「―さて、諸君。それでは本日の会議を始めようと思う」
放課後の桜才学園の生徒会室。シノはいつものように席へと座り、
部屋にいたアリアとスズにそう呼びかけた。
「あら、いつもより少し早いんじゃない?
それに…まだ“彼”が来てないみたいけど」
「うむ。だから、こそだ」
「…?」
頭の上に疑問符が浮かんでいるアリアに対し、シノは少し厳しい顔で話を続ける。
「―今日の初めの議題は、わが学園の副生徒会長“津田タカトシ”についてだ」


「―ここ最近、彼の定例会議への遅刻が目立つ。
今週だけでも、今日も入れればこれで3回目だ」
そう言ってちらりと時計を見るシノ。本来の役員会議が始まる時間にはまだ達していないが、
おそらく本日も遅刻であろうことは間違いない。
「まあ、しょうがないわよ。タカトシ君、クラスでもいろいろと便利屋扱いされて忙しいらしいし」
アリアはそう言ってタカトシをフォローしたが、シノは毅然とした態度で
「だからといって、このまま放っておく訳にもいかんだろう」と返す。

―生徒会役員とは生徒の見本になるべきだ―
シノが事あるごとに言う彼女のポリシーである。
生徒が守れない校則など、全く持って意味など無い。
特にそれが生徒会の役員ならば、なおさらだ。

「―とにかく、これ以上タカトシの遅刻が続くようであれば
こちらも何か考えなければならない」
「何かって…罰とか?」
アリアの問いにシノはコクリと頷いた。
「うむ、まあそういう事だな。
…だが私は痛い罰とか、
相手に後々まで恨まれる罰は嫌いなタチだ」
「まあ…」
「そこでだ…何か良いアイデアは無いか?」
何とも勝手に聞こえるシノの言い草ではあるが、
確かにくだらない事で恨まれて生徒会をやめられては困る。
何と言っても、彼はこの学園では貴重な“男”の人材なのだから。
「それにだ…肉体的に痛めつけたとしても、タカトシが本当に反省するとは限らん。
心の底から反省させねば意味がないからな。
…それに、アイツはどちらかと言えばMだし」
「そうねえ…」
極力恨みを買わず、かつ精神にこたえる効果的な罰。
(ついでに言えばこちらが罪悪感を感じない、楽しめる罰)
そんな都合の良い罰が果たしてあるのか?シノとアリアは考え込んだ。

「…そんなことより、二人ともちょっと手伝ってくださいよ」
「あら、スズちゃん。どうしたの?」
「…見れば分かるでしょう。手が届かないんですよ、あの箱に」
話に夢中になっていた二人を横目に、スズは他の仕事を済ませてしまおうと
棚の上に置いてあるダンボールの箱を取ろうとしていた、のだが。
悲しいことに、彼女は少し背が足りない。
仕方なく踏み台を持ってきたのだが…それでも目当ての箱はスズの遥か頭上の先にあった。

「まったく…そんな事なら早く言いたまえ、私がやろう」
と、意気揚々とスズの元へ向うシノ。
「あら、でもそろそろタカトシ君も来るだろうし、彼に任せたら?」
そんなアリアのもっともな意見に
「何を言う?私は生徒会長だぞ?副会長に出来ることが私に出来ないハズがない!」
とまあシノは適当な理屈をこねる。
「それにだ…うかつに手伝いをさせて
『これで罰は帳消しですよね』
などと言われては、かなわんからな…っと」
と呟きながら、彼女は踏み台を上り箱にすっと手を伸ばした。
「よし、これでいいか?…と…うわっと…」
たくさんの資料が詰まっていたせいか、箱の中身は予想以上に重かった。
「あっ…ちょっ…」
手に掛かる箱の重みでバランスを崩したシノ。
踏み台が大きくぐらりと揺れ、そして次の瞬間。


 うわー


…と、床に物が落ちる鈍い音と共に、憐れな生徒会長の叫びが室内に響いた。

「…というわけで、生徒会の規律を守るためだ。
早速だが君に罰を与える」
「…は…はい」
タカトシは困惑していた。いつものように(少し遅れ気味ではあったが)
生徒会室に来てみれば、突然三人に取り囲まれたうえに
そのまま床に正座。状況を整理する暇もなく、シノの上記の発言。
これで平静を保てという方が無理な相談だ。

