
それはそれで、立派な志だと思うし、他人である私がケチをつけることでもない。
だけどやっぱり、心の奥で、すんなりと消化出来ないのも事実だったりする。
「天野さんなら、東大にだって行けるのに」
「ああ、かもしれないな」
かもしれない、じゃなくって確実なのよ、バカ。
名門進学校の聖光女学院で、学年中五指に入る学力の持ち主なんだから。
「……それで、さ」
「ん?」
「あなたも……天野さんと一緒に、医大を希望するの?」
「は?」
何よ、その鳩が豆鉄砲食らったような表情は。
そりゃ私だって、自分で何言ってるんだろと思わないでもないけど。
でも、ね……。
「俺の成績じゃ無理だよ、それに、その気もない」
「ふうん……」
「ああいう重たい仕事は、俺には向いてないよ」
重たい、って……。
社会に一度出たら、常に責任が付きまとう以上、重いも軽いも無いと思うんだけど。
「じゃ、あなたは何になりたいの? どこの大学のどこの学部へ行きたいの?」
「うーん……」
腕を組み、眉根を寄せて考え込む小久保君。
何かしらね、いつもはのほほんと生きてるようなくせして、
こういう時急に真面目な顔になっちゃんだから……まったく。
中学時代から、ホント変わらない。
「わからない、な」
「……何、それ」
「だからわかんないんだよ」
ああ、ホント変わってない。
ずっと同じ……バカ。
「強いて言うなら、何になりたいかを探すために、どこかの大学へ行く……かな」
「曖昧なのね」
「まあ、な。この時期に進路が見えてないって、情けない気も自分でするけどさ」
「……」
「でも、まだ焦る時じゃないかなって気もするんだよ」
笑顔で話す小久保君。
進路が見えてないって、それって、何も考えてないってことじゃないのかしら。
あれ、でもないのかな?
「正直、五年後や十年後の自分がどうなってるか、まったく想像出来ないんだ」
「未来の、自分……?」
「ああ。ええと、若田部は東大の法学部希望だったっけ?」
「う、うん」
「偉いよな」
「は?」
「だからさ……ちゃんと目標を持ってるミサキや若田部、そして的山は、偉いと思う、って」
……何言ってるのコイツ、こっ恥ずかしい。
偉いとかそういう問題じゃないでしょうが。
そんな?気なことを言ってる場合かしら、このバカ。
高校二年の夏ともなれば、受けたい大学、なりたい職業が朧げでも見えてきていいはずなのに。
「ミサキは医者、若田部は法律関係、的山はデザイナー……みんな、ちゃんと考えてる」
「……」
「中村先生だって濱中先生だって、何だかんだで働いて、自活してさ」
お姉さまはいつつば銀行に、濱中先生は中学校の教師に、それぞれ就職して、今も立派に働いている。
大人として社会人として職に就き、自らの力で生きている二人は、私も尊敬するところ。
「俺、まだわかんないんだよ。さっきも言ったように、焦る必要はないって思ってはいるけどさ」
「小久保君……」
「しっかりしてるミサキや若田部が、うらやましいよ」
「……」
卑怯だ。
絶対に卑怯だ。
ナニがナンでも卑怯だ。
そんな……そんな、憂いを帯びた顔をしちゃって。
柄じゃないのよ、そんなの、あなたの……。
「でも、ね」
「ん?」
あれ、私は……何を言おうとしてるんだろう。
何を彼に、喋ろうとしてるんだろう。
「焦る必要がないって、それってある意味余裕なんじゃない?」
「そう、かな?」
嫌味じゃない。
嫌味のつもりなんかじゃない。
そうじゃなくて、ああ、私は……。
「天野さん、でしょ?」
「え?」
「天野さんと、何の問題もなく、幸せにつきあえてるから……たぶん、焦らないのよ」
何、言ってるの、私?
何で、こんなこと言ってるの?
「一人じゃないから、天野さんが、あなたの側にいるから……」
「若田部……?」
「寂しくないからよ、だから、ヒトのことが偉いとか何とか……言えちゃうのよ」
ああ、おかしくなってる。
私、おかしくなってる。
いや、ずっとおかしかったのかもしれない。
今日、書店で彼に会った時から。
お茶に誘ってしまった時から。
「小久保君は……私、の……」
あ、いけない。
頬から上が、どんどん熱くなってくる。
何てことだろう、柄じゃないのは、彼じゃない。
小久保君じゃなくて、私だ。
そしてバカなのも、きっと私の方だ。
天野さんとの勝負とか、大切なものがあるけど、
それよりも、私にとって大切なのは……。
「さよなら」
「ああ、じゃあ……な」
喫茶店から出ると、私は小久保君に背を向けて、足早に歩き出した。
赤くなった目を、火照った顔を、じっと見られたくなかったから。
「……」
肩越しにちょっとだけ、彼の方を振り向いてみた。
まだ、彼は喫茶店のドアの前に立っている。
そして、心配するような、不思議なものを見たような顔で、私に視線を送っている。
「……バカ」
そうだ、やっぱり、彼もバカだ。
ついさっき、私は決定的かつ重大なミスを犯した。
私の本音を、ココロを、衝動的に開いてしまった。
だけど、彼はまったく気づいてない。
ホント、何ていうバカ。
「バカ……私の」
十歩、二十歩、三十歩。
人混みの中を縫うように、私は進む。
デパートから出て、真夏の太陽の下へと、出る。
「……」
ギラギラと、容赦のない陽光が、私と、アスファルトを焼くように照らす。
ビルの隙間、西の空には、入道雲がむっくりと浮かんでいる。
ああ、はやく帰らないと、雨が降る。
「……小久保君」
渡米前、決着をつけたつもりのキモチ。
だけど、全然ケリがついてなかった。
決着じゃなくて、格好つけただけだった。
自分の最優先は、色恋じゃなく、ライバルである天野ミサキとの勝負であると、ずっと思って、思いこませてきた。
だけど違う、違うんだ。
そんな気なかったとか、完全に嘘。
今日、私は彼に会えて嬉しかった。
二人きりになれたことが、嬉しかった。
だから、お茶に誘った。
「……ふう」
だけど、どうしたらいいんだろう。
今更気づいたところで、どうすればいいんだろう。
また燃え上ってきた、この想いを、どう扱えばいいんだろう。
「……私は」
空を見上げると、さっきより入道雲が近づいてきていた。
ゴロゴロと、遠雷の音も聞こえるような気もする。
「ずっと……」
ああ、言ったような記憶がある。
勉強のことだけじゃないのよねと、あの時。
たったひとつの、心残りだと。
「そう、ね。そうよね……」
バカ。
小久保マサヒコのバカ。
そして、若田部アヤナの、大バカ。
最初からわかっていたんじゃない。
ずっと思ってきたじゃない。
天野ミサキは、私のライバルだ、って。
勉強も、それ以外も。
「バカ、ほんとバカ、何も泣きそうになることなかったのに」
なんでこんなことになっちゃんたんだろう。
溜め息のひとつでもつきたくなる。
嘘つきの自分は、もう終わりにしよう。
そして、負けっぱなしの自分も、もう終わりにしよう。
今度こそ、本当の勝負をしたい、いや、するんだ、天野さんと。
正々堂々と、この想いを賭けて。
「勝負よ、天野さん」
夏休みは残り二十日あまり。
今日から改めて、いざ、勝負―――!
F I N
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