「おはようございますご主人様。」
朝。耳元から聞こえる優雅な響き。
覚醒した脳の重さにけだるさを感じながら、俺はそちらに目を向ける。
「ふふ、お目覚めですね。」
気品に溢れた仕種。何も知らなければ、一目で恋に落ちてしまいそうな風貌。
でも、俺はその人を知っている…
「これは何の冗談ですか?七条先輩。」
「ん〜、メイド体験?」
違和感ありありの恰好であっても、この人は俺のよく知る人だなと思う。
朝から思春期発言をさらっと噛ました七条先輩。
夏休みの1日は長い。

………………………………

朝から元気に鳴きまくる蝉に憂鬱になりながら、俺は下の階へと足を進める。
今日は、生徒会活動は無い。
無いのだが、何故か顔を併せることとなった七条先輩。
曰く、発端は修学旅行中にあるらしい。
生徒会に代役として、コトミを残していった俺。
それに対する意趣返しを目論んだ会長と七条先輩。
その場に居合わせたコトミが告げた、家に俺1人が残されることとなる日程。
そこに由来するらしい。
因みに今日は七条先輩1人しかいないので、近日中に、会長バージョンもお見舞いされるのだろう。
「お待たせしました。」
そんなこんなで、足を進めた俺は、リビングへと歩を進める。
「お待ちしておりましたご主人様。」
そこには恐らくは一式出島さんから借りたであろうメイドドレスに身を包む七条先輩。
容易に喜んでメイド服を差し出す出島さんが想像できる。
リビングで俺を出迎えた七条先輩。だが、そこにはあるべきものが無い。
「あの…朝飯は…」
実はあれなのだろうか?ただ単にメイドコスプレで押しかけてきただけだろうか?
先ほどは1日メイド体験等と宣っていたのだが…
「…そっか、私用意しなくちゃダメなんだ。」
どうやら、素で忘れていたらしく、その後、簡単に飯を用意して、七条先輩は朝飯を差し出してくる。
はっきりと言えばこの飯は相当に上手かった。

………………………………

その後の昼飯は、ご馳走を振る舞うと言われ、期待してみれば出てきたのはカップ麺。
過去に1度引っ掛かっているのだから、容易に気付けそうなものだが、
七条先輩のメイド姿に調子を狂わされたのだろうか?
晩飯に至っては、出島さん登場。
メイドを雇うメイド。
支離滅裂だななんてことを思う。
全く体験できてない七条先輩のメイド体験。
スケープゴートの身としては、悲しくなってくる…

「はぁ…」
ため息を零す。
いま俺がいるのは風呂場。
押し切られるまま、七条先輩に背中を流されることになった。
断れない自分が情けない。
「失礼します。ご主人様お背中お流しします。」
溜息が湯気に消えた次の瞬間七条先輩が、風呂場へと入ってくる。

「な、七条先輩…!!」
「ん、どうしたの?」
その姿は全裸。
驚きの声をあげてしまう。
「どうしたも何も、何で裸何ですか?」
「出島さんはいつも裸だよー」
「えー、何でそこ学んだ?つか、男子の前で裸になることに抵抗はなかったんですか?」
「んー、何て言うか、見られると興奮するから?」
「ダメじゃん…」
一連のやり取り。
色々とズレまくりである。
飯の流れの『それってメイドじゃなくね?』感満載のまま、これを出来なかったのだろうか?
ともあれ、今、目の前に一矢纏わぬ姿の七条先輩がいるわけで…
そちらに目が向かないと言えば嘘になる。
普段は服の上から窮屈そうにしている豊満な胸は解き放たれ、
髪と同じ色をした淫毛が嫌でも視界を霞める。
その姿は綺麗な七条先輩の肌に映えて…
…非常にまずい気持ちを生み出してくる。
念の為、水着を着ておいたのだが、この恰好で、この感情はまずい。
「それでは失礼します。」
そういうと、七条先輩はボディーソープを、手に垂らして…

………………………………

「むぅ、流石に、夢精はしていないか…」
「でも朝から元気ね。」
耳元から聞こえる聞き慣れた声。
水着1枚だったはずの自分の身体の違和感に気づいて、身体を起こす。
「………あの、何してるんすか?」
そこでばっちり見慣れた顔と目が合う。
「やぁ、津田君。随分と遅いお目覚めだな。」
そうして聞こえた言葉で、俺は全てを理解した。
夢を見ていたんだと。
「ふふ、仕返し〜。」
夢の中で聞いたような、聞いていないようなフレーズが耳朶を撫でる。
夢と同じくどこか楽しそうな七条先輩。
「今日は君しか家にいないと聞いたのでな。修学旅行のとき
コトミを置いていってくれたお礼に来たわけだ。」
これも夢で聞いたような気がする…
「というわけで、今日は私達が君の面倒を見てやろう。」
激しい既視感に苛まれる。
「今日1日宜しくね。」
そう言って微笑む七条先輩。
何もかも一緒だ。そう思うと頭が痛くなってくる。
夢で見た七条先輩の裸は脳に焼き付いていて、妙な気分になる。
夢だったことを喜ぶべきなのだろうか?
これから起こることが夢と同じにならない事を心で願ってしまう。
それでも会長がいるということに一縷の望みを託す。
夏の1日は長い。
まだ始まったばかりだ。

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