―とにかく俺は遅刻の罰を受けるらしい。

何とかそれだけは理解できたタカトシは、これから一体どんな辱めを受けるのかと身震いをした。
そんな彼の気持ちを察したのか、シノは優しく彼にささやいた。
「そんなに固くなる必要は無いぞ。痛くはしないからな」
「いや、なんでエロい言い方するんですか」


「…で、君に与える罰だが…先ほど脚を挫いてしまってな。
保健室に行きたいのだが、痛くて歩けないんだ。
あー困った困った」
「わかりました。つまりオレが先輩を保健室まで連れていけばいいんですね」
「おお、物分りがいいな」
「ええ、そういう事でしたら…」
タカトシは内心ホッとしていた。どんな無茶を言われるのかと思いきや
何だ、普段の雑用と大して変わらないではないか。
無事シノを保健室まで連れて行けば無罪放免、自由の身になれるというわけだ。

…だが、そんな彼の思いはすぐに脆くも崩れ去った。
遅刻の罪をそんな簡単な罰で済ませてくれるほど
世の中ってのはそう甘くはないのだ。

シノは悪戯っぽく微笑んで、こう言った。

「ああ…それとな…

―せっかくだから“お姫様だっこ”で頼む」

「え、ええっ!?」
シノから告げられた本当の“罰”に
タカトシは思わず驚きの声を上げた。
「なんだ、嫌なのか?」
と、どこか楽しそうにシノは笑いかける。
「え、決してイヤというわけではないというか、なんというか…
あの…おんぶじゃダメなんですか?」
「ダ・メ・だ。
第一、それだと私の胸がお前の背中に当たるだろう。
…それは恥ずかしい」
とシノはぽっと顔を赤らめる。
(いやいやいや…抱っこの方が恥ずかしいだろう…常識的に考えて…)
―相変わらずこの人の風紀の基準というモノがわからない。
心の中で冷静にツッコミは入れながら、タカトシはシノの無情な命令に頭を抱えた。
放課後とはいえ、校舎にはまだ多くの生徒が残っている。
そんなカッコで表へ出たら間違いなく注目の的。
それなんて羞恥プレイ?である。
(やっぱお姫様だっこはマズイって…)
としどろもどろのタカトシに、シノはむすっとした顔で
「そんなに嫌か…やれやれ、私もとことんまで嫌われたものだな」
と少し拗ねた仕草を見せる。
「わ、分かりましたって!!」
何より規則を破ったのはタカトシ自身であり、逆らえる道理もなく。
それにここで断れば、シノから更に無茶な罰を受けないとも限らない。
結局、タカトシはその命令に素直に従うことにした。


「はい…よっこらせっと」
「ほう…余裕だな」
軽々と自分の身体を抱き上げたタカトシに、シノは感心した様子で彼の顔を見る。
「まあいつも重い物は運びなれてますから」
と思わず喉まで出かかった言葉を飲み込んで、
「…さ、行きましょうか」
とタカトシはシノに告げた。
「一応言っとくが、保健室まで休みは与えんからな」
「はいはい…」
「よし、さあレッツゴーだ、レッツゴー」
ノリノリのシノを抱き、その後ろ姿をアリアとスズに見守られながら
タカトシは生徒会室のドアを開けた。

―おい、あれ…―

―生徒会長と…津田じゃん―

―なに…やってるの?あの二人…―

―うわ、見せ付けちゃって―

―う…羨ましい―

―天草センパイを「重い」とかほざいたら、ブチ抜いてやる(何をだ)―

まさにタカトシの予想していた通り。
周囲の目が歩を進めるたびにグサリグサリと彼に突き刺さる。
彼の身を震わすは、シノのファンクラブ(ほぼ女生徒)一同による怨念の波動。
もしここが結婚式の教会ならば、嫌過ぎる茨のバージンロードである。

「いやー、こういうのもなかなかいいものだな。
…なあタカトシ君?」
とまあのんきな事を言うシノに対して、タカトシは生きた心地がしない。
当然ながら、彼にはシノの女性特有の肌と身体の柔らかさも、甘い匂いも味わう暇などなく。
しかも皆の注目を浴びていることに調子に乗ったシノは
「ふふん、皆が注目しているな。もう少し見せつけてやろうか?」
と、タカトシの肩に己の両腕を回し、ぐいっと顔を彼の顔に近づけた。
“ぎゅっ…”
「!?」
シノの突然の悪戯に驚き、声なき声を上げるタカトシ。
…と同時に、周囲の視線が一層鋭く、冷たくタカトシに突き刺さる。
(い、いやあああああ…)

タカトシは呪った。
こんな事態を招いた今日の遅刻と己のルーズさを。
こちらの気持ちなどつゆ知らず、やけに楽しそうな様子のシノを。
そしてそんなシノに出会ってしまった己の不運を。

―もっとも、どんなに呪ったところで、彼がこの悪夢から目を覚ますことなどまず無いのだが。

「―楽しそうですね、アリアさん」
「あら、そう見える?」
「…ええ、そりゃあもう」
シノとタカトシの珍道中の少し後ろを追いかけながら、
嬉々として(どこから持ってきたのか知らないが)ビデオカメラを構えるアリア。
そしてそんな彼女を冷ややかに見るスズ。
「第一、そんなの撮ってどうするんですか」
「それはもちろん、あの二人の“結婚式”でビデオ上映するためよ。
『これが二人の馴れ初めです』ってね♪」
「?…はあ…ずいぶんと気が早いですね」
確かに、二人の結婚とはいくらなんでも気が早すぎる。
…そもそも二人がくっつくなど誰が決めたのか。
そんな妄想全開のアリアにスズは呆れ果てる。
「うん。シノちゃんとタカトシ君って結構いいコンビだと思うし。
大丈夫、あの二人なら…きっとなし崩しで結婚までいくわ」
「『なし崩し』ですか」
「世の中ってそんなものらしいわよ。私もなし崩しでデキちゃったってお母さんも…
ってあら、あの子…」

「やっほー、お二人さん。なにやってるの?」
保健室へと向うシノとタカトシの前に現れたのは、タカトシの同級生である三葉ムツミ。
どうやらこの異様な状況をいまいち分かっていないご様子で。
「えっと…簡単に説明すると、かくかくしかじかで―」
「へえ…そうなんだ」
とタカトシの必死の説明を聞いたムツミだが、
それでもいまいちよく分かっていないようであり。
これ以上の厄介ごとが増えるのはいけないと、この場を立ち去ろうとしたが…

―今日はタカトシにとって運勢最悪の日なのだろう。
やっぱり、そんなに世の中は甘くない。

「ところでさ…タカトシくん、だいじょうぶ?

“重くない?”」

―廊下の空気がピキッと張り詰めた。

「…え?なにが?」
と、恐る恐るムツミに今の言葉を聞き返すタカトシ。
無邪気な笑顔で、ムツミは非情にも彼の質問に答えた。
「やだなー、天草先輩がだよー。はははっ」


「「「「………っ!!??」」」」


―はははっじゃねえっ!!

なんて空気の読めない娘だろう。
天然なムツミの発言に、廊下の空気は一瞬にして凍りつく。
(こ…この状況は…)
しばし静寂が廊下を包んだ後、
シノがギロリと鬼の様な形相でムツミを睨むが早いか
(…マズイッ!!)
タカトシは今にも爆発しそうな彼女をしっかと抱きかかえ、その場を全速力で逃げ出した。

「―やあやあ、ここまでどうもありがとう。タカトシくん♪」
「………」
とりあえずの応急処置を終え、シノは足元で息を切らしているタカトシに話しかけた。
治療の間に先ほど見せた怒りはどこかに吹き飛んだのか、すっかり上機嫌である。
そして呼ばれたタカトシからは返事が無い。
まあここまでシノを抱えて全力疾走してきたのだから、当然といえば当然だが。
(もう…これで勘弁して欲しいや…)
毎度毎度こんな調子では、タカトシの身も心も持たない。

―今度から遅刻だけはしないようにしよう。

そう心に固く誓うタカトシであった―


―そして…一方でシノは、というと。
(ふむ…お姫様だっこというのも悪くない、な)
まるで本当のお姫様になった気分だ、というのは言いすぎだが
実際にやってみて意外と気持ちが良かったことは確かだ。

―今度はテキトーな口実をつけてやらせてみるか。

床にへたりこむタカトシを眼下に見据えながら、
シノはそんな良からぬ事を考えていた。


―おそらく、まだまだ彼の受難は終わらない。

―でもまあ、世の中ってのはそういうものなのだ。

(終わり)

